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マイ・ベスト・アルバム 2021 [マイ・ベスト・アルバム]

Dino D’Santiago  Kriola.jpg   Paulo Flores  INDEPENDÊNCIA.jpg
Rahel Getu  ETEMETE.jpg    Takfarinas  ULI-W TSAYRI - YEMMA LEZZAYER-IW.jpg
Rony Théophile  MÉTISSAGÉRITAJ.jpg   Willie Morales  VIVENCIAS, MI MISIÓN.jpg
Jon Batiste  WE ARE.jpg   Nate Smith  KINFOLK 2 SEE THE BIRDS.jpg
Gergos Dalaras  I KASETA TOU MELODIA 99.2.jpg   Karine Polwart & Dave Mulligan  STILL AS YOUR SLEEPING.jpg

Dino D’Santiago "KRIOLA" Sony Music 19439816922 (2020)
Paulo Flores "INDEPENDÊNCIA" Sony 19439882772 (2021)
Rahel Getu "ETEMETE" Awtar no number (2021)
Takfarinas "ULーIW TSAYRI" Futuryal Production no number (2021)
Rony Théophile "MÉTISSAGÉRITAJ" Aztec Musique CM2753 (2021)
Willie Morales "VIVENCIAS, MI MISIÓN" El Piloto De La Salsa Productions EPDLS004CD (2021)
Jon Batiste "WE ARE" Verve B0033358-02 (2021)
Nate Smith "KINFOLK 2: SEE THE BIRDS" Edition EDN1184 (2021)
Gergos Dalaras "I KASETA TOU MELODIA 99.2" Minos EMI 0602435761220 (2021)
Karine Polwart & Dave Mulligan "STILL AS YOUR SLEEPING" Hudson HUD025CD (2021)

新作より旧作をたくさん聴いた2021年。
そのせいでヘヴィ・ロテしていたアルバムがまったく入らず、
なんだかピンとこないリスティングになってしまいました。
それだけここ数年がずっと豊作続きで、
取りこぼしてきた充実作が、たくさんあったということなんだろうけど。

ところで、2年前のこの場で、2020年には決着をつけねばとボヤいた二つの案件が、
結局2020年には片付かず、今年まで持ち越して、ほぼ同時に完遂。
そのひとつが、『音楽航海日誌』の出版だったんですが、
とにもかくにも世に送り出せて、ホッとしました。
値の張る鈍器本ですが、売れ行き好調、
各方面からご好評をいただき、感謝至極であります。
まだという方は、ぜひこの冬休みにどうぞ。
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年の瀬はジャイヴで スキャットマン・クローザーズ [北アメリカ]

Scat Man Crothers  R&B Legacy.jpg

いい年の瀬です。
仕事・家庭・プライヴェート三拍子揃って、
一点の翳りもない年なんて、人生、なかなかありませんよ。
こういう年だって、時にはなくっちゃねえ。
多事多難な年ばっかりじゃあ、身がもちません。

そんな幸せ気分で満ち足りている年末に、嬉しい1枚が届きました。
ぼくのごひいきのジャイヴ・シンガー、スキャットマン・クローザーズの編集盤です。
2年前、ジャスミンから、56年トップス盤全12曲に、
48年から56年までの17曲をボーナス・トラックとして加えた好編集盤が出ましたが、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2019-08-21
今回のフレッシュ・サウンド盤は、44年から56年までの53曲を2CDに詰め込んでいます。
ジャスミン盤とのダブりはごくわずかで、
以前ハイドラから出た編集盤とのダブりも数曲しかないので、
スキャットマン・クローザーズのファンは言うに及ばず、ジャイヴ・ファン必携でしょう。

スキャットマン・クローザーズの芸人魂を炸裂させた
ジャイヴィーなヴォーカルをたっぷり味わえるだけでなく、
スウィング・ジャズからロックンロールに至る、
黒人芸能音楽のサウンドの変遷がたどれる、秀逸な編集盤となっています。

ディスク1は、44年から51年までの27曲をコンパイル。
いちばんの聴きものは、自身のオーケストラによる冒頭の3曲でしょう。
44年、ハリウッドのNBCスタジオでの公開録音なんですが、
スキャットマン自身がドラムスを叩きながら歌うというパフォーマンスで、
粋なMCに観客の拍手もノリノリで、アタマから気分が上がります。

ディスク2は、51年から56年までの26曲をコンパイル。
アルバム・タイトルの「R&Bレガシー」に、いささか苦笑していたんですけれど、
52年の‘Papa (I Don't Treat That Little Girl Mean) ’ は、たしかにR&B。
バックを務めるのは、レッド・カレンダー率いるセクステットで、
ドラムスはなんとチコ・ハミルトン! 
ウェスト・コースト・ジャズを築いたドラマーのチコ・ハミルトンも、
初期にはこんなR&Bを叩いてたんですねえ、こりゃあ、ビックリもん。

20ページのブックレットには、貴重な写真にクレジットも完備で申し分なし。
「R&Bレガシー」だとか、「元祖ロックンロール」だのと、いろいろ言われますが、
ぼくに言わせれば「100%ジャイヴ」のスキャットマンであります。

Scat Man Crothers "The Scat Man Crothers R&B Legacy 1944-1956 " Fresh Sound FSRCD1110
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移民のやるせないさみしさに ニティン・ソーニー [ブリテン諸島]

Nitin Sawhney  IMMIGRANTS.jpg

20年ぶりに聴いた、ニティン・ソーニーの新作。
デビュー当初からまったく変わることのない音楽性と、
一貫した世界観に感じ入りました。

インド移民二世として生まれたニティン・ソーニーは、
大学生時代にアシッド・ジャズのジェイムズ・テイラー・カルテットに加わり、
のちにUKエイジアンのタブラ奏者タルヴィン・シンとグループを組み、
93年にソロ・デビューしたマルチ奏者のシンガー・ソングライター。
95年のセカンド“MIGRATION” でファンになったんですが、
新作は、まさにこのセカンドと呼応するタイトルとなっています。

