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ダウンテンポのサウンドスケープで 憶蓮(林憶蓮) [東アジア]

憶蓮  「0」.jpg

林憶蓮(サンディ・ラム)の新作。
うわー、ずいぶんとご無沙汰してました。
ディック・リーとコラボした91年の『夢了、瘋了、倦了』『野花』を最後に、
ぜんぜん聞いていなかったなあ。

ひさしぶりに巡り合ったCDのスリップケースには、
「林」がなく「憶蓮」とだけ書かれていて、改名したのかと思いきや、
歌詞カードのクレジットはすべて林憶蓮とあり、どーなってんの?
そういえば、87年に『憶蓮』というCDを出してたことがあったけど。

そこらへんの事情はわかりませんが、
今回香港から届いたCDは、18年にデジタル・リリースされた作品。
翌19年に台湾のみで限定LPリリースされ、
昨年末になり5周年を記念して香港で限定CD化され、
今年に入って平裝版(通常版)として再リリースされたものとのこと。
平裝版には限定版にないシークレット・トラック ‘Angels’
(3曲目「纖維」の英語ヴァージョン)が最後に収録されています。

個人的には30年以上ぶりに聴くサンディ・ラムですが、
ひそやかな歌い口は変わらず。しゃべるような語り口は、この人の個性ですね。
年月を経て円熟を示すのではなく、昔と変わらぬみずみずしさを表出するのは、
守りでなく攻め続けてきたアーティストの証のように思えますね。

そんなことを思ったのは、アルバムのサウンドが意外にもダウンテンポだったから。
なるほどサンディの静謐で幽玄な音楽世界に、
ダウンテンポのサウンドスケープは、ぴたりハマリますね。
アンビエントやエレクトロのデリケイトな扱いは抑制が利いていて、
声高に主張することはありません。

エレクトロすぎず、ミニマルすぎず、実験的すぎず、
過剰にアーティスティックとならぬよう、ロック調の曲で通俗さを残しつつ、
ドリーミーに表現されるサウンド。
サンディのため息まじりの声とファルセットに恍惚とさせられます。
この歌声が50代半ばって、スゴくないですか。

憶蓮 「0」 Universal 650211-5 (2019)
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チャレンジングな作曲と即興 蘇郁涵 [東アジア]

Yuhan Su  LIBERATED GESTURE.jpg

ニュー・ヨークで活動する台北出身のヴィブラフォン奏者スー・ユーハンの新作。
18年の前作で注目した人なんですが、新作がこれまた強力。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2020-04-07

前作とはメンバーを全員変えていて、
ピアノはクレイグ・テイボーンの後釜としてティム・バーン・グループに起用された、
マット・ミッチェル、アルト・サックスはシンガポール出身のキャロライン・デイヴィス、
ベースは今年オリ・ヒルヴォネンと共に来日したマーティ・ケニー、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2023-09-23
ドラムスはM-Base 的な変拍子やリズムの崩しも得意とするダン・ワイス。

スー・ユーハンは、モーダル・ジャズを更新する
コンテンポラリーなタイプの音楽家ですけれど、
フリー寄りのインプロヴィゼーションを展開するマットのピアノと、
M-Base の変拍子ファンクを引用したリズム展開も聞かせるダンのドラムスによって、
今回はかなり攻めた作品に仕上がっていて、もうめちゃくちゃカッコイイんですよ。
ファンクとスウィングが同居するダンのドライヴ感には、ワクワクさせられます。

ユーハンの抒情味のあるメロディを生かしたハーモニー豊かな作曲と、
キレッキレのリズムと時に乱調に及ぶ抽象度の高いスリリングな即興が絶妙です。
前作でも緊張と緩和の押し引きに感じ入ったけれど、
スー・ユーハンの魅力は、作曲と即興のバランスの良さだなあ。
ラスト・トラックの終盤で、コミカルなインプロを繰り広げたあとに、
音量を落としてスッと終わるカッコよさに降参です。

Yuhan Su (蘇郁涵) "LIBERATED GESTURE" Sunnyside SSC1717 (2023)
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心の隠れ家 リニオン [東アジア]

LINION  Hideout.jpg

昨年瞠目した台湾の新世代シンガー・ソングライター、リニオンの3作目を数える新作。
CDリリースをずっと待ち焦がれてましたが、ようやく届きましたぁ。
2年遅れで聴いた前作は、いまの台湾インディ・シーンを支える
若い音楽家たちのレヴェルの高さに、驚嘆させられた大傑作でした。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2022-09-12
昨年の下半期から今年の春まで、一日も欠かすことなくヘヴィロテしていただけに、
新作への期待はいやおうなく高まっておりました。

生演奏によるオーガニックなネオ・ソウル・サウンドは前作を踏襲していて、楽曲も粒揃い。
期待を裏切らぬ仕上がりですが、新作を聴いてまず変化を感じたのは、タイトなドラミング。
前作がクリス・デイヴの影響あらかたな、もたったドラミングが印象的だっただけに、
おっ、ドラムスが変わったなとすぐに気づきます。

前作ではアメリカ西海岸で活躍するエファ・エトロマ・ジュニアが起用されていましたが、
今作はカリフォルニア出身のビアンカ・リチャードソンに変わっています。
ビアンカ・リチャードソンは、エファ・エトロマ・ジュニア同様、
ムーンチャイルドと共演歴があり、やはりというか予想通り二人とも、
リニオンがロス・アンジェルスへ留学していた時代の音楽仲間だそうです。

そしてアレンジは、リニオンと参加ミュージシャンが中心となっていて、
前作のアレンジのキー・パーソンだった雷擎(レイチン)の名前は、今回ありません。
オープニング曲のイントロで、ヴォーカル・ハーモニーを繰り出す新たな試みなど、
レイチンに劣らぬカラフルなサウンドを生み出しているのは、
リニオンを含む台湾の若手音楽家のレヴェルの高さの証明でしょう。

そして前作同様耳を引き付けられるのは、リニオンのグルーヴィなベース・プレイ。
粘り気たっぷりな後ノリのグイノリ・ベースが、もう辛抱たまらーん。
ジェリー・ジェモットをホウフツさせるクロマティックなライン使いや、
ウィルソン・フェルダーばりの重くハネるベースに耳ダンボとなります。

そして今年の金曲獎で最優秀新人賞を獲得した、
洪佩瑜(ホン・ペイユー)とのデュエット曲も聴きもの。
陳政陽のラウル・ミドンふうのアクースティック・ギターが印象的なラストまで
あっという間の8曲に、すぐさまアタマからリピートしてしまいます。
またまた半年間のヘヴィロテの始まり始まり~♪

LINION 「HIDEOUT」 嘿黑豹工作室 no number (2023)
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草原に抱かれて 扎格達蘇榮 [東アジア]

扎格達蘇榮  蒙古族長調歌王.jpg

内モンゴル自治区出身の女性監督の長編デビュー作
『草原に抱かれて』の試写(9月公開予定)を観ました。

主人公は、内モンゴルの都会に暮らすミュージシャンのアルス。
アルスの兄夫婦と暮らしている母親は認知症で、
兄夫婦は介護ノイローゼになっています。
アルスは一大決心をして母を引き取り、草原の故郷へ連れ帰る決心をします。
認知症が進んで徘徊を繰り返す母をアルスは自分の身体と太いロープで括り、
母が求めてやまない思い出の木を探して旅を続けていくという物語です。

内モンゴルの雄大な自然と、生と死が隣り合うテーマを、
都市の現代社会と草原の伝統生活を交錯させながら描く物語が秀逸で、
あたかもへその緒でつながったかのような逆転した母子像は、
死へ向かう人間が自然に融解していくさまを見ているようでした。
この映画を観終えた直後に、
内モンゴルの長調歌のアルバムと出会うとは面白い縁です。

扎格達蘇榮(ザクダスーロン)は、内モンゴル自治区シリンゴル盟出身の
オルティン・ドー(長調歌)の大御所。
広い声域を持ち、ホレボレとするメリスマを披露してくれます。
オルティン・ドーが「長い歌」と称するのはトルコのウズン・ハワとまったく同じで、
中近東から西アジア、中央アジアを経て日本の追分につらなる
こぶしロード([コピーライト]中村とうよう)の内モンゴル編といえます。

中村とうようが指摘したこぶしロードは、小泉文夫が唱えた
中央アジアから日本のこぶし文化圏を拡張したものでしたけれど、
小島美子は日本民謡とモンゴル民謡の同源説を、
歴史学の観点から証明できないと否定的でした。
学問的な正しさはさておき、オルティン・ドーを聴けば、追分との類似について
音楽的妄想というか想像力をふくらませずにはおれません。

馬頭琴、三絃、笛、琴などを伴奏に歌われる悠然とした歌いぶりに、
あっという間に雄大な草原へと連れていかれます。
しっかりとアレンジされた演唱は、オーセンティックさより、
芸術的洗練を感じさせるものですけれど、
それでも十二分にフォークロアな味わいを感じ取ることができます。
長調は歌そのものが長く、音階の変化も少なくて、ゆったりと安定していますね。
歌詞が少ないので、メロディの深みとメリスマの美しさにうっとりさせられますよ。

36ページのブックレットが付属されていて、中国語・英語による解説と、
中国語とモンゴル文字で歌詞が載せられています。
解説によると、1曲目の「都仍扎那(ドゥルンザナ)」は、
19世紀にモンゴル相撲の力士として英雄視されたドゥルンドリガルの物語とのこと。
横綱となったドゥルンドリガルは、モンゴル語で「象」を表すザナの名で称賛され、
ドゥルンザナの称号を与えられた伝説の英雄となったそうです。

モンゴル民族の英雄や、モンゴルの美しい草原や自然の賛美、
家族への愛情や友情などを歌った21篇。心が透明になります。

扎格達蘇榮 「蒙古族長調歌王」 中国 CCD2598 (2008)
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東アジアの感性伝えるポストロック・バンド 大象體操(エレファント・ジム) [東アジア]

Elephant Gym  GAZE AT BLUE.jpg   Elephant Gym  DREAMS.jpg

才能豊かなミュージシャンが目白押しの台湾インディに、
目を見張るばかりなんですけど、またまた面白いバンドを見つけちゃいました。

それが、エレファント・ジム。
12年に高雄で結成された、スリー・ピースのポストロックのバンドです。
これまでジャズやネオ・ソウルの分野で、台湾に注目していたんですが、
こちらはポストロックという、ぼくの目ではなかなか見つからないジャンルのバンド。
そんな門外漢でも気付けるほど、すでに日本でも人気急上昇で、
大勢のファンがいるんだそう。それもそのはず、19年に初来日し、
昨年はフジロックへ出演して、秋に2度目の日本ツアーもしていたんですねえ。

もともとインストのバンドだったようですけれど、近年はヴォーカルをフィーチャーして、
ヒップ・ホップやフューチャー・ソウルに接近するサウンドを展開するようになり、
それでぼくの耳にも届くようになったみたい。最初に聴いたのが、
日本ツアーのライヴ会場で販売していたという、3曲入りEPの『凝視 GAZE AT BLUE』。

