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ロンドン新世代のエレクトロ・フュージョン ブルー・ラブ・ビーツ [ブリテン諸島]

Blue Lab Beats  Motherland Journey.jpg

ビートメイカーでプロデューサーのNK-OK(ナマリ・クワテン)と、
マルチ・プレイヤーのMr DM(デイヴィッド・ムラクボル)のデュオ、
ブルー・ラブ・ビーツのブルー・ノートからの新作。

二人のキャリアから、UKジャズとして取り沙汰されてますけど、
ブルー・ラブ・ビーツのサウンドは、フュージョンそのもの。
RC&ザ・グリッツのジャズ・ファンクに通じる、
ローファイなヒップ・ホップ・センスは、もろ当方の好みなのであります。

もはやドラムスが生演奏なのかプログラミングなのかも、
聴いているだけでは、まったく聞き分けができませんね。
プログラムのヴァージョン・アップや、プログラミング・スキルの向上ばかりでなく、
生演奏側も、マシン・ビートを正確にトレースする腕を磨きあげてきたので、
その境目を判別するのは、もう無理というものでしょう。

それにしても、なんて心地よいサウンドなんでしょうか。
‘Gotta Go Fast’‘A Vibe’ のギター・サウンドなんて、
まるでポール・ジャクソン・ジュニアを聴いているかのよう。
ベースがハーモニクスのループ・フレーズのうえで、ベース・ソロをプレイする
‘Inhale & Exhale’なんて、ジャコ・パストリアスからマーカス・ミラーに至る
テクニックを習得してきた証しで、Mr DMはフュージョンの申し子ですね。

さらにアルバム中盤では、2曲連続でアフロビーツが登場。
バーナ・ボーイならぬゲットー・ボーイというヴォーカリストが
フィーチャーされてるんですけど、ピジンくさい英語使いの主は、誰?
調べたら、ロンドン生まれのガーナ/カメルーン・ダブルのシンガー/ラッパーだそう。
アクラとハックニーを行き来してるそうで、ラップはアカン語のよう。
とにかく、この2曲、めちゃくちゃカッコいいんだわ。

さらに、さらに。アフロビーツに続くのは、
フェラ・クティの‘Everything Scatter’ をサンプリングしたローファイ・ヒップ・ホップ。
フェラのヴォーカルを切り刻んで、こんなにオシャレなトラックにしてしまっていいのか、
いや、いいのだ!とバカボンのパパ状態で、狂喜乱舞しております。

キーファーをフィーチャーした‘Dat It’ は、
ブルー・ラブ・ビーツの音楽性とバツグンの相性を示しています。
ほかにも、女性シンガーをフィーチャーしたネオ・ソウルあり、
グライムを通過したクラブ・サウンドありで、
ロンドン新世代のクロスオーヴァー・センスが、
エレクトロ・フュージョンのサウンドに結実した傑作です。

Blue Lab Beats "MOTHERLAND JOURNEY" Blue Adventure/Blue Note 0602438891528 (2022)
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マルチ・カルチャライズ育ちのR&Bシンガー アンバー・マーク [北アメリカ]

Amber Mark  THREE DIMENSIONS DEEP.jpg

アルバム冒頭、ボビー・ブランドのサンプリングが飛び出して、のけぞり。
デューク時代の‘Dear Bobby (The Note)’ だぜ、これ。
そこからするっと、ヒップ・ホップ・ビートに滑り込むというカッコよさ。
R&Bの新人女性シンガー・ソングライターの初フル・アルバムと聞いて
聴き始めたら、いきなりブランドなんだから、びっくりだよねえ。
ニュー・ヨークを拠点に活動するアンバー・マークは、
5年前にEPが大ヒットして注目を浴び、長年フル・アルバムが待望されていた人。
しょっぱなから、一筋縄ではいかないのを予感させるアルバムです。

ジャマイカ人の父とドイツ人の母のもと、テネシーで生まれ、
その後マイアミ、ニュー・ヨークへと移り住んだというアンバーは、
幼少期から母に連れられて、ベルリンやさまざまな外国の地を旅したといい、
音楽を始めたのも、母親からギターを与えられたのが、きっかけだったそうです。
そのお母さんは、チベットの宗教画のタンカを学ぶために、
インド東部ダージリンのチベット仏教僧院に移り住んだこともあるというのだから、
かなりマルチ・カルチャライズされた家庭で育ったんですね。

アンバーは多彩な声の持ち主。曲ごとにさまざまな表情をみせ、
スウィートにもエモーショナルにも、自在に変化できるところが魅力ですね。
ダイナミックに歌えばソウルフルにもなるし、
豊かな低音がスモーキーな味わいを出せば、浮遊感あるファルセットだってイケます。

新人ばなれしているのは、歌ぢからだけでなく、
ブランドをサンプリングするようなクラシックなソウルから、ゴスペル、
ヒップ・ホップ、ファンク、ダンスホール、トラップ、ハウスと幅広い音楽性に加えて、
多くの曲で共同プロデュースする実力を持っていることですね。

さらに驚くのは、エンジニアリングまで手がけていることで、
他のアーティストの作品のエンジニア・ワークで、
グラミー賞にノミネートされた実績まであるんだから、舌を巻きます。

UKガラージとも親和性の高いサウンドは、
オルタナティヴというより王道ポップに近く、
その全方位対応型R&Bは、大ブレイクするんじゃないですかね。

Amber Mark "THREE DIMENSIONS DEEP" PMR/EMI B0034725-02 (2022)
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春を呼ぶファド フランシスコ・ソブラル [南ヨーロッパ]

Francisco Sobral  ESTADO D’ALMA.jpg

フランシスコ・サルヴァソーン・バレートに刺激されて、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2022-02-20
男性ファディスタをもっと聴きたくなり、あれこれ探して見つけた一枚。

