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ジャズで描くトリニダードのカーニヴァル史 エティエン・チャールズ [カリブ海]

Etienne Charles  CARNIVAL.jpg

21世紀のジャズ・ミュージシャンたちが、自身のルーツを深く研究して、
みずからのジャズに取り入れようとするのは、
いまや全世界的にみられる傾向ですね。
グローバルになったジャズで、みずからのアイデンティティを
ルーツ・ミュージックに見出そうとするのは、自然の成り行きといえます。

エティエン・チャールズもまさにその一人で、
前回取り上げたクリスマス・アルバムは、エンターテインメントと
ルーツ・ミュージックの希求が見事に融合した作品でした。
同じカリブ海出身のジャズ・ミュージシャンでは、
奇しくも同じトランペッターのエドモニー・クラテールがいましたね。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2020-07-26
エドモニーはグアドループ出身で、
島の伝統音楽であるグウォ・カを取り入れたジャズを演奏しています。

7作目を数えるエティエンの17年作は、
これまで歩んできたトリニダード音楽探求の旅が
素晴らしい果実となって実ったのを実感させる最高傑作です。
16年にグッゲンハイム奨励金を得たエティエンは、
カーニヴァル時期のトリニダード島を訪れて、
さまざまなフィールド・レコーディングを行い、
作曲のインスピレーションとアルバムの構想をまとめたのでした。

1曲目の ‘Jab Molassie’ の冒頭から、
ビスケット缶(苛性ソーダ缶とともにスティールドラムが発明される前に
使われていた打楽器)を乱打する金属音が響き渡り、
元解放奴隷の製糖工場の労働者たちが悪魔に仮装して踊った、
トリニダードのカーニヴァルでもっとも古い仮装のジャブ・モラッシーが演じられます。
ハイチ系アメリカ人ドラマーのオベド・カルヴェールが、
2001年に録音されたジャブ・モラッシーのリズムに重ねて
複雑なポリリズムをかたどります。

2曲目の ‘Dame Lorraine’ はカーニヴァルのパロディ劇で、
クレオール女性の神秘で官能的なダンスを再現したもの。
4曲目の ‘Bois’ は、1881年のカンブーレイ暴動を契機に1884年に非合法化された
スティックファイティングを表現した曲で、カレンダのリズムで演奏されています。
このほかにも、エティエンがフィールドレコーディングした
タンブー・バンブーやアイアン、スティールパンをフィーチャーしながら、
カーニヴァルのエネルギーを再現した演奏に感服するほかありません。

エティエンとともにこの物語を演じるのは、ジェイムズ・フランシーズ、
ダビッド・サンチェス、ゴドウィン・ルイス、ブライアン・ホーガンズ、
アレックス・ウィンツ、ベン・ウィリアムズという精鋭がずらり。
これほどの作品、これまでまったく話題に上らなかったのが、信じられません。

Etienne Charles "CARNIVAL - THE SOUND OF PEOPLE VOL.1" Culture Shock Music EC007 (2017)
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今年はクレオール・クリスマス エティエン・チャールズ [カリブ海]

Etienne Charles  Creole Chriistmas.jpg

クレオール・クリスマス!
今年のクリスマスは、トリニダードのトランペット奏者エティエン・チャールズですよ。
夏に見つけたんですが、半年近く寝かせておりました。

エティエン・チャールズは、ミシガン、イースト・ランシングを拠点に
活躍するジャズ・ミュージシャン。ロバータ・フラック、マーカス・ロバーツ、
マーカス・ミラー、カウント・ベイシー・オーケストラ、モンティ・アレクサンダー、
グレゴリー・ポーターなど数多くのアーティストのサイドマンとして活動するかたわら、
ソロ・アーティストとしてトリニダード音楽文化に深く傾倒したアルバムを
制作し続けている、注目すべき音楽家です。

それはエティエンのアルバム・タイトルを見れば一目瞭然で、
06年のデビュー作は “CULTURE SHOCK”、09年のセカンドは “FOLKLORE”、
11年のサードはなんと “KAISO” ですよ。
カイソはカリプソの前身となった歌謡音楽ですね。
15年の4作目 “CREOLE SOUL” に次いで同年に出された5作目が、
このクリスマス・アルバムなのでした。

これがもうゴキゲンなんですよ。
1曲目はマイティ・スポイラーの59年のカリプソ ‘Father Christmas’ で、
歌うはなんとリレイター! 現役カリプソニアンでは最高の人で、
アンディ・ナレルと共演した名作を覚えている人も多いはず。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2009-07-03
ビッグ・バンド・スタイルで歌う、クラシックなカリプソの味わいがたまりません。
そうそう、アンディ・ナレルはリレイターが歌う別の曲にゲスト参加していますよ。

続く2曲目は、チャイコフスキーのくるみ割り人形第2幕第12曲の「チョコレート」。
この曲をトリニダードのクリスマス音楽パランにアレンジして聞かせます。
パランは、ベネズエラから伝わったスペイン系歌曲で
ストリングス・アンサンブルを伴奏に歌われる音楽です。
ここではベネズエラの都市弦楽アンサンブルのスタイルで演奏していて、
ベネズエラ人クアトロ奏者ホルヘ・グレムの超絶プレイが聴きどころ。

トリニダードの偉大な作曲家ライオネル・ベラスコの曲も2曲、
名曲 ‘Juliana’ と ‘Roses Of Caracas Waltz’ を取り上げています。
クアトロのホルヘ・グレムに加えて、
ヴェテランのベネズエラ人マラカス奏者クラリタ・リヴァスに
北マケドニア人クラリネット奏者イスマイル・ルマノフスキーが参加。
ベラスコの曲らしい古風なエレガントさが、見事に表現されています。

そんなノスタルジックな曲もあれば、ドニー・ハサウェイの ‘This Christmas’ や
定番の ‘Santa Claus Is Cominng Town’ のハツラツとした演奏もあって、
エンターテインメント作品としてのクオリティも申し分ないアルバムです。

このほかトリニダードのミュージシャンでは、
ナット・ヘップバーンの61年のカリプソを歌うデイヴィッド・ラダーが
いつになく優しい歌い口で歌っているのも珍しければ、
ヴェテラン・ベース奏者のデイヴィッド・ハッピー・ウィリアムズにも注目。
シダー・ウォルトンのグループで長年活躍してきた人ですけれど、
この人もトリニダード人ですね。

そして驚きは、ラスト・トラックでフィドルを演奏するスタンリー・ローチ。
なんとこの人、ポート・オヴ・スペインのストリートで演奏しているおじいちゃん。
こんなストリート・ミュージシャンをスタジオに呼ぶエティエン、
ただものじゃありません。

最後に、本人の発音が不明のため、いちおう「エティエン」と書いてきたものの、
「イーティエン」と発音する人もあり、正確な読みは不明です。
一部で書かれる「エティエンヌ・チャールズ」と仏・英語をごっちゃに読むのは、
さすがに違うでしょう。

Etienne Charles "CREOLE CHRISTMAS" Culture Shock Music EC005 (2015)
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ジョアン・ジルベルトの「カリニョーゾ」 [ブラジル]

João Gilberto  AO VIVO NO SESC.jpg

98年4月5日、ジョアン・ジルベルトが
サン・パウロのセスキ・ヴィラ・マリアナ劇場で行ったライブ録音がお蔵出し。
この2枚組CDを最初に店頭で見かけた時はスルーしたんだけど、
98年録音ならギリギリ大丈夫かなと思い直し、買ってみました。

「ギリギリ大丈夫」というのは、2000年の “JOÃO VOZ E VIOLÃO” で
ジョアン・ジルベルトのあまりの衰えぶりにガクゼンとなり、
以後ジョアン・ジルベルトのフォローをやめたからです。
ところが日本ではこの頃からジョアンを神格化して、
「法王」などと持ち上げる傾向に拍車がかかり、
ぼくはますます反発を感じて、後年のジョアンを完全無視するようになりました。

前にも書きましたけど、ぼくにとってのジョアン・ジルベルトは
色気あふれる初期だけで、後年では85年のモントルー・ライヴがゆいいつの例外でした。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2022-11-05
ジョアン・ジルベルトは枯れた味わいが出るようなタイプの歌い手じゃないから、
後年の神格化する非音楽的な評価は、愚かしい権威付けにすぎません。

で、問題は90年代という録音時期です。
オフィシャルで出た94年のサン・パウロのテレビ特番のライヴ
“AO VIVO - EU SEI QUE VOU TE AMOR” も衰えが目立って、
早々に処分してしまったし、手元にある96年のイタリアの
ウンブリア・ジャズ・フェスティヴァルでのライヴ盤がまあまあ悪くないといったところ。

果たして98年のライヴはどんなものかと、疑心暗鬼で聴き始めましたが、
それほど衰えは感じられず、ジョアンも気分良く歌っていますね。
わずか645人という観客数は、度を越した完璧主義者に快適だったのかも。
老人声で色気を求めるべくもないところは、目をつぶりますけれど。

ジョアンが愛する古いサンバや往年のボサ・ノーヴァ全36曲は、
ファンにはおなじみのレパートリー。2時間弱というヴォリュームで、
96ページのブックレットには、ポルトガル語・英語解説と全曲の歌詞が付き、
原曲の歌詞をジョアンが変えて歌っている箇所も、丁寧に書かれています。

発売元のSESCによれば、
‘Violão Amigo’ ‘Rei Sem Coroa’ がCD初収録とありますが、
それよりびっくりなのは、ピシンギーニャとジョアン・ジ・バーロの大名曲 ‘Carinhoso’。
ジョアンが歌う「カリニョーゾ」なんて初めて聴いたぞ。これもCD初収録じゃないの?

