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ルイス・ゴンザーガ生誕100周年記念日

Luiz Gonzaga_BPL3004.jpg   Luiz Gonzaga Aboios E Vaquejadas.JPG
Luiz Gonzaga O Reino Do Baiao.JPG   Luiz Gonzaga BPL3061.jpg

今日12月13日は、ぼくの奥さんの誕生日なんですが、
今年はルイス・ゴンザーガ生誕100周年という、記念すべき日に重なりました。

ブラジルのポピュラー音楽に、「北東部音楽」という一ジャンルを築き上げたルイス・ゴンザーガは、
40~50年代にサンバの灯が消え、外来音楽の波に呑まれて衰えたブラジルの音楽を、
もう一度蘇らせた救世主でした。バイーアのドリヴァル・カイーミと並ぶ、
地方の音楽を中央のメディアに乗せて成功した、ブラジル音楽の偉人の一人です。

リオの都会人からみれば、北東部といえば旱魃のイメージも強い、死の乾燥地帯であり、
ど田舎というよりも、この世の果てと受け止められているような場所。
北東部からやってきた者たちは、都市の下層民として暮らす貧乏人と見下されていました。
ところが、そんな北東部が持っていた豊かな音楽遺産をもとに、
ルイス・ゴンザーガはバイオーンという新しいダンス・ミュージックを生み出し、
死に体となっていたブラジル音楽を救うことになるんだから、音楽の歴史っていうのは面白い。

ルイス・ゴンザーガは北東部人の田舎者イメージを利用して、徹底したヴィジュアル戦略をとり、
カンガセイロ帽に弾薬帯と胴衣、胸甲で演出したステージ衣装で人々の関心を奪いました。
リオやサンパウロの都会人にとっては、書物や映画でしか知らないエキゾティシズムであり、
北東部出身者にとっては望郷と郷土愛をかきたてる象徴ともなったその出で立ちで、
アコーディオン、トライアングル、大太鼓を抱える楽団の姿は、人々に強烈な印象を与えました。

SP時代から人気絶頂だったゴンザーガの初LPから4作目までの10インチ盤でも、
そんなコスプレが楽しめますね。
ゴンザーカとコンビを組んで、数多くの名曲を書いた北東部出身の詩人
ウンベルト・テイシェイラのレコードにも、カンガセイロ帽がでんと鎮座した絵が描かれています。

Humberto Teixeira Eu Sou O Baiao.JPG

今日はそんなルイス・ゴンザーガの録音を、アコーディオンのソリストだった初期の時代から、
振り返って聴いていこうかと思っています。バイオーンを開発する前の40年代初頭のSP時代は、
ポルカ、マズルカ、ヴァルサのほかにショーロもたくさん演奏していて、
北東部らしいレパートリーはシャメゴぐらいのものでした。
その当時から50年代前後の全盛期にかけての、
「北東部音楽らしさ」を創り出していくゴンザーガが、ぼくは一番好きです。

そういえば、うちの奥さんはルイス・ゴンザーガを知ってたかな。

[10インチ] Luiz Gonzaga "A HISTÓRIA DO NORDESTE : NA VOZ DE LUIZ GONZAGA" RCA BPL3004 (1955)
[10インチ] Luiz Gonzaga "ABOIOS E VAQUEJADAS" RCA BPL3027 (1956)
[10インチ] Luiz Gonzaga "O REINO DO BAIÃO" RCA BPL3055 (1957)
[10インチ] Luiz Gonzaga "SÃO JOÃO NA ROÇA" RCA BPL3061 (1958)
[10インチ] Humberto Teixeira "EU SOU O BAIÃO" Radio 0007 (1953)
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さすらい日乗

美空ひばりも、『陽気なバイヨン』を松竹映画『七変化狸御殿』の中で歌っているほど、バイヨンは世界的な大ヒットだったのですね。
今、考えると到底信じがたい気もしますが。
by さすらい日乗 (2012-12-13 22:38) 

bunboni

日本でバイオーン・ブームを巻き起こしたのは、「東京バイヨン娘」こと生田恵子でした。
1951年にブラジルでルイス・ゴンザーガの指導のもと、
本場仕込みのバイオーンをレコーディングまでしてきたんですからねえ。
美空ひばりまでバイオーンを歌ったのは、生田恵子の影響ですが、
「陽気なバイヨン」にほとんどバイオーンらしさがなく、トホホな出来でした。
by bunboni (2012-12-13 23:00) 

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