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知られざるペリーコ・リピアオ [カリブ海]

Fulanito  EL HOMBRE MAS FAMOSO DE LA TIERRA.jpg   Trio Reynoso.jpg

もう四半世紀前も昔の話ですけれど、
ペリーコ・リピアオという音楽が話題に上ったことがありました。
メレンゲとハウスを合体させたメレンハウスをひっさげて登場した、
ニュー・ヨークのドミニカ系アメリカ人グループ、
フラニートのデビュー作がきっかけだったんですが、
アコーディオンをフィーチャーしたオールド・スクールなメレンゲと、
最新ハウスとの組み合わせが、実にユニークでした。

そのアコーディオンをフィーチャーしたメレンゲが、
ペリーコ・リピアオという音楽だというんですね。
フラニートを結成したプロデューサーのウィンストン・デ・ラ・ローサの父親、
アルセニオ・デ・ラ・ローサがペリーコ・リピアオの名アコーディオン奏者で、
父親を引っ張り出してきたというのです。
アコーデイオンの生演奏とハウスを融合させた
フラニートのデビュー作は大ヒットとなり、グラミー賞にもノミネートされました。

ペリーコ・リピアオにがぜん興味がわいて、その後レコードを探してみたんですが、
ラジオが普及した50年代に人気を博したという
トリオ・レイノーソくらいしか見つかりませんでした。
トリオ・レイノーソが演奏するのは、小編成で演奏される素朴なメレンゲといったもの。
当時のバチャータ・ブームのなかで「ペリーコ・リピアオは古いバチャータ」という
紹介のされ方もしていたのですが、よく実態がつかめないまま、
その後忘却の彼方となっていました。

MERENGUE TÍPICO, NUEVA GENERACIÓN!.jpg

今回ボンゴ・ジョーがコンパイルしたアンソロジーが、まさにその通称ペリーコ・リピアオ、
正式にはメレンゲ・ティピコと呼ばれる音楽だということを知りました。
ライナーノーツの解説が充実していて、勉強になるのですけれど、
メレンゲ・ティピコは、1875年頃、ドミニカ共和国北部の港
プエルト・プラタ港に持ち込まれたドイツ製アコーディオンを契機として、
北東部丘陵地帯の下層民が生み出した音楽だったそうです。

独裁者トルヒーヨの30年代にメレンゲが大きく発展し、
都会のダンスホールでは上流階層がオーケストラ編成のメレンゲを楽しんだ一方、
ペリーコ・リピアオ(メレンゲ・ティピコ)は、アコーディオン、タンボーラ、ギロの3人が
ストリートで小銭を稼ぐスタイルを変えず、
下層芸能というポジションにとどまり続けていました。
トリオ・レイノーソが例外的にラジオで人気を博した程度で、当時のレコード会社は
ペリーコ・リピアオに関心を示さず、そのために録音もほとんど残されなかったんですね。

その風向きが変わったのが60年代から70年代で、
ドミンゴ・ガルシア・エンリケス、通称タティコが登場して、
ペリーコ・リピアオのリヴァイヴァル・ブームが巻き起こります。
さまざまなミュージシャンたちがタティコに続き、独立系のレコード会社やプロデューサーが
シングル盤を量産するようになったとのこと。
とはいえ、マイナー・レーベルがリリースするシングル盤で、
LPが出ることもほとんどなく、いつしか歴史の彼方へと消えていったんですね。

今回ボンゴ・ジョーが出した音源も、
ミュージシャンが保有していたシングル盤を提供してもらったり、
なかにはプライヴェート・プレスのものもあるということで、
商業録音が少なく、現存するシングル盤じたいが貴重であることがうかがわれます。

聴いてみれば、野趣に富んだメレンゲ・ティピコがたっぷり味わうことができ、
アンヘル・ビローリアやルイス・カラーフたちのメレンゲが、
いかに洗練された都会的な音楽かということがわかります。

ただしこのコンピレ、収録時間わずか32分8秒、
10曲収録という少なさは、リイシュー仕事としてはいかがなもんでしょうね。
もしコレクションがこれしかないというのなら、ちょっとお粗末だし、
すぐに第2集が続くのなら、小出し商売のそしりは免れんぞ。

v.a. "MERENGUE TÍPICO, NUEVA GENERACIÓN! - MERENGUE BRAVO FROM THE 60’S AND 70’S" Bongo Joe BJR098
Fulanito "EL HOMBRE MAS FAMOSO DE LA TIERRA" Cutting CD2304 (1997)
Trio Reynoso "EL ORIGINAL TRIO REYNOSO EN SU EPOCA DE ORO" LB LB0020
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ジャズで描くトリニダードのカーニヴァル史 エティエン・チャールズ [カリブ海]

Etienne Charles  CARNIVAL.jpg

21世紀のジャズ・ミュージシャンたちが、自身のルーツを深く研究して、
みずからのジャズに取り入れようとするのは、
いまや全世界的にみられる傾向ですね。
グローバルになったジャズで、みずからのアイデンティティを
ルーツ・ミュージックに見出そうとするのは、自然の成り行きといえます。

エティエン・チャールズもまさにその一人で、
前回取り上げたクリスマス・アルバムは、エンターテインメントと
ルーツ・ミュージックの希求が見事に融合した作品でした。
同じカリブ海出身のジャズ・ミュージシャンでは、
奇しくも同じトランペッターのエドモニー・クラテールがいましたね。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2020-07-26
エドモニーはグアドループ出身で、
島の伝統音楽であるグウォ・カを取り入れたジャズを演奏しています。

7作目を数えるエティエンの17年作は、
これまで歩んできたトリニダード音楽探求の旅が
素晴らしい果実となって実ったのを実感させる最高傑作です。
16年にグッゲンハイム奨励金を得たエティエンは、
カーニヴァル時期のトリニダード島を訪れて、
さまざまなフィールド・レコーディングを行い、
作曲のインスピレーションとアルバムの構想をまとめたのでした。

1曲目の ‘Jab Molassie’ の冒頭から、
ビスケット缶(苛性ソーダ缶とともにスティールドラムが発明される前に
使われていた打楽器)を乱打する金属音が響き渡り、
元解放奴隷の製糖工場の労働者たちが悪魔に仮装して踊った、
トリニダードのカーニヴァルでもっとも古い仮装のジャブ・モラッシーが演じられます。
ハイチ系アメリカ人ドラマーのオベド・カルヴェールが、
2001年に録音されたジャブ・モラッシーのリズムに重ねて
複雑なポリリズムをかたどります。

2曲目の ‘Dame Lorraine’ はカーニヴァルのパロディ劇で、
クレオール女性の神秘で官能的なダンスを再現したもの。
4曲目の ‘Bois’ は、1881年のカンブーレイ暴動を契機に1884年に非合法化された
スティックファイティングを表現した曲で、カレンダのリズムで演奏されています。
このほかにも、エティエンがフィールドレコーディングした
タンブー・バンブーやアイアン、スティールパンをフィーチャーしながら、
カーニヴァルのエネルギーを再現した演奏に感服するほかありません。

エティエンとともにこの物語を演じるのは、ジェイムズ・フランシーズ、
ダビッド・サンチェス、ゴドウィン・ルイス、ブライアン・ホーガンズ、
アレックス・ウィンツ、ベン・ウィリアムズという精鋭がずらり。
これほどの作品、これまでまったく話題に上らなかったのが、信じられません。

Etienne Charles "CARNIVAL - THE SOUND OF PEOPLE VOL.1" Culture Shock Music EC007 (2017)
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今年はクレオール・クリスマス エティエン・チャールズ [カリブ海]

Etienne Charles  Creole Chriistmas.jpg

クレオール・クリスマス!
今年のクリスマスは、トリニダードのトランペット奏者エティエン・チャールズですよ。
夏に見つけたんですが、半年近く寝かせておりました。

エティエン・チャールズは、ミシガン、イースト・ランシングを拠点に
活躍するジャズ・ミュージシャン。ロバータ・フラック、マーカス・ロバーツ、
マーカス・ミラー、カウント・ベイシー・オーケストラ、モンティ・アレクサンダー、
グレゴリー・ポーターなど数多くのアーティストのサイドマンとして活動するかたわら、
ソロ・アーティストとしてトリニダード音楽文化に深く傾倒したアルバムを
制作し続けている、注目すべき音楽家です。

それはエティエンのアルバム・タイトルを見れば一目瞭然で、
06年のデビュー作は “CULTURE SHOCK”、09年のセカンドは “FOLKLORE”、
11年のサードはなんと “KAISO” ですよ。
カイソはカリプソの前身となった歌謡音楽ですね。
15年の4作目 “CREOLE SOUL” に次いで同年に出された5作目が、
このクリスマス・アルバムなのでした。

これがもうゴキゲンなんですよ。
1曲目はマイティ・スポイラーの59年のカリプソ ‘Father Christmas’ で、
歌うはなんとリレイター! 現役カリプソニアンでは最高の人で、
アンディ・ナレルと共演した名作を覚えている人も多いはず。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2009-07-03
ビッグ・バンド・スタイルで歌う、クラシックなカリプソの味わいがたまりません。
そうそう、アンディ・ナレルはリレイターが歌う別の曲にゲスト参加していますよ。

続く2曲目は、チャイコフスキーのくるみ割り人形第2幕第12曲の「チョコレート」。
この曲をトリニダードのクリスマス音楽パランにアレンジして聞かせます。
パランは、ベネズエラから伝わったスペイン系歌曲で
ストリングス・アンサンブルを伴奏に歌われる音楽です。
ここではベネズエラの都市弦楽アンサンブルのスタイルで演奏していて、
ベネズエラ人クアトロ奏者ホルヘ・グレムの超絶プレイが聴きどころ。

トリニダードの偉大な作曲家ライオネル・ベラスコの曲も2曲、
名曲 ‘Juliana’ と ‘Roses Of Caracas Waltz’ を取り上げています。
クアトロのホルヘ・グレムに加えて、
ヴェテランのベネズエラ人マラカス奏者クラリタ・リヴァスに
北マケドニア人クラリネット奏者イスマイル・ルマノフスキーが参加。
ベラスコの曲らしい古風なエレガントさが、見事に表現されています。

そんなノスタルジックな曲もあれば、ドニー・ハサウェイの ‘This Christmas’ や
定番の ‘Santa Claus Is Cominng Town’ のハツラツとした演奏もあって、
エンターテインメント作品としてのクオリティも申し分ないアルバムです。

このほかトリニダードのミュージシャンでは、
ナット・ヘップバーンの61年のカリプソを歌うデイヴィッド・ラダーが
いつになく優しい歌い口で歌っているのも珍しければ、
ヴェテラン・ベース奏者のデイヴィッド・ハッピー・ウィリアムズにも注目。
シダー・ウォルトンのグループで長年活躍してきた人ですけれど、
この人もトリニダード人ですね。

そして驚きは、ラスト・トラックでフィドルを演奏するスタンリー・ローチ。
なんとこの人、ポート・オヴ・スペインのストリートで演奏しているおじいちゃん。
こんなストリート・ミュージシャンをスタジオに呼ぶエティエン、
ただものじゃありません。

最後に、本人の発音が不明のため、いちおう「エティエン」と書いてきたものの、
「イーティエン」と発音する人もあり、正確な読みは不明です。
一部で書かれる「エティエンヌ・チャールズ」と仏・英語をごっちゃに読むのは、
さすがに違うでしょう。

Etienne Charles "CREOLE CHRISTMAS" Culture Shock Music EC005 (2015)
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マルチニークの名花 ローラ・マルタン [カリブ海]

Lola Martin.jpg   Lola Martin  CHANTE LA MARTINIQUE.jpg

ローラ・マルタン(本名ステラ・モンデジール)といえば、
フレンチ・カリブ・ファンには忘れられない人。
マルチニークのマイナー・レーベル、ジョジョから出た69年のレコードが、
93年にCD化されて初めて聴いた時は、
そのチャーミングな歌声にメロメロとなったもんです。
のちにレコードも手に入れたら、CDとは曲順が違っていて、あれっと思ったけど。