フィリーペ・ラ・フェリア作のミュージカル「アマリア」(99)で、
アルフレード・マルセネイロを演じて脚光を浴びたファド歌手、
フランシスコ・ソブラルの12年セカンド作です。
ぼくが手に入れたのは、15年の再発盤なんですけれども。

アルフレード・マルセネイロを演じるほどの人だから、歌の実力は折り紙付き。
たっぷりとした豊かな声にはコクがあって、
技巧をひけらかさない余裕の歌いぶりで、
奥行きのある歌の表情をみせてくれます。

ソブラルのまろやかな声は、昏々と湧き出る温泉の湯を連想させます。
温かさに満ちあふれていて、哀切や絶望といった「陰」のファドではない、
愛情や希望の「陽」のファドが、この人に宿っているのを感じます。
アルフレード・マルセネイロの‘Fado Cravo’ に新しい詞をつけて歌った
‘Roseira Brava’ が、ゆいいつファドの暗さを表していて、
アルバムのなかで異色に響くくらいですからね。

フランシスコ・ソブラルは、65年ベージャ生まれ。
ファド・ハウスの出演ばかりでなく、舞台やコンサートでも歌い、
ポルトガル国外での公演活動も活発に行っているファド歌手とのこと。
アルバムは2作しか出しておらず、ぼくが買ったセカンド作の再発盤も、
たった500枚のプレスと書かれていて、ファド・ハウスやコンサートなどの手売りで、
すぐはけちゃったものなんじゃないでしょうか。
そんなファド歌手の貴重作を聴くことができるなんて、ありがたや。

春を呼ぶような明るさのあるファドは、これからも長く大切に付き合っていけそうです。

Francisco Sobral "ESTADO D’ALMA" Cult Label eEMA003-15 (2015)
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カイピーラ・ギターの名作誕生 リカルド・ヴィギニーニ [ブラジル]

Ricardo Vignini  RAIZ.jpg

カイピーラ・ギター(ヴィオラ・カイピーラまたは単にヴィオラ)の名作誕生!

リカルド・ヴィギニーニはねぇ、ずっと敬遠していたんですよ。
だって、カイピーラ・ギターで、ブラック・サバス、スレイヤー、メタリカ、
アイアン・メイデンをカヴァーしちゃうようなお人ですよ。
ジャケットもヘヴィメタ趣味で、ギターをたくさん並べてポージングするとこなんて、
まるでボブ・ブロウズマンさながら。じっさいブロウズマンとも共演してるらしいし、
ますます、ぼくとは1ミリも接点がないって感じ。

そんなムジカ・カイピーラ革命児のリカルド・ヴィギニーニですけれど、
本作は、原点回帰ともいうべきオーセンティックな内容で、
アクースティックなサウンドでまとめたギター・アルバムとなっています。
歯切れの良いピッキングで、ギターをフルに鳴らし切っていて、
いやぁ、爽快じゃないですか。
なんだか、聴き進むうちに、ハワイのスラック・ギター・アルバムを
聴いてるような気分になって、ニコニコしちゃいました。

リカルドが弾く10弦カイピーラ・ギターに、
ラファエル・シュミットとネイ・クーテイロのギター、
アントニオ・ポルトのベースとギター、
ファビオ・タグリアフェリのヴィオラ・デ・アルコがサポートしていて、
リカルド自身がカヴァキーニョ、ギター、パーカッションなどを多重録音した曲もあります。

‘Último Adeus’(55) のようなカイピーラ古典から、
ヴェテラン・カイピーラ・ギタリストのインジオ・カショエイラ作のメドレー、
オリヴェイラとオリヴァルドのコンビが歌った‘Paixão de Carreiro’、
ゼー・ムラートとカシアーノの‘Batuque No Ranchão’ など、
リカルドの自作曲を交えて演奏しています。

リカルドって、レシーフェ出身の奇才ギタリスト、エラルド・ド・モンチとも
ルックスが似ていて、エキセントリックなタイプって、
みんな似たような顔してんのねとか思ってたんですが、
このアルバムは過去作とはぜんぜん違います。ジャケ写はイケてないけど、内容は保証。
スラック・キー・ギター・ファンにもオススメできる、カイピーラ・ギターの名作です。

Ricardo Vignini "RAIZ" no label FG31 (2021)
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お爺ちゃんとピファノ女性楽団 メストリ・ゼー・ド・ピフィ&アス・ジュヴェリーナス [ブラジル]

Mestre Zé Do Pife e As Juvelinas  TALO DE JERIMUM.jpg

メストリ・ゼー・ド・ピフィは、
ブラジル北東部の笛ピファノ(またの名を、ピフィ)の達人。
45歳のときにブラジリアに移り住み、
ブラジリア大学に招かれてワークショップや授業で演奏をしていると、
北東部音楽に魅せられた女子学生たちがグループを結成し、
07年にアス・ジュベリーナスの名で、
メストリ・ゼー・ド・ピフィと活動を始めたのでした。

結成当初は11人いたそうですが、現在のメンバーは7人。
本作は、結成10周年を記念して制作された第2作です。
音楽監督を務めるダニエル・ピタンガが、アレンジや曲の提供ほか、
7弦ギター、バンドリン、カイピーラ・ギター、
ベース、アゴゴ他各種打楽器も演奏していて、
この人のディレクションが冴えわたっています。
多彩な曲調に、カラフルなアレンジを施していて、飽きさせることがありません。

土埃が舞うようなザブンバのビートに導かれてピファノが空を舞い、
ラベッカがぎこぎことノイジーな音を撒き散らし、
女声のハーモニーが、本来ユニゾンしかない野趣なノルデスチの響きに、
現代的なサウンドを付加しています。