Nitin Sawhney  MIGRATION.jpg   Nitin Sawhney  DISPLACING THE PRIEST.jpg

ニティンがデビューした90年代半ばは、
UKインディアンによる音楽が盛り上がった時代でした。
ブレイクビーツ/ヒップ・ホップ・グループのファン=ダ=メンタルや、
ジャングルのエイジアン・ダブ・ファウンデーションなどの政治色の濃いグループに、
レゲエDJのアパッチ・インディアンやバングラ・ビートのダンス・ミュージックなどなど、
多彩な才能がシーンをにぎわせていました。

そのなかで、ニティン・ソーニーは異色の存在で、
イギリスで移民の子孫として暮らす人々の内的世界を描写した、
孤独感を色濃く滲ませた音楽をやっていました。
やるせなく、さみしいニティンの音楽はあまりに切実で、
強い疎外感がその底に沈殿しているのを聴きとることができます。

ヒンドゥスターニー(北インド古典音楽)、フラメンコ、ジャズ
ヒップ・ホップ、ドラムンベース、ダウンテンポなどをミックスした音楽性は、
デビュー当時すでに完成していました。
アルバムを重ねるごとに、プロダクションの完成度が高まり、
サウンドにわずかな変化をもたらしてはいても、
ニティンの音楽性の本質を揺らがすことはありませんでした。

Nitin Sawhney  PROPHESY.jpg   Nitin Sawhney  PROPHESY  DVD.jpg

ぼくは01年作の“PROPHESY” を最後に聴いていなかったんですが、
その後ニティンは、50を超す映画/演劇音楽をてがけ、
ポール・マッカートニーやスティングなどとも共演して、
大英帝国勲章をはじめに30にも及ぶ芸術賞を受賞する、
ビッグ・ネームになっていたんですね。

そんな大物になったとて、この人が抱える疎外感は癒されることはなく、
新作が示すさみしさの手触りは、デビュー時とまったく変わるところがありません。
ニティンは、10代の多感な時期に、極右の国民戦線が台頭し、
人種差別的な罵声を浴びせられ、暴力を振るわれてきたといいます。
ブレグジット後のイギリスにおいて、外国人や移民に向けられるまなざしに、
緊張感が増していることは想像に難くなく、ニティンはこのアルバムで、残忍な差別や、
容赦ない偏見を受ける人々の孤独、絶望、憎しみといったさまざまな感情に、
声を与えようとしています。

曲間に間奏曲をあてがい、
移民に関するニュースのナレーションが挿入するほか、
‘Tokyo’ という間奏曲では、JR駅のホームで流れる電子音のサンプリングや、
女性アナウンスを模した合成音声が使われています。
そして、最後には、映像的な弦楽奏をバックに、
インタヴューに応える人々の声をコラージュしています。

ロンドンの冬を想わす極寒のサウンドスケープに、
揺れる女声のサレガマ(音度名)がのっていく。
南アジアの濃厚なニュアンスを加えた幻想的な音楽には、
多くの移民の心の痛みが秘められています。

Nitin Sawhney "IMMIGRANTS" Masterworks/Sony Music 19439733222 (2021)
Nitin Sawhney "MIGRATION" Outcaste CASTECD001 (1995)
Nitin Sawhney "DISPLACING THE PRIEST" Outcaste CASTECD002 (1996)
Nitin Sawhney "PROPHESY" V2 VVR1015912 (2001)
[DVD] Nitin Sawhney "PROPHESY" V2 VVR6017659 (2002)
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エレクトロが奏でるルゾフォニアのメランコリー ディノ・ディサンティアゴ [南ヨーロッパ]

Dino D’Santiago  BADIU.jpg

ディノ・ディサンティアゴの新作タイトルが「バディウ」だと知ったときは、
これはディープなアルバムになるな、という予感がありました。

バディウとは、いまではカーボ・ヴェルデのサンティアゴ島民の呼称にもなっていますが、
もとは、ポルトガル語の vadio (遍歴する、放浪する)に由来する、
ポルトガル人入植者がアフリカから連行された奴隷を指して呼んだ蔑称でした。

現在のカザマンス地方とギネア=ビサウに築かれたガブ王国は、
ポルトガル人との奴隷貿易によって栄え、奴隷をカーボ・ヴェルデに送り込んでいました。
サンティアゴ島に降ろされた奴隷たちは、シダーデ・ヴェーリャに暮らしていましたが、
フランスやイギリス、オランダの海賊からたび重なる攻撃を受け、
ついには悪名高きフランシス・ドレークの攻撃によって街全体が破壊され、
島の内陸部に逃げ込んで九死に一生を得たといいます。

内陸部でコミューンを形成した奴隷たちは、そこでようやく自由を得ますが、
西洋文明から隔絶された浮浪者とみなされ、バディウと蔑まれるようになります。
しかし、逃亡奴隷として自由を得たバディウスたちにとっては、
その語を自由と抵抗のシンボルとして捉え、前向きに受け入れたのでした。
そうしたバディウがフナナーを育んだことは、以前にも書いたことがあります。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2020-02-25

サンティアゴ島出身のバディウスの両親のもとに育ち、
父親とともにサンティアゴ島へ旅したことをきっかけに、
ヒップ・ホップ/R&Bから現在の音楽に転向したディノが、
アルバム・タイトルに「バディウ」と名付けるからには、
原点を掘り下げた内容となったに違いありません。

聴いてみれば、前々作、前作に比べ、グッと表現が深まりましたねえ。
楽曲がとりわけ素晴らしい仕上がりで、
ソダーデ感溢れる哀しみに富んだメロディは、カーボ・ヴェルデにとどまらない、
ルゾフォニアが共有する、深いメランコリーを感じさせます。