曲順を入れ替えたCDでは、
1曲目にレオーナ・ガブリエルが30年に作曲した ‘A Si Parer’ が置かれていて、
エミリアン・アンティルのアルト・サックスとクラリネットに、
アラン・ジャン=マリーのピアノを伴奏にビギン名曲がたっぷりと堪能できる、
ビギン名盤中の名盤でした。

ローラ・マルタンが残したレコードは少なくて、
このレコード以前には、グアドループのテナー・サックス奏者エドゥアール・ブノワ、
サックス奏者ジェルマン・セセ、ピアニストのフレッド・ファンファンとともに、
60年にグアドループのレーベル、エメロードに録音した1枚があるだけです。

Edouard Benoit, Lola Martin, Germain Cece, Fred Fanfant Et Les Emeraude Boys.jpg

69年のジョジョ盤がCD化されたのと同じ頃に、このレコードもCD化されましたが、
オリジナルのレコードはいまだにお目にかかったことがないんだよなあ。
このレコードでは、60年のマルチニークのカーニヴァルで入賞したヴァルスの
‘La Rade Fort-de-Frances’ や、同60年のビクーヌ・コンクールの入賞曲
‘Couve Dife’ に、ルル・ボワラヴィル作のマンボ、
そして69年盤で再演された ‘Adieu Foulard’ を歌っています。

この曲は、アンリ・サルヴァドールのヴァージョンで広く知られるようになった古謡で、
1777年から1783年まで仏領アンティルの総督を務めた
フランソワ・クロード・アムル・デュ・ブイエ将軍の作とされていますが、
歌の起源に明確な典拠はないようですね。
神戸大学(当時)の尾立要子さんがこの曲にまつわる優れた研究を、
2013年に発表しています。

69年盤のCDに載せられたアンリ・デブスのコメントによると、
「もう20年以上も音楽業界から遠ざかっている。
カリフォルニアのどこかで愛する男性と暮らしている」とあり、
当時ローラは引退していたようなんですが、
このCDの5年後に現役復帰して、アルバムを出しました。

Lola Martin  KENBÉ DOUBOUT’ AW.jpg

ローラらしいエレガントさに溢れたビギンをたっぷり味わえる快作だったんですけけど、
日本ではガン無視だったよなあ。どういうことだったのかなあ。
このCDをレヴューしたテキストなんて、読んだことないもんね。

バンゴのタンブーをイントロに始まるこのアルバム、マルチニーク色全開で、
アラン・ジャン=マリー、ティエリー・ヴァトンのピアノに、
ラルフ・タマールもコーラスにかけつけています。
サックス、トランペット、クラリネット、トロンボーンの管楽器が活躍する
ジャズ・ビギンの演奏も申し分なければ、チ・エミールのベレ ‘Ti-Cannot’ を取り上げ、
バゴのパーカッションのみで歌っているんですが、
この曲、ローラ自身がアレンジしているんですよね。

ビギンばかりでなく、アフロ系音楽を射程に収めるところにも、
レオーナ・ガブリエル譲りのマルチニーク文化への深い傾倒がうかがわれます。
インナーにはローラの若き日の白黒写真も載せられていて、
その写真を眺めていると、マルチニークの名花という言葉しか浮かびません。

Lola Martin "LOLA MARTIN" Henri Debs Production AAD3001-2
[LP] Lola Martin "CHANTE LA MARTINIQUE" Jojo 403 (1969)
Edouard Benoit, Lola Martin, Germain Cece, Fred Fanfant Et Les Emeraude Boys
"EDOUARD BENOIT, LOLA MARTIN, GERMAN CECE, FRED FANFANT ET LES EMERAUDE BOYS"
Hibiscus EMS M3-2 (1960)
Lola Martin "KENBÉ DOUBOUT’ AW" Déclic Communication 506842 (1998)

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カリブ海におけるポピュラー音楽誕生期の見取り図 [カリブ海]

¡CON PIANO, SUBLIME!  EARLY RECORDINGS FROM THE CARIBBEAN 1907-1921.jpg

カリブ海で商業録音が始まった20世紀初頭、
進取の気性に富んだレコーディング・チームは、
ハバナやサン・ファンといった港町で録音された都市の音楽ばかりでなく、
田舎を旅して民謡や民俗音楽を録音して、地元の客の好みを模索していました。

カリブの島々でレコードと蓄音機の新たな市場を開拓するべく、
さまざまなジャンルに手を伸ばしては、
市場や顧客の可能性を探って残された録音の数々。
それらをあえて未整理のまま並べることで、
商業録音黎明期にカリブ海で花開いていた音楽の多様性を示す、
ユニークな編集盤が出ました。

1曲目は、1907年にハバナで録音された、
マルティン・シルベイラによるバンドゥリア弾き語り(クラベス付き)。
マルティン・シルベイラは、キューバ西部の地方に伝わる
白人農民のスペイン系音楽プント・グァヒーラの音楽家。
マンドリンに似た12弦の弦楽器バンドゥリアにのせて、
デシマと呼ばれる即興詩をあやつり、風刺や自慢話、
時に相手をやりこめる侮辱も交え、その機転の利いた言葉使いで
人々を楽しませたといいます。

めったに聞くことのできないプント・グァヒーラがいきなり飛び出してきたので、
思わず前のめりになってしまったんですが、
続く2曲目の1910年にハバナで録音されたダンソーンにもびっくり。
19世紀半ばから続く由緒あるオルケスタで、
録音当時はパブロ・バレンズエラ管弦楽団を名乗り、白人黒人を問わず、
富裕層から庶民まで絶大な人気を誇った楽団だったといいます。

1914年にトリニダード島ポート・オヴ・スペインで録音された3曲目のカリンダも、
めちゃくちゃ貴重。バンブー・タンブー・バンドを伴奏に、
フレンチ・クレオール(パトワ)で歌われるカリンダなんて、初めて聞きました。

デューク・エリントンのバンドで ‘Caravan’ ‘Perdido’ などの名曲を作曲した、
マヌエル・ティゾール率いるサン・ファン市音楽隊の17年録音もレアなら、
トローバやソン、チャランガ・フランセーサの編成のダンソーン
ライオネル・ベラスコのラグタイム・ピアノ・ソロなど、
めちゃくちゃ貴重な録音がぎっしり収録。
歴史的価値の高さばかりでなく、音楽的に優れたトラック揃いで、
選曲者(クレジットがないけど誰?)の耳の確かさに感嘆します。

CDは14曲収録のLPヴァージョンにボーナス・トラック3曲が追加されていて、
そのうちの1曲はマリア・テレーサ・ベラの18年録音というのも、マニアには嬉しい。
ライナーの解説にこの3曲分のみ入っていないのは残念ですけれど、
カリブ海におけるポピュラー音楽誕生期の見取り図を示したといえる、
極上の編集盤です。

v.a. "¡CON PIANO, SUBLIME! : EARLY RECORDINGS FROM THE CARIBBEAN 1907-1921"
Magnificent Sounds MSR03
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グアドループの口太鼓ブーラジェルの新解釈 アラン・ジャン=マリー [カリブ海]

Alain Jean-Marie, René Geoffroy, Gino Sitson  REMINISCENCE.jpg

ビギン・ジャズ・ピアノのマエストロ、アラン・ジャン=マリー、
グウォ・カのグループ、カンニダのリーダーのルネ・ジョフロワ、
カメルーン出身、ニュー・ヨークで活動するヴォイス・パフォーマー、
ジノ・シトソンの3人によるコラボレーション。
CDには3人の名前が並列で記されていますが、
サブスクではアラン・ジャン=マリー名義のアルバムとなっています。

アランのピアノに、中低音を受け持つジョフロワのディープなヴォイスと、
高音を受け持つジノの軽やかで千変万化なヴォイスが交錯するという内容。
『追憶』と題しているのは、アランとジョフロワの故郷であるグアドループの伝統音楽、
ブーラジェル(口太鼓)を回想した企画だからなのですね。

ブーラジェルは、かつてグアドループの葬儀の晩に男たちが行うパフォーマンスでした。
ウォン・ア・ヴェイエとして知られる通夜の輪で、
歌い手の号令に従って、手拍子を打つレポンデと、
ノド音の口太鼓でポリリズムを作るブーラリエンがアンサンブルをかたどり、
ノドが生み出す擬音によって、パーカッシヴなパフォーマンスを演じます。
歌い手が即興の歌詞で歌ったり、ちゃちゃをいれたりしながら場を盛り上げ、
故人の家族と参列した者たちの連帯を高める役割を担いました。

太鼓の演奏を禁じられた奴隷たちが生み出したこの口太鼓パフォーマンスは、
80年代には消滅してしまったそうです。ブーラジェルが復活したのは、
グウォ・カが見直されるようになった90年代以降のこと。
幼少期にブーラジェルを体験しているルネ・ジョフロワは、
今回の企画には最適任だったのでしょう。

Kan’nida  KYENZENN.jpg   Kan’nida  NOU KA TRAVAY.jpg

カンニダのアルバムでも、ジョフロワはブーラジェルを披露していましたね。
“KYENZENN” 所収の ‘Evariste Siyèd'lon’、
“NOU KA TRAVAY” 所収の ‘Nou Ka Travay’ ‘Tan Ki Tan’ では、
歌にブーラジェルを取り入れた復興後の新しいスタイルを聴くことができます。

驚異のヴォイス・パフォーマーとして知られるジノ・シトソンは、
グアドループでブーラジェルを観て、そのパフォーマンスに魅了されていたそうです。
ルネ・ジョフロワがジノの19年作 “ECHO CHAMBER” に参加しているので、
その縁が今回の企画につながったのかなと思ったら、
本作は14年2月にパリでレコーディングされているんですね。

リリースまで9年も寝かせた理由は不明ですが、
ブーラジェルをアラン・ジャン=マリーのビギン・ジャズ・ピアノで新解釈した
ユニークな作品、フレンチ・カリブ・ファンなら聴き逃せません。

Alain Jean-Marie, René Geoffroy, Gino Sitson "REMINISCENCE" THYG Production no number (2023)
Kan’nida "KYENZENN" Indigo LBLC2566 (2000)
Kan’nida "NOU KA TRAVAY" Debs Music KANID007/6117.2 (2010)
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60年代コンパ黄金期の名作 ラウル・ギヨーム [カリブ海]

Raoul Guillaume  Haiti Chante Et Dance.jpg

50~60年代ハイチ音楽のリイシューCDならば、あらかた買ったつもりでいましたけれど、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2021-10-25
ラウル・ギヨームの見たことのないCDを、エル・スールのデッド・ストックの中で発見。
えっ?と思って、
すぐさまスマホでエマニュエル・ミルティルさんのハイチ音楽ディスコグラフィを
チェックしてみたら、なんと64年作のリイシューだということが判明。
(Volume 3 と記載のレコードを参照されたし)
http://musique.haiti.free.fr/discographie/fiches/raoulguillaume.htm

おぉ~、こんなCDが出ていたんか!とオドロいて、早速買ってきました。
原田さんもぜんぜん記憶にない様子で、サッカー・ボールの写真に変えられた
ダメ・ジャケットのせいで、ノー・チェックだったそう。
そうだよなあ、こんなジャケットじゃあねえ。

ラウル・ギヨームという50~60年代ハイチ音楽の重要人物を知る人なら、
見逃すわけにはいかないアルバムですけれど、
こういうしょうもないジャケットに変えられてしまうと、気付けないよねえ。
フランスのADはこういうダメな改悪ジャケが多いんですが、
アメリカのミニは逆に、オリジナルの観光客相手にしたパッとしないジャケットを、
風格のあるデザインに変えた名リイシュー作があります。

Raoul Guillaume  Mini.jpg

それが62年作のリイシューで、かつて「ハイチ音楽名盤40選」で載せたことがあります。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2010-02-23
さきほどのエマニュエル・ミルティルさんのハイチ音楽ディスコグラフィでは、
Volume 8 と書いて、出所不明扱いにしていますけれど、
Disque 2 として記載されているレコードと同内容のアルバムです。

この時代とほぼ同時期のアルバムなので、
充実した黄金時代のコンパが味わえることは、言うまでもありません。
ヌムール・ジャン・バティストやウェベール・シコーに比べると、
日本では知名度が低いラウル・ギヨームですけれど、その実力は両者に引けを取りません。