メストリ・ゼー・ド・ピフィの愛弟子で、アス・ジュベリーナスのリーダーを務める
キカ・ブランダンが、達者なピフィのインプロヴィゼーションを聞かせるなど、
マラカトゥやココなど、ノルデスチの民俗色を存分に発揮しています。
ダニエル自身が歌った自作曲の‘Casa de Pedra’ はMPBの趣で、
フォークロアなトラックのなかで、いいチェンジ・オヴ・ペースになっています。

タイトル曲では、ゼーとともに子供の頃から一緒にピフィを演奏してきた、
兄のゼカ・ド・ピフィがゲストに招かれてナレーションを務めています。
二人は子供の頃、ジャガイモの茎からピフィを作ったというエピソードから、
「ジャガイモの茎」という曲名が付けられたのですね。

ライナーの最後には、中央でがっちりと握手するゼカとゼーの両サイドに、
メンバー7人が並び、西日を浴びる美しい9人の写真が飾られています。
ノルデスチ音楽の女性グループといえば、
マラカトゥのコマドリ・フロジーニャ以来のことで、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2011-04-25
ピファノ女性楽団を聴くのは、ぼくはジュヴェリーナスが初めて。

本作は女性ピファノ奏者メストレ・ザベ・ダ・ロカ(1924-2017)に
捧げられていますけれど、ザベ・ダ・ロカを受け継ぐ女性たちが
しっかりといることを知って、頼もしい限りです。

Mestre Zé Do Pife e As Juvelinas "TALO DE JERIMUM" no label no number (2018)
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7弦ギタリストのデュオ2作 ロジェリオ・カエターノ [ブラジル]

Rogério Caetano & Gian Correa  7.jpg   Eduardo Neves e Rogério Caetano  COSMOPOLITA.jpg

7弦ギタリスト、ロジェリオ・カエターノの旧作2タイトルが入ってきました。
1枚は同じく7弦ギタリストのジアン・コレアとのギター・デュオ作で、
パンデイロとタンボリンが伴奏につき、
二人のオリジナル曲をショーロふうに演奏したもの。

このアルバム、往年の7弦ギターの名手、ジノに捧げられていて、
となれば思い起こされるのは、
ジノとラファエル・ラベーロが共演した91年のカジュー盤ですよね。
当時の新旧7弦ギタリストを代表する師弟が火花を散らした傑作でした。
カジュー消滅後もクアルッピが再発して、日本盤も出たことのある、
7弦ギター・デュオの代表的名盤です。

Raphael Rabello & Dino 7 Cordas.jpg

あの名作と比べるのは気の毒だけど、それにしても本作はダメだな。
なにがイケないって、2台のギターが同じ音域を弾いていることで、
音がぶつかって聴きづらく、対位法の効果が損なわれてしまっています。

で、ジアン・コレアとのギター・デュオ作は期待外れでしたが、
良かったのが、パゴージ・ジャズ・サルジーニャス・クラブの管楽器奏者
エドゥアルド・ネヴィスとのデュオ作。
二人は13年のショーロ・セッション“SÓ ALEGRIA” でも共演していましたね。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2017-01-21
こちらは、サポート・ミュージシャンなしの二人のみの演奏で、
緊張感みなぎるスリリングな演奏を展開しています。

Paulo Moura & Raphael Rabello  DOIS IRMÃOS.jpg

こちらも連想させられるのは、さきほどと同じくカジューから出た92年作で、
ラファエル・ラベーロとパウロ・モウラが共演したアルバム。
さきのジノとの共演作とは異なり、ラファエルはグッと抑制の利いたプレイで、
歌ゴコロを前面に押し出しています。
とはいえ、端端で聞かせるシャープなプレイに、才気は溢れまくってますけれどね。
ピシンギーニャの「1X0」なんて、この二人ならではといえる名演でしょう。

パウロ・モウラがクラリネット、
エドゥアルド・ネヴィスはテナー・サックスとフルートという違いに加え、
デュオ演奏の性格も両者異なっていますけれど、
新たなる7弦ギターと管楽器の名デュオ作に間違いありません。
7年も前のアルバムで、気付くのが遅すぎましたが。

Rogério Caetano & Gian Correa "7" no label RCGC01 (2018)
Eduardo Neves e Rogério Caetano "COSMOPOLITA" Kyrios KYRIOS2656-15 (2015)
Raphael Rabello & Dino 7 Cordas "RAPHAEL RABELLO & DINO 7 CORDAS" Caju Music 849321-2 (1991)
Paulo Moura & Raphael Rabello "DOIS IRMÃOS" Caju Music 517259-2 (1992)
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人生の岐路 ラム・アイン [東南アジア]

Lam Anh  Nga Re.jpg

すっかりヴェトナム歌謡と縁遠くなってしまった今日この頃、
とタイプして、はたと気付けば、ヴェトナムばかりじゃなくって、
タイ、カンボジア、ミャンマーだって、まったく新作を聴いていませんね。
う~む、遺憾千万、残念無念、千恨万悔、切歯扼腕。

しかたなく旧作を探していたんですが、見つけましたよ、スグレもんを。
ラム・アインという越僑女性歌手の14年作。
おなじみの越僑レーベル、トゥイ・ガから出ていたアルバムなんですが、
これがまたびっくりするほど上出来の内容で、いやぁ、この人誰?と、調べてみました。

ヴェトナムのウィキペディアによれば、
ラム・アインは、87年南部ドンナイ省の省都、ビエンホアの生まれ。
5歳でステージに立ち、10歳から正規の音楽教育を受け、
ドンナイ芸術文化学校を経て、ホーチミン音楽院に進んで卒業しています。
07年にアメリカへ渡り、シアトル、ニュー・ヨークを点々としたのちに、
08年南カリフォルニアへ落ち着いたとのこと。
09年にトゥイ・ガと契約、11年にデビュー作を出しています。

