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ディストピア時代のシティ・ポップス さかいゆう [日本]

さかいゆう Touch The World.jpg

それは、付属DVDのライヴ終盤、突然やってきました。
アンコールに一人ステージへ戻ってきたさかいゆうが、
ステージの真反対の客先の中に設置されたキーボードに座り、
弾き歌い始めた「君と僕の挽歌」。
聴き進むうちに胸の奥底を、ぎゅうっと強くつかまれて、
ぽろぽろと涙がこぼれるのを、止められなくなりました。

え? なんでじぶん、泣いてるんだ? うろたえながら、まず思ったのは、
歌詞がその理由じゃない。言葉は耳に入っていませんでした。
力のこもったヴォーカルと楽曲のメロディに、心を激しく揺さぶられたのです。

はじめて聴くアーティストの音楽に、いきなり胸の高まりを抑えきれず、
涙を流したのなんて、いったいいつ以来でしょうか。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2014-11-27
なんでこれまで、さかいゆうを知らないままでいたんだろう。
ちょっぴりそんな後悔とともに、そのまっすぐなハイ・トーン・ヴォイス、
掛け値なしに美しいヴォイス、甘く震える声に、胸を打たれました。

先に限定盤仕様のDVDを観てしまったんですけれど、
本編でもジェイムズ・ギャドソンが叩いたバラードの‘Dreaming Of You’ の、
ゴスペル・フィールのコーラスとともに歌い上げるところに、
この人の真骨頂を感じました。

シティ・ポップスど真ん中といっていいJ・ポップの音楽家だと思うんですけれど、
その引き出しにジャズが相当混じっているのは、
DVDのライヴでのキーボード・プレイを観ても明らか。
本編でも、‘So What’を下敷きにした「孤独の天才」や、
ニコラス・ペイトンを起用する人選に、それがよく示されています。
過去作では、ジョン・スコフィールドやスティーヴ・スワロウも起用していたんですね。

ロンドン、ニュー・ヨーク、ロス・アンジェルス、サン・パウロで
ブルーイ、テラス・マーティン、カット・ダイソン、マックス・ヴィアナなど、
各地第一級のポップス職人たちと交流しながら制作した本作、
もしスケジュールが半年遅れていたら、実現はできなかったはず。

コロナ禍というディストピアに立ち向かうリスナーのため、
神がスケジューリングしてくれたと、ぼくは解釈したいな。
世界に触れられなくなったいま、あらためて「世界に触れる」日に向け、
神がポップ・ミュージックの才人に力を授けた傑作です。

[CD+DVD] さかいゆう 「TOUCH THE WORLD」 ニューボーダー POCS23903 (2020)
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ジャズ・アゲインスト・メンタル・イルネス ダン・ローゼンブーム [北アメリカ]

Dan Rosenboom  ABSURD IN THE ANTHROPOCENE.jpg

こういう音楽を待っていた!

日々感染者数をカウントして自粛を強要する、
全体主義のニュース報道に心を病まないためにも、
「轟音」「混沌」「抽象」「熱狂」「歓喜」
「実験性」「創造性」が満ち溢れる音楽を、ココロも身体も欲していたんですよ。

そういえば、こんな気分に陥ったことが、前にもありましたね。
9年前の原発事故で巻き起こった放射能パニックです。
あの時、自分のメンタルを落ち着かせるのに役立ったのが、川崎燎のライヴでした。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2011-05-29

コロナ欝をブッとばすのに、絶好のジャズ・アルバムが、
ロス・アンジェルスで活躍するトランペット奏者ダン・ローゼンブームの新作。
このアルバムの聴きどころは、フリー・ジャズのエネルギーと、
不協和と調和の間を行き来する楽曲の構成が、絶妙なバランスを保っているところです。

混沌とした音塊の中にもマイルドな音色が響き、
複雑なテーマにも抒情性が帯びているのが伝わってきます。
世界を揺るがす大災厄を立ち向かうには、
こういうケタ外れの冒険的なサウンドの熱量が必要です。

ダン・ローゼンブームの空恐ろしいほどの才能に圧倒され、
いったいどういう人なのかと調べてみると、バイオフィードバック・ミュージックという、
脳波や眼球運動を電気信号に変換し音響化した音楽の先駆者という、
実験音楽家の巨匠デイヴィッド・ローゼンブームの息子さんだそう。

解説だけ読んでも、その実験音楽はなんのことだかさっぱりわかりませんが、
そんな父君を持つ影響なのでしょうね。ダンは5歳からピアノを始め、
トランペットに持ち替えてクラシックのトレーニングを積み、
ニュー・ヨークのイーストマン音楽学校へ通って勉強するうちに、
即興音楽に興味を持つようになったという経歴が、すべてを物語ります。

ジャズ、ロック、プログレ、エレクトロニカなど、さまざまな異相を持つサウンドは、
ひとところに安住することを良しとせず、ジャンルの制約を超えて、
自由にメロディやハーモニーを組み立てています。
ダンが提示する楽曲・コンセプトのもとで、
参加したミュージシャン各自がのびのびと創造性を発揮し、
即興を披露し、サウンドを探究した成果が、ここに集約されています。

Dan Rosenboom "ABSURD IN THE ANTHROPOCENE" Gearbox GB1557 (2020)
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アフロビーツ・ミーツ・ハイライフ ミスター・フランク [西アフリカ]

Mr. Frank Solomon.jpg

これぞヒップ・ホップ世代のナイジェリアン・ハイライフ!
こんな痛快なアルバムが7年も前に出ていたのを、
ずっと知らずにいたなんて、不覚でしたねえ。聞き逃しの逸品であります。