ちなみに今回見つけた64年作も、ミニがCD化した62年作も、
LPは持っていませんけれど、それよりも前のレコードを何枚か持っていますので、
最後にご紹介しておきますね。

Raoul Guillaumme Et Son Group  10.jpg   Michel Desgrottes & Raoul Guillaume  10j.jpg
Raoul Guillaumme, Webert Sicot.jpg

Raoul Guillaume Et Son Group "HAÏTI CHANTE ET DANCE" AD Music AD018 (1964)
Raoul Guillaume Et Son Group "RAOUL GUILLAUME ET SON GROUP" Mini MRSD2030 (1962)
[10インチ] Raoul Guillaumme Et Son Groupe "AUTHENTIC HAITIAN MERINGUES'" Ritmo 827 (1959)
[10インチ] Michel Desgrottes Et L’Ensemble Du Riviera Hotel & Raoul Guillaume Et Son Groupe
"AUTHENTIC HAITIAN MERINGUES'" Ritmo 828 (1959)
[LP] Raoul Guillaume & Son Group, Michel Desgrottes Et L’Ensemble Du Riviera Hotel, Weber Sicot Et Son Ensemble "HOLIDAY IN HAITI WITH HAITIAN MERINGUES" Monogram 840
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キューバ伝説の姉妹の復活劇 ラス・エルマナス・マルケス [カリブ海]

Las Hermanas Márquez  PAQUITO D'RIVERA PRESENTS.jpg

デッド・ストック放出品から見つけた1枚。
キューバの女性コーラス・グループらしいんだけど、ぜんぜん知らない名前。
04年にスペインのレーベルから出たCDで、
「パキート・デリベラ・プレゼンツ」とあるのが気になって、拾ってみました。

手に入れてみると、48ページに及ぶブックレットが入っていて、
グループの歴史の略歴に、往年の写真がたくさん載っています。
歴史的な名グループだったんですねえ。

ラス・エルマナス・マルケスは、
キューバの音楽一家のもとに生まれた3姉妹のコーラス・トリオ。
3姉妹が暮らすプエルト・パードレで31年から活動を始め、
33年にはサンティアゴ・デ・クーバに呼ばれてラジオ出演し、
37年にはハバナへ進出してさまざまなラジオ局へ出演するほか、
劇場でリサイタルを行い、絶大な人気を誇ったといいます。

41年にはRCAビクターへ初録音。
女性トリオがレコーディングしたのは、ラテン・アメリカで初だったとのこと。
第二次世界大戦中から戦後にかけ、キューバ国内ばかりでなく
カリブ海諸国、ベネズエラ、メキシコをツアーしてさらに名声を高め、
51年にニュー・ヨークで1か月公演を行い、
その後そのままアメリカに移住したそうです。

60年代まで東海岸を中心に演奏活動を続けていましたが、
両親の介護のために芸能活動を中止し、長い沈黙によって伝説となり、
忘れられた存在になってしまったんですね。
両親が亡くなり、90年からトリサとネルサの二人で活動を再開したことで、
パキート・デリベラが彼女たちを説得し、このレコーディングが実現したそうです。

ギター、ベース、パーカッションというシンプルな伴奏で歌うマルケス姉妹は、
キレのある歌いぶりを聞かせてくれます。息の合ったハーモニーや掛け合いは、
長年一緒に歌ってきたコンビの賜物ですね。
お二人ともかなりの高齢とは思いますけれど、
軽やかに歌うグァラーチャのノリなんて、バツグンじゃないですか。

曲によって加わるパキート・デリベラのサックス、クラリネットも好演。
エルネスト・レクオーナの名曲 ‘La Comparsa’ のクラリネットには
泣けました。この曲のみインスト演奏なんですよ。胸に沁みますねえ。
ダニエル・サントスが41年に残した ‘Yo No Se Nada’ を歌っているのも嬉しい。
ラテン・ファンには、ボレーロの歴史的名唱 ‘Olga’ と
同日録音の曲としても知られていますね。

ラストにシークレット・トラックでライヴ録音が1曲入っていて、
ユーモラスな歌唱で客を沸かせます。心がほっこりする、
とっても愛らしいステキなアルバムです。

Las Hermanas Márquez "PAQUITO D'RIVERA PRESENTS LAS HERMANAS MÁRQUEZ" Pimienta 8 245 360 599-2 5 (2004)
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トリニダーディアン・ディアスポラがつなぐ過去と現代 コボ・タウン [カリブ海]

Kobo Town  CARNIVAL OF THE GHOSTS.jpg

コボ・タウンは、トリニダード島生まれカナダ育ちのドリュー・ゴンサルヴェスのグループ。
4作目となる新作には、熱心なカリプソ・ファンにはおなじみの絵が飾られています。
その絵は、ビクトリア朝時代のロンドンで活躍した
新聞画家で戦争通信員のメルトン・プライア(1845-1910)が描いた、
1888年のポート・オヴ・スペイン、フレデリック・ストリートのカーニヴァル。

HISTORY OF CARNIVAL  CHRISTMAS, CARNIVAL, CALENDA AND CALYPSO.jpg

イギリスのコレクター・レーベル、マッチボックスから93年に出た
“HISTORY OF CARNIVAL”のジャケットに飾られていた絵ですね。
そのマッチボックス盤は、カリプソのルーツであるスティック・ファイティングの伴奏音楽
カリンダにスポットをあてて、トリニダードのカーニヴァルの歴史をたどった編集盤でした。
コボ・タウンも、まさにカイソやカリンダといったトリニダード音楽の古層に目を向けて、
ディアスポラの立ち位置で伝統の再構築を試みているグループなので、
このジャケットにはピンときましたよ。

カリプソがダンス音楽ではなく、歌詞を聞かせる音楽であったことは、
現在のトリニダーディアンはすっかり忘れてしまっているかのようにみえます。
ドリュー・ゴンサルヴェスは、ユーモラスな物語の中に風刺の利いたメッセージを
埋め込むという、かつてのカリプソニアンたちと同じ批評精神で作曲したオリジナル曲で、
トリニダード大衆文化が持っていた逞しさをよみがえらせています。
それはどこか、V・S・ナイポールの傑作短編集
『ミゲル・ストリート』と共振するものを感じさせます。

トリニダード島で13歳まで暮らしたドリューは、両親の離婚後、
母親の故国カナダへ引っ越して、ディアスポラとなったわけですが、
トリニダード時代は近所にキチナーが住んでいたり、
カリプソはごく身近な存在だったといいます。
しかし、カリプソは少年の興味をそそる音楽ではなく、
当時はアイアン・メイデンなどのヘヴィ・メタルに夢中だったそうで(笑)、
ドリューがカリプソを再発見するのは、
カナダに移ってトリニダード島を懐かしむようになってからのこと。

カリプソを再発見して、カイソやカリンダの時代までさかのぼることによって、
内なるトリニダード文化を自覚するようになったドリューはルーツを学び直して、
コボ・タウンで実験を繰り返してきたのですね。
今作では、従来作以上にふんだんなアイディアが盛り込まれていて、
より充実した音楽性を聞かせています。

以前はレゲエをやっていましたけれど、今作はレゲエをやめて、スカを取り入れています。
レゲエよりもスカの方が、カリプソと並走するカリブ海音楽としての性格を
はっきりと打ち出せるし、オールド・カリプソとの親和性も高いですね。

さらに、ドリューの歌い口がグンとよくなりました。
ウイットに富んで、古いカリプソニンをホウフツさせていますよ。
ギターやクアトロに加えて、バンジョリンを弾いているのも絶妙。
そうした過去への回帰という要素と、ラガマフィンやエフェクトの多用や
生演奏とサンプリングを組み合わせることで、過去と現代をつないでいます。

間違いなくこれまでのコボ・タウンのアルバムでは最高作。
この力作が日本盤として配給されないとは、もったいないなあ。

Kobo Town "CARNIVAL OF THE GHOSTS" Stonetree ST104 (2022)
v.a. "HISTORY OF CARNIVAL: CHRISTMAS, CARNIVAL, CALENDA AND CALYPSO 1929-1939" Matchbox MBCD301-2
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還暦を超えたサルセーロのデビュー作 リコ・ワルケル [カリブ海]

Rico Walker  SABOR Y CADENCIA.jpg

1曲目の歌い出しの圧の強さといったら。
これぞ、ソネーロ。特級のサルセーロじゃないですか。
この王道サルサぶりには、頬も緩もうというものです。
今年は立て続けに、サルサ良作と出会えるなあ。

リコ・ワルケルと読むのか、それとも英語でリコ・ウォーカーでいいのか、
よくわからないんですが、おぼえのない名前です。これがデビュー作といいますが、
顔立ちや歌いぶりからして、すでにヴェテランの風格ありあり。
それもそのはず、60年ニュー・ヨーク生まれ、3歳でプエルト・リコへ移住、
88年に初レコーディング、90年代はウィリー・ロザリオ楽団に
オルケスタ・ラ・プエルトリケーニャで歌ってきた人だというのだから、
キャリアのある実力者じゃないですか。

チェックしてみたら、エディ・モンタルボの12年作や、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2012-12-07
プエルト・リコ・オール・スターズの13年リユニオン作にも参加していましたよ。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2014-03-24
遅すぎたデビュー作というか、満を持してというか、
制作陣が力を入れたのがよくわかる、素晴らしい仕上がりです。

音楽監督はベネズエラ人ピアニスト、ロナルド・キロス。
レコーディングは、マイアミのロナルド・キロスのスタジオに、
カラカス、マドリッドと3か国で行なわれています。
ミュージシャンはベネズエラ人が中心ですけれど、
ラテン・ジャズ・シーンで注目を集めるプエルト・リコの若手ピアニスト、
ペドロ・ベルムーデスが、ピアノとアレンジで3曲に参加しています。

アルバム全編、バイラブレなサウンドが満載。
キューバのクアトロをフィーチャーしたソン・モントゥーノも聞けて、大満足です。

Rico Walker "SABOR Y CADENCIA" Salsaneo 0845 (2022)
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日本未入荷の絶品サルサ ジェリー・フェラオ [カリブ海]

Jerry Ferrao Y Su Orquesta  DESAFIO.jpg

オランダという意外なところから登場した
サルサ快作を仕入れたエル・スールの原田さん、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2023-01-20
もう1枚、とびきりのやつを見つけていたそうです。

それが75年サン・ファン生まれのソネーロ、ジェリー・フェラオのデビュー作。
原田さんいわく、
送料が高すぎて売り物にならないので、仕入れを断念したとのこと。
市場には流通していないCDで、
おそらくライヴ会場で手売りしているだけなんでしょうね。
CDだけでなくLPも作っているようで、自主制作にしては珍しいですね。
お店の仕入れを諦めたというので、
その情報をもらって入手したわけなんですが、
原田さんが見つけただけのことはある、ヘヴィー級サルサでありました。

昨年出た作品ながら、録音は18年から20年にかけて行われていて、
リリースまで2年の間が空いたのは、コロナ禍ゆえなのかもしれません。
じっくりと時間をかけ、満を持しただけのことはある大力作ですよ。

幼い頃からボンバとプレーナの只中で育ち、
長くボンバ・シーンで活躍したジェリーは、
伝説的なラファエル・セペーダのファミリー・グループで、
20年にわたりパーカッショニストとして活躍したという、筋金入りの伝統派です。

デビュー作は全12曲すべて、ジェリーのオリジナル。
長年磨き上げてきたボンバの ‘Despierta Taíno’ もあれば、
タメの利いたソン・モントゥーノの ‘Mi Mejor Amigo’ に、
踊らずにはいられないマンボの ‘Nuestro Secreto’ なんて、もう最高です。

ジェリー自身がパーカッショニストだけに、デスカルガでのリズムのキレも申し分なく、
偉大なティンバレス奏者に捧げた‘Los Grandes Timbaleros’ では、
ドゥエーニョ3兄弟(長男エンデル、次男ペドロ、三男アンヘル・パポ)による
ティンバレスのソロ応酬が圧巻です(この曲はYouTubeでも観れます)。