リズム面では、フナナーやバトゥクを直接借りることなく、
あえて生音を避けたと思われるエレクトロを多用しながら、
内省的な音楽世界を表現しています。
そのネライどおり、サウンドの質感はクールかつディープになっていて、
ミュージック・セラピーのようなアルバムに仕上がっているんですね。

なんと制作にあたっては、ロンドン、オーストリア、ベルリン、ロス・アンジェルス、
サン・パウロ、コロンビアなど、さまざまな音楽家との共同作業によって37曲が録音され、
そのなかから、「バディウ」のコンセプトに合う12曲を選曲して完成させたとのこと。
抵抗のシンボルにオマージュを捧げたディノが、
次に提示する物語に、はや期待が高まります。

Dino D’Santiago "BADIU" Sony Music 19439948142 (2021)
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トーゴのクール・カッチェ ジェイ=リバ [西アフリカ]

Jey-Liba  ODYSSEE.jpg

トーゴの国旗をバックにした若者が二人。
一目でトーゴのヒップ・ホップとわかるジャケットなれど、初めて目にするCD。
ジャケットを裏返すと、12年に出ていたルサフリカ盤と判明。
十年近くも前のCDなのかあ、ぜんぜん見たことないなあと、独り言ちしながら、
ワン・コインもしないアウトレット品を、救出してまいりました。

で、これが思いのほか、面白かったんですよ。
アッパーなダンス・オリエンテッドなアルバムで、
歌手とラッパーのデュオ・チームなんですね。
歌手はアブー・ジェイ=リバ、ラッパーはティエリー・ジェイ=リバとあり、
本当の兄弟かどうかは不明。

コート・ジヴォワールのクーペ=デカレによく似てると思ったら案の定で、
クーペ=デカレをトーゴ風にアレンジした、
クール・カッチェと呼ばれるスタイルなんだそう。
06年にトゥーファンというデュオが考案したダンスだといいます。
クール・カッチェは、トーゴの若者の間で瞬く間にブームとなり、
さまざまな大会が定期的に開かれているそうです。

トーゴ北部ダパオン出身の二人が、ジェイ=リバを結成したのは98年のこと。
05年のヒップ・ホップ・アワードで受賞し、
アクラでレコーディング・デビューを果たしたあと、
2枚のアルバムによって、トーゴの人気グループとなります。
3作目となる12年の本作は、インターナショナル・デビュー盤で、
ソニー・フランスの後押しにより、フランスでプロモーションもされた模様。

ポップな楽曲にダンサブルなビート、適度にヌケのあるサウンドスケープは、
ドープすぎず、リスニング用にも対応可能なアルバムとなっています。
アクースティック・ギターとジェンベの生音を生かしたトラックもあり、
エレクトロと生演奏のバランスも、いい感じですね。

トーゴのロメとブルキナ・ファソのワガドゥグを繋いだタイトルのトラックでは、
ブルキナベのラッパー、イェリーンをフィーチャーするなど、
近隣国とのコラボも盛んなようです。
クール・カッチェを知るのに、絶好な1枚でありました。

Jey-Liba "ODYSSEE" Lusafrica 662072 (2012)
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知られざる温故知新ルンバ・アルバム バルー・カンタ [中部アフリカ]

Ballou Canta et Luciana.jpg

中古CDのお店をチェックしていて、最近いやに目につくようになったのが、
明らかに遺品整理で出てきたと思われる大量入荷品。

プリミティヴ・アートの分野では、コレクターの死去に伴う遺品整理で、
自分が若い時に買えずに指をくわえていた逸品が、
また舞い戻ってくるなんて現象が、10年くらい前にあったんですけれど、
ついにCDでも、これに似た事態が起き始めてるんですね。
CDを熱心に買っていた年齢層が、あの世に行くようになるって、
う~む、他人事じゃないんですけど。

ベーシックなアイテムから、マニアックなアイテムまで、
まとめてゴッソリ出てくるんだから、間違いないですよねえ。
それに比べて、コレクター自身が断捨離で出してくるのは、
マニアックなものに限られているから、すぐわかります。
良品アイテムはけっして手放さないから、出てこないもんなあ。

で、今日は、往年のリンガラ・マニアが放出したとおぼしき、
断捨離物件がごっそりあり、ざっとチェックしてみたんですが、
う~ん、見事にカスばっかりでした。
90年代のウチコミに移行しつつあった時代のCDが中心で、
300~400円台の値が付けられていたのは、妥当でしたね。
買い取りの値段は、おそらく80円とか、そんなもんだったんだろうな。

少しばかり拾ってきたなかで、予想外に良かったのが、
コンゴ(ブラザヴィル)出身のシンガー、バルー・カンタの04年作。
ヴィヴァ・ラ・ムジカ脱退後、ヌーヴェル・ジェネラシオンを結成して
活躍したシンガーのルシアナとの共同名義作です。

ルシアナと一緒に活動していたことを初めて知りましたが、
バルーのアクースティック・ギターを中心に、
ほっこりとした、まろやかなルンバをやっています。
生ドラムスとウチコミ使いのバランスもよければ、
シンセサイザーばかりでなく、アコーディオンも使って
ノスタルジックなサウンドを演出しているところなんて、嬉しくなりますね。
ラテンのアレンジを施した曲では、ホーン・セクションを起用して、
美しいコーラスとともに、人肌のぬくもりが伝わるサウンドに仕上げています。

バルー・カンタといえば、フレンチ・カリブをミックスした15年作が忘れられませんが、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2015-06-23
あのアルバムの音楽監督を務めたクレオール・ジャズ・ピアニストの
エルヴェ・セルカルがすでに本作でも参加しているんですね。
また、80年代ズーク・シーンの立役者といえるキーボード奏者の
ロナルド・ルビネルもゲストで参加しているなど、
フレンチ・カリブの音楽家たちとの交流は、この当時からあったんですねえ。