アフロビーツはかなりのリリース点数があって、フォローしきれないんですよねえ。
フィジカルにならないデジタル・リリース・オンリーの作品も多く、
注目作をかなり聞き逃しているんじゃないかという焦りを、ずっと持っていましたけれど、
じっさいこういう作品を知ると、やっぱり聞き逃してるんだなあと実感します。
最近ではオルテという新ジャンルも登場して、ますます追いきれないんですが、
アフロビーツもオルテも、ヒット・チャートや
ジャーナリスティックな話題と無縁なところに、面白い作品があったりするので、
キャッチ・アップしていくのはタイヘンです。

さて、とにもかくにも出会えてよかった本作なんですが、
オープニングの‘Ngwo Ngwo’ で、いきなりレックス・ローソンの名曲中の名曲
‘So Ala Temen’ が流れてきて、悶絶。
ノスタルジックなホーン・セクションの響きもイナセなバックトラックにのせて歌う、
ミスター・フランクのキレのあるヴォーカルに、ノック・アウトをくらいました。

レックス・ローソンを知らない若いファンにとっても、このトラックの仕上がりは、
60年代ハイライフの魅力に、きっと目を見開かされるはず。
サンプルをループしたトラックで、曲自体の魅力を引き出しながら、
ヒップ・ホップR&Bセンスのヴォーカルをのせ、
現代的にリフレッシュメントしているんだから、
これ、サイコーでしょう。ちなみにレックス・ローソンのオリジナル録音は、
フィリップスの10インチに収録されていて、
今はプレミア・ミュージックのCDで聞くことができます。

Cardinal Rex Lawson.jpg   Rex Jim Lawson.jpg

60年代ナイジェリアン・ハイライフのクラシックをサンプリングしたこの1曲目で、
はや、ジャケ買いしたのが大正解だったことを確信しました。
実は本作、主役のミスター・フランクのことを何も知りもしないのに、
試聴もせずに即買ったんですけれど、ジャケ買いした理由は、
ジャケットに大きくデザインされた、ナイジャフォンのレーベル。
ナイジャフォンは、ハイライフの熱心なファンにはよく知られる、
ナイジェリア東部オニチャに拠点を置く歴史あるレコード会社です。

61年からイボ人、イジョ人、カラバリ人など東部出身の
歌手やグループのレコードを出していて、ハイライフばかりでなく、
イボの伝統音楽も出しています。おそらく経営者はイボ人でしょうね。
今もナイジャフォンが健在で、アフロビーツをリリースしていたとは知りませんでした。

そのハイライフ名門レーベルにたがわぬ内容なんだな、これが。
続くタイトル曲‘Solomon’ もアフロビーツの意匠をまとっているものの、
メロディはイボ・ハイライフそのもの。
ヒップ・ホップR&B・マナーな歌い口とハイライフのメロディが、
これほど見事に融合しているアルバムは、これまで聴いたことがありません。

本来ガーナのヒップライフが狙っていたのが、こういうサウンドだったはずだけど、
ヒップライフでこんな成功例に出くわしたおぼえがないなあ。
ヒップライフができなかったことを、ミスター・フランクこと、
フランク・エボカが成し遂げちゃいましたね。

オープニングのレックス・ローソンをサンプリングした曲のほかにも、
ミュート・トランペットをフィーチャーしたトラックや、
ハイライフ独特のギター・リックが聴けるトラック、
ほかにもメロディやヴォーカル・ハーモニーなど、
ハイライフのエッセンスがあちこちに取り入れられていて、
それをヒップ・ホップR&Bベースのアフロビーツに変換させているのが痛快です。
ハイライフの臭いがまったくないトラックは、7曲目の‘2 Much Money’ と
11曲目の‘You Know’ くらいのものかな。

ハイライフの魅力をアフロビーツに見事にトレースした大傑作です。

Mr. Frank "SOLOMON" Nigerphone NXLP041 (2013)
[10インチ] Cardinal Rex Lawson and His Mayor's Band of Nigeria "REX LAWSON'S VICTORIES" Philips PR13408
Cardinal Rex Lawson and His Mayor's Band of Nigeria "CARDINAL REX JIM LAWSON" Premier Music KMCD006
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停電でライヴ中断の思い出 アフリカン・ブラザーズ・インターナショナル・バンド [西アフリカ]

African Brothers International Band.jpg

ナナ・クワメ・アンパドゥ率いるアフリカン・ブラザーズ・インターナショナル・バンドは、
63年結成で現在も活動を続ける、ガーナのギター・バンド・ハイライフの最古参バンド。
なんせ活動歴の長いバンドだから、レコードの数もものすごく多く、
ぼくもそのごく一部しか聴いていませんけれど、彼らの71年デビュー作を、
まさかCDで聞けるとは思いませんでした。もちろん聴くのは初めて。

これまで出た10数枚のCDは、すべて編集盤ばかりだったので、
オリジナルLPのままCD化されたアルバムは、これが初のはず。
さすがデビュー作というだけあって、覇気があって、エネルギーに満ち溢れていますね。
彼らの持ち味である泥臭いパワーが炸裂しています。

70年の夏にロンドンでレコーディングされ、
レコードには71年制作というクレジットがありますけれど、
じっさいには70年の暮れに発売されていたみたいです。
ジャケットはオリジナルに沿っているものの、
バンド名だけ、73年に「インターナショナル」を加えて改名した、
アフリカン・ブラザーズ・インターナショナル・バンドに修正しています。
オリジナル盤は、アフリカン・ブラザーズ・バンドで、
その下にカッコ書きでインターナショナルが付け加えられていたんでした。

実はこのバンドを、ぼくはガーナで観たことがあるので、思い出深いんですよねえ。
90年10月、アクラのホテルの中庭に設けられた、野外ステージのライヴでした。
ガーナに到着してまもなくのライヴ体験ということもあり、すっかり興奮してたんですけど、
途中で停電になってしまい、自家発に切り替えるまで、しばらく中断して、
ようやく再開できるようになったと思ったら、またトラブルで、
結局尻切れトンボで終わったという、ぐだぐだのライヴでした。
停電中、真っ暗になった野外での待ち時間が長く、
ハマダラカに刺されてマラリアになったらヤバいなあと、ドキドキしてたのを思い出します。

