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スピリチュアルに昇華したR&B ケム [北アメリカ]

Kem Love Always Win.jpg

はぁ~、もうタメ息しか出ませんね。
絶望を知った人のみが生み出せる深いロマンティシズムに、圧倒されます。
ケムの音楽世界に、「メロウ」なんてチンプな形容詞をあてるのをためらうのは、
深い闇を超えて浄化された魂が、神へ救いを求める精神の昇華を、
仰ぎ見るような気にさせられるからでしょうか。

オープニングの‘Not Before You’ のプロダクションからして、
オーセンティックなR&Bのフォーマットを逸脱しています。
静謐で音数の少ないサウンド・スペースに、スティール・ギターがたゆたう響きを
奏でるのを最初に聴いた時は、背中がゾクリとしました。
意外なアクースティックな弦の響きに身震いしたのは、
カサンドラ・ウィルソンの”BLUE LIGHT 'TIL DAWN” (93) 以来かも。

今回はロン・オーティスがドラムスを叩いていないんですね。
生ドラムスのトラックはなく、すべて打ち込みとなったのは、
バンドによるセッションができない現下の情勢のせいでしょうか。
長年の相棒レックス・ライドアウトの名もなく、今回のパートナーはデレク・アレン。
キース・スウェットとの仕事で知られる人ですけれど、
ここでは完全にケムの世界に合わせ、シンプルなアレンジで、
最小限の音数に絞ったプロダクションを構築しています。
ゆいいつの例外は、ブライアン・カルバートソンの流麗なピアノ・ソロを
フィーチャーした‘Lonely’ かな。

‘Live Out Your Love’ の歌い出しに、
マーヴィン・ゲイの‘I Want You’ を思い起こさずにはおれません。
どんなに求めても愛を得ることのできない絶望を歌ったあの名曲に対して、
この曲では、愛をもう一度信じることに希望を見いだした、ほのかな明るさがあって、
胸がジンとなってしまいました。
この‘Live Out Your Love’ は、トニ・ブラクストンとデュエットしたヴァージョンも
収録されていて、トニが柔らかな表情を見せているのにも、心が温かくなりました。

なんせトニの前作は、血が滲んで目をそむけたくなるような傷口を、
むき出しにしたようなアルバムでしたからね。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2018-04-26
ケムの新作と同時にトニ・ブラクストンの新作も出ましたが、
傷が癒えて、明るさを取り戻したトニの歌声に、ホッとしましたよ。

クワイアをフィーチャーしたタイトル・トラックと、
コンテンポラリー・ゴスペルのエリカ・キャンベルとデュエットしたヴァージョンも、
COVID-19禍のアメリカ社会のいま、まさに求められた祈りの曲といえるのでしょう。
ケムは、スピリチュアルに昇華したR&Bを体現しています。

Kem "LOVE ALWAYS WINS" Motown B003265002 (2020)
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