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想い出二つの40周年記念作 キャロル・トンプソン

Carroll Thompson  HOPELESSLY IN LOVE.jpg

40周年記念エディションだそうです。
そうかぁ、もう40年になるんですねえ。
ぼくも今年が勤め人になって40年ですけれど、
社会人1年生で大学時代から付き合っていた彼女と別れてしまい、
失意のBGMとなった、忘れられないアルバムです。

ラヴァーズ・ロックは、70年代中頃にロンドンから誕生したというのが、
いまでは通史となっているようなんですけれど、
日本でラヴァーズ・ロックという名を耳にしたのは、もっとずっとあとのこと。
マキシ・プリーストが登場した80年代後半あたりで、
ようやくそのジャンルが少し知られるようになったんじゃなかったっけ。

わずかながら、その名が認知されたとはいっても、
当時のレゲエ・ファンはラヴァーズ・ロックを完全に見下していて、
デニス・ボーヴェルがプロデュースしたジャネット・ケイのデビュー作も、
「アイドル・レゲエ」なんて揶揄していたくらいですから。

シュガー・マイノットがイギリスRCAから出した名作“GOOD THING GOING” だって、
当時は「甘すぎる」と評され、
ジャマイカ盤にあるような気骨に欠けるなぞと言われてたんだからねえ。
当時は、ニュー・ウェイヴやダブからレゲエを語るにせよ、
ジャマイカ現地原理主義者にせよ、
こういう歌謡性の強いレゲエを評価する土壌は、まるでありませんでした。
こういうナンパなレコードは、買うのにも人目をはばかる、とまではいかなくても、
大好きとは公言しづらい雰囲気だったんですよ。レゲエ=硬派の時代ですね。

というわけで、口を閉ざしてはいても、
隠れファンのぼくのような人は、実は結構いたんですね。
00年代に入ってからか、ラヴァーズ・ロックが再評価されるようになると、
キャロル・トンプソンの本作を、ラヴァーズ・ロックの名作と
持ち上げる評論家がぞろぞろ現れ、アンタ、当時そんなこと、
ひとことも言わなかっただろと、後ろ指を指したくなったものです。

めっちゃスウィートな歌声に、よくホップするレゲエのリズムが心地よく、
キャロルの歌声も曲によっては色香が漂う艶もみせていて、
骨抜きにされる名盤中の名盤であります。
40周年エディションには当時の12インチ・シングルで、
シュガー・マイノットとのデュエットなど5曲をボーナスで収録していて、
‘Your Love’ なんて、すごくいい曲。

リヴィングで聴いていたら、
「ずいぶん珍しいの、聴いているわね」と妻が懐かしそうな目をしました。
レコードを買った当時、失恋のBGMだった本作も、
のちに妻との新婚生活のBGMとなり、音楽の記憶は上書きされていたのです。

Carroll Thompson "HOPELESSLY IN LOVE: 40TH ANNIVERSARY EXPANDED EDITION" Trojan TJCD1041 (1981)
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忘れじの海外通販サイト その2 Delta Records

Super Jazz Des Jeunes  VACANSES.jpg   Edner Guinard & Son Orchestre.jpg

レコ掘りは足で稼げ、とはよく言われたことですけれど、
海外通販のサイト探しに、そんな体育会系な泥臭い根性は必要なく、
少し気の利くオツムがありゃ、オッケー。
検索スキルがモノをいう世界でありました。

どうやってこういうお店を見つけるんですかと、
よくバイヤーさんに訊かれたりもしましたが、
人には説明しづらい検索ノウハウがいろいろありましてねえ。
単なる検索スキルじゃなくて、キー・パーソンを見つけて、
そこからトレーダーに繋がったりとか、人脈を作るスキルも
いつのまにか身についたような気がします。

長年探した一枚を、実店舗で発見した喜びに比べて、
オンライン・ショップでポチッても味気ない、みたいなことを言う人がいましたけど、
それは、オンライン・ショップ探しの醍醐味を知らないだけの話なんですよね。

苦心惨憺の末、お宝ザクザクのお店を見つけた時のカンゲキといったら、
PCの画面に向かってガッツ・ポーズせずにはおれませんよ。
これまでに何度、ヤッター!と大声を上げたことか。
こんなに見つけにくいサイトを作っておいて、よく商売できるもんだと、
ヘンな感心をしたりしてね。

デルタ・レコーズを見つけた時が、まさにそれだったなあ。
発見した当時、ハイチ音楽は、ミニがかろうじてCD化を進めているくらいで、
他のレーベルはほとんどCD化されていないとばかり思っていたんですよ。

ところが、デルタ・レコーズのサイトには、
ジャズ・デ・ジュン、ヌムール・ジャン=バチスト、ウェベール・シコー、
シュレ・シュレ、スカシャ、ボサ・コンボなどなど、
日本にまったく入ってきていないCDがどっさり載っていて、
いやぁ、わが目を疑いましたね。

片っ端から全部カートに放り込みたい欲望にかられましたけど、
初めて利用するサイトの初回オーダーは、
慎重を期して、5点以内と決めていたので、
はやる動悸を抑えつつ、アイテムを選んでオーダー。
初回オーダーが無事到着したのを確かめると、それを皮切りに、
10点単位で怒涛の如くオーダーをし続けました。

「君が初めて日本からオーダーしてくれたお客さんだよ」とは、
これまでにいくつものオンライン・ショップから言われ続けてきましたけれど、
最初にその言葉をもらったのが、デルタ・レコーズだったんじゃなかったかなあ。
頻繁にオーダーしていると、そのうち相手もこちらの嗜好を理解してくれて、
カタログにないアイテムを教えてくれたり、オマケに送ってくれるようになったりね。

デルタ・レコーズが扱うレーベルは、イボ、マルク、チャンシーが中心で、
ミニ、ローテル、スーパースターは扱っていなかったため、
それらのレーベルのCDは、また別のお店を探し出して買うようになりました。

その後4・5年経つと、カタログの更新が止まってしまい、
すでにカタログのほとんどを買い尽くしていたので、
サイトを見に行くこともなくなってしまいました。
気が付いた時には、すでにお店は閉鎖されたあとでしたね。

5・6年前だったか、ストラットが60~70年代コンパの編集盤を出したときに、
収録曲のオリジナルをすべて知っていたのも、デルタ・レコーズのおかげ。
ハイチ音楽を深掘りするのに、またとないお店でありました。

Super Jazz Des Jeunes "VACANSES" Ibo CD113 (1962)
Edner Guinard & Son Orchestre "LES BELLES MERINGUES D’HAITI" Marc CD400 (1960)
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タペストリーを織り上げるジャズ ヘンリー・スレッギル・ゾーイド

Henry Threadgill Zooid  POOF.jpg

6年ぶりとなるヘンリー・スレッギルのグループ、ゾーイドの新作。
前作は5年前の元旦記事にしたんですけれど、
あのあと、2016年のピューリッツァー賞(音楽部門)を受賞したんですね!
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2016-01-01

う~ん、日本じゃ、ぜんぜん話題にもならなかったよなあ。
スレッギル・ファンとしては、クヤシイ限りなんですが、
今作だって、待ちわびた人がいったいどれほどいたことか。
数は少なくても、好きな人は熱烈、というのがスレッギル・ファンですよね。

新作は、グループの20周年記念作になるのだそう。
スレッギルとメンバーの間で作り上げてきたセオリーが、
長年の信頼関係のもとで伸び伸びと発揮されているのを感じとれる充実作です。

タペストリーを織り上げるジャズというのが、
スレッギルの音楽を説明するのにもっとも適していると思うんですが、
メンバーそれぞれが、一定の規律を保って自由に即興するコンセプトは、
ゾーイドの変わらぬ特徴ですよね。

全体の設計図を書くスレッギルに、職人たちが各パートを織り上げていって、
大きなタペストリーを完成させるんですが、
職人たちは単に自分のパートを分業して織っているのではなく、
ほかの職人と対話をしながら、アイディアやヒントを与えあっているんですね。
そうやって相互に作用しあうことで、もとの設計図には描かれていない豊かさを、
タペストリーに生み出していきます。
一見バラバラにみえるものが、やがて華やかに織り上がっていく、
時間の経過とともに進行していくさまを眺めるのが、ゾーイドの醍醐味です。

ゾーイドはピアノレスであることが肝だと思うんですが、
ハーモニーを慎重に避けながら、楽器間の音律に焦点をあてて、
作曲されているんじゃないのかなあ。
マルチフォニックな場面を巧みに忍ばせているのも、そんな意図を感じます。
今回は特に、ギターとチュ-バの対話が聴きどころになっていますね。
全5曲38分という短さだけが、ちょっと残念かなあ。
次回は6年も待たせないよう、お願いします。

Henry Threadgill Zooid "POOF" Pi Recordings PI92 (2021)
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after you が本になります。

いつもお読みいただいて、ありがとうございます。
今日はみなさんにお知らせがあります。
ブログ after you が近く一冊の本になります。
https://artespublishing.com/shop/books/86559-244-3/

2009年6月2日に隔日刊ブログとしてスタートし、
2019年5月31日までの10年分の記事1827本のなかから、
約半数にあたる848本をピック・アップして、地域別に構成しました。

『音楽航海日誌』は、日本から出航し、
西回りでアジア~中東~ヨーロッパに寄港しながら北米へ、
さらに中南米から東回りでアフリカへと、音楽の大海原をめぐる
世界一周ツアーを楽しんでいただく本です。

Music Log Book Cover.jpg

ブログの記事以外に、これまでに雑誌に書いた記事や、CD解説に加え、
この本の独自企画として、ピーター・バラカンさんと外国語のカナ表記について、
とことん語り合った対談も載せています。

この対談は、過去もっとも多くのコメントがついた記事
「ブラジルかぶれのカナ表記」に対して、ぼくの考えを表明したもので、
みなさんからいただいたコメントを割愛するかわりに企画した、スペシャル対談です。

また、この本には、レコード、民芸、織物、仮面、人形のコレクションや、
ブログ未掲載の旅の写真やライヴ写真なども、フルカラーで多数公開しました。

656ページ、2段組、100万文字を超すヴォリュームをハードカヴァーに収めました。
11月18日発売予定です。
ぜひともお手元に、よろしくお願いいたします(ぺこり)。
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オロモのカリスマの遺作 ハチャル・フンデサ

Haacaaluu Hundeessaa.jpg

昨年暗殺された、エチオピアのオロモ公民権活動家で、シンガー・シングライターの
ハチャル・フンデサの遺作が、初命日となる6月29日にリリースされました。

ハチャル・フンデサは、86年、オロモ人の抵抗運動の拠点
オロミア州アンボで、貧しい家庭の五男に生まれました。
牛の世話をしながら、学校のクラブで歌いながら育った少年でしたが、
17歳のときに、オロモ解放戦線(OLF)を支援する
学生運動に加わったという嫌疑で逮捕され、
逮捕後の正規な手続きを経ずして、5年間もの獄中生活を送ります。
当時オロモ人は政府から激しい弾圧を受けていて、
オロモ解放戦線(OLF)の活動も禁止されていました。

ハチャルは5年間の刑務所生活で、
同じ受刑者のオロモ公民権活動家から多くを学び、
政治的なアイデンティティを形成していきます。
読書をしながら音楽を作り、釈放されたときには、
すでにファースト・アルバムとなる曲の多くが出来上がっていました。
09年に出たデビュー作“SANYII MOOTII” は、記録的なヒットを呼び、
ハチャルはわずか22歳で、オロモ人の新しいスターとして、
国民的な人気を勝ち取ります。

