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憑依儀礼ザールの音楽がみえてきた。 [中東・マグレブ]

ZAR SONGS FOR THE SPIRITS.jpg

中東から東アフリカにかけて広く伝わる憑依儀礼のザールは、
古代エチオピアで発祥したと、一般によく言われています。
ザールに関する最初の記録は、17世紀のエチオピアで書かれたもので、
現地の典礼語であるゲエズ語で書かれているというのがその理由で、
西洋人による記録も、エチオピアで活動していたキリスト教宣教師によって、
1839年に記述されたのが初とされています。

ところが、当のエチオピアでは、ザールの起源は中東から伝わってきたもので、
ザールのメッカとされるゴンダールでは、
エチオピア正教会から悪魔の宗教とみなされていることを、
エチオピアで長く研究されている川瀬慈さんが
著書『エチオピア高原の吟遊詩人』(音楽之友社、2020)の中で書かれていました。

ヘブライ語でザールが「外国」を意味するように、ザールが伝わった各地域で、
外の世界からもたらされたことを示唆する痕跡が多く見つかるのは、
アラビア半島からイエメン、そして紅海を渡って
古代アビシニアへと奴隷が移動したことと、密接に関係しているのでしょうね。
エチオピアやスーダンの奴隷が北上して、エジプトにザールがもたらされたという、
数百年に及ぶ人口移動を示唆しています。

そのエジプトのカイロの片隅で、
今も生き残る3つのザールをドキュメントしたアルバムがリリースされました。
憑依儀礼のフィールド・レコーディングというと、
スーフィーやハイチのヴードゥーのレコードがイメージされ、
どうしても民族誌の音資料的な退屈なものなんじゃないかと想像しがちなんですが、
これが存外に音楽的なんですね。

アルバム前半がザールの音楽家を集めたスタジオ録音で、
ザールのさまざまな音楽を披露していて、
後半の儀式をドキュメントしたフィールド録音で、そうした音楽が儀式の場で
どのように演奏されているのかが、よくわかります。

Rango  BRIDE OF THE ZAR.jpg

録音された音楽家のクレジットを見ていたら、
ザールの儀式に使われる木琴のランゴを復興した、
ハッサン・ベルガモンがいるのに気付きました。
10年くらい前、ハッサン・ベルガモンが結成したグループのランゴが
『ザールの花嫁』というアルバムを出しましたが、そこで聞けるザールは、
宗教儀礼の音楽といわれても、まるでピンとこない、
世俗的なダンス・ミュージックのような内容でした。

その意味では、17年から19年にかけて録音された本作は、
ザールの憑依儀礼らしいトランシーな側面がよくわかる貴重な内容です。
女声のリードと男声コーラスが、ゆったりとした太鼓のリズムにのせて、
コール・アンド・レスポンスしながら、やがてテンポをあげていくところは、
精霊が降りてくるような雰囲気に満ちています。
終盤に収められた儀式中のフィールド録音は、これがさらに激しいものとなっていて、
途中でスイッチが入るかのように、テンポが急速に上がるなど、
憑依儀礼らしいトランシーさをたっぷりと堪能できます。

一方、ザールの主要楽器であるスーダン発祥の6弦の弦楽器、
タンブールを弾きながらハッサン・ベルガモンが歌う曲では、
シェイカーや太鼓が歌を鼓舞していて、
グナーワのゲンブリとカルカベが生み出す陶酔に通じるものがありますね。

このほか、カワラ(笛)の独奏あり、
ランゴ(木琴)を中心としたコール・アンド・レスポンスありと、
ザールの音楽性というのは、なかなかに豊かで、
10年前のランゴのアルバムでは、実体をよくつかめなかったザールの全体像が
ようやく見えるようになった貴重なアルバムです。

Madiha Abu Laila, Hassan Bergamon, Hanan, Abdalla Mansur, Hassan Rango Rhythm, El Hadra Abul Gheit
"ZAR: SONGS FOR THE SPIRITS" Juju Sounds JJ03 (2021)
Rango "BRIDE OF THE ZAR" 30IPS HOR21948 (2010)
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