まあ、いかにもアフリカっぽい思い出ですけれど、
アフリカン・ブラザーズ・インターナショナル・バンドは、
気の利いたデザインのジャケットが多く、それをネライ目にレコードを集めたんだっけな。
そんなコレクションのうち、イラスト画のジャケットは『ポップ・アフリカ700』に、
ヘルメットをかぶったジャケットは『ポップ・アフリカ800』に載せました。

African Brothers International  NEA MEDOFO AYE ME.jpg   African Brothers International Obiara Wo Nea Otumi No.jpg

African Brothers Band "AFRICAN BROTHERS INTERNATIONAL BAND" Ambassador/Grabaciones Elefante GE001 (1971)
[LP] African Brothers International Band "NEA MEDOFO AYE ME" Aduana PN14
[LP] African Brothers International "OBIARA WO NEA OTUMI NO" Philips 6354020 (1978)
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リユニオンでファイナル ギャング・スター [北アメリカ]

Gang Starr  ONE OF THE BEST YET.jpg

ギャング・スターの新作? え? どーゆーこと?
グールーはとうの昔に亡くなったので、DJプレミアのソロ・プロジェクなのか???
不思議に思いながら、店頭のヘッドフォンを付けたら、
なんとグールーのラップが聞こえてくる。

あとで調べてみたら、05年から09年までの間に、
グールーがレコーディングしていた30曲分のトラックから、
グールーのMCを取り出して新たなビートで再構成し、このアルバムを完成したんだそう。
グールーの死去から9年。生前に復活を果たせなかった
ギャング・スターのファイナル・アルバムとして、ケジメをつけた作品なんですね。

うわー、イントロからいきなり、アガるじゃないですか。
彼らの代表曲‘DWYCK’ のライヴ・パフォーマンスのフレーズをループして、
バックで‘Work’ とかの曲をつないでいく構成となっていて、
DJプレミアのDJプレイを生で観てるような錯覚に陥ります。

もろ90年代なサンプリングを刻んで再構築した
チョップ使いのジャジーなヒップ・ホップには、強く反応してしまうんですよねえ。
なんせずっと苦手としていたヒップ・ホップに、
ようやく反応できるようになった最初のきっかけが、
90年代のイースト・コーストのヒップ・ホップだったもんで。
ファンカデリックの‘Get Off Your Ass And Jam’ をサンプリングしていたり、
ニヤニヤが止まりません!

J・コールをフィーチャーした‘Family And Loyality’ にも泣けますねえ。
ピアノとベースをフィーチャーした、典型的なイースト・コーストのジャジー・サウンド。
フィーチャリングの仕事はこれを最後にするといったJ・コールの心意気にも、
グッとくるじゃないですか。
ニーヨと女性ラッパーのニッティ・スコットが参加した‘Get Together’ も、
グールーとの3人の強烈な個性の違いが、絶妙なバランスとなっていて聴きものです。

Q・ティップ、グループ・ホーム、ロイス・ダ・ファイヴ・ナイン、
ジェルー・ザ・ダマジャといったゴールデン・エイジのトップ・スターたちが顔を揃え、
DJプレミアのグールーへの思いが詰まった、ギャング・スターのリユニオン・アルバム。
J・コールを支持する若いファン層には、どう聞かれるんでしょうか。

Gang Starr "ONE OF THE BEST YET" Gang Starr GSE001CD (2019)
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現代のグリオを担うヒップ・ホップ・デュオ ダーラ・J・ファミリー [西アフリカ]

Daara J Family  YAAMATELE.jpg

セネガルのヒップ・ホップ・デュオ、ダーラ・J・ファミリーの新作。
メンバーの一人、ファーダ・フレディが15年に出した“GOSPEL JOURNEY” は、
アフリカン・ポップスに新しい地平を切り開いた画期的な作品でしたけれど、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2015-04-02
今作は、3人組のダーラ・J時代から変わらない、
ポップ・センスに富んだヒップ・ホップを聞かせてくれます。

エンターテインメント性に富んだカラフルなプロダクションと、
ウォロフ語で「学校」を意味する「ダーラ」の名のとおり、
若者を啓蒙する教育的な姿勢を両立させる手腕が鮮やかで、
完成度の高さに圧倒されました。

まず目を奪われるのが、ジャケットのイラストレーションです。
たくさんのブラウン管テレビが廃棄されたバオバブを背に、
スマートフォンを夢中でいじっている少年たちが描かれています。
かつての夕暮れどきなら、熱いお茶を入れる中央の男のまわりに集まり、
語らいが生まれる場であるはずが、いまや語らいはSNSの検索に置き換わっています。
バオバブの木の枝には、寄生虫のようにスマートフォンがつるされ、
携帯電話やPCなどデジタル・デヴァイスの中毒性を告発しているのです。

アルバム・タイトルのYaamatele は、お腹がテレビ画面になっているロボットの名前で、
80年代の人気アニメのキャラクターだそうです。
ロボットは映画のリールを呑み込み、お腹の画面にサッカーの試合を映し出します。
ネット社会がすべての人間の活動をデジタル化していくなかで、
人々は生きていることすら忘れてしまい、
SNSの膨大な情報によって、戦争や死や貧困にますます鈍感になっていく、
人間性の喪失をテーマとしています。

いまや世界を支配するのは政治家でなくSNSであり、
トランプがそうしたように、SNSが権力を握るための兵器となっているのだと、
ファーダ・フレディは警鐘を鳴らします。
その‘Yaamatele’ は、ブルンディ出身のフランスのラッパー、
ガエル・ファイユとの共作で、ガエル自身も参加していて、
グローバリゼーションの暗部を突き刺しています。