そして、15年に出したセカンド・アルバム“WAA'EE KEENYA” で、
ハチャルはオロモの文化的アイコンへと大きく成長します。
オロモ農民の土地を収奪するアディス・アベバの拡張計画に抗議した
シングル曲‘Maalan Jira’ が発売されると、オロミア各地方でデモがたちまち発生し、
この曲はアディス・アベバ拡張に抗議する市民のアンセムとなりました。
ゲラルサと呼ばれるオロモ抵抗運動のプロテスト・ソングによって、
ハチャルは人々に政治的覚醒をもたらしたのです。

その後、反対運動が実って、アディス・アベバ拡張計画は頓挫し、
オロモ革命のサウンドトラックとなったハチャルの歌は、
エチオピアで初のオロモ人首相を18年に誕生させる、大きなエネルギーとなりました。

昨年6月29日の夜、アディス・アベバ郊外のコンドミニアムでハチャルは銃撃を受け、
ティルネシュ・ベイジン公立病院に運ばれますが、帰らぬ人となりました。
死の一週間前には、殺害予告を受けていることを、
ハチャルはインタヴューで明かしていました。

ハチャル死亡を聞きつけた数千人の弔問客が、
ティルネシュ・ベイジン公立病院に押し寄せ、
警察が催涙ガスで群衆を解散させる騒ぎとなったほか、
葬儀においても治安部隊が2人を射殺し、7人の負傷者を出す騒ぎとなりました。
その後も、オロミア地方の各地でハチャル銃撃への抗議活動が頻発し、
約160人の死者が出ています。

エチオピアから遠くロンドンにおいても、ハチャルの死の翌日の6月30日に、
ウィンブルドンのカニサロ・パークに置かれたハイレ・セラシエ皇帝像が、
オロモ人抗議者によって破壊されました。

オロモ文化を体現し、文学性の高い詩的な歌詞によって、
オロモの民衆の心をつかんできたハチャルでしたが、
その音楽はオロモのコミュニティに閉じたものではなく、
アムハラや他の民族にもアピールする音楽性を有しています。
ときにアムハラ語に由来する文学的修辞も使いながら、
すべてのエチオピア人にアピールしようとしてきました。

そうした姿勢は音楽面にも表れていて、
本作にコンテンポラリーなレゲエ・サウンドで聞かせる曲や、
マシンコ、ワシント、クラールをフィーチャーした曲があるように、
エチオピア人すべてが共有できるサウンドを使いながら、
エチオピア最大の民族でありながら迫害され続けてきた、
オロモ人の問題を訴えているんですね。

ハチャルが民族を越えて、多くのエチオピア人に愛されたのは、
共感に満ちた人間的魅力にあったと聞きますが、
細やかにこぶしを使って歌うハチャルのヴォーカルには、
人を包み込む温かさがありますね。
情感に溢れたその歌い口は、歌詞のわからない外国人には、
とてもプロテスト・ソングと思えないほど朗らかに響きます。

洗練されたデザインに、美しい印刷の5面パネル仕様の特殊パッケージは、
エチオピア製としては破格のもの。オロモのカリスマとして、
エチオピア社会に偉大な足跡を残した歌手の遺作にふさわしい意匠です。

Haacaaluu Hundeessaa "MAAL MALLISAA" Wabi no number (2021)

【追記】ミュージック・マガジン今月号の輸入盤紹介でもレヴューしていますが、
デジタル・リリースという表記は編集部による誤りですので、ご注意ください。
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厳しい時代だからこそ人は強くなれる ネイオ

Nao  AND THEN LIFE WAS BEAUTIFUL.jpg

うわぁ、まんま90年代R&Bじゃないですか。
ネイオの新作は、ブランディーやインディア・アリーを連想させる
90年代サウンドのフレーヴァーが横溢。
デビュー作のエレクトロ・ファンクは後退した感じかな。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2016-08-20

ネイオらしい、ネオソウル調のドリーミーなオルタナティブR&Bなど、
ミディアムをメインにした曲中心ながら、バラードの美しさは特筆もので、
ピアノやストリングスを効果的に使って、生音のオーガニックな空気を
生み出しているのが印象的です。

辛いことや困難なことがあっても、必ず乗り越えられるという
メッセージを込めたと、ネイオ自身が語るように、
パンデミックの困難な時代にも、ポジテイヴな思考を貫いて
人生を乗り越えていこうとする強い意志が、ネイオの歌いぶりから伝わってきます。

コケティッシュな個性的な声は、デビュー当時から変わらないものの、
チャーミングさのなかに太い芯を宿すようになったのは、
ひとりの母として、彼女が人間的に大きく成長したからでしょうか。

新しく生まれた命を「時代の救済」と歌う、希望に満ちた‘Antidote’ は、
なんとナイジェリアのアデクンレ・ゴールドをフィーチャリングしたアフロビーツ。
まさかここでアフロビーツが聞けるとは思いもよりませんでしたが、
その意外さより、彼女のしなやかな強さに感じ入りました。
女性としてのプライドを主張した‘Woman’ での自信に満ちた姿にも、
それが表れているし、客演したリアン・ラ・ハヴァスとのコンビも絶妙です。
ネイオとリアン・ラ・ハヴァスの二人とも、母親がジャマイカ出身ですね。

聖歌隊のコーラスを取り入れた曲や
自作のバラード‘Amazing Grace’ の気高さに、
厳しい時代だからこそ人は強くなれるという、
ネイオの信念が溢れているじゃないですか。
オプティミズムを引き寄せるのは、ポジティヴな姿勢であることを
体現した傑作です。

Nao "AND THEN LIFE WAS BEAUTIFUL" Little Tokyo Recordings/Sony 19439900502 (2021)
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忘れじの海外通販サイト その1 Stern's Music

Ede Gidi.jpg

10年ほど前、「忘れじのレコード屋さん」という記事を書いたことがありました。
CDが主流メディアとなり、街からレコード屋がすっかり消えてしまったので、
昔よく通ったレコード屋の思い出を、6回シリーズで語ってみたんですけれども。

あれから10年。時は移ろい、サブスクが全盛となってCDショップが次々と閉店し、
海外の通販サイトも消えゆく時代となりました。
これまでお世話になった海外のオンライン・ショップが撤退や閉鎖を余儀なくされ、
お付き合いは年々減る一方です。

思い返すと、PCを買って初めて利用した海外通販サイトは、
アメリカのCDNOW でしたね。
94年に、ペンシルヴェニアで創業したオンライン・ショップです。
のちにアマゾンに吸収されてしまいましたけれど、
日本の輸入CDショップに入荷しないCDをオーダーするため、使い始めました。

やがて大手のCDショップばかりでなく、
小さな専門店を探り当てては、渡り歩くようになっていくんですが、
その手始めの店が、ロンドンのスターンズでした。
最初にオーダーしたときのインヴォイスを見ると、
日付は01年9月24日となっていますね。もう20年も前なのかあ。

日本に入ってこないナイジェリアのジャズホール盤で、
エディー・ジーの“U-ROO BA VYBE DIALEKTICS” ほか計4枚を買っています。
う~ん、なつかしい。

インターネットをダイヤルアップで接続していた時代で、
♪ピー、ヒョロロ~♪ という接続音を聞きながらページをクリックするという、
今の若い人には、なんのことやらわからないだろう、のんびりした時代でした。
ネットがサクサク動くという概念すらない時代で、亀のようにのろいレスポンスでも、
画面を覗き込んでは、どきどきしながらサイトのカタログをチェックしていたものです。

Mamman Shata  Polydor.jpg   Mamman Shata  Premier Music.jpg

スターンズの実店舗には、ロンドン出張したときにもよく通ったんですが、
その時に買ったナイジェリア、ハウサの名プレイズ・シンガー、
マンマン・シャタのポリドール盤のA面がCD化されて、
オンラインのカタログに載ったときは喜び勇んだっけなあ。
ソッコー、オーダーすると、すぐにカタログのカート欄が
out of print のグレー表示に変わり、首尾よく1点ものをゲットできたのでした。
ナイジェリア音楽でヨルバやイボの音楽に比べて、
ハウサ音楽は入手困難なだけに、LP・CD双方をスターンズから買ったのは、
不思議な巡り合わせで、感慨深かったです。

ロンドンとニュー・ヨークのお店はすでに閉店してしまいましたが、
ウェブ・サイトはまだ生きています。
というものの、もう2年以上もカタログは更新されておらず、
在庫もすべて売切となったまま。これじゃまるで、幽霊サイトだよねえ。
ずいぶんお世話になったお店だけに、なんともさみしい話であります。

Ede Gidi "U-ROO-BA VYBE DIALEKTICS" Jazzhole JAH001D (1997)
[LP] Alhaji Mamman Shata "ALHAJI MAMMAN SHATA" Polydor POLP121 (1985)
Alhaji Dr. Mamman Shata "THE LIVING SONGS OF THE LEGEND (SERIES 1)" Premier Music PMCD019
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デビュー作は朱盤でなく青盤で ルシベラ

Lucibela  2018.jpg   Lucibela   2019.jpg

わーい、ルシベラの新作が出たよと、ソッコー買ってきたら、なんと早とちり。
18年のアルバム(青盤)に1曲を追加し、
ジャケットを変えて出し直した19年新装版(朱盤)でした。
なんだよ~、それ~。こんなの、いつの間に出てたの?
新曲‘Cupim Sab’ のミュージック・ヴィデオが公開されたばかりだったから、
てっきり新作だとばかり、思いこんじゃったじゃないの。

ちぇ~、しかたないから、このアルバム、紹介しておきましょう。
思えばせっかくの良作なのに、ここでは書いていなかったもんね。

ルシベラは、86年サン・ニコラウ島の生まれ。
のちに家族とサン・ヴィセンテ島へ引越して、
ハイ・スクール時代に地元のグループ、ミンデル・ソムに参加して歌いました。
高校卒業後は、サル島やボア・ヴィスタ島のホテルで、
セザリア・エヴォーラやバナ、ティティナの曲を、観光客相手に歌っていたそうです。
12年には首都のサンティアゴ島プライアへ進出して、
セザリア・エヴォーラのギタリスト、カク・アルヴェスとも親交を持ちました。

16年にリスボンで歌手デビューを果たし、
17年秋にトイ・ヴィエイラのディレクションのもと、デビュー作を録音、
翌18年に出たのが、本作(青盤)なのでした。
デビュー作にしてこの落ち着きぶりは、相応のキャリアを積んできたことの証しですね。

柔らかな歌声で、ほんのりとした情感、爽やかな哀愁を伝える歌い口が、
モルナやコラデイラにベスト・マッチで、クレオール歌謡の良さを引き立てています。
トイが弾くアクースティック・ギターの柔らかな響きを中心に、
カヴァキーニョやヴァイオリン、アコーディオンなどのアクースティックな音づくりによる
過不足ない伴奏も上質で、申し分ありません。

ところが、19年改訂版(朱盤)はちょっと驚きました。
ラストの追加曲のほかにも、違いがあって、
ゲスト歌手2人を招いてオーヴァーダブを施し、
ルシベラとデュエットを演出した曲が2曲あるんですよ。

‘Mal Amadu’ には意外や意外。ライ歌手のソフィアン・サイーディを迎えています。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2018-04-28
ライの節回しでなく、モルナに合わせた泣き節を聞かせてはいるものの、
う~ん、どうでしょうねえ。あんまりいい相手役だとは思えないなあ。
アントニオ・ザンブージョとかの方が良かったんじゃないですかね。
ちなみにこの曲、19年版では‘Sai Fora’ とタイトルが変えられています。

そしてもう1曲、‘Dona Ana’ が、さらにオドロキというか、うげっ!
なんと、アンゴラのボンガだよ。はぁ、カンベンしてくれ~。
いつものボンガ節で、キモイ震え声に、げんなり。

なんでまた、こんな余計な演出したかなあ。
完全なるキャスティング・ミスで、せっかくの名作を汚したとしかいいようがありません。
ジャケは19年改訂版(朱盤)の方が、ステキなんだけどね。

