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クリチーバのショーロ ジュリアン・ボエミオ

Julião Boêmio FEIJÃO NO DENTE.jpg

パラナのクリチーバ出身という、カヴァキーニョ奏者のソロ・アルバム。
クリチーバのショーロ・グループって、前に確か聴いたなあと棚を探したら、
あった、あった、ヴァリエダージス・コンテンポラネアス。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2012-05-27

コンテンポラリーなショーロの傑作でしたよねえ、このアルバム。
アミルトン・ジ・オランダのような
アーティスティックやプログレッシヴのヴェクトルでなく、
かといってジャコー・ド・バンドリン由来のシリアスな伝統派とも距離を置いていて、
ショーロが元来持っていたユーモアと娯楽性を持った音楽性が嬉しいグループでした。

クレジットを見たら、ジュリアン・ボエミオ、
このグループのカヴァキーニョ奏者じゃないですか。
なるほど、本作にもヴァリエダージス・コンテンポラネアスの音楽性が生かされています。

全14曲、すべてジュリアンの自作ショーロ。
1曲1曲すべて編成が違っていて、
カイピーラ・ギターにビリンバウまで登場する曲もあるなど、
ヴァラエティ豊かなアレンジが楽しめます。

参加したミュージシャンも大勢で、パンデイロ奏者だけでも、
エポカ・ジ・オウロのジョルジーニョ・ド・パンデイロにセルシーニョ・シルヴァ、
そしてマルコス・スザーノといった、そうそうたるメンバーが居並びます。
ヴァリエダージス・コンテンポラネアスのメンバーからは、
フルートとドラムスの二人が参加していますね。

おっと思ったのは、セルジオ・アルバッシが
クラロンとクラリネットの二重奏をしていたこと。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2018-08-26
そうか、セルジオ・アルバッシも、クリチーバの音楽家だったんですよね。
アルバッシが参加したその曲は、古風なマシーシで、
最近は若いショーロの音楽家が、マシーシをよく演奏するようになった気がするのは、
ぼくだけかしらん。

本作の1曲目とラストがマシーシで、
あれ、これって、トリオ・ジューリオのアルバムもそうでしたよね。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2019-01-21
偶然かも知れないけれど、古典ショーロ・ファンには嬉しい傾向だなあ。

そして、ジュリアンのカヴァキーニョ・プレイはといえば、もう名人芸クラス。
余裕シャクシャクで、さらりと高度なテクニックも聞かせながら、
テクニック先行とならない豊かな音楽性の発揮が、本作を傑作に仕上げています。

Julião Boêmio "FEIJÃO NO DENTE" Fonomidia FONOCD3154 (2016)
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やるせなく美しすぎる遺作 ラシッド・タハ

Rachid Taha  JE SUIS AFRICAIN.jpg

昨年9月12日、あと6日で還暦を迎えるはずだったラシッド・タハは、
天国からの唐突な呼び出しで、突然この世を去ってしまいました。
心臓発作だったというその訃報は、同い年のぼくにとって大きなショックでした。

もっとも、驚きの一方で、やっぱりという思いも、実はあったんです。
何年か前、ラ・キャラヴァン・パスのミュージック・ヴィデオに客演しているタハを観て、
その具合の悪そうな姿に、タハはもうダメなんじゃないのと思っていたのでした。
ベロンベロンに酔っぱらって、立ち姿もフラフラで、まるでアル中患者のようでした。

そんな姿を目撃していたので、突然の訃報も、酒の飲み過ぎで
内臓もボロボロだったんだろうなどと、勝手に決め込んでしまっていたのでした。
ところが、実はタハはもう二十年来、アーノルド・キアリ病という
難病と闘っていたということを、後になって知りました。

アーノルド・キアリ病は脳の奇形の一種で、
背髄空洞症を引き起こし、運動機能に障害をもたらす病気といいます。
平衡感覚を失い、よろけて歩くことも困難となり、手足の麻痺も重篤になるとのこと。
フラフラだったあのヴィデオはそういうことだったのか!
そんな姿をミュージック・ヴィデオであえて晒したタハの心境たるや、
いかなるものだったんだろう。

タハはなんとこの難病に、87年からずっと苦しめられていたのだそうで、
ソロ・シンガーとなる前からのことだったなんて、衝撃です。
そんなことも知らず、「酔いどれロッカー」などと誤解していたオノレの不明を恥じました。

タハが最後に残したアルバムはすでに完成していて、まもなく遺作としてリリースされると
聞いていましたが、『オレはアフリカ人』という挑発的なタイトルのアルバムが届きました。
バルカン、地中海サウンドをミクスチャーしたシャンソン・パンク・バンドの
ラ・キャラヴァン・パスのリーダー、トマ・フェテルマンと二人三脚で制作したアルバムで、
トマがプロデュース、共作、アレンジを務めています。

「あんたはもうすぐ60になるんだ。オレはあんたがいつまでも叫んだり、
飛び跳ねたりするのを望んじゃいないよ。
オレは一緒に‘オリエンタル・パンク・クルーナー’のアルバムが作りたいんだ」と
トマは、タハに言ったといいます。
まさしくそんな「オリエンタル・パンク・クルーナー」を体現してみせた本作、
こんなにやるせなく歌うタハがこれまであったでしょうか。
すでに死期を予感していたのか、最後の生を燃やし尽くすような
エネルギーをほとばしらせながら、シニカルとユーモアでまぜっかえす男の照れに、
もう泣かずにはおれないじゃないですか。

こちらの思い入れが加わっているからとはいえ、これほど美しい遺作があるでしょうか。
タハより20歳も若いトマは、手足が麻痺し、
歌詞を書き留めるボールペンを持つこともできず、
ヘットフォンを付けることもできなくなったタハのそばに寄り添い、
曲作りをして完成させたというエピソードを読んだときは、もう号泣してしまいましたよ。

「オレたちすべてアフリカン」とマニフェストを掲げた本作のジャケット内には、
マルコムX、バラク・オバーマ、ネルソン・マンデーラ、フランツ・ファノン、
エメ・セゼール、ジミ・ヘンドリックス、カテブ・ヤシーヌ、ジャック・デリダ、
ボブ・マーリーなどなど、大勢の著名人たちの似顔絵が並んでいます。

タハ自身が影響を受けてきたであろうそれらの人々に謝辞を述べて、
最後の別れを告げたこのアルバム、その幕引きの見事さに、
タハ、あっぱれというほかありません。

Rachid Taha "JE SUIS AFRICAIN" Naïve M7062 (2019)
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ミャンマーの伝統歌謡を歌う姉妹デュオ イーイーチョン&イーイーモン

Ei Ei Chong & Ei Ei Mon  YINTHAEKA GANOWIN THAYMYAR.jpg

ミャンマーの伝統歌謡界に、見目麗しい姉妹デュオが登場しましたよ。
その名は、イーイーチョンとイーイーモン。
どっちがどっち?と最初わからなかったんですが、
最新作の写真右側、八重歯のある方がお姉さんのイーイーモンで、
写真左側が妹のイーイーチョン。

パッケージがヴェトナム並みの美麗な装丁なうえ、DVD付きなのには驚かされました。
ついこの前まで、ソフトケースにCD-Rがスタンダードだったミャンマー盤が、
突如高級感溢れるホルダーケース仕様となったのには、こりゃ、一体どうしたことかと。
ミャンマー経済の内需好調の様子が、こんなところにも現れているようですねえ。
お隣タイではCD生産が激減しているのに、皮肉なことです。

で、中身の方なんですが、
全編ミャンマータンズィンなんだから、万歳三唱もの(はしゃぎすぎ)。
ラスト1曲のみ、ギター、ベース、キーボード、ドラムスのバンドをバックにした
ポップ・ナンバーで、伝統歌謡ファンにはたまらない内容となっています。
二人のデュオあり、それぞれソロで歌う曲ありで、二人とも歌唱力は高いんですけれど、
とりわけイーイーチョンの柔らかなコブシ使いと、
ハリのある凛とした発声の良さは、飛び抜けています。

観客なしの会場でのライヴを撮影したDVD『ライヴ・ショウ』を観ると、
フネーを含むサイン・ワイン楽団4人に、
5人のホーン・セクション(トランペット、テナー、バリトン、
アルト・サックス、チューバ)に、6人のストリング・セクション、
ピアノ、ギター、ベース、ドラムスというゴージャスなバック。
しっかりとしたアレンジがなされていて、
一流の音楽家たちを起用していることがうかがわれる演奏内容です。
1曲ごとにお召し替えする二人も見どころですね。

いやあ、すごい新人が出てきたもんだと思ったら、
7月に出たばかりのこの新作は、すでに3作目だそうで、
15年にデビュー作、16年に2作目を出していることが判明。
早速そちらも手に入れてみると、なんとこの2作もDVD付きなのだから、ビックリです。
デビュー作からこの力の入れようなのだから、二人への期待の大きさがわかりますね。
しかもVCDじゃなくて、DVDというのは、ミャンマーでは破格でしょう。

Ei Ei Chong & Ei Ei Mon  MYINT MO PHAY PHAY.jpg

デビュー作は、オープニングから前半で、
サイン・ワインのアンサンブルが加わったタンズィンを聞かせるものの、
ほとんどはポップ・ナンバーが中心。
まだ伝統歌謡一本で売り出すのには、迷いがあったようですね。
DVDを観ると、ポップ曲がMVで、タンズィンはライヴ・ショウ仕立てとなっていて、
なんと、イーイーチョンがサイン・ワイン(パッ・ワイン)を叩きながら
歌うシーンもあります。
あてぶりかと思いきや、サイン・ワインを叩く手元がはっきりと映っているので、
本当にサイン・ワインを演奏できるみたいですよ。スゴいなあ。

Ei Ei Chong & Ei Ei Mon  A PYO TAW GAN BI YA.jpg

2作目になると、ミャンマー音階が顔を出さない西洋スタイルのポップ曲は2曲に減り、
ほかはすべてバンド・スタイルのポップなメロディと行き来する
折衷スタイルのミャンマータンズィン。しかも、タンズィンを作曲しているのは、
ミャンマー伝統音楽界の大物セイン・ムーターなのだから、びっくりです。

Ei Ei Chon  HLEL YIN TAW.jpg   Ei Ei Chon  U LAY GYI.jpg

姉妹で2作を出したあと、妹のイーイーチョンの方は、ソロ・アルバムを2作出しています。
CDが入手できずVCDを入手したのですが、“HLEL YIN TAW” は伝統歌謡アルバム、
“U LAY GYI” がポップ・アルバムとなっていました。