こうした社会的な問題を若者に意識づけさせるために、
ストリート・スラングの漫画のキャラクターを使ったり、
巧みなサウンド・プロダクションを施して若いリスナーの関心を集め、
人生における教訓や道徳を説く教師の役割を果たしています。
それはかつてグリオが担ってきた役割であり、
彼らこそ「現代のグリオ」と呼ぶべき存在でしょう。

オープニングの‘Tchékoulé’ は、日本でもよく知られている
ガーナの子供の遊び歌の‘Kye Kye Kule’。
セネガルのみならず、アフリカで広く親しまれるメロディをトップに持ってくるとは、
ポピュラリティーをつかむ彼らの感度の良さだなあ。

メロディアスな歌ものの‘Adn’ あり、ジェイジザのセンスのいいビートメイキングが光る
アフロビーツの‘What's Up’ ‘Tek-Tek’あり、高速ラップが聴きものの‘Chaka Zulu’、
コラをフィーチャーしたラスト・トラックの‘Oyé’など、
曲ごとに趣向をこらしたサウンドは、片時も退屈な瞬間を与えません。
どこからもスキのない見事な出来ばえは、アフリカのポップス職人の成せる業です。

Daara J Family "YAAMATELE" Caroline/Think Zik ! no number (2020)
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シランダの女主人 リア・ジ・イタマラカー [ブラジル]

Lia De Itamaraca  Viranda Sem Fim.jpg

ノルデスチの伝統ダンスのひとつ、シランダのメストラ(達人)とリスペクトされる
リア・ジ・イタマラカーが素晴らしいアルバムを出しました。
シランダは、その昔、漁師の妻たちが夫たちの帰りを待ち、
砂浜で大きな輪を作って歌い踊ったというビーチ・ダンスで、
ペルナンブーコ州の大西洋に面したイタマラカー島が発祥とされています。

そのイタマラカーに生まれ育ち、ステージ・ネームにもその名を冠した
リア・ジ・イタマラカーことマリア・マダレーナ・コレイア・ド・ナシメントは、
御年76歳。子供の頃からシランダの集まりであるローダス・ジ・シランダに加わり、
シランダが身体に沁みついている生粋のシランデイロです。

シランダという語は、アラビア語を起源とするスペイン語の zaranda (粉ふるい)に
由来するといわれていて、遠くアラブの文化も底流に流れるという、
歴史の深さを思わせるダンスなんですね。
いまもイタマラカーでは、ビーチに大勢の人が大きな輪を作り、
円の中心に歌手に打楽器・管楽器の奏者がシランダを歌い奏しています。

Lia De Itamaracá  EU SOU LIA.jpg

リアが00年に出したアルバム“EU SOU LIA” は、
伝統的なシランダを歌った名作でしたけれど、
9年ぶり、4作目となる今作は、シランダの伝統に立脚しながら、
シランダばかりでなくスカやクンビアのリズムも取り入れて、
現代的にアップデートしたサウンドを聞かせます。

その見事なサウンド・プロデュースを施したのは、
レシーフェを拠点に活躍するマンギ・ビート新世代のDJドローレス。
う~ん、いい仕事をしましたねえ。
カリンボーのドナ・オネッチの12年作“FEITIÇA CABOCLO” でみせた、
マルコ・アンドレの手腕に通じるじゃないですか。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2015-01-14

リアと女性二人によるチャントに、波音や電子音を施した
オープニングのミスティックなムードは、申し分のない演出で、
聴く者をイタマラカーのビーチへ誘います。
この曲はアレッサンドラ・レオーンの作なんですね。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2012-05-31

続く2曲目の‘Meu São Jorge’ では、チューバを起用して、
打楽器と管楽器で演奏されるオーセンティックなシランダの味わいを
前面に押し出しながら、モーグやギターを効果的に用いて、
ハイブリッドなシランダに仕上げています。
今回のアルバムでは、このチューバの起用がすごく利いていますね。

ノルデスチのヴェテラン・シンガー・ソングライター、シコ・セザール(懐かしい!)作の
‘Desde Menina’ も、インジオ色の強い哀愁味たっぷりのメロディにピファノが絡みつく、
ノルデスチ満開のサウンドで、たまりませんねえ。
妖しいエレクトリック・ギターの音色と泣きのサックスがせつないメロディを彩る、
ボレーロの‘Companheiro Solidão’ も実にいい味わいです。

ココのアウリーニャ・ド・ココ、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2018-07-13
カリンボーのドナ・オネッチ
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2016-09-23
そして、シランダのリア・ジ・イタマラカーと、
ノルデスチ芸能を代表する女主人3人ですね。

Lia De Itamaracá "CIRANDA SEM FIM" no label no number (2019)
Lia De Itamaracá "EU SOU LIA" Ciranda/Rob 199.009.131 (2000)
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ベニンの過去・現在・未来をつなぐプロジェクト ベニン・アンテルナシオナル・ムジカル [西アフリカ]

Benin International Musical  BIM #1.jpg

いやぁ、痛快ですねえ。
アフリカ音楽が持つダイナミズムを、よくぞここまでパッケージしたものです。
はじめて聴いた時、ぶっちゃけたサウンドと音圧に圧倒されたんですけれど、
何回となく聴き返すほどに、これはかなり計算して作り込んだサウンドで、
イキオイいっぱつのセッションとは、ワケが違うとことに気付きました。

ベニン・アンテルナシオナル・ムジカルは、
ラジオ・フランスと欧州放送連合の共同企画によって、
ベニンのミュージシャンとシンガー7人を集めたプロジェクト。
すでに2年をかけ15か国を回った世界ツアーも終えていて、
ドキュメンタリー映画“BIM EXPERIENCE” が完成しているようです。
これも観てみたいなあ。