ピアノ・ソロと、インストとヴォーカル入りの
二つのヴァージョンのタイトル曲の実質2曲で、
ベースの張凱婷(KT・チャン)が作曲した、
静謐な1曲目のピアノ・ソロに引き込まれました。
抑制の利いたピアノを弾いているのはKT・チャン。そのシンプルなピアノ・プレイと、
次のタイトル曲でのテクニカルでメロディアスなベース・プレイは、対照的でした。

そして昨年リリースされた新作は、ソリッドなギターの音色、よく歌うベース・ライン、
引き締まったビートを叩き出すドラムスという、これまでの彼らの音楽性をベースに、
楽曲がよりポップになりましたね。ヴォーカルもフィーチャーして(日本語曲もあり)、
幅広いリスナーへアピールする内容になっています。
張凱翔(テル・チャン)の変拍子を多用したコンポジションが、個人的に花丸ポイント。

CDを買ったお店で付いてきた特典CD-Rには、
チャイコフスキーの曲を弾いた短いギター・ソロと、
高雄管弦楽団とコラボしたライヴ録音が収録されていて、
彼らの音楽性の豊かさがうかがえます。

新作は、淡い色の風景を描くサウンドスケープが、
東アジアらしい感性を伝えるようで、その美しさに魅せられました。
ライヴ、観てみたかったかも。

大象體操 Elephant Gym 「凝視 GAZE AT BLUE」 no label EG002 (2019)
Elephant Gym 「DREAMS」 Word WDSR005 (2022)
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オフ・ビート・チャ・チャの名作 方逸華 [東アジア]

MONA FONG MEETS CARDING CRUZ.jpg

コン・リンとファビュラス・エコーズの紙ジャケットCDボックスが届いて、
香港ダイアモンドのボックス・シリーズ『鑽石之星』で、
ほかにどんなアイテムが出ているのか、気になってきました。
はじめにラインナップをきちんと調べもせず、レベッカ・パンに飛びついたんでしたが、
調べてみたら、『鑽石之星』(ダイアモンドのスターたち)シリーズは、
9タイトルも出ていたんですね。

トータル57枚ものダイアモンドのオリジナル・アルバムが、
ペーパー・スリーヴCD仕様となって、9つのボックスに収められているわけです。
単独アーティストのボックスは、レベッカ・パン、コン・リン、ジョー・ジュニア、
ファビュラス・エコーズ、テディ・ロビン&プレイボーイズの5組で、
残る4組はオムニバスのボックスになっていました。

オムニバスのなかには、以前記事にしたことのある
タン・ケイチャンの『鄧寄塵之歌』が入ったボックスもあります。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2015-10-25
そして驚いたのが、長年探し続けるも、
とうとう手に入らずじまいのレコード2枚が揃って入っていたこと。
まさかこの2枚がCD化されていたとはツユ知らず、大カンゲキです。
偶然にも2枚とも同じオムニバスのボックスに入っていて、即オーダーしましたよ。

その1枚が、上海生まれの方逸華(モナ・フォン)の60年作です。
モナ・フォンは、シンガポールと香港のナイトクラブに進出して成功し、
当時の海外ヒット曲の英語カヴァーを歌って有名になった人です。
その彼女がダイアモンドで録音した60年作は、
タイトルに「カーディング・クルースとの出会い」とあるように、
香港と東京を往復して活躍したフィリピン人ピアニスト、
カーディング・クルースのオーケストラが伴奏したアルバムで、
コン・リンの60年作と肩を並べる、オフ・ビート・チャ・チャの二大傑作です。

カーディング・クルースは、コン・リンの記事でも触れたとおり、
オフ・ビート・チャ・チャを日本に伝えた、いわばドドンパのオリジネイター。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2023-02-09
そのカーディング・クルース・オーケストラが伴奏で、
コン・リンのアルバムで伴奏をしたセルソ・カリージョがアレンジを務めるという、
オフ・ビート・チャ・チャの両巨頭が顔を揃えた重要作なのです。

「黄色いサクランボ」で始まり、
「ブンガワン・ソロ」や「夜来香」といったレパートリーを、
英語とマンダリンを交えて歌うモナ・フォンは、コン・リンとはまた異なる個性で、
アルト・ヴォイスが魅力の、ナイトクラブ歌手らしい魅力をふりまきます。

オーケストラもかなり本格的で、
ストレートにマンボと呼べる演奏もあって、聴きごたえがありますねえ。
一方、三連でハネるリズムが聴けるパートあり、
ラテン由来ではないリズムが顔を出したりと、
オフ・ビート・チャ・チャならではの楽しさもたっぷり味わえ、堪能しました。

と、ここまで書いてきて、気付いたんですが、コン・リンの60年作同様、
こちらもイギリスのセピアがLPリイシューしたもよう(CDはありません)。
両作とも近く日本に入ってくるでしょう。
「オフ・ビート・チャ・チャ祭」とか、誰か仕掛けたら、いいのに。

方逸華 (Mona Fong) 「MONA FONG MEETS CARDING CRUZ」 Diamond/Universal 0811567 (1960)
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香港のエキゾ・ラテン 江玲 [東アジア]

Kong Ling  HONG KONG PRESENTS OFF-BEAT CHA CHA.jpg

昨年、P・ラムリーとサローマのキャピトル盤のストレート・リイシューと、
サローマのパーロフォンのEPをコンパイルした復刻の2作で話題を呼んだ
イギリスのセピアが、江玲(コン・リン)の60年のエキゾ名作
“HONG KONG PRESENTS OFF-BEAT CHA CHA” を、
LPのみでリイシューしました。今回CDは出さないようですね。

オリジナル盤なら持っているので、
今回のリイシューLPはぼくには用なしですが(←ちょっと自慢してます)、
そういえば、以前に一度だけCD化されたことがあったなあ。
ボックスCDの一枚としてだったんですけれどね。

60年代の香港ダイアモンドの作品を、
紙ジャケCD化したボックス・シリーズの『鑽石之星』では、
レベッカ・パンのボックスに飛びつきましたけれど、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2021-07-17
コン・リンは60年作にしか興味がないので、さすがに手は伸びませんでした。

KONG LING DYNAMITE!.jpg   KONG LING & THE FABULOUS ECHOES VOL. 2.jpg

せめて、オリジナル盤を持っていない
ファビュラス・エコーズとの共演盤2作が入っていれば、
買ってみてもいいかもと思ってたんですけれどねえ。
この2枚は、ファビュラス・エコーズのボックスの方に入ってたんだよなあ。
(ファビュラス・エコーズについては、こちらの記事↓を参照してください)
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2015-10-25

江玲  鑽石之星.jpg   與回音樂隊  鑽石之星 .jpg

というわけで、どちらも見送ったボックスなんですけれど、
ふと思い立ってチェックしてみたら、大幅値下げしたセール品があるじゃないですか。
これ幸いと、ボックス二箱、オトナ買いしちゃいました。
14枚も一気に買ってしまったわけなんですが、
コン・リンのボックスで面白いのは、やっぱり60年作1作のみで、
ファビュラス・エコーズのボックスも、コン・リンとの共演2作だけで十分。

モンド・ミュージック方面から話題を呼んだこともある
“HONG KONG PRESENTS OFF-BEAT CHA CHA” は、
エキゾティックなオリエンタル・ラテン・サウンドを堪能できる傑作です。
タイトルにある「オフ・ビート・チャ・チャ」とは、
フィリピンで受容されたラテン・サウンドのこと。
単にオフ・ビート、またはオフ・ビート・チャ・チャ・チャと書かれることもあり、
オフ・ビートとチャ・チャ・チャにハイフンがあったりなかったりなので、
ここでは、オフ・ビート・チャ・チャと書いておきます。

マンボにチャチャチャ、ロカビリーまでを取り込んだオフ・ビート・チャ・チャは、
香港、シンガポール、マレイシアにも波及して、60年前後に大流行となりました。
そして日本にも飛び火して生まれたのが、ドドンパです。
ドドンパのオリジナルは、オフ・ビート・チャ・チャだったんですよ。

伴奏は、当時香港で活躍していたフィリピン人ピアニスト、セルソ・カリージョのバンド。
セルソ・カリージョは、オフ・ビート・チャ・チャのアレンジャーとしても有名で、
日本にオフ・ビート・チャ・チャを広めたカーディン・クルース楽団のアレンジも、
セルソ・カリージョが務めていました。
ちなみに、60年にビクターから出たカーディング・クルース楽団の
10インチ盤『ドドンパは楽し』(SLV-8)のジャケットには、
‘DODONPA’と大きく書かれた脇に、‘OFF BEAT CHA-CHA-CHA’ が添えられています。

「香港の恋人」と称されたコン・リンの歌声は、クセのない美声で、
ポピュラー・ヴォーカルのお手本のような歌を聞かせてくれます。
素直な歌唱のため、ノベルティ色が強調されず、品の良さがありますね。
レベッカ・パンのように世界各国のヒット・ソングをレパートリーとするのでなく、
もっぱらアメリカのヒット・ソングを中心に英語で歌い
オフ・ビート・チャ・チャの本作では、スペイン語の歌詞を英詞にして歌っています。

P・ラムリーとサローマやレベッカ・パンが好きな人なら、
このアルバムも気に入ること、間違いなしでしょう。
そのうち日本にもセピアのリイシューLP、入荷してくるでしょうから、お見逃しなく。

江玲 (Kong Ling) "HONG KONG PRESENTS OFF-BEAT CHA CHA" Diamond/Universal 0811566 (1960)
江玲 + 與回音樂隊 + Vic Cristobal "KONG LING + THE FABULOUS ECHOES + VIC CRISTOBAL = DYNAMITE!" Diamond/Universal 0820580 (1963)
江玲 + 與回音樂隊 "KONG LING & THE FABULOUS ECHOES VOL. 2" Diamond/Universal 0816414 (1963)
江玲 (Kong Ling) 「鑽石之星」 Diamond/Universal 0846891 (1960-1968)
與回音樂隊 (The Fabulous Echoes) 「鑽石之星」 Diamond/Universal 0846895 (1963-1965)
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台湾インディのクリエイティヴィティ 薛詒丹 [東アジア]

薛詒丹 倒敘.jpg

昨年フル・アルバムが待ち遠しいと書いた、薛詒丹(ダン・シュエ)の待望の新作。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2022-08-31

年末のパーティから帰宅すると、自宅に届いていて、
ほろ酔い気分で聴き始めたら、もうトロけちゃいましたよ。
前作『太安靜』からグッと大人びた声になって、いやあ、いいオンナになったねえ。
耳の裏に甘い吐息をかけてくるようなダン・シュエの歌声に、
一聴でメロメロになりました。

短いイントロに続いて始まる「飯後點心」の、オーガニックな温かさに満ちた歌声。
たゆたうシンセの合間を、ピアノがレイヤーされ、
ダン・シュエの穏やかなヴォーカルと、
オーヴァーダブされた自身のバッキング・ヴォーカルが、
オーロラ・リフレクターのようなきらめきを放ちます。