こうしてみると、レコード会社を変えて出した最新作は、
伝統歌謡路線にしっかりと軸足を据えて制作したものだということがわかります。
サイン・ワイン楽団も、セイン・ムーターの息のかかった
名手たちが揃っているんじゃないでしょうか。

メーテッタースウェ、キンポーパンチ、トーンナンディなどの少女歌手に加え、
姉妹デュオの登場と、ミャンマー伝統歌謡は花盛りですね。

Ei Ei Chon & Ei Ei Mon "YINTHAEKA GANOWIN THAYMYAR" Man Thiri no number (2019)
Ei Ei Chon & Ei Ei Mon "MYINT MO PHAY PHAY" Yatanasein no number (2015)
Ei Ei Chon & Ei Ei Mon "A PYO TAW GAN BI YA" Yatanasein no number (2016)
[VCD] Ei Ei Chon "HLEL YIN TAW" Yatanasein no number (2018)
[VCD] Ei Ei Chon "U LAY GYI" Yatanasein no number (2018)
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敬虔な仏教徒のミャンマー伝統歌謡 キンポーパンチ

Khin Poe Panchi  MINGALAR AH HKWAR TAW.jpg

待ってました! ミャンマーで8月に発売されたキンポーパンチの新作。
7月19日、彼女のフェイスブックに新作のジャケ写が公開されて以来、
首を長くして待ってたんですけれど、やっと手元に届きましたぁ。

デビュー作では、ツインテールのまだあどけない15歳の少女だったキンポーパンチ。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2016-08-16
4年を経てすっかり成長し、豪華絢爛なゴールドのドレスに身を包み、
大人ぽくなった姿を見せてくれます。
といってもまだハタチ前、19歳のティーンですからね、
歌声ははち切れる若々しさに溢れています。

オープニングとラストの2曲は、フォーク・ロック調のサウンドで、
ベース、ドラムスのリズム・セクションが付くポップ曲。
いかにもミャンマーらしい、毒のない穏やかなメロディで、
微分音の音階使いがミャンマー・ポップスならではですね。

そして、この2曲にサンドイッチされた7曲は、すべてミャンマータンズィン。
ピアノ(サンダヤー)とフネー(ダブルリードの笛)に、
チャウロンパッ(大太鼓と横一列に並ぶ異なるサイズの太鼓のセット)と思われる打楽器が
くんづほぐれつしながら、華やかなサウンドを生み出し、
そのバックでシンセサイザーが分厚いハーモニーを付け加えていきます。

今回はサイン・ワインは使っていないようですけれど、
黄金色に輝くサウンド・プロダクションは、ミャンマー伝統歌謡の王道といえるもの。
この本格的なサウンドをバックに、みずみずしくも清廉な歌声をきかせる
キンポー嬢の歌いぶりも鮮やかです。

デビュー作から成長著しい歌声を披露した快作となっているんですけれど、
彼女のフェイスブックには、新作を出した後も、
特にプロモーションをしている様子がうかがえません。
これって、メーテッタースウェのフェイスブックも同じなんですけれど、
SNSをプロモーションにぜんぜん使わないんですね。

フェイスブックのタイムラインを見ていても、新作関連の記事というと、
先に書いた発売前のジャケットが公開されたのと、
8月12日に出荷前のダンボールに詰まったCDの写真が載せられただけ。
CD発表の記者会見だとか、お披露目パーティみたいな芸能人ぽい記事はいっさいなく、
「CD絶賛発売中! みんな買ってね!」みたいなガツガツした宣伝も皆無。
4年ぶりの新作リリースというのに、拍子抜けするほど盛り上がらず、
タイムラインには淡々とした日常が綴られています。
これが日本の19歳だったら、どんだけ騒がしくなるかと思うんだけれども。

キンポーパンチもメーテッタースウェも、そんな自分の新作プロモーションより、
僧侶に寄進をしたり、僧院の行事へ参加したりという、
仏教徒らしく功徳を積む姿が盛んに投稿されています。
ミャンマータンズィンを歌う伝統歌謡の歌手たちの活動は、
コンサートよりもチャリティが中心のようで、
あらためて敬虔な仏教徒であることを印象付けられます。

Khin Poe Panchi "MINGALAR AKHAR DAW" Man Thiri no number (2019)
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清澄なミャンマー古典歌謡の詩情 イーイータン

Yi Yi Thant  MYANMAR SEINT YINN MYANMAR SHU KHIN.jpg

イーイータンのソロ・アルバム! うわぁ、これは珍しいですねえ。
イーイータンといえば、マーマーエーと肩を並べるミャンマー古典歌謡の大御所。
その名声の高さは十分承知しているものの、
どういうわけだか、これまでソロ・アルバムにお目にかかったことがありませんでした。

イーイータンは、20世紀最高のサウン(竪琴)の名手とされた
インレー・ミン・マウンに可愛がられ、専属の歌手にもなっていた人。
インレー・ミン・マウンの多くのカセット作品に、フィーチャリングされてきました。
国外でもっともよく知られている作品が、インレー・ミン・マウンの死後に
スミソニアン・フォークウェイズが出した、96年録音の
“MAHAGITÁ: HARP AND VOCAL MUSIC OF BURMA” でしょう。

Mahagita.jpg

イーイータンが古典歌謡の歌い手としてファースト・コールだったことは、
海外でミャンマー音楽を紹介するコンピレに、
必ずといっていいほど登場していることでも証明できます。
97年にシャナチーが出した“WHITE ELEPHANTS AND GOLDEN DUCKS”、
11年にサブライム・フルークエンシーズが出した“PRINCESS NICOTINE” にも
顔を出していましたよ。

そんなイーイータンの初めて見るソロ・アルバム、
たった5曲、28分足らずのミニ・アルバムなんですが、いつ出たものなんでしょう。
ピアニストで作曲家のサンダヤー・ラトゥ Sandayar Hla Htut (1936-2000)が
ピアノを弾いているので、90年代録音でしょうか。
00年以降のアルバムでないことだけは確かですね。
5曲中4曲がラトゥの作品で、伴奏はラトゥのピアノのほか、
タヨー(ヴァイオリンに似たミャンマーの古楽器)、太鼓などによる
室内楽風の小編成で聞かせます。

古典歌謡といっても、ロマンティックな恋愛詩を歌ったものなんじゃないかと想像する、
和らいだメロディの佳曲を、イーイータンが清澄な歌声で聞かせます。
1曲目のタイトル曲「ミャンマーのこころ ミャンマーの風景」は、
サンダヤー・ラトゥの代表曲としてよく知られる曲だそうで、
ゆったりとした空気感に、場を清めるような清涼感は、インドにも中国にもない
ミャンマーの詩情を感じずにはおれません。
余計な緊張感を聴き手に強いない、ミャンマー古典の良さをおぼえます。

Yi Yi Thant "MYANMAR SEINT YINN MYANMAR SHU KHIN" M United Entertainment no number
Inle Myint Maung and Yi Yi Thant "MAHAGITÁ: HARP AND VOCAL MUSIC OF BURMA" Smithsonian Folkways Recordings SFWCD40492 (2003)
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知られざるリベリアのアフロ・ジャズ・ファンク・バンド カピンジー

Kapingbdi.jpg

リベリアのポピュラー音楽というと、アメリカナイズされた音楽ばかりで、
これはという、ミュージシャンやバンドと出会ったためしがなかったんですけれど、
こんなに実力のあるバンドがいたとは、意外です。

ヨーロピアン・ジャズの復刻専門レーベル、ソノラマがコンパイルした
Kapingbdi というこのバンド、どう発音するのかさっぱりわからず、
レーベルを主宰するエックハルト・フラッシュハマーさんに問い合わせたところ、
カピンジーと読むとのこと。
カピンジーとは、シエラ・レオネのメンデ語で「夜に生まれた」という意味の語で、
リーダーのサックス奏者コジョ・サミュエルが、
フリータウンの高校時代の教師に付けられたあだ名だそうです。
それをバンド名にしたというわけで、本作のタイトルはバンド名の英訳になっています。

バンド・リーダーのコジョ・サミュエルは、
43年にシエラ・レオネ人の父とナイジェリア人の母のもとレゴスに生まれ、
50年代に家族でリベリアへ移住したという人で、
学生時代はドラムスとパーカッションをプレイしていたそうです。
65年から72年、美術の勉強のためにドイツへ渡航した後、
美術の教師としてアメリカで仕事をしていたという経歴がユニークですね。

サックスをいつどこで習ったのか、解説には書かれていませんでしたが、
ジャズをしっかりと学んでいるのは確かで、
60~70年代のアフリカ回帰を志向した
ブラック・ジャズの影響色濃いサウンドが聴きものです。
当時暮らしていたアメリカで感化されたんでしょうね。
当時美術の教師をしていたというのは、アフリカン・アートを教えていたのかな。
そこらへんにも興味をそそられますね。

カピンジーは、ドイツのトリコントから78・80・81年に3枚のアルバムを出していて、
本編集盤は78年のデビュー作の2曲、80年作と81年作の各4曲の、
計10曲を収録しています。
冒頭の‘Don't Escape’ でコジョが繰り広げるサックス・ソロは、
スピリチュアル・ジャズ・ファンを刮目させること必至だし、
‘Take The Guitar Out’ のリフなんて、オーネット・コールマンみたいじゃないですか。
コジョのサックスを煽りまくる、手数の多いドラミングも派手で、
ソウル/ファンク色の強いバンド・サウンドは実にパワフルです。

コジョは、象牙のホーンを使って伝統音楽の要素を取り入れるなど、
アフリカ音楽のアイデンティティを強く意識したサウンドづくりに力を注いだようです。
アメリカナイズされたディスコ音楽が多勢のリベリアの音楽シーンにおいて、
カピンジーのサウンドは新鮮で、大きな支持を得ることになりました。
アパルトヘイト下の南ア黒人に向けて歌われた‘Human Rights’ や、
非能率な役人や行政官をなじった’You Go Go You Go Come’ などの
ポリティカルなテーマも、大きな共感を集めたようです。

カピンジーが活動していたさなかの80年、
リベリア先住民族出身のサミュエル・ドウ曹長がクーデターを起こし、
アメリコ・ライベリアン(解放奴隷の子孫)出身の大統領を暗殺する事件が勃発しました。
このクーデターにより、リベリアで長きにわたったアメリコ・ライベリアンの支配が終わり、
それまで安定していた政情は不安定化して、治安も悪化していきます。
夜間外出禁止令違反として虐殺された市民を憂いたラメントの‘Wrong Curfew Walk’ は、
政府を刺激し、経営していたクラブの閉鎖を迫られるなどの弾圧を受けるようになります。
政情不安のなか、バンド活動を維持するための経済的苦境も重なり、
アメリカ・ツアーを終えて帰国した84年、カピンジーは解散します。