ベニン伝統のヴードゥーのリズムに、伝承曲を立ち位置としながらも、ファンク、
ヒップ・ホップ、ンドンボロ、エレクトロ・ポップを消化したサウンドをバックに、
エネルギッシュなヴォーカルが炸裂する快感!
やみくもなエネルギーが、整理されたサウンドに埋没していないのが、
嬉しいじゃないですか。
2曲収録されたライヴ・レコーディング以上に、
スタジオ録音のエネルギーがハンパなくって、
ライヴのダイナミズムがびんびんと伝わってきますね。
ヴィヴィッドな音塊を次々と投げつけてくるトラックの連続に、失禁寸前です。

アナログ・アフリカがT・P・オルケストル・ポリ=リトゥモを
しつこくリイシューしてきたことで、耳慣れしたベニン特有のメロディや、
ゴスペルを背景としたコーラス、
さらにエレクトロを施してコズミック・サウンドに仕立てた、
ヴドゥン(ヴードゥー)の曲など、ベニンの過去・現在・未来をつないだレパートリーは、
ベニン音楽の可能性を拡張させることに成功しています。

以前、T・P・オルケストル・ポリ=リトゥモの新作にも、
ベニン音楽の新展開が期待できると思ったものの、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2016-11-18
なかなかそのあとに続く動きが見られなかったんですが、
ベニン・アンテルナシオナル・ムジカルが、
そのバトンを受け取ってくれましたね。
アンジェリク・キジョは、こういう優れたプロジェクトに何か助力してあげないのかな。

最後に、由緒ある「ベニン」の名を
フランス語読みで「ベナン」と書くのはガマンならないので、
英仏語混在のカナ書きをしているのをご容赦のほど。

Benin International Musical "BIM #1" Worldtour no number (2019)
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ダダクアダのパンケケ ジャイバデ・アラオ [西アフリカ]

Jaiyegbade Alao_CRL001.jpg   Jaiyegbade Alao_JNLPA923.jpg

ソウル・ジャズのアパラ・コレクションに触発されて、
パンケケについてもちょっと書いておかなきゃ、という気にさせられました。

S・ベイカーの解説では、ダダクアダの別名として「パケケ」と書かれていて、
最初読んだ時は、パンケケの n を1文字脱落した誤記だと思ったんですが、
少し調べてみたところ、ナイジェリア人研究者でパンケケのことを
パケケと書いている人が一人いて、どうやら誤記ではなさそうとわかりました。

それで、前回の記事にも誤りとは書かずに、
一般的には「パンケケ」と称すると注釈したんですが、
パンケケを称したダダクアダのシンガーでもっとも有名なのが
(というより、ぼくはこの人しか知らないんですけれど)、ジャイバデ・アラオです。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2011-05-17

ジャイバデ・アラオは、ダダクアダのシンガーの代表格としてあげられる人で、
ぼくもずいぶん昔にLP2枚を手に入れましたが、
レコードにダダクアダの文字はなく、パンケケと称しているんですね。
パンケケとは、サカラに似た平面太鼓のトーキング・ドラムのことで、
エグングン祭で演奏されるダダクアダに、コーラス・グループとともに取り入られ、
ダダクアダの口承芸能としての性格を、より発揮するようになったといわれています。

ダダクアダは、オクルという名のガンガン・ドラマーが、
エグングン祭のさいに、エグングンに付いて伴奏を務めたのが発祥とされています。
ガンガンというのは、ドゥンドゥンの中でもっとも大型のトーキング・ドラムのことで、
ダダクアダはガンガン・ドラマーが歌う音楽として始まったんですね。
のちにそこに、パンケケがガンガンの補佐として加わり、
コーラス隊も参加して、アンサンブルへと発展したのでした。

ダダクアダの歌手は、ヨルバの社会では「恥知らずな乞食」扱いされるほど
見下された存在で、いわゆるほかのプレイズ・シンガーのように、
冠婚葬祭などに呼ばれることはなかったそうです。
というのも、ダダクアダの歌は、反社会的・反イスラーム的な性格が強く、
エグングン祭と強く結びついたイロリンの住民しかその機知を受け容れられず、
イロリン住民以外ではキリスト教徒か、またはよほどリベラルなムスリムでなければ、
ダダクアダの芸を不快に感じたそうです。

Jaigbade Alao  IRE NI TEMI.jpg   Jaigbade Alao  OLORUN TIRE NI MOSE.jpg

そんなダダクアダのシンガー、ジャイバデ・アラオが、
自身のスタイルをパンケケと称したのは、
ひょっとしてジャイバデ自身がパンケケを叩いていたからなのかなとも想像したのですが、
真偽のほどはいまだわからず。
ぼくが持っているジャイバデの70年代と思われるレコードでは、
伴奏はパーカッションのみですけれど、
80年代録音をCD化した2枚ではシンセサイザーを導入していて、
西洋楽器を取り入れ始めたシキル・アインデ・バリスターのフジの影響がうかがわれます。

【追記】2020.4.29
Ralia Abike and Her Group.jpg
パンケケを称したダダクアダのシンガーは、
ジャイバデ・アラオしか知らないと上に書きましたが、レコード棚を整理していたら、
女性シンガーの10インチ盤を持っていたことを発見しました。
ラリア・アビケは「パケンケ」と称していて、
「パンケケ」「パケケ」以外にもヴァリエーションがあるようです。

[LP] Alhaji Chief Jaigbade Alao & His Pankeke Group "MO MU 'NUMBER' TEMI" Chief CRL001
[LP] Alhaji Chief Jaiyegbade Alao & His Pankeke Group "ALHAJI CHIEF JAIYEGBADE ALAO & HIS PANKEKE GROUP" Jofabro JNLPA923
Alhaji Chief Jaigbade Alao "IRE NI TEMI" Alasco AVEP004
Alhaji Chief Jaigbade Alao "OLORUN TIRE NI MOSE" Alasco no number
[10インチ] Ralia Abike and Her Group "PAKENKE MUSIC AT IT'S BEST" Adeolu MALS5
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60年代アパラのシングル・コレクション [西アフリカ]