続く「生存偏見」、ラッパーをゲストに迎えた「沙發危機」、
トランペットのリフとレイヤーされたシンセが夢見心地に誘う
「can i leave my dream」までの流れは、鮮やかというほかありません。
デリケイトに音を積み重ねた、一級品のジャジー・ソウルです。
ラグジュアリーなムードに酔えるのも、ダン・シュエの歌の魅力あってこそ。

短いギターのインタールードを挟んで、けだるく歌い始める「Summer Café」は、
やがてファニーなムードのユーモラスな温かさを帯びたメロディへと移っていき、
心がほっこりとしていくのを感じます。
エンディングでドラムスが倍テンポになるところも、シャレてますねえ。

終盤は、アクースティックなサウンドへとシフト。
ストリングスを配した「沒有月亮那天」では、細かくビートを刻むドラムスと、
ストリングスとシンセ・サウンドを絶妙にバランスさせたプロダクションに、
ムーンチャイルド以降の研ぎ澄まされたセンスを感じます。
そして、アクースティック・ピアノを主役に据えた
ラストのタイトル・トラック「倒敘」は、アンビエントをほのかに薫らせ、
余韻を残してアルバムを閉じる、クロージングにふさわしいトラック。

薛詒丹 倒敘 Pg.jpg

収録時間31分3秒という短さなれど、全10曲の密度の濃さはハンパない。
それはピンクのソフト・ビニール・パックに収められた、
凝りに凝った特殊パッケージも、またしかりです。
音楽家のみならず、エンジニア、デザイナー、フォトグラファーなど、
台湾インディに関わる制作スタッフのクリエイティヴィティ。
その総合力に圧倒されます。

薛詒丹「倒敘」火氣音樂 no number (2022)
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声とギター ソン・イジョン & ヴィニシウス・ゴメス [東アジア]

Song Yi Jeon + Vinicius Gomes.jpg   Vinícius Gomes  RESILÊNCIA.jpg

タチアーナ・パーラ!
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2015-03-27
この歌声を聴けば、誰もそう思うよねえ。いや、ぼくも最初そう思いました。
ところが、これ歌っているのは、韓国の人だというんだから、意外や意外。
アジア人だとは、思いもよりませんでした。
ジャズ表現がグローバルになったことを実感させられますねえ。

ソン・イジョンはヨーロッパへ音楽留学し、オーストリアでクラシックを、
スイスでジャズを学び、さらにアメリカへ渡ってバークリーで
ジャズ・ヴォーカルを勉強したという経歴の持ち主。

タチアーナ・パーラのデュオ相手は、ピアニストのヴァルダン・オヴセピアンでしたけれど、
ソン・イジョンが選んだ相手は、ブラジル人ギタリストのヴィニシウス・ゴメス。
ヴィニシウス・ゴメスは、サン・パウロ・ジャズ・シンフォニカ、
サン・パウロ交響楽団の一員で、ブラジルの新興ジャズ・レーベル、
ブラックストリームから、17年にデビュー作を出した人。
あのデビュー作は、ギタリストとしてだけでなく、コンポーザーとしての才覚を示した、
アンサンブル重視の秀逸なアルバムでした。

本作は、二人による、声とギターのアルバム。
ソン・イジョンはほぼ全曲スキャットで歌い、ヴィニシウス・ゴメスは、
1曲のみエレクトリックを弾く以外は、ナイロン弦ギターを弾いています。
レパートリーは二人のオリジナルのほか、キース・ジャレット、カルロス・アギーレ、
ドミンギーニョスの曲を取り上げ、ジミー・ロウルズの‘A Timeless Place’ のみ、
ヴィニシウスがエレクトリックを弾き、イジョンが英語の歌詞を歌っていますよ。

タチアーナとオヴセピアンの二人は、クラシック臭が強くて、
ぼくには抵抗があるんだけど、ソン・イジョンとヴィニシウス・ゴメスには、それがない。
こちらの二人の音楽性の方が、よりジャズ的ですね。
二人が書くオリジナルは、アブストラクトな展開をするものの、
きらきら光る水面のスペクトラムを見るような美しさがあります。

ミニマルなギターのベース音に、ギターと歌がユニゾンでメロディを奏でたり、
ギターがコードでハーモニーを奏でる、ヴィニシウス作の‘Flow’ に息を呑みました。
アルバム・ラストをドミンギーニョスのショーロで締めたのも、嬉しい構成です。

Song Yi Jeon + Vinicius Gomes "HOME" Greenleaf Music GRE-CD1098 (2022)
Vinícius Gomes "RESILÊNCIA" Blaxtream BXT0012 (2017)
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ウソくささのないクリスマス・キャロル キム・テチョン [東アジア]

Kim Tae Chun.jpg

あまりにドイヒーなジャケットに、かえって興味をソソられて聞いてみたら、
これがめちゃめちゃ面白い。ハングルは読めませんが、
このアルバムがクリスマス・キャロルだっていうんだから、いやはや。
64回目の誕生日のクリスマスは、これで祝うとしましょう。

キム・テチョンは、釜山で活動するシンガー・ソングライター。
ギター一丁で、カントリー・スタイルを身上に歌っている人らしい。
13年に『家畜病院ブルース』というタイトルのデビュー作を出し、
翌年に出した6曲入りのミニ・アルバムが、このEPなんだそう。
インディ作と思いきや、なんとワーナー・ミュージックから出ています。

歌詞カードにクレジットも載っているようなんですけど、
全部ハングルなので、歯が立ちません。
リッピングしたら、英訳の曲目が出てきて、1曲目から順に、
‘Christmas’ ‘Santa Won’t Knock At Your Window’ ‘Jesus’ ‘Deer Rudolph’
‘Silent Night’ ‘Silent Night Holy Night’ とあるので、
クリスマス・アルバムなのは間違いないようですね。

オープニングから、快調なウェスタン・スウィングのリズムにのせて、
スティール・ギターが滑り出します。キム・テチョンのひと癖もふた癖もある、
人を食ったようなヴォーカルが、たまんねー。
ダン・ヒックス好きのぼくには、どハマリな歌い手さんです。
男女コーラスが、歌い手をまぜっかえすように合の手を入れるのも、
ホット・リックスを連想させられるなあ。

ダルいツー・ビートで歌われるタイトル曲の「サンタは窓を叩かない」は、
<愛と幸福に満ちたクリスマス>という虚飾に満ちたイメージを、
ひっぺがしてみせるようなトーンに満ちていますね。
ハッピーなふりをするクリスマスごっこにブーイングする作者の意図を感じます。
やるせないヴォーカルや、ご本人が吹いているとおぼしき
カズーのネクラなソロに、偽悪を演じる誠実さが伝わってきます。

こういう曲の後だからか、続く朗らかなカントリー調の2曲では、
フィドルのソロがある「ジーザス」、マンドリンも出てくる「ディア・ルドルフ」ともに、
ユーモラスな歌いぶりを素直に楽しめます。
オルガンをバックに歌うオリジナルの「サイレント・ナイト」は、賛美歌のよう。
でもおそらく歌詞には、この人の痛みが込められているんじゃないかな。知らんけど。
そして、ラストの「きよしこの夜」は、ハワイアンにアレンジして、
ウクレレとスティール・ギターを伴奏にハミングしてます。

最後まで人を食ったアルバムなんだけど、おふざけじゃないし、冗談めかしてもいない。
ましてやスノッブ臭など皆無で、ウソをつけない正直な人なんだろうな。
キム・テチョン、友だちになれそうです。

Kim Tae Chun “SANTA WON'T KNOCK AT YOUR WINDOW” Warner Music VDCD6513 (2014)
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架空の映画のサウンドトラック 問題總部 It's Your Fault [東アジア]

問題總部 BLUE LEAK.jpg

今年は、台湾産ネオ・ソウルのクオリティに圧倒されっぱなし。
台湾インディに注目が集まっているのは、雑誌などで目にはしてたものの、
自分にはあまり関係ない話題と思って、気付くのが遅れてしまいました。

遅まきながら、リニオン、雷擎(レイチン)、陳以恆(チェン・イーヘン)と、
台湾産ネオ・ソウルの傑作を入手して、この夏からヘヴィロテが続いているんですが、
ピカピカの新作で極上の一枚を見つけましたよ。

それが、問題總部 It's Your Fault。
16年に台北で結成された、6人組R&Bバンド。
一聴して思い浮かんだのは、ザ・ソウルクエリアンズですね。
エリカ・バドゥ、クエストラブ、ディアンジェロ、コモン、モス・デフ、ビラル、
J・ディラ、Q=ティップ、ロイ・ハーグローヴという才能を集めて、
R&B史を転換させたスーパー・グループ。

フロントの女性ヴォーカル、丁佳慧(ハナ・リン)の
バンド・サウンドでのキャラ立ちは、エリカ・バドゥそのものじゃないですか。
R&B、ジャズ、フュージョン、ヒップ・ホップが混然一体となったサウンドは、
メンバー各自の音楽性を反映させたもののようです。
未聴ですけれど、前作EPはもう少しフュージョン色が強かったんですって。

今作では、ぼくがザ・ソウルクエリアンズを連想したように、
各自の音楽性がより練り込まれ、
グループとしてのサウンド・ヴィジョンがより明確になったんじゃないのかな。
サウンドトラックのようなストーリー性を感じさせる短いインスト曲のオープニングは、
オーケストレーションも配したゴージャスなプロダクションで、
彼らが今作に忍ばせたテーマを、サウンドスケープで具現化するようで、
引き込まれます。

続く「狠狠愛」は、けだるいネオ・ソウルと現代ジャズの合体、
雷擎(レイチン)をフィーチャーした「傷心 Je t'aime」はドラマティックな曲で、
やるせない都会の夜に身を焦がすようなスロウでスタートする「Say」も、
クライマックスでは丁佳慧(ハナ・リン)が感情を爆発させています。

濃密なこの3曲が、このアルバムの実質的な中身で、
あとは先ほどのゴージャスなオープニングのイントロと、
まさしくサウンドトラックのようなつなぎのインストのインタールードと、
けだるいオウトロで、全6曲わずか16分3秒が終了してしまいます。

ジャケットには映画の半券が封入されているいて、
架空の映画のサウンドトラックという目論見はわかるんですけど、
この曲数はあまりに少なすぎるなあ。
台湾インディは、どうしてこういうミニ・アルバム的なEP制作が多いんですかね。
このクオリティでフル・アルバムを制作していたら、
今年のベスト・アルバム間違いなしだったと思うんだけど。

問題總部 It’s Your Fault 「BLUE LEAK 水體」 no label no number (2022)
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台湾語+ネオ・ソウル 陳以恆 [東アジア]

陳以恆  但係我袂驚惶.jpg

まさに、ディアンジェロの“VOODOO” の申し子世代のネオ・ソウルだね、これは。
94年生まれのシンガー・ソングライター、陳以恆(チェン・イーヘン)のデビューEP。
たった4曲、13分足らずのアルバムなんですけれど、
キラッキラ輝く才能に感じ入って、何度もリピートしてしまいます。