76歳となった現在もコジョは現役で演奏をしているそうですが、
知られざるリベリアのアフロ・ジャズ・ファンク・バンドを発掘した本作、
グッジョブですね。

Kapingbdi "BORN IN THE NIGHT" Sonorama C110
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30年以上眠っていたジャズ・ヴォーカル傑作 リサ・リッチ

Lisa Rich  HIGHWIRE.jpg

う~ん、ひさしぶりに本格的なジャズ・ヴォーカルを聴いたという、
そんな充足感に浸れる得難い一枚ですね。

最近は、「ジャズ」のカテゴラリーがあまりにも拡張・拡散しすぎてしまって、
ジャズ・ヴォーカリストといっても、そこからイメージされる歌手は、
ひと昔前とはだいぶ違ったものとなってしまいました。
でも、リサ・リッチは、シーラ・ジョーダンの系譜をうかがわせる
正統派のジャズ・ヴォーカリストと言っていいんじゃないかな。
「正統派」なんて言い方、あんまり好きではないけど。

チック・コリアの曲を中心に、ラルフ・タウナー、オーネット・コールマン、
デューク・エリントンの曲をピアノ・トリオのバックで歌っているんですけれど、
ピッチの正確さ、完璧なヴォイス・コントロールと、高度な技巧を駆使しながら、
その技巧が表に出ず、情感たっぷりに歌っているところに、感じ入ってしまいます。
これだけの難曲を相手に、よくここまで歌いこなせますねえ。

実は今回初めて、リサ・リッチという人を知ったんですが、
83年のデビュー作でボブ・ドロウ、チック・コリア、スティーヴ・キューン、
クレア・フィッシャーなどの作品を歌っていたというのだから、
とんでもない実力派歌手だったんですね。

本作は、87年に録音されたままお蔵入りになっていたアルバムとのこと。
その後リサは、健康上の理由で歌えなくなるという不幸にみまわれ、
本作も未発表となっていたようですが、これほどの素晴らしい作品が眠ったままとならず、
ちゃんと世に出たことは本当に良かったですね。

こういうレパートリーを並みの歌手が歌ったら、肩に力の入りすぎた、
テクニック過多のジャズ・ヴォーカルになるところでしょうけれど、
リサ・リッチは、しっとりとした味わいを醸し出しているのだから、まいってしまいます。

ようやく夏の暑さから解放され、乾いた風が肌に心地良くなると、
ゆったりと身を委ねられる大人の女性の声が欲しくなる季節。
そんな頃に出会えた、格好の傑作ジャズ・ヴォーカル作品であります。

Lisa Rich "HIGHWIRE" Tritone 002 (2019)
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モノマネなんかいらない クティマンゴーズ

KutiMangoes  AFROTROPISM.jpg

デンマークのアフロ・ジャズ・バンド、クティマンゴーズの3作目となる新作です。
ブルキナ・ファソ人歌手をフロントに立てた過去2作も良かったけれど、
白人メンバー6人のみで、アフリカ音楽のリズム探究を深めた本作、
会心の出来じゃないですか。

ぼくがクティマンゴーズを買っているのは、アフリカ音楽のモノマネに終わっていないから。
逆に、ぼくがあまたあるアフロビートそっくりさんバンドを評価しないのは、
完コピーしただけの音楽なんて、何の価値もないと考えているからです。
ビートルズ・バンドと同じようなもので、アマチュアの愉しみとしてならわかるけど、
それをレコードにして金をとるってのは、プロの音楽家として、どうなのよと。

こういうと、モノマネ芸を否定するのかとか言われるんですけれど、
そもそも「モノマネ芸」になってないじゃないですか。
「芸」になってない、ただのモノマネだから批判してるんです。

それを強く感じたのが、
アンティバラスの“WHO IS THIS AMERICA?” が評判になった時です。
えぇ~、みんなあれを絶賛しちゃうんだと、かなり呆れていたんですけれども、
そんなのはぼくだけなのか、その後もアコヤ・アフロビート・アンサンブルや
マイケル・ヴィール&アクア・イフェなど、
雨後のタケノコが続くのに、ウンザリしてました。
贋作は時に本物を超えるともいいますけれど、だから何?
憧れや影響を血肉化して、自分たちの音楽を作る人にしか、ぼくは興味をもてません。

このクティマンゴーズは、西アフリカ音楽に大きな影響を受け、
アフリカのリズム構造を理解してさまざまな民族のメロディを取り入れる一方、
3管バンドの管楽器の鳴りには、北欧ジャズのハーモニーの特徴が浮き彫りとなっていて、
アフリカとヨーロッパそれぞれの良さが十二分に活かされたバンドなんですね。
彼らがアフリカのクロス・リズムを学んだのは、
バラフォンの左手と右手が生み出すポリリズムからだそうで、
そのアプローチは、スウェーデン人ジャズ・ドラマーのベンクト・バリエルが
クリエイトしたアフロ・ジャズと共通するものがあります。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2018-01-14

そんなポリリズムが生かされたオープニングの‘Stretch Towards The Sun’、
グナーワのカルカベのリズムをカクシ味にした‘A Snake is just a String’、
南アのホーン・アンサンブルのソリを思わせる‘Call of the Bulbul Bird’、
ギターがカマレ・ンゴニのようなフレーズを奏で、
ペンタトニックのメロディがまるでバンバラ民謡みたいな‘Thorns to Fruit’ などなど、
アフリカ音楽を研鑽してきた跡が、そこらじゅうに点在しています。
‘Money is the Curse’ でのアフロビート解釈なんて、
モノマネ・バンドの足元にも及ばないサウンド構造の解体と再構築の深さがあります。

そんなアフリカ音楽愛にもとづいた深い知識と、
バリトン・サックスとトロンボーンの厚みのある合奏などにみられる肉感的な演奏が
あいまって作り出されるサウンド、大いに支持したいですね。

KutiMangoes "AFROTROPISM" Tramp TRCD9083 (2019)
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20代のエスマ・レジェポーヴァ

Esma Redžepova ZAŠTO SI ME MAJKO RODILA_ROMANO HORO.jpg

エスマといえば、ジプシー歌謡の女王としてバルカンはおろか、
全世界にその名をとどろかせた大御所。01年には来日もしましたね。
2000年代以降の世界的な活躍によって、ぼくもエスマを知ったクチですけれど、
若い頃の録音というのは、そういえば聴いたことがありませんでした。

本作は、エスマがまだ20代前半という、60年代のシングル盤を編集した2枚組です。
おそらくエスマにとって、もっとも初期の録音と思われますけれど、
後年の豪快なコブシ回しで圧倒させる歌声とは、まるで別人。
チャーミングな歌いぶりにはびっくりです。
うわー、若い時のエスマって、こんな感じだったんですね。

シナを作ったり、泣き声で歌ってみせたりと、
多彩な心象を歌の中に投じて歌うところは、まさしく演歌歌手そのもの。
な~るほど、こうして聴いてみると、ジプシー歌謡って、
美空ひばりや都はるみのような昭和の演歌歌謡と、
ものすごく近いものなんだなということが実感できます。

クラリネット、トランペットの管楽器にアコーディオンが絡みつき、
ダルブッカがパーカッシヴなビートを送るジプシー・サウンドは、
スローの泣き節から、アップ・テンポのダンス・ビートまで自由自在。
雑食性の強い歌謡性と匂い立つような大衆性が魅力の音楽ですね。

それにしても、11歳で地元スコピエの民俗芸能集団の歌手になったというのも、
なるほどとうなずけるバツグンのリズム感が、この初期録音からもよくわかりますね。
ミュート・トランペットが粋な、チャチャチャの‘Makedo’ のチャーミングな表情なんて、
サイコーじゃないですか。あの有名な「ハヴァ・ナギラ」もディスク2に収録されています。
ジャケット写真は、65年に旧ユーゴスラヴィア時代に出たLPから取られたもので、
若い時の目ヂカラのある美人ぶりに、思わず見入ってしまいました。

Esma Redžepova "ZAŠTO SI ME MAJKO RODILA / ROMANO HORO" Jugoton CD0222/2556
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アルバニアのポップ・フォーク ポニー

Poni  Identitet.jpg

アルバニアのポップ・フォークというのは、初体験ですね。
当地で人気女性歌手だという、ポニーの最新作です。

ブルガリアのチャルガや、セルビアのターボ・フォークに似たサウンドを基調としながら、
バルカンばかりでなく、トルコやギリシャのポップスからの影響もうかがわせる
多様な音楽性を聴きとることができます。
これがアルバニアのポップスの特徴なのでしょうか。
こんな魅力的なポップスを生み出しているとは、知りませんでしたねえ。

ハネるダンス・ビートは、曲ごとさまざまなシンコペーションによる
ヴァリエーションがあって、飽きさせません。
各曲ともバルカンらしいクラリネットが大活躍していて、
ひらひらとしたリフが宙を舞うと、思わずステップを踏んで踊り出したくなります。

アコーディオンやヴァイオリン、ブズーキを効果的に使って、
フォークロアな音感を散りばめながら、打ち込みによるダンス・ビートと融合させる
プロダクションの洗練具合は、ブルガリアやセルビアを凌いでるんじゃないですかね。

こうした音楽は、どうやらアルバニア南部の民謡をベースとしているらしく、
本作のハイライトは、2つのヴァージョンで聞ける結婚祝いの歌‘Kolazh’ です。
アルバニア南部ペルメト出身のヴェテラン民謡歌手ヴァスケ・ツーリと
デュエットしたヴァージョンと、男性デュオのイリ&バジャルミをフィーチャーした
ヴァージョンが聞けるんですけれど、途中で何度もリズムをスイッチしながら、
人々をダンスの渦に巻き込んでいく祝祭感がたまりません。

ポニーもアルバニア南部の港湾都市ヴロラ出身で、
気風の良さに加え、スローで聞かせる艶っぽさもあって、魅力的なシンガーです。

Poni "IDENTITET" Ekskluzive Supersonic no number (2019)
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即興が繋ぐ原始と現代 ネルソン・ダ・ラベッカ

Nelson Da Rabeca  PROS AMIGOS.jpg   Nelson Da Rabeca, Thomas Rohrer  TRADIÇÃO IMPROVISADA.jpg