一方で、90年代のRMMを思わすようなサルサ・ロマンティカの
‘Me Olvidé de la Tristeza’ なんて曲もあって、硬軟の使い分けも巧み。
オーケストレーションは、ウィリー・ロザリオ、ロベルト・ロエーナ、
バタクンベレを渡り歩いた実力派ピアニスト、ペドロ・ベルムーデスが
務めているので、パーフェクトですね。

歌手としては、やや一本調子なのが否めませんけれど、
デビュー作ならではの気合の入りようが、
そんな弱点もカヴァーしているんじゃないでしょうか。
ほとばしるエネルギーが、その歌いぶりからよく伝わってきて、
そのイキオイに圧倒される一枚です。

Jerry Ferrao Y Su Orquesta "DESAFIO" Jerry Ferrao no number (2022)
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伝統ソンで湯治 コンフント・チャポティーン [カリブ海]

Conjunto Chappotín Y Sus Estrellas  VIVER VIVER.jpg

古いソンを聴いていると、湯治の気分が味わえるので、
ぼくはソンを真冬向きの音楽と、受け止めているところがあります。
ホントはキューバの気候とまるっきり違うので、おかしな話なんですけれども。
伝統的なソンにあったまるという記事を、前にも書きましたけれど、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2012-12-17
そんな思いを新たにしたCDと、またひとつ巡り合えました。

それが、ソンの名門楽団コンフント・チャポティーンの17年作。
6年も前に出てたんですねえ。
ちっとも日本に入ってこないから、気づきませんでしたよ。
もうこのあたりの音楽を愛するファンは、いなくなってしまったんでしょうか。

いわずもがなですけど、コンフント・チャポティーンは、
アルセニオ・ロドリゲス楽団の後継者のトランペット奏者、
チャポティーンが率いたコンフントです。
現在のリーダーは3代目となるヘスース・アンヘル・チャポティーン・コトで、
ジャケットに写っているその人であります。
昔のチャポティーンのEPと同じ場所で撮られていて、
あれ!と思ったんですけれど、ここ、どこなんでしょうか。

Chappottin EPA1018.jpg

本作も古いソンのスタイルを堅持していて、伝統の味わいを堪能することができます。
コンフントの看板歌手で、ベニー・モレーと肩を並べる
キューバ最高の歌手、ミゲリート・クニーの血を引く
ミゲール・アルカンヘル・コニル・エルナンデスをはじめとする
歌手陣がいずれも張りのある歌声で、深いコクのある骨太なソンを聴かせてくれます。
レパートリーも往年の名曲がずらり。タイトルの ‘Viver Viver’ をはじめ、
‘Canallon’ ‘Rompe Saraguey’ ‘Yo Como Candela’ ‘Controlate’
‘Se Tu Historia’ ‘El Carbonero’ ‘La Guarapachanga’。
ファンには、もうたまりませんよね。

思わず昔の録音も聴きたくなって、棚からいろいろCDを引っ張り出してみて
聴いてみたところ、本作の演奏が昔のままと思ったら大違いだったんですねえ。
グルーヴ感やピアノのハーモニーには、現代性が溢れていますよ。

本作には、DVDも付いていて、5曲のスタジオ演奏を映したヴィデオと、
75分に及ぶドキュメンタリー・ヴィデオが収録されています。
ドキュメンタリーでは、リーダーのヘスース・チャポティーンに、
コンフントの音楽監督を務める若きトレス奏者
ビクトル・アグスティン・リネン・フェルナンデス、
バン・バンのピアニスト、プピ、パブロ・ミラネースやパンチョ・アマートなど、
多くの音楽家や関係者が証言して、コンフントの歴史を物語っています。

最後に、本作の収録した曲のオリジナルが聴けるCDを紹介しておきます。

Chappottin Y Su Conjunto  SABOR TROPICAL.jpg   Conjunto Chappottin   Artex.jpg
Conjunto Chappottin Y Sus Estrellas  TRES SEÑORES DEL SON.jpg   Conjunto Chappottin Y Sus Estrellas  VUELVEN LOS SEÑORES DEL SON.jpg

[CD+DVD] Conjunto Chappotín Y Sus Estrellas "VIVER VIVER" Egrem CD+DVD1441 (2017)
[EP] Chappotin "La Guarapachanga /La China Tiene Iman / Camina Y Prende El Fogon / Cuidese Macome" Areito EPA1018 (1964)
Chappottin Y Su Conjunto "SABOR TROPICAL" Antilla CD107
‘Canallon’ ‘Rompe Saraguey’ ‘Yo Si Como Candela’ 所収
Conjunto Chappottin "CONJUNTO CHAPPOTTIN" Artex CD051
‘Controlate’ ‘Se Tu Historia’ 所収
Conjunto Chappottin Y Sus Estrellas "TRES SEÑORES DEL SON" Egrem CD0012
‘Rompe Saraguey’ ‘Yo Como Candela’ ‘El Carbonero’ ‘La Guarapachanga’ ‘Controlate’ 所収
Conjunto Chappottin Y Sus Estrellas "VUELVEN LOS SEÑORES DEL SON" Egrem CD0114
‘Viver Viver’ ‘Se Tu Historia’ ‘Canallon’ 所収
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ジャマイカのタクシーがCD化したデビュー作 アイニ・カモーゼ [カリブ海]

Ini Kamoze Taxi CD003.jpg   Ini Kamoze  Taxi no number.jpg

ジャマイカのタクシーから、ブラック・ウフルーの“SHOWCASE” が
オリジナル仕様でCD化されたのにあわせ、アイニ・カモーゼのデビュー作も
デジパックで再発されたので、買い直しちゃいました。

06年にCD化されたときは、CD番号もなく、オリジナルのイギリス、アイランド盤の
ジャケットを複製した印刷が粗悪で、海賊盤かと疑ったものです。
黄色の外枠を施すなど余計なデザイン処理をしていた初版ですけれど、
今度のデジパック仕様は、オリジナルLPのデザインのまま、
きれいに仕上げています。CD番号は3番になっていますね。

84年にミニLPで出たアイニ・カモーゼのデビュー作、大好きだったんですよ。
アイニの少年ぽい歌声がみずみずしくってね。青臭さがいいんだな。
きりっと引き締まった、タイトなスライ&ロビーのミリタント・ビートも最高でした。
アイニのアルバムで、こんなにシンプルなサウンドだったのは、このデビュー作だけで、
その後のアルバムは、ポール・グルーチョ・スマイクルが、
ゴテゴテしたミックスを施すようになっちゃったんだよなあ。

ポール・グルーチョ・スマイクルは、ブラック・ウフルーのダブ・ミックスで、
83年に“THE DUB FACTOR” という傑作をものにしましたけれど、
ブラック・ウフルーの84年の新ミックス版“ANTHEM” 以降、
やたらとメタリックで過剰なサウンドに変わっちゃうんですよね。

アイニ・カモーゼのデビュー作のスカスカのサウンドは、
グルーチョのミックスとしてはかなり珍しく、
グルーチョのダブの作風が変化する直前の仕事だったと思われます。
そのシンプルなダブ処理のおかげで、アイニの若々しいヴォーカルが引き立ち、
リズムの骨格をくっきりと打ち出したサウンドが、なんとも小気味よかったんです。

CD化にあたって、86年ロンドンのタウン&カントリー・クラブでのライヴ2曲
‘Trouble You A Trouble Me’ ‘Call Di Police’ が
ボーナス・トラックで追加されたんですが、‘Call Di Police’ 冒頭20秒が
3度もリピートされるという、ありえない編集ミスを犯してたんですね。

今回の再発で、ちゃんと修正されるのかなと思ったら、
ボーナス1曲目の‘Trouble You A Trouble Me’ がカットされてしまい、
‘Call Di Police’ 冒頭のリピートも1回減ったとはいえ、ちゃんと直っていないまま。
また初版CDでは、ライナーに全曲歌詞が掲載され、
ボーナス・トラックのメンバー・クレジットも載っていたんですが、
今回の再発CDには、歌詞もボーナス・クレジットも記載されていません。

う~ん、どちらも一長一短というか、
こういう仕事ぶりは、メイド・イン・ジャマイカだからですかねえ。

Ini Kamoze "INI KAMOZE" Taxi TAXICD003 (1984)
Ini Kamoze "INI KAMOZE" Taxi no number (1984)
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ディープなショウケース ブラック・ウフルー [カリブ海]

Black Uhuru  Showcase.jpg

おぉ、ついにオリジナルのジャマイカ盤のジャケットで、CDになったのかあ。

マイケル・ローズとピューマ・ジョーンズがオリジナル・メンバーと交替して入り、
ダッキー・シンプソンとの3人組となった、
新生ブラック・ウフルーの79年初アルバムです。
ぼくがブラック・ウフルーを聴いたのは、このあとの80年作“SINSEMILLA” からで、
これにブッとび、メジャー・デビュー前に出ていたというジャマイカ盤を探し回りました。

カラフルなアートワークのアイランド盤とは大違いの、
地味な白黒イラストレーションが、いかにもジャマイカ盤らしいところです。
プレスが悪いのか、塩化ビニールの材質が粗悪なのか、
ジャマイカ盤ならではの、チリチリ音がするレコードでしたね。

実はこのレコード、多くのヴァージョンがあったんですよ。
原盤はジャマイカのタクシーですけれど、
イギリスではD-ロイからジャケットを変えてリリースされ、
カナダからは、ブラック・ローズがジャマイカ盤と同じジャケットで出し、
A面最後に‘Shine Eye’ を追加していました。

その後、80年にイギリス、ヴァージンが、タイトルを“BLACK UHURU” と改題し、
ジャマイカ国旗がはためくジャケットに変更して再発。
‘Shine Eye’ を‘Shine Eye Gal’ と変えて、A面トップに据えられました。
CD時代には、アメリカのハートビートがヴァージン盤の内容で、
後年の3人の写真に差し替え、
“GUESS WHO'S COMING TO DINNER” のタイトルで出しています。
今回、ジャマイカ原盤のタクシーから出たCDは、オリジナルの計6曲に、
‘Shine Eye’ が追加された内容で、曲順もカナダ盤同様となっています。

このアルバムの7曲中の5曲が、82年のライヴ盤で歌われていたんですよね。
ライヴ盤には異様な緊張感が漂っていましたけれど、
オリジナル録音は、ライヴとはまた質の違うヘヴィーなサウンドとなっていて、
そのダークな表情に打ちのめされました。

今回出たCDを聴いて、音質の良さにはビックリ。こんなに音が良かったのか。
ジャマイカのタクシー盤LPしか聴いたことがなかったので、
あらためてジャマイカ盤LPの粗悪さを痛感しましたよ。
‘Shine Eye’ もようやくオリジナル録音が聴けたし。
もっと早く、再発のヴァージン盤やハートビート盤を聴いておけば良かったのかも。

その後のブラック・ウフルーでは、
ライヴ・アンダー・ザ・スカイへの出演で、84年に来日したんですよ。
ボブ・マーリーの来日をスルーした自分でも、ブラック・ウフルーは見逃せないと、
野外フェスにためらいつつも、単独出演だからと自分に言い聞かせて、
会場のよみうりランドへ向かいました。

でもねえ、なんか、ピリッとしないライヴでしたねえ。
82年のライヴ盤の緊張感なんて、まるでなし。
スライ&ロビーの演奏もゆるい感じで、
ロビー・シェイクスピアのベースはミス・トーンも目立って、手抜きぽい感じでした。
途中、ハメ外した女がステージによじ登って踊るハプニングがあり、
係員がすぐ引きずりおろしたけど、
あー、これだから、フェスってヤなんだよと、ますますフェスぎらいになったっけ。

客もダメだけど、やる方も真剣味に欠けてて、
やっぱフェスって、ショウケースぽいギグになりがちだよなあ。
でも、リニューアルしたブラック・ウフルーの出発点となった『ショウケース』は、
見本市とは訳が違うディープさが詰まっているのでした。

Black Uhuru "SHOWCASE" Taxi TAXICD001 (1979)
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スマートな新世代クレオール・ジャズ クレリヤ・アブラハム [カリブ海]

Clélya Abraham  LA SOURCE.jpg

マルチニークやグアドループから、
クレオール・ジャズの若手が、ぞくぞく登場しますね。
出身はマルチニークやグアドループでも、
そのほとんどがフランスの音楽学校で勉強して、パリで活動しているせいか、
ビギン・ジャズ世代のような、地元のダンス・ホールで鍛え上げた現場感はなく、
国際標準の現代的なジャズを聞かせるスマートさが特長といえます。