というわけで、19年改訂版(朱盤)、オススメいたしません。
ぜひ18年のオリジナル盤(青盤)をお聞きください。
そしてなにより、新作に期待したいですね。

Lucibela "LAÇO UMBILICAL" Lusafrica 762562 (2018)
Lucibela "LAÇO UMBILICAL" Lusafrica 762972 (2019)
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永遠不滅のスウィート・コーラス アフター7

After 7  UNFINISHED BUINESS.jpg   After 7  TIMELESS.jpg

うわぁ、アフター7の新作が出たよ。今度こそ書いておかなくちゃ。

16年の前作をヘヴィロテしたにもかかわらず、
なんでだか書きそびれちゃったんですよ。
その年のベスト・アルバムに選ぶかどうか迷った時に、
記事にしていないのに選ぶのはいかがかと思い、
泣く泣く落選させた苦い思い出が忘れられません。

いまだに秋冬になってくると、聴き返すことの多い“TIMELESS”。
エドモンズ一家の十八番である美メロ&美ハーモニーが、
たっぷりと詰め込まれたアルバムで、う~ん、やっぱり名作ですよねえ。
これぞラグジュアリーなR&Bのお手本で、プロダクションも、
80年代末のデビュー時とは見違えるサウンドになっているじゃありませんか。

アフター7にとって21年ぶりとなったあの復帰作は、
オリジナル・メンバーのメルヴィンが戻って4人体制となり、
ケヴォンとの2枚リードが復活した記念作でもありました。

アルバムのハイライトは、マーヴィン・ゲイの持ち歌とは同名異曲の ‘I Want You’。
リオン・ウェアの曲とは違って、こちらの歌詞は、
ティーンのような青さのある一途な恋心を爆発させた内容で、
若さゆえに我慢のきかない、性急な熱情が溢れ出た内容になっていました。
いい歳したオッサンが、少年みたいな歌詞を歌うところがいいよね。

ヴァースを歌うメルヴィンも、もちろんいいんだけれど、
続いて歌う、ケヴォンのボーイッシュな声と狂おしい歌いっぷりが
歌詞にどハマリで、胸に迫るものがありました。
ゴスペル調の曲でも、ケヴォンのみずみずしい声質は光っていましたよねえ。

その後復帰したメルヴィンは、19年に64歳の若さで亡くなってしまい、
新作はケヴォン・エドモンズ、キース・ミッチェルに、
新メンバー、ダニー・マクレーンを加えた新体制で制作されています。
メルヴィン不在でも、アフター7の肝はケヴォンと捉えているぼくにとっては、
新作になんの不安も感じませんでした。

期待どおり、アフター7のスウィートなコーラスは、永遠不滅。
ケヴォンの声は、どんなに年を重ねても、まったく変わりませんねえ。
いつまでも青春の光と影を体現する声に、ホレボレとするばかりです。
新メンバーのダニーも、個性を発揮するところまでは至らずとも、
ケヴォンとキースとよくフィットして、新たなテクスチャを感じさせる
3人のハーモニーを聞かせています。

「アーバン」は、もはやアメリカでは使えなくなってしまいましたけれど、
そのタームが当初持っていた意味のとおり、
洗練された都会の大人の夜を演出する、王道のR&Bです。

After 7 "UNFINISHED BUINESS" SRG no number (2021)
After 7 "TIMELESS" eOne EOMCD5480 (2016)
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サン・パウロのコンテンポラリー・ジャズのいま ジエゴ・ガルビン

Diego Garbin Quinteto  REFÚGIO.jpg

同じ18年作のトランペッターのリーダー作でも、こちらはグッと現代的。
話題のレーベル、ブラックストリームから出た、ジエゴ・ガルビンのデビュー作です。
サン・パウロで活躍する人で、同じブラックストリームから出た
ピアニストのサロモーン・ソアーレスのアルバムでも、冴えたプレイを聞かせていました。

ジエゴ・ガルビンはビッグ・バンド出身者だそうで、
エルメート・パスコアル・ビッグバンドでも腕を磨いたようですよ。
なるほど‘Tonin da Jose’ では、エルメート・ミュージックの影響がうかがえますね。

ジエゴは、シャープでクリアなトーンでハツラツとプレイしていて、
細かいパッセージを吹き切るスリリングさなど、
デビュー作らしい若々しさを発揮しています。

さらに特筆したいのが、ジエゴの作編曲。
全曲ジエゴのペンによるものなんですが、構成力のある曲を書くんですよ。
フックの利いたメロディを散りばめ、
どの曲も聞かせどころの作り込みが巧みで、引き込まれます。

バップ的なテーマを持つ‘Morro da Urca’ なんて、
スピード感を演出する曲作りが見事じゃないですか。
またそんなマテリアルを十二分に料理するメンバーも、実力者揃いです。

ピアノは先にあげたサロモーン・ソアーレスが美しいタッチを聞かせるし、
ドラムスのパウロ・アルメイダは、細分化されたビートで、
現代的なジャズ・ドラミングを披露しています。
コンテンポラリーなサン・パウロのジャズ・シーンをいまを伝える快作ですね。

Diego Garbin Quinteto "REFÚGIO" Blaxtream BXT0023 (2018)
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ブラジルからハードバップのお手本 ギリェルミ・ジーアス・ゴメス

Guilherme Dias Gomes  TRIPS.jpg

こういうオーソドックスなハードバップを聴くのは、ひさしぶりな気がするなあ。
ギリェルミ・ジーアス・ゴメスは、劇作家ジーアス・ゴメスの息子で、
テレビ・グローボの音楽プロデューサーを91年から務めるという、
ヴェテラン・トランペッターにして作曲家。
すでに7枚のソロ作を出していて、本作は最新作。
といっても、3年前に出たものなんですが。

初めて聴く人ですけれど、トランペットのプレイは、堅実というか端正で破綻がなく、
きわめてお行儀のいい演奏ぶり。バークリー卒という経歴も、ナットク感ありあり。
旧知らしいメンバーとともに、肩に余計な力が入っていないリラックスしたプレイで、
スリルも熱さもきちんとありつつ、整ったアンサンブルを聞かせています。

安心して聞くことのできる安定感は、ヴェテラン・ミュージシャン揃いの賜物でしょう。
ここでフィルが欲しいなと思っていると、的確にフィルを入れてくるドラムスや、
トランペットに並走して、対位法的なラインを鮮やかに入れてくるテナー・サックス、
軽快なドラミングに太い音色で応えてグルーヴを生み出すベース、
シングル・トーンでひんやりとした空気感を醸し出すピアノ、
そして、ブラジルのジャズには欠かせないパーカッショニストもちゃんといて、
サンバではクイーカを、マラカトゥではトリアングロを使って、盛り上げています。

そしてこのアルバムの良さは、ギリェルミが書く楽曲の良さでしょう。
ハードバップらしいメロディアスな曲揃いで、
抒情味あふれるバラードの美しさも、みずみずしいですねえ。
個人的に、最近ではすっかり耳にしなくなったハードバップですが、
こういうフレッシュなのに当たると、いいもんだなあと再認識させられますね。
ハードバップのお手本のようなアルバムです。

Guilherme Dias Gomes "TRIPS" Guilherme Dias Gomes GDG07 (2018)
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ノルデスチの静脈 マリアーナ・アイダール

Mariana Aydar  VEIA NORDESTINA.jpg

マリアーナ・アイダールの19年作が面白い。

北東部音楽をベースに、エレクトロやダブの要素を巧みに取り入れた作品で、
ノルデスチ・ポップを21世紀ヴァージョンに更新したサウンド・センスが新鮮です。
サンフォーナにザブンバ、トリアングロという、
古典的ともいえるフォローの編成を保持しつつ、
エレクトロやシンセ・ベースをさりげなく使って、現代性を加味しているんですね。

マリアーナはサン・パウロのシンガー・ソングライターですけれど、
本作では自作曲ばかりでなく、ノルデスチの作家の曲も取り上げています。
なんでも、マリアーナがプロになって最初に入ったバンドは、
フォローのバンドだったそうで、MPBやサンバ以上に、
ショッチやフレーヴォに愛着を持っている人だったんですね。
ドミンギーニョスが師匠であり、大切なメンターだったというのだから、
そのノルデスチ愛はホンモノです。

エルバ・ラマーリョをゲストに招いた曲もありますけれど、
とりわけ印象的だったのは、アクシオリ・ネトの名曲‘Espumas Ao Vento’ のカヴァー。
これは、泣けました。続く‘Represa’ も哀愁味たっぷりで、グッときましたねえ。
フォローというと、陽気なダンス曲ばかりになりがちなんですが、
こういうサウダージ感たっぷりの曲を選曲したことによって、
アルバムに奥行きを生み出しています。

マリアーナ・アイダールといえば、
マリーザ・モンチやアドリアーナ・カルカニョット以来の
大型新人という触れ込みで出てきた人でしたよね。
ぼくはこの二人がサンバを扱うアプローチに抵抗感をおぼえてならないので、
正直マリアーナも、斜めに見ていたところがありました。
アルバムのゲストに、ぼくの苦手なカーボ・ヴェルデの女性歌手、
マイラ・アンドラーデを呼んでいたりするから、もうなおさら。

そんなこともあって、これまでちゃんと聴いてこなかった人ですけれど、
このアルバムで聴ける北東部音楽に対するアプローチは、正統派。
う~ん、こういう人なら、サンバにアプローチしても抵抗感はないかも。
これからは、ちょっと意識して聴くようにします。

Mariana Aydar "VEIA NORDESTINA" Brisa BRISA0005 (2019)
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ペルナンブーコの伝統芸能への原点回帰 カスカブーリョ

Cascabulho  FOGO NA PELE.jpg

カスカブーリョの新作 !?
え? カスカブーリョって、いまでも活動してたのか!

チェックしてみたら、14年にアルバムを出していたみたい。
それは6年の活動休止期間を経ての復帰作だったようで、
オットーのカヴァーなど、かなりロック色の強い
マンギ・ビート寄りのアルバムに仕上がっていました。
こんなにドラムスを前面に出したアルバムは、かつてなかったですね。
そこからまた7年を経ての新作です。

カスカブーリョが登場した98年は、
ノルデスチ新世代が新たなムーヴメントを巻き越していたさなかでした。
シコ・サイエンスに代表されるマンギ・ビート勢が、ぶいぶいいわせていましたけれど、
ぼくが注目していたのは、マラカトゥ・フラウやココを追及して、
フォークロアな伝統芸能をロック世代の感覚で更新したメストリ・アンブロージたちのほう。

カスカブーリョは、ちょうどメストリ・アンブロージの弟分的存在のバンドで、
インテリな面のある兄貴分に対して、ストリート感覚が持ち味の、
やんちゃな連中という感じがほほえましかったんですよね。
そうそう、デビュー当初のカスカブーリョのヴォーカルは、
シルヴェリオ・ペッソーアだったんですよ。
いまでは、すっかりシルヴェリオ・ペッソーアが有名になったので、
カスカブーリョを知っている人のほうが少ないかも。

で、ひさしぶりに聴くカスカブーリョ、ぜんぜん変わってません。
スタイルこそオーセンティックなノルデスチの伝統音楽だけれど、
そのスピード感やベースが生み出すグルーヴは、ロックを通過した世代のフィールが横溢。
ジャクソン・ド・パンデイロへの敬愛は、デビュー作の冒頭で示していた彼らですけれど、
今作にもオマージュを捧げた曲(‘Na Alma e Na Cor’)があり、
マラカトゥやココのレパートリーなど、デビュー作のサウンドに回帰した感じですね。
メストリ・ガロ・プレートがしわがれ声を振り絞って歌う
‘Tempo De Coco’ が聴きものです。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2018-03-29

Cascabulho  FOME DÁ DOR DE CABEÇA.jpg    Silvério Pessoa  BATE O MANCÁ.jpg
Cascabulho  É CACO DE VIDRO PURO.jpg   Cascabulho  BRINCANDO DE COISA SÉRIA.jpg