チェックしてみたら、ルシアナとのコンビで02年にもアルバムを出していて、
これが2作目だったようです。知られざる名作ですね。

Ballou Canta et Luciana "RUMBA LOLANGO" Doçura 46211-2 (2004)
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汎カリブを見渡すクレオール・シンガー ロニー・テオフィル [カリブ海]

Rony Théophile  MÉTISSAGÉRITAJ.jpg


今年のアルバム・ベスト10に入るフレンチ・カリブのアルバムは、
またしてもヴェテランのマラヴォワになってしまうのかと思っていたら、
出ましたねえ、ロニー・テオフィルの新作が。
これまでのロニーのアルバムのなかでも、ダントツの最高傑作ですよ。

オープニングの‘Loin De Mon Pays’ のエレガントなメロディといったら、どうです。
これぞクレオールの粋といった、セクシーで泣けるビギンに、もうメロメロ。
ラルフ・タマールとはまた味の異なるクルーナー・ヴォイスで、
芳醇な香りを放つ苦みのある声質が、いにしえの舞踏会へといざなうかのようです。
ロニー・テオフィルの歌には、ノスタルジアを想起させる魅力がありますよね。
涙でドレスを濡らしながら踊るクレオール婦人が、瞼に浮かびます。

マラヴォワふうのストリング・アンサンブルも大活躍。
ロニーは、マラヴォワの15年作『オリウォン』にゲスト参加していましたけれど、
マラヴォワ・サウンドをすっかり自家薬籠中のものとしていますね。
ビギンの料理法を熟知しているフランス白人のジャズ・ピアニスト、
ダヴィッド・ファクールのアレンジが、ツボにハマりまくっています。

面白いもんですよねえ。
マルチニークやグアドループから登場する若いジャズ・ピアニストたちは、
ビギンやマズルカを演奏せず、アフロ系リズムを志向するか、
コンテンポラリーに向かうかのどちらかなのに、フランス白人のダヴィッドが、
ヨーロッパとカリブが混淆したクレオール・ジャズに耽溺してるんだから。

Davi Fackeure Trio  JAZZ ON BIGUINE.jpg   Davi Fackeure  JAZZ ON BIGUINE VOL.2.jpg

ダヴィッド・ファクールは、100歳で亡くなった名女優ジェニー・アルファのアルバムで、
一躍注目を浴びたピアニスト。ダヴィッドが01年に出した初ソロ作が、
“JAZZ ON BIGUINE” というそのものずばりのタイトルだったことは、ご存じでしょうか。
1曲目にアレクサンドル・ステリオの‘Bonjour Loca’ を選ぶという、
ダヴィッドのビギン愛の熱烈ぶりが伝わるビギン・ジャズの快作でした。
2作目の“JAZZ ON BIGUINE VOL.2” では、
ジェニー・アルファをゲストに迎えていましたよね。

Rony Théophile  COEUR KARAÏBES.jpg

ダヴィッド・ファクールを起用したのは、10年の“COEUR KARAÏBES” からでしたけれど、
あのアルバムではセドリック・エリックと曲を分け合って、アレンジしていました。
セドリックがアレンジを担当したのはコンパで、
ヌムール・ジャン=バチストの名曲‘Ti Carole’ をカヴァーするほか、
スコーピオの名演で知られる‘Ansam Ansam’ を取り上げ、
コンパ全盛時代を思わすダイナミックなホーン・アンサンブルが聴きものでした。

ロニーがハイチ音楽にも通じているのは、90年代にハイチのコンパ・バンド、
ファントムズに在籍し、アメリカで演奏活動を行っていたからで、
在籍時には、ハイチ音楽賞の男性歌手部門で最優秀賞も獲得しています。

もともとグアドループのカーニヴァル・グループで、
衣装作りやダンスの振付など演出の仕事をしていたロニーは、
ダンサーや振付師として舞台のキャリアも積んでいます。
シャンソン・クレオールの名歌手ムーヌ・ド・リヴェルとともに、
ヨーロッパや北アフリカをツアーして舞台を務めたほか、
ミリアム・マケーバのコンサートにダンサーとして起用されるなど、
ショー・ビジネスの世界を知る人でもあるんですね。

そうしたキャリアが、ロニーにグアドループのルーツを掘り下げるばかりでなく、
汎カリブの音楽性も宿すようになり、
“COEUR KARAÏBES” では、ハリー・ベラフォンテの‘Day O’ のほか、
シャルル・アズナブールがベラフォンテの曲をフランス語カヴァーした
‘Mon île Au Soleil’ を歌っていました。

新作”MÉTISSAGÉRITAJ” では、
サム・マニングのノベルティなカリプソ(Don't Touch Me Tomato)や、
シモン・ディアスのカンシオン(Caballo Viejo)というユニークな選曲や、
シャルル・アズナブールの‘Les Comédiens’ をマンボにアレンジするところに、
ロニーの汎カリブ性が発揮されています。

Rony Théophile  LAKAZ - SIMPLEMENT BIGUINE.jpg

思えば、ぼくがロニーに注目したのは、09年の“LAKAZ” がきっかけでした。
まだダヴィッド・ファクールとのコンビを組む前で、シンプルなアレンジながら、
しっかりとビギンに焦点をあてたレパートリーが、ふるっていたんですね。

ムーヌ・ド・リヴェルの名唱で知られるレオーナ・ガブリエルの‘La Grêve’、
アラン・ジャン・マリーが好んだアル・リルヴァ作の‘Doudou Pa Pléré’、
ジェラール・ラ・ヴィニの‘La Sérénade’、きわめつけは、
アンティーユ民謡の‘Ban Mwen On Ti Bo’。
こんなレパートリーを選曲するなんて、タダもんじゃないですよね。