グアドループ出身のピアニスト、クレリヤ・アブラハムも、そんな一人。
20年にベーシストの兄ザカリー、ヴォーカリストの妹シンシアと、
アブラハム・レユニオンのユニット名でアルバムを出していますが、
今作がソロ・デビュー作。
フランス白人のギタリストとベーシストに、マルチニーク出身のドラマー、
ロラン=エマニュエル・ティロ・ベルトロのカルテット編成で聞かせてくれます。

ティロ・ベルトロは、グレゴリー・プリヴァの16年作“FAMILY TREE” で叩いていた人。
グザヴィエ・ベランのアルバムでも活躍していましたよね。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2021-03-11
18年にグレゴリーと来日したときの、シャープで軽妙なドラミングが忘れられません。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2018-01-22

オープニングは、ミナス・サウンドを思わせる浮遊感あふれる変拍子曲で、
柔らかなスキャットもフィーチャーして、いやぁ、ワクワクしちゃうなあ。
4曲目も1曲目と同じテイストのトラックなんだけど、
これ、音だけ聴いたら、ブラジル人ジャズにしか聞こえないでしょう。

そして2曲目は一転、ビギンですよ。
こんなオーセンティックなビギンを若手ジャズ・ミュージシャンがやるのは、
いまどき貴重。ティロ・ベルトロが、本場もんのビートを繰り出します。

アルバムゆいいつの他人曲の3曲目は、クレリヤが歌うヴォーカル・ナンバー。
この曲のリズムは、なんとマロヤですよ。
こんなところにも、レユニオンとフレンチ・カリブのパリ・コネクションが現れていますね。
フランス海外県同士の交流は、グローバル時代になって登場した新現象で、
ビギン・ジャズ世代にはなかったものです。

ビギンやマロヤなどの伝統リズムを参照するのも、
ブラジル音楽を参照するのも、まったく等価で行われているのが、新世代らしいところ。
変拍子を多用して、内部奏法まで繰り出すラスト・トラックなど、
かなり攻めているんだけれど、演奏の仕上がりは、どこまでもスマート。
ポップ・センスに富んだ、ハイブッドなサウンドが嬉しい一枚です。

Clélya Abraham "LA SOURCE" Le Violon D’Ingres CLA0222 (2022)
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サボール+リディム ハヴァナ・ミーツ・キングストン [カリブ海]

MISTA SAVONA PRESENTS HAVANA MEETS KINGSTON.jpg   MISTA SAVONA PRESENTS HAVANA MEETS KINGSTON PART 2.jpg

オーストラリア人プロデューサーが企画した、
キューバとジャマイカのヴェテラン・ミュージシャンによる
コラボレーション・プロジェクト、「ハヴァナ・ミーツ・キングストン」
(英文のため、「ハバナ」は英語でカナ表記)の新作。
続編が作られるとは予想だにしていなかっただけに、嬉しいリリースです。

5年前の前作は、サウンドトラックと聞いてたんですが、
とうとう日本では映画は公開されず、ガッカリ。観たかったなあ。
それにしても前作は、ほとんど話題にもなりませんでしたよね。
「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」の過大評価に比べて、
こちらの冷遇ぶりはなんだよと、ちょっとフンガイしたもんです。

音楽的な実りでいったら、「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」より
はるかに豊かな成果のあったプロジェクトだというのにねえ。
レゲエのリディムと、ソンのサボールがこれほど見事に溶け合うなんて、
いや、想像のはるか上をいってましたよ。

それなのに、時代の運に恵まれなかったというか、
そもそも「ブエナ・ビスタ…」が波に乗りすぎていたというか。
前作を記事にしそこねた悔いが残っていただけに、
新作が出ると聞いて、今度こそ書かなきゃと、心に決めていたのでした。

キューバとジャマイカという同じカリブ音楽ながら、水と油といってもいいほど、
その音楽性も、歴史も、美意識も、なにからなにまで違う両者を引き合わせて、
見事融合に成功させたプロジェクトは、高く評価してしかるべきもの。
キューバとジャマイカの出会いでいえば、
スカ・クバーノという試みも過去にはありましたけれど、
アイディア勝負的なコンセプトにとどまらない深さが、このプロジェクトにはあります。

前作の、‘Chan Chan’ ‘Candela’ ‘El Cuarto De Tula’といった
ブエナ・ビスタでおなじみのソンのナンバーをレゲエ化したり、
ボブ・マーリーの‘Positive Vibration’ をキューバ風味に仕上げたりと、
キューバ音楽とジャマイカ音楽を相互乗り入れするアプローチは、今回も同様。
新作では、冒頭からいきなりナイヤビンギを混ぜ合わせたガンボぶりが美味。
こういうミクスチャーって、ニュー・オーリンズのクレオール流儀を感じません?

前作は、サボール感を溢れさせたヴォーカル・トラックが多めでしたけれど、
今回はラガマフィンに寄せたトラックが多いような。
ホーン・セクションを加えてゴージャスに仕上げた曲もあるなど、
前作と微妙に趣を変えているところが妙味です。
キューバとジャマイカを絶妙にバランスさせたプロデューサー、
ミスタ・サヴォーナの手腕に感服します。

聴きものは、やっぱりトリオ・マタモロスの代表曲‘Lágrimas Negras’ かな。
キューバ名曲中の名曲「黒い涙」が、かくも違和感なくレゲエになるのかという
驚きのアレンジで、原曲とは表情を変えたジャジーさにモダンなセンスをみせつつ、
どう料理しようとも変わらないメロディの哀歓に、あらためて感じ入りましたねえ。

最後に、ちょっと気になったのは、
裏ジャケットのハバナのストリートで撮ったメンバーの集合写真。
これ、前作のインナー・スリーヴに見開きで載っていた写真と同じだよねえ。
これだと前作を持っている人は、
今作は新録じゃなくて、前作のアウトテイク集と誤解しちゃうんでは。

VPからクンバンチャにレーベル移動しても、
ジャケットのアートワークに連続性を持たせたのは正解だったけど、
前作の写真の使い回しは、配慮に欠けたんじゃないかしらん。

v.a. "MISTA SAVONA PRESENTS HAVANA MEETS KINGSTON" VP VP4219 (2017)
v.a. "MISTA SAVONA PRESENTS HAVANA MEETS KINGSTON PART 2" Cumbancha CMBCD156 (2022)
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ペパーミントのハーモニー ドゥオ・イリス [カリブ海]

Duo Iris  MI SUERTE.jpg

なんて清涼な音楽なんでしょう。

タンポポの綿毛が、風にのって舞うような軽やかな女声と
その女声をやさしく包み込む男声が生み出すハーモニー。
その清らかな美しさに、思わず息を呑みました。
こんな洗練されたポップスが、キューバから出てくるんですねえ。

ダジャミ・ペレス・サンチェスとハビエル・ロペス・エリアスの男女デュオ、
ドゥオ・イリスのデビュー作。
ペパーミントのハーモニーと呼びたくなる男女デュオです。
ダジャミの歌声に惚れてしまったのは、全世界的な傾向になっている、
媚を含んだアイドル声的ニュアンスが、彼女の声にはまったくないからです。

二人のつつましい歌声を、ゆったりとしたテンポで、
ギター、ピアノ、チェロなどのアクーステッックな音感を基調とした
デリケイトな伴奏が、美しくバックアップします。
わずかに登場するエレクトリック・ギターのトーンもクリーンで、
ミントの香りを運んでくるかのよう。
オーケストレーションを置き換えたようなプログラミングも鮮やかで、
オーガニックなサウンドに彩を与えています。

いやぁ、なんの知識もなくこの音楽を聴いて、キューバとわかる人がいるかしら。
それほど、キューバ、いや、ラテンからも遠い音楽に聞こえます。
‘Solo Ves’ のカントリー調のリズムなんて、
これをキューバ人がやっているなんて、信じられないほど。
聴く者を夢見心地にさせてくれる、オアシスのような音楽です。

Dúo Iris "MI SUERTE" Egrem CD1790 (2021)
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ダンソーン神話時代のマタンサスを想って オルケスタ・ファイルデ [カリブ海]

Orquesta Falide  JOYAS INÉDITAS.jpg

ダンソーンにヨワいんだなあ、じぶん。
8年前、ピケーテ・ティピコ・クバーノにボロ泣きして、
インスト演奏でこんなに泣けるものかと、自分でも驚いたんですけど、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2014-11-27
ダンソーンを聴くと、こみあげるものが抑えられなくなるみたいです。

そんなことをまた思い出させられたのが、オルケスタ・ファイルデなる、
ダンソーンの創始者ミゲール・ファイルデの名前を冠したオルケスタ。
ミゲール・ファイルデ(1852-1921)の血を引くフルート奏者、
エティエル・ファイルデが12年に立ち上げたオルケスタだというのだから、
こりゃホンマモンです。

一世紀の時を超えて蘇るダンソーン。
ミゲール・ファイルデがダンソーンを生み出した
当時の標準編成のオルケスタ・ティピカより少し時代が下った、
ピアノを導入してフルートとヴァイオリン2台を中心とした、
チャランガ・フランセーサの編成で演奏しているんですね。
チャランガ時代と違うのは、クラリネット、トランペット、トロンボーンのほか、
ティンパレスがいるところで、そこが19世紀末のダンソーンを思わせるところ。

いにしえの編成で演奏される曲は、もちろんミゲール・ファイルデの曲。
さらに1曲、ミゲール・ファイルデ楽団のオフィクレイド奏者
アニセート・ディアス(1887-1964)が作曲したダンソネッテ(歌入りのダンソーン)を
取り上げ、オマーラ・ポルトゥオンドが歌っています。

アニセート・ディアスは、ミゲール・ファイルデ楽団を退団後、
14年に自身の楽団を結成して、19年から歌入りのダンソーンを試み始めた人で、
オマーラが歌う‘Rompiendo La Rutina’ は、29年6月8日にマタンサスで発表した
ダンソネッテの第1号曲。この曲が大流行して、
30年代にダンソネッテが大ブームを巻き起こした記念碑的な曲です。

エレガントなメロディを、フランスからハイチを経由して入ってきたハーモニーが
豊かに彩り、ゆったりとした慎しまやかなリズムが優雅なダンスに誘うダンソーン。
ダンソーン神話時代のマタンサスを想わせる、またとないアルバムです。
収録時間21分49秒という短さが惜しく、もっともっと聴きたくなって、
またアタマからリピートしてしまいます。

Orquesta Falide "JOYAS INÉDITAS" Egrem CD1780 (2021)
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いつまでもオマーラ オマーラ・ポルトゥオンド [カリブ海]

Omara Portuondo  OMARA SIEMPRE.jpg

うわぁ、これは痛恨の聴き逃し案件であります。
キューバの名歌手オマーラ・ポルトゥオンドの18年作。
18年に聴いていたら、これ、ぜったい年間ベストに入れたなあ。

何が素晴らしいって、オマーラの歌唱ですよ。
録音時87歳というオマーラですけれど、
本作を聴いて、本当に大歌手だなあと、しみじみ感じ入ってしまいました。
というのは、みずからの老いに抗わず、強く声を張るなど、
昔と同じ歌唱をする無理はしないで、引いた歌い方をしているんですね。

昔だったら、もっとキリッと歌い切っただろうなあと思われる箇所も、
ふわっと着地させるような歌い方に変えているんです。
今の自分がもっとも映える歌唱スタイルを考えて、
しっかりと歌唱の方向性を見直しているんですね。
多くの歌手が老いに立ち向かうなかで苦労するところを、
オマーラは、見事にその課題をクリアしています。
それが簡単なことではないのをよく知るだけに、余計に尊敬の念を深くします。

Omara Portuondo  PALABRAS.jpg

それを痛感したのが、‘Y Tal Vaz’ の再演。
95年の傑作“PALABRAS” に収録されていた、忘れられない名曲です。
バン・バンとの共演で、ジャジーなボレーロにアレンジしていて、
そのアレンジにもハッとさせられましたが、
オマーラが見事に力の抜けた歌唱を聞かせていて、トロけました。
この曲をこんなメロウに変えて聞かせるのは、
いまのオマーラならではといえるんじゃないですかね。