デビュー当初は、若者向けのポップスを歌っていたようですけれど、
本作は年配者向けのノスタルジックな抒情歌謡、
いわゆるボレーロ路線のアルバムです。14年作ということなので、
ヴェトナムのボレーロ・ブームが越僑シーンにも飛び火しはじめた頃のものでしょうか。
レー・クエンがヴー・タイン・アン集を出していたのと、同じ頃にあたります。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2015-02-03

タイトル曲の1曲目、ふんわりとしたシンセサイザーに包まれて、
アクースティック・ギターのアルペジオとともに、
丁寧に歌い出すラム・アインの発声に、レー・クエンを思わせるところがあって、
いきなりドキリとさせられました。
中音域の豊かな声で、情感を込めた歌いぶりも、レー・クエンに迫るものがありますね。

ただ、ラム・アインの方がレー・クエンより軽味があり、後味もあっさりしているので、
レー・クエンの歌唱をしつこく感じるムキには、ラム・アインの方が好まれるかも。
6曲目の‘Phải Chi Em Biết’ は、
レー・クエンも16年作の“CÒN TRONG KỶ NIỆM” で取り上げていましたけれど、
ドラマティックに哀切を歌い上げるレー・クエンとの違いがはっきりと表れていますね。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2016-05-12

ラム・アインのふんわりとした泣き節に、彼女の個性がしっかりと聴き取れるんですが、
いずれにしてもレー・クエンと比べてうんぬんできる歌手なので、
表現力抜群の人であることは間違いない、素晴らしい歌手です。

ジャケット内の写真に、菜の花が咲き乱れる畑で、
西日に照らされたチェロを抱えたラム・アインが映っているんですが、
アルバム・タイトルの意は、そんなホンワカとした写真に反して、「岐路」。
人は、誰もが人生の岐路に立たされるときあるということを伝えたかったとのこと。
13年に交通事故に遭い、大怪我をした経験からなのか、
以後こうした抒情歌謡路線に変えたのも、
人生の岐路を彼女が体感したからなのかもしれませんね。

Lam Anh "NGÃ RẼ" Thúy Nga TNCD549 (2014)
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忘れじの海外通販サイト その5 Antilles Mizik [レコード屋・CDショップ]

Caribop  WEEK-END À SAINTE-ANNE.jpg

Caribop "WEEK-END À SAINTE-ANNE" Marc Vorchin & MBM MBM004CRB1 (2008)

ブログを続けるなかで、守ってきたルールのひとつに、CDの具体的な入手先で、
一般の販売店ではない海外通販サイトは明かさない、というのがあります。

ブログ書き始めの頃の話ですけれど、
大手の輸入CDショップに並び、日本盤も出ているような入手容易なCDですら、
「どこで売っているんですか?」と質問してくる人が多いのには、閉口しました。
そんなもの検索すりゃ、すぐわかるのに、と思うものの、
自分で調べようともしない、ネット民特有の反応に、ヘキエキしたものです。

あまりに安直な質問は、心の中で ggrks とつぶやいて無視してきましたが、
熱意がきちんと伝わってくる方にも、基本的にお応えしてこなかったのは、
海外の通販サイトを紹介することは、端的に言って、
日本の輸入CDショップや輸入業者の商売のジャマとなるからですね。

ぼくが紹介する音楽は、残念ではありますけれど、
日本ではほとんどファンのいないニッチな商品ばかりなので、
記事を読んだ人がみな海外通販サイトから直接購入してしまったら、
ショップが成り立たなくなっちゃうじゃないですか。

LPの時代から、レコード屋さんから多くの事を学んできましたし、
輸入業者あればこそ、数々のレコードを手に入れられたわけです。
それらへの恩返しの気持ちもありますし、これからもショップや輸入業者に
頑張ってもらいたいからこそ、商売のジャマをするなんて、トンデモです。

だもんで、読者の方々に、ぼくが購入している海外の業者やサイトは教えないかわり、
プロのバイヤーさんやCDショップのオーナーさんには、
求められれば惜しみなく情報をお伝えしてきました。
そうしてぼくがここで紹介してきたCDの数々が、
日本のお店に並んできた実例は、みなさんの方がよくご承知でしょう。

そうしたお店が、ぼくのブログ記事をリンクするのも、持ちつ持たれつなんだから、
基本「ご勝手にどうぞ」と放置してきたため、エル・スール・レコーズの
「無断リンク陳謝&感謝!」が、いつのまにか定着してしまっているわけです。

こうした事情を、あらためて書けるようになったのは、哀しいかな、
ぼくが利用してきた海外通販サイトが軒並み閉鎖されてしまったからなんですが、
今回書くフランスのアンティルス・ミジックは、フレンチ・カリブを専門とするお店で、
フランスのワールド系CD卸商が扱っていないCDを、豊富に在庫していたお店でした。
フレンチ・カリブ以外では、フランス語圏アフリカのCDも扱っていて、
コンゴ、コート・ジヴォワール、レユニオンもので、
他の店にないアイテムをたくさん取り扱っていました。

たしか、エル・スールの原田さんにこのお店を紹介したのは、
09年4月号のミュージック・マガジン誌に記事を書いた、
カリボップがきっかけだったと記憶しています。
その記事に、「タニヤ・サン=ヴァルの新作“SOLEIL”もひさしぶりの快作というのに、
いまだ日本未入荷。輸入盤屋さん、あわせて仕入れてください。」なんて書いたもんだから、
エル・スールに問い合わせが殺到したらしく、
それで原田さんに、アンティルス・ミジックを教えたんでした。

マラヴォワのデビュー作がオリジナルのセリニからCD化された際にも、
日本ではまったく知られていないので記事にしましたけれど、
フランスのフレモオ・エ・アソシエがCD化したのが日本盤でも出たので、
エル・スールもこれは仕入れなかったみたいですね。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2009-10-10