その“LAKAZ” の1曲目‘Dé’ が、次作“COEUR KARAÏBES” の最後に
収録されているんですが、なぜかクレジットには記載がなく、
最後の14曲目が存在しないかのようになっているのはナゾです。

ロニーは、今年本作とともに、本も出版しています。
(Tèt Maré Gwadloup - La route du madras de l'Inde à la Guadeloupe)
奴隷時代、女性は頭を隠すことを強制されたことから始まった
グアドループ女性の髪飾りが、やがてファッションとなり、
女性のコミュニケーションの手段となっていったことについて
書かれた歴史書で、グアドループ女性への賛歌と評されています。
若い頃から詩人を志し、16歳で詩集を出版もした、
ロニーの豊かな才能が開花した作品のようですよ。

Rony Théophile "MÉTISSAGÉRITAJ" Aztec Musique CM2753 (2021)
Davi Fackeure Trio "JAZZ ON BIGUINE" Elephant/Fremeaux & Associes EL2207 (2001)
Davi Fackeure "JAZZ ON BIGUINE VOL.2" Fremeaux & Associes FA488 (2007)
Rony Théophile "COEUR KARAÏBES" Aztec Musique CM2291 (2010)
Rony Théophile "LAKAZ - SIMPLEMENT BIGUINE" Aztec Musique CM2250 (2009)

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初冬にブラジリアン・ジャズ・ヴォーカル マルチーナ・マラナ [ブラジル]

Martina Marana  EU TOCO MAL.jpg

ブラジルのジャズ系シンガー・シングライター、マルチーナ・マラナの新作。
といっても、2年も前に出ていたアルバムですね。
14年のデビュー作では、マルチーナが即興を師事したアンドレ・マルケスの
アヴァンギャルドなホーン・アレンジによって、
シンフォニックなサウンドを聞かせていましたが、
本作はクァルテート・BRSが伴奏を務め、フルート、フリューゲルホーン、
アコーディオンほかのゲストが、曲により加わります。

デビュー作はアンドレ・マルケスの色が強すぎて、
マルチーナの個性が埋没していた感があったので、
こちらがマルチーナ本来の持ち味を発揮した作品といえそうです。
前作は、エドゥアルド・グジンやラファエル・マルチーニといった、
ひと癖もふた癖もある作曲家たちの作品が並んでいましたが、
今作はすべてマルチーナの自作曲。

ヒネったアレンジなどは特にみられず、
ジャジーにまとめた軽快なMPBという装いの、爽やかなアルバムです。
マルチーナが弾くナイロン弦ギターに寄り添うのは、
マルクス・テイシェイラのジャズ・ギター。
ゼリア・ダンカンやガル・コスタに、イリアーヌ・イリアスなど、
数多くの女性歌手の伴奏で名を上げた人ですね。
それにしてもマルクスって、女性歌手のバックばっかりやってるな。

前作の才気に富んだアレンジを好んだ人には、本作は生ぬるいだろうな。
リラクシン・タイムに合う、落ち着いたまろやかなサウンドとなっています。
フィロー・マシャードの楽想に着想を得たと思われる‘Filó’ では、
そのフィロー・マシャードをゲストに迎えています。
フィローのヴォイス・パフォーマンスはさすがだなあ。
マルチーナもスキャットを披露しているんですけれど、
フィローのテクニックには到底及ばず、ちょっとムリしすぎ。

世界のあちこちから登場する新世代のジャズ・ヴォーカリストとは違い、
旧来型タイプのシンガーではありますが、
リカ・セカートとか好きな人なら、ハマるんじゃないかな。
初冬の空の青さに良く似合う好盤です。

Martina Marana "EU TOCO MAL" no label no number (2019)
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アフロビーツ世代のエチオピアン・ポップ ヘノック・マハリ [東アフリカ]

Henok Mehari  AZMACH.jpg   Henok and Mehari Brothers  790.jpg

コンテンポラリー・ポップの新作も取り上げておきましょう。
ヘノック・マハリは、78年アディス・アベバ生まれ。
04年に“EWNETEGNA FIKIR (TRUE LOVE)” でデビューした、
キーボードを弾きながら歌うシンガー・ソングライター。

04年作は買ってはみたものの、もう手元にないので、記憶にありません。
ヘノックはその後、ギターのロベル、ベースのルワムの3兄弟で
ヘノック&マハリ・ブラザーズを結成し、2枚のアルバムを残しています。
16年に出した“790” は大ヒットとなり、ケニヤの音楽祭で音楽賞を受賞するなど、
エチオピア内外で人気を高め、大きく飛躍するキッカケとなりました。

この“790” には、ちょっとオドロいたんです。
エチオピアからも、ついにこんなポップ・ロックが出てくるようになったのかと。
言葉を意識しなければ、まるでウェスト・コースト産ポップ・ロックじゃないですか。
エチオピア色はまったくありませんけれど、
ポップスとしてのクオリティは、相当高い作品でした。

バンド名義ではなく、ヘノックのソロ名義となった新作は、“790” と同路線。
アフロビーツと親和性を感じさせる、21世紀型ポップスとなっていて、
レゲトンやEDMなども取り入れながら、ヘノックの明るい声が引き立つ、
親しみやすいロック・サウンドを展開しています。
尖ったところのない、中庸なポップスといった印象ですけれど、
キャッチーなメロディと、割り切りのいいサウンドづくりがいい相性。

ラッパーをフィーチャーしたレゲエの‘Tibeb’ もグルーヴィだし、
ヴォーカル・ハーモニーの利いた‘Shekilaw Seriw’ もいいけど、
ウチコミのマシン・ビートに、肉感的なマシンコの弓弾きや、
ロベルのロック・ギターが交叉する‘Ayderegim’ が、アルバムのハイライトかな。
ヴァラエティ豊かな曲が並んだ好盤。これは売れなきゃ、ウソだよね。

