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ターラブを原点回帰させたシティ・ビンティ・サアドのひ孫 シティ・ムハラム [東アフリカ]

Siti Muharam  ROMANCE REVOLUTION.jpg

ザンジバルのターラブの歴史を知る人なら、
ターラブをスワヒリ語で歌って大衆歌謡として広めた伝説の女性歌手、
シティ・ビンティ・サアドの名をご存じと思います。
トピック盤に4曲、ヴェルゴ盤に2曲CD化されたSP録音を、
すでにお聞きのファンもいるかもしれません。

POETRY AND LANGUID CHARM SWAHILI MUSIC FROM TANZANIA AND KENYA.jpg   ECHOES OF AFRICA  EARLY RECORDINGS 1930s–1950s.jpg

時は1880年。奴隷制度が残る男性中心の封建的なイスラーム社会のザンジバルで、
シティ・ビンティ・サアドは貧しい農家の娘として生まれ、コーラン学校にも通えず、
読み書きのできないまま大人となります。やがて歌手となるチャンスに恵まれ、
東アフリカで初のレコーディングを1928年に行い、運命は大きく変わります。
インドのボンベイで行われたその録音は、
東アフリカで最初のレコードとなったばかりでなく、
女性歌手としての録音も初ならば、ターラブの記念すべき初録音となったのでした。
(注:ライナーに「1929年に初録音」という記述がありますが、1928年の誤りです)

シティは、日々の暮らしや社会問題を題材とする曲を作っては歌い、
人々から大きな人気を得ると、男性に限られていたターラブ演奏への女性の参加や、
女性だけのターラブ・クラブを発足させるなど、
女性のエンパワーメントを促す文化的アイコンとなりました。

のちに、そんなシティに感化されたのが、
成女儀礼ウニャゴの祭祀でもあったビ・キドゥデです。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2013-04-20
ビ・キドゥデのドキュメンタリー映画“AS OLD AS MY TONGUE” に出てきた、
シティ・ビンティ・サアドのSP盤をかけるシーンにも、それは表われていましたね。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2009-08-05

前置きが長くなってしまいましたけれど、
本作はその伝説的なシティ・ビンティ・サアドのひ孫にあたる、
シティ・ムハラムの世界デビュー作です。
ザンジバルのターラブは、アマチュア楽団のクラブが組織化されるにしたがって、
冠婚葬祭向けのヨソイキなお行儀のいい演奏が主流となり、
生きた大衆歌謡としての側面が失われていく傾向にありました。

本作のねらいは、曾祖母シティ・ビンティ・サアドの進取の気性を、
もう一度ターラブに取り戻そうとする試みにあります。
ヴァイオリンなど大人数の弦楽セクションを使わず、小編成の伴奏にしたのが肝。
パーカッションを効果的に使い、キドゥンバクのスタイルで演奏しているところに、
シティ・ビンティ・サアド時代の大衆歌謡へ回帰させる意図が表われています。

音楽監督を務めたのは、ムハンマド・イサ・マトナ。
覚えていますか? 一昨年、ノルウェイ人ジャズ・ミュージシャンとのコラボで
注目を集めた、マトナズ・アフダル・グループのリーダーです。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2018-12-22
古典ターラブやザンジバルやエジプトの古謡を参照しつつ、
ターラブをモダン化したあのアルバムの試みをさらに推し進め、
マトナはウード、ヴァイオリンのほか、サポート・ヴォーカルも担っていますよ。

あのアルバムにも参加していたノルウェイ人ベーシストの躍動するラインが、
リズムを強化していて、サウンドの核となっています。
西洋人音楽家の起用についても、マトナズ・アフダル・グループの経験が
生かされたようで、バス・クラリネットなど実に上手い使い方をしていますね。
古典的なターラブのメロディを引き立てたアンサンブルを聞くと、
しっかりとリハーサルを積んだ様子がうかがえます。
サム・ジョーンズが施したエレクトロのデリケイトなトリートメントも効果的です。

多様な文化が混淆したスワヒリ文化のダイヴァーシティと、
女性のエンパワーメントを象徴する、
シティ・ビンティ・サアド時代のターラブへ回帰する試みは、
きわめて今日的な意義を持つアプローチなのではないでしょうか。
充実した演奏内容とともに、その企画意図にも大きな拍手を送りたい大力作です。

Siti Muharam "ROMANCE REVOLUTION" On The Corner OTCRLP005 (2020)
*タイトルはCD表記に従いました。ダウンロード・サイトには、
長い別タイトルが付いていますが、フィジカルにその表記はありません。
v.a. "POETRY AND LANGUID CHARM : SWAHILI MUSIC FROM TANZANIA AND KENYA" Topic TSCD936
v.a. "ECHOES OF AFRICA EARLY RECORDINGS 1930s–1950s" Wergo SM1624-2
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