ブラジル音楽の名曲中の名曲、情熱的なラヴ・ソングですけれど、
曲がドラマティックに盛り上がる一番の聞かせどころ、
‘Vem, vem, vem, vem’ (来て、来て、来て、来て)を、
ジョアンはギターだけの演奏にして、歌わないという暴挙に出ています。
過度な表現を抑えて、さりげない歌にしたかったのでしょうか。

歌い出しからして、歌とギターの拍をずらしまくり、
小節の区切りも無視して先走ったり、跳ねたり、縮めたりと自由自在に歌う、
ジョアン独特の無手勝流ギター弾き語りが
この名曲「カリニョーゾ」でも遺憾なく発揮されています。
ジョアン・ジルベルトの歌のシンコペーション感覚って、まぢ変態。
この1曲だけで、この2枚組は聴く価値があると思いますよ。

João Gilberto "AO VIVO NO SESC 1998" SESC CDSS0177/23
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バンバラのチワラ ムサ・ジャキテ [西アフリカ]

Moussa Diakite  Blue Magic.jpg

ジャケットに写る木彫りは、バンバラ人の農耕の祭儀で登場する仮面のチワラ。
アフリカン・マスクの代表的な頭上面のひとつで、
バンバラの神話で農耕をもたらしたとされる
ローン・アンテロープ(羚羊)がモチーフとなっています。

前に紹介したミシェル・ユエットの写真集にも、
チワラを頭上に載せて、畑を耕すしぐさで踊っている
仮面ダンスの写真が載せられています。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2023-10-15
チワラにはオス・メスがあり、オスはたてがみを持ち、
メスは背中に子供を載せているんですね。
ぼくはオスのチワラを持っていますが、
このジャケットに写っているのもオスのチワラです。

ワスルをルーツとするバンバラ人ギタリストで、現在シドニーで活躍する
ムサ・ジャキテの新作は、昨年の記事の最後に取り上げた
“KANAFO” の次作となります。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2022-09-02

前作同様、マリ・オーストラリア人音楽家の合同作業で、
クレジットの名前から察するに、ンゴニ、カマレ・ンゴニ、バラフォン、コラ、
バック・コーラスがマリ人で、ベース、ドラム・キット、キーボード、ハーモニカなどが
オーストラリア人のようです。演奏はまったくのアフリカン・マナーで、
両者が実にしっくりと共演しています。

タイトル曲は、バンバラらしいマイナー・ペンタトニックのインスト曲で、
物悲しいメロディが胸に染み入る印象的なトラック。
ハーモニカが効果を上げているほか、タマの達者なソロもフィーチャーされます。

ムサの枯れた歌声がシブくて、味わい深いことこのうえないですね。
ダンサブルな曲での飾らないラフな歌いっぷりもよければ、
ゆっくりと語りかける曲での慰撫するような優しい歌い口も沁みます。
ギターはキレがあり、キリッと音色が立つタッチが、
さすがはシュペール・レイル・バンドでならした人と嬉しくなります。

Moussa Diakite "BLUE MAGIC" Wassa no number (2023)
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チャレンジングな作曲と即興 蘇郁涵 [東アジア]

Yuhan Su  LIBERATED GESTURE.jpg

ニュー・ヨークで活動する台北出身のヴィブラフォン奏者スー・ユーハンの新作。
18年の前作で注目した人なんですが、新作がこれまた強力。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2020-04-07

前作とはメンバーを全員変えていて、
ピアノはクレイグ・テイボーンの後釜としてティム・バーン・グループに起用された、
マット・ミッチェル、アルト・サックスはシンガポール出身のキャロライン・デイヴィス、
ベースは今年オリ・ヒルヴォネンと共に来日したマーティ・ケニー、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2023-09-23
ドラムスはM-Base 的な変拍子やリズムの崩しも得意とするダン・ワイス。

スー・ユーハンは、モーダル・ジャズを更新する
コンテンポラリーなタイプの音楽家ですけれど、
フリー寄りのインプロヴィゼーションを展開するマットのピアノと、
M-Base の変拍子ファンクを引用したリズム展開も聞かせるダンのドラムスによって、
今回はかなり攻めた作品に仕上がっていて、もうめちゃくちゃカッコイイんですよ。
ファンクとスウィングが同居するダンのドライヴ感には、ワクワクさせられます。

ユーハンの抒情味のあるメロディを生かしたハーモニー豊かな作曲と、
キレッキレのリズムと時に乱調に及ぶ抽象度の高いスリリングな即興が絶妙です。
前作でも緊張と緩和の押し引きに感じ入ったけれど、
スー・ユーハンの魅力は、作曲と即興のバランスの良さだなあ。
ラスト・トラックの終盤で、コミカルなインプロを繰り広げたあとに、
音量を落としてスッと終わるカッコよさに降参です。

Yuhan Su (蘇郁涵) "LIBERATED GESTURE" Sunnyside SSC1717 (2023)
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コンポーズと即興演奏のオーガナイザー コマ・サクソ [北ヨーロッパ]

Koma Saxo  POST KOMA.jpg

コマ・サクソの新作がスゴイことになってる。
前作のエクレクティックなサウンドに、
未来派ジャズを幻視したような錯覚を覚えたものですが、
今思えば、それは錯覚じゃなかったんですね。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2022-05-23

ジャズ、クラシック、フォーク、ファンク、ビート・ミュージック、エレクトロニカと、
あらゆる音楽の実験場となっていた前作でしたけれど、
今作はその実験がひとつの完成形を見せていますよ。
どアタマから強靭なゆらぎビートで、クリス・デイヴ以降のジャズと
ビート・ミュージックを咀嚼したグルーヴがたまりません。

今作では、ペッター・エルドがサンプラーをかなり積極的に使用していて、
随所に短いカット・アップを組み込むなど、
サウンド・アーティストぶりを発揮しているんですが、
同時に即興演奏を際立たせるサウンドの構成が巧みで、
楽曲に明確なヴィジョンがあって、それを実現するアイディアも豊富なのね。
全13曲中1曲を除いてたった1日で録音した後に、
エルドが録音を重ねて完成させています。

なにより今作のいいのは、サウンドの風通しが良いこと。
リーダーのペッター・エルドのフレキシブルな音楽姿勢がメンバーに伝わり、
メンバー同士がインスパイアしあって、演奏にサプライズが起こっています。
コンセプト・アルバムの色彩が強かった前作とは、演奏の爆発力が違います。

バップからフリー・ジャズを経由してビート・ミュージックまでシームレスに繋がっていて、
ジャズの歴史を横断しつつ21世紀のジャズを響かせるコンポジションがスゴイ。
コンポーズと即興演奏をオーガナイズするペッター・エルドの力量を示した傑作です。

Koma Saxo "POST KOMA" We Jazz WJCD50 (2023)
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移民音楽家がクリエイトするマルチカルチュラル・ジャズ グエン・レ [西・中央ヨーロッパ]

Nguyên Lê Trio  SILK AND SAND.jpg

ヴェトナム系フランス人ギタリスト、グエン・レの新作。
19年の前作も年の暮れに聴いた覚えがありますけれど、
今回もまた年末に聴いているのでした。今年の3月に入荷していたんだけど。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2019-12-29
今作もグエン・レらしいワールド・ジャズが全面展開した作品となっていますね。

ぼくがグエン・レのジャズをワールド・ジャズだという解釈をしているのは、
ジャズがグローバル化しているというのとは別の文脈で、
ワールド・ミュージックのジャズ的展開と捉えているからです。
グエン・レは、音楽教育機関を経ずに独学でジャズ・ミュージシャンとなった人で、
マルチニーク、カメルーン、セネガル、モロッコ出身ほかのミュージシャンが集まった、
ウルトラマリンというグループへの参加がキャリアのスタートでした。

グエン・レはロック、ファンク、ジャズをベースに、自身のルーツである
ヴェトナムの伝統音楽を自分の音楽に取り込むのと同じ作法で、
アフリカ、カリブ、アラブ、アジアなどさまざまな音楽家との交流を経ながら
マルチカルチュラルな音楽世界を生み出してきました。

グエン・レのワールド・ジャズが、けっして無国籍音楽とならないのは、
それぞれの音楽要素がフュージョン(融合)して溶けて消えてしまうのではなく、
それぞれの独自性を輝かして、ハイブリッドな音楽に昇華させているからです。
まさしくそれは、パリを拠点に活動する移民系音楽家のなせる業でしょう。

トリオ名義の本作は、前作に続くカナダ人ベーシストのクリス・ジェニングスと、
スティングのバンドで活躍するモロッコ人打楽器奏者ラーニ・クリジャが参加。
ゲストにサラエボ出身のトランペッター、ミロン・ラファイロヴィッチ、
ウルトランマリン時代の仲間のカメルーン人ベーシスト、エティエンヌ・ムバッペ、
フランス人フルート奏者シルヴァン・バロウが加わります。シルヴァンはここでは、
インドの竹笛バンスリ、アルメニアのダブルリードの木管ドゥドゥクを吹いています。

冒頭から変拍子使いで、クランチ・サウンドのギターが楽しめます。
グエン・レの楽曲は11拍子を多用するんですけれど、
今作には十進記数法を逆手に取った ‘Onety-One’ なんてタイトルの曲もあります。

これまでワールド・ジャズと形容していたグエン・レのジャズですけれど、
むしろマルチカルチュラル・ジャズと呼んだ方がいいのかもしれないと思い直しました。

Nguyên Lê Trio "SILK AND SAND" ACT 9967-2 (2023)
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ポスト・バップが蘇る南アの社会状況 アッシャー・ガメゼ [南部アフリカ]

Asher Gamedze  TURBULENCE AND PULSE.jpg

アッシャー・ガメゼのような音楽家が存在していることが、
現在の南ア・ジャズ・シーンの活況ぶりを証明していますよね。
アッシャー・ガメゼのデビュー作では、その政治的強度に圧倒されましたけれど、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2021-02-05
今回のアルバムでも彼のラディカルな姿勢に、1ミリのブレもありません。

南アで蘇った「ミンガス・ジャズ」。
端的に言えば、この一言に尽きちゃうんですけれど、
前作の記事では、リヴァイヴァルとかレトロとかの誤解を招きかねないかと、
こうした形容を控えてスピリチュアル・ジャズを言及するに止めたんですが、
そんな遠慮は必要ないと、この新作で実感しました。