ロバート・グラスパーを参照した演奏力も高く、サウンドはハイ・クオリティ。
いやぁ、ほんとに台湾インディ、めちゃくちゃレヴェル高いな。
ここのところ立て続けに買っていますけど、ハズレがまったく無いもんね。
おかげで、ずいぶん台湾のオンライン・ショップを知ることができました。
本作は3年前のEPで、そろそろフル・アルバムを出してもよさそうなものだけれど、
それらしいニュースはなく、じっくりと音楽制作をしているのかな。待ち遠しいですね。

チェン・イーヘンは早稲田大学へ留学していて、東京に住んでいたんだそう。
日本とも縁があるのなら、リニオンが THREE1989 とコラボ曲をリリースしたように、
日本のアーティストとコラボする可能性があるかもしれませんね。

ちなみにこのデビューEP、全曲台湾語で歌って、現地で話題になったのだそうです。
94年生まれで台湾語を喋れるって、ちょっとビックリなんですが、
やはり後学で修得したんだそう。そりゃそうだよね。
台湾では56年に学校で台湾語が禁止されて以降、
北京語(台湾国語)化が進められたので、台湾語を喋れるのは老人だけ。
台湾語が解禁されたのは、戒厳令が解除される87年になってからのこと。

なんでも大学に入り、ベネディクト・アンダーソンのナショナリズムや、
エドワード・サイードのポスト・コロニアリズムを学んだことを契機に、
自分の創作活動を省みて、台湾語で歌うことに自覚的になったそうです。

黑名單工作室  抓狂歌.jpg

90年代に新台湾語歌曲運動が盛り上がり、
林強や陳明章といった若いアーティストたちが台湾語で歌い始め、
日本でもワールド・ミュージック・ブームの流れで聞かれるようになったことがありました。
当時聴いたCDでは、黑名單工作室の『抓狂歌』(89)が忘れられませんけれど、
あのとき以降、台湾のポップスをフォローしてこなかったもんで、
チェン・イーヘンの試みが、この当時の新台湾語歌曲運動と連続性があるのか
どうかが興味あるところだけど、そのあたり誰かインタヴューしてくれないかなあ。

さきほど挙げた、台湾オルタナティヴの一大傑作『抓狂歌』だって、
チェン・イーヘンが生まれる前のアルバムですからね。
いずれ出るフル・アルバムでも、台湾語+ネオ・ソウルが聞けるかな。

陳以恆 「但係我袂驚惶」 陳以恆 no number (2019)
黑名單工作室 「抓狂歌」 滾石 RD1052 (1989)
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台湾産ネオ・ソウルのキー・マン 雷撃 [東アジア]

雷撃  DIVE & GIVE.jpg

藍婷(ラン・ティン)のデビュー作で冴えたアレンジを聞かせ、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2022-08-27
リニオンのアルバムでは作編曲とドラムスの腕を振るっていた
雷擎(レイチン)の、満を持した初のソロ・アルバム。
新世代ジャズの生演奏感覚が鮮烈だったリニオンと比べると、
レイチンの方は、ネオ・ソウルの王道感強しかな。

シロフォンをフィーチャーしたアンビエント・サウンドの‘Rainbow’ に続く、
80年代ディスコを想起させるストリングス・アレンジと
ハンド・クラッピングを散りばめた‘Real World’ で、はや降参。
既視感のあるサウンドをパッチワークのように散りばめながら、
新時代のセンスに沿ったサウンドをクリエイトしているんですね。

メロウなエレピとともに始まる「巫女」では、蕩けるように甘いスローのパートと、
軽やかなサンバのリズムに変わるブリッジの対比が鮮やかで、
さらに終盤には、妖しいボレーロへと変わって、
偽トロピカルな楽園イメージを演出をするアレンジが、憎たらしいったらありゃしない。

こういうアイディアって、一歩間違うと下世話になるところなんだけど、
すごく上品に仕上がっていて、そのサウンド・メイキングの手腕は、
技術というよりも、この人の育ちの良さみたいなものを感じますね。

フォーキーな「風與花」など、ギターやピアノを引き立てるために、
あえてシンプルにしたサウンドの曲を合間に配置して、
アルバムの起伏を作る構成もうまい。
レイチンのソフトなヴォーカルも、ふわふわと浮遊するサウンドとベスト・マッチで、
文句のつけようがありません。

『アジア都市音楽ディスクガイド』に載らなかったのが、解せませんね。
台湾のネオ・ソウルのキー・マンの初ソロ作で、
これほどの重要作はないでしょう。

雷撃 「DIVE & GIVE」 浮氣音樂有限公司 no number (2021)
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台湾ジャズとネオ・ソウルの邂逅 リニオン [東アジア]

Linion  LEISURELY.jpg

台湾、すげぇ。

これも『アジア都市音楽ディスクガイド』で知ったアルバムなんですが、
シティ・ポップというより、ネオ・ソウルの極上品じゃないですか。
生演奏のレヴェルの高さといったら、ハンパない。
東アジアらしい感性を強く感じさせる作品で、
日本とも欧米とも異なる台湾独自のセンスに、すっかり魅入られちゃいましたよ。

このCDを手に入れるまでは、ちょっと手間取りました。
インディ盤のせいなのか、在庫している店が少なく、
扱っている店もことごとく売切れで、6・7軒探し回った後にようやく見つけました。
2年前のアルバムで、きっと売れたんでしょうねえ。

これだけの内容なんだから、当然という気がしますが、
CDパッケージは、6センチ角という大型サイズで、6面パネルの特殊ジャケット。
どんだけ凝るんだかという、インディならではの贅沢なアートワークです。

LINION(リニオン)は、23歳のシンガー・ソングライター。
ロス・アンジェルスへ2年間音楽留学し、
17年に帰国してから本格的に音楽活動を始めた人とのこと。
18年にデビュー作を出し、本作が2作目。

オープニングのもたったドラムスに、いきなりヤラれました。
え? これ、誰が叩いてんの? あわてて封入されていた、
歌詞カードならぬクレジット・カードをみると、
「エファ・エトロマ・ジュニア」と書かれています。
どういう人かとググったら、カナダ人ドラマーで、
現在はロス・アンジェルスを拠点に活動している人らしい。
クリス・デイヴに影響を受けたドラマーであることは、まるわかりですね。

さらに調べると、ムーンチャイルドのツアー・ドラマーを務めていたというのだから、
オドロキ。どうやらぼくが17年にコットン・クラブで観たドラマーのようです。
ネオ・ソウルのシンガー・ソングライターであるリニオンが起用したのも必然というか、
どハマリのドラマーですね。ひょっとして音楽留学時代のコネクションかな。

ドラムス以外は、全員台湾のミュージシャンのようで、リニオンはベースを弾いています。
そういえばリニオンのバイオに、音楽留学でベース科を専攻していたとありましたね。
よくグルーヴするベースで、ドラムスに絡むウネるようなラインで絶妙なベース・ソロを
繰り出す「JOMO」や、たゆたうようなドリーミーな曲のなかで、
ゆったりとしたベース・ソロをさらりと聞かせた
「想不起你的名字」も聴きものになっています。

雷擎(レイチン)がアレンジして、ドラムスも叩いた「Dude」は、リニオンとの共作。
この曲は、林庭鈺(ティム・リン)のギター・ソロが聴きものです。
「Cocoon」の印象的なピアノは、許郁瑛(ユーイン・シュー)。
やっぱ、ずば抜けてますね、この人は。聴くとピンとくるもんねえ。

曲ごとにアレンジャーを変え、キャッチーなソングライティングを
カラフルに演出していて、まったくスキのないサウンドを構築しています。
このサウンド・クオリティは、ほんと、スゴイ。
台湾ジャズとネオ・ソウルが邂逅した作品、感服しました。

LINION 「LEISURELY」 嘿黑豹工作室 no number (2020)
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ナイト・ムード 薛詒丹 [東アジア]

薛詒丹  太安靜.jpg

『アジア都市音楽ディスクガイド』掲載ディスク第2弾。
手元に届いたら、たった3曲しか入っていないEPで、ちょっと肩透かしでしたけれど、
デジパックのマンガの雰囲気がすごく良くて、気に入りました。
裏ジャケットの絵と、CDレーベルもシャレているので、一緒に載せておきますね。

薛詒丹  太安靜  裏.jpg   薛詒丹  太安靜  CD label.jpg

薛詒丹(ダン・シュエ)は、台湾南部、高雄出身のジャズ・ヴォーカリストで、
19年に出した本作が初アルバム(EPだけど)。
本作は、ソロ・アクトのシンガー・ソングライターとして、
新たなキャリアを踏み出した一作だったようで、
すでに実績十分の実力ある歌手だったんですね。

学生時代にア・カペラ・グループ、モーメント・シンガーズを結成して、
多くのコンテストで受賞を勝ち取り、プロのア・カペラ・グループ、
O-Kai Singers に引き抜かれ、台湾および世界16カ国で
250本に及ぶツアーを経験しています。
その後も、有名歌手のバック・コーラスやア・カペラの指導をしていて、
15年から、ジャズ・ヴォーカリストとしてライヴ活動を始めたとのこと。
なんと17年には、ベーシストの安ヵ川大樹トリオをバックに、日本ツアーも
していたんですね。そのときは、ターニャ(薛詒丹)と名乗っていたようです。

ジャケットそのままのナイト・ムード溢れるアルバムで、
低めの落ち着きのある声で歌う、アダルトなジャジー・ポップ。
1曲目の「糖衣」では、浮遊するシンセとワウの利いたギターが、
ビターな都会の夜を演出します。

2曲目の「回來」は、蒼い水中を潜水するかのようなシンセの幽玄なサウンドに導かれ、
アクースティック・ピアノが限られた音数で、
美しい響きをぽつりぽつりと置いていくのが印象的。
クレジットを見たら、このピアノを弾いているのは、
台湾の新世代ジャズを代表する女性ピアニスト、許郁瑛(ユーイン・シュー)ですよ。

3曲目のタイトル曲「太安靜」は軽快にハネるドラムスのビートが心地良い、
まさしくシティ・ポップといえる一曲。ギターがサウンドにぴったりと合った
職人芸的プレイを聞かせてくれます。

YouTube には新曲「南門路上」もあがっていて、これまたメロウないい曲。
フル・アルバムが待ち遠しいですね。

薛詒丹 「太安靜」 好有感覺音樂 DH1901 (2019)
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気品のあるラヴ・ソング集 ペク・イェリン [東アジア]

Yerin Baek  EVERY LETTER I SENT YOU..jpg

『アジア都市音楽ディスクガイド』、参考にさせてもらっています。
「お、シーラ・マジッドの“WARNA”がちゃんと選ばれてる」とか、
「おい、おい、ルース・サハナヤの“...UTHE!”をセレクトしないのかよ」などと、
一人ツッコミしながら楽しませてもらいましたが、
なんといっても未知のアルバムで、自分好みのものを発見するのが、最大の眼目。
00年代以降なんて、見たこともないアルバムが、ずらっと並んでいるんだからねえ。
図書館の返却期限までにウォント・リストを作って、
オンライン・ショップでCD探しにいそしみました。