Henok Mehari "AZMACH" Awtar no number (2021)
Henok and Mehari Brothers "790" Henok Mehari no number (2016)
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グルーヴィになったエチオピアン・ゴスペル アディサレム・アセファ [東アフリカ]

Adisalem Assefa  JOROYEN LIBSA.jpg

カルキダン・ティラフンの新作に、
エチオピアン・ゴスペルの近作の充実ぶりを感じたばかりですが、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2021-11-18
ここ数年のゴスペル作品がどれもが水準以上で、驚かされます。

4~5年くらい前に、エチオピアン・ゴスペルをごっそり買って、
ほぼ全部処分してしまうという、憂き目に遭ったもんだから、
すっかり懲りちゃって、ずうっと遠ざかっていたんですよ。

何が変わったかといえば、ウチコミに頼った平板なプロダクションから、
腕のあるミュージシャンを集めて、生演奏主体のスタジオ録音になったことですね。
特に、ドラムスが人力というだけで、これだけ印象が変わるかというくらい、
ガラッとサウンドが良くなったのを感じます。

歌手はいずれも歌える人たちばっかりだから、
バックさえ良ければ、当然見違えるような出来栄えになりますよね。
それから、楽曲も良くなりましたね。新しいソングライターが出てきたんでしょうか。
ゴスペル・アルバムは同じような曲調ばかり続くという悪印象も、一掃されましたよ。

今回聴いたのは、男性歌手のデレジェ・マセボ、女性歌手のアイダ・アブラハム、
セラム・デスタ、エイェルサレム・ネギヤ、サムラウィット・カエサル。
どのアルバムも聴きごたえがあったんですが、
曲の良さでヘヴィロテになりつつあるのが、アディサレム・アセファです。

この人の08年の2作目“SEBARIW GIETA KEFITIE WETTUAL”、
13年の3作目“YAMELETE ENIE NEGN” ともに手放してしまったので、
定かな記憶はないんですけど、この4作目は過去作とは段違いにグルーヴィです。
アレンジャーに4人の名前が連ねられていますが、
14曲中10曲をアレンジしているメスフィン・デンサが、サウンドのキー・パーソンかな。

10曲目の‘Tamagn New’ のベース・ラインなんて、
チャック・レイニーやポール・ジャクソンをホウフツさせるプレイぶり。
70年代ソウルを下敷きにしたグルーヴィさに、こちらのツボを押されまくりで、悶絶。
ベースの名演曲ですよ、これ。

そしてアディサレムは、チャーミングな歌声でこぶし使いもたっぷり披露していて、
ゴスペル=薄口の式はもはや当てはまりませんね。
悲しみに暮れる人に寄り添い、ともに嘆き、
一緒に立ち上がる力を与えてくれるようなメロディは、
なるほどゴスペルと思わせます。

ティジータのような泣きの演歌とは違って、
哀しみにそっと寄り添いながら、背中を撫でるようになぐさめ、希望の光をともし、
聖歌隊のコーラスとともに、歓喜へといざなう高揚感に満たされるメロディに、
信心のない者でも胸を打たれます。

Adisalem Assefa "JOROYEN LIBSA" no label no number (2018)
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グナーワを拡散してシャアビへ収斂 ジマウィ・アフリカ [中東・マグレブ]

Djmawi Africa  AMCHI.jpg   Djmawi Africa  AVANCEZ L’ARRIERE.jpg

アルジェリアのミクスチャー・バンド、ジマウィ・アフリカの新作が届きました。

ジマウィ・アフリカは、04年にアルジェの大学で結成された学生バンド。
2000年代に入って、アルジェリアでバンド・ブームが湧き上がりましたけれど、
数ある新人バンドのなかでは、抜きん出た実力を持つバンドでした。

グナーワ・ロックを標榜し、08年にデビュー作を出し、11年のライヴDVDを経て、
13年に“AVANCEZ L’ARRIERE” を出しています。
ぼくはこのセカンドで注目するようになったんですけれど、
本作は、それ以来8年ぶりとなるアルバムです。

グナーワとロックをミックスするだけでなく、シャアビやレゲエのほか、
ヴァイオリンがアイリッシュのようなフィドル・プレイを聞かせる曲まであります。
カビール・フォークを超越して、ケルト・サウンドまで想起させる
幅広い音楽性が魅力のバンドですね。
メンバーの多彩なバックグラウンドが、おそらく反映されているんでしょう。

音楽性の引き出しの豊かさに加えて、アレンジは巧みだし、
なにより演奏力の高さが、このバンドの強みといえます。
ゲンブリ、マンドーラ、コラ、アコーディオン、ホイッスル、ベンディールなど、
曲ごとにさまざまな楽器を手を変え品を変えて使い、
管楽器はメンバー以外にも補強して、ホーン・セクションの厚みを増しています。
ヴォーカル陣のなかには、べらんめいな歌いっぷりで
無頼なシャアビ・ロックを演じる者もいて、鬼に金棒ですね。

Djmawi Africa "AMCHI" Sous Sol no number (2021)
Djmawi Africa "AVANCEZ L’ARRIERE" Padidou CD377 (2013)
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ハイブラウなアルテ トミ・トーマス [西アフリカ]

Tomi Thomas  HOPELESS ROMANIC.jpg

ナイジェリアの新興ジャンル、オルテがCDで聴けるとは珍しいじゃないですか。
オルテのプラットフォームは、サウンドクラウドやYouTubeがメインなので、
フィジカルがほぼ存在しないジャンル。
日本盤が出たレディ・ドンリは、ゆいいつの例外でした。