シルヴェリオ・ペッソーアは00年に独立して、
01年にソロ・デビュー作“BATE O MANCÁ” を出し、
カスカブーリョのデビュー作の路線を継承する一方、
カスカブーリョは新たなメンバーを加え、02年作の“É CACO DE VIDRO PURO” で、
ミクスチャー感覚に富んだサウンドを押し出してきました。

ピファノ奏者が新メンバーに加わったことにより、ノルデスチの色合いがさらに濃くなり、
土臭い伝統芸能をディープに追及しつつ、そこにロックやヒップ・ホップのセンスを
取り入れていくカスカブーリョのミクスチャー・サウンドが花開いた傑作でした。
このセカンド作には、トム・ゼー、ナナ・ヴァスコンセロス、
マルコス・スザーノがゲスト参加していたんですよね。
このアルバムは、ドイツのピラーニャからもリリースされました。

ドラムスが加わった08年作の“BRINCANDO DE COISA SÉRIA” では、
前作の路線を継承して、土臭いマラカトゥやブラス・セクションを加えたフレーヴォなど、
多彩なアレンジでノルデスチ・ミクスチャーを楽しめる快作となっていました。

新作は、ミクスチャー路線は影を潜め、
オーセンティックなスタイルのデビュー作のサウンドに回帰した作品といえるのかな。
次作はもう少し短いインターヴァルで、
カスカブーリョ流ミクスチャー・サウンドを聞かせてくれることを期待しています。

Cascabulho "FOGO NA PELE" 7 Claves Produçðes no number (2021)
Cascabulho "FOME DÁ DOR DE CABEÇA" Mangroove MR0020 (1998)
Silvério Pessoa "BATE O MANCÁ" Natasha 789700903402 (2001)
Cascabulho "É CACO DE VIDRO PURO" Via Som Music VS200218 (2002)
Cascabulho "BRINCANDO DE COISA SÉRIA" no label CDBA406 (2008)
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スミルナの大火からまもなく100年 エストゥディアンティーナ・ネアス・イオニアス&アンドレアス・カツィヤニス

Estoudiantina Neas Ionias & Andreas Katsigiannis.jpg

あぁ、思わず、タメ息がもれました。
重厚な映画作品を観終えたあとのような充足感に満たされるアルバムです。
映像が立ち上ってくる器楽奏や、俳優を起用した朗読など、
じっさい映画のサウンドトラックを思わせるプロダクションが、随所で披露されます。

第一次世界大戦から希土戦争の終結までに、
数十万の小アジアのギリシャ人が組織的に虐殺され、
強制追放の末に命を落としました。歴史的な大惨事となったスミルナの大火から、
まもなく100年を迎えるのを受けて企画された本作は、
深い悲哀のこもったメロディが、もうただごとではない切実さで迫ってきて、
アナトリアの人々の心に深く刻まれた、哀しみの歴史を表出させています。

ギリシャ現代詩の気鋭の詩人11人が歌詞を書き下ろし、
アンドレアス・カツィヤニスが、かつてアナトリアで歌われたギリシャの古謡や、
アナトリアの流民の歌を下敷きに作曲し、
アンドレアス・カツィヤニスが結成し音楽監督を務める、
エストゥディアンティーナ・ネアス・イオニアスが演奏するいう、
ギリシャ音楽ファンにとってこれ以上ない布陣による、気合の入った力作です。

エストゥディアンティーナ・ネアス・イオニアスといえば、
12年にヤニス・コツィーラスとコラボしたアルバムが忘れられませんけれど、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2014-06-26
本作もまた、長く愛聴することになりそうだなあ。

こうした硬派な企画に、うってつけといえるゲストが勢ぞろい。
ヨルゴス・ダラーラスを筆頭に、アルキスティス・プロトサルティ、
エレーニ・ツァリゴプール、レオニーダス・バラファス、アスパシア・ストラティグゥ、
ナターサ・テオリドゥ、バビス・ストカス、マリオス・フランゴリスが参加しています。

CDブックはギリシャ語のみなので、まったく読めずにいますけれど、
古い写真の数々は聴き手の想像力をかきたて、音楽の感動を倍加させます。
深く憂いのある旋律に、胸を押しつぶされそうな感情を掻き立てられることに、
知識や教養といったものを軽く飛び越えてしまう、
音楽が持つ底力を再認識させられます。

[CD Book] Estoudiantina Neas Ionias & Andreas Katsigiannis "GI TIS IONIAS" Ogdoo Music Group no number (2020)
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ネオ・ダンドゥット・ロマンティカ ズバイダ

Zubaidah  TANDA MERAH.jpg

インドネシア、ダンドゥットのレーベル、
イラマ・トゥジュフ・ナダのカタログは、内容保証。
ぼくが全幅の信頼を置いている会社で、見つけたら即買いをしているレーベルです。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2017-01-31
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2017-03-18

ところが、ほとんど日本に入ってこなくて、めったに入手できないんですけど、
ひさしぶりに1枚見つけたので、取り上げる次第。
これまで手に入れたのと同じ15年のアルバムで、
この頃まで作っていたCDも今はなくなり、デジタル・リリースだけになっているのかも。

ズバイダという女性歌手、ネットで調べても情報がなく、経歴がわからないんですが、
現在はエルフィ・ズバイという名前で活動しているようですね。
いやぁ、上手いですねえ。かなりキャリアのある歌手とお見受けします。
エルフィ・スカエシの往年の名曲‘Mandi Madu’ はじめ、
ロマ・イラマ、リタ・スギアルト、イッケ・ヌルジャナー、エフィ・タマラらが歌った
ダンドゥット名曲の数々を歌っているんですが、
オリジナルに聴き劣りしない歌唱力は圧巻です。

イラマ・トゥジュフ・ナダのYouTube のチャンネルを観てみると、
本作のオフィシャル・ヴィデオがあって、スリンのほか4管を従え、女性コーラス3人、
キーボード2、ギター2、マンドリン、ベース、ドラムス、グンダンという編成を
バックにズバイダが歌っていて、ちょっとコーフンしてしまいました。
90年代ダンドゥット・サウンドそのままで、生演奏の魅力が爆発。
コプロに変質して以降のダンドゥットでは、これは味わえないもんねえ。

イラマ・トゥジュフ・ナダのCDには、どれも“NEO DANGDUT ROMANTIKA” という
サブ・タイトルが付いていて、ロマンティカという語がスローな歌謡を連想させますけれど、
あまりそうしたイメージはなく、80~90年代の懐メロ(死語?)路線の
ダンドゥットを追及していることは明らかですね。

この“NEO DANGDUT ROMANTIKA” をタイトルにして、本作から4曲削った
8曲収録のアルバムが、12年にデジタル・リリースされています。
再発のデジタル・アルバムは、オリジナルの大衆的なデザインとは見違えるほど
洗練されたジャケットに変更されていて、時の移ろいを感じさせますねえ。
17年にはストリーミングも開始されているので、
こういうオールド・スクールなダンドゥットに今も一定の需要があることがうかがえます。

Zubaidah "TANDA MERAH" Irama 7 Nada CD7-008 (2015)
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中国歌壇の新傾向 張可兒

張可兒  曽経最美.jpg

中国人女性歌手を聴くのは、いつ以来でしょうね。
ずいぶんと長い間聴いてなかった気がするけれど、
ニコール・チャンというこの女性歌手、
現代中国歌謡きっての人気歌手だそうです。

こんなにひっそりと歌う、控えめな歌い口のシンガーが、一番人気というのは、
中国人のイメージからすごく遠い感じがして、不思議な気がするんですけど、
ぼくの中国人イメージが偏見にまみれてるからなのかしらん。
たしかに美麗なジャケットは、中国歌壇のアイドル路線ど真ん中という感じで、
本来ならぼくなど、裏口からさっさと逃げ出したくなるところなんですが、
その歌声に、すっかり魅了されてしまいました。

ひそやかで静かに歌っているのに、発声がくっきりと立ち上って、
なんとも心地よさを覚える歌声です。北京語の発音がきれいですよねえ。
キュートさも自然ににじみ出すタイプで、過剰な演出や人工的なところがなくて、
とてもエレガントです。

二胡や琵琶、笛などの民俗楽器を使って、中国情緒を交えたメロディながら、
都会的洗練をみせる、現代性に富んだプロダクションも見事です。
こういうサウンドが香港じゃなくて、大陸から出てくるようになったんだなあと、
しみじみ時代が進んでいるのを実感します。

メロディの良さを引き立てる、余計な音を重ねないアレンジで、
ほのかな甘さのあるヴォーカルを、くっきりと浮き上がらせるのに成功していますね。
クールなプロダクションと温かな歌声の対比が、絶妙じゃないですか。

すっかりトリコになって、この人の15年の前作『愛情來點贊』を聴いてみたら、ガックリ。
アイドル路線のポップなプロダクションで、
歌唱力も本作に比べ、だいぶ聴き劣りします。
このアルバムから、ぐっと大人ぽく変身したのが、本作だったようで、
しっかりと成長の跡がうかがえますよ。
秋の夜長に、またとない一枚です。

張可兒 「曽経最美」 天艺唱片 9778884412051 (2017)
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クロスオーヴァー蘇るパワー・トリオ ショウン・マーティン

Shaun Martin  THREE-O.jpg

ひょんなことから、ハービー・ハンコックの“SUNLIGHT”(78) を聴き返してみたら
えらくハマってしまって。ウン十年ぶりに聴き返したけれど、古くなってない、
なんてことはぜんぜんなくて、思いっきり古さは感じるものの、
こんなに熱量のある演奏だったっけと、そこにすごく意外感があったんでした。

60年代のジャズ・ロック、70年代のクロスオーヴァー、80年代のフュージョン、
90年代のスムース・ジャズと、ジャンルの呼び名が変わった大きな理由に、
サウンドの変遷が挙げられますけれど、楽器の進化、
とりわけシンセサイザーなどの鍵盤楽器や、ギターのエフェクターに加え、
録音やミックスによるサウンドのテクスチャーも、大きな変化を遂げましたよね。

なので、ジャズ・ロック、クロスオーヴァー、フュージョン、スムース・ジャズには、
それぞれ明確なサウンド・アイデンティティがあると、ぼくは考えています。
個人的には、やはりリアルタイムで夢中になったクロスオーヴァーに、
いちばん愛着があるんですけれども。

そんなことをつらつら思ったのは、ショウン・マーティンの新作を聴いたからなのでした。
スナーキー・パピーのキーボーディストで、コンテンポラリー・ゴスペル・シンガーの
カーク・フランクリンの音楽監督を務めるショウン・マーティンのデビュー作は、
かつてここで絶賛したし、その年のベスト・アルバムにも選びましたけれど、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2015-08-30
あのアルバムは、見事なフュージョンでした。

で、対するこちらの新作の肌触りは、クロスオーヴァーなんですよ。
ベースのマット・ラムジー、ドラムスのマイク・ミッチェルとの3人で録音した本作は、
ハンコックの“SUNLIGHT” をヘヴィロテしていた毎日に、ジャスト・フィット。

オープニングのファンク・チューンから、
70年代独特のゴツッとした感触があるじゃないですか。
クラヴィネットの音色だって、もろに70年代です。
サウンドがクリーンになり、流麗さを競うようになる80年代のフュージョン時代になると、
こういう演奏はまったく聞かれなくなってしまいましたよねえ。

さきほどのハンコックの“SUNLIGHT” にも、
ハンコックとジャコ・パストリアスとトニー・ウィリアムズのトリオによる
ハードエッジな演奏がラストに収録されていて、
アルバムのなかでも異色なトラックだったんですけれど、
こういうエネルギーが、ソフト&メロウといったイメージで語られがちなクロスオーヴァーの
もうひとつの側面でもあったので、いま再評価に値するんじゃないですかね。