スローなボレーロばかりでなく、セプテ-ト・サンティアゲーロをフィーチャーした
ソンの‘La Rosa Oriental’ でもキレのあるビートに負けず、
力のある歌いぶりを聞かせつつ、カドの取れた声にグッとくるわけですよ。
オマーラ節はちっとも変わっていないのに、
発声など声量のコントロールを変えて、「老いを隠す」のではなく、
「老いを味方に変え」ているんですね。スゴくないですか。

そんな進化を続けるオマーラに、伴奏陣も見事に応えています。
アレンジは、イサック・デルガドやチューチョ・バルデースをはじめ、
スペインでジャズやフラメンコ・シーンでも活躍するベーシストのアレイン・ペレスが担当、
ロランド・ルナが冴えたピアノを聞かせていて、‘Sábanas Blancas’ のリフや、
‘Para El Año Que Viene’ のソロで聞かせるタッチに、ホレボレとしました。
ゲストも豪華で、先に挙げたバン・バン、ベアトリス・マルケス、ディアナ・フエンテス、
アイメー・ヌビオラほか、ボーナス・トラックではリラ・ダウンスとデュエットしています。

でも、悪いけど、そんな豪華なゲストに耳が奪われる場面はほとんどなく、
オマーラの歌いっぷりに、ひたすら感じ入ってしまうばかり。
むしろゲストたちととの交歓ぶりは、付属DVDのレコーディングのメイキング・ヴィデオで
たっぷりと楽しめ、本当にいいレコーディングだったんだなあと、実感しました。
タイトルがいみじくも示すとおり、「いつまでも<大歌手の>オマーラ」であります。

[CD+DVD] Omara Portuondo "OMARA SIEMPRE" Egrem CD+DVD1512 (2018)
Omara Portuondo "PALABRAS" Nubenegra NN1.011 (1995)
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キューバ生まれ、モスクワ育ちのラテン・ジャズ アレクセイ・レオン [カリブ海]

Alexey León  INFLUENCIADO.jpg

う~ん、楽しい!
こんなに明快なラテン・ジャズ作は、今日び貴重なんじゃないですかね。
ボビー・ティモンズのファンキー・チューン‘Dot Dere’ でスタートするなんて、
オールド・スクールにも程があるけど、素直にカッコよく思えるのは、
時代がもう一巡りも二巡りも(もっとか?)したからなんでしょう。

主役のアルト・サックス兼フルート奏者、アレクセイ・レオンは、
キューバのマンサニージョで生まれ、ロシアのモスクワで育ったという人。
これが4作目だそうですが、コンテンポラリーの影響を感じさせない、
ハード・バップ・スタイルのラテン・ジャズを聞かせる人です。

ゆいいつタイトル曲の‘Influenciado’ に、
ハードバップをはみ出たハーモニーが聴き取れますけれど、
本領はオーソドックスなジャズでしょうね。
でも、これがちっとも古臭くなくって、フレッシュなんです。
若い世代によるアフロ・キューバン・ジャズの新解釈といった感じが、いいんです。

メンバーはキューバ人ミュージシャンが中心で、
カラメロ・デ・クーバことハビエル・マソー“カラメロ”のピアノが好演。
ドラマーは、キューバ人とスペイン人ドラマーの二人が起用され、交替で叩いています。

レパートリーは、アレクセイのオリジナル8曲に、さきほどのティモンズ作と、
ジェローム・カーンの「今宵の君は」の全10曲。
フレッド・アステアで有名な「今宵の君は」を選曲するあたりも、
イマドキの若者らしからぬシュミですねえ。

アレクセイのオリジナルで面白いのが、
セカンド・ラインのビートを取り入れた‘Guarachando’。
グァラーチャを曲名に織り込んだとおり、陽気でポップな曲です。
セカンド・ラインとアフロ・キューバンって、クラーベという共通性もあって、
めっちゃ親和性が高いわけですけれど、こういう試みを聴いたのは初めてかも。

反対に、思わず背中に冷たいものが走るタイトルは、‘Kiev Station Blues’。
いまのキーウの惨状、とりわけブチャ虐殺の映像を見た者には、
冷静ではいられなくなる曲名です。こんなシャレたブルースは、
いまのキーウに、あまりにも似つかわしくないものとなってしまいました。

Alexey León "INFLUENCIADO" One World ALCV2021 (2021)
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副反応にはダブを ヴィン・ゴードン [カリブ海]

Vin Gordon  AFRICAN SHORES.jpg

コロナ予防接種3回目の副反応で、
高熱にやられているときのBGMになってくれたアルバム。
ぼーっとした頭で、悪寒に襲われながら聴くダブって、合うなあ。

20歳を過ぎてから、39.0℃以上の発熱なんて一度も出したことがないのに、
60を越えてから、予防注射で1年に2度もこんな高熱出すって、
なんかオカシくないかと思うものの、ボヤいてみたところで仕方ない。
こういう時にも合う音楽が、ちゃんと世の中にはあるもんです。
それがレゲエのヴェテラン・トロンボーン奏者、ヴィン・ゴードンの19年作。
下の娘には、こんな時でも音楽を聴くのかと、アキれられましたがね。

本作は、18年にUKジャズのサックス奏者ナット・バーチャルが
マルチ奏者アル・ブレッドウィナーと共演して制作したレゲエ・アルバムと同じメンバー。
同じレーベルから、翌年にヴィン・ゴードンのリーダー作が出ていたことに気付いて、
オーダーしていたところ、ちょうど予防接種の前日に届いたのでした。

ナット・バーチャルのアルバムより、重低音をより利かせたミックスとなっていて、
レゲエ・アルバムとしてはこちらの方がより本格的じゃないですか。
そしてなにより、ヴィン・ゴードンのトロンボーンを大フィーチャーしているんだから、
聴き応えは十分です。ダブ・アルバムではないんですけれど、
ダブ処理をしたトラックを織り交ぜた内容となっています。

インスト・レゲエでトロンボーン奏者の名盤といえば、
リコ・ロドリゲスの77年作の“MAN FROM WAREIKA” が代表作。
ダブ・アルバムと2枚組にしたアルバムも引っ張り出してきて、
聴いたんですけれど、う~ん、これまた合うなあ。
トロンボーンのゆるいサウンドと、ゆったりとしたリディムが、
高熱でぼんやりした脳天にやさしく響きます。

Vin Gordon "AFRICAN SHORES" Traditional Disc TDCD002 (2019)
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だから言っただろ アロルド・ロペス・ヌッサ [カリブ海]

Harold López-Nussa  TE LO DIJE.jpg

こりゃあ、痛快!
ラテン・ジャズのスペクタルを堪能できる1枚。こういうのが聴きたかった!
キューバ人ピアニスト、アロルド・ロペス・ヌッサの新作は、
ピアノ・トリオにトランペットを加えたカルテット編成で、
ラテン・ジャズをティンバのアプローチで演奏した快作に仕上がっています。

パワフルでファンキー。
アロルドがここで展開しているサウンドを表現すれば、これにつきるでしょう。
シマファンクをフィーチャーした‘El Buey Cansado’ がその白眉ですね。
アロルドのピアノとトランペットが高速フレーズをキメる快感ったら、ありませんよ。
これはもうラテン・ジャズなんて古臭いラベリングをせず、
ティンバ・ジャズと呼ぶべきなのかも。

複雑な構成のリズム展開のなかに、レゲトンを取り入れてキャッチーに聞かせたり、
マンボとティンバをシームレスに繋いだり、ティンバに変貌したグァヒーラもあれば、
アイディア満載のアレンジがツボにはまりまくっていますね。
トゥンバオがもっとも映えるところでピアノを鳴らすなど、場面作りが上手いんだよなあ。
アコーディオンをゲストにミシェル・ルグランにオマージュを捧げたり、
クラシックの基礎を披露する曲などもあって、
万華鏡のようなレパートリーにクラクラします。
ラストは、ロス・バン・バンのソンゴがニュー・オーリンズと出会うという演出。
おそれいりました。

ノリにノッている才能とは、まさにこういう人のこと。
アルバム・タイトルの「だから言っただろ」をそのまま表わしたジャケットも痛快です。

Harold López-Nussa "TE LO DIJE" Mack Avenue MAC1179 (2020)
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前線復帰したソノーラ・ポンセーニャ [カリブ海]

Sonora Ponceña  HEGEMONÍA MUSICAL.jpg   Sonora Ponceña  CHRISTMAS STAR.jpg

そして、パポ・ルッカ率いるソノーラ・ポンセーニャですよ。
そういえば、ルイス・ペリーコ・オルティスとパポ・ルッカって、同い年くらいなんでは。
ふと気になって調べてみたら、ペリーコは49年生まれ、パポは46年生まれでした。

天才少年ピアニストとして、パポは幼い頃から
父キケ・ルッカが設立したソノーラ・ポンセーニャで活躍し、
68年にわずか22歳で音楽監督となったんですからね。
実質的なリーダーとして70年代サルサのサウンドを先導し、
80年代のポンセーニャ黄金時代を築いたんでした。

さて、そんな話も、もはや昔話。
ソノーラ・ポンセーニャの名を見聞きしなくなってしばらく経ちますが、
パポ・ルッカが体調を崩していたようですね。
しばらく休養を取り、復調して万全の態勢で制作したという
9年ぶりのカムバック作“HEGEMONIA MUSICAL” と、
クリスマス・アルバムの“CHRISTMAS STAR” を聴くことができました。

先に入ってきたのは、クリスマス・アルバムのほう。
これまでもポンセーニャはクリスマス・アルバムを3枚出していますけれど、
今回は80年の名作“NEW HEIGHTS” とジャケットが激似。
クレジットがありませんが、80年代のポンセーニャのジャケットを描いてきた
ロン・レヴィンによるもので間違いないでしょう。

サルサ・アレンジで仕上げたインストの‘Santa Claus In Comming’ が
パポ・ルッカならではの仕上がりで、頬がゆるんじゃいました。
これまでにも、ホレス・シルヴァーの‘Nica's Dream’ をマンボにしたり、
‘Night In Tunisia’ や‘Mack The Knife’ などのジャズ・チューンを
粋なサルサにして聞かせてきた、パポらしい快演になっています。

そして遅れて入ってきたのが、クリスマス・アルバムより先に出ていた
復活作の“HEGEMONIA MUSICAL”。
華やかなトランペット・セクションの鳴りや、スウィング感溢れるノリは、
これぞポンセーニャのサウンドですよ。
カンタンテ陣が「ソノーラ・ポンセーニャ」を連呼するなど、
前線復帰を高らかに宣言しているかのようで、嬉しくなるじゃないですか。

パポ・ルッカのピアノが大活躍するインスト演奏の‘Caminanndo Con Mi Padre’ は、
「父と歩む」の曲名のとおり、亡くなったキケ・ルッカへオマージュを捧げた曲。
コーラスが「パポ・ルッカ! パポ・ルッカ!」と煽って、
パポにソロをうながすく‘Nadie Toca Como Yo’ では、
ピアノ・ソロとユニゾンでスキャットを聞かせるウィットに富んだプレイが最高です。

Sonora Ponceña "HEGEMONÍA MUSICAL" La Buena Fortuna no number (2021)
Sonora Ponceña "CHRISTMAS STAR" La Buena Fortuna no number (2021)
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鮮度100%のサルサ ルイス・ペリーコ・オルティス [カリブ海]

Luis Perico Ortiz  SIGO ENTRE AMIGOS.jpg

ウィリー・モラーレス、いやぁ、よく聴きました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2021-09-15
秋から4か月、平日昼休みのヘヴィロテ・アルバムでしたからねえ。
やっぱこういうホンモノの歌力を持ったソネーロに出会えると、燃えるよねえ。
バックも実力者揃いの最高の演奏内容で、サルサ熱が再燃しましたよ。

さすがに4ヵ月も毎日聴き続けていると、
ほかのアルバムも聴きたくなってくるんですが、ちょうどタイミングよく年末に、
ルイス・ペリーコ・オルティスやソノーラ・ポンセーニャといった、
懐かしい名前のヴェテラン勢の新作が出ました。
そういえば、少し前にはエル・グラン・コンボの新作も出ていたっけ。