ガメゼがやっているジャズは、60年代のミンガス・ジャズと見事に共振しています。
じっさいのところ、ガメゼが
チャールズ・ミンガスを意識しているのかどうかはわかりませんが、
公民権運動を背景とした当時のアメリカ黒人意識の精神性と共有するものが、
ガメゼにあるのは確実でしょう。

黒人が置かれている社会状況が一向に改善せず、BLM運動が盛り上がったアメリカで、
それこそミンガス・ジャズが蘇ってもなんら不思議はないんですが、
むしろ南アで蘇ったのは、南アにおいてはBLM運動以前に、
70年代のブラック・コンシャスネス運動(BCM)を歴史の記憶として、
南ア・ジャズの音楽家が継いでいるからなんじゃないのかな。

ミンガスの代表作 “CHARLES MINGUS PRESENTS CHARLES MINGUS” を
連想させずにはおれないピアノレスの2管カルテットは、デビュー作と同じメンバー。
オープニングのガメゼによるモノローグは、本作のマニフェストといえるもので、
バックで弾いているピアノもクレジットはありませんが、おそらくガメゼでしょう。
古めかしさえ覚えるポスト・バップのサウンドが、こんなに美しく奏でられることに、
あらためて感動してしまいますよ。

ミンガスの激しさを思索的なサウンドに置き換えたような10曲のあとに、
アナザー・タイム・アンサンブルと名付けられたグループと
カイロでライヴ録音された3曲が収録されているのも聴きもの。
アナザー・タイム・アンサンブルは、モーリス・ルーカ(シンセ)、
アドハム・ジダン(ベース)、チーフ・エル=マスリ(ギター)の3人のカイロの音楽家に
アラン・ビショップ(アルト・サックス)が加わったグループ。
サブライム・フレークエンシーズ主宰のアラン・ビショップが登場するとは
いささか驚きましたが、ここではもっとのびのびと自由に演奏していて、
このメンバーとの録音ももっと聴きたくなります。

Asher Gamedze "TURBULENCE AND PULSE" Inernational Anthem Recording Co. IARC0057 (2023)
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ピアノとヴォイスのミニマリズムが表すウブントゥ タンディ・ントゥリ [南部アフリカ]

Thandi Ntuli with Carlos Niño  RAINBOW REVISITED.jpg

揺るぎないピアノの力強さ。
左手がかたどる音塊に、南ア・ジャズの伝統がしっかりと息づいています。
とりわけントゥリの祖父レヴィ・ゴドリブ・ントゥリが作曲した
‘Nomoyoyo’ の温かなハーモニーは、南アからしか生まれない、
教会音楽ゆずりの美しさが宿っていますね。

新世代の南ア・ジャズ・ミュージシャンとして注目を集めるピアニスト、
タンディ・ントゥリの新作は、ロス・アンジェルスのアンビエント・ジャズの鬼才
カルロス・ニーニョとの共演作です。
タンディが大作 “EXILED” を発表した翌年19年の8月、
カリフォルニアのヴェニス・ビーチのスタジオで録音されたもので、
シカゴのインターナショナル・アンセムからリリースされました。
なんとカヴァー・アートは、シャバカ・ハッチングスが描いています。

バークリーの奨学金を蹴ってケープ・タウン大学で学んだタンディは、
クラシック・ピアノのスキルとアブドゥラー・イブラヒム直系の南ア・ジャズ・ピアノの
伝統を継承する一方、ハウス・プロデューサーとコラボレートしたり、
シャバカ・ハッチングスのアンセスターズにも一時期参加するなど、
21世紀のグローバルなジャズ・シーンに確かな爪跡を残してきました。

そんなタンディだからこそ、カリフォルニアでカルロス・ニーニョと共演したのも、
彼女の野心的な音楽的冒険なのだろうと、容易に想像がつきます。
しかし本作は、タンディのピアノとヴォイスのパフォーマンスをメインとした作品で、
カルロスとの出会いがもたらす化学反応のようなものを期待すると、
肩透かしかもしれません。

カルロスは、浜辺に打ち寄せる波音のサンプリングや
シンバルなどのパーカッションをコラージュした2つのトラック(3・7曲目)のほかは、
サウンドスケープをうっすらとトリートメントする程度の
きわめて控えめなサポートにとどまっています。

一方、タンディはピアノのほか、シンセやトンゴという小太鼓も演奏し、
矢野顕子の『長月 神無月』を連想させるヴォイスを聞かせます。
矢野顕子ほど奔放な歌いっぷりじゃありませんが、
のびやかな自由さは、両者共通するところがありますね。

ジャケット裏に、タンディによるアルバム・タイトルの詩が書かれていて、
そのなかに、「ウブントゥの本当の意味を求めて努力するように」とあります。
ズールー語のウブントゥとは、アフリカの伝統的な概念で、
社会の構成員間の調和と分かち合いの精神を意味しています。
アパルトヘイトを乗り越えた南アにおいて、特に重要視されたウブントゥですが、
現実はそのようにはなっていません。

タンディはこのほかにも、
「『虹の国』とは、この土地の分断された魂を回復させる仕事であり、
私たち自身の傷ついた精神から始まる」と語っています。
合意やコンセンサスの重要性を強調し、コミュニティ全体の幸福を優先する
ウブントゥの倫理的価値観や哲学に回帰しようとするタンディの意志は、
その音楽に鮮やかに表現されています。

Thandi Ntuli with Carlos Niño "RAINBOW REVISITED" Inernational Anthem Recording Co. IARC0073 (2023)
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R&Bはこれがラスト作 K・ミシェル [北アメリカ]

K. Michell I'm The Problem.jpg

リーラ・ジェイムズとK・ミシェルの新作が一緒に届くなんて、どういう偶然!?
ぼく好みのディープな味わいのフィメール・シンガー揃い踏みとは、
なんか呼ぶものがあったんですかね(嬉)

K・ミシェルは16年作でノック・アウトを食らった人ですが、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2016-04-16
その後2作出ていたんですね。ぜんぜん気付きませんでした。
アトランティックはクビになったのか、ようやく出会えた本作はインディ制作で、
タイトルどおり、問題多き人のようですねぇ。

16年作は、インナーのアートワークが強烈でしたけれど、
今作のジャケットもインパクト大。へたり込んでる場所はトイレなのか?
バック・インレイには、コミックふうのデザインを施していて、
あいかわらずどぎつい演出をしていて、露悪的になるのがこの人のキャラなのか。
アルバム・デビュー前に、ミッシー・エリオットをフィーチャーしたシングルで
注目を集めたこともあるそうで、ミッシーの芸風を継いでるのかな。

それにしても、イマドキのR&Bにはあるまじき、エモーショナルな歌いっぷりといったら。
‘No Pain’ なんてベティ・ライトかよといった趣で、
じっさい ‘No Pain, No Gain’ のリメイクぽい。
南部女の根性みせるってか。

なんでもこのアルバムを最後に、K・ミシェルはR&Bを引退して
カントリー・ミュージックへ転向する宣言しているとのこと。
CDには未収録ですけれど、配信では最後にボーナスで
どカントリーの ‘Tennessee’ が入っています。
ラスト・トラックが絶唱なだけに、この落差はデカイなあ。
CD未収録なのは、個人的にはホッだけれど、
R&Bシーンから消えるとはもったいないなあ。

K. Michelle "I’M THE PROBLEM" MNRK Music Group MNKCD402069 (2023)
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ソウルフルとは リーラ・ジェイムズ [北アメリカ]

Leela James  Thought U Know.jpg

この声、ですよ。
この苦みの利いた声を聴くだけでココロがざわつき、どうしようもなくなります。
胸をグィッとつかむ歌いっぷりの力強さに、ねじふせられました。
エモーショナルに歌っても、少し引いて落ちついた歌い方をしても、
感情のひだが複雑な色合いとなって、ニュアンス豊かに伝わってくる。
ソウルフルってのは、こういう歌をいうんだよ!
て、誰に向かって叫んでるんだかわからないんですが。

もう賛辞を重ねるしかない、3年ぶりとなるリーラ・ジェイムズの新作です。
3年前の前作も、大切に聴き込んだものですけれど、
新作もまた同様となりそうです。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2021-12-06

歌詞を解さずに聴く自分ですけれど、
歌っているのは、ラヴ・ソングばかりではないでしょう。
エンパワーメントをテーマにしているとしか思えない、
聴いているだけで勇気をもらえるような、そんな懐の深い曲に胸打たれます。

制作は前作同様、敏腕プロデューサーのレックス・ライドアウトと
リーラによる共同プロデュースで、サウンドにスキはまったくなし。
リーラ・ジェイムズのアルバムって、いつもいい面構えで映っていて、
キリッとした顔立ちなんだけど、哀しみが宿っているような瞳に引き込まれます。

Leela James "THOUGHT U KNEW" BMG 538961802 (2023)
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エチオ・フォーク・ジャズ ネガリット・バンド [東アフリカ]

Negarit Band.jpg

「エチオソニック」シリーズの新作がひさしぶりに出ました。
フランシス・ファルセトが07年にスタートさせた「エチオソニック」シリーズは、
革命前のエチオピア音楽にスポットを当ててきた「エチオピーク」シリーズと違い、
現在進行形のエチオピア音楽から、
ファルセトの眼鏡にかなったアーティストをピックアップしています。

ユーカンダンツやトリオ・カザンチスを紹介してきたこのシリーズ、
いわゆるコンテンポラリーなポップスならば、
エチオピア現地のレコード会社に任せとけばいいので、
オルタナ的存在のバンドをセレクトしているのがミソ。
今回のネガリット・バンドは、新世代のエチオ・ジャズ・バンドで、
現地ではなかなかレコーディングの機会が与えられない、
インストのバンドをフックアップしています。

ユーカンダンツやトリオ・カザンチスの衝撃に比べれば、
ネガリット・バンドのソフィスケートされたエチオ・ジャズは、
フュージョン志向のエチオピア現地のトレンドと一にするもので、
ファルセトがライナーで言う「スムース・ジャズが中心の
凡庸なエチオピア・ジャズ・シーンの中では特別な存在」とは残念ながら思えません。
じっさいフュージョン的な甘さに流れるアレンジの曲もあって、
エチオピア音階をまったく使わないギター・ソロなんて、ただのフュージョン・ギター。
ファルセトがディスってる傾向は、このバンドにもあることは否定できないでしょう。