で、真っ先に手に入れたのが、韓国の女性シンガーの本作。
化粧箱入りの布張ハードカヴァー写真集という豪華さに、びっくりしました。
歌詞入りの92ページの写真集には、ポストカードも入っていて、
CD2枚が封入されています。収録時間的には1枚で十分なはずなんですが。
この装丁でフツーのCD1枚分のお値段というのは、格安じゃないですかね。

前回の台湾の藍婷(ラン・ティン)に引き続いて、
CD本体より外身に圧倒されてしまいましたが、こちらもインディ制作ですね。
シックな大人の女性像をイメージする歌声で、ネオ・ソウルやアンビエントR&Bを
バックグラウンドとしたサウンド・プロダクションにのせて、クールに歌っています。
ペク・イェリンの実年齢が22と知って、驚きました。
落ち着きのある成熟した歌声は、とてもそんな若さとは思えなかったものだから。

なんでもK-POP大手の事務所に所属して、
メジャーな世界で活躍していた人なんだそうですが、なかなか思い通りの活動ができず、
インディに移籍してリリースしたのが本作だとのこと。

ひけらかすような歌いぶりはみせないものの、しっかりとした歌唱力がうかがえ、
ディスク2の終盤で1曲だけ(‘Square’)、歌唱力を爆発させて、
ホイットニー・ヒューストンばりのダイナミックな唱法で、実力を発揮しています。
また1曲をのぞき、全曲英語で歌っているというのも、珍しいんじゃないですかね。
K-POP事情に明るくないので、よくわかりませんが。

ゆっくりと流れゆく雲を見つめながら、
ただ時が過ぎていくのに身をまかせながらたたずむ、
孤独な心を映した心象風景のような曲が並びます。
傷つきやすい臆病な心を隠すかのような、ひそやかなメロディは、
メロウなビートにのせて、ほろ苦い余韻を残します。
ヒリヒリとした表現にならないラヴ・ソングが、とてもいとおしく、
恋心に揺れる不安定な感情が、静かに聴き手に伝わってきます。

これほど気品のあるラブ・ソング集は、なかなか出会えるもんじゃありません。
このデリカシーは、シャーデーの“LOVE DELUXE” に比肩しますよ。
聴けば聴くほどに、惹き込まれます。

こういう上質のアルバムは、インディだから作れるんでしょうね。
K-POPのようなビッグ・セールスには、つながらんだろうけど。
なんて勝手な感想を抱いていたら、
発売から3週間でアルバム・チャート1位になったんだとか。
スゴイな、韓国。

Yerin Baek “EVERY LETTER I SENT YOU.” Blue Vinyl no number (2019)
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耳で読む絵本 藍婷 [東アジア]

藍婷  旋轉的蘇菲.jpg

6月に日本でもデジタル・リリースされた
台湾のシンガー・ソングライター、藍婷(ラン・ティン)のデビュー作。
ここ最近、台湾インディ・シーンが活況だということは、
通りすがりでつまみ聴きしている、ぼくのような者でも十分実感していましたが、
これはフィジカルで持っていたい!と手が伸びました。

大手のレーベルじゃ制作費がかかりすぎて、とても実現しそうにない、
インディならではの凝ったパッケージ。愛情の込め方が、半端ないですね。
二つ折りのパッケージの左側にCDが、右の型抜きされたホルダーに、
六つ折りされたポスター(裏は歌詞カード)と、
24ページのブックレットが挿入されています。

寓話的世界をヴィジュアル化したアートワークを手がけたのは、
ソフィア・ジというイラストレーターさん、
有元利夫みたいな色使いが、ぼく好みだなあ。
(中国語ではグラフィック・デザインを「平面設計」と書くんですね。
クレジットを見て、初めて知りました)
温かみのある色をくすませて使い、
柔らかな筆致でファンタジーな世界を表現しています。
繊細な筆触に感心して、絵の隅々まで舐めるように見入ってしまいました。

さて、そんな、手にしただけで顔がほころんでしまうCDなんですが、
ハイ・クオリティのヴィジュアルにふさわしい、
デリカシーに富んだサウンド・プロデュースが、
すみずみまで行き届いたアルバムに仕上がっているんですね。
ラン・ティンのキューティ・ヴォイスが、ドリーミーな音世界のなかで
ふわふわと浮かびながら弾むように歌われます。
スタッカートの利いた発声が心地良く、少し鼻にかかった甘い声が、
少女の見る浪漫世界を表現するのに、もっともふさわしい資質を示しています。

アコーディオンをフィーチャーして、ノスタルジックな世界を描いた「老派約會」や、
フランジャーを利かせたギターが夢見心地にさせるバラードの「格林威治」など、
音数を少なく抑えた連強(ジョン・リエン)のアレンジにもグッときましたけれど、
「Shadow Lover」の雷撃(レイチン)のアレンジが、これまた特筆もの。

レイチンは数多くのバンドのサポート・ドラマーとして活躍し、ネオ・ソウルの新星として
注目を集めていると聞きましたが、この人のセンスは、抜きん出ていますね。
リン・ティンのハミングに始まるイントロで、はや鳥肌が立ちました。
このメロウネスは、アメリカとも日本ともテイストが違っていて、
台湾独自のセンスを感じます。

ヒップ・ホップ・アーティストの李英宏(リー・インホン)がアレンジした
「愛我就要愛我的全部」のメロウなシティ・ポップぶりもいいなあ。
この曲では、ラン・ティンが少女から大人に成長した姿をみせていて、
物語を締めくくるアルバム・ラストを飾るにふさわしく仕上げています。

一曲一曲を丁寧にプロデュースして制作された本作は、
まさにネライどおりの「耳で読む絵本」そのもの。
おだやかに、無言でそばに寄り添ってくれるアルバムです。

藍婷 「旋轉的蘇菲」 宇宙信號 SB001 (2022)
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上海オールド・エイジの中華ジャズ 上海老百樂門元老爵士樂團 [東アジア]

上海老百樂門元老爵士樂團  「百樂門 上海百樂門絶版爵士」.jpg

パリのムーラン・ルージュやニュー・ヨークのブロードウェイと肩を並べる
音楽の社交場が、40年代の上海にもあったんですね。
百樂門(パラマウント)は、中国に初めて誕生した高級ボールルームで、
そこで夜な夜な紳士淑女を踊らせたというジミー・キング・バンドもまた、
中国初のジャズ・バンドといいます。

90年になって、ジミー・キング・バンドに在籍していた老演奏家たちを集め、
当時のレパートリーを再録音したというアルバムを見つけたんですが、
これがとても良くって、聴き惚れています。

こういうアルバムって、かつて日本にもありましたよね。
ジミー原田とオールド・ボーイズ。おぼえてます?
え? ジミー原田を知らない? 原田忠幸のお父上ですよ。

当時、自由劇場の「上海バンスキング」がヒットしたのが幸いし、
テレビ番組にもけっこう出演したりしていましたよね。
中本マリが「恋人よ我に帰れ」を歌うのに、前半の伴奏を
ジミー原田とオールド・ボーイズ、後半がYMOが務めるという、
面白い企画のテレビ番組を観たおぼえがあるなあ。

その中本マリに石黒ケイや、
「上海バンスキング」の主演女優の吉田日出子をゲストに迎えた
『今青春! ジミー原田&OLD BOYS』(81)は、
ぼくの学生時代からの同級生がジャケット写真を撮影したこともあって、
懐かしく思い出します。

話が逸れましたけど、そんなリヴァイヴァル・サウンドを聞かせてくれるのが、
ジミー・キング・バンドあらため上海老百樂門元老爵士樂團です。
英国租界の警察官だったジミー・キング(金華津)は、
音楽好きが高じて、フィリピン人ジャズ・ミュージシャンの羅平に師事し、
ハワイアン・ギターと歌を学びます。
のちに羅平のバンドに加わって、ボールルームの仙楽で演奏していると、
百樂門のオーナーに目をかけられ、百樂門の専属バンドとして、
中国人だけのバンドを編成するよう命じられます。

当時ボールルームで演奏するのは、フィリピン人バンドが独占していたのですが、
フィリピン人演奏家は演奏力は高くても、素行の悪い者が多く、
オーナーの悩みの種になっていたのですね。
そうして、ジミー・キング・バンドが47年に結成されたのでした。

このアルバムでは、「ビギン・ザ・ビギン」「イン・ザ・ムード」「アモール」
「ラムとコカ・コーラ」といった当時のレパートリーをケレンなく演奏していて、
なんともすがすがしいんです。
「煙が目にしみる」ではストリング・セクションもついていますよ。

ハリー・オーウェンズの「ハワイアン・パラダイス」や「曼麗亨尼」などの、
ハワイアンもやっていて、ジミー・キングが弾くスティール・ギターも聞けます。
ジミー・キングは、91年に73歳で病死したので、
この録音が最後のものになったんでしょう。

「夜上海」「夜来香」「香格里拉」といった中華ジャズに、
上海オールド・エイジの粋が詰まったステキなアルバムです。

上海老百樂門元老爵士樂團 「百樂門: 上海百樂門絶版爵士」 九洲音像出版公司 no number (2005)
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中国歌壇の新傾向 張可兒 [東アジア]

張可兒  曽経最美.jpg

中国人女性歌手を聴くのは、いつ以来でしょうね。
ずいぶんと長い間聴いてなかった気がするけれど、
ニコール・チャンというこの女性歌手、
現代中国歌謡きっての人気歌手だそうです。

こんなにひっそりと歌う、控えめな歌い口のシンガーが、一番人気というのは、
中国人のイメージからすごく遠い感じがして、不思議な気がするんですけど、
ぼくの中国人イメージが偏見にまみれてるからなのかしらん。
たしかに美麗なジャケットは、中国歌壇のアイドル路線ど真ん中という感じで、
本来ならぼくなど、裏口からさっさと逃げ出したくなるところなんですが、
その歌声に、すっかり魅了されてしまいました。

ひそやかで静かに歌っているのに、発声がくっきりと立ち上って、
なんとも心地よさを覚える歌声です。北京語の発音がきれいですよねえ。
キュートさも自然ににじみ出すタイプで、過剰な演出や人工的なところがなくて、
とてもエレガントです。

二胡や琵琶、笛などの民俗楽器を使って、中国情緒を交えたメロディながら、
都会的洗練をみせる、現代性に富んだプロダクションも見事です。
こういうサウンドが香港じゃなくて、大陸から出てくるようになったんだなあと、
しみじみ時代が進んでいるのを実感します。

メロディの良さを引き立てる、余計な音を重ねないアレンジで、
ほのかな甘さのあるヴォーカルを、くっきりと浮き上がらせるのに成功していますね。
クールなプロダクションと温かな歌声の対比が、絶妙じゃないですか。

すっかりトリコになって、この人の15年の前作『愛情來點贊』を聴いてみたら、ガックリ。
アイドル路線のポップなプロダクションで、
歌唱力も本作に比べ、だいぶ聴き劣りします。
このアルバムから、ぐっと大人ぽく変身したのが、本作だったようで、
しっかりと成長の跡がうかがえますよ。
秋の夜長に、またとない一枚です。

張可兒 「曽経最美」 天艺唱片 9778884412051 (2017)
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香港の60年代ワールド歌謡 潘迪華(レベッカ・パン) [東アジア]