Apala - Apala Groups in Nigeria.jpg

イギリスのレーベル、ソウル・ジャズ・レコーズのナイジェリア熱がスゴイ。
アフロ・ソウル/ファンクばかりでなく、ヨルバの宗教音楽に
フジの編集盤まで出しているんだから、その熱の入れようはホンモノです。
ついこの前なんか、フジの名盤中の名盤、コリントン・アインラの88年作”BLESSING” を
まるまるLPでストレート・リイシューするんだから、もうビックリしましたよ。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2016-11-04

ソウル・ジャズはクラブ系リスナーへの影響力も大きいレーベルだから、
ナイジェリアのイスラーム系音楽に、新しいファン層が獲得できるかも。
そのうち、若いDJ/ディガーたちがフジ・パーティーなんてイヴェントを始めたりしてね。
来たれ、アパラDJ! なんつーて。

そんなオールド・タイマーの勝手な期待も高まるところなんですけど、
なんとソウル・ジャズが今度は、アパラに手を出しましたよ。
最初にリリース・ニュースを見た時は、「まじかよ」と思わずつぶやいたもんなあ。
ナイジェリア国外でアパラのシングル・コレクションが出るなんて、これが初。
アパラのCDが欧米で出ることじたい、
ハルナ・イショラのIndige Disc 盤以来だから、19年ぶりの快挙です。

選曲がよく練られているんですよね。
アパラを代表するアーティストのハルナ・イショラを筆頭に、
カスム・アディオなど、LP時代以前のシングル盤時代の
アパラのアーティストたちを多く集めているのはもちろんのこと、
アパラを生み出す源となった、ヨルバのドゥンドゥン・ミュージック(15曲目)も
しっかりと選曲しています。

なかでも注目したいのは、アパラのグループが伴奏を務めていた、
女性歌手によるワカ(2・6・12・18曲目)が聞けること。
アパラ風のワカというのは、この時代にしか聞けないものです。
もともとワカはア・カペラで、手拍子だけの伴奏で歌われていたのが、
ドゥンドゥン・アンサンブルが伴奏をつけるようになったのを皮切りに、
50年代にアパラのグループがバックを務め、
やがてアパラからフジに人気が移った80年代以降は、
フジのグループが伴奏を取って代わるようになったんですよね。

また、アパラ周辺の音楽として、ダダクアダ(パンケケ)を取り上げたのも秀逸。
口承芸能のダダクアダの特徴がよく表れた、
かけあいのしゃべくり芸を聞かせる3曲目や、
女性歌手によるパンケケ(14・16曲目)が聞けるのも貴重です。
解説にはパケケと書かれていますが、パンケケの方が一般的。
【追記】2020.4.29
パケンケを称するラリア・アビケという女性歌手もいました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2020-04-13

選曲・解説は、ぼくは初めて知る名前の、S・ベイカーという人のお仕事。
30~40年代にイジェブ地方でアパラが誕生した頃、
レゴスではArea とかOshugo と呼ばれていた、なんていう初耳情報があったり、
これまでアキン・エウバやクリストファー・ウォーターマンなどの研究者の間で
通説となっていた事柄に、反証なしに異論めいた書きぶりをしているところなど、
気にかかる点もないわけじゃないんですが、
この音楽を初めて知る人への概説としては、十分といえそう。

このコンピレをきっかけに、アパラの魅力を知る、
新しいファン層の誕生を期待したいですね。

Haruna Ishola, Adebukonka Ajao, Rapheal Ajide, R.A. Tikalosoro, Adeleke Aremu, Kasumu Adio, Ayisatu Alabi and others
"APALA: APALA GROUPS IN NIGERA 1967-70" Soul Jazz SJRCD440
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コンテンポラリー・ジャズ・ロック ウェイン・クランツ [北アメリカ]

Wayne Krantz  WRITE OUT YOUR HEAD.jpg

ウェイン・クランツの新作のジャケットに、オドロキ。

え? この虚ろな表情したオッサンが、あのウェイン・クランツ??
ウェイン・クランツといえば、マイク・スターンと音楽性も容姿もクリソツな、
ロック色の強いコンテンポラリー・ジャズ・ギタリスト。
あのロック野郎なロング・ヘアは、どこへいってしまったのやら。
はぁ、誰だって年をとるとはいえ、この変わりようは、ちょっと、ねぇ。

人さまの年齢をとやかく言える身分では、こちらもありませんが、
CDを手にしばしボーゼン。
90年にエンヤから出したアルバム“SIGNALS” で、
お気に入りのギタリストだったので、棚に戻すのも忍びなく、買ってまいりました。

今作のハイライトは、全面的にフィーチャーされたクリス・ポッター。
存分に吹きまくっていて、今やもう無敵のサックス奏者ですね。
ウェインと長年の相棒のドラマー、
キース・カーロックの重量級のドラミングとの相性もバツグンです。

意外に思ったのは、これまでサウンドがフュージョンぽくなるからと、
キーボードを自分のバンドに入れるのを敬遠していたウェインが、
みずからキーボード(ローズ)を弾いているところ。
そのせいか、今作は爆音ギターは抑え気味。
エッジの利いたリフは、そこかしこに顔を出してはいるけれど、
せっかくクリス・ポッターを起用したんだから、
もっと轟音炸裂させたギターのインプロで、真っ向勝負して欲しかったなあ。

ほか、ベースはウィル・リー、ティム・ルフェーベル、オーランド・レ・フレミング、
ピノ・パラディーと、曲ごとに交替して聴き比べができるのは、妙味かな。
今年1月にトリオで来日した時は、
ドラムスのキース・カーロックとティム・ルフェーベルが一緒だったんだっけ。