ドラムス、ベース、ギター、キーボード、サックス2、トランペットにワシント(笛)の
8人編成で、マシンコ、クラール、ケベロが加わる曲もあります。
エッジの利いた演奏を聞かせる曲もあるんですが、
それを全編で徹底させられなかったところは、やや残念かなあ。

とはいえこのバンドの強みは、リーダーのドラマー、テフェリ・アセファが、
少数民族の音楽に着目して、フォークロアなリズムを取り入れていることでしょう。
特にテフェリがバンド結成以前に、エチオピア南部の音楽を調査したことが
強く影響しているとみえ、ガモ(‘Ethiopia Danosae’)、
イェム(‘Ethiopia Danosae’)、コンソ(‘Kaffa Chafo’)、
ゲデオ(‘Tedayo’)など、南部の諸民族のリズムを多く取り上げているのは、
他にはないネガリット・バンドの個性ですね。

‘Lalibela’ では、ラリベロッチ(アズマリと並ぶエチオピアの音楽職能集団で、
曲名のラリベラは単数形)の歌声をサンプリングして使っていて、
クレジットを見たら、このサンプルは川瀬慈さんが録音したものなんですね。

エチオピア・フォーク・ジャズとして、もう一皮むけてほしいバンドです。

Negarit Band "ORIGINS" Buda Musique 860384 (2023)
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ヴァイタルなフランス産アフロ・ブラス・バンド バラフォニックス&マリー・メイ [西・中央ヨーロッパ]

Balaphonics & Mary May.jpg

バンド名が示すとおり、
バラフォンをメインに据えたフランス白人によるアフロ・ソウル・バンド。
フランスとバラフォンといえば、ブルキナ・ファソ人グリオとフランス人がコラボした
カナゾエ・オルケストラがありましたけれど、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2016-12-20
こちらでバラフォンを叩いているのはフランス白人。

以前はバラフォン奏者が二人いたようですけれど、本作では一人となり、
バラフォンよりサックス2,トランペット、トロンボーンによる
4菅のホーン・セクションを前面に打ち出したアフロ・ブラス・バンドとなっています。
ベースはスーザフォンが担っているところも、なかなかユニークです。

21年の前作では、モリバ・ジャバテやジュピテール&オクウェスといった
ゲスト・ヴォーカルを迎えていましたけれど、本作ではコンゴをルーツとする
アフリカ系フランス人シンガーのマリー・メイと1年間の共同作業を経て、
本作を制作したそうです。

か細く頼りなくも聞こえるマリー・メイのヴォーカル(ラップもする)は、
過去のアフリカン・ポップスの文脈からはまったく外れるタイプの歌声ですけれど、
21世紀のグローバルなポップスに溶解したアフリカン・ディアスポラの
チャーミングな声質は、十分魅力的です。

トニー・アレンのアフロビート・ドラミングやマンデ・ポップ、スークースなど、
さまざまなアフロ・ポップのエッセンスをミクスチャーしながら、
エモーショナルなサウンドにヴァイタリティをしっかりと宿しているところが、
超好感が持てますね。
ヌビアン・ツイストやココロコといったUK産アフロ・バンドと
ベクトルを一つにするフランス産バンドの快作です。

Balaphonics & Mary May "BALAPHONICS & MARY MAY" Vlad Productions VP267 - AD7858C (2023)
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更新された王道のアフロ・ソウル フレディ・マサンバ [中部アフリカ]

Fredy Massamba  TRANCESTRAL.jpg

いやぁ、すごくこなれたコンテンポラリー・ポップだなあ。
プロダクションがしっかりと制作されていて、
プロのポップ職人の仕事を見る思いがしますね。
インターナショナル・マーケットをターゲットにしたアフリカものでは、
これ、出色の出来じゃないですか。

コンゴ共和国ポワント=ノワール出身のフレディ・マサンバの4作目。
このアルバムで初めて知りましたけれど、71年生まれというから、もう50過ぎ。
91年にレ・タンブール・ド・ブラザに参加して世界をツアーし、
93年に勃発したコンゴ共和国内戦でフランスへ逃れ、
ザップ・ママやセネガルのラッパー、アワディとツアーをしてキャリアを積み、
10年にソロ・デビューした人だそうです。

オープニングでいきなり飛び出す、アカ・ピグミーのポリフォニーのサンプリングに驚愕。
続く2曲目のイントロでも、ンゴマを伴奏に手拍子で
コール・アンド・レスポンスをするコーラスがサンプリングされています。
オーセンティックな伝統サウンドから、ジャジーなエレピやギターにラップへと
シームレスにつなげても、なんら違和感なく接続するところが手腕だよなあ。

この人の場合、レ・タンブール・ド・ブラザにいたことが、コヤシとなったんでしょうね。
レ・タンブール・ド・ブラザは、身もフタもない言い方をすると、
外国人相手にアフリカ音楽をショーケース的に演奏するバンド。
少なくとも、ブラザヴィルの同邦に向けた音楽ではありません。
レ・タンブール・ド・ブラザで振付もしていたフレディは、
ここでグローバルなポップスのなかでアフリカ性を表現するスキルを体得したのでしょう。

クレジットを眺めるに、サウンドのキー・パーソンは、キンシャサ出身のギタリスト、
ロドリゲス・ヴァンガマと、プログラミングとアレンジを担当する
マルチ奏者ディディエータッチの二人のよう。
ブルンディ生まれのベルギー人ラッパー、スカ・ンティマがゲストに参加しているのも、
ディディエータッチがプロデュースしているよしみでしょう。

このほかゲストでは、ロクア・カンザといった大物から、
フレディ・マサンバと同郷のポワント=ノワール出身の若手ラッパー、
ストゥ・ワンダーや、マリ西部カイのグリオの家系に生まれ、
現在はカナダで活躍するシンガー、ジェリ・タパがフィーチャーされています。
全曲フレディのオリジナルで、ソングライティングも秀逸。
曲によりホーン・セクションもたっぷり使って、申し分のないプロダクションです。

21世紀に更新されたアフロ・ソウルはジャジーな味わい。
直球ストレートの王道ぶりに胸がすきます。

Fredy Massamba "TRANCESTRAL" Hangaa Music no number (2023)
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ヴィンテージな味わいのアフロ・ファンク トーゴ・オール・スターズ [西アフリカ]

Togo All Stars Spirits.jpg

好調続く、トーゴ・オール・スターズの3作目。
2作目と同じ陣容で、地元のロメでレコーディング、
アムステルダムでミックスとマスタリングが行われています。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2022-09-26

3管を擁したメンバーも2作目とほぼ変わりなく、
目立つ変化といえば、女性歌手が一人加わったことかな。
ドッジ・アリス・バックナーとクレジットされたこの人の歌いっぷりが
また野趣に富んでいて、う~ん、いいんだわ~。
こういう土臭い味わいを持ってる歌い手って、
全世界からどんどんいなくなっているだけに、嬉しくなりますねえ。

『スピリッツ』というタイトルや、ジャケットに描かれたデザインが示すとおり、
本作もトーゴのヴードゥーに由来したトラックが多数のようです。
4曲目 ‘Afidemanyo’ のイントロの太鼓とシェイカーのリズムは、
明らかにヴードゥーで使われるリズムと思われるし、
ほかの曲でも金属製打楽器や太鼓が刻む特徴的なリズムに、
ヴードゥー由来を感じさせる場面が多数出てきますよ。

デビュー作には、曲ごとにアクペセ、アグバジャといったリズム名が
クレジットされていたんですが、2作目と本作には記載がなく、ちょっと残念。
トーゴのリズムの聞き分けがまだできないので、勉強したいんだけどな。
そうしたトーゴの伝統リズムをアフロ・ファンクにしたトーゴリーズ・ファンクのほか、
アフロビートも2・11曲目でやっています。

デジタル皆無のアナログな生演奏で、
ここまでアーシーな魅力を放つバンドは、今日び本当に貴重。
居並ぶヴォーカリストたちも全員がいなたい歌い口で、
もう涙が止まりません。

Togo All Stars "SPIRITS" Excelsior EXCEL96755 (2023)
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マルチニークの名花 ローラ・マルタン [カリブ海]

Lola Martin.jpg   Lola Martin  CHANTE LA MARTINIQUE.jpg

ローラ・マルタン(本名ステラ・モンデジール)といえば、
フレンチ・カリブ・ファンには忘れられない人。
マルチニークのマイナー・レーベル、ジョジョから出た69年のレコードが、
93年にCD化されて初めて聴いた時は、
そのチャーミングな歌声にメロメロとなったもんです。
のちにレコードも手に入れたら、CDとは曲順が違っていて、あれっと思ったけど。

曲順を入れ替えたCDでは、
1曲目にレオーナ・ガブリエルが30年に作曲した ‘A Si Parer’ が置かれていて、
エミリアン・アンティルのアルト・サックスとクラリネットに、
アラン・ジャン=マリーのピアノを伴奏にビギン名曲がたっぷりと堪能できる、
ビギン名盤中の名盤でした。

ローラ・マルタンが残したレコードは少なくて、
このレコード以前には、グアドループのテナー・サックス奏者エドゥアール・ブノワ、
サックス奏者ジェルマン・セセ、ピアニストのフレッド・ファンファンとともに、
60年にグアドループのレーベル、エメロードに録音した1枚があるだけです。

Edouard Benoit, Lola Martin, Germain Cece, Fred Fanfant Et Les Emeraude Boys.jpg

69年のジョジョ盤がCD化されたのと同じ頃に、このレコードもCD化されましたが、
オリジナルのレコードはいまだにお目にかかったことがないんだよなあ。
このレコードでは、60年のマルチニークのカーニヴァルで入賞したヴァルスの
‘La Rade Fort-de-Frances’ や、同60年のビクーヌ・コンクールの入賞曲
‘Couve Dife’ に、ルル・ボワラヴィル作のマンボ、
そして69年盤で再演された ‘Adieu Foulard’ を歌っています。