潘迪華 Diamond.jpg   潘迪華 EMI Pathe.jpg

世界中のヒット曲を歌うカヴァー歌手として人気を集めた、
香港のレベッカ・パンの60年代の名作群が、
オリジナルのままCD化されているの、知っていました?
『レコード・コレクターズ』で2か月にわたって記事を載せたんですが、
拙ブログの読者は雑誌を読まない方が多いので、こちらでも紹介しておきますね。

レベッカ・パンは上海に生まれ、戦後香港へ渡って歌手デビューした人。
のちに大女優となって成功を収めますけれど、パン・ワン・チン名義で、
60年の大晦日に発売されたデビュー作の『與世界名曲』は、
彼女を一躍スターダムに押し上げました。

このデビュー作は、紙ジャケ仕様の「復黑版」シリーズで一度CD化されましたが、
今回は61年の第2作『Oriental Pearls』、63年の第3作『我的心』、
64年の第4作『我愛你』、65年の第5作『潘迪華唱』の5作まとめてボックスCD化。
かつて『世界名曲』という秀逸なタイトルで編集盤が出ましたけれど、
そのオリジナルがすべて聞けるようになったのは、嬉しいかぎりです。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2009-12-07

香港で60年頃に設立されたダイアモンド・レコードは、
香港に洋楽ポップスを根づかせた代表的レーベルで、
レベッカ・パンはレーベルの看板歌手でした。
アメリカン・ポップスから、ラテン、ボサ・ノーヴァ、シャンソン、
カンツォーネに日本の童謡や歌謡曲まで、
ラウンジーな伴奏にのせて、世界中のヒット曲を歌ったんですね。
「蝶々さん」「ラサ・サヤン」「ブンガワン・ソロ」
「ウシュクダラ」といったノベルティ色豊かなレパートリーが楽しいったら、ありません。

64年には、イギリスEMIと初の香港人歌手として契約し、
百代唱片(パテ)からアルバムを出します。
このパテ時代に残した67年作『給我一杯愛的咖啡』と、
68年作『男歡女愛』がCD化されました。もちろん初CD化ですよ。
写真のスリップ・ケースに、ジュウェル・ケース仕様のCD2枚が収まっています。

今回CD化された2作には、ダイアモンド時代のヒット曲の再演も収録されていて、
ダイアモンド時代のラウンジーな伴奏から、
ビッグ・バンドによるゴージャスなサウンドに変わっています。
そのため、初演時のエキゾ感が薄れ、ポップス色が強くなっていて、
同時代のカテリーナ・ヴァレンテやザ・ピーナッツと似たイメージになりましたね。
今回調べて気付いたことですけれど、世界中の曲をマルチリンガルで歌って
50年代半ばに一世を風靡した、フランス人歌手のカテリーナ・ヴァレンテと
レベッカ・パンは、同じ31年生まれだったんですね。

ワールド歌謡は、世界一周旅行が夢見られた時代の要請だったのかもしれません。
68年作『男歡女愛』のタイトル曲は、フランシス・レイの「男と女」。
中国語ナレーションの色っぽい掛け合いは、さすが女優ですねえ。
「骨まで愛して」も歌っていますよ。

潘迪華 東西一堂.jpg

さて、最後に、19年に出たベスト・アルバムについても書いておこうかな。
上で書いたダイアモンド時代の編集盤『世界名曲』は、選曲が秀逸で、
ケースや解説の丁寧な制作が忘れられない名コンピレでしたけれど、
19年に500部限定で出たベスト盤は、60~64年のダイアモンド時代(M1-10)、
65~68年のEMI時代(M11-17)、65年ライフ録音(M16)、
70年サウンズ・オヴ・アジア録音(M18)、2003年ライヴ録音(M19)を収録した、
レベッカ・パンの全キャリアを振り返った編集内容となっています。

28ページのライナーには全曲歌詞、クレジット、往年の写真がたんまり掲載され、
丁寧な仕事ぶりは申し分ありません。
難を言えば、500部限定という大歌手にあるまじき僅少さで、
すでに入手困難なレアCDになっているみたいですが、ファン愛蔵盤の一枚といえます。

潘迪華 (Rebecca Pan) 「鑽石之星」 Diamond/Universal 0846893 (1960-1965)
潘迪華 (Rebecca Pan) 「給我一杯愛的咖啡/男歡女愛」 EMI/Pathe/Universal 8888334/5 (1967/1968)
潘迪華 (Rebecca Pan) 「東西一堂 MY HONG KONG」 Universal 7714091 (2019)
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緊張と緩和のジャズ・ゲーム 蘇郁涵 [東アジア]

Yuhan Su  CITY ANIMALS.jpg

ジャケット画の空飛ぶペンギンに、
3月3日から休館になって観に行けなくなってしまった、
池袋のサンシャイン水族館を思わずにはおれません。
年間パスポートを持っているのも、お目当てはあの空飛ぶペンギンなんですよ。

そんなしばらくごぶさたの空飛ぶペンギンですけれど、
本作の主役、ニュー・ヨークを拠点に活動する
ヴィブラフォン奏者蘇郁涵(スー・ユーハン)は、
台湾人ジャズ・ミュージシャンでもっとも有望視されている人なんだそう。

サニーサイドから出たスー・ユーハンの3作目となる本作は、
台湾の音楽賞の金音創作獎で、最優秀アルバム賞に輝いたとのこと。
金音創作獎は、クリエイティヴな才能に賞が与えられる音楽賞で、
金曲獎のような台湾版グラミー賞と呼ばれるメインストリーム寄りの賞ではなく、
将来を期待される有望な音楽家に与えられる賞なんですね。
台湾では小さなマーケットにすぎないジャズから、
作品が選ばれるのは、とても有意義なことです。

そのアルバム“CITY ANIMALS” は、
ニュー・ヨークのジャズ・シーンで活躍中の若手を揃えた作品。
ユハンのほか、トランペットのマット・ホルマン、
アルト・サックスのアレックス・ローレ(ロアではありません)に、
ギリシャ人ベーシストのペトロス・クランパニス、
ドラマーのネイザン・アルマン=ベルの変則クインテットです。

全曲ユーハンのオリジナル。モーダルでややダークな楽曲が多いけれど、
トランペットとサックスの即興に、
まろやかなヴィブラフォンがハーモニーでカラーリングしていきます。
アンサンブルは緻密だけれど、作曲と即興のバランスがよく取られているのが、
現代的なジャズらしさですね。トランペットとサックスが即興で掛け合ってから、
するっとハーモナイズを展開していくところや、リズムを変化させながら、
場面展開していくのが実に巧み。

一聴オーソドックスなコンテンポラリー・ジャズのようにも振る舞いながら、
M-Base ゆずりのリズムの実験を随所で繰り広げていて、
さすがはグレッグ・オズビーのレーベル、
インナー・サークル・ミュージックの出身者だけありますね。
緊張と緩和をひとつのゲームの中で構築する高い作曲能力が、この人の強みでしょう。

Yuhan Su "CITY ANIMALS" Sunnyside SSC1529 (2018)
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熱帯夜の睡眠導入剤 佳明 [東アジア]

佳明 伊人梦.jpg

酷暑の熱にうなされた身体に、これほど沁みる声はありません。
佳明(ジャーミン)という大陸の女性歌手、初めて聴きましたけれど、
そのアルト・ヴォイスの魅力に、いっぺんでトリコとなりました。

こんな低音で、ささやくように歌う女性歌手も、珍しいんじゃないでしょうか。
ウィスパー・ヴォイスといっても、セクシーさを演出するためではない、
むしろ色気を封印するかのような、大人の女性の声のテクスチャに魅入られました。
その声には、荒ぶる心を静め、ささくれた気持ちをなぐさめる力があり、
おおらかな歌声に、いつしか安心して身をゆだねてしまいます。

その低音の声の魅力を倍化させる楽曲が、またいいんです。
全曲静かなメロディ。ドラマティックな演出もなければ、泣かせるような起伏もなく、
淡々とした曲ばかりで、ほんのりとした温かさが伝わるメロディが胸に染み入ります。

ギターが爪弾くアルペジオに、
ベースとドラムスのリズム・セクションが控えめに伴奏をつけ、
曲によりエレピ、アコーディオン、古筝、ヴァイオリン、メロディカ、オカリナ、
クラリネット、バラライカなどが、そっと彩りを添えます。
どこまでもひそやかなアレンジは、デリケイトの極致といえ、
楽曲に合わせた楽器の選択含め、
すみずみまで神経の行き届いた、プロフェッショナルな仕事ぶりが光ります。

プロデューサーは、台湾きっての名アレンジャー尤景仰。
レコーディングは台北の2か所と北京で行われ、
楽曲も台湾の作曲家の作品を多く取り上げているようです。

歌詞を慈しむように歌うジャーミンは、
ゆったりとしたヴィブラートと声の強弱で、
低音ヴォイスに情感をのせていくところがなんとも絶妙で、
聴けば聴くほどに引き込まれてしまいます。
心を落ち着けて寝落ちするための、最高の睡眠導入剤です。

佳明 「伊人梦」 龙源音乐 HD107 (2016)
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さりげない感傷 李婭莎 [東アジア]

李婭莎 一個人,唱情歌.jpg

久しぶりに中国系の女性歌手に蕩けました。
その繊細な歌いぶり、かすかに幼さを残したひそやかな歌い口に、
胸の動悸がとまらなくなって、困っちゃいましたよ。

台湾で活躍する大陸出身のリー・ヤシャーの3作目にあたる13年作。
上海生まれの大陸の女性歌手が台湾でデビューする、しかも台湾語でって、
非常にビミョーというか、いや、むしろ意志のある立ち位置とも思えますが、
台湾のグラミー賞ともいえる金曲獎で、
13年に最優秀女性歌手賞を受賞している人だそうです。

感傷的なメロディを慈しむように丁寧に歌う、静かなたたずまいに惹かれます。
歌唱の表現はけっして過剰になることがなく、抑制されているので、
すがるような歌いぶりをしても、うっとうしくならないんですね。
タメ息をもらすような歌い口にわざとらしさがなく、下品にならない。
ふんわり舞う声が、風にのってゆらめく紫煙のようです。

そんなリー・ヤシャーのヴォーカルを優しく包むプロダクションが、また見事。
ゴージャスなストリングス・オーケストラを使いながら、
歌のかなり後方で静かに鳴らすミックスにしていて、
歌を引き立てることに、細やかな神経を配っているのを感じます。

アクースティック・ギターの後ろで、ひっそりと胡弓と鼓を鳴らして、
ほのかな中華風情を香らせてみたり、
スウィング・ビートにのせたオーケストラ・アレンジの曲で、
曲中でリズムを何度もチェンジさせるアイディアなど、歌伴に徹しながらも、
耳残りする場面をいくつもしっかりと残すところは、見事なディレクションといえます。

クレジットを見ると、各曲アレンジャーが異なっていて、それでこの統一感はスゴイな。
あれっと思ったのは、菊田俊介が作編曲をやっている曲があったこと。
アメリカのチタリン・サーキットで活躍するブルース・ギタリストと思っていたら、
こんな仕事もしてたんですねえ。
蕩けるようなブルージーなギター・ソロを披露してますよ。