オルテは、アフロビーツとほぼ同じ音楽性、というより、
アフロビーツを相当聴き込んでいる人でないと、その差異を感じ取るのは難しく、
ぼくもオルテとアフロビーツの違いは、さっぱりわかりません。
オルテは音楽ジャンルとしてより、
オルタナティヴな文化運動として登場したムーヴメントと認識したほうがよく、
MTVやインターネット第一世代ともいえる、
ナイジェリアの富裕層の子女が生み出したところが、キモなんじゃないですかね。

アフロビーツのミュージック・ヴィデオを観ていると、
ハリウッドをホウフツさせる豪奢なセットやファッションに目を見張らされ、
これがあの巨大なスラム街を抱えるナイジェリアで、
本当に作られているのかと、驚かされます。
ナイジェリアの富める若者たちというヴィジュアル・イメージに戸惑いながらも、
ナイジェリア経済の急成長によって、
欧米の音楽文化を内面化した新世代の登場がそこには投影されていて、
それが、アルテだといっていいんでしょうね。

今回聴いたトミ・トーマスは、そんなアルテのシーンから出てきたアーティスト。
92年レゴスに生まれ、カノで育ち、アトランタと行き来するトミは、
L.O.S.というティーンエイジャーのR&Bグループに、
3人のラッパーとともにシンガーとして加わって10年に成功を収め、
13年からソロ活動をスタートさせています。

90年代生まれという点と、幼年・青年期に各地を転々とした育ちが、
アルテのアーティストのレーゾンデートルでしょうか。
15年に初EPを出し、16年に初アルバムを出していますが、
フィジカルで出したのは今回が初。ユニヴァーサルという大メジャーが配給しています。

R&B、ヒップ・ホップ、レゲエ、ハウス、エレクトロなど、
さまざまな音楽要素をクロスオーヴァーしていて、
アフロビーツのなかでも、とびっきり洗練されてるのがアルテだと、受け取れますね。
19分にも満たないEPですけど、ブジュ・バントンとの共演曲を含む6曲は、
どれも理屈抜きカッコいいトラック揃い。メロウなサウンドの質感にヤラれます。

Tomi Thomas "HOPELESS ROMANIC" Tomi Thomas Music 00810061165699 (2021)
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レディ・ソウルの帰還 リーラ・ジェイムズ [北アメリカ]

Leela James  SEE ME.jpg

う~ん、この塩っぱい声といったら!
歌い出しの第一声で、
聴き手の胸をキュッとつかまえてしまう訴求力は、ほんとにスゴイ。
リーラ・ジェイムズ、4年ぶりの新作だそうですが、
ぼくが聴くのは05年のデビュー作以来。ずっとフォローを怠ってたなあ。

ひさびさとなった再会なんですが、
歌ぢから満載のソウル・ミュージックに、すっかり降参です。
ローファイな音質を演出した打ち込みのドラミングに始まる1曲目から、
そのクールなグルーヴにのせて歌うエモーショナルなリーラの歌いっぷりに、
胸が焼き付くような思いがしました。

70年代ソウルを現代に更新したこのサウンドを、
「レトロ」というタームで括っちゃあいけません。
リーラが70年代ソウルの遺産のうえに立ったシンガーであることは疑いなくても、
けっして彼女は懐古しているわけじゃあ、ありませんからね。
過去のソウルが持っていたぬくもりと、現代のR&Bのクールな質感をミックスさせて、
70年代ソウルがたどり着いていなかった地平へと、ローラは現代のR&Bを導いています。

こういう手ごたえは、とりわけブルージーな楽曲で、
振り絞るようなリーラの歌声に発揮されています。
タイトル曲の‘See Me’ では、COVID-19禍で社会の片隅に置き去りにされた人々に向けて、
想いを寄せているのが伝わってきます。
その力強い歌声は、まるで肩を貸して抱き上げてくれるような逞しさがあり、
思わずもらい泣きしそうになりますよね。

困難な世の中を渡っていくパワーを与えてくれるのは、
やはりこういうナマナマしい歌声の力強さと、温かさですよ。
ラストの‘Rise N Shine’ では、ディスコへと誘うブギーなナンバーに、
こちらの心も軽くしてくれて、う~ん、ほんとに聴き手のツボを押しまくってくれるよなあ。
ニクイばかりのレディ・ソウルの1枚です。

Leela James "SEE ME" BMG 538688652 (2021)
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上海オールド・エイジの中華ジャズ 上海老百樂門元老爵士樂團 [東アジア]

上海老百樂門元老爵士樂團  「百樂門 上海百樂門絶版爵士」.jpg

パリのムーラン・ルージュやニュー・ヨークのブロードウェイと肩を並べる
音楽の社交場が、40年代の上海にもあったんですね。
百樂門(パラマウント)は、中国に初めて誕生した高級ボールルームで、
そこで夜な夜な紳士淑女を踊らせたというジミー・キング・バンドもまた、
中国初のジャズ・バンドといいます。

90年になって、ジミー・キング・バンドに在籍していた老演奏家たちを集め、
当時のレパートリーを再録音したというアルバムを見つけたんですが、
これがとても良くって、聴き惚れています。

こういうアルバムって、かつて日本にもありましたよね。
ジミー原田とオールド・ボーイズ。おぼえてます?
え? ジミー原田を知らない? 原田忠幸のお父上ですよ。

当時、自由劇場の「上海バンスキング」がヒットしたのが幸いし、
テレビ番組にもけっこう出演したりしていましたよね。
中本マリが「恋人よ我に帰れ」を歌うのに、前半の伴奏を
ジミー原田とオールド・ボーイズ、後半がYMOが務めるという、
面白い企画のテレビ番組を観たおぼえがあるなあ。