驚いたのは、マイク・ミッチェルのドラミング。
若くしてスタンリー・クラークのバックに抜擢された実力の持ち主ですけれど、
ここで披露されるのは、いわゆるゴスペル・チョップスと呼ばれる、
16ビートの曲調から突然6連符だったり、
32分音符のリニア・パターンを叩き出すドラミング。

超絶すぎるドラミングなんですが、ショウン・マーティンのアルバムなので、
さすがにミックスでかなり抑え気味にしてるとはいえ、
その凄まじいテクニックは、もろに伝わるよねえ。
新世代ジャズにも大きな影響を与えているゴスペルのドラミングですけれど、
このアルバムくらい、それがはっきり示されているアルバムもないような気がします。

とりわけ、マイク・ミッチェルのゴスペル・チョップスのスゴ味を味わえるのが、
‘Naima’ と‘Afro Blue’ の二つのジャズ・チューン。
この曲で、こんな高速ドラミングを聴けることはないから、ビックリしますよ。
3連、2拍3連なんて当たり前、5連、6連と32分音符が連なる超絶細かいフレーズを、
正確かつ粒立ちの揃った音で叩くそのプレイは、神業というほかありません。

パワー・トリオが繰り出す猛烈なフィジカルの圧が、クロスオーヴァーを蘇らせた傑作です。

Shaun Martin "THREE-O" Ropeadope no number (2020)
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アンビエントR&Bにヒストリーあり エリカ・ド・カシエール

Erika De Casier.jpg

うわ~、これは、トロけるなぁ。
去年ココロ射抜かれたジェネイ・アイコやケラーニとおんなじテイストで、
ぼくをトリコにする歌声の持ち主ですね、この人は。
コペンハーゲンから登場した、アンビエントR&Bの新鋭、エリカ・ド・カシエール。
日本のみで出たデビュー作CDは、チェックしそびれていましたが、
4ADに移籍して出した第2作は、冒頭の曲を十数秒聴いて、即買いしましたよ。

90年代のUKガラージを思わせるサウンドにのる、
エリカのコケティッシュなヴォーカルのオープニング、‘Drama’ にヤラれたんですが、
続く‘Polite’ のコンガなんて、ネイキッド・ミュージック・NYCが絶好調だった
00年代のハウスを思い出さずにはおれません。

こちらの好みを見透かされるようなサウンドのリファレンスに、
ちょっとクヤシイ気分にもなるんですけれど、
そこにのるエリカのラップまじりのヴォーカルは、当時はなかったものですよねえ。
そのフロウは、間違いなく現代のアンビエントR&Bの新しさが刻印されています。
アンビエントR&Bは一日にしてならず、ヒストリーありですねえ。

エレクトロニカ、アンビエント、ディープ・ハウス、ジャングルなどを咀嚼したサウンドは、
はかない美しさに富んでいて、クールなサウンドスケープに、
温かな感情が満ち溢れているのが、びんびん伝わってきます。
選び抜かれた音色のデリケイトな質感には、感じ入ってしまいますねえ。

90年代からのさまざまな音楽要素を収斂させてこそ、
この新しいヴォーカル表現が生かされているのを感じます。
ラストの‘Call Me Anytime’ なんて、バックで鳴っているビートは、
まぎれもなくジャングルじゃないですか。
あの凶暴なジャングルが、まさかこんなに静謐なアンビエントと融合するなんて、
あの頃誰が予想しましたかね。

デンマークから出てきた才能というのも、なかなかに新鮮ですけれど、
なんとご両親はベルギーとカーボ・ヴェルデの出身だそうで、
エリカが生まれたのは、ポルトガルなんだそうです。
う~ん、クレオールの香りが漂ってくる話で、ぼくが惹かれるのも当然なのか。

Erika De Casier "SENSATIONAL" 4AD 4AD0354CD (2021)
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伝説の父を継いで ディディエ・ボスコ・ムウェンダ

Didier Bosco Mwenda.jpg

レトロタンの3番は、ディディエ・ボスコ・ムウェンダ。
52年にヒュー・トレイシーが見出し、名曲‘Masannga’ でアフリカのギター史に
その名を残したギタリスト、ジャン・ボスコ・ムウェンダの息子です。

ジャン・ボスコ・ムウェンダは、カタンガ地方に広まっていたギター奏法を発展させ、
東アフリカでドライ・ギターと称されるギター・スタイルを確立したパイオニアです。
そのジャン・ボスコ・ムウェンダの息子で、幼い頃からギターを父に習い、
父のギター・スタイルを継承したディディエ・ボスコ・ムウェンダは、
ドイツ人研究者ローズマリー・ユガルトが12年に書いた、
ジャン・ボスコ・ムウェンダの研究書でその名は知っていたものの、
音を聴くのは、これが初めてですね。

レトロタンのサイトによると、騒乱と暴力のるつぼとなっていた故郷のルブンバシでは、
将来がないと考えたディディエは、スワヒリ語が堪能だったことから
平和なタンザニアで音楽活動をしようと決心し、
96年にダル・エス・サラームへ出てきたのでした。
そして、当時駆け出しのレーベルだったレトロタンと契約し、カセットをリリースします。
“BUMBULAKO” のタイトルで96年に出たカセットをリイシューしたのが本作です。

ダル・エス・サラームにやってきて、廃車の中で寝泊まりした曲など、
社会の片隅で生きていくことを余儀なくされている人々の苦悩を、
ディディエは歌います。本作は、ディディエが弾くギターのみの弾き語りで、
ファンタ瓶などの小物打楽器の伴奏もない、とてもシンプルなもの。
驚いたのは、ジャン・ボスコ・ムウェンダと瓜二つなこと。
いやあ、声までそっくりじゃないですか。

ディディエはを父の遺志を継いて、父のギター・スタイルを継承しようと
研鑽を重ねてきたといいます。それがよくわかる10曲で、
カタンガのギター・スタイルに共通する
ヴォーカルとギターの平行三度のハーモニーが味わえ、
まるでジャン・ボスコの新曲を聴くかのような気分になります。

本リイシュー作に“LOST IN DAR” というタイトルを付けたのは、
その後ディディエはダル・エス・サラームからこつぜんと姿を消してしまったからで、
再び連絡がとれることを願っているとサイトには書かれています。

しかし、残念ながら、ディディエはすでにこの世にいません。
冒頭にふれたローズマリー・ユガルトの研究書“Masanga Njia - Crossroads” は、
ディディエから多くの資料提供やインタヴューを受けてまとめられており、
ディディエが09年6月2日に、34歳の若さで突然亡くなったと書かれています。

父ジャン・ボスコと交流のあった民族音楽学者のゲルハルト・クービックからも、
ディディエには父に劣らぬ才能があると評価されたものの、
父が活躍した50年代と、時代はあまりに違いすぎました。
残念ながら、父に匹敵する人気を獲得するにはほど遠いまま、
亡くなってしまいましたけれど、ジャン・ボスコ・ムウェンダの
ハイブリッドなギターのスゴさを知るファンには、ぜひ聴いてもらいたいですね。

Didier Bosco Mwenda "LOST IN DAR" RetroTan RT003
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エキストラになった東アフリカのドライ・ギター フランシス・ラファエル・ムワキチメ

Francis Raphael Mwakitime.jpg

新生レトロタンの2番は、ギタリストのフランシス・ラファエル・ムワキチメ。
旧レトロタン時代の95年にリリースされていたカセット作品の再発です。

フランシス・ムワキチメは、イギリス領タンガニーカ時代の1920年代に、
内陸の中南部にあるイリンガ地区のトサマガンガに生まれました。
地元のカトリック小学校に通い、神父の指導でブラスバンドに加わり、
トランペットの演奏を始めます。
続いてアコーディオン、ギター、マンドリン、ウクレレにも挑戦し、習得します。

やがて40年代に普及した蓄音機やラジオ放送によって、
ジミー・ロジャーズやジーン・オートリーなどの北米のカントリー・ミュージックを知り、
東アフリカのトルバドールたち、フンディ・コンデやロスタ・アベロなど、
多くのギタリストに影響を受けます。
50年代後半にはタンガニーカ放送局で音楽活動をはじめ、人気を不動のものとしました。

ムワキチメの歌は、かつてドイツ軍と苛烈な闘いを繰り広げた
ヘヘ人の抵抗運動を取り上げた曲が多く、
ムワキチメが生まれる以前の歴史的な事件を、民族の歴史として伝承する
語り部の役割を担っています。
ヘヘの伝統歌や子守唄のほか、ヘヘの言い伝えや警句をまとめたものなど、
レパートリーはいずれも、ムワキチメの出自の
ヘヘの伝統に沿ったもので占められていますね。

いずれの曲もフィンガー・ピッキング・スタイルのギターで、
穏やかに歌うムワキチメに、奥さんのクリスティーナが
コーラスで華を添える曲もあります。
クリスティーナがリードをとる‘Sambulihate’ では、
キベナ語の方言で歌っています。

東アフリカのギター・ミュージックのドライ・ギターの流れを汲むもので、
スムースなフィンガリングのギターにリズム面の面白さはないものの、
ゆるいフォーク・サウンドは、ここちよく耳に響きます。

AFRICAN ACOUSTIC GUITAR SONGS FROM TANZANIA, ZAMBIA & ZAIRE.jpg

本作には95年のカセット音源のほか、ボーナス・トラックが付いていて、
70年代にジョン・ローが録音して、アメリカのオリジナル・ミュージックから出した
“AFRICAN ACOUSTIC : GUITAR SONGS FROM TANZANIA, ZAMBIA & ZAIRE”
収録のムワキチメの4曲がまるまる収録されています。

四半世紀前の70年代録音も基本的にギター・スタイルに変化はないものの、
70年代録音の方が、メロディをきわだたせるようなピッキングをしていて、
年を経てピッキングが流麗になって、メロディを流し弾くようになった印象があります。
そこが、カタンガ・スタイルに発祥したドライ・ギターが、
エキストラになったゆえんでしょうか。

Francis Raphael Mwakitime "EXTRA DRY" RetroTan RT002 (1995)
Losta Abelo, George Kazoka, Magwere Blind School Band, Joseph Mkwawa, Francis Mwakitime and others
"AFRICAN ACOUSTIC: GUITAR SONGS FROM TANZANIA, ZAMBIA & ZAIRE" Original Music OMCD023
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初のフル・アルバム・リイシュー シティ・ビンティ・サアド

Siti Binti Saad.jpg

ロニー・グレアムさんといえば、
88年に出版した“Stern's Guide to Contemporary African Music” に、
どれだけお世話になったことか。ぼくだけじゃなく、古手のアフリカ音楽ファンにとっては、
92年の続編ともども、マスト・アイテムの必携書でしたね。

ロニーさんは、グレイム・イーウェンズ、チャールズ・イスモンとともに、
アフリカ音楽のリイシュー・レーベル、レトロアフリックを共同経営して、
E・T・メンサー、フランコ、スーパー・イーグルスなど、
さまざまな音源を復刻してきたことでも良く知られています。

そのロニーさんが、タンザニア音楽のレーベル、レトロタンを再起動させました。
レトロタンは、94年にタンザニアでカセット・レーベルとして発足し、
シカモー・ジャズ、ビ・キドゥデなどの新作をはじめ、
ヴィジャナ・ジャズ、オーケストラ・マキの復刻など、新録から旧録まで、
ジャンルもムジキ・ワ・ダンシからターラブ、ヒップ・ホップまで幅広く扱っていましたが、
98年に財政が行き詰まり、倒産してしまったといいます。

そのレトロタンをもう一度復活させようと、活動再開にあたって、
リイシュー3タイトルをリリースしたんですね。デジタル・リリースのみなのですが、
ロニーさんがプロモCDを送ってくださったので、紹介したいと思います。