最近、エル・スールのサイトを見ていたら、
アンティルス・ミジックから仕入れたとわかるデッド・ストック品が、
立て続けにアップされていて、なんだか懐かしくなって、この記事を書く気になりました。
ギィ・コンケットのデブス盤やら、ネグロ・バンドのANP盤やら、
どれも1点ものだったらしく、速攻売切れになっていましたけれど、
アンティルス・ミジックから輸入したのは、日本ではエル・スール一店だけでしたね。

最後だから、そのエル・スールでも見かけたおぼえのない(=仕入れなかったと思われる)、
アンティルス・ミジックから購入したCDを並べて、この記事を終えましょう。
誰かさんが、「初めて見た!」だの「見たことない!」だのと、騒ぎそうですけど(笑)。


Loulou Boislaville et Le Groupe Folklorique Martiniquais.jpgEmilien Antile  MR SAX.jpgEmilien Antile, Abbel Zenon, Roland Baltazar  SAX EN FURIE.jpg

Loulou Boislaville et Le Groupe Folklorique Martiniquais "LOULOU BOISLAVILLE ET LE GROUPE FOLKLORIQUE MARTINIQUAIS" Sully Cally Production LBSC018
Emilien Antile "MR SAX" Debs CDD1337-2 (1969/1974)
Emilien Antile, Abbel Zenon, Roland Baltazar "SAX EN FURIE" Debs CDD1429-2

Robert Loyson  NOSTALGIE CARAÏBES.jpgAl Lirvat Et Son Orch. Wabap.jpgArc En Ciel  QUADRILLE - BIGUINE - VALSE - MÉRENGUÉ.jpg

Robert Loyson "NOSTALGIE CARAÏBES" Celini 5524.2 (1972)
Al Lirvat Et Son Orch. Wabap "BIGUINES… TOUBONEMENT" Debs 1424-2 (1974)
Arc En Ciel "QUADRILLE - BIGUINE - VALSE - MÉRENGUÉ" Debs CDD1364-2 (1993)

Atou Ka.jpgFa Fan’  LA FÊTE CRÉOLE.jpgRalph Thamar & Dédé St. Prix  MAZURKAMANIA.jpg

Atou Ka "ATOU KA" Debs CDD1419-2 (1997)
Fa Fan’ "LA FÊTE CRÉOLE" J.V. Production BB60 (1997)
Ralph Thamar & Dédé St. Prix "MAZURKAMANIA" Debs 5139-2 (2004)

Roro Kaliko  ROUKOULAJ.jpgEric Maximilien  BIGUIN’ SIWO.jpgNarcisse Boucard  SÉWÉNAD A NAWCIS.jpg

Roro Kaliko "ROUKOULAJ : MUSIQUE DE LA MARTINIQUE" JV Productions 5396-2 (2006)
Eric Maximilien "BIGUIN’ SIWO" Debs HDD26-90-2 (2007)
Narcisse Boucard "SÉWÉNAD A NAWCIS" no label NB0002 (2017)
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副反応にはダブを ヴィン・ゴードン [カリブ海]

Vin Gordon  AFRICAN SHORES.jpg

コロナ予防接種3回目の副反応で、
高熱にやられているときのBGMになってくれたアルバム。
ぼーっとした頭で、悪寒に襲われながら聴くダブって、合うなあ。

20歳を過ぎてから、39.0℃以上の発熱なんて一度も出したことがないのに、
60を越えてから、予防注射で1年に2度もこんな高熱出すって、
なんかオカシくないかと思うものの、ボヤいてみたところで仕方ない。
こういう時にも合う音楽が、ちゃんと世の中にはあるもんです。
それがレゲエのヴェテラン・トロンボーン奏者、ヴィン・ゴードンの19年作。
下の娘には、こんな時でも音楽を聴くのかと、アキれられましたがね。

本作は、18年にUKジャズのサックス奏者ナット・バーチャルが
マルチ奏者アル・ブレッドウィナーと共演して制作したレゲエ・アルバムと同じメンバー。
同じレーベルから、翌年にヴィン・ゴードンのリーダー作が出ていたことに気付いて、
オーダーしていたところ、ちょうど予防接種の前日に届いたのでした。

ナット・バーチャルのアルバムより、重低音をより利かせたミックスとなっていて、
レゲエ・アルバムとしてはこちらの方がより本格的じゃないですか。
そしてなにより、ヴィン・ゴードンのトロンボーンを大フィーチャーしているんだから、
聴き応えは十分です。ダブ・アルバムではないんですけれど、
ダブ処理をしたトラックを織り交ぜた内容となっています。

インスト・レゲエでトロンボーン奏者の名盤といえば、
リコ・ロドリゲスの77年作の“MAN FROM WAREIKA” が代表作。
ダブ・アルバムと2枚組にしたアルバムも引っ張り出してきて、
聴いたんですけれど、う~ん、これまた合うなあ。
トロンボーンのゆるいサウンドと、ゆったりとしたリディムが、
高熱でぼんやりした脳天にやさしく響きます。

Vin Gordon "AFRICAN SHORES" Traditional Disc TDCD002 (2019)
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レバノン女性の自立の難しさ タニア・サレー [中東・マグレブ]

Tania Saleh  10 A.D..jpg

レバノンのシンガー・ソングライター、タニア・サレーの新作が届きました。

“10 A.D.” のタイトルが意味するのは、
「離婚後10年」(10 years after divorce)とのこと。
レバノンに限らずアラブ諸国は、女性の権利は最低限しか認められておらず、
男性支配によるさまざまな社会的なタブーによって、
女性の自由は大きく制限されています。

そうした社会で離婚した女性が人生を送るのはいばらの道で、
女性が中年であれば、年配の男性との付き合いはためらうし、
若い男性にとっては年上すぎて、新たなパートナーを見つけるチャンスはほとんど無いそう。
新作は、レバノンで女性が不当に扱われていることをテーマにした曲が
歌われているとのことで、タニアも離婚経験者だということは、今回初めて知りました。