ノルデスチのギラギラとした太陽を思わせる、野性的なヴァイオリンの響き。
ブラジル北東部、セルトーンの乾燥地帯の灼けつく大地を思わす
ラベッカの荒ぶった音色は、壊滅的な旱魃を引き起こす
厳しい風土によって、鍛えられたのでしょうか。

そう思わずにはおれない、「ぎこぎこフィドル」のラベッカ。
ストラディヴァリウスがどうのこうの言う、
クラシックのヴァイオリニストを即死させることウケアイの、
原始的な響きを奏でます。

サトウキビ畑で働く無学の農夫だったネルソン・ドス・サントスが、
はじめてヴァイオリンを知ったのは54歳の時。
テレビで偶然にヴァイオリンを見て一目惚れし、
その時からラベッカを自作するようになり、
見ようみまねでこの楽器をマスターしたといいます。

そのネルソン・ダ・ラベッカが出した04年のソロ作は、
ひなびたラベッカのプレイとともに、
ネルソンの奥方ベネジータの歌いっぷりが強烈でした。
田舎の婆さん丸出しのあけっぴろげなその歌いぶりは、粗野な生命力に溢れ、
にがりの利いた声は天然のミネラルがイッパイで、心が震えましたよ。

昨年ネルソン・ダ・ラベッカがアルバムを出していたことに気付いて買ってみたら、
これがスゴい内容で、びっくり。
『即興する伝統』と題したこのアルバム、スイス人ミュージシャン、トーマス・ローラーと
コラボした作品で、2人がフリー・インプロヴィセーションを繰り広げているんです。

トーマス・ローラーは、ラベッカのほかにソプラノ・サックスも吹き、
ラベッカとトランペットを演奏するもう一人に、パーカッション奏者を加え、
フォーマットこそオーセンテイックな伝統音楽のスタイルながら、
まるでフリー・ジャズのように聞こえる即興演奏があったりして、これはシビれます。

トーマス・ローラーは95年からブラジルに住み、
伝統音楽グループのメンバーの一員となるほか、
即興演奏のアンサンブルで活動している音楽家。
ネルソン・ダ・ラベッカとのコラボは、
3年越しの活動のうえレコーディングに臨んだもので、
時間をかけて練り上げたプロジェクトだったんですね。

歌ものでは、奥さんのベネジートが相変わらず野趣に富んだ味わいを醸し出していて、
04年作以上に土臭さをまき散らしてくれます。たまりませんね、こりゃ。
ラベッカをアンプリファイドした曲もあって、
そのノイジーなサウンドに、ジョン・ゾーンでも聴いてるような錯覚を覚えますよ。

Nelson Da Rabeca "PROS AMIGOS" Sonhos & Sons SSCD066 (2004)
Nelson Da Rabeca, Thomas Rohrer "TRADIÇÃO IMPROVISADA" SESC CDSS0105/18 (2018)
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浪曲河内音頭の至芸 日乃出家小源丸

日乃出家小源丸 十三夜.jpg

日乃出家小源丸といえば、
河内音頭界のレジェンドと呼ぶにふさわしい、現役最高峰の音頭取り。
その日乃出家小源丸が生誕80周年を記念して、
浅草木馬亭で記念公演を開くというので、妻を誘い行ってきました。

河内音頭は、基本ダンス・ミュージックなんだから、櫓のまわりで踊ってなんぼ。
♪イヤコラセ~ ドッコイセ♪とばかり、踊りに夢中になってしまうと、
音頭取りの歌の文句など、ぜんぜん耳に入らなくなってしまうこともありますよね。
踊って楽しけりゃ、それはそれで十分なんだけど、
河内音頭のレパートリーは、一大ドラマの演目でもあるので、
そこで語られる物語を楽しまない手はありません。

そのためには、櫓じゃなくって、小屋の方がじっくりと楽しめるというもの。
浅草の木馬亭で、日乃出家小源丸の河内音頭を聴けるというのだから、
こんな贅沢を見逃す手はありません。

その記念公演で小源丸師匠が選んだ演目は、「竹の水仙」。
な~るほど、浪曲の定席、木馬亭という小屋にあわせて、浪曲河内音頭としたわけですね。
竹の水仙は、名工・左甚五郎のもっとも有名な伝承話。
浪曲では京山幸枝若が得意とするネタで、落語でもよく取り上げられていますよね。

小源丸師匠は、円熟を極め尽くした味のある語りで、
左甚五郎のひょうひょうとした人物像を演じていました。
いやぁ、やっぱりこれは踊っていたら、なかなか味わえるもんじゃありません。
その軽妙な語り口にぐいぐい引き込まれてしまって、夢中にさせられました。
ほんと、素晴らしかったです。

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師匠の語り口とともに感激したのが、日乃出家源司の太鼓。
抑えに抑えたバチさばきに、ゾクゾクしました。
シンコペーションを利かせたリズムで胴を軽やかに叩き、
皮の打面を打つのは必要最小限だけという、簡潔なスタイル。
胴を叩くリズムのニュアンスが実に豊かで、
ひょいと裏拍のリズムに転じてみせる技巧に、ウナりました。

最初に出演した日乃出家富士春のバックで叩いていた時から、
その<打たない太鼓>ぶりに感じ入って、上手いなぁ~と聴き入っちゃいましたよ。
抑制が利いているからこそ、緩急のダイナミクスがスゴくて、一打一打に無駄がない。
河内音頭のグルーヴ・マスターですね。

終演後、出来上がったばかりという、
小源丸師匠の90年代から00年代初頭の私家録音を編集した4枚組CDをいただいてきました。
ブックレットの印刷が間に合わず、印刷所から木馬亭に直に届けられたのを、
公演中にスタッフが総出で封入し、終演後の販売になんとかこぎつけたんだそう。

タイトルに「十三夜」とあるとおり、
これほど広範なレパートリーを演じ分けられる音頭取りは、
小源丸師匠を置いて他にはいないでしょう。
70年を越す音頭歴を刻んできた小源丸師匠の名調子を、
これでいつでも、じっくりと楽しめます。

日乃出家小源丸 「河内音頭奔流 日乃出家小源丸十三夜」 ミソラ MRON3005
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グライム世代の南ロンドン・ジャズ アシュリー・ヘンリー

Ashley Henry  BEAUTIFUL VINYL HUNTER.jpg

南ロンドン、なんかもうスゴすぎる。
才能ある音楽家が、次から次へとわいてくるかのように登場しますね。
91年生まれというアシュリー・ヘンリー、
すでに先行EPの2枚で話題となっているピアニストですけれど、
最新作のフル・アルバムを聴いて、その才能に脱帽しました。

ジャズをベースとしながら、ヒップホップ、R&B、ブロークンビーツ、
ベース・ミュージックを横断するその自在ぶり。
なんかもう一度「クロスオーヴァー」という語をあてはめたくなるサウンド・デザインで、
あらためて、「フュージョン」(=融合)とは設計思想が違うと強調したくなりますねえ。

60年代にジャズ・ロック、70年代にクロスオーヴァー、80年代にフュージョン、
90年代にスムース・ジャズとラベリングされた音楽は、
すべて地続きのように捉えられ、白眼視され続けてきましたけれど、
再評価ではなく、もう一度評価を仕切り直す必要があると思います。

このアルバムも、切り取りようによっては、ジャズ・アルバムにも、
ヴォーカル・アルバムにも、ビート・アルバムにも聞こえます。
それでいてアルバムの統一感はしっかりとあって、
ヘッドハンターズ以降のハービー・ハンコックの
エレクトリック・ジャズ(クロスオーヴァー)を、
グライム世代の感性で更新したといえるんじゃないですかね。

参加ミュージシャンも、同世代のクリエイターがずらり並んでいて、
南ロンドン仲間のモーゼス・ボイドの参加は当然として、
アメリカからトランペットのキーヨン・ハロルドと、
ドラムスのマカヤ・マクレイヴンを起用したのは、大正解でしたね。
ロイヤル・アカデミーを卒業し、クラシックの教育を十二分に兼ね備えたスキルも、
リリカルで美しいタッチに、はっきりと表れています。

Ashley Henry "BEAUTIFUL VINYL HUNTER" Sony Music 19075891582 (2019)
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チルでスウィートなシャングリ=ラ ムーンチャイルド

Moonchild  Little Ghost.jpg

オープニング早々から、アンバー・ナヴランのタメ息ヴォーカルに導かれて、
一気にムーンチャイルド・ワールドへいざなわれるこの快楽。
前作“VOYAGER” でトリコとなり、ライヴも観て、すっかり彼らの大ファンとなりました。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-06-22

4作目を数えるムーンチャイルドの新作は、
鍵盤の織り成すレイヤーが、ホログラフィックな映像を見るかのような
美しさだった“VOYAGER” のサウンドとうって変わって、レイヤーをほとんど使わず、
音数をぎりぎりに絞ったシンプルなサウンドへ様変わりしました。
さらに、今回はウクレレやギターといった弦楽器を使って、
新たな響きの実験も試みていますよ。

これだけ、前作の“VOYAGER” とはサウンドを変えてきているのに、
ムーンチャイルドというグループの音楽性に揺るぎがないのは、
3人が生み出すサウンドのグランド・デザインがしっかりとしているからでしょうね。
あと、ゆっくりと雲が流れていく空模様を映すようなコンポジションも、
ムーンチャイルドの世界観を決定づける大事なファクター。
起承転結をつけないミニマムなソングライティングが、
ムーンチャイルド独特の空気感と浮遊感のあるサウンドのベースとなっています。

今作のように、サウンドを削ぎ落としていくと、
音の組み立てをわずかに変えただけで、サウンドの表情ががらりと変わりますけれど、
ムーンチャイルドのサウンドスケープをキープするために、
前作以上に緻密なサウンドづくりをしていることがよくわかります。

アンバーのヴォーカルのリード・ラインにささやき声を加えて、ソフトさに厚みを加えたり、
曲と曲の合間に、ビートの変化をつなぐための音を足して、
アルバム全体の流れをスムーズにしたりと、そのデリケイトな音づくりに感じ入ります。
チルでスウィートなシャングリ=ラを創り出す、LAの若き3人の才能に脱帽です。

Moonchild "LITTLE GHOST" Tru Thoughts TRUCD383 (2019)
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原石の輝き ナハワ・ドゥンビア

Nahawa Doumbia  La Grande Cantatrice Malienne.jpg

おぉー、ナハワ・ドゥンビアのデビュー作がCD化された!