記念すべき活動再開第一弾アルバムは、
なんとザンジバル伝説の歌姫、シティ・ビンティ・サアドのSP録音集です。
昨年、世界中のアフリカ音楽ファンの間で、シティ・ビンティ・サアドのひ孫、
シティ・ムハラムのアルバムが話題沸騰になりましたけれど、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2020-07-30
シティ・ビンティ・サアドのフル・アルバムのリイシューは、これがもちろん初。

リイシューの原盤となったのは、SPではなく、なんと出所不明の白レーベルのCD。
08年にザンジバルを訪れていたロニーさんが、
ストーン・タウンのギゼンガ・ストリートの雑貨店で見つけ、
いずれ正規な形で出せればと、ずっと保管していたのだそうです。
それがシティ・ムハラムとの出会いでライセンスを得たことによって、
レトロタン再出発の第一弾となったんですね。

シティ・ビンティ・サアドの初録音については、昨年の記事でも少し触れましたが、
シティの人気に目をつけた地元のインド人実業家が録音を画策したのが、事の始まり。
1928年3月、イギリスのグラモフォン社は、
インドのボンベイ(現在のムンバイ)にシティ・ビンティ・サアドを招いて、
グラモフォンの出張録音技師ロバート・エドワード・ベケットのもと、
東アフリカ人音楽家初の録音を行います。

シティの伴奏を務めたザンジバルの音楽家たちの出身は、さまざまでした。
リク(タンバリン)奏者のムワリム・シャーバン・ウンバイェは、
1900年マラウィ生まれ、コーラン教師としての訓練を受け、詩人で作曲家でもありました。
ヴァイオリン奏者ムバラク・エファンディ・タルサムは、1892年モンバサ生まれ、
そして、ガンブス奏者ブダ・ビン・スウェディと、
ウード奏者スベイティ・ビン・アンバリの二人が
地元ウングジャ(ザンジバル)島生まれでした。

カルカッタでプレスされた56枚のヒズ・マスター・ヴォイス(HMV)盤が、
東アフリカ沿岸部のスワヒリ語の地域向けに出荷されると、
飛ぶような売れ行きを示し、大成功を呼びました。
あまりにも売れるので、レコードは毎月10曲に限って発売され、
さらに売行きを伸ばしたといいます。

続いて2度目の録音が30年に、3度目の録音が31年に行われ、
シティは、レコード125枚に262曲を吹き込んだという記録が残っています。
しかし現存するのはその1割にも満たないといいます。
現存するSPはわずかであるものの、ソマリアやコモロのラジオ局に
アーカイヴ・コピーが残されていて、今回の音源もそうしたものの可能性がありそうです。

ちなみに、30年の2度目の録音では、エジプトの名歌手ウム・クルスームと出会い、
シティはウムから大きな歓待を受けたのだそうです。
ウムは、東アフリカで初の録音歌手となったシティの野心に感銘を受け、
シティと彼女のグループのために、公式のレセプションを開催したといいます。

3人の音楽家たちは、シティのバックで合いの手を入れたり、コーラスを歌ったり、
また時に奔放な動物が吠えるような擬態声をあげたり(‘Juwa Toka’)と、
生々しい演唱を聞かせます。

かなり音質の悪いトラックもあり、音質面では厳しいアルバムではありますけれど、
やせた音の中からも、艶めかしさをヴィヴィッドに伝えてくれる曲も多く、
シティ・ビンティ・サアド初のフル・アルバム・リイシュー、待望の貴重作です。

Siti Binti Saad "THE LEGENDARY MUMBAI RECORDINGS" RetroTan RT001
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コックピットでサルサ ウィリー・モラーレス

Willie Morales  VIVENCIAS, MI MISIÓN.jpg

今年の春先は、リトル・ジョニー・リベーロの“GOLPE DURO” に、
「グァグァンコー最高!」とばかり、ずいぶんケツを振ったもんです。
(1曲目の‘Quien Te Ha Dicho’ のホーンズが、鳥肌ものでしたねっ)
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2021-04-06

あの一枚で、すっかりサルサ熱が返り咲いちゃいましたが、
リトル・ジョニー・リベーロがアルバム・タイトルで示していた、
「ゴルペ」(ハードの意)で、ダンサブルなサルサにまた出会えましたよ。

それが、「サルサのパイロット」こと、ウィリー・モラーレスの新作。
なんと、テキサス州ダラスを拠点とするエアバスのパイロットで、
サルサ・シンガーとの二股で活動をしているんだそうです。
プエルト・リコ出身の両親のもとシカゴに生まれ、
13歳の時に父親が退職してプエルト・リコへ移り、
その後アメリカと行き来しながら育ったんだそう。

本作は、18年のデビュー作に続く第2作。
ジャケットで飛行機のおもちゃを手にしているのは、
ウィリーのお子さんたちなのかな。
力量を感じさせる歌いっぷりを聞かせる本格派のシンガーで、
敬愛するシンガーに、チェオ・フェリシアーノ、イスマエル・ミランダ、
マルビン・サンチアーゴを挙げるところに、思わずヒザを打っちゃいましたね。

張りのある声に、元エル・グラン・コンボのアンディ・モンタニェスを
思い浮かべたくらいですからね。いやぁ、歌えるシンガーですねえ、この人。
ロマンティカ・ブームでサルサを捨てた当方ではありますが、
こういうシンガーが出てくると、やっぱり捨てたもんじゃないなあ。

そして、主役を守り立てるバックがまた豪華。
ニュー・ヨーク、プエルト・リコばかりでなく、ペルー、ベネズエラ、フロリダ各地から、
40人以上のミュージシャンが参加して、アレンジャーも7人が起用されています。
今年3月に亡くなった、プエルト・リコの名コンガ奏者、ジミー・モラレスのソロなど、
短めでも、きらりと光るソロ・パートが、どの曲にも用意されていて、
バイラブレなサウンドにダンスしながらも、耳を奪われます。

Willie Morales "VIVENCIAS, MI MISIÓN" El Piloto De La Salsa Productions EPDLS004CD (2021)
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ンビーラ名手の忘れがたき名盤 エファット・ムジュール

Ephat Mujuru & The Spirit of The People  MBAVAIRA.jpg

わぁ、懐かしい!
ジンバブウェのンビーラ・マスター、エファット・ムジュール率いる
ザ・スピリット・オヴ・ピープルの83年セカンド作がCD化。

ザ・スピリット・オヴ・ピープル名義で出したエファット・ムジュールの
80年代の3作のうち、いちばん愛聴したのが、このレコードだったんだよな。
これをCD化するとは、オウサム・テープス・フロム・アフリカ主宰の
ブライアン・シンコヴィッツ、わかってるねえ。

拙著『ポップ・アフリカ800』のエファット・ムジュールの項に、
なんて書いたっけなあと思って読み返してみたら、
「エファットのソロならば、80年代のスピリット・オヴ・ザ・ピープルを
率いた諸作が最高だが、残念ながら未CD化」と書いていた。
そうそう、まさしくこのセカンド作を想いながら、これを書いたんだっけなあ。

エファットと相棒のトーマス・ワダルワ・ゴラが弾く2台のンビーラに、
ホーショ(シェイカー)を振るタベタ・マティキの3人によるミニマルな演奏が、
ショナ人のクロス・リズムの奥義を、たっぷりと披露してくれます。
遠くへ声を投げつけるようなワダルゴのヴォーカルが、いいんだなあ。
ンビーラのアルバムというと、ついぞ楽器演奏ばかりに注目が集まりますけれど、
ぼくはこのショナ独特の奔放な歌があってこその音楽だと思うんですよね。

祖先の霊と交流するための音楽であるからこその、
霊を引き寄せる芯の強い声に、クロス・リズムが催眠状態を生み出すグルーヴ。
オルゴールのようなンビーラ2台のサウンドに、
シャッシャッと規則的に刻まれるホーショのビートによって、
円環を描くようなサウンドスケープを生み出していく。
ショナ音楽のエッセンスがここに詰まっています。

本作は4曲収録で、収録時間はたったの23分。
81年の第1作、87年の第3作、まとめて3イン1CD化できたような気もするけど、
オリジナル・フォーマットのままのCD化が個人的には嬉しいので、大満足です。
ちなみに81年の第1作は、ジンバブウェ独立1周年を記念して、出たんですよねえ。
『ポップ・アフリカ700』にジャケット写真を載せたけど、
せっかくだから、ここにも載せておきましょう。

Ephat Mujuru  & The Spirit of The People.jpg

Ephat Mujuru & The Spirit of The People "MBAVAIRA" Awesome Tapes From Africa ATFA038 (1983)
[LP] Ephat Mujuru "THE SPIRIT OF THE PEOPLE : THE MBIRA MUSIC OF ZIMBABWE" Gramma ZML1003 (1981)
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驚きのデビュー作 カロル・ナイーニ

Carol Naine.jpg   Carol Naine  QUALQUER PESSOA ALÉM DE NÓS.jpg

ブラジルの女性シンガー・ソングライター、
カロル・ナイーニのデビュー作がトンデモない。

16年のセカンドを聴いて、ガル・コスタやジョイスに代表される、
ブラジルのフィメール・シンガーに特徴的な、
ちょっと鼻にかかる美声にホレボレとしていましたけれど、
こんなにトガったサウンドのデビュー作を出していたとは、知らなんだ。

いや、トガった、という表現は、ちょっと不適切かな。
プロデュース、アレンジ、音楽監督を務める鍵盤奏者のイヴォ・センナが弾く
ウーリッツァーを中心に、管弦をレイヤーしたアレンジが、とんでもなく斬新なんです。
このイヴォ・センナっていう人、どういう出の人なんだろうか?
ジャズだけじゃなくて、クラシックや現代音楽の素養もありそう。
対位法をふんだんに取り入れたアレンジの感覚が、すさまじく新しいんですよ。
サンバ・ベースのMPBで、ウーリッツァーを全面にしたこんなサウンド、
これまで聴いたことがない。

16年のセカンドでは、アレシャンドリ・ヴィアーナのピアノを中心に、
ベース、ドラムス、パーカッションというシンプルな生音編成で、
ジャジーなMPBといったサウンドで仕上げていました。
これはこれで、品の良い端正なアルバムだったんですけれど、
デビュー作の斬新さに比べたら、きわめて大人しいもの。

オープニングのサンバ‘Para Não Esquecer’ から、
野心的なアンサンブルのアレンジに驚かされます。
ウーリッツァーとギターがリフをかたどり、
ディストーションを利かせたエレクトリック・ギターが、
ショーロの7弦ギターに寄せたラインを弾く一方、
チェロ、ヴィオラ、ヴァイオリン2が、
ギザギザとした低音域のラインをスペースに割り込ませてきます。

2曲目‘Bailarina’ は、譜割が細かく、上がり下がりするメロディが
カルメン・ミランダを思わせるコケットリーでユーモラスな曲。
もたついたドラムスの2拍子のイントロから、一転、サンバにスイッチする粋なアレンジで、
途中にキメを作り、エンディングでもキメでばちっと終わるリズム・アレンジがカッコいい。

ゆったりとしたリズムで始まる‘Coisa Arbitrária’ では、
スネアに長いサスティーンの電子音をかけた強烈に耳残りする響きと、
美しい弦楽四重奏を絡ませながら曲は進み、
カロルは静謐なメロディを紡いでいくように歌います。
ところが後半になると、一転してドラムスは乱打しまくり、
ウーリッツァーも鍵盤を激しく連打して、主役の歌をかき消さんばかりに、
アンサンブルが暴れまくるんですが、
カロルはどこ吹く風で、最後まで淡々と歌い続けます。

また、サンバ・ニュアンスの濃い曲ばかりでなく、
ノルデスチの香り高いメロディの曲もあり、
‘Virundum’ では、ピファノを連想させるフルートや、
高速リズムにスイッチする中盤では、トリオ・エレトリコばりの
フレーヴォに展開して、ぐいぐい引き付けられます。