なるほど、タニアがノルウェイのレーベル、
シルケリグ・クルチュールヴェルクステドに移籍して、
ガラリと音楽性を変えたことがナットクいきました。
タニアが97年に出したデビュー作は、いわゆるアラブ歌謡ファンを驚かせた音楽性で、
ひとことでいえば、完全にオルタナ世代のポップスで、
シャバービーとはかなり距離のある音楽をやっていました。

Tania Saleh  WEHDE.jpg

そのデビュー作はとうに手放してしまいましたが、14年を経て出したセカンド作も、
ロック、レゲエ、ラップなどが交叉するデビュー作と同じ音楽性で、
両作ともタニアの夫フィリップ・トーメによるプロデュースだったことが、
大いに影響していたものと思われます。
このセカンドは、パッケージのデザイン性の高さがスゴイんですよ。
カヴァー・ケースを外すと、中央のCDトレイの両側に、
長いカヴァーが六つ折となっていて、ぱたぱた開くと、
絵本のようになっているんです。立派なアート作品ですね。

Tania Saleh  A FEW IMAGES.jpg

ところが、レーベルを移籍して出した14年作は、1・2作目から一転、
ジャジーなサウンドとなりました。ロック的なサウンドはまったく見られなくなり、
これまでアラブ色皆無だったのに、ブズークやミズマール(ダブル・リ-ドの笛)、
レク(アラブのタンバリン)といったアラブ楽器を使うようになっています。
そして、サレーがつぶやくような唱法に変わったのには、一番驚かされました。
もう、これはほとんど別人ですよ。

ギターのバチーダにネイが絡んで、バックでうっすらとヴォブラフォンが鳴るサンバあり、
クラリネットとハミングするアラビック・ボサ・ノーヴァあり、
ジャズやエレクトロな音感を溶け合わせて、フェイルーズにも通底する
レバノンらしい歌心を披露しているんです。
レバノンの女性カーヌーン奏者イマン・ホムシに捧げた曲では、
ヴァイオリンとユニゾンでハミングして、
アラブの音階を使ったコケットリーな哀歓を漂わせています。

そして新作は、14年作以上にアラブ色のあるサウンドを聞かせていて、
地中海的なメロディをアラブの楽器を使いつつ、
クラシックの弦楽四重奏にアレンジして、
オルタナやトリップ・ホップの感性をうかがわせるエレクトロなサウンドスケープで
包んでいます。14年作では姿を消したロック的な音感も一部復活しています。
かつて新感覚派と呼ばれた、レバノンのオルタナ世代の音楽性の成熟を感じる新作です。

Tania Saleh "10 A.D." Kirkelig Kulturverksted FXCD476 (2021)
Tania Saleh "WEHDE" Tantune no number (2011)
Tania Saleh "A FEW IMAGES" Kirkelig Kulturverksted FXCD404 (2014)
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だから言っただろ アロルド・ロペス・ヌッサ [カリブ海]

Harold López-Nussa  TE LO DIJE.jpg

こりゃあ、痛快!
ラテン・ジャズのスペクタルを堪能できる1枚。こういうのが聴きたかった!
キューバ人ピアニスト、アロルド・ロペス・ヌッサの新作は、
ピアノ・トリオにトランペットを加えたカルテット編成で、
ラテン・ジャズをティンバのアプローチで演奏した快作に仕上がっています。

パワフルでファンキー。
アロルドがここで展開しているサウンドを表現すれば、これにつきるでしょう。
シマファンクをフィーチャーした‘El Buey Cansado’ がその白眉ですね。
アロルドのピアノとトランペットが高速フレーズをキメる快感ったら、ありませんよ。
これはもうラテン・ジャズなんて古臭いラベリングをせず、
ティンバ・ジャズと呼ぶべきなのかも。

複雑な構成のリズム展開のなかに、レゲトンを取り入れてキャッチーに聞かせたり、
マンボとティンバをシームレスに繋いだり、ティンバに変貌したグァヒーラもあれば、
アイディア満載のアレンジがツボにはまりまくっていますね。
トゥンバオがもっとも映えるところでピアノを鳴らすなど、場面作りが上手いんだよなあ。
アコーディオンをゲストにミシェル・ルグランにオマージュを捧げたり、
クラシックの基礎を披露する曲などもあって、
万華鏡のようなレパートリーにクラクラします。
ラストは、ロス・バン・バンのソンゴがニュー・オーリンズと出会うという演出。
おそれいりました。

ノリにノッている才能とは、まさにこういう人のこと。
アルバム・タイトルの「だから言っただろ」をそのまま表わしたジャケットも痛快です。

Harold López-Nussa "TE LO DIJE" Mack Avenue MAC1179 (2020)
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プエルト・リコのリズムに寄せたコンテンポラリー・ラテン・ジャズ マイケル・エクロス [北アメリカ]

Michael Eckroth Group  PLENA.jpg

『プレーナ プレーナ プレーナ』。
プレーナ3連発!のジャケットに目を奪われました。
アリゾナ出身のジャズ・ピアニスト、マイケル・エクロスの新作。
オルケスタ・アコカンのピアニストで知られる人ですね。
ピアノ、ベース、ドラムス、コンガ、サックスのクインテット編成を基本に、
ベースとドラムスの交代要員とアディショナル役のパーカッション2名、
ゲストでトロンボーンとトランペットが参加しています。

タイトル曲の‘Plena’ は、エレガントなムードで弾き始めるピアノのメロディに、
え? これのどこがプレーナ?といぶかったものの、
バックでコンガ(?)が、控えめにパンデレータのリズムを叩いているようです。
控えめすぎて、というか、コンガらしからぬニブい音のうえに、
パンデレータの響きが聞こえないので、なんともプレーナの雰囲気はしないんだけど、
たしかにギロも使ってはいるみたいですね。