女房のガブリエラ・アンダースも参加していますが、
エフェクトのようなヴォイスのみの参加で、
彼女らしさを発揮するところまではいかず、これは残念。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2016-02-16

コンテンポラリー・ジャズというより、
ジャズ・ロックといった方がぴったりくるタイプのウェインのギターは、
フリー・スタイルというか、ジャンルレスな音楽性が魅力。
本作はその意味では、奔放さを控えめにして、
コンテンポラリーなサウンドを重視した作品といえそうです。

Wayne Krantz "WRITE OUT YOUR HEAD" no label no number (2020)
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緊張と緩和のジャズ・ゲーム 蘇郁涵 [東アジア]

Yuhan Su  CITY ANIMALS.jpg

ジャケット画の空飛ぶペンギンに、
3月3日から休館になって観に行けなくなってしまった、
池袋のサンシャイン水族館を思わずにはおれません。
年間パスポートを持っているのも、お目当てはあの空飛ぶペンギンなんですよ。

そんなしばらくごぶさたの空飛ぶペンギンですけれど、
本作の主役、ニュー・ヨークを拠点に活動する
ヴィブラフォン奏者蘇郁涵(スー・ユーハン)は、
台湾人ジャズ・ミュージシャンでもっとも有望視されている人なんだそう。

サニーサイドから出たスー・ユーハンの3作目となる本作は、
台湾の音楽賞の金音創作獎で、最優秀アルバム賞に輝いたとのこと。
金音創作獎は、クリエイティヴな才能に賞が与えられる音楽賞で、
金曲獎のような台湾版グラミー賞と呼ばれるメインストリーム寄りの賞ではなく、
将来を期待される有望な音楽家に与えられる賞なんですね。
台湾では小さなマーケットにすぎないジャズから、
作品が選ばれるのは、とても有意義なことです。

そのアルバム“CITY ANIMALS” は、
ニュー・ヨークのジャズ・シーンで活躍中の若手を揃えた作品。
ユハンのほか、トランペットのマット・ホルマン、
アルト・サックスのアレックス・ローレ(ロアではありません)に、
ギリシャ人ベーシストのペトロス・クランパニス、
ドラマーのネイザン・アルマン=ベルの変則クインテットです。

全曲ユーハンのオリジナル。モーダルでややダークな楽曲が多いけれど、
トランペットとサックスの即興に、
まろやかなヴィブラフォンがハーモニーでカラーリングしていきます。
アンサンブルは緻密だけれど、作曲と即興のバランスがよく取られているのが、
現代的なジャズらしさですね。トランペットとサックスが即興で掛け合ってから、
するっとハーモナイズを展開していくところや、リズムを変化させながら、
場面展開していくのが実に巧み。

一聴オーソドックスなコンテンポラリー・ジャズのようにも振る舞いながら、
M-Base ゆずりのリズムの実験を随所で繰り広げていて、
さすがはグレッグ・オズビーのレーベル、
インナー・サークル・ミュージックの出身者だけありますね。
緊張と緩和をひとつのゲームの中で構築する高い作曲能力が、この人の強みでしょう。

Yuhan Su "CITY ANIMALS" Sunnyside SSC1529 (2018)
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キュートな古典ショーロ オス・マトゥトス [ブラジル]

Os Matutos  De Volta Pra Casa.jpg   Os Matutos  De Volta Pra Casa  back.jpg

知らないショーロのグループ名に、ん?と思って、ジャケット裏の写真を見ると、
オフィクレイドを吹いているメンバーがいるのに、おおっ!
曲目の作曲者をチェックすると、エヴェルソン・モラエスの名があり、あ、やっぱり。
4年前大きな話題を集めた、
イリネウ・ジ・アルメイダの古典ショーロをよみがえらせたアルバムで、
オフィクレイドを演奏したエヴェルソン・モラエスが参加していたのでした。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2016-06-23

こりゃあ楽しみと、さっそく買って帰ると、プレイヤーにかけた途端、
身体の力が抜けました。
柔らかな管楽器の響きに、ほがらかなメロディ。なんてキュートなんでしょうか。
20世紀初頭のショーロを思わす古風な楽想に、頬がゆるみっぱなし。
これがいにしえの古典ショーロの再演なのではなく、
すべてメンバーが新しく書き下ろした曲ばかりなのだから、嬉しくなるじゃないですか。

9人編成のオス・マトゥトスは、エヴェルソン・モラエスのほか、
件のイリネウ・ジ・アルメイダ曲集に参加していたアキレス・モラエス
(トランペット、フリューゲルホーン)、ルーカス・オリヴェイラ(カヴァキーニョ)、
マルクス・タデウ(レコレコ)が参加、さらにトリオ・ジューリオの3人、
マグノ、マルロン、マイコンのジューリオ3兄弟もメンバーという、
古典ショーロを志向するメンバーが勢ぞろい。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2019-01-21

音楽監督はマウリシオ・カリーリョとアキレス・モラエスの共同作業で、
レーベルはショーロ専門のアカリ。
アカリって昔は、ジャコー・ド・バンドリン以降のショーロを
マジメに追及するレーベルというイメージが強かったんですけれど、
マウリシオ・カリーリョの関心が変わってきたからなのか、
近年はより庶民的でくだけた雰囲気の、古典ショーロを取り上げる機会が増えてきたのは、
とても嬉しい傾向です。

最近のショーロは、ジャズや現代音楽と結びついた尖った作品ばかり注目が集まりますけど、
庶民的なショーロの娯楽性を愛でるぼくとしては、芸術性に過度に傾くことのない
こういうキュートな古典ショーロが、どストライクなんでありますよ。

Os Matutos "DE VOLTA PRA CASA" Acari AR67 (2019)
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黒海沿岸ハルクとシュークリーム声 メルヴェ・ヤヴズ [西アジア]