オウサム・テープス・フロム・アフリカを主宰するブライアン・シンコヴィッツが
レーベル第1弾に選んだのも、ナハワ・ドゥンビアでしたよね。
あの時復刻したのは、82年の3作目の方。
なんでデビュー作じゃなくて3作目なんだよと、当時そのセレクトに不満ぷんぷんでした。

マリ、ワスル出身の女性歌手、ナハワ・ドゥンビアがアルバム・デビューしたのは、
ラジオ・フランスが主宰する新人コンテストで81年に優勝したのがきっかけ。
この年、コート・ジヴォワールのASレコーズからデビュー作を出したんですが、
ギター1本をバックに歌ったそのアルバムは、
粗削りな20歳のパワーを炸裂させた、痛快な仕上がりだったんです。
それはまさに、原石の輝きというべき貴重作でした。

それに比べて、翌82年に出した『第3集』は、
カマレ・ンゴニ、ギター、ベース、キーボード、
パーカッションというアンサンブルにのせて、
ワスル地方に伝わるバンバラ人のダンス音楽ディダディを披露した作品で、
のちの名作“DIDADI” や“MANGONI” のプロトタイプといえるものだったんですね。
世界デビュー後の名作を知る者からは、
コート・ジヴォワール産のチープなプロダクションはあまりにお粗末で、
あらためて復刻する意義は感じられませんでした。

なので、「なんでデビュー作じゃなくて3作目なんだよ」だったわけなんですが、
遅まきながらとはいえ、よくぞデビュー作をCD化してくれました。
ナハワはグリオ出身の歌手ではありませんが、このデビュー作を聴いて、
グリオばりの強力な歌声に圧倒されない人はいないでしょう。
カマレ・ンゴニをギターに置き換えたスタイルで弾く
ング・バガヨコのアクースティック・ギターにのせて、
ナハワは鋼のような強靭な歌声を聞かせます。

Nâ Hawa Doumbia "LA GRANDE CANTATRICE MALIENNE VOL.1" Awesome Tapes From Africa ATFA035 (1981)
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アルジェリアのうた フリア・アイシ

Houria Aïchi  CHANTS MYSTIQUES D’ALGÉRIE.jpg

フリア・アイシは、アルジェリアのベルベル系先住民シャウイの音楽を教えてくれた恩人。
アルジェリア北東部オーレス山地に暮らすシャウイ人の伝統音楽を現代化した
08年の“CAVALIERS DE L'AURÈS” には、夢中にさせられました。
モダン化したサウンドよりも、フリアの凛とした歌声に胸を打たれ、
シャウイの伝承歌が持つ、雄大なサウンドスケープに魅せられたんですね。

フリア・アイシは、オーレス地方の中心地バトナに生まれた生粋のシャウイ人で、
幼い頃からさまざまな集まりを通して、シャウイの歌を習い覚えてきたそうです。
そんなシャウイ文化にどっぷり浸かったルーツを持つ一方で、
経済的に恵まれた家庭に育ち、学業も優秀だったフリアは、
都会のコンスタンティーヌへ出て中学に通い、
さらにパリへ渡って大学で心理学を学び、大学院で社会学の学位を取りました。

広い世界へ出て高い教養を身に付け、国際的な視野も養ったフリアが、
あらためてルーツを振り返り、シャウイの歌を再構築したのが、
あの名盤“CAVALIERS DE L'AURÈS” だったわけですね。
そして、フリアはシャウイの文化にとどまらず、さらに視野を広げて、
今作ではアルジェリアのさまざまな伝承歌を取り上げています。

今回も、フリア自身が叩く平面太鼓のベンディールを軸に、
アルジェリア独自の弦楽器マンドール、ゲンブリ、ウードに、
笛のガスパ、ネイなど伝統的な楽器のみの伴奏で、
ベンディールだけで歌う独唱も多くあります。

このシンプルなサウンドとフリアのこぶしが、
歌に備わるエネルギーを最大限に引き出しているんですね。
さまざまな儀式で歌われる宗教歌にスーフィーの歌、さらにカビール民謡まで、
アルジェリアの伝承歌の世界を、フォークロアから昇華した地平から歌えるのが、
フリアの稀有な才能。それゆえ、アルジェリア人でない外国人リスナーの耳に届くのです。

Houria Aïchi "CHANTS MYSTIQUES D’ALGÉRIE" Accords Croisés AC175 (2017)
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アンゴラから登場したジャズ新世代シンガー・ソングライター アナベラ・アヤ

Anabela Aya  KUAMELELI.jpg

アンゴラの新人女性シンガー・ソングライターのデビュー作。
アンゴラとはいえ、センバやキゾンバではなく、
アフロ・ジャズのシンガーというところが、新味の人であります。

アナベラ・アヤは83年ルアンダの生まれ。
5歳の時から教会で歌い始め、将来歌手になることを夢見ていたそうですけれど、
俳優としての才能を見出されて劇団に加入し、
舞台女優として15年のキャリアを積んだという人。
劇団に所属する間、本格的な歌唱レッスンを受け、
この時期にジャズを学んだようです。

演劇の世界から音楽の世界に移り、ジャズのシンガー・ソングライターを志向した
アナベラの音楽性はレコード会社に理解されず、
17年にルアンダの歌謡祭で受賞するも、レコード会社からの引きはありませんでした。
30も半ばになり、3人の子を持つ母親となっていたアナベラは、
歌手デビューする最後のチャンスと、アルバムを自主制作する決心をし、
バー・シンガーとして働きながら資金を作り、昨年デビュー作を完成させたのでした。

そんな遅咲きの人ですけれど、アルバムを出すや否や評判を呼び、
さまざまな賞にノミネート、そして受賞もし、
カーボ・ヴェルデで開かれたジャズ・フェスティヴァルに出演するなど、
アナベラの評価は一気に高まりました。
ウンブンドゥ語で「前進」を意味するデビュー作のタイトル Kuameleli は、
時流に乗らず、自分の音楽を大事に育んできたアナベラの気概が表れています。

芯のあるしっかりとした歌声で、ざっくばらんとした歌いぶりから、柔らかな歌い口、
さらに粘っこい節回しを使ってみたりと、さまざまに表情を変えて歌う技巧派です。
自作の曲のほか、フィリープ・ムケンガ、アルトゥール・ヌネスなどの
曲も歌っていて、アコーディオンやアクースティック・ギターの響きを生かした
オーガニック・テイストのみずみずしいサウンドが胸をすきます。

レベッカ・マーティンやベッカ・スティーヴンスといった、
新世代ジャズのシンガー・ソングライターと共振する同時代性を感じさせる人で、
カミラ・メサやアンナ・セットンあたりが好きな人なら、どストライクでしょう。
昨年12月15日に急死したブラジルの名ベーシスト、
アルトゥール・マイアのベース1本をバックに歌った‘Tic Tac’ などは、
リシャール・ボナのファンにもアピールしそうですね。

ウンブンドゥ語で歌うタイトル曲のほか、クワニャマ語で歌う‘Nangobe’、
ピジンで歌う‘I Love You Bue’、キンブンドゥ語で歌う‘Tia’、
リンガラ語で歌う‘Kaumba’など、多言語使いがアンゴラ人らしい、
新感覚のシンガー・ソングライターです。

Anabela Aya "KUAMELELI" Anabela Aya no number (2018)
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泣きのエチオピア歌謡アルバム アスター・アウェケ

Aster Aweke  CHEWA  Kabu Ethiopia.jpg   Aster Aweke  CHEWA  Kabu US.jpg

エチオピア歌謡のヴェテラン女性歌手、アスター・アウェケの新作です。
前作から6年ぶりと、ずいぶん長いインターヴァルになりましたが、
今作はポップな前作“EWEDIHALEHU” とはガラリ変わって、
じっくりと歌ったシブいアルバムになりましたよ。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-11-30

オープニングからスローのエチオ情歌(ティジータ)で迫り、
ハイ・トーンを揺らしながら回すこぶし使いに、胸をキュッとつかまれます。
これぞアウェケ節といえる、若い頃から特徴的だった節回しなんですが、
若い頃は声が細くてキンキンと聞きづらかったものの、
円熟してすっかり角も取れ、まろやかになりましたねえ。いやあ、絶妙です。

前作のようなポップ作では、高音域を揺らすアウェケ節は影を潜めがちでしたけれど、
今作のようなスローやミディアム・スロー中心のレパートリーでは、
緩急自在に炸裂させていて、あらためて上手い歌手だなあと感じ入ります。

また、プロダクションががらっと変わったなと思ったら、
なんと長年の相棒アバガス・キブレワーク・シオタの名がありません。
アウェケ自身がプロデュースを務めていて、
今回はアレンジャーに、4人の名前が並んでいます。
そのアレンジャーも、前作とは総入れ替えになっていて、
1曲のみ担当のアビー・アルカだけが、前作に続いて起用されています。

アクースティック・ギターやホーンズの生音を効果的に使いながら、
ヌケのいいサウンドでじっくりと歌ったティジータ中心のアルバム。
ブルージーな‘Yewedede’ もグッときますねえ。
ディアスポラのエチオピア人を泣かせることウケアイの、
エチオピア歌謡アルバムです。

Aster Aweke "CHEWA" Kabu no number (2019)
左:エチオピア盤 右:アメリカ盤
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4声が生み出すモアレ マレウレウ

Marewrew  Mikemike Nociw.jpg

マレウレウの新作がいい!

