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最後の秘境 神楽

神楽と出会う本.jpgまだまだぼくの知らないスゴイ音楽が、どっかにあるはず。

そんな確信に突き動かされて、三十余年世界中の音楽を探訪し続けてきました。世界各地ばかりにスゴイ音楽を求めてきたわけでなく、日本にもあるんじゃないかと、いわゆる邦楽といわれる分野も、あれこれ聴いてきましたよ。ええ、勉強熱心なもので(笑)

あまりに権威的な形式保存された音楽では反応しようもありませんけど、先入観を持たず素直に聴いてみれば、年寄りの音楽と思いがちな日本の音楽にだって、生命力あふれるナマナマしい音楽がたくさんあることを知ることができました。

そうして出会った音楽に、浪曲、音頭、萬歳、書生節、かっぽれ、祭文、
阿呆陀羅経、娘義太夫、盲僧琵琶、説経節、瞽女唄などがあります。
大衆芸能の源流を遡っていくほどに気になっていたのが、宗教音楽との関わりでした。
呪術的な信仰や通俗化した神仏習合に、日本の大衆音楽の原点があるのではないか、
そんな直感があったものの、現実の音として聴いたことはなく、いわば夢想みたいなものでした。

それが画期的な一冊の本によって夢想じゃなかったとわかり、今ちょっとコーフンしてます。
その本とは、本邦初という神楽の総合的なガイドブック、『神楽と出会う本』です。
神楽を知らなかったわけじゃないですけど、音楽という意味で意識したことはなく、
まさかこんなところに答えがあったとはと、不意をつかれた思いがしました。

日本の民謡を聴いていると、もたつくリズムにときどきイライラさせられることがあります。
太鼓がリズムを形作り、ビートを叩き出し、さらにはグルーヴを生むといった機能を果たさず、
単なる添え物として効果音程度の役割しか果たしていない、なんて場合がありますよね。
「これだから日本の音楽ってのは、リズムがお粗末でダメなんだよ」なんて、
黒人音楽に慣れた耳の感覚でつい決め付けがちになるのですが、
出版記念のヴィデオ・ジョッキーで著者の三上敏視さんが、
その不安定なリズムを「なまり」と表現されたのには、ウナってしまいました。

たしかに西洋音楽流の均等の拍という概念ではなく、序破急のテンポ感という例もあるように、
もっと日本独特のリズム感という観点から捉えるべき問題でもあるわけです。
ヴィデオ・ジョッキーに出演されていた久保田麻琴さんが、
神楽の雰囲気がグナーワにも似ているなんて発言も飛び出したりして、
いやー、そんなことを言われると、ゾクゾクしちゃいますねー。

この本が教えてくれる神楽は、ぼくには日本の音楽最後の、
いや、ワールド・ミュージック最後の秘境のように思えます。
明日のイヴェント「お神楽ナイト"奥三河の花祭り"」が、すっごく楽しみです。

http://za.polepoletimes.jp/news/2009/10/20091027.html

東京近郊にお住まいで、あらゆる音楽に開かれた好奇心をお持ちの方は
これを見逃したら一生の不覚。アメイジングな体験ができること、保証します。

三上敏視著 『神楽と出会う本』 アルテスパブリッシング (2009)
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