Merve Yavuz  MELA.jpg

トルコの音楽は、もっぱら古典ばかり聴くようになってしまい、
アラベスクやハルクといった大衆歌謡からしばらく遠のいていましたが、
ひさしぶりにハルクのステキなシンガーと出会えました。

メルヴェ・ヤヴズは、黒海沿岸の都市トラブゾンに生まれ育った女性歌手。
親族がみな楽器を演奏し、子供の頃から楽器がおもちゃといった家庭で育ち、
小学校で合唱団に加わり、高校・大学で音楽を専門に学んで、
音楽教師になったという経歴の持ち主です。
故郷の黒海沿岸の民謡をベースにしたハルクを歌い、
黒海沿岸地方の音楽を特集したテレビ番組で注目を集め、
昨年アルバム・デビューを果たしました。

ケマンチェやウードなどの弦楽器に、ピアノやギターを加えた伴奏には、
モダンなアレンジを施しているので、民謡らしいフォークロアの感覚は乏しく、
かなり洗練されたサウンドを聞かせます。
ケマンチェが旋回するフレーズを繰り出すと、
がぜん黒海地方の雰囲気が高まりますけれど、このアルバムでは、
それもアーティスティックなプロダクションに回収されているのを感じます。

このアルバム魅力はなんといっても、主役メルヴェ・ヤヴズのヴォーカル。
美声というだけでなく、独特な質感の声を持つシンガーで、
ふんわりとふくらみのある豊かな中音域で発声する一方、
声の輪郭がとてもくっきりとしていて、ザラメのようなテクスチャーを持っています。
妙な連想かもしれませんが、ぼくはメルヴェの声を聴いていて、
極上絶品のシュークリームを思い浮かべてしまいました。

カスタード・クリームと生クリームを混ぜた、
ふわっふわのディプロマット・クリームを包み込む、
サクッとした食感の生地が絶妙の取り合わせとなるように、
まろやかなクリームとカリカリした生地の取り合わせを、
メルヴェの個性的な声に感じたんですね。

ピアノとギターがコンテンポラリーなハーモニーを加える、
抒情的な曲が中心のアルバムで、
メルヴェの和らいだコブシ回しが、アクースティックなサウンドと溶け合い、
いっそう声の美しさを引き立てます。
ラストをダンス・チューンのホロンで締めくくったところは、
トラブゾン生まれのメルヴェのアイデンティティでしょう。
4人の男性コーラスとラズ人のバグパイプ、トゥルムの逞しい響きに、
黒海地方のハルクが象徴されています。

Merve Yavuz "MELA" Dokuz Sekiz no number (2019)
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南ア=ナイジェリア・スウィング・ジャズ・シチュー トニー・アレン&ヒュー・マセケラ [アフリカ(全般)]

Tony Allen, Hugh Masekela  REJOICE.jpg

一昨年亡くなった南アのトランペット奏者のヒュー・マセケラが、
アフロビートをクリエイトしたドラマーのトニー・アレンと
2010年にロンドンで共演したレコーディングしたセッションから、
10年の歳月を経て完成したアルバムが届きました。

二人は、アレンがフェラ・クティのアフリカ70のリーダーだった当時から親交があり、
長年共演を望んでいたんだそうですが、なかなか実現することがなく、
10年に偶然イギリスでのツアー・スケジュールが重なった機会を捉え、
レコーディング・セッションをロンドンで敢行したとのこと。
そうしてベーシック・トラックは出来上がったものの、多忙な二人ゆえ、
その後オーヴァーダビングする録音のスケジュールがとれないまま、
マセケラは亡くなってしまったのでした。

このまま埋もれたままにしておくのはもったいないと、
アレンとワールド・サーキットのプロデューサーのニック・ゴールドが
昨年夏に動き始め、ベーシック・トラックを録音したのと同じスタジオで
レコーディングに取りかかり、完成させたのだそうです。

このレコーディングに関わったメンツが、スゴイんです。
UKジャズの精鋭がずらりと並んでいて、まず嬉しくなったのが、
テナー・サックスで参加したスティーヴ・ウィリアムソン。
M-Base 派のプレイヤーとして、ロンドンのジャズ・シーンに90年に登場して
一躍注目を浴びた人です。覚えてます? つーても、若い人は知らないよねえ。

91年の2作目“RHYME TIME (THAT FUSS WAS US!)” なんて、
スティーヴ・コールマンの“RHYTHM PEOPLE” と並ぶ、
M-Base を代表する大傑作だったもんねえ。
当時UKジャズで最高人気だったコートニー・パイン(二人は同い年)よりも、
ぼくはスティーヴ・ウィリアムソンの才能を買ってたので、
その後まったく活動の様子が伝わらなくなってしまって、
すごく残念に思ってたんですよ。ほんと、どうしてたんだ?

ほかにも、ルイス・ライト(ベース)、エリオット・ガルヴィン(キーボード)のほか、
ロンドンのアフロビート・バンドとして注目を集める
ココロコのベーシストのムタレ・チャシや、
エズラ・コレクティヴのキーボード奏者ジョー・アーモン=ジョーンズも参加していますよ。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2020-03-04

マセケラ自身の多重録音によるズールー・チャントから始まる1曲目から、
アレンのよくスウィングするドラミングがふくよかなグルーヴを生み出し、
マセケラのフリューゲルホーンがのびのびと歌います。
アレンのドラミングとマセケラのフリューゲルホーンを、
浮き彫りにするように仕上げられた作品。
オールド・タイミーなスウィング・ビートが、
アフロ・ジャズのトリートメントによってクールな表情に変換して、
実にイマっぽいサウンドというか、2010年代的に響くところが、めちゃ新鮮です。

Tony Allen, Hugh Masekela "REJOICE" World Circuit WCD094 (2020)
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