12年の前作『もっといて、ひっそりね。』は、ちょっとがっかりだったんですよね。
マレウレウのメンバー4人による無伴奏歌では、
マジカルなポリフォニーを堪能できるのに、
バンド・アンサンブルが付いたとたん、4人の声が<きれいに>整理されてしまって、
ポリフォニックなマジックが消えちゃうんですよ。

う~ん、なんで、こんなふうにしちゃうのかなあ。
4人の声が織り上げるニュアンス豊かなヴォイス表現を、
バンド・アンサンブルが雲散霧消させるようじゃ、意味ないじゃないの。
マレウレウの一番の魅力である、
ウポポやウコゥクに宿る複雑な声のモアレが生かされず、
単なる女性コーラスにしてしまっていることに、不満ぷんぷんだったのです。

プロデューサーのオキが、そんな点を意識していたのかどうかは知りませんが、
今作は原点回帰で、バンドはおろかリズム・セクションが付く曲もなく、
オキのトンコリが伴奏を付けた1曲あるのみという、シンプルさに徹しています。
たぶんオキも、前作のプロダクションはうまくいかなかったと思ってたんじゃないかな。

マレウレウの一番の良さって、遊び唄を楽しく歌うところだと思うんです。
みんながマレウレウに親しみを持つのは、そこなんじゃないのかなあ。
昔ばなしを聴くのを楽しみに待つ、こどものような心持ちにさせられるのは、
子守唄や遊び唄が持つ豊かな音楽世界を、マレウレウが運んできてくれるからですね。

そのために、アイヌの伝統音楽であるウポポやウコゥクを借りてきた、
そんなふうにもぼくには思えるんです。アイヌの伝統が先にありきだったのではなく、
歌の楽しさをアイヌの歌に発見したような。違うかな。

個性に富んだ4人の声のレイヤーを生かした今作は、
マレウレウの魅力が十二分に発揮されましたね。
4人の声が溶け合うのではなく、異なる声色が重なったり離れたりしながら、
さまざまな色合いの変化をつけていくところがなんとも味わい深く、引き込まれます。

思えばマレウレウにノック・アウトされたのは、
ア・カペラのみで歌ったミニ・アルバムのデビュー作でした。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-11-23
そのミニ・アルバムのレパートリーをもう一度歌い直した16年の「CIKAPUNI」では、
4人の声の重心が深くなり、ゆったりと大きくうねるようになったグルーヴに、
グループの深化を感じました。
今作は、「CIKAPUNI」の成果をさらに前に進めた作品といえると思います。

Marewrew 「MIKEMIKE NOCIW」チカル・スタジオ/タフ・ビーツ UBCA1065 (2019)
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自由な流歌〜沖縄俗謡 嘉手苅林昌

嘉手苅林昌 島唄の黄金時代.jpg

本土復帰前にあたる60年代の嘉手苅林昌は、やっぱり格別ですねえ。
アカバナーから出たマルテル音源の編集盤を聴いて、
何十年ぶりで嘉手苅熱が再燃しちゃいました。
マルテルに残されたシングル録音は、
これまでにもいくつかのコンピレでCD化されてきたとはいえ、
18曲もまとめて復刻されたのは、これが初。
カデカル節とじっくりと向き合うには、格好のアルバムといえます。

もうのっけから、嘉手苅林昌の世界に、ぐぃぐぃ引きずり込まれてしまいましたよ。
1曲目から、のちのち林昌を代表するレパートリーとなる「下千鳥」ですからねえ。
ファンにはおなじみの、別れの悲しみを歌ったバラードですね。
林昌は世の無常をも超越したかのように淡々と歌っていて、
その昇華した深い情念に、胸を打たれます。この境地こそが林昌ならではといえます。

後年の枯淡の歌いぶりで聞かせる「下千鳥」も美しいんですけれど、
こんなに丁寧に、言葉を慈しみながら歌っているのは、この時代だからこそでしょう。
マルテルに録音したのは66・67年頃。
林昌が40半ばの頃で、いわば脂ののった男盛りともいえる時期です。

マルテルに吹き込む直前には、65年にマルフクからデビューLPを出していて、
そのレコードを血眼になって探し回った話は、以前ここで書きましたけれど、
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-08-31
マルフク盤LPを知るきっかけとなった
平岡正明の『クロスオーバー音楽塾』(講談社、1978)には、
マルテルのシングル盤「国頭大福/サラウテ口説」についても、大いに語られていました。

嘉手苅林昌 国頭大福.jpg

本盤にはもちろんこの2曲も収録されていて、
ぼくはこのシングル盤をマルフク盤を手に入れた翌年に、
那覇のレコード店で直接手に入れました。
マルフク盤の良さがわかるようになるまでには、少し時間がかかりましたけれど、
「国頭大福」のスウィング感には、一聴でシビれましたね。

古典音楽や民謡の型からひょうひょうとはみ出し、
変幻自在な即興で自由な琉歌の境地を切り開いた、林昌の至芸の数々。
かつてマルテルのシングル盤には、「沖縄俗謡」と書かれていたように、
民謡=民俗音楽ではなく、俗謡=大衆音楽であることが、
くっきりと刻印された名編集盤です。

嘉手苅林昌 「島唄黄金時代の嘉手苅林昌」 アカバナー TR002
[EP] 嘉手苅林昌 「国頭大福/サラウテ口説」 マルテル MT1009
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不変のレディ・ソウル アンジー・ストーン

Angie Stone  Full Circle.jpg

そう、この声、ですよ。
アンジー・ストーンの魅力といえば、やっぱり苦みのあるこの声。
いい声ですよねえ、安心して身を委ねられます。

そして、たぐいまれなる才能を感じさせるのが、ディクションの良さ。
言葉を自在にリズムへ乗せていくスキルは、
デビュー当初から変わらぬ、アンジー独特のセンスを感じさせます。
そのマナーは、ブラック・ミュージックとしてのソウルを
体現したオーセンティックなもので、
もちろんゴスペルを土台としてるのは言うまでもありません。

アンジー・ストーンといえば、ディアンジェロ絡みを抜きにしても、
常にネオ・ソウルの括りで語られてきましたけれど、
ぼくは、クラシック・ソウルの伝統を継いだ人と受け止めていて、
そこにずっと惹かれ続けてきました。
もちろん、そのうえでヒップホップR&Bにも柔軟に応えられるところが、
彼女の強みでもあるわけなんですけれどね。

ネオ・ソウル登場時、そのシーンに乗れなかったぼくが、
アンジーには強く反応できたのも、そんな彼女の資質ゆえです
時代に左右されずに、トレンドを追うこともなく、マイ・ペースで歌いながら、
しっかりと時代と共振することのできる才能、その腰の据わった姿勢が、
新作でも貫かれていますよ。
タイムレスな魅力を放ってきたレディ・ソウル、今作も会心の出来です。

Angie Stone "FULL CIRCLE" Conjunction Entertainment/Cleopatra CLO1326 (2019)
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グラミー受賞後の自負作 ボビー・ラッシュ

Bobby Rush  Sitting On Top Of The Blues.jpg

ボビー・ラッシュがまさかグラミーを獲るとは、思いもよらなかったなあ。
前作“PORCUPINE MEAT” が、
16年の最優秀トラディショナル・ブルース・アルバムに輝いたのには、びっくり仰天。
芸能ニュースにさしたる関心のない当方とはいえ、
半世紀近くチタリン・サーキットのショウ・ビジネスで渡り歩いてきた、
ラッシュのような苦労人に光を当てるとは、グラミーもまんざらじゃないですね。

そのグラミー受賞作はラウンダーからのリリースでしたけれど、
新作はいつものラッシュの自己レーベル、ディープ・ラッシュから。
いやあ、ジャケットがこれまでになくカッコいいじゃないですか。
これまでのディープ・ラッシュのアルバムはアカ抜けないものが多かっただけに、
う~ん、グラミー獲ると、違ってくるもんですねえ。

なんたって、タイトルが“SITTING ON TOP OF THE BLUES” ですよ。
ミシシッピ・デルタの人気グループ、
ミシシッピ・シークスが1930年に当てた大ヒット曲で、
のちにハウリン・ウルフなどのブルースマンばかりでなく、
グレイトフル・デッドやボブ・ディランなど多くの歌手が取り上げてきた有名曲ですが、
アルバム中にこの曲はなく、タイトルだけ借りてきたのは、グラミー受賞への自負でしょう。

オープニングの‘Hey Hey Bobby Rush’ からして、
あらためて「オレはブルースマン」と自叙伝的に歌い、
ラッシュはみずからの立ち位置を、しっかりと見つめ直しています。
プロデュースは前作に引き続きスコット・ビリントンが担当した曲のほか、
マルチ・プレイヤーのヴァスタイ・ジャクソンとオルガン奏者のパトリック・ヘイズが、
それぞれラッシュと共に制作しています。

ホーン・セクションを従えたソウル・ブルースあり、
アクースティック・ギターによるカントリー・ブルースあり、スワンプ・ロックありと、
多彩なサウンドを貫くダウンホームな味わいが、ラッシュの真骨頂ですね。
シャッフルもブギウギもファンクも、すべてがラッシュ流に料理され、
粘っこく泥臭いタフなヴォーカルは快調そのものです。
ハープを吹く曲では、ハープを持った両手を高く掲げて静止し、
次の瞬間思い切りよく口元に両腕を振り下ろす、ライヴでのアクションが思い浮かびました。

グラミー受賞後の自負作、殿堂入りといえるんじゃないですか。サイコーっす!

Bobby Rush "SITTING ON TOP OF THE BLUES" Deep Rush 10215CD (2019)
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西洋人を前にした初ライヴ・パフォーマンス ヌスラット・ファテ・アリー・ハーン

Nusrat Fateh Ali Khan  Live at WOMAD.jpg

ヌスラット・ファテ・アリー・ハーンを知ったのは、
82年の2枚組LP“MUSIC AND RHYTHM” に収録された1曲がきっかけでした。
このレコードは、ブルンディ・ドラムに始まり、
ホルガー・シューカイの‘Persian Love’ で締めくくられる、
伝統音楽から最新のポップ音楽まで21組のアーティストを収録したコンピレーション。
ワールド・ミュージック(当時まだその言葉はなかったけれど)の祭典
ウォーマッドがここからスタートした、記念碑ともいうべきアルバムでしたね。

で、このレコードでぶったまげたのが、ヌスラットだったのです。
カッワーリーそのものも初体験なら、
これが宗教音楽だというのだから、ビックリさせられました。
ヌスラットとコーラスが丁々発止の即興で掛け合うインプロヴィゼーションは、
ジャズのスリリングなインタープレイと全く変わることのない興奮を巻き起こします。
手拍子とコーラスとともに高揚していく、そのテンションの高さに圧倒され、
この1曲でヌスラットの名前は、ぼくの脳裏にしっかと刻み込まれました。

Nusrat Fateh Ali Khan  En Concert A Paris.jpg

それからだいぶ間が空き、87年の春になって、
ようやく待望のヌスラットのアルバムが出たんですね。
フランスのオコラから出たパリのライヴ盤は、期待にたがわぬ素晴らしい内容で、
連日のヘヴィ・ロテ盤となりました。そんなさなかの9月、
ついにヌスラット一行が初来日してくれたのです。

「アジアの神・舞・歌」と題する国際交流基金が招聘したコンサートで、
会場は国立劇場でしたね。ヌスラットの単独公演ではなく、
トルコのメヴレヴィー教団の旋回舞踏や雲南省の歌舞、アイヌ古式舞踏との
抱き合わせ企画だったんですが、ヌスラットのパフォーマンスは飛び抜けていました。
84年、キング・サニー・アデのライヴ以来の衝撃でしたよ。