すっかり気に入って、リー・ヤシャーのほかのアルバムも試聴してみましたが、
本作がいちばん抑制の利いた歌いぶりとなっているようです。
個人的には大判の写真集だけが余計でしたが、中年男性の夜のお友に最適です。

李婭莎 「一個人,唱情歌」 滾石 RD1972 (2013)
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タン・ケイチャンの歌 鄧寄塵 [東アジア]

鄧寄塵  鄧寄塵之歌.jpg

えぇ? 正規盤CDがあったの?
以前エル・スール・レコーズの自主制作CD-Rシリーズではじめて知った、
香港のコメディアン歌手、鄧寄塵(タン・ケイチャン)のダイアモンド盤。
香港ユニヴァーサルの復黑版シリーズで、
05年に紙ジャケCDが出ていたとは、知りませんでした。

原田さん、きっとこのCDの存在を知らずに、あのCD-Rを作ったんだろうなあ。
香港ユニヴァーサルのCDには、℗1965 とクレジットされていますが、
お店のサイトには「1960年代前半の重要アルバム」と書かれていますからね。
ダイアモンド盤LPには発売年の記載がないから、正確な年がわからなかったんでしょう。

で、あらためてなんですが、このレコード、痛快ですねえ。
「日曜はダメよ」「南太平洋」「セヴン・ロンリー・デイズ」「スピーディ・ゴンザレス」といった
当時の欧米のヒット曲、いわゆる「世界名曲」を広東語で歌っているんですね。
香港のエノケンともいうべきユーモラスな歌い口がいいムードで、
クスリとさせるおふざけが過ぎないお笑い芸に、味があります。

そんなタン・ケイチャンの歌を盛り立てる、
ファビュラス・エコーズのバックがまたサイコーなんですね。
中華ムードをふりかけて洋楽カヴァーをするコミック・バンドといった持ち味は、
スリランカ人、スコットランド人、フィリピン人による多国籍混成バンドならでは。
しっかりとした実力と、幅広い音楽性を持ったメンバーがいたからこそといえます。

なんせファビュラス・エコーズは、当時の香港チャートでビートルズを押さえて、
32週連続1位を記録したという超人気バンド。数々のヒットを生んで、アメリカにも進出。
エド・サリヴァン・ショーにも出演し、ラス・ベガスのショーで大勢の観光客を沸かせました。
アメリカで成功すると、68年にソサエティ・オヴ・セヴンとバンド名を変え、
拠点をハワイに移し、ラス・ベガスのショー・ビジネス界に深く根を下ろしたんですね。
ワイキキのショーでソサエティ・オヴ・セヴンを見た日本人が、
「ビジーフォーみたいだった」と言ってたっけ。

ファビュラス・エコーズの話が長くなってしまいましたけれど、
そんなエンターテインメントの世界から世界名曲を歌った『タン・ケイチャンの歌』は、
経済発展の著しかった60年代の香港が生み出した、
世界に開かれた華人ポップの記念碑的作品だったといえます。

鄧寄塵 「鄧寄塵之歌」 Diamond/Universal 983224-6 (1965)
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『淡淡幽情』カヴァー・アルバム 楊曼莉 [東アジア]

楊曼莉 淡淡幽情.jpg

テレサ・テンの『淡淡幽情』をカヴァーするとは、こりゃまた大胆な。
熱狂的なテレサ・ファンが、眉を吊り上げそうな気もしますが、
中華歌謡の歴史的傑作に挑戦しようという試みは、
そんじょそこらの歌手にできる芸当じゃありませんよねえ。

そんなハードルの高い試みにトライしたのが、楊曼莉(ヤン・マンリー)。
大陸出身で、99年に香港へ移住後、歌手活動を始めた人です。
いわゆるカヴァー・シンガーと呼ばれる人で、中華歌謡のヒット曲や
日本の歌謡曲を専門に歌っているんですが、なかでもテレサ・テンのカヴァーが得意で、
香港のテレサ・テン・ファン・クラブにも認められ、
数多くのテレサ由縁のコンサートで歌っています。

ぼくがヤン・マンリーを初めて知ったのは、07年作の『一潮紅霞』でした。
これもテレサ・テンのカヴァー集なんですが、
ヤン・マンリーの声質じたいがテレサとよく似ているうえ、
歌いぶりも実に上手く真似ていて、驚かされたものです。
テレサ・テンのファンならばわかってもらえると思うんですが、
テレサのカヴァーと聞くと、聴きもしないうちから、「どうせダメだろ」と思いがち。

天才歌手テレサと同じように歌えるわけがないと考えてしまうからなんですが、
その昔、フェイ・ウォンとかいう、スカしたアーティスト志向のポップ歌手がカヴァーした、
できそこないのカヴァー・アルバムに怒り心頭となった古傷があるもので、
テレサのカヴァーと聞くと、人一倍神経質になってしまいます。
ですが、ヤン・マンリーはじっさいに聴いてみて、
これはテレサに迫るとナットクできた、数少ない人でした。

で、この『淡淡幽情』もよく歌えていて、立派な仕上がりになっていました。
オリジナル・アルバムの全12曲をまったく同じアレンジで歌っており、
一部曲順を変えているものの、完全カヴァー・アルバムになっています。

あまりによく出来ているので、ちょっと意地悪ですが、聴き比べをしてみました。
すると、う~ん、さすがに違いがはっきりしますね。
まず、ヴィブラートのナチュラルさが違います。
ヤン・マリーのヴィブラートには、はっきりと技巧を感じるんですけれど、
テレサのヴィブラートには、計算している感じがまるでないんですね。
自然と、語尾に美しいヴィブラートが付くという感じ。

そして、決定的な違いが、ディクションの明瞭さです。
テレサはどんなに小さくつぶやくように歌っている時でも、
発音が鮮明で、声が前に出てくるんですね。
声の輪郭がくっきりとしていて、エッジが立っているのが聴き取れるんですよ。

それに対して、ヤン・マリーの柔らかく甘い声は、
小さな音量で歌うと、声の輪郭がぼやけ、
どこか紗のかかったような、くぐもった感じに聞こえます。
テレサとヤンでは声の解像度がぜんぜん違うというか、
音量の小さい時に、それが歴然とした差となって表われます。

なるほど、どんなに上手く真似てみても、歌の天才とはこんなふうに違うのかと、
目を見開かされる思いがしますけど、それはわざわざ聴き比べてようやく感じること。
『淡淡幽情』初のカヴァー・アルバム、上々の出来栄えで、十分楽しめる内容です。

楊曼莉 「淡淡幽情」 雨林唱片 H230 (2014)
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香港の李香蘭 [東アジア]

李香蘭.jpg

山口淑子と聞くと、テレビのワイドショー「3時のあなた」に出てる
司会のおばさん(失礼)という子供の頃の記憶が、まず蘇ります。
親世代は、李香蘭という中国名を持つ歌手だったことになじみがあっても、
当時子供だったぼくの世代では、テレビの司会者というのが共通イメージでしょう。
参議院議員になったのはもっとあとで、その頃はぼくは高校生になっていました。

いずれにせよ、ぼくの世代が「李香蘭」の半生を知るのは、もう少しあとのことで、
さらに当時の録音を聴いたのは、もっとあとの90年代半ばになってからでした。
香港EMIの「百代・中國時代曲名典」シリーズで、上海時代曲の名歌手たちの録音が復刻され、
ようやく李香蘭の「夜来香」などのヒット曲を、じっさいに聴くことができました。

先ごろ、9月7日に山口淑子さんが心不全のため亡くなっていたという報に、
思わず李香蘭のCDを棚からひっぱり出したという音楽ファンは多かったと思うんですが、
ぼくが聴いたのは戦前の國語歌謡時代ではなく、戦後の香港録音の方。
ちょうど香港のニュー・センチュリー・ワークショップの「復黑版」シリーズで、
オリジナル盤に忠実な紙ジャケ仕様で、『蘭閨寂寂』がリイシューされたばかりでした。
それは偶然でもありましたけれど、じっさい李香蘭のCDでは、
ぼくはこの『蘭閨寂寂』が一番好きです。
紙ジャケCD化される以前は、
香港EMI盤の『百代・中國時代曲名典17 蘭閨寂寂』で愛聴していました。

本作は、55年の香港映画『金瓶梅』のサウンドトラック盤。
彼女は、日本に命からがら帰国して李香蘭の名を封印したはずなのに、
香港のショウ・ブラザーズ社に熱烈に求められ、李香蘭の名でミュージカル映画に出演し、
52年から58年にかけて中国語圏で「李香蘭」の名をまたも復活させたのでした。

日本の敗戦で軍事裁判にかけられ、死刑になるかもしれないという修羅場をかいくぐって
日本に帰り、日本人の山口淑子として再出発したはずなのに、なぜという思いもしますが、
複雑な事情があったんでしょう。この香港での一時期の李香蘭リヴァイバルについては、
ご自身の自伝でも口を濁したというか、多くを語っていません。

とはいえ、ぼくはこの時期の李香蘭が最高だったと思っています。
歌手として円熟した時期で、気品のある歌声が
ラウンジーな伴奏によって最高に引き立てられていました。
この美しい北京語の発声が香港で強く求められていたというのも、
このレコードを聴くと素直にナットクできます。

李香蘭 「蘭閨寂寂」 Sepia/New Century Workshop NCCPA134-2VD (1955)
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宇宙時代の鄧麗君 [東アジア]

第01集.jpg第02集.jpg第03集.jpg第05集.jpg第06集.jpg第07集.jpg第09集.jpg第10集.jpg第11集.jpg第04集.jpg第15集.jpg第16集.jpg第19集.jpg第20集.jpg天聲 第01集.jpg

14歳でデビューしたテレサ・テンは、67年から71年のわずか5年間に、
台湾の宇宙レコードへ20枚のアルバム(ベスト盤を除く)を残しました。
デビュー当初のはつらつとした少女時代のテレサの歌には、
歌が好きで好きでしょうがないといったパッションが溢れていて、胸をすきます。
ぼくも二十年ぐらい前、ずいぶん宇宙盤を探し回ったんですけど、
14枚まで集めたところで、ギヴ・アップ。
テレサ人気でどんどんオリジナル盤LPが高騰してしまい、
いまではぼくの手の及ぶ値段ではなくなってしまいました。

宇宙盤はオリジナル・フォーマットでのCD化が長らく実現しませんでしたが、
昨年末、第十集が唐突に紙ジャケ仕様で復刻されました。
宇宙盤でCD化されたのはこれ1枚のみ。同じ「復黑版」シリーズで、
香港・樂風レコード時代のアルバム『海棠姑娘』『少年愛姑娘』も復刻されました。
樂風時代のアルバムは、すでに05年に全作CD化されましたが、
紙ジャケットCD化はこれが初ですね。
今後も宇宙盤の復刻が続くのかどうか、気になるところですけど、
ぜひ全作品をCD化してもらいたいものですねえ。