この曲は、アンリ・サルヴァドールのヴァージョンで広く知られるようになった古謡で、
1777年から1783年まで仏領アンティルの総督を務めた
フランソワ・クロード・アムル・デュ・ブイエ将軍の作とされていますが、
歌の起源に明確な典拠はないようですね。
神戸大学(当時)の尾立要子さんがこの曲にまつわる優れた研究を、
2013年に発表しています。

69年盤のCDに載せられたアンリ・デブスのコメントによると、
「もう20年以上も音楽業界から遠ざかっている。
カリフォルニアのどこかで愛する男性と暮らしている」とあり、
当時ローラは引退していたようなんですが、
このCDの5年後に現役復帰して、アルバムを出しました。

Lola Martin  KENBÉ DOUBOUT’ AW.jpg

ローラらしいエレガントさに溢れたビギンをたっぷり味わえる快作だったんですけけど、
日本ではガン無視だったよなあ。どういうことだったのかなあ。
このCDをレヴューしたテキストなんて、読んだことないもんね。

バンゴのタンブーをイントロに始まるこのアルバム、マルチニーク色全開で、
アラン・ジャン=マリー、ティエリー・ヴァトンのピアノに、
ラルフ・タマールもコーラスにかけつけています。
サックス、トランペット、クラリネット、トロンボーンの管楽器が活躍する
ジャズ・ビギンの演奏も申し分なければ、チ・エミールのベレ ‘Ti-Cannot’ を取り上げ、
バゴのパーカッションのみで歌っているんですが、
この曲、ローラ自身がアレンジしているんですよね。

ビギンばかりでなく、アフロ系音楽を射程に収めるところにも、
レオーナ・ガブリエル譲りのマルチニーク文化への深い傾倒がうかがわれます。
インナーにはローラの若き日の白黒写真も載せられていて、
その写真を眺めていると、マルチニークの名花という言葉しか浮かびません。

Lola Martin "LOLA MARTIN" Henri Debs Production AAD3001-2
[LP] Lola Martin "CHANTE LA MARTINIQUE" Jojo 403 (1969)
Edouard Benoit, Lola Martin, Germain Cece, Fred Fanfant Et Les Emeraude Boys
"EDOUARD BENOIT, LOLA MARTIN, GERMAN CECE, FRED FANFANT ET LES EMERAUDE BOYS"
Hibiscus EMS M3-2 (1960)
Lola Martin "KENBÉ DOUBOUT’ AW" Déclic Communication 506842 (1998)

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現役復帰直後の輝き ハイル・メルギア [東アフリカ]

Hailu Mergia  PIONEER WORKS SWING.jpg

ハイル・メルギアの新作は、ハイルが演奏活動を再開してまもなくのライヴ盤。
ブルックリンの由緒ある非営利文化センター、
パイオニア・ワークスで16年7月1日に行われたライヴ・パフォーマンスです。

ワシントンDCでタクシー・ドライヴァーとして働いていたハイルの昔のカセットが、
13年にオウサム・テープス・フロム・アフリカによってリイシューされ、
カルト的人気を呼ぶことになるとは、当時本人は想像さえしなかったでしょうね。
まさに青天の霹靂だったはずで、在米エチオピア人に向けて演奏するのではなく、
アメリカ人相手に演奏して喝采を呼ぶことになるとは、
本人にとってオドロキ以外の何物でもなかったでしょう。

ましてや復帰ライヴの記事がニュー・ヨーク・タイムズの一面を飾り、
世界各地のフェスティヴァルに招かれることになるのだから、
人の運命とは分からないものです。

ベースとドラムスによるトリオで、ピアノ、オルガン、アコーディオン、メロディカと
鍵盤類を駆使して、たっぷりと即興演奏を繰り広げるハイルは、
長年のうっぷんを晴らすかのように、イキイキと演奏しています。
ハイルのMCからは、再び演奏を始められた喜びとともに、
新しい観客を得た誇らしさのようなものも感じ取れますよ。

15年にドイツのフィロフォンから出したシングル曲 ‘Yegle Nesh’ を筆頭に、
85年作の “SHEMONMUANAY” から
‘Hari Meru Meru’ ‘Belew Beduby’ の2曲
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2013-07-25
18年作の “LALA BELU” から ‘Tizita’ ‘Anchi Hoye Lene’ の2曲を
演奏しています。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2018-03-03

ベースとドラムスがすっごくタイトで、ビシッと引き締まった演奏は、
ブルックリンの通のリスナーも大喜びで、めちゃくちゃウケてますね。
現役復帰の輝きがまばゆいライヴ盤です。

Hailu Mergia "PIONEER WORKS SWING (LIVE)" Awesome Tapes From Africa (US) ATFA049 rec. 2016 (2023)
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その音楽、凶暴につき クリス・デイヴィス [北アメリカ]

Kris Davis’ Diatom Ribbons  LIVE AT THE VILLAGE VANGUARD.jpg

クリス・デイヴィスの新グループの新作ライヴがスゴイ。
19年のアルバム・タイトルをグループ名にしたダイアトン・リボンズは、
ドラムスのテリ・リン・キャリントン、ターテーブル兼エレクトロニクスの
ヴァル・ジェンティとクリスの女性3人に
ベースのトレヴァー・ダンを主要とするグループで、
今作にはギターのジュリアン・ラージという強力な助っ人加わっています。

クリス・デイヴィスといえば、18年に来日した時のライヴが強烈で、
いまでもあの夜のパフォーマンスがまざまざと思い出されます。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2018-04-10
あの時に見せつけられたフリー系ジャズ・ピアニストというアスペクトは、
彼女の多彩な音楽性の一部にすぎなかったことに、
この新作は気づかさせてくれます。

ダイアトン・リボンズは、現代音楽や電子音楽からバップに至るまで、
クリスの豊富な音楽的語彙を発揮できる、力量のあるメンバーが揃いました。

テリ・リン・キャリントンといえば、
ウェイン・ショーターやデイヴィッド・サンボーンの共演を皮切りに頭角を現し、
エスペランサ・スポルディングのツアーでも活躍をしていた人。

ポルトープランス生まれのハイチ人電子音楽家にしてターンテーブリストの
ヴァル・ジェンティは、ハイチのヴードゥーとエレクトロを融合した
ヴォドゥ=エレクトロのサブ・ジャンルであるアフロ=エレクトロニカを標榜する
気鋭の音楽家で、現在はバークリー音楽院の教授も務めています。

そしてトレヴァー・ダンは、ジャズ、パンク/ハードコア、現代音楽、フリーなど
多ジャンルに及ぶ音楽性を持ち、メアリー・ハルヴォーソンとの共演歴もある人。
こうしたメンバーが集い、そこにジュリアン・ラージが加わったのだから、鬼に金棒です。
それにしても、老舗ジャズ・クラブのヴィレッジ・ヴァンガードでのライヴというのは、
意外でした。保守的なジャズしかやらない場所と思ってたら、そんなことないんだね。

このライヴではヴァル・ジェンティのターンテーブルの存在が大きく、
さらにクリスが操るアートリア・マイクロフリーク・シンセによる
サンプリングやサウンド・コラージュによって、サン・ラー、メシアン、
ポール・ブレイ、シュトックハウゼンの肉声がさまざまな曲で登場します。

レパートリーがまた面白い。クリスのオリジナルのほかに取り上げているカヴァーは、
ロナルド・シャノン・ジャクソンの ‘Hari Meru Meru’ に
ジェリ・アレンの ‘The Dancer’ 、ウェイン・ショーターの ‘Dolores’ 。
クリスのオリジナルも、ドルフィーとナンカロウを接続させてみたり、
3部構成のバード組曲ではバップから現代音楽まで横断してみたり、
ジャンルを交叉するだけでなく、フォームを解体する企てがめちゃくちゃスリリングです。

ぼくがクリス・デイヴィスの音楽に惹かれるのは、
こうしたフォームを逸脱しようとするエネルギーに惹かれるから。
知的すぎる音楽を苦手とする当方も、
クリスの音楽には凶暴さが潜んでいるような気がするんですよ。
サウンドそのものに、凶暴さなど微塵もないんですけどね。

ジュリアン・ラージがぴたりそこにハマっているのも、
クリスの音楽の本質に、自由度の高い逸脱があるからなのでは。

Kris Davis’ Diatom Ribbons "LIVE AT THE VILLAGE VANGUARD" Pyroclastic PR28/29 (2023)
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ビューティーなピアノ 渡辺翔太 [日本]

渡辺翔太  LANDED ON THE MOON.jpg

渡辺翔太のピアノの美しさは、掛け値なしでしょう。
右手が繰り出すメロディアスで華麗なタッチは、
ありし日のジョー・サンプルを思わせるところもあるもんね。

店頭で聴いて即買った前作から、3年ぶりとなる渡辺翔太の新作。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2020-09-04
前作同様、ドラムスは石若駿、ベースは若井俊也のピアノ・トリオ。
前作よりグルーヴ感を強く打ち出した楽曲が増えて、
石若が攻める場面も多くなり、石若ファンにとっては嬉しい限りです。

前作はグレッチェン・パーラトと勘違いした吉田沙良がフィーチャーされていたけど、
今作は Ruri Matsumura という人をフィーチャー。
子供ぽい声質と歌いぶりは、ぼくの苦手とするタイプだなあ。
でもまあ、推進力あるトリオの演奏に重点が置かれているから、
幼児性ヴォーカルはあまり気にならず。
シンセやローズ、ウーリッツァーを駆使したサウンドづくりがツボにハマっています。

渡辺の美しいピアノがよく映える、抒情味のあるメロディのオリジナル曲も
見事な出来ばえなら、ゆいいつのカヴァー曲の ‘Smile’ も素晴らしい。
21世紀になってというか、日本では東日本大震災以降、
よくカヴァーされるようになった曲ですけれど、
後半奔放な演奏となるアレンジが斬新です。
岩井の強力なベース・ソロから始まる ‘Table Factory’ も、
3人の存分な暴れっぷりが胸をすきます 。