ヌスラットのソロからコーラスに移って、ぐんぐんと盛り上がっていく場面や、
歌がすっと消え、場面を暗転させるように、タブラと手拍子のリズムだけになる
瞬間のスリリングさ。はたまた、ヌスラットがコーラスに割り込んで即興する
手に汗握る場面など、絨毯の上に座した男たちが、両手を広げたり、手のひらを
さまざまに動かしながら歌う、初めて見るカッワッリーのパフォーマンスに
目を見張りましたよ。
ダンス・ミュージックではないから、シートで大人しく座っていたわけですけれど、
観ているだけでも血沸き肉躍ってしまって、
身体が熱く火照って、どうしようもありませんでしたね。

その後、ヌスラットたちは何度も来日して、
五反田のゆうぽうとや横浜のウォーマッド(ヌスラットが立ち上がって歌い、
サンディーがひれ伏したあのライヴです)でも観ましたけれど、
やはり87年の国立劇場での衝撃がなんといっても一番です。

さて、今回34年ぶりに陽の目を見た、
85年の第1回ウォーマッドでのライヴ・パフォーマンスは、
ヌスラット一行が初めて西洋の観客の前でやったもの。
オコラ盤のパリ・ライヴの4か月前となる、7月20日深夜にレコーディングされました。
言葉の通じない、ましてや宗教も異なる西洋人を前でも、ヌスラットにアウェイ感などなく、
ダイナミックな即興のパフォーマンスと変幻自在なリズム使いで、観客を圧倒します。

のちにヌスラットが、西洋人の前では、
リズムを強調して歌うとインタヴューで答えていたように、
聴衆の反応を見ながら、当意即妙に場を作り上げていくパフォーマーとしての才能は、
パキスタンの霊廟で歌うカッワールにはない、類まれなる資質を示すものでした。

Nusrat Fateh Ali Khan & Party "LIVE AT WOMAD 1985" Real World CDRW225
Nusrat Fateh Ali Khan "EN CONCERT A PARIS VOL.1" Ocora C.558658 (1987)
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70年代クロスオーヴァー+ドラムンベース レベッカ・ナッシュ&アトラス

Rebecca Nash Atlas  PEACEFUL KING.jpg

レザヴォアを愛聴しているところに、また嬉しいジャズ新作が届きました。
今度は話題の南ロンドンから登場した新グループ。
ブリストル育ちのピアニスト、レベッカ・ナッシュが率いるアトラスのデビュー作です。

きらきらとした鍵盤のネオ・ソウル的な音感で誘いながら、
やがてうねるようなドラミングによって、雄大なサウンドスケープを生み出していく
アンサンブルが聴きもののグループですね。
マット・フィッシャーのしなやかで軽快なスティックさばきと、
前へ前へと推進していくエネルギーのあるドラミングが、がっしりとした骨格のある
バンド・サウンドを組み立てていますよ。

レベッカ・ナッシュはブリストルで育っただけに、
マッシヴ・アタックやドラムン・ベースに影響を受けたというのもうなずけるんですが、
‘Tumbleweed’ の細かくビートを割っていくドラム表現など、
生のドラムンベースとも受け取ることもできそうな気もするなあ。
中盤のサラ・コールマンのヴォーカルがフィーチャーされる曲は、
ジョニ・ミッチェルとイメージがダブったりしますよ。

トランペットのニコラス・マルコムとレベッカのエレクトリック・ピアノの絡みが、
エディ・ヘンダーソンとハービー・ハンコックを思わせるところもあり、
アトラスには、70年代前半のクロスオーヴァー・サウンドに、
ドラムンベースを合体させたような魅力がありますね。
エレクトロニクスも交えたハードなインプロヴィゼーションを展開するラスト・トラックまで、
聴き応え満載の作品です。

Rebecca Nash and Atlas "PEACEFUL KING" Whirlwind Recordings WR4748 -2019-
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ヒップホップに娘を思う 泉まくら

泉まくら  as usual.jpg

この人に興味を持ったのは、15年の『愛ならば知っている』のジャケットがきっかけ。
大島智子のアートワークが、下の娘とオーヴァーラップして、妙に心にひっかかりました。
どんな人なのかとチェックしてみると、
「普通の女の子が半径数メートルで起こったことを
リリックにしたゆるふわラップ」とのこと。

聴いてみると、時にメロディを歌うパートもあるものの、
ポエトリー・リーディングのようなラップは、淡い語りのよう。
「ゆるふわラップ」というのも言い得て妙だなと思いましたけれど、
つぶやくようなフロウには、しっかりとしたビート感が宿っていて、とても自然に聞けます。

この「自然に聞ける」というところがキモで、語りを音楽的に聞かせるには、
相当な技量が必要だということを、再認識させられます。
歌謡曲の朗読とか、フォークの語りには、さんざん赤面させられてきましたからねえ。

語りを自然に聞かせるには、かつては節回しやこぶし使いというスキルを必要とされたのが、
ヒップホップの時代では、新たにビートに言葉をのせる
リズムの咀嚼力が求められるようになり、それを若い世代が獲得してきたんですね。

ヒップホップというビートの利いた音楽でありながら、
昔のフォークみたいなリズム感のなさを露呈するラッパーがたまにいるのは、
リズムの咀嚼力が足りないからでしょう。

そう考えてみると、泉まくらのラップを「ゆるふわ」と表現するのは、
いささか彼女のスキルを軽んじているようにも思え、
若い日本人ミュージシャンが持つ高度なリズム咀嚼力を、
彼女もまた備えていることがわかります。

トラックメイクも、泉まくらの音楽世界を過不足なく、簡潔に表現しています。
cero に通じるネオ・ソウル~ヒップホップを横断したサウンドで、
どこか都市の郊外感をイメージさせるところも、cero と同じ匂いがしますね。

昨年、下の娘が家を出て一人暮らしを始めてから、
「どうしてるかなぁ~」とふと思い起こすことが増えました。
泉まくらを聴いていると、ますますそんな思いが募ります。

泉まくら 「as usual」 術ノ穴 XQND1012 (2019)
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フレッシュなサンバ クラウジオ・ジョルジ

Claudio Jorge  Samba Jazz De Raiz.jpg

うわー、実にクラウジオ・ジョルジらしいというか、
クラウジオ・ジョルジにしか作れないサンバ・アルバムですね。
80年にオデオンからデビューした時は、
メロウなMPB系サンバで登場したクラウジオ・ジョルジでしたけれど、
ソロ・デビュー前は、ネイ・ロペスやルイス・カルロス・ダ・ヴィラなど
伝統系サンビスタのプロデュースを手掛けていただけに、意外に思ったものでした。

クラウジオは、若い頃にカルトーラやイズマエル・シルヴァなど、
マンゲイラのサンビスタと交流し、カルトーラとの共作も残しているほどで、
伝統サンバを音楽性の芯に持っている人です。
その後、ヴィラ・イザベルのサンバ作家として長く裏方で活躍し、
パゴージ・ブームの時代になって、ようやくソロ・デビューしましたけれど、
クラウジオのサンバはパゴージではなく、伝統サンバなのにポップという、
いそうでいない稀有な才能の持ち主でした。

Cláudio Jorge  COISA DE CHEFE.jpg   Cláudio Jorge  AMIGO DE FÉ.jpg

ソロ・アーティストとしては寡作の人ですけれど、01年の“COISA DE CHEFE”、
07年の“AMIGO DE FÉ” ともに、伝統サンバと洗練されたMPBのサウンド・センスを
あわせ持ったクラウジオの個性を存分に発揮した傑作で、ずいぶんと愛聴したものです。
そんなクラウジオが70歳を迎えるにあたって制作した新作は、
サンバ・ジャズを謳ったアルバム。

どんな趣向なのかと思えば、バックがスルドやパンデイロなどのパーカッション隊ではなく、
ドラムスとベースのリズム・セクションを中心に、ギターやサックスなどが、
ジャズぽいソロをとるというプロダクションなのですね。
といっても、取り立ててジャズ色が強い印象はなく、
楽曲は伝統サンバそのものだったり、爽やかなMPBだったりで、
いつものクラウジオらしい作風を湛えた仕上がりとなっています。
アタバーキ1台をバックに歌い、途中ギターやフルートなどが絡むという、
バイーアふうサンバもありますよ。

ドラムスに、長年の盟友である名ドラマー、
ウィルソン・ダス・ネヴィスも参加しているほか、
モナルコの息子マウロ・ジニースがゲストで1曲、クラウジオと一緒に歌っています。
からっと明るいクラウジオのヴォーカルも、とびっきりの爽やかさで、
いくつになってもフレッシュさを失わないクラウジオらしいサンバを堪能できます。

Cláudio Jorge "SAMBA JAZZ, DE RAIZ" Mills MIL063 (2019)
Cláudio Jorge "COISA DE CHEFE" Carioca 270.012 (2001)
Cláudio Jorge "AMIGO DE FÉ" Carioca/Zambo CD0008 (2007)
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ハイライフ+タウンシップ・ジャイヴ ダイトマイト・スターライト・バンド

Dytomite Starlite Band.jpg

ジール・オニイアのアルバムがタバンシから出ていたなんて、意外も意外。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2019-07-08
というのは、タバンシといえば、凡庸なアフロ・ポップやディスコものの
レーベルというイメージが、あまりにも強かったから。

80年代半ばのサニー・アデ・ブームで、日本にナイジェリア盤が大量に入ってきた折に、
タバンシのカタログもずいぶん聞きましたけれど、
どれもこれもB・C級のポップ作ばかりで、幻滅したものです。
当時買ったレコードは全部売っぱらちゃって、手元には1枚も残ってないもんねえ。

70年代初めにイボ人レーベル・オーナーの
チーフ・タバンシが設立したタバンシ・レコーズは、
ぼくが知るようになった80年代半ばには、
ポップスやディスコものがカタログの中心でした。
70年代にハイライフのアルバムを多数出していたことは、
ずいぶんあとになって知りました。

このガーナのハイライフ・バンド、ダイトマイト・スターライト・バンドもそんな1枚。
レコード番号から類推すると、70年代ではなく、83年頃のアルバムと思われます。
当時はガーナが深刻な経済不況に陥っていた時期で、
ナイジェリアのレコード会社に録音したのも道理です。
当時ガーナ国内ではレコーディングが行なわれることはなくなり、
ハンブルグ、ロンドン、アビジャン、トロントなど、
海外でハイライフのレコードが制作されていました。

ダイトマイト・スターライト・バンドというバンドは、
今回のリイシューで初めて知ったんですけれど、
聴いてみると、これがなかなかユニーク。
1曲目のイントロのホーン・セクションが入ってくるところで、
ええぇ~、これ、タウンシップ・ジャイヴじゃないの!とびっくり。
でも、リズムは確かにハイライフだし、歌が始まればそのメロディは、
まぎれもなくガーナ産ハイライフなんですけれども。