というわけで、アルバム・タイトルで大書きするほどのプレーナ気分は味わえませんが、
全編オーソドックスなジャズのスタイルで通した演奏は、とても充実しています。
コンガほかパーカッションを強化した曲では、ボンバのリズムも聴き取れるなど、
プエルト・リコのリズムに寄せたラテン・ジャズらしい楽しみが十分味わえますよ。

全曲エクロスの作。コンテンポラリーな曲でも、耳残りするメロディックなパートがあり、
メランコリーな作風にエクロスの楽曲の良さが際立ちます。
エクロスのピアノ・タッチもリリカルで、
ハービー・ハンコックのさざ波フレーズを引用したりと、熟練のスキルを感じさせます。
格闘技に寄せたラテン・ジャズがどうも苦手なので、
こういう人懐っこいコンテンポラリー・ラテン・ジャズは、好みなんであります。

Michael Eckroth Group "PLENA" Truth Revolution #TRRC055 (2021)
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アンビエントなエレクトリック・アフリカ ロキア・コネ&ジャックナイフ・リー [西アフリカ]

Rokia Koné & Jacknife Lee.jpg

アルバムを聴き進めるうちに、胸のドキドキが止まらなくなりました。
プログラミングのサウンドがこんなに新鮮に響くアフリカン・ポップスを聴くのは、
サリフ・ケイタの『ソロ』以来、35年ぶりだぞ。こりゃあ、事件だ!

80年代のワールド・ミュージック時代のアフリカン・ポップスといえば、
エレクトリック・サウンドが席巻していたわけですけれど、
なかでもサリフ・ケイタの『ソロ』のサウンド・プロダクションが、
あの時代を代表した作品であったことは、いまも揺るぎない評価でしょう。

『ソロ』のサウンドを生み出したのは、
アレンジャーのジャン・フィリップ・リキエルでした。
当時サリフはリキエルについて、
「リキエルは俺の唄っていることが直感で理解できるんだ。
まるでアフリカ人みたいな奴だよ。きっと盲目だから黒人のようなフィーリングを
持っているのかもしれないな」(『アフリカン・ロッカーズ』 232ページより
エレン・リー著 鈴木ひろゆき訳 JICC出版局、1992)と発言しています。
当時のパリのスタジオでリキエルは、アフリカのミュージシャンからひっぱりだこで、
シンセ音を聞けばリキエルの仕事とすぐわかる作品が、数多く残されています。

リキエルのシンセ・サウンドが、
あまりに一時代のアフリカン・ポップスを象徴する音となったせいもあって、
その後90年代に入って、アフリカン・ポップスがアクースティック志向にシフトすると、
そのシンセ・サウンドは急激に色褪せて古臭くなり、姿を消してしまいました。
それだけに、これだけシンセとプログラミングが
全面的に展開するアフリカン・ポップスはひさしぶりで、すごく新鮮に聞こえます。

マリのグリオ出身の歌手で、レ・アマゾーヌ・ダフリークのシンガーのひとりである
ロキア・コネと、U2、R.E.M、テイラー・スウィフトを手がけたプロデューサー、
ジャックナイフ・リーの共同名義作。
(追記:グリオ出身は誤りでした。訂正いたします。2022.03.09)
ジャックナイフ・リーという人の仕事は、ぼくはまったく知らないんですけど、
この人、アフリカ音楽がわかってますね。マンデ・ポップのグルーヴを
きちんと活かしたプログラミングを施していて、
まさしくジャン・フィリップ・リキエルの仕事を継ぎつつ、
アンビエントなサウンドは、現代的にアップデートされているのを感じさせます。

これぞグリオの声といえるグリオばりのサビの利いたロキア・コネのヴォーカルが、
ぴちぴちと飛び跳ねていて、耳の快楽をこれでもかと堪能させてくれますよ。
やっぱりこの素晴らしい歌声あってこその、このサウンドですもんね。

クレジットをみると、ジャックナイフ・リーは作曲もロキアと共同クレジットとなっていて、
曲づくりから関わっているようです。
ロキアのヴォーカルは18年にパリで録音されたとあり、
レコーディングが早い段階からスタートしていたものの、その後のパンデミックによって、
ファイル交換などによって制作されたものと思われます。
ベーシック・トラックを損なわないサウンドの構築ができたのは、
そうした制作過程がかえって功を奏したのかもしれませんね。

クレジットを見ていて、あれと思ったのは、ロキアのヴォーカル録りに
パトリック・ルフィーノの名があったこと。
かつてトーゴのキング・メンサーとも来日したベニン人ベーシストですけれど、
ルフィーノはこんなエンジニアリングの仕事もするのか。
パリを拠点に活動しているので間違いないと思いますけれど、
まさか同姓同名の別人じゃないよね。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2014-05-27

ジェンベやドゥンドゥン、タマのビートをプログラミングが強化したり、
カマレ・ンゴニとミニムーグのベース音が絡むバックに、
プログラミングがドローンのように鳴り響いていたり、
聴けば聴くほど、よくできています。
ラスト・トラックの、バック・コーラスが蜃気楼のように聞こえてくる
サウンド効果なんて、すごく新しく感じますよ。

Rokia Koné & Jacknife Lee "BAMANAN" Real World CDRW239 (2022)
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アガデスの「アイルの星」 エトラン・ド・ルアイル [西アフリカ]

Etran De L’Aïr  AGADEZ.jpg

ニジェールのアガデスは、サハラ交易の拡大によって、
14世紀にトゥアレグの隊商が駐留する都市として栄え、
トンブクトゥからの往来に加えて、カノからハウサ商人が北上するなど、
多様な民族の交差点となりました。

