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ヒップ・ホップ・ビートをヒューマナイズした遺作 トニー・アレン

Tony Allen  THERE IS NO END.jpg

トニー・アレンを観たのは、19年1月のブルーノート東京のステージが最後。
サックスのヤン・ヤンキルヴィツを核とするセクステットでやってきて、
“THE SOURCE” のレパートリーを聞かせてくれたんですけれど、
まさかこの1年3か月後に亡くなってしまうなんて、想像すらしませんでしたよ。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2017-09-12

ブルーノートのステージで繰り広げた、見事に力の抜けたドラミングは、
まさしく老練そのもので、半世紀以上昔の古臭いスタイルにもかかわらず、
それが現代ジャズとして響く不思議さに感じ入ったもんです。
スティックのグリップにしたって、今日びあんな持ち方するドラマーなんていないもんなあ。
それは取りも直さず、トニーが「ドラムスを叩く」のではなく、
「ドラムスを歌わせる」タイプのドラマーであることの証明だったと、ぼくは捉えています。

そんなトニーらしい遺作が登場しました。
未完成だったヒュー・マセケラとのコラボレーションが、
完パケになって世に出たときも驚きましたけれど、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2020-04-01
ほかにもアルバム制作途中のものがあったとは、びっくりです。

最期まで意欲満々だったトニーのミュージシャンシップに感じ入るばかりなんですが、
ヒップ・ホップのアルバムだったところが、これまたトニーらしいところ。
アフロビート・レジェンドというポジションに安住する興味などさらさらなく、
常に新しいクリエイターを求め続けてきたトニーは、
これまでも、デーモン・アルバーン、モーリッツ・フォン・オズワルド、ジェフ・ミルズなど
気鋭の若手音楽家たちと次々とコラボして、ロック、ダブ、ジャズ、テクノを横断する
クロスオーヴァーな活動をずっとしてきたんですからね。

しかし本作は、ドラムスとベースのベーシック・トラックを作ったところで、
トニーが亡くなってしまい、生前に仕上がっていたトラックは、
ナイジェリアの詩人ベン・オクリのポエトリーとスケプタのラップをフィーチャーして、
デーモン・アルバーンがオルガンを弾いた‘Cosmosis’ 1曲のみだったとのこと。

他のトラックは、プロデューサーのフランス人ドラマーのヴァンサン・テーガーと、
フランス人ピアニスト、ヴァンサン・トーレルの二人が、
若い世代の素晴らしい才能を世に送り出したいというトニーの遺志を継いで、制作を続行。
サンパ・ザ・グレイト、ツナミ、ナー・イート、コリアタウン・オディティ、
ラヴァ・ラ・ルー、ダニー・ブラウンなど、新進のアーティストたちをフィーチャーして、
トニーの願いを遂げたのでした。
ヴァンサン・テーガーとヴァンサン・トーレルの二人って、
ウム・サンガレの“MOGOYA” で、作曲者にクレジットされていましたね。

アルバムの最初と最後にトニーのナレーションをフィーチャーして、
ドラムスを歌わせるドラマーの本領を発揮したジャジー・ヒップホップ作品。
ベスト・トラックは、西ロンドンの女性ラッパー、ラヴァ・ラ・ルーをフィーチャーした
‘One Inna Million’ だな。クールでセクシーなフロウと、
フランス人ベーシスト、マチアス・アラマンのグルーヴがサイコー。

ドラムスが歌うばかりかフロウする繊細なトニーの妙技は、
ダビーな空間にも、グライムやトラップ世代のビート感にも、
するりと滑り込む自由度を有し、
ヒップ・ホップ・ビートのヒューマナイズを鮮やかに表現しています。

Tony Allen "THERE IS NO END" Blue Note 0734546 (2021)
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