狐につままれたような気分でいたら、2曲目もホーン・セクションのリフが、
南アそのもので、ノケぞってしまいました。ガーナのハイライフと
南アのジャイヴがこんなふうにミックスされた音楽は、初めて聴きますね。

もっとも南ア色が濃いのは冒頭の2曲だけで、
ほかの曲はすべてガーナらしいダンス・バンド・ハイライフ。
ギターが「エル・マニセーロ」のリフを弾く曲や、
キーボードがユニークなサウンドを作っているところも、耳をひかれます。

いったいどういう経歴を持つバンドなのか、興味がわくところなんですけれども、
このダイトマイト・スターライト・バンドに関する資料は皆無のようで、
リイシューに携わったジョン・アームストロングも、ライナー・ノーツで困惑を隠しません。
バンドを名乗るも、メンバーの名前はおろか、人数すら不明で、
ジャケットに写る二人が、歌手なのかプレイヤーなのかもわかりません。
ガーナのハイライフが停滞した80年代に、
謎のバンドが残した知られざるハイライフ名作です。

Dytomite Starlite Band of Ghana "DYTOMITE STARLITE BAND OF GHANA" Tabansi/BBE BBE547ACD
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マルチニークの新人コンテンポラリー・ジャズ・ピアニスト マエ・ボーロワ

Maher Beauroy.jpg

マルチニーク出身の若手ジャズ・ピアニストの実質デビュー作
(12年にデジタル・リリースのみのEPあり)です。
「カリビアン・ジャズの新星」とか謳われていますけれど、
そのテの宣伝文句は、疑ってかからないとねえ。
カリブ出身者だからといって、必ずしもルーツ・コンシャスな人とは限りません。

近年のマルチニーク出身のジャズ・ピアニストでは、
エルヴェ・セルカルとグレゴリー・プリヴァの二人が、そのいい例。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2018-12-16
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2018-01-22

クレオール性を視座に置いたジャズを演奏するエルヴェと、
マルチニークの伝統音楽とは別の、アカデミックな教育を受けて
新世代ジャズを演奏するグレゴリーとでは、まるで音楽性が違います。
カリブ出身というだけで、「カリビアン・ジャズ」や「クレオール・ジャズ」と
喧伝するのは、本人の音楽性を歪めて伝えることに繋がるだけ。
ジャズ界隈はこういう安易なラベリングが横行するので、注意が必要です。

で、マエ・ボーロワくんは、どちら派なのかといえば、後者の新世代ジャズですね。
クレオールやアフロ・アンティーユのリズムもメロディも、まったく参照されていません。
経歴を聞けばバークリー出身ということで、そうだろうなあとナットク。

編成はピアノ・トリオにヴィブラフォンとヴァイオリンが加わったクインテット。
1曲のみパーカッションがゲストに加わっていますが、
名前から察するにスペイン系で、マルチニーク出身者ではなさそう。
他のメンバーも、ヴィブラフォンの出身だけ不明ですが、
オーストラリア人女性ベーシストにスイス人ドラマー、
フランス人ヴァイオリニストと、多国籍な顔ぶれです。
ヴァイオリンがかなり個性的なプレイをしていて、要注目ですよ。

インタヴューを読むと、マリオ・カノンジュを尊敬しているというコメントがあったので、
もう少しクレオールな音楽性を聞かせるかとも思ったんですが、違っちゃいましたねえ。
でもそんななかにも、マエがヴォーカルを取った‘La Sirène’ で、
ラルフ・タマールばりの色気たっぷりな歌声を聞かせているのには驚かされました。

Ralph Thamar  EXIL.jpg

ラルフ・タマールのソロ・デビューEP“EXIL” 中の1曲‘Ba Mwin’ が
マエのお気に入り曲ということで、ロマンティックな甘いヴォイスは、
ラルフ・タマールからの影響かもしれません。
そのラルフ・タマールとも、マエは16年にライヴで共演しています。

歌モノにマルチニークをわずかに感じさせるとはいえ、
本作最大の魅力は、コンテンポラリー・ジャズ・マナーの、
マエのコンポジションの良さにありますね。
ヴァイオリンの起用が成功したのも、コンポジションにぴたりハマったからで、
コンテンポラリー・ジャズのニュー・スターの誕生に喝采を送りましょう。

Maher Beauroy "WASHA!" Aztec Musique/Déclic Jazz CM2612 (2019)
Ralph Thamar "EXIL" GD Productions GCD45004 (1987)
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サイケデリック・エレクトロニック・マロヤの大傑作 チ・フォック

Ti Fock  GAYARNATIR.jpg   Ti-Fock  SWIT LOZIK.jpg

エレクトロニック・マロヤのコンピレで
ひさしぶりにチ・フォックと再会したんですけれど、
そういえばチ・フォックって、どうしてるんだろう。近況がぜんぜん伝わってきませんね。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2019-08-01

チ・フォックはジスカカンと並ぶ、現代マロヤの重要アーティスト。
マロヤをフューチャリスティックに変貌したサウンドで、
伝統マロヤを革新したイノヴェイターです。
なかでも、ジャズの語法も借りながら、大胆にマロヤのサウンドをリクリエイトした
94年の“SWIT LOZIK” は、レユニオン音楽史に残る一大傑作でした。
安直なエレクトリック化やフュージョン化がはびこっていた90年代当時のレユニオンで、
アクースティックでプログレッシヴなサウンドを生みだした才能は突出していました。

でも、あれ以降、チ・フォックの活動が聞こえなくなってしまって、
あらためて調べてみると、11年にアルバムを出していたことが判明。
早速オーダーしてみたら、これはスゴイ!
なんともチ・フォックらしい才気あふれる力作じゃないですか。
11年といえばマロヤ再評価で盛り上がっていた時期だというのに、
なんでこのアルバムは輸入されなかったんだろう。

全編で繰り広げられるサイケデリックなサウンド・プロダクションは、
チ・フォックの面目躍如。歌詞カードには、全曲「シャンソン・ワールド・ミュージック」と
クレジットされていて、マロヤといっさい名乗らないところが面白いなあ。
しかし、聴いてみれば、どの曲も横揺れのビートをベースとした、マロヤであることは歴然。
カヤンブが入っていない曲でも、しゃかしゃかと鳴るカヤンブのリズムが聞こえてくるのは、
打ち込みやエレクトロのビートが、マロヤのリズムを下敷きとしているからですね。

エレクトロを大胆に取り入れ、トランス・ミュージックばりのダンス・ビートを放つ一方で、
サウンドの要所にルーレやカヤンブなどの打楽器、アコーディオンやギター、
女声のウルレーションなどの生音をガチンコでぶつけたプロダクションがスゴイ。
ヘヴィーなエレクトロなサウンドと打楽器の生音が互いにゆずらず、
肉感的な生々しさをグイグイと打ち出してくるんですよ。

いわゆるアンビエント・テクノといった方向には寄らず、
レユニオン伝統音楽の太い幹を感じさせるところが、頼もしいじゃないですか。
さりげなくアフロビートの要素も絡ませた2曲目も白眉。
クセのある声でねちっこく歌う、チ・フォックのロック的なヴォーカルも痛快です。

例のエレクトロニック・マロヤのコンピレには、初期の曲のリミックスなんかじゃなくて、
このアルバムから選曲したら良かったのになあ。
誰からも気付かれずにいたサイケデリック・エレクトロニック・マロヤ。
今からでも遅くないというか、今こそ聴くべき大傑作、
バイヤーさん、ぜひ日本に輸入してください。

Ti Fock "GAYAR NATIR" Sedm/Oasis CD44915 (2011)
Ti-Fock "SWIT LOZIK" Sedm/Oasis 66956-2 (1994)
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アフロ・グルーヴ・クイーン マヌ・ガロ

Manou Gallo Afro Groove Queen.jpg

うぇ~い! カッコえぇ~!!
元ザップ・ママのベーシスト、マヌ・ガロが昨年出していた4作目、サイコーっすね!
1年以上も前に出てたのかぁ。気付いている人、誰かいた?
『アフロ・グルーヴ・クイーン』ってドンピシャなタイトルに、このジャケ!
いや、もう、なにをかいわんやでしょう。
ブーツィー・コリンズとチャックDをゲストに呼んだアフリカのアーティストって、
彼女が初じゃないの?

ぼくがマヌ・ガロに注目したのは、ジンバブウェのモコンバのデビュー作がきっかけ。
あのアルバムをプロデュースしたのが、マヌ・ガロだったんですけれど、
その抜きんでたポップ・センスには目を見張りました。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-12-29

パン・アフリカンなコンテンポラリー・ポップスを作り出す
アフリカ人プロデューサーといえば、
かつてはカメルーン出身のマヌ・ディバンゴがいましたけれど、
マヌ・ガロはそのマヌ・ディバンゴと同じ系譜に連なる人ですね。

マヌ・ガロはコート・ジヴォワール出身ですけれど、
コート・ジヴォワールやカメルーンには、
パン・アフリカンな視点に立ったクリエイターを輩出する土壌が昔からあって、
マヌ・ガロもまさにそんな一人といえます。

そのマヌ・ディバンゴも1曲ゲストで参加した本作、
痛快なアフロ・ファンクが全編で炸裂しまくります。
呼び物は、ブーツィー・コリンズがゲストに加わった4曲で、
なかでもチャックDを交えたトラックがクールですねえ。
ほかにも、マリー・ドルヌやサビーヌ・カボンゴなどザッパ・ママのメンバーたちに、
ビート・ボックスも加わったア・カペラ・コーラスも聴きものです。

でも、ぼくが一番興味をひかれたのが、
故国コート・ジヴォワールのエルネスト・ジェジェに捧げたインストのトラック。
ジェジェは70年代にベテ人の伝統ダンス音楽ジグリビテイを、
モダン化したクリエイターでした。83年にジェジェが亡くなったあと
ジグリビテイを継ぐ者は現れませんでしたが、
80年代末にコート・ジヴォワールで大流行したズグルー誕生の
呼び水となったことは間違いありません。

ズグルーはのちにクーペ・デカレへと発展しますが、
コート・ジヴォワールのダンス・ポップの一大潮流となったルーツにジグリビティがあり、
こうしたアフロ・ファンク色濃いグルーヴがベースにあったことを再認識させられます。
パン・アフリカンなサウンドながら、そこにはコート・ジヴォワールの伝統リズムが
しっかりと生かされているんですね。

Manou Gallo "AFRO GROOVE QUEEN" Contre-Jour CJ033 (2018)
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