リオのインディから出てきた人というのが新しく、
これがサン・パウロだったら、もっとエクスペリメンタルに傾きそうだけれど、
生音重視で、ジャズや現代音楽的アプローチのアレンジは、すごく新鮮です。
キー・パーソンであるイヴォ・センナとは、このデビュー作のみで、
その後パートナーをアレシャンドリ・ヴィアーナに変えてしまったのは、残念至極。
イヴォ・センナの野心的なアレンジ、古典サンバの作風も聞かせるソングライティング、
麗しい美ヴォイス、三拍子揃ったアルバムを、もっと聴きたかったなあ。

Carol Naine "CAROL NAINE" no Label no number (2013)
Carol Naine "QUALQUER PESSOA ALÉM DE NÓS" no label no number (2016)
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アフロビート詩人は精神科医 イクウンガ

Ikwunga  DIBIA.jpg

トーシン・アリビサラのキャリアをチェックしていて、
イクウンガの15年作に、コンガとパーカッションで参加していることに気付きました。
そういえばイクウンガって、話題にしたことがありませんでしたね。
せっかくなので、イクウンガについて、ちょっと書いておこうかな。

イクウンガことイクウンガ・ウォノディは、
ナイジェリア南東部リヴァーズ州の州都ポート・ハーコート出身の詩人。
アフロビート・ポエトリー(略称 Abp)という分野を切り開いたクリエイターです。
90年代初め、レゴスのシュラインで
フェミ・クティのオープニング・アクトとして出演していたイクウンガは、
バリトンのよく響く声で、ピジン・イングリッシュの自作詩を朗読します。
そのディープ・ヴォイスは、リントン・クウェシ・ジョンソンに通ずる魅力がありますね。

Ikwunga  CALABASH VOL.1.jpg

04年に出したデビュー作は、フェラ・クティのエジプト80で音楽監督を務め、
のちにフェミ・クティのポジティヴ・フォースの音楽監督を務めたデレ・ソシミが制作、
デレ・ソシミらしいクールなアフロビート・サウンドで仕上げています。
曲は、デレ・ソシミとベーシストのフェミ・エリアスによる共作となっています。
ウガンダの少年兵を題材とした‘Di Bombs’ がヒットし、
スーダン救済プロジェクト・アルバムの“ASAP” に収録されたほか、
IBFジュニア・ミドル級チャンピオン、カシム・オウマのドキュメンタリー映画
“KASSIM THE DREAM(チャンピョンになった少年兵)” の
サウンドトラックにも採用され、イクウンガのシグニチャー・ソングとなりました。

Mr Something Something & Ikwunga  DEEP SLEEP.jpg

07年には、カナダのアフロビート・バンド、
ミスター・サムシング・サムシングとコラボしています。
イクウンガの故郷であるニジェール・デルタの原油流出汚染などの社会問題のほか、
アフリカにおける精神障害の差別や偏見の問題に取り組んでいるイクウンガの、
精神科医としての問題意識をテーマとした詩などを朗読しています。

イクウンガには、音楽家の顔のほかに、精神科医の顔もあるんですね。
アメリカ合衆国のライセンスを得た精神科医としてボルチモアで従事しており、
ボルチモアの精神医学会の主要メンバーのひとりにもなっています。

そして、トーシン・アリビサラが参加した15年の3作目は、
イクウンガの最高作となりました。
バリトン・サックスを加えたホーン・セクションに、
重低音を利かせたリズム・セクションなど、
1作目からは見違えるほどボトムに厚みが増しています。
イクウンガのポエトリー・パフォーマンスも、ツバが飛んでくるようなアグレシヴさをみせ、
グンと表現力が増しましたね。

サウンド・プロダクションも凝っていて、オープニングの‘Kola Nut’ では、
トーキング・ドラムにアップライト・ベース、さらにはコラまでフィーチャーして、
アフロビート定型のサウンドから距離を置いたデザインをしているところが新鮮です。

本作も、詩はイクウンガ、曲はデレ・ソシミとフェミ・エリアスの共作がベースですが、
キーボードのジョン・マクリーン作のレゲエでは、
イクウンガがリントン・クウェシ・ジョンソンばりのダブ・ポエットを聞かせます。
さらにそのリントン・クウェシ・ジョンソンの‘Sonny's Lettah’ に、
イクウンガのポエットをアダプトした‘Sonny Lettah’ までやっているのにはビックリ。
しかも、曲はフェラ・クティの‘Dog Eat Dog’ をまるまる借用していて、
アフロビート・ダブ・ポエットとなっています。

このほかにも、ソロ・ギターをバックに朗読するトラックがあるなど、
趣向に富んだアルバムとなっていて、アフロビート・ポエトリーの大力作です。

Ikwunga "DIBIA" Rebisi Hut & Dele Sosimi Music no number (2015)
Ikwunga "CALABASH VOL.1 : AFROBEAT-POEMS BY IKWUNGA" Rebisi Hut no number (2004)
Mr Something Something & Ikwunga The Afrobeat Poet "DEEP SLEEP" World WR004CD (2007)
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アフロ・ソウル・ジャズの傑作 トーシン・アリビサラ

Tosin Aribisala  AFRIKA RISING.jpg

アメリカ在住ナイジェリア人ドラマー、トーシン・アリビサラの18年作。
ローパドープから出ていたんですね。知らなかったなあ。

セッション・ドラマーとして活躍している人で
フェミ・クティの“SHOKI SHOKI” や
フェラ・クティ・トリビュートの“RED HOT + RIOT” で、
トーシンのドラミングが聞けるほか、
イェルバ・ブエナの大傑作“PRESIDENT ALIEN” でとりわけ印象的だった
アフロビート+ラテン・ヒップ・ホップの‘Fire’ で叩いていたのが、トーシンでした。

Yerba Buena  PRESIDENT ALIEN.jpg   Tosin  MEAN WHAT U SAY.jpg

これまでアフロビート関連のレコーディングが目立っていただけに、
トーシンが08年に自主制作で出した初リーダー作は、意外でした。
ドラムスを核にした、ドラム・クリニックのようなアルバムだったんですよね。
トーシン自身が語りを入れたり、男女コーラスを配したり、
バラフォンやパーカッションを演奏をする曲もあるんですが、
メインはトーシンのドラムス。

これを聴くと、かなり繊細なドラミングをするプレイヤーだということがわかります。
リム・クリックの音質がとてもきれいで、
軽妙なサウンドの奥義は、しなやかなグリップにありそう。
アフロビートからジャズやヒップ・ホップを柔軟に横断できる、
洗練されたスタイルを確立しているドラマーです。

そんなヴァーサタイルな才能が、18年作に発揮されています。
アメリカのメリーランドとナイジェリアのレゴスで、
別々のセッションでレコーディングされています。

レゴス・セッションでは、ドラムスはマイケル・オロイェデに任せ、
トーシンはヴォーカルに専念。バークリーで学んだマイケル・オロイェデは、
ラバジャやマーカス・ミラーとの共演歴もあるレゴスのトップ・プレイヤーの一人です。
レゴス・セッションには、シェウン・クティ&エジプト80のベーシストのカヨデ・クティが
参加しているほか、昨年リーダー作“AFRICA TODAY” を出した
トランペット奏者のエトゥク・ウボンが、フリューゲルホーンを吹いています。

アフロ・ジャズの‘Sunday Evening Mood’ の熱演も聴き応え十分ですけれど、
レゴス・セッションの白眉は‘Bekun Pe’ かな。
南アのジャイヴとハイライフのメロディを合体させた、魅力的なトラックです。

そしてメリーランド・セッションでは、オープニングのアフロビート‘Oro Ajoso’ が
キレまくっていて、実にクール。う~ん、カッコイイねえ。
続くタイトル曲は、トーキング・ドラムをフィーチャーしたアフロ・ソウル・ナンバー。
トーシンのポリリズミックなドラミングが、めちゃくちゃシャープで、
フィル・インの小技も利きまくり。バランスの良さといい、本当にいいドラマーですねえ。

ローパドープから出ていたのに、日本未入荷でまったく話題にならなかったのがナゾな、
アフロ・ソウル・ジャズの傑作です。

Tosin Aribisala "AFRIKA RISING" Ropeadope RAD403 (2018)
Yerba Buena "PRESIDENT ALIEN" Razor & Tie 7930182894-2 (2003)
Tosin "MEAN WHAT U SAY" Tosin Aribisala no number (2008)

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ニジェールのDIY・ヒップ・ホップ ママキ・ボーイズ

Mamaki Boys.jpg

長年身元不明だったニジェールのヒップ・ホップCDの正体が、ついに判明。
サヘル・サウンズがなんとフィジカル化してくれたおかげなんですが、
まさかこんなローカルなシロモノが、LP化されるとは思わなんだ。
さすがはモノ好きなサヘル・サウンズと、ニヤニヤが止まりません。

おかげでママキ・ボーイズが何者なのか、よーくわかりましたよ。
実はぼくの手元にあるCD-Rは、
ニジェールから帰国した協力隊員さんからいただいたもの。
ホワイト・ディスクに、インクジェット・プリンターから出力したペラ紙が
付いただけのハンドメイドCD-Rで、曲名すら書いてないんですよね。
いつ出たものかもわからず、素性を調べようにも、
ネットには何一つ情報がなく、ずっと誰コレ?状態だったのでした。

ちょうど世紀が変わったあたりからでしょうか。
西アフリカの貧しい若者の間で、DIYの音楽制作が盛んになり、
デジタル・カルチャーが花開きましたよね。
違法ダウンロードやフリー・ソフトの普及で、
ユニークなヒップ・ホップがたくさん生み出されました。
マリ、バマコのサウンド・システム、バラニ・ショウも、そのひとつ。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2020-01-30

西アフリカでもっとも貧しいニジェールでも、
デジタル・カルチャーが育っていることがよく伝わってくる、
サイコーな一枚だったんです。

LP/カセット化したサヘル・サウンズによると、
ママキ・ボーイズは、02年にニアメーの3人の若者、アジズ・トニー、
バチョウ・イソウフ、サリフ・アンドレによって結成されたユニット。
現在は、表紙に写る二人だけになっているようです。
アメリカナイズされたニジェールのヒップ・ホップ・シーンに背を向けて、
伝統音楽とヒップ・ホップの融合を図ったといいます。

ハウサの伝統楽器であるカラング(トーキング・ドラム)とドゥマ(太鼓)の
ビートを全面に押し出し、時にグルミ(リュート)とおぼしき弦楽器音も聞こえてくるので、
老練なグリオたちとスタジオ・セッションをしたのかと思いきや、
これがサンプリングのカット・アンド・ペーストで作られていたとは。
なんでも、ニアメーで最初に作られたスタジオBATに、
年配のミュージシャンを呼んで演奏してもらい、
その録音をカット・アンド・ペーストでループさせて作ったのだそうです。

グルミや笛はサンプリングかなとも思ったけれど、
カラングとドゥマまでサンプリングだとは思わなかったなあ。
それぐらいニュアンスに富んでいて、グルーヴも生々しいので、
これがカット・アンド・ペーストだとは、脱帽です。

ヒップ・ホップに祖父母が村で踊っていた祖先のダンスを落とし込み、
トラディ=モデルナを自称するママキ・ボーイズは、
文化的なマニフェストを提示してるんですね。
天然資源の開発によって得られた富が、
国民に等しく還元されることを要求するトラックなど、
彼らの気概はしっかり伝わってきますよ。

エレクトロな音処理だけで構成した4曲目では、
ブーストしたベース音を利かせ、畳みかける二人のラップが、
強烈なグルーヴを巻き起こして、痛快です。
伝統楽器のサンプリングを使用しないトラックでも、
伝統リズムがヒップ・ホップのビートにしっかりと生かされているのを感じます。

