あだめく唄 リー・ワイリー

「あだっぽい」って、リー・ワイリーのためにある形容なんじゃないのかな。
ひさしぶりに“NIGHT IN MANHATTAN” を聴き直して、そんなことを思いながら、
粋で洗練されたリーの唄の世界と、官能的な歌い口に陶然としています。
大学１年の時、このアルバムに出会ってから、もう何回聴いているかわかりませんけど、
最初の印象が色褪せるどころか、歳を増すごとにコクが深くなって聞こえるのは、
まさしく大人のための唄だからなんでしょうね。

ハスキー・ヴォイスに優雅な温かさを備えたリーの声は、
壇蜜風に言うなら、殿方を惹きつけて放さない魔力があります。
どれだけの数の男たちを惑わしてきたのだろうと邪推したくなる、
粋筋の女性といった佇まいが、リーの持ち味。
その昔、ジャズ評論家の油井正一さんが「新橋の名妓的存在」と呼び、
佐伯克己さんが「亜米利加版永井荷風乃女」と評したのに、思わず膝を打ったもんです。

とはいっても、今の若い人には「何、それ？」でしょうねえ。
「名妓」だとか「永井荷風」なんてキーワードでピンとくるのは、
五十代半ばのぼくらの世代がぎりぎり最後かもしれません。
ぼくの母は、政財界人のお妾さんが隣近所に多く住んでいた芝の愛宕下生まれだったので、
幼い頃から粋筋の人に慣れ親しんでいたんですが、
今や文学か映画の中でしか感じ取れない世界ですもんね。

で、最初に「あだっぽい」という形容で、リーの世界を表現してみたんですが、
この言葉さえ、もう伝わりにくくなっているのかもしれません。
なまめかしく色っぽい女の艶姿なんてものにも、とんとお目にかかれなくなりましたもんねえ。
成熟を拒否するアンチ・エイジングの現代では、酸いも甘いも噛み分けた大人の世界が
失われてしまったからこそ、なおリー・ワイリーの世界が貴重なものに思えます。

力を抜き、ほどよい温度を保ちながら歌うリーの歌声は、聴き手の心を温かな情感で包み込みます。
独特の豊かなヴィブラートが、優雅な味わいをいっそう華やかに演出するのですね。
そんなリーの良き伴侶役として、ジョー・ブーシュキンのピアノとボビー・ハケットのトランペットが、
この名盤になくてはならない好演を務めています。
ぼくが最初に“NIGHT IN MANHATTAN” を聴いたのは、
社交パーティでの男女のワン・シーンを切り取ったジャケットの12インチ盤の方でしたけど、
のちに愛らしいイラストの10インチ・オリジナル盤の存在を知って、手に入れました。
地の紫色が、リー・ワイリーの粋なイメージにぴったりです。

[10インチ] Lee Wiley "NIGHT IN MANHATTAN" Columbia CL6169 (1951)

コメント 3

突然失礼いたします。先ほどツイッターで随分昔に聴いて忘れられない曲のことをつぶやいたら、エル・スール・レコードさんから、「マリア・クレウーザ／ジジェスペゥ」という情報をbunboniさんがくださったと教えていただきました。まさかわかるとは思っていませんでした。カセットテープにダヴィングしたものしか持っておらず、そのテープも15年ほど前にワヤワヤになってしまったものですから。感激です。
ありがとうございました。とにかくお礼が申し上げたくて。ありがとうございました！
by ちびえ (2014-05-10 20:04) 

いえいえ、こちらこそ。ツイートを見て、すぐにピンときて、でも自分はtwitterをやっていないので、原田さんにメールを送りました。
マリア・クレウザの件の曲が入っている"EU DISSE ADEUS"はブラジルで"POETICO"と２イン１で01年にＣＤ化されています。日本でもそれ以前に１度ＣＤ化されたことがあります。
マリア・クレウザは一度記事に書きましたので、よろしかったらお読みください。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-02-25
by bunboni (2014-05-10 20:32) 

「リオの黒バラ」９２年にCD化されたものは廃盤なんですね。残念。２in１のものも見つけることができませんでした。この曲と出逢ったのはもう３０年以上も前。はじめはマリア・クレウザの名前も曲のタイトルもカセットのケースに書いてあったと思いますが、ケースを紛失したためにずっとわからずにいたのです。テープも聴けなくなってさらに１５年（もっとかな？）。これだけの時間を経て再び出逢えたんですから、きっとCDが手に入る日も来ると信じます。ツイッターでYouTubeにあった音源を教えてもらいました。当分はこちらを繰返し再生しようと思います。長くなってしまいました。本当にありがとうございました！
by ちびえ (2014-05-11 05:35)