ヴィブラフォンを模したシンセで弾かれる ‘Correndo Ó Verão’ もいいね。
「夏を走る」というポルトガル語のタイトルから察するに、
サンバにしたかったみたいだけど、ちょっと違っちゃったかな。
オカシなアクセントで叩いているトライアングルがいただけない。
バイオーンじゃないのなら、トライアングルは必要なかった。

渡辺翔太 「LANDED ON THE MOON」 リボーンウッド RBW0029 (2023)
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ビクツィでロックして世界の舞台へ レ・テット・ブリューレ [中部アフリカ]

Les Têtes Brûlées  MAN NO RUN.jpg   Les Têtes Brulées  Bleu Caraïbes.jpg

オウサム・テープス・フロム・アフリカのリイシューに触発されて、
ひさしぶりにザンジバル在籍時のレ・テット・ブリューレを聴き直してみました。
レ・テット・ブリューレは90年12月に来日していますけれど、
すでにザンジバルが亡くなった後でしたね。
残念ながらそのとき自分はタンザニアにいたので、
ライヴを観ることはできなかったんですが。

当時はまだビクツィという音楽じたいを知らずに聞いていたので、
レ・テット・ブリューレがいかに革新的なバンドだったのかに気付けたのは、
ずいぶんあとになってからのことです。
来日当時「アフリカのフィッシュボーン」という
アフロ・パンクのイメージで受け止められたのも、
顔や腕や足に白いボディ・ペイントを施し、頭の半分を剃ったヘア・スタイルで、
色とりどりの破れた服にバックパックを背負ったいで立ちによるものでしたね。

こうしたステージ衣装を考案したのが、
バンド・リーダーのジャン=マリー・アハンダです。
ジャーナリスト出身のアハンダは、バンド結成にあたって明確なコンセプトを持っていて、
ベティ人だけのものだったビクツィという音楽をカメルーン全国に広め、
さらにビクツィ・ロックで世界の舞台に躍り出ようという野心を持っていたのでした。

リード・ギタリストのザンジバルのカリスマティックな才能を早くから見抜き、
ステージではザンジバルを中央に立たせてギターとダンスの司令塔を演じさせ、
アハンダ自身はステージの端に位置して、ヨーロッパの観客を沸かせました。
ランスロー=フォティから出した87年のデビュー作
“REVELATION TELE-PODIUM 87” でも、
「ザンジバルとレ・テット・ブリューレ」という名義だったほどです。

このデビュー作のA面全部を占めた ‘Essingan’ は、
ザンジバルがベティ人の伝承曲をアレンジした曲で、
レ・テット・ブリューレ初のヒットとなりました。
レ・テット・ブリューレが88年にヨーロッパをツアーした時に撮られたドキュメンタリー
“MAN NO RUN”(クレール・ドニ監督)のサウンドトラックで、
‘Essingan’ の短尺ヴァージョンを聴くことができます。

ちなみにドキュメンタリー映画 “MAN NO RUN” は、彼らのツアーに同行して
カメラを回しただけの内容のない映画で、観るべきものはないんですが、
サウンドトラックの方は、ライヴ感たっぷりの小気味いいビクツィが楽しめます。
生前時のザンジバルのプレイが聞けるインターナショナル盤は、
このサウンドトラックと、ザンジバルの死後に出た
ブルー・キャライブ盤の2枚しかないんですよね。
世界デビュー前のランスロー=フォティ盤2作もCD化してくれないかなあ。

Les Têtes Brûlées "MAN NO RUN" Milan CDCH360 (1989)
Les Têtes Brulées "LES TÊTES BRULÉES" Bleu Caraïbes 82803-2 (1990)
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ビクツィ・ギター・ヒーローに捧ぐ ジブラルタル・ドラクス [中部アフリカ]

Gibraltar Drakus  HOMMAGE A ZANZIBAR.jpg

カメルーンのビクツィづいているオウサム・テープス・フロム・アフリカ。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2023-07-27
ロジャー・ベコノのデビュー作に次いで出たのは、
ジブラルタル・ドラクスのデビュー作です。
ロジャー・ベコノと同じインター・ディフュージョン・システムから
89年に出たレコードで、ロジャー・ベコノの一つ前のレコード番号だったんですね。

ロジャー・ベコノのアルバム同様、ミスティック・ジムがディレクションしていて、
バックのメンバーも全員同じ。
ジブラルタルは、ロジャー・ベコノのアルバムにコーラスで参加していましたが、
ジブラルタルのアルバムには、ロジャー・ベコノは参加していないようです。

Gibraltar Drakus  LE ROI BANTUBOL ET L'ORDRE ZOBLAK.jpg

このレコードも今回リイシューされるまで見たことすらありませんでしたが、
ジブラルタル・ドラクスは、99年にJPSから出たCDを1枚持っていました。
99年作は全曲ビクツィではなく、スークースもやっていて、
ビクツィ特有のギターでなくルンバ・スタイルのギターになってしまっているのが残念。

どちらのジャケットも、レ・テット・ブリューレと同じ
フェイス・ペインティングを施していて、
ジブラルタルがレ・テット・ブリューレのフォロワーであることは歴然。
しかもこの89年デビュー作はタイトルにあるとおり、
レ・テット・ブリューレのリード・ギタリスト、ザンジバルこと
エペメ・ゾア・テオドールに捧げられています。

なんでもジブラルタル・ドラクスはザンジバルを兄貴分のように慕って、
作曲やギターを習っていたのだそうで、歌ばかりでなく、
ギターも弾くようにとザンジバルに励まされていたのだそうです。
このデビュー作の前年、ザンジバルはわずか26歳の若さで亡くなってしまい、
ジブラルタルにとってこのデビュー作は、
ザンジバルへの恩返しの気持ちをこめたアルバムだったのかもしれません。

さきほどロジャー・ベコノのアルバムと制作スタッフが同じであることは書きましたが、
ギター・サウンドには少し違いがみられますね。
ロジャー・ベコノのアルバムではリード・ギターとリズム・ギターの絡みが、
伝統ビクツィのバラフォンの伴奏をギターに置き換えた演奏となっていましたが、
ジブラルタルのアルバムでは、リズム・ギターがほとんど目立たず、
前面に出たリード・ギターが1台でバラフォンのサウンドを奏でています。

ギター・バラフォンと称されるビクツィのギターは、
タバコの箱のアルミ・ホイルを弦の間に挟むなどして弦をミュートするのが特徴で、
ザンジバルが弦の間を通した紐をブリッジに寄せるシーンが、
レ・テット・ブリューレのドキュメンタリー映画にあったのを覚えています。
ここではシンバことエヴッサ・ダニエルが、特徴的なビクツィのギターを弾きまくっていて、
カリスマ・ギタリスト、ザンジバルへのオマージュを捧げています。

Gibraltar Drakus "HOMMAGE A ZANZIBAR" Awesome Tapes From Africa ATFA048 (1989)
Gibraltar Drakus "LE ROI BANTUBOL ET L'ORDRE ZOBLAK" JPS Production CDJPS51 (1999)
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シマ唄の歌いぶり今昔 中山音女 [日本]

宇検民謡傑作集.jpg   宇検民謡傑作集 歌詞.jpg

今年は中山音女、キテるなあ。
2023年リイシュー大賞ダントツ1位と、はやばや決定したのが、
中山音女のSPをホンモノのピッチで再現復刻した、
奄美シマ唄音源研究所による労作。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2023-06-15

そのカンゲキもまだ冷めやらぬところに、
今度は音女の戦後録音を収録した貴重な一枚を発見しました。
それが、奄美のセントラル楽器が66年に発売した10インチ盤。
全9曲収録のレコードで、
メインは昭和生まれの吉永武英と石原豊亮の6曲ですけれど、
大正生まれの田原ツユ(ジャケットの「田春」は誤記)が2曲と、
明治生まれの音女が歌う「うらとみ節」1曲が入っています。

歌詞集の唄者紹介に「現在、第一線は退いているが、
これまで美声を保っていることは一つの奇蹟であろう。
39年名瀬で行われた民謡大会に特別出演、喝采をあびた」とあり、
このレコードが出る2年前に民謡大会に出演したことがきっかけとなって、
この録音につながったものと思われます。

音女の戦後録音は、研究者が残した音源は別として、
商業録音ではこの1曲しか、ぼくは知りません。
録音当時は70を越す年齢だったわけで、SP録音時の声と違うのは当然として、
吉永武英や石原豊亮の昭和世代の歌いぶりと大きく違うのがわかります。

とりわけここで音女が歌った「うらとみ節」は、
その違いがはっきりとわかる典型なんですね。
うらとみ節は、「むちゃ加那節」の名でも知られる伝説の悲話をもとにした物語。
現代では悲劇の内容にふさわしく、とても遅いテンポで歌われるのが通例ですが、
音女がここで聞かせる歌いぶりは、まったく違っています。

まず、「うらとみ節」(「むちゃ加那節」)の内容をかいつまんで紹介しておくと、
時は薩摩藩政初期の頃の物語。
瀬戸内町加計呂麻島の生間という集落に、
「うらとみ(浦富)」という美人がいました。
うらとみは島唄と三味線がたいへん上手く、当時鹿児島から来ていた役人に
気に入られて、島妻(島だけの妻=妾)に請われます。
しかしうらとみは役人をかたくなに拒んだことから、
両親は食料を用意した小舟にうらとみを乗せ、沖へ流します。

うらとみを乗せた小舟は何日か漂流した後、喜界島の小野津へ漂着し、
この島でうらとみは結婚し、むちゃ加那をもうけます。
このむちゃ加那も母譲りの美人に育ちました。
ある日、むちゃ加那の美しさを妬む女友達が、あおさ採りにむちゃ加那を誘い出し、
女友達はむちゃ加那を海へ突き落として溺死させます。
そのことを知ったうらとみは狂乱し、入水自殺してしまったのでした。