Malam Maman Barka.jpg

グルミとカラング、ドゥマの饗宴といえば、
遊牧民トゥーブー出身のグルミ・マスターであるマーラム・ママン・バルカが、
カラングとドゥマを演奏するハウサ人グリオと共演した
名作“GUIDAN HAYA” が忘れられません。
この名作とママキ・ボーイズの間にまったく断絶がないところに、
ニジェールの過去と未来が繋がっていることを、強烈に感じさせるじゃないですか。

サヘル・サウンズによって、ようやく長年の謎が解けたママキ・ボーイズ。
このリイシューLPを買うファンに、ぜひマーラム・ママン・バルカも聞かせたいな。

Mamaki Boys "PATRIOTE" no label no number (2007)
Malam Maman Barka "GUIDAN HAYA" Beauty Saloon Music 0001 (2008)
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ソウル・マンここにあり ロバート・フィンリー

Robert Finley  Sharecropper's Son.jpg

62歳で出したロバート・フィンリーのデビュー作には、ヤラれました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2017-01-27
その歌声には、苦渋に満ちた人生が凝縮されていて、
ドロリと溶け出してくる情感と、それに呼応するサザン・ソウル・サウンドに、
ただただ泣くことしかできませんでしたからねえ。

その後フィンリーは、ブラック・キーズのダン・オーバックにフックアップされ、
17年にオーバックのプロデュースで2作目を出していたんですね。
本作が出るまで、そのことを知らなかったんですけれど、
その2作目同様、ナッシュヴィルでレコーディングされたのが、今回の新作。
もちろんプロデュースは、2作目に引き続き、ダン・オーバックです。

デビュー作では、アル・ギャンブルのハモンドとハワード・グライムズのドラムスに、
ドキドキしたものですけれど、こちらでは、ボビー・ウッドのキーボードと、
ジーン・クリスマンのドラムスというメンフィス・ボーイズの面々が脇を固めていて、
聴き応え十分。

今作はサザン・ソウル一直線のサウンドというより、
カントリー・ロックの要素も感じさせるサウンドで、
アーリー・セヴンティーズのスワンプ・ロックをホウフツさせますね。
ジャケット・デザインだって、70年代ロックの雰囲気じゃない?

で、冒頭の3連バラードから、ノック・アウトをくらいました。
いきなりのファルセットに、ええっ!と驚かされ、
しょっぱいバリトン・ヴォイスに歌い繋いでいくところで、もう持ってかれちゃいました。
地声と行きつ戻りつを繰り返して、ラストでまたファルセットをかまして、
クライマックスに向けて登りつめていきます。
う~ん、芸域を広げてんなあ。

そして、ヒル・カントリー・ブルースの風味を取り入れているのは、
ダン・オーバックのテイストだろうな。
R・L・バーンサイドのバックで長年プレイした、
ギタリストのケニー・ブラウンとベーシストのエリック・ディートンが参加して、
ヒル・カントリーらしい催眠グルーヴが味わえます。
ワン・コードの‘Country Child’ なんてその極みで、
ケニーのスライドが冴えまくってますよ。

‘Sharecropper's Son’ から‘My Story’ と続く自叙伝2曲が、本作のハイライト。
ソウル・シンガーとしてスケール感を増した歌いっぷりに、
当意即妙に応えるバックは、黄金時代のハイ・サウンドを思わせ、胸が熱くなります。
オーバック、いい仕事してんなあ。
歌に、演奏に、パッションがみなぎり、ハートフルなアルバム。
大いに泣かせ、心を熱くさせてくれます。

Robert Finley "SHARECROPPER’S SON" Easy Eye Sound EES015 (2021)
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吐息まじりのディクション ミリヤン・ラトレセ

Miryam Latrece  QUIERO CANTARTE.jpg

ミリヤン・ラトラセは、91年マドリッド生まれのジャズ系シンガー・ソングライター。
19年に出したセカンド作が日本に初入荷したんですが、これがやたらと評判がいい。
ぼくも試しに聴いてみたところ、いやあ、オドロきました。

このひともまた、グレッチェン・パーラトのミームとして増殖した歌手のひとりですね。
じっさいミリヤン・ラトレセがグレッチェンに影響を受けたかどうかは知りませんが、
こういう人が出てくると、いかにグレッチェンの登場が、
ジャズ・ヴォーカルの風景を一変させてしまったかを、実感させられます。

ヴィニシウスとジョビンの名曲‘Chega De Saudade’ を
カタルーニャ語で歌った1曲目で、それは鮮やかに示されています。
ハイ・トーンのハミングに続いて歌い出される第一声で、
「うわー、グレッチェンじゃん!」と思わず口走っちゃったもんね。
低く落ち着いたウィスパー・ヴォイスは、
プレ・ボサ・ノーヴァの‘Chega De Saudade’ にどハマりだし、
そのウィスパー・ヴォイスのまま、
ベース・ソロに合わせてユニゾンでスキャットするスキルに、
ジャズ・ヴォーカリストとしての実力が発揮されています。

デビュー作では自作曲を歌っていたようですけれど、
本作はスタンダード曲がレパートリーで、
先に挙げたジョビンの‘Chega De Saudade’‘Meditaçao’ を、
カタルーニャ語の美しい語感を生かして歌っているほか、
ジャヴァン、パブロ・ミラネス、フィト・パエスの曲を取り上げています。
ブラジルやラテンのスタンダードのほか、
地元スペインのローレ・イ・マヌエルの‘Todo Es De Color’ や、
‘Like Someone In Love’ も歌っていますね。
これはチェット・ベイカーを意識したのかな。

個人的に嬉しかったのは、ボラ・デ・ニエベのレパートリーで、
古くから愛される子守唄の‘Drume Negrita’ を取り上げていたこと。
リズム処理がとても洒落ていて、とても小粋に仕上がっています。

歌伴のピアノ・トリオは、控えめなプレイに徹しつつ、ピアノが内部奏法を聞かせたり、
ドラムスが柔らかな音色で包みながらリズムを押し出していったりと、
現代性を投影したアンサンブルで、抑制の利いたミリヤンの歌を盛り立てています。

どこまでも柔らかな歌い口に、ふんわりとしたベットにダイヴするような気分。
秋口の夜に、またとないくつろぎを与えてくれる一枚です。

Miryam Latrece "QUIERO CANTARTE" Little Red Corvette LRC10 (2019)
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シンセサイズ・フナナーの傑作 アントニオ・サンチェス

António Sanches  BULI POVO!.jpg

カーボ・ヴェルデのアントニオ・サンチェスが生涯にたった1枚だけ残した
83年のLPは、知られざるポップ・フナナーの快作でした。
アナログ・アフリカが、18年にLP限定でリイシューして、
ぼくもこのレコードの存在を知ったんですけれど、玉石混交というより、
ほとんど「石」だらけのポップ・フナナーのなかで、
このレコードは間違いなく「玉」といえる名作でした。
ところがこのレコード、ポルトガルのソダッド・シリーズの一枚で
すでにCD化されていたんですね。うわぁ、知らなかったなぁ。

あわてて入手して、じっくりと聴いてみれば、シンセサイズされたフナナーばかりでなく、
‘Bencã̧o De Gente Grande’ と‘Pinta Manta’ の2曲はバトゥクじゃないですか。
アナログ・アフリカのサイトにはそうした指摘がなく、
ひょっとしてサミー・ベン・レジェブは、バトゥクをわかってないのかも。

アコーディオンをシンセサイザーに置き換え、
ギターやドラムスを取り入れてエレクトリック化したポップ・フナナーは、
カーボ・ヴェルデ独立後の70年代末、新世代の若者たちが集まったバンド、
ブリムナンドが始めたものでした。
独立前に演奏を禁止されていたフナナーを、ブリムナンドはまったく新しい姿で蘇らせ、
ポップ・フナナーは瞬く間にブームとなり、
新生カーボ・ヴェルデを象徴する音楽となったんですね。

しかし、ぼくがこうしたポップ・フナナーを評価しないのは、
ドラムスがフナナーのリズムに合った叩き方をクリエイトせず、
安直なロックのエイト・ビートを持ち込んだからです。
これがブリムナンドからフィナソーンまで、
主要なポップ・フナナーのバンドに共通するダメなところで、
レパートリーもフナナーに焦点を絞らず、
つまらないポップ・ナンバーやスロー・バラードをやる不徹底ぶりに、
なおさら興味をそがれたものです。

さて、そんな安直なロック化とは次元の異なるポップ・フナナーを生み出した
アントニオ・サンチェスは、49年のクリスマス・イヴに、
サンティアゴ島の都市シダーデ・ヴェーリャで生まれました。
父親はフェロー(金属製ギロ)奏者で、母親はバトゥクのグループに所属する音楽一家で、
アントニオも幼い頃から歌とフェローを習い、プライアの食肉市場で働いていました。

カーボ・ヴェルデ独立3年前の72年に、
友人の歌手フランク・ミミタとともにリスボンに移り住み、
音楽以外のさまざまな仕事で生計を立てていましたが、
ミミタの勧めで、カーボ・ヴェルデ人歌手のバナが経営していたレストラン、
モンテ・カラで歌を歌ったことから、運命が変わります。

当時モンテ・カラでハウス・バンドを務めていたのが、
カーボ・ヴェルデ伝説のグループ、ヴォス・デ・カーボ・ヴェルデでした。
70年代初頭に一度解散したものの、バナと音楽監督のルイス・モライスによって再結成し、
モンテ・カラを拠点に演奏活動を再開していたんですね。

その後バナは、グループに新しいサウンドを取り入れようと、
キーボードを加えることを考え、パウリーノ・ヴィエイラを島からリスボンに呼び寄せ、
ルイス・モライスに代わって、パウリーノがリーダー兼チーフ・アレンジャーとなります。
当時のヴォス・デ・カーボ・ヴェルデには、
ドラムスのティト・パリス、ベースのベベトがいて、
パウリーノの弟のトイ・ヴィエイラが82年にリスボンに招かれて参加していました。

モンテ・カラで歌ったアントニオ・サンチェスの生々しいヴォーカルに
惹きつけられたパウリーノは、すぐさまアントニオをレコーディングに誘い、
リスボンのスタジオでたった一日のセッションによって、本作を完成させます。

アントニオはレコーディング当日、スタジオへ歌詞を持たずにやってきて、
ヴォス・デ・カーボ・ヴェルデのメンバーを驚かせます。
ところが、フナナーを即興で歌うアントニオの本領が発揮されて、
メンバー全員がノリまくり、レコーディングを特別の場に変えてしまったという、
メンバーの証言が残されています。

モルナやコラデイラの伝統のなかで育ったトイ・ヴィエイラは、
当時ブームになっていたブリムナンドのポップ・フナナーをなぞろうとしましたが、
アントニオは違うサウンドを作りたいと、トイのシンセサイザーの音色に注文を付けます。

そうしたアントニオの注文が功を奏し、
ポップ・フナナーの特徴といえるシンセの軽いサウンドではなく、
アコーディオンの音色に近づけた低音の利いたサウンドで、
粘りのあるリズムを生み出しているんですね。
ポップ・フナナーらしからぬ重量感が、本作のキモですね。
アントニオが演奏していると思われるフェローのビートも前面に打ち出され、
バトゥクの2曲では、チャベータを叩くビートがしっかりとグルーヴを生み出しています。

アントニオの怒鳴るように歌う奔放なヴォーカルも、パワフルそのもの。
奴隷文化の伝統を継いだフナナーのどす黒さが発揮された名作です。

ちなみに、アナログ・アフリカの2000枚限定LPは、
バンドキャンプのページを見ると、まだ150枚以上売れ残っているようです。
どういうわけだか曲順を変えていて、なんでこういう無意味なことをするのかなあ。

António Sanches "BULI POVO!" Sons D’África CD332 (1983)
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