ロック世代のモーリタニア人女性グリオ ヌーラ・ミント・セイマリ

ドイツのグリッタービートからリリースされたモーリタニアの女性グリオ、
ヌーラ・ミント・セイマリのバイオを読んでいて、ええっ！と声をあげてしまいました。
ヌーラの母親は、なんと、ディミ・ミント・アッバなんですと。
ディミ・ミント・アッバは、世界的に知られたモーリタニアを代表する女性グリオ。
なんでもヌーラが13歳の時に、父親がディミと再婚したんだそうで、
継母にあたるわけですね。

ヌーラは５・６歳の時から祖母にアルディン（ハープ）と歌を習い、
音楽学者であり作曲家である父親からムーア音楽を学んだ、
グリオ名門一族の出自を持つ女性シンガー。
父親のセイマリ・ウルド・アフメド・ヴァルは、
モーリタニアの国歌を作曲した著名な人物です。

成人してからは、ディミ・ミント・アッバのツアーにバック・コーラスとして加わり、
ヨーロッパ中を回ったそうです。ディミ・ミント・アッバの代表作２作､
90年のワールド・サーキット盤、92年のオーヴィディ盤にも、
ヌーラはフェイルーズ・ミント・セイマリの名前でクレジットされています。

　　　

インターナショナル・デビューとなった本作は、
ムーア音楽の伝統的なメロディをそのまま活かす形で、
ベースとドラムスを加え、ロック／ファンク感覚を取り入れたサウンドに仕上げています。
セネガル在住アメリカ人ドラマーのマシュー・ティナリは、プロデューサーも務めていて、
この人がサウンドのキー・パーソンのようですね。

09年にセネガルの音楽祭でヌーラと出会って意気投合し、
以来マシューはヌーラのグループで活動するようになったとのことですが、
ムーア音楽のリズムを基本にビートを強化する役割に徹し、
シンプルなリズム・アレンジにしているところが好感を持てます。
フックの利いたドラミングがメロディのツボによくはまり、なんとも気持ちいいですね。

ヌーラは欧米の音楽をたくさん聴いていて、
ポリスやダイアーストレイツなどのロックから、
ハービー・ハンコック、マイルズ・デイヴィス、
ダプトーンズ（！）などのジャズ・ファンク、
バーニング・スピア、ジェイコブ・ミラー、アイ・ロイ、
スティール・パルスのレゲエが好きだったというのだから、
ロックのビートによくなじめるのも当然です。

ヌーラのグリオならではのパワフルなヴォーカルを前面に押し出し、
ヌーラが弾くアルディンと、ご主人のジェイシュ・ウルド・シガリが弾く
ギターとティディニットのモーダルな響きを十二分に活かしたサウンドは、
聴きごたえ十分。
YouTubeでジェイシュのギターを見て驚いたのが、フレットの数がやたらと多いこと。
よくよく見ると、６フレット目までフレット間にもう１本フレットが打ち込まれていて、
微分音を出す改造が施されています。

どうやらこれは、ティディニットのサウンドをギターで再現するための工夫のようで、
モーリタニアのグリオ系ギタリストは、
みんなこの改造ギターを使っているのかもしれませんね。
あらためてグループ・ドゥーウェイの“TREEG SALAAM” のジャケットを見てみたら、
サルム“ドゥーウェイ” バマールのギターも、
同様の改造をしていたことに気付いたのでした。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-08-15

【おわび】　2017.8.29記
ヌーラ・ミント・セイマリに取材したところ、
モーリタニア国歌を作曲したのは父親ではなく別人とのこと。
音楽学者でもあった父が、国歌を採譜したか何かのクレジットで父の名があったために、
作曲者と誤解されたのではないかということでした。
また、フェイルーズ・ミント・セイマリは、ヌーラの姉だそう。
ディミ・ミント・アッバの２枚のレコーディング当時は、
ヌーラはまだ幼く、参加していないそうです。
以上の点について、本文の誤りを訂正いたします。

Noura Mint Seymali "TZENNI" Glitterbeat GBCD016 (2014)
Khalifa Ould Eide & Dimi Mint Abba "MOORISH MUSIC FROM MAURITANIA" World Circuit WCD019 (1990)
Dimi Mint Abba "MUSIQUE & CHANTS DE MAURITANIE" Auvidis B6768 (1992)