しかし、1500年頃ソンガイ帝国に征服され、
のちにモロッコからの侵略によって町は荒廃し、人口は激減します。
19世紀になるとフランスの植民地下におかれ、
ニジェールとして独立すると90年代にはトゥアレグ反乱の重要拠点となり、
数多くのトゥアレグのギター・バンドが生まれました。

そんな征服と侵略の歴史があるアガデスをタイトルに掲げた
エトラン・ド・ルアイルの新作が出ました。
ニジェール北部の山岳地帯アイルの名を取って、
「アイルの星」と名乗ったグループは、アガデスのシンボルである
グランド・モスクのすぐそばの小さな町、アバラネで生まれ育った
兄弟と従兄弟によって、95年に結成されたファミリー・グループです。

エトラン・ド・ルアイルは、高価なミュージシャンを雇えない
労働者階級の結婚式に引っ張りだこの、
地元の下層階級の冠婚葬祭になくてはならないグループで
すでに四半世紀の活動歴を持っています。

Etran De L’Aïr  NO.1.jpg

そんな彼らのカジュアルな姿をドキュメントしたアルバムが、
18年にサヘル・サウンズから出たんですけれど、音質がヒドすぎて閉口しました。
アガデス郊外にある彼らの屋敷の外でライヴ録音したもので、
手拍子やウルレーションが飛び交うナマナマしさが、
雨季の終わりのアガデスの濃密な夜を、想像させはするんですけれどねえ。

なので、今回のスタジオ録音こそが、彼らの本領を発揮させたものといえそうです。
ニジェールのトゥアレグ人バンドというと、
ボンビーノしかり、エムドゥ・モクタールしかり、ケル・アスーフしかり、
みなこぞってロック寄りのサウンドを聞かせていますけれど、
エトラン・ド・ルアイルは地元に根差したサウンドで、
祝祭のダンス・ビート、タカンバを聞かせてくれます。

ロックぽいデザート・ブルースに耳慣れた人には、
キャッチーさに欠け、単調に思えるかもしれませんが、
これこそが、アガデスのワーキング・クラスの祝祭の場を彩る、またとないサウンド。
ジャケットの華やかな色使いのコラージュを施したデザインのなかに、
アガデスのシンボルであるグランド・モスクのミナレット(塔)が、
ひときわ存在感を醸し出しています。

Etran De L’Aïr "AGADEZ" Sahel Sounds SS068 (2022)
Etran De L’Aïr "NO.1" Sahel Sounds SS045 (2018)
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グルーヴを取り戻したポップ・フナナー フォゴ・フォゴ [南ヨーロッパ]

Fogo Fogo  FLADU FLA.jpg

カーボ・ヴェルデ音楽の旧作が続きましたけれど、これはピカピカの新作。
リスボンから登場した新人グループなんですが、
なんとカシンのプロデュースだということに、え~???
なんでまたカシンが、カーボ・ヴェルデ音楽に手を出したんだろか。
予想だにしなかった組み合わせに、いささか警戒しながら、聴き始めましたよ。

1曲目から、いきなり80年代ポップ・フナナーを焼き直した、
チープ感溢れるシンセ・サウンドが飛び出して、口あんぐり。
オーセンティックな伝統ガイタが見直されるようになった今になって、
またぞろ大昔の安直なエレクトリック・フナナーを聞かされるとは。
かつてブリムンドやフィナソーンがやっていた、ポップ・フナナーまんまじゃないの。

それにしても、この古臭い音づくりを再現するとは、アキれたもんだ。
ヴィンテージ感漂う70年代MPBサウンドから、あえてチープな要素を抜き出すような、
オタク趣味のカシンらしい変態ぶりが発揮されています。
続く2曲目のイントロでも、ぴろぴろとヤスっぽい鍵盤音が響きわたり、
あ~あ、こりゃもう、完全にネラって作ってんなと、わかるわけなんですが、
あれ? でもこの曲ではフェローのリズムがちゃんと聞こえてきますね。

クレジットを見ると、二人いるギタリストの一人に
フェリーニョ(フェローの別名)というクレジットがあり、
じっさいにフェローを使っているようです。
う~む、こういうグルーヴが、かつてのポップ・フナナーにはなかったんだよな、
そう思いながら聴き進めていくうち、最初の悪印象がだんだん薄れていきました。
フェローなどのパーカッションが小気味よいグルーヴを生み出していて、
リズム・セクションがフナナーのビートを強調し、腰にグイグイと刺さってきます。

80~90年代のポップ・フナナーに欠けていた、
フナナーのグルーヴを取り戻していて、うん、これならいいじゃないですか。
シャンド・グラシオーザの曲も1曲取り上げていますよ。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2020-02-27
インタールードでシンセがサイケデリックに展開していくところもカッコよく、
こういうポップ・フナナーなら支持できますね。

フォゴ・フォゴは、ギター2、キーボード、ベース。ドラムスのポルトガルの5人組。
メンバーの出自は明かされていませんが、
カーボ・ヴェルデ系移民二世のポルトガル人ばかりでなく、
モザンビーク出身者もいるようです。

ジャケットがなかなか強烈ですね。
中央に、独立闘争時のギネア=ビサウの革命家アミルカル・カブラルがドーンと描かれ、
左には、少年期にアンゴラとモザンビークで暮らした
コインブラのファド歌手ジョゼ・アフォンソと、
プロテスト・シンガー・ソングライターのジョゼ・マリオ・ブランコが、
そして右にはブラジルのチム・マイア、ジャマイカのリー・ペリーが描かれています。
奴隷文化の見直しという文脈とはまた別の、政治的、社会的なリファンレンスとして
フナナーを再評価する、フォゴ・フォゴの意図が汲み取れます。

Fogo Fogo "FLADU FLA" Rastiho 217CD (2021)
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