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アナトリアの文化的モザイクの記憶 ローザ・エスケナージ [東ヨーロッパ]

My Sweet Canary.JPGスミルナ派レンベーティカを代表する女性歌手、
ローザ・エスケナージの人生を描いた
音楽ドキュメンタリーがDVD化されました。
あらためてこれを観ると、レンベーティカが、
異民族や異教徒にも寛容だったオスマン帝国の
文化的モザイクの土壌のもとに育まれたことを、
再認識させられます。

このドキュメンタリーは、イスタンブールの貧しい
ユダヤ系セファルディの家庭に生まれた
ローザ・エスケナージの生涯を、マーサ・フレンツィラ、
メフタップ・デミル、トメル・カッツの3人が追う
ロード・ムーヴィーとなっています。
ギリシャ、トルコ、イスラエルの若いミュージシャンを
起用したところが、映画制作者のレンベーティカへの
視点の確かさを表しています。
個人的に嬉しかったのは、今年の春にデビュー作を聞いてファンになったメフタップが出ていたこと。
雄弁に歌うケマンのプレイや、鮮やかなメリスマを聞かせるシーンに、クギづけになりました。

レンベーティカは、イスタンブール(当時はコンスタンティノーブル)や
イズミールなどのギリシャ人移民と、アテネやピレウスなどのギリシャ人が生み出した音楽です。
とはいっても、レンベーティカはけっしてギリシャ人コミュニティの音楽ではありませんでした。
同じアナトリアの住民であったイスラーム教徒のトルコ人やユダヤ教徒のセファルディ、
ほかにもアラブ人やアルメニア人など、さまざまな民族が共生していたからこそ、
花開いた音楽だったってところが重要なんですね。

考えてみれば、アラブ・アンダルース音楽も、
イベリア半島でアラブ人とユダヤ人が共生していた時代に生まれた音楽です。
レコンキスタによって、マグレブ地域へと活動の場を移すことを余儀なくされたとはいえ、
たくさんのユダヤ人歌手がアラブ人歌手とともに活躍した時代が、
アラブ・アンダルース音楽の全盛期でした。
これは、アナトリアで花開いたレンベーティカ全盛期時代の多民族が共存した社会文化状況と、
見事にオーヴァーラップします。のちにイズミールのギリシャ名を取って、
「スミルナ」派と呼ばれるレンベーティカの時代ですね。

その後の希土戦争の結果、ギリシャに住んでいたトルコ人とアナトリアに住んでいたギリシャ人を
それぞれ強制送還する住民交換が行われ、トルコ人とギリシャ人が分断されたことにより、
レンベーティカは決定的に変質してしまいます。
ハシュシュ吸引所の音楽という裏社会の象徴だったズミルナ派から、
居酒屋の音楽として都市のエリートたちが楽しむピレウス派へと変わった
もっとも重要なポイントは、トルコ音楽やユダヤ音楽という後ろ盾をなくしたことです。
マルコス・ヴァンヴァカーリスに代表されるピレウス派のレンベーティカが
単調で味わいに乏しいのは、こうした地中海民族の音楽の養分を失った証明でしょう。

この映画では、ローザが少女時代にギリシャのテッサロニキに移り、
ラディノ語で歌うユダヤの歌だけでなく、
当時まだトルコ住民の多かったテッサロニキでトルコ語の歌を覚えたことや、
希土戦争後にアテネへ渡って歌手としての成功を収め、
エジプト、アルバニア、セルビアなどをツアーして回ったことなどが紹介されています。
第二次大戦下では、ドイツ将校を情夫に持ったことで身の安全が図られた一方、
地元のレジスタンス活動を支援し、アウシュビッツへの国外送還から
大勢のユダヤ人を救うなど、激動の時代を生き抜いた逞しさに圧倒されます。

ピレウス派レンベーティカも衰退した50年代には、ギリシャ移民の多いアメリカへツアーに出かけ、
60年代までレコーディングを残すほか、70年代のレンベーティカ再発見ブームにのって、
ハリス・アレクシーウに招かれた76年のテレビ番組の抜粋や、現在のハリスも出演しています。
トルコ系のセファルディ歌手ヤスミン・レヴィも登場するこの映画、
スミルナ派レンベーティカのぞくぞくするような色気や、えもいわえぬ猥雑な味わいが、
アナトリアの文化的モザイクの記憶であることを雄弁に伝えています。

[DVD] Dir: Roy Sher "MY SWEET CANARY : A JOURNEY THROUGH THE LIFE AND MUSIC OF ROZA ESKENAZI" Arte 3401176883/4 (2008)

【訂正とおわび】記事中のマーサ・フレンツィアは、マーサ・D・ルイスの誤りでした。
Mayu Ekuniさん、ご指摘ありがとうございました。
コメント(2) 

コメント 2

Mayu Ekuni

こんにちは! グリーク・ブルースについて調べていてここにきました。このMy Sweet Canaryに出演している3人のアーティストさんなのですけど、ギリシャ系として出演しているマーサさんは、Martha D Lewisさんで、マーサ・フレンツィアさんではないのではないかと思いまして、コメントさせていただいてます。実は今、Martha D Lewisさんについてコラムを書いていて、彼女にあって話を聞いたので・・・。このコメント、表示しなくて大丈夫ですよ! 修正などもおまかせします。マーサ違いでしたね! ^^ ちなみにこの記事はとても参考になりました。ありがとうございます!

by Mayu Ekuni (2015-05-20 07:53) 

bunboni

あららら!
ホントだ。マーサ・フレンツィアだとばっかり、ずっと勘違いしてました。
ご指摘、ありがとうございました。

by bunboni (2015-05-23 22:11) 

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