中野律紀  むちゃ加那.jpg

こうした悲劇ゆえ、歌いぶりがじっくり聞かせる迫真となるのも必然です。
初めてぼくがこの曲を聴いたのは、中野律紀のデビュー作でした。
奇しくも中野律紀は、この「むちゃ加那節」を歌って
最年少の15歳で日本民謡大賞グランプリに輝き、
3年後に出したデビュー作のアルバム・タイトルともなったのです。

武下和平.jpg   南政五郎.jpg

その律紀の洗練された繊細な歌いぶりと、
音女の野趣に富んだ力強い歌いぶりとでは、天と地ほどの違いがありますよ。
このレコードが録音されたのとほぼ同時期にあたる、
62年に録音された武下和平の「むちゃ加那節」や、
64年録音の南政五郎の「うらとみ」と聞き比べると、
音女ほど野趣ではないものの、歌いぶりには力強さがみなぎっています。
そして音女と共通するのは曲のテンポで、
律紀のヴァージョンになると、テンポが極端に落とされていることがわかります。

これは奄美民謡が時代が下るほどに、野性味がなくなって、
情緒豊かな表現を追求するようになり、
グィンの技法など洗練を志向した結果なのでしょう。
明治・大正・昭和生まれの唄者を収録したこの10インチ盤は、
世代の違いによって歌いぶりの変化が聞き取れるだけでなく、
平成から令和を迎えた今となっては、もはや別世界の歌声といえます。

宇検民謡傑作集 CDR.jpg

この10インチ盤は、今ではまったく聴くことができなくなった
昔の奄美民謡の味わいを堪能できる貴重な一枚です。
実は、セントラル楽器でCD化されているんですけれど、
ディスクはCDR、レーベルはレーザー・プリンター印刷という自家製で、
ジャケットなしの歌詞カードのみ。
オリジナルの10インチ盤を捕獲できたのは、嬉しき哉。
レコードは目にも鮮やかな、透明レッド・ヴァイナルのミント盤であります。

[10インチ] 中山オトジョ,田原ツユ,吉永武英,石原豊亮 「宇検民謡傑作集」 セントラル楽器 O12 (1966)
中野律紀 「むちゃ加那」 BMGビクター BVCH604 (1993)
武下和平 「奄美民謡 天才唄者 武下和平傑作集」 セントラル楽器 C3 (1962)
南政五郎 「本場奄美島唄 南政五郎傑作集」 セントラル楽器 TCD02 (1964)
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みずみずしいスーパー・ゲーリック・バンド ダイヴ [ブリテン諸島]

Dàimh  SULA.jpg

「ダイヴ」と発音するバンド名は、スコットランド・ゲール語で「親族」の意。
98年結成で、西ロッホアーバーとスカイ島を拠点に、
はや四半世紀も活動しているんですね。
メンバー各自の出身はケープ・ブレトンやカリフォルニアなどとバラバラですが、
全員がスコットランド、ハイランド地方にルーツを持つという
同胞としての共感から結成された、スーパー・ゲーリック・バンドだそうです。

バグパイパーのアンガス・マッケンジーは、ケープ・ブレトン島に生まれ、
ゲール語を母国語として育った人。
幼い頃からパイプスを演奏して数多くのコンテストで優勝し、
本格的にハイランド音楽を演奏するべく、スカイ島に移住しています。
フィドラーのゲイブ・マクヴァリッシュは、
ハイランドからノヴァ・スコシアそしてカリフォルニアへと移り住んだ家族のもとに生まれ、
17歳の時に曾祖父が暮らしていたハイランドの地へ渡り、
現在はスカイ島の南に位置する、住民わずか100人のエッグ島に居を置いています。

さらにこのバンドの音楽を引き立てているのが、歌手エレン・マクドナルドの存在です。
18年の7作目から加わったというエレンのシンギングは、
スコティッシュの伝統を見事にひいていますね。
ハイランド最大の都市インヴァネス(イニリ・ニシ)育ちの彼女は、
スカイ島にあるスコットランドゆいいつののゲール語大学へ入学して、
ゲーリック・ソングを歌い続けてきた筋金入り。
チャーミングな声質を持ちながら、素朴な味わいを失わないシンギングが魅力です。

ハイランドの伝統音楽を継承して、
現代のゲール音楽としてリフレッシュさせるダイヴは、
すでにヴェテラン・バンドの域にあるともいえるのに、
その音楽のみずみずしさ、若々しさに圧倒されます。
それは内なるゲール文化を強く意識しながら、ハイランドの外から
ハイランド音楽を希求してきた時間の長さや、思いの強さのなせる業のように思えます。

Dàimh "SULA" Goat Island Music GIMCD006 (2023)
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リアルなサザン・ソウルの感触 ミスター・スモーク [北アメリカ]

Mr.Smoke  Still Smokin'.jpg

もう1枚が、デビュー作から4年ぶりとなるミスター・スモークのセカンド作。
いがらっぽい声は、ステージ・ネームやアルバム・タイトルが示すとおり、
タバコのせいなんでしょうか。サビの利いた声で歌い上げる、
オールド・マナーなソウル・シンガーならではの歌いぶりに、グッときますねえ。

プロダクションはマーセラス・ザシンガーのアルバムに一歩ゆずるものの、
主役の気合の入った歌いっぷりが、すべてカヴァーしていますね。
表情豊かな歌いぶりがダンサブルな曲でよく映えて、
チタリン・サーキットのステージで、客を沸かすのが目に見えるかのようです。

熱き血潮たぎる表現力豊かなこの歌声に、
サザン・ソウルの心意気が溢れていますよ。
ブルージーな味がよく表れた曲を聴いていると、
このアルバムにはないけれど、ブルーズン・ソウルも歌ってほしくなるなあ。
リトル・ヴィレッジが手がけたら、
すんごいディープでリアル・ブルース・アルバムができそうなんだけど。

Mr. Smoke "STILL SMOKIN’" Hit Nation no number (2023)
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ナイト・ムードのスロウ・ジャム マーセラス・ザシンガー [北アメリカ]

Marcellus TheSinger.jpg

秋はR&Bであります。
といいつつ、今年は真夏に珍しくヘヴィロテしたR&Bアルバムがあったんですけど、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2023-07-11
R&Bがグンと身近になるのは、やっぱり夜がひんやりとする季節になってから。

インディのサザン・ソウル新作から、好みの2作を見つけました。
1枚はマーセラス・ザシンガー
(ザとシンガーの間にスペースなし)という新人のデビュー作。
ルイジアナのシンガーだそうですけれど、メロウなスロウ・ジャムに味のある人で、
サザン・ソウルのニュアンスを感じさせない都会的なサウンドは、
メインストリームのコンテンポラリーR&Bといえそうです。

赤毛のネーチャンの後ろ姿と上半身ジャグア・タトゥーだらけの主役が写るジャケットは、
まるでギャングスタ・ラップのアルバムみたいですけれど、ナカミはぜんぜん違って、
アダルト・オリエンテッドなアルバムですよ。
こういう人が出てくるのも、90年代回帰路線の延長上なんでしょうね。

‘Trail Ride Shawty’ でフィーチャーされているジーター・ジョーンズの一派だそうで、
インディのクオリティを頭一つ抜けたプロダクションは、
サザン・ソウル・シーンをリードするジーター・ジョーンズならではでしょう。
ちなみにこの曲、アコーディオンをフィーチャーして、
ほんのりザディコを香らせるところもココロくすぐられますねえ。

イントロのフェイクからやるせなさが爆発する
‘Outro (Pull Out)’ にフィーチャーされているスカート・ケリーも、
ジーダー・ジョーンズ・ファミリーとのこと。

ラストのソウル・バラード ‘Toxic Love’ まで全15曲、
ゆったりとしたナイト・ムードのグルーヴに身をゆだねられる一枚です。

Marcellus TheSinger "MUSIC THERAPY" Terence Daniels Jr no number (2023)
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UK産無国籍アフリカン・ポップの伝統 オニパ [ブリテン諸島]

Onipa  OFF THE GRID.jpg

おぅ、新作はリアル・ワールドからだよ。
オニパ、出世したなあ。

パチモン・ジャケットのデビュー作から、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2019-02-02
ストラットに移って出したセカンド作は、宇宙へ飛び出してしまったと思いきや、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2020-03-30
リアル・ワールドにフックアップされた本作は、地球に帰還した印象。

アフロフューチャリズムに傾倒してエレクトロに振り切った前作とは趣向を変え、
パーカッションの生音を強調して、各種シンセとブレンドさせていますね。
フィン・ブースのドラムスも、前作より格段に存在感を増しています。

ジャケットも前作のアフロフューチャリスティックなデザインから、
ガーナの新進フォトグラファー、ローステッド・クウェクの写真を起用。
ローステッド・クウェク(本名アウク・ダルコ・サミュエル)は、
97年ガーナ、スフム生まれ。
K.O.G のソロ・デビュー作のジャケットも手掛けていた人です。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2022-08-17
新時代のアフリカン・コンセプチュアル・フォトグラフをリードする才能で、
電話機を主題に据えたこの写真も、インスピレーションが素晴らしいですね。

バラフォン、ンビーラ、コラなどのアフリカの楽器音をまぶしつつ、
エレクトロなダンス・ミュージックに回収するというオニパのコンセプトは、
デビュー作から一貫しています。
今作はムーンチャイルド・サネリー、ダヴィッド・ウォルターズ、デレ・ソシミ、
テオン・クロスといったゲストを迎え、
洗練されたダンス・ポップにさらに磨きがかかっています。

ふと思ったんだけど、UK産無国籍アフリカン・ポップというコンセプトは、
オシビサ以来のUKポップの伝統なんでしょうかね。

Onipa "OFF THE GRID" Real World CDRW253 (2023)
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表舞台にあがれど気分は裏方 スタッフ [北アメリカ]

Stuff  More Stuff.jpg   Stuff Live In Japan 1977.jpg

70年代クロスオーヴァー/フュージョン・ブームの一時代を築いたバンド、スタッフは、
77年4月晴海で開催された「ローリング・ココナツ・レビュー・ジャパン」への
出演を皮切りに何度か来日しましたが、
いつもメンバーの誰かしら欠けて来ることがほとんどだったので、
メンバー全員揃ってやって来たのは、77年11月のツアーただ1度だけでした。

リチャード・ティーのピアノの魅力が前面に出た、
77年の “MORE STUFF” が出た直後の再来日で、
初の単独コンサート・ツアーでしたね。

その来日時にホテルニューオータニでやった記者会見にもぐりこんで、
メンバー全員のサインをいただいてきたんですけれど、
今となるとなかなかのレアものになった気がしますね。
本番のコンサートは19日に新宿厚生年金会館で観ましたが、
なんとその日のライヴ盤が2年前に出ていたとは、びっくり。
ブートレグじゃ、さすがに気付かないなあ。

ただそのコンサートは、正直あまり面白くなかった印象が残っています。
メンバー全員が椅子に座って、もくもくと演奏するばかりで、
あらためて彼らがスタジオ・ミュージシャンで、
本来が伴奏バンドなのだということを思い知らされました。

自分たちが主役として表舞台にあがっているのにもかかわらず、
ライヴ・パフォーマンスをするという意識がほとんどなくて、
その愛想のなさは取り付くシマのないものだったんです。
さらにえぇ?だったのが、
曲のエンディングがフェイド・アウトだったり、唐突に終わるところ。
エンディングのアレンジをしないのって、これ、手抜きつーか、あんまりじゃない?