ところで、熱心なマニアならご存じかもしれませんが、
テレサのデビュー作『鄧麗君之歌第一集』には、二つのヴァージョンが存在します。
「何日君再來」を改題した「幾時你回來」が入っているヴァージョン
(ジャケットの左側矢印の上から二つめの曲名が「只有一個你」)と、
「幾時你回來」が「女兒圈」に差し替えられたヴァージョン
(ジャケットの左側矢印の上から二つめの曲名が「女兒圈」)の二つです。

ぼくは「幾時你回來」が入っているヴァージョンを持っていて、
これがオリジナル盤だとばかり思っていたんですが、実は真相はその逆で、
「女兒圈」が収録されている方がファースト・プレスだということを、最近知りました。
「何日君再來」が文化統制下の台湾で禁歌とされていたことから、
検閲を通すために、「女兒圈」入りのヴァージョンを最初に出して、
あとから「幾時你回來」の入ったヴァージョンを出し直したんだそうです。

どちらのヴァージョンのレーベルにも「民國56.9出版」と書かれていて、
どちらがファースト・プレスなのかまぎらわしかったわけですが、
「民國五十六年十月出版」とクレジットされたサード・プレスに
「幾時你回來」が入っているように、
「女兒圈」が入っているレコードは、ファースト・プレスだけだったようです。

ついでながら、宇宙レコードが倒産した後の72年に、
天聲というレコード会社から再発された『鄧麗君之歌第一集』も持っていますが、
こちらはファースト・プレスのヴァージョンで、「女兒圈」が入っています。
この天聲盤の表ジャケットは、
「只有一個你」が書かれているセカンド・プレスのヴァージョンで、
裏ジャケットは「女兒圈」の歌詞がのった
ファースト・プレスのヴァージョンとなっているという、
ややこしいことになっています。
CD復刻にあたっては、
ぜひ「幾時你回來」「女兒圈」両方を収録してもらいたいものですね。

[LP] 鄧麗君 「鄧麗君之歌第一集 鳳陽花鼓」 宇宙 AWK003 (1967)
[LP] 鄧麗君 「鄧麗君之歌第二集 心疼的小寶寶」 宇宙 AWK006 (1967)
[LP] 鄧麗君 「鄧麗君之歌第三集 嘿嘿阿哥哥」 宇宙 AWK007 (1967)
[LP] 鄧麗君 「鄧麗君之歌第五集 暢飲一杯」 宇宙 AWK011 (1968)
[LP] 鄧麗君 「鄧麗君之歌第六集 一見你就笑」 宇宙 AWK014 (1968)
[LP] 鄧麗君 「鄧麗君之歌第七集」 宇宙 AWK028 (1968)
[LP] 鄧麗君 「鄧麗君之歌第九集」 宇宙 AWK032 (1968)
[LP] 鄧麗君 「鄧麗君之歌十集 聖誕快樂・敬賀新禧」 宇宙 AWK033 (1968)
[LP] 鄧麗君 「鄧麗君之歌十一集 再會吧!十七歳」 宇宙 AWK034 (1968)
[LP] 鄧麗君 「鄧麗君之歌第四集 中視長篇電視劇「晶晶」主題歌」 宇宙 AWK010 (1969)
[LP] 鄧麗君 「鄧麗君之歌第十五集 花的夢・談情時候」 宇宙 AWK037 (1970)
[LP] 鄧麗君 「鄧麗君之歌第十六集 戀愛的路多麼甜」 宇宙 AWK039 (1970)
[LP] 鄧麗君 「鄧麗君之歌第十九集 X+Y就是愛」 宇宙 AWK047 (1971)
[LP] 鄧麗君 「鄧麗君之歌第二十集 何必留下回憶」 宇宙 AWK048 (1971)
[LP] 鄧麗君 「鄧麗君之歌第一集」 天聲 AWK003

【うれしいニュースです】 2014-03-18
昨年末の第十集に加えて、第二集・第三集・第五~七集・第九集・
第十一・十二・十五~二十集にベスト盤の金唱片、
さらに!デビュー作の第一集もついにCD化しました。
ただし、「女兒圈」入りのオリジナル・ヴァージョンで、「幾時你回來」は未収録でした。
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誠実さ滲むひそやかな声 王菀之 [東アジア]

王菀之  晴歌集.jpg

あらら、タミーに続いて、これまたウィスパー・ヴォーカルの秀作がまた1枚。
香港のシンガー・ソングライターという、王菀之(イヴァナ・ウォン)の新作です。
初めて知った人ですが、これは昨年のヴェトナムのヒエン・トゥックの
チン・コン・ソン・ソングブックに匹敵する傑作じゃないでしょうかね。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-12-23
一聴、そのひそやかな声にトロけました。

内容は、香港のトップ・アーティストたちのヒット・ナンバーのカヴァー集だそうで、
黎明(レオン・ライ)の「如果這是情」、張學友(ジャッキー・チュン)の「妳的名字我的姓氏」、
鄭秀文(サミー・チェン)の「Chotto等等」(原曲は大黒摩季の「チョット」)、
張敬軒(ヒンズ・チャン)の「迷失表參道」などがカヴァーされているそうです。
香港のヒット・チャートに興味のないぼくには猫に小判ですが、
テレサ・テンの「但願人長久」のカヴァーには、おぉ!と前のめりになりました。

耳元でささやかれているような、ウィスパー・ヴォイスに心が揺れます。
その息遣いから、心優しさが伝わってくるようじゃないですか。
甘さに流れない透明感のある声は、ひんやりとした街の空気に漂っていくよう。
プロダクションも丁寧に作りこまれていて、
表情の異なる楽曲にそれぞれふさわしいアレンジを施し、
繊細さばかりでなく、ドラマティックだったり躍動的な面も聞かせます。

じっくりと聴けば、この人の歌声には強くぶれない芯があることに気付かされます。
ダイナミクスのある振れ幅の大きな楽想の曲も、
ウィスパー・ヴォイスのまま揺るがずに歌えるのは、実は腹式呼吸をしているからで、
口先で軽く歌っていると思いきや、意外な逞しさがその歌声には秘められているのでした。
イヴァナ・ウォンは、歌をドラマに変えられるスケールの大きなシンガーといえますね。

DVDにはCD収録の3曲が入っていて、「哥歌」が本格的なドラマになっていると思ったら、
イヴァナ自身が出演したテレビ・ドラマ「老表, 你好嘢!」の挿入歌とのこと。
ヴィデオを観ると、イヴァナは香港に暮らす普通の女の子といった風情で、
ぜんぜん美人じゃないところに親しみをおぼえました。
誠実さが滲む声は、この人そのままの人柄なのかもしれません。

[CD+DVD] 王菀之 「晴歌集」 East Asia Music EACD778 (2013)
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気取りのないノスタルジック・ジャズ 老上海爵士楽団 [東アジア]

The Old Shanghai Jazz Band.JPG

ジ・オールド・シャンハイ・ジャズ・バンドと、
そのものずばりなネーミングのバンド名がすべてを物語ってます。
ゴンザレス鈴木の呼びかけで、上海出身の美人シンガー巫慧敏(ウー ・ホイミン)に、
ブラック・ボトム・ブラスバンドとバン・バン・バザールのメンバーが合流したバンド。
CDはメイド・イン・中国で、逆輸入盤としてお店に並んでいました。

レトロねらいのバンドですけど、スノッブ臭がなく、ヒネりもないのが気に入りました。
選曲も「私の青空」「夜上海」「月光値千金」「夜来香」と、
戦前上海の定番中の定番ばかりで、ぜんぜんマニアックじゃないし。
アレンジもまっとーで、ごく普通。
かつての「上海バンスキング」のような演劇臭もありません。

演奏の方もストレイトで、ノスタルジックを特に強調するでなく、
腕達者なミュージシャンたちが楽しそうにプレイしているのが素直に伝わってきて、
なんとも爽やかです。
こういう企画だと、何か凝ったことをしたくなるものと想像しますが、
このバンドにはそういう欲目がないんですね。
それが結果として、すべていい方に出ていると思います。

巫慧敏の柔らかな歌い口と、フェイクを使わない素直な唱法がまたいい。
気取りなく丁寧に歌っていて、聴く者をリラックスさせてくれます。
異色の曲としては、ジャンプ・ナンバーを1曲だけ取り上げていて、
ルイ・ジョーダンのヒット曲“I Want You To Be My Baby” を歌っているんですが、
滑舌あざやか、リズム感もよくチャーミングに歌っていて、すっかり感心。

美人歌手というと、ルックス勝負で実力追いつかず、
スローでは雰囲気でごまかせても、リズムものになると途端に馬脚を現す人が多いので、
ちょっと先入観持って聴き始めたんですが、歌唱力は確かです。
なんとなく聞き覚えがある声だなと思ったら、
03年のサントリー烏龍茶のCMソングを歌ってた人なんですってね。

今週の11・12日、西麻布の新世界でライヴがあるとのこと。
新世界ならこのバンドにうってつけのハコで、ぜひ観に行きたいところなんですけど、
両日とも仕事があって残念無念。いつか観てみたいバンドです。

老上海爵士楽団 「上海玫瑰」 新匯集団 C2-X13600 (2013)
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清淑な歌い口 馬小倩 [東アジア]

馬小倩 「落花」.JPG

なんて淑やかな声なんでしょうか。
中国大陸の女性歌手、馬小倩(チェリー・マー)の10年作というこのアルバム、
この春知った陳潔麗(リリー・チェン)とオーヴァーラップする、
清淑な歌い口に、すっかりまいってしまいました。

偶然にもこの二人、女性民謡グループの青燕子演唱組(チンヤンツ)で
一緒に歌っていたこともあるそうです。
チェリーは他人の曲のカヴァーを得意とする、カヴァー・シンガーとのこと。
本作もオリジナル曲は2曲のみで、ほかは、陳慧嫻(プリシラ・チャン)の「千千闕歌」「夜機」、
葉倩文(サリー・イップ)の「女人的眼涙」「阿信的故事」、阿桑(アー・サン)の「一直很安静」など、
スタンダード化したラヴ・ソングばかりを歌っています。

リリー・チェンより涼しげな声で、ほんのりとした温かみを残す声がチェリーの持ち味でしょうか。
繊細でも線の細さを感じさせず、どこかおおらかな歌い口に、この人の魅力があります。
全曲しっとりとしたバラードで占めているかと思いきや、1曲だけ雰囲気を変え、
ユーモラスな浙江の民歌「採茶舞曲」を歌ったのは、なかなか気が利いています。
なんでもチェリーは浙江省の越劇一家に生まれ、歌舞の伝統的作法も子供の頃に習得したとのこと。
この曲だけさらりとこぶし使いを聞かせ、
伝統的な唱法をしっかりと身につけているところをアピールしています。

全体に音数を抑え、洗練されたサウンドのデリケイトな音づくりをしていて、
オリジナル曲では、古筝、二胡、笛などもフィーチャーし、雅かな響きも加えています。
残念なのは、ドラムスのサウンド。スネアやシンバルの音がナマっぽくて、デリカシーに欠けますね。
続編では、ぜひこういう細部にも目配りをお願いします。

馬小倩 「落花」 雨林唱片 H172 (2010)
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