その中本マリに石黒ケイや、
「上海バンスキング」の主演女優の吉田日出子をゲストに迎えた
『今青春! ジミー原田&OLD BOYS』(81)は、
ぼくの学生時代からの同級生がジャケット写真を撮影したこともあって、
懐かしく思い出します。

話が逸れましたけど、そんなリヴァイヴァル・サウンドを聞かせてくれるのが、
ジミー・キング・バンドあらため上海老百樂門元老爵士樂團です。
英国租界の警察官だったジミー・キング(金華津)は、
音楽好きが高じて、フィリピン人ジャズ・ミュージシャンの羅平に師事し、
ハワイアン・ギターと歌を学びます。
のちに羅平のバンドに加わって、ボールルームの仙楽で演奏していると、
百樂門のオーナーに目をかけられ、百樂門の専属バンドとして、
中国人だけのバンドを編成するよう命じられます。

当時ボールルームで演奏するのは、フィリピン人バンドが独占していたのですが、
フィリピン人演奏家は演奏力は高くても、素行の悪い者が多く、
オーナーの悩みの種になっていたのですね。
そうして、ジミー・キング・バンドが47年に結成されたのでした。

このアルバムでは、「ビギン・ザ・ビギン」「イン・ザ・ムード」「アモール」
「ラムとコカ・コーラ」といった当時のレパートリーをケレンなく演奏していて、
なんともすがすがしいんです。
「煙が目にしみる」ではストリング・セクションもついていますよ。

ハリー・オーウェンズの「ハワイアン・パラダイス」や「曼麗亨尼」などの、
ハワイアンもやっていて、ジミー・キングが弾くスティール・ギターも聞けます。
ジミー・キングは、91年に73歳で病死したので、
この録音が最後のものになったんでしょう。

「夜上海」「夜来香」「香格里拉」といった中華ジャズに、
上海オールド・エイジの粋が詰まったステキなアルバムです。

上海老百樂門元老爵士樂團 「百樂門: 上海百樂門絶版爵士」 九洲音像出版公司 no number (2005)
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物語に昇華した歌は時を越えて カリーン・ポルワート [ブリテン諸島]

Karine Polwart  FAIREST FLOO’ER.jpg   Karine Polwart  TRACES.jpg

カリーン・ポルワートは、スコットランドのシンガー・ソングライター、
そしてまた、優れた伝承歌の歌い手でもある人ですね。
個人の感情を歌いつづることと、土地や人々に息づいた伝承の語り部となることは、
二律背反であるものなのに、両者を成り立たせる稀有な歌手が
世の中にはちゃんといて、カリーン・ポルワートもその一人といえます。

カリーン・ポルワートには、忘れられないアルバムがあります。
マリンキーから独立して、ソロとなって出した
07年の“FAIREST FLOO’ER” と、12年の“TRACES” です。
“FAIREST FLOO’ER” はラストの自作曲以外はすべてトラディショナル。
ほとんどの曲をカリーンの弟のスティーヴンがギターを弾き、
2曲だけキム・エドガーがピアノを弾くという、
超シンプルな伴奏で仕上げたアルバムです。

一方“TRACES” は、スティーヴン・ポルワートのギターと
インゲ・トムソンのアコーディオンを核に、
プロデューサーのイアン・クックのキーボードのほか、
マリンバ、ヴァイブ、管楽器などのゲスト・ミュージシャンを加えて、
自作の物語にふさわしいサウンド・アートを創り出しています。
音響的なサウンドスケープを含め、静謐なたたずまいを崩していないのは、
イアン・クックの手腕でしょう。

この二つの作品からは、伝承歌と自作曲を歌う、
カリーンの歌い手としての独特の資質を聴き取ることができます。
カリーンは伝承歌を歌うさいに、歴史を遡るような素振りを見せず、
まるでいま出来上がった歌のように歌うんですね。
その一方、自作の物語を歌うときには、過去と対話しながら、
死者と生者の世界を繋ぐように歌います。

こうした歌へのアプローチは、従来の伝承歌を歌うフォーク・シンガーには
みられなかったもので、カリーン独自の歌解釈は、
古い歌に現代の問題を扱うような生々しい感情を与えるとともに、
新しい歌に過去の歴史を宿すことに成功しています。
はぁ、こんな表現方法もあるのかと、
カリーンの歌世界には新鮮な驚きがありました。

Karine Polwart & Dave Mulligan  STILL AS YOUR SLEEPING.jpg

そんなカリーンらしい歌のアプローチを、また聴くことができました。
新作はジャズ・ピアニスト、デイヴ・マリガンとのコラボレーション。
え? ジャズ・ピアノで歌うの?と聴く前はいぶかしんだのですが、
さすがカリーン、予想のはるか上をいく作品となっていました。

デイヴ・マリガンという人のピアノを聴くのは、初めてですが、
ジャズ・ピアニストであることをおくびにも出さないプレイには感心しました。
冒頭の‘Craigie Hill’ で聞かせる、スキップするような愛らしいリフといったら!
童謡を伴奏するかのような、こんなモチーフを弾いてみせる
ジャズ・ミュージシャンって、なかなかいるもんじゃないですよ。
いっさいのテンション・ノートを避け、ジャズ的なアーティキュレーションも使わず、
ジャズを封印した演奏ぶりで、内部奏法を聞かせる曲でも、
ジャズの語法はまったく顔を出しません。

歌を物語に昇華させるカリーンの音楽性をよく理解したピアノを得て、
カリーンは死者と生者の世界を行き来するように、
静けさのなかで揺れ動きながら、川の流れのように歌っています。

Karine Polwart "FAIREST FLOO’ER" Hegri Music HEGRICD03 (2007)
Karine Polwart "TRACES" Hegri Music HEGRICD08 (2012)
Karine Polwart & Dave Mulligan "STILL AS YOUR SLEEPING" Hudson HUD025CD (2021)
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