大好きなリチャード・ティーのゴスペルゆずりのダイナミックなピアノや、
コーネル・デュプリーのテキサス・ギター、エリック・ゲイルのワン・アンド・オンリーの
チョーキング・ギターなど、メンバー各自の個性的なプレイは堪能できるんだけど、
ライヴらしい醍醐味なんてまるでなくて、なんとももやもやしたコンサートでした。

そのライヴを46年ぶりに今の耳で聴いたらどう感じるかという好奇心で、
めったに手を出さないブートCDを買ってみたんですが、
あれ?悪い記憶がウソのよう。すごくいい演奏してるじゃないですか。
視覚的要素抜きで音だけ聴いてみれば、アンサンブルもメンバーのプレイも極上です。

2枚組のブートCDは、ディスク1とディスク2の順が逆になっていますが、
コンサート前半がディスク2、後半がディスク1で、
当日の演奏をそのまま収録していると思われます。

コンサートの前半の曲がフェイド・アウトで終わったり、
無駄に長いジャムぽい演奏をするので、印象悪くしたようなんですが、
後半はゴードン・エドワーズのかけ声で、
スティーヴ・ガッドが長いドラムス・ソロを繰り広げたり、
ちゃんとライヴらしい見せ場も作っているんですよ。

若かったから、ライヴに厳しい目を向けすぎてたんだろうなあ、
百戦錬磨のプレイヤー揃いの演奏は、やはり悪かろうはずがないですね。
ただ椅子に座りっぱなしの愛想のなさは、彼らもその後反省したのか、
翌78年の来日コンサート(クリストファー・パーカーが欠)では立って演奏したらしく、
『ライヴ・スタッフ』では立ち姿で演奏している写真がジャケットになっていましたね。

[LP] Stuff "MORE STUFF" Warner Bros. BS3061 (1977)
Stuff "LIVE IN JAPAN 1977" After-Hours Products AH21-010
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シカゴのビッグ・テナー フレッド・アンダーソン [北アメリカ]

Fred Andderson Quartet  The Milwaukee Tapes Vol.2.jpg   Fred Andderson Quartet  The Milwaukee Tapes Vol.1.jpg

フレッド・アンダーソン・カルテットの80年ライヴの未発表録音がお蔵出し!
2000年に発掘された時、VOL.1 と題されてはいたものの、
その後続編が出る気配はなく、
まさか23年も経ってから登場するとは予想だにしませんでした。

フレッド・アンダーソン。AACMの創立メンバーの一人で、
ぼくの大好きなシカゴ派フリー・ジャズのテナー・サックス奏者であります。
不遇の時代が長く、AACMのメンバーがヨーロッパに渡ってしまったあともシカゴに残り、
生活のための仕事のかたわらで、ひたすら練習に明け暮れていたという人です。

初のリーダー作を出したのは、78年メールス・ニュー・ジャズ・フェスティヴァル出演時の
ライヴだったのだから、遅咲きもいいところ。だけどそれ以後のイキオイが凄くて、
特に2000年以降、70歳過ぎてから老いてますます盛んにアルバムを出しました。
フレッドは2010年に81歳で亡くなりましたけれど、晩年のレコーディングでも
豪快なサックスのトーンにまったく衰えをみせなかったのは、驚異的でした。

あらためてフレッドの生年をチェックしてみたら、
1929年ルイジアナのモンロー生まれだったんですね。
なるほどあの豪放磊落なサックスのトーンは、
南部魂が注入されていたのかと、遅まきながらナットク。

で、ぼくが一番愛着のあるフレッドのアルバムが、
2000年に出た80年のミルウォーキーでのライヴ録音なのです。
トランペット奏者のビリー・ブリムフィールドとドラムスのハミッド・ドレイクは、
初リーダー作のメールスのライヴでも一緒だったメンバーです。

フレッド節としかいいようのない、大海のうねる大波のようなサックスは力強く、
実にナチュラルで、ギミックなし。フレッドの演奏は即興といってもクリシェが多くて、
フリー・ジャズと呼ぶのにためらいを覚えないわけでもないんですが、
フリー・インプロヴィゼーションでないフリー・ジャズもあるのだ、
と開き直るしかない見事な吹奏ぶりに、聴くたびに胸がスカッとするのです。

今回お目見えした第2集でも、それはまったく同じ。
御大フレッドの脂の乗り切った時期で、
テクニカルなインプロヴィゼーションを披露するビリー・ブリムフィールドとの
個性の違いをクッキリとみせていて、すごくいいバランスなんですね。
まだ二十代だったハミッド・ドレイクのしなやかで、当意即妙なドラムスもカンペキ。

ゲートフォールドの紙ジャケットのポートレイトも美麗で、飾っておきたくなりますね。
ずぅーっとこの音楽を聴いていたい、フレッド・アンダーソンのジャズであります。

Fred Anderson Quartet "THE MILWAUKEE TAPES, VOL.2" Corbett Vs. Dempsey CD101
Fred Anderson Quartet "THE MILWAUKEE TAPES VOL.1" Atavistic ALP204CD
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作曲と即興の高度なバランス イリガール・クラウンズ [北アメリカ]

Illegal Crowns  UNCLOSING.jpg

メアリー・ハルヴァーソンの近作では、
今年初めに聴いたサムスクリューが良かったけれど、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2023-01-12
サムスクリューのドラマーのトマス・フジワラと
コルネット奏者のテイラー・ホー・バイナムに、
フランスの鬼才ブノワ・デルベックのピアノが加わったカルテット、
イリーガル・クラウンズの新作もいいですねえ。

メアリーとトマス・フジワラ、テイラー・ホー・バイナムの3人は、
アンソニー・ブラクストンの門下生で、
そこに現代音楽から即興音楽を学んだブノワ・デルベックが加わったことで、
アヴァンギャルドな楽曲に乾いた情感を送り込まれて、
映像的なサウンド・デザインを与えているように感じます。

Tomas Fujiwara’s Triple Double  MARCH.jpg

メアリーとテイラーが戯れるような即興を繰り広げ、
アヴァンな音空間に遊びゴコロとエキゾティックなムードを満たして、
親しみやすさを生み出すところは、トマス・フジワラのトリプル・ダブルの新作
“MARCH” でもたびたび聴くことができましたけれど、
ブノワが加わったことで、グループの色彩感がぐっと増しましたね。

トマスのパーカッション的なドラミングに、
メアリーとテイラーがぴたりとラインを合わせていくパートなど、
息が合いすぎていて、即興なんだか作曲なのかわからなくなる場面も多数。
牧歌的なメロディに不穏なフィーリングが入り混じったり、
即興が複雑な色合いをつけていく、
作曲と即興のバランスの妙に驚嘆させられる作品です。

Illegal Crowns "UNCLOSING" Out Of Your Head OOYH020 (2023)
Tomas Fujiwara’s Triple Double "MARCH" Firehouse 12 FH12-04-01-035 (2022)
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ポップなデザート・ブルース・バンド ティクバウィン [中東・マグレブ]

Tikoubaouine  AHANEY.jpg

タマンラセットは、トゥアレグ人にとってアルジェリア側の中心都市。
そのタマンラセットを拠点にインターナショナルな活動をするバンドも、
数多くなってきましたね。

これまでもイムザード、トゥマスト・テネレ、イマルハンを紹介してきましたが、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2013-08-30
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2014-07-28
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2016-05-16
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2017-02-24
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2018-12-02
ティクバウィンというバンドは、初めて知りました。

16年にアルジェリアでデビュー作を出していたようで、それは未聴ですが、
フランスからディストリビュートされた19年作を聴くことができました。
メンバーにドラムスがいることで、アンサンブルがタイトに引き締まっていて、
シャープなサウンドが気持ちいいこと、この上なしです。

歌手でギタリストのサイード・ベン・キラとホセイン・ダガーの二人が作曲していて、
耳残りするメロディを書けるのが強みですね。
イマルハンも曲づくりが巧みだったけれど、
親しみのあるキャッチーなメロディが耳残りします。
3・7曲目のレゲエもすごくこなれているんだよなあ。
ボンビーノが「トゥアレゲエ」と称して、よくレゲエをやるけれど、
トゥアレグ人バンドのレゲエでいいと思えたのは、ティクバウィンが初めてだな。

三人のギタリストの絡みも音色、フレージングとも絶妙の相性で、
遠景で砂漠の蜃気楼のような使い方をするスライド・ギターも効果的。
サイード・ベン・キラとホセイン・ダガーの二人の歌が若々しくフレッシュで、
十代のメンバーがいたトゥマスト・テネレを思い起こしました。

Tikoubaouine "AHANEY" Labalme Music no number (2019)
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