こういう名門クラスのヴェテランだと、過去の名盤がいくつも手元にあるので、
新作といっても、なかなか手が伸びないんですけど、
気分が盛り上がったところで、えいやっとばかり、まとめ買い。

というわけで、まずは、ルイス・ペリーコ・オルティス。
なんといったって、70年代サルサのサウンドを輝かせた名アレンジャーですよ。
ソロ作では、78年の“SUPER SALSA”、82年の“SABROSO!” が代表作ですけれど、
エクトル・ラボー、ティト・アジェン、イスマエル・キンターナといった
数多くの名歌手たちのアルバムで、斬新なアレンジをしていたのが忘れられません。
ニュー・ヨークのサルサ・サウンドを築き上げた一人ですよね。

なんと8年ぶりのアルバムだそうで、タイトル曲のオープニングから、ペリーコのほか、
トニー・ベガやジョニー・リベラなどのゲスト歌手5人が交替でヴォーカルをとっていて、
この軽快さはナニゴト!
ヴェテランのアルバムというより、いきのいい若手のアルバムのようで、
もぎたてのフレッシュさに富んだサウンドに、目を見開かされました。

この若々しさは、スゴイぞ。ペリーコのロトランペット・ソロもフィーチャーして、
この1曲目にして、はやツカミはオッケー。
ドミニカのメレンゲの女王ミリー・ケサーダをフィーチャーした曲は、
メレンゲではなく、ゴージャスなストリングスも入れたどストライクなサルサで、
ミリーの熱唱が聞けます。

ペリーコのアルバムにお決まりのインスト演奏も、聴きもの。
ラテン・ジャズにはせず、
ラテン・インストといったアレンジにするところが、いいんだなあ。
アルバム・ラストでは、プエルト・リカンの鬼才トランペッター、
チャーリー・セプルベーダや名フルーティストのネストール・トーレスを迎えて、
きらめく金管が際立つアレンジを施し、
マンボの殿堂パラディアムとマンボ・キングたちに捧げています。

ヴェテランらしからぬ、このみずみずしさ、絶品です。

Luis Perico Ortiz "SIGO ENTRE AMIGOS" LPO Events LPOE212631 (2021)
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汎カリブを見渡すクレオール・シンガー ロニー・テオフィル [カリブ海]

Rony Théophile  MÉTISSAGÉRITAJ.jpg


今年のアルバム・ベスト10に入るフレンチ・カリブのアルバムは、
またしてもヴェテランのマラヴォワになってしまうのかと思っていたら、
出ましたねえ、ロニー・テオフィルの新作が。
これまでのロニーのアルバムのなかでも、ダントツの最高傑作ですよ。

オープニングの‘Loin De Mon Pays’ のエレガントなメロディといったら、どうです。
これぞクレオールの粋といった、セクシーで泣けるビギンに、もうメロメロ。
ラルフ・タマールとはまた味の異なるクルーナー・ヴォイスで、
芳醇な香りを放つ苦みのある声質が、いにしえの舞踏会へといざなうかのようです。
ロニー・テオフィルの歌には、ノスタルジアを想起させる魅力がありますよね。
涙でドレスを濡らしながら踊るクレオール婦人が、瞼に浮かびます。

マラヴォワふうのストリング・アンサンブルも大活躍。
ロニーは、マラヴォワの15年作『オリウォン』にゲスト参加していましたけれど、
マラヴォワ・サウンドをすっかり自家薬籠中のものとしていますね。
ビギンの料理法を熟知しているフランス白人のジャズ・ピアニスト、
ダヴィッド・ファクールのアレンジが、ツボにハマりまくっています。

面白いもんですよねえ。
マルチニークやグアドループから登場する若いジャズ・ピアニストたちは、
ビギンやマズルカを演奏せず、アフロ系リズムを志向するか、
コンテンポラリーに向かうかのどちらかなのに、フランス白人のダヴィッドが、
ヨーロッパとカリブが混淆したクレオール・ジャズに耽溺してるんだから。

Davi Fackeure Trio  JAZZ ON BIGUINE.jpg   Davi Fackeure  JAZZ ON BIGUINE VOL.2.jpg

ダヴィッド・ファクールは、100歳で亡くなった名女優ジェニー・アルファのアルバムで、
一躍注目を浴びたピアニスト。ダヴィッドが01年に出した初ソロ作が、
“JAZZ ON BIGUINE” というそのものずばりのタイトルだったことは、ご存じでしょうか。
1曲目にアレクサンドル・ステリオの‘Bonjour Loca’ を選ぶという、
ダヴィッドのビギン愛の熱烈ぶりが伝わるビギン・ジャズの快作でした。
2作目の“JAZZ ON BIGUINE VOL.2” では、
ジェニー・アルファをゲストに迎えていましたよね。

Rony Théophile  COEUR KARAÏBES.jpg

ダヴィッド・ファクールを起用したのは、10年の“COEUR KARAÏBES” からでしたけれど、
あのアルバムではセドリック・エリックと曲を分け合って、アレンジしていました。
セドリックがアレンジを担当したのはコンパで、
ヌムール・ジャン=バチストの名曲‘Ti Carole’ をカヴァーするほか、
スコーピオの名演で知られる‘Ansam Ansam’ を取り上げ、
コンパ全盛時代を思わすダイナミックなホーン・アンサンブルが聴きものでした。

ロニーがハイチ音楽にも通じているのは、90年代にハイチのコンパ・バンド、
ファントムズに在籍し、アメリカで演奏活動を行っていたからで、
在籍時には、ハイチ音楽賞の男性歌手部門で最優秀賞も獲得しています。

もともとグアドループのカーニヴァル・グループで、
衣装作りやダンスの振付など演出の仕事をしていたロニーは、
ダンサーや振付師として舞台のキャリアも積んでいます。
シャンソン・クレオールの名歌手ムーヌ・ド・リヴェルとともに、
ヨーロッパや北アフリカをツアーして舞台を務めたほか、
ミリアム・マケーバのコンサートにダンサーとして起用されるなど、
ショー・ビジネスの世界を知る人でもあるんですね。

そうしたキャリアが、ロニーにグアドループのルーツを掘り下げるばかりでなく、
汎カリブの音楽性も宿すようになり、
“COEUR KARAÏBES” では、ハリー・ベラフォンテの‘Day O’ のほか、
シャルル・アズナブールがベラフォンテの曲をフランス語カヴァーした
‘Mon île Au Soleil’ を歌っていました。

新作”MÉTISSAGÉRITAJ” では、
サム・マニングのノベルティなカリプソ(Don't Touch Me Tomato)や、
シモン・ディアスのカンシオン(Caballo Viejo)というユニークな選曲や、
シャルル・アズナブールの‘Les Comédiens’ をマンボにアレンジするところに、
ロニーの汎カリブ性が発揮されています。

Rony Théophile  LAKAZ - SIMPLEMENT BIGUINE.jpg

思えば、ぼくがロニーに注目したのは、09年の“LAKAZ” がきっかけでした。
まだダヴィッド・ファクールとのコンビを組む前で、シンプルなアレンジながら、
しっかりとビギンに焦点をあてたレパートリーが、ふるっていたんですね。

ムーヌ・ド・リヴェルの名唱で知られるレオーナ・ガブリエルの‘La Grêve’、
アラン・ジャン・マリーが好んだアル・リルヴァ作の‘Doudou Pa Pléré’、
ジェラール・ラ・ヴィニの‘La Sérénade’、きわめつけは、
アンティーユ民謡の‘Ban Mwen On Ti Bo’。
こんなレパートリーを選曲するなんて、タダもんじゃないですよね。

その“LAKAZ” の1曲目‘Dé’ が、次作“COEUR KARAÏBES” の最後に
収録されているんですが、なぜかクレジットには記載がなく、
最後の14曲目が存在しないかのようになっているのはナゾです。

ロニーは、今年本作とともに、本も出版しています。
(Tèt Maré Gwadloup - La route du madras de l'Inde à la Guadeloupe)
奴隷時代、女性は頭を隠すことを強制されたことから始まった
グアドループ女性の髪飾りが、やがてファッションとなり、
女性のコミュニケーションの手段となっていったことについて
書かれた歴史書で、グアドループ女性への賛歌と評されています。
若い頃から詩人を志し、16歳で詩集を出版もした、
ロニーの豊かな才能が開花した作品のようですよ。

Rony Théophile "MÉTISSAGÉRITAJ" Aztec Musique CM2753 (2021)
Davi Fackeure Trio "JAZZ ON BIGUINE" Elephant/Fremeaux & Associes EL2207 (2001)
Davi Fackeure "JAZZ ON BIGUINE VOL.2" Fremeaux & Associes FA488 (2007)
Rony Théophile "COEUR KARAÏBES" Aztec Musique CM2291 (2010)
Rony Théophile "LAKAZ - SIMPLEMENT BIGUINE" Aztec Musique CM2250 (2009)

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マルチニークが生んだ異才のラテン・ジャズ アンリ・ゲドン [カリブ海]

Henri Guédon  KARMA.jpg

マルチニークが生んだ異才の音楽家、アンリ・ゲドンの75年作がリイシューされました。

アンリ・ゲドンはパーカッショニストであるものの、
ベレ(ベル・エアー)などの伝統的なマルチニーク音楽ではなく、
ニュー・ヨーク・ラテン~ブーガルー~サルサの音楽家と共演して、
グァグァンコー・ジャズ、グァヒーラ・ソウルなどの音楽をクリエイトしていたことは、
04年にコメットが編纂したコンピレ“EARLY LATIN AND BOOGALOO RECORDINGS
BY THE DRUM MASTER.” で知られていたとおり。

今回のリイシューにあたっては、アンリを五重に多重露光した写真を、
サイケデリックな色調に加工したオリジナル・ジャケットは採用されず、
モダン・アート作品を前にした白黒写真に変更されています。
アンリは、画家、版画家、彫刻家、陶芸家でもあったので、
ここに写っているのは、おそらくアンリの作品なのでしょう。

各曲にリズムの形式名が添えられていて、
ビギン、モザンビーケ、ボンバ、ベル・エアーはわかるものの、
サンテリーアやアフリカ・タンブーという、大雑把な形式名があったり、
聞いたことのない形式名がありますね。

マズクールとあるのは、マズルカとズーク・サウンドとのミックスか?
ヴァラソンガと書かれた曲は、ソンゴに似ているので、ソンゴを改変したものか?
メレングァパというのは、メレンゲとグァパチャのミックス?

まぁ、そんな具合で、リズムの実験場といった曲の数々を、
アナログ・シンセ使いの70年代らしいサイケデリックな感覚を加えて、
面白いラテン・ジャズにしています。
アンリのシロウトぽいヴォーカルが全面的にフィーチャーされていても、
主役はパーカッションの利いた演奏の方で、
ラテン・ジャズ・アルバムといって差し支えないでしょう。

Henri Guédon  Celini.jpg

アンリ・ゲドンの72年のデビュー作も、同じ趣向のラテン・ジャズでした。
まだ当時はシンセは使われておらず、ヴァイブでしたけれど。
そのヴァイヴを弾いているのが、なんとマラヴォワのポロ・ロジーヌで、
ベースもマラヴォワの初代メンバー、アレックス・ベルナールが弾いています。
初期のマラヴォワはアラン・ジャン=マリーがピアニストを務めていたので、
ポロ・ロジーヌはヴァイブを担当していたんですね。

このデビュー作では、ビギン、マズルカのマルチニーク音楽と、
グァグァンコー、グァラーチャ、ボレーロのキューバ音楽が半々となっていて、
ビギンの曲にブーガルーのブリッジを差し挟んだ‘Dorothy’ など、
75年作で発揮されるリズムの実験の萌芽がうかがえます。

ぼくはこのアルバムをCDで持っていますが、
CDの存在は知られていないようで、ディスコグスにも載っていません。
冴えない表紙デザインになってしまったCDより、
オリジナルのLPジャケットのほうが、断然いいんですけれどね。
https://www.discogs.com/release/2413780-Henri-Gu%C3%A9don-Et-Les-Contesta-Kik%C3%A9

アンリ・ゲドンのアルバムって、
これら初期の作品のほうが、いま聴くと新鮮に響きますね。

Henri Guédon "KARMA" Outre National ON02CD (1975)
Henri Guédon "HENRI GUÉDON" Celini 014-2 (1972)
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パワー・ソカ・モナークとよさこいチーム マシェル・モンターノ [カリブ海]

Machel Montano  THE RETURN.jpg

ケスと一緒にゲットしたのが、
人気沸騰中だったマシェル・モンターノの“THE RETURN”。
懐かしくなって、こっちも棚から取り出して聴いてみたんだけど、
うぉ~、このエネルギー、やっぱハンパないなぁ。
11年当時、震災ショックが癒えずに、あまり聴くことができなかったんだけど、
いま思えば、それもしかたなかったよなあ。
このパワーについていくには、気力体力ともフルじゃなきゃ、
とても太刀打ちできません。

マシェル・モンターノは、本作を出した11年に、
インターナショナル・ソカ・モナークのインターナショナル・ソカ・モナーク部門
(通称パワー・ソカ・モナーク)で初優勝を果たしています。
ケスも11年にソカ・モナークを受賞したと前回書きましたけれど、
ケスが受賞したのは、グルーヴィ・ソカ・モナーク部門の方。

インターナショナル・ソカ・モナークには2部門あって、
アップテンポのソカで競うのが、
インターナショナル・ソカ・モナーク(パワー・ソカ・モナーク)。
ゆったりとしたテンポのソカで競うのが、グルーヴィ・ソカ・モナークなんですね。
マシェルは、11年から5年連続パワー・ソカ・モナークを勝ち取り、
12・13年連続で、グルーヴィ・ソカ・モナークもダブル受賞しています。

“THE RETURN” は、マシェルの快進撃がスタートしたときのアルバムで、
パワー・ソカ・モナークの勝者たる、
ハンパないエネルギーが詰まっているわけですよ。
その速度といったら、ものすごいスピード感で、
じっさい尋常じゃないBPMの高さです。

この急速調を、ダンスしながら息が上がらずに歌い切るのはタイヘンだぞー。
イケイケなんてもんじゃない、狂い死にそうなアッパーぶり。
アロウなんかの時代のソカとは、隔世の感がありますね。
いやー、これ、部屋で聴くCDなんかじゃないよねえ。
クラブで大音量で踊らなきゃ、意味がありませーん!

マシェル・モンターノは、ソカ・シーンでいまも不動の人気を誇っているようですが、
17年に来日していたというのだから、びっくり。
南青山のクラブで、100名限定のライヴをやったそうなんですけれど、
マシェルを招聘した経緯というのが、いい話なんです。

なんでも、高知のよさこい祭りのチームの代表が、
トリニダード&トバゴのカーニヴァルを訪れて、よさこいに通じるものがあると感動し、
帰国後にトリニダード&トバゴのカーニヴァルとよさこいをミックスした
チーム「かなばる」を結成したっていうんですね。

さらに、ソカのトップ・シンガであるマシェルを招いてコラボしようと、
長年にわたって交渉をし続け、チームが結成10年を迎えた年に、
ようやく実現したそうなんです。
いやぁ、そのライヴ、体験したかったなあ。
高知でのよさこいとのコラボも、どんなものだったんだろう。

ソカとよさこい、いい取り合わせじゃないですか。
17年のマシェル来日以降、なにか新たな展開はあったんでしょうか。
そんなところも気になってしまいますね。

Machel Montano "THE RETURN" Mad Bull Music X24:11:74:36 (2011)
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ソカ最前線バンド ケス [カリブ海]

Kes  WOTLESS.jpg

ザ・ソウル・レベルズのジャケ裏に載ったクレジットをチェックしていて、
ケスの名を見つけた時、一瞬、戸惑ってしまいました。
えっと…、だれだっけ? 覚えのある名ではあったんですけど、
すぐに思い出すことができませんでした。

あ、そか、ソカのケスだ。
無意識に出た自分のオヤジギャグに、思わず苦笑してしまいましたが、
そういや、ソカを聴かなくなってずいぶんになるなあ。
もう10年近く、ソカのアルバムを買ってないし、
最後に買ったソカのアルバムは、ひょっとしてケスだったかも。
そんなことを考えながら、ケスの11年作“WOTLESS” を、
棚から引っ張り出してきました。

ケス(ケス・ザ・バンド)は、ヴォーカルのキーズ、ギターのハンズ、ドラムスのジョンの
ディーフェンタラー3兄弟を中心に、05年トリニダード島で結成されたソカ・バンド。
11年に‘Wotless’ がカーニヴァルで大ヒットとなり、ソカ・モナークを受賞しています。
ぼくもそのウワサを聞きつけて、その曲が収録されたアルバムを探したんだっけ。
トリニダード盤は入手が困難で、ずいぶん手を焼いたことを思い出しました。

“WOTLESS” は彼らの4作目。
アルバム・タイトルにもなったヒット曲を、どアタマの1曲目に置いています。
ライト・タッチのこの曲が、そんなに大ヒットしたの?
と、ちょっと肩すかしをくらうんですが、このアルバムが面白くなるのは2曲目以降。

ソカにヒップ・ホップ・ビートを接続して、ボトムを豊かにした2曲目の‘Ah Ting’ は、
これぞ新時代のソカといったゴキゲンなダンス・トラック。
続いてレゲトンを取り入れたトラックあり、エレクトロ・ソカありと、
すっかり世代交代したプロダクションで、ソカを楽しませてくれます。

デイヴィッド・ラダーで止まってしまっているワールド・ミュージック親父たちは、
おそらくケスを知らないでしょうが、今回調べてぼくもビックリさせられたのは、
本作を出した11年の11月にケスは来日し、ツアーをしていたという事実。
しかもその時のライヴ・ツアーがDVDにまとめられていて、
DVD売上代金を東日本大震災津波遺児支援をしている
「あしなが育英会」へ寄付されていたというのだから、ビックリです。

正直ぼくも11年にこのCDを聴いて、ひさしぶりのソカの快作と思ったものの、
愛聴するまでには至りませんでした。
当時、3.11ショックをまだ大きく引きずっていた心理状況で、
エネルギーが充満したソカはまぶしすぎて、
徹底的に明るい陽性のダンスホール・サウンドを楽しむような
気持ちの余裕は、まだなかったんでしょうね。
おそらく当時ライヴ情報を聞きつけたとしても、
たぶん会場に足は運べなかったような気がします。

いまでもケスの人気が衰えることはなく、ソカ・シーンの最前線にいるといいます。
かの地のカーニヴァルも中止になるなど、COVID禍が収束していませんが、
いまこそそのライヴで、ダンスをしてみたいですね。

Kes "WOTLESS" no label KTB:04:01:11 (2011)
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想い出二つの40周年記念作 キャロル・トンプソン [カリブ海]

Carroll Thompson  HOPELESSLY IN LOVE.jpg

40周年記念エディションだそうです。
そうかぁ、もう40年になるんですねえ。
ぼくも今年が勤め人になって40年ですけれど、
社会人1年生で大学時代から付き合っていた彼女と別れてしまい、
失意のBGMとなった、忘れられないアルバムです。

ラヴァーズ・ロックは、70年代中頃にロンドンから誕生したというのが、
いまでは通史となっているようなんですけれど、
日本でラヴァーズ・ロックという名を耳にしたのは、もっとずっとあとのこと。
マキシ・プリーストが登場した80年代後半あたりで、
ようやくそのジャンルが少し知られるようになったんじゃなかったっけ。

わずかながら、その名が認知されたとはいっても、
当時のレゲエ・ファンはラヴァーズ・ロックを完全に見下していて、
デニス・ボーヴェルがプロデュースしたジャネット・ケイのデビュー作も、
「アイドル・レゲエ」なんて揶揄していたくらいですから。

シュガー・マイノットがイギリスRCAから出した名作“GOOD THING GOING” だって、
当時は「甘すぎる」と評され、
ジャマイカ盤にあるような気骨に欠けるなぞと言われてたんだからねえ。
当時は、ニュー・ウェイヴやダブからレゲエを語るにせよ、
ジャマイカ現地原理主義者にせよ、
こういう歌謡性の強いレゲエを評価する土壌は、まるでありませんでした。
こういうナンパなレコードは、買うのにも人目をはばかる、とまではいかなくても、
大好きとは公言しづらい雰囲気だったんですよ。レゲエ=硬派の時代ですね。

というわけで、口を閉ざしてはいても、
隠れファンのぼくのような人は、実は結構いたんですね。
00年代に入ってからか、ラヴァーズ・ロックが再評価されるようになると、
キャロル・トンプソンの本作を、ラヴァーズ・ロックの名作と
持ち上げる評論家がぞろぞろ現れ、アンタ、当時そんなこと、
ひとことも言わなかっただろと、後ろ指を指したくなったものです。

めっちゃスウィートな歌声に、よくホップするレゲエのリズムが心地よく、
キャロルの歌声も曲によっては色香が漂う艶もみせていて、
骨抜きにされる名盤中の名盤であります。
40周年エディションには当時の12インチ・シングルで、
シュガー・マイノットとのデュエットなど5曲をボーナスで収録していて、
‘Your Love’ なんて、すごくいい曲。

リヴィングで聴いていたら、
「ずいぶん珍しいの、聴いているわね」と妻が懐かしそうな目をしました。
レコードを買った当時、失恋のBGMだった本作も、
のちに妻との新婚生活のBGMとなり、音楽の記憶は上書きされていたのです。

Carroll Thompson "HOPELESSLY IN LOVE: 40TH ANNIVERSARY EXPANDED EDITION" Trojan TJCD1041 (1981)
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コックピットでサルサ ウィリー・モラーレス [カリブ海]

Willie Morales  VIVENCIAS, MI MISIÓN.jpg

今年の春先は、リトル・ジョニー・リベーロの“GOLPE DURO” に、
「グァグァンコー最高!」とばかり、ずいぶんケツを振ったもんです。
(1曲目の‘Quien Te Ha Dicho’ のホーンズが、鳥肌ものでしたねっ)
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2021-04-06

あの一枚で、すっかりサルサ熱が返り咲いちゃいましたが、
リトル・ジョニー・リベーロがアルバム・タイトルで示していた、
「ゴルペ」(ハードの意)で、ダンサブルなサルサにまた出会えましたよ。

それが、「サルサのパイロット」こと、ウィリー・モラーレスの新作。
なんと、テキサス州ダラスを拠点とするエアバスのパイロットで、
サルサ・シンガーとの二股で活動をしているんだそうです。
プエルト・リコ出身の両親のもとシカゴに生まれ、
13歳の時に父親が退職してプエルト・リコへ移り、
その後アメリカと行き来しながら育ったんだそう。

本作は、18年のデビュー作に続く第2作。
ジャケットで飛行機のおもちゃを手にしているのは、
ウィリーのお子さんたちなのかな。
力量を感じさせる歌いっぷりを聞かせる本格派のシンガーで、
敬愛するシンガーに、チェオ・フェリシアーノ、イスマエル・ミランダ、
マルビン・サンチアーゴを挙げるところに、思わずヒザを打っちゃいましたね。

張りのある声に、元エル・グラン・コンボのアンディ・モンタニェスを
思い浮かべたくらいですからね。いやぁ、歌えるシンガーですねえ、この人。
ロマンティカ・ブームでサルサを捨てた当方ではありますが、
こういうシンガーが出てくると、やっぱり捨てたもんじゃないなあ。

そして、主役を守り立てるバックがまた豪華。
ニュー・ヨーク、プエルト・リコばかりでなく、ペルー、ベネズエラ、フロリダ各地から、
40人以上のミュージシャンが参加して、アレンジャーも7人が起用されています。
今年3月に亡くなった、プエルト・リコの名コンガ奏者、ジミー・モラレスのソロなど、
短めでも、きらりと光るソロ・パートが、どの曲にも用意されていて、
バイラブレなサウンドにダンスしながらも、耳を奪われます。

Willie Morales "VIVENCIAS, MI MISIÓN" El Piloto De La Salsa Productions EPDLS004CD (2021)
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