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リビアのレゲエのパイオニア イブラヒム・ヘスナウィ [中東・マグレブ]

Ibrahim Hesnawi  THE FATHER OF LIBYAN REGGAE.jpg

リビアにポピュラー音楽なんてあるのかしらん?
リビア人シンガーとかグループって聞いたことがないし、
急進的なアラブ民族主義を掲げたカダフィが69年から君臨して、
欧米諸国と敵対していた国だから、音楽産業もなさそうだしなあ。

Afmed Fakroun.jpg

長年そう思っていたので、アフマド・ファクルーンを知った時はドギモを抜かれました。
ぼくが聴いたのは83年のアルバムですけれど、中身はデュラン・デュランを思わす、
ニュー・ロマンティックなアラビック・シンセ・ポップ/ディスコ。
革命国家リビアでこんな音楽やって、無事でいられるのかといぶかしんだんですけど、
ハイ・スクール時代をイギリスで過ごして、ヨーロッパで活動を始め、
リビアに戻ってアラブ世界で成功を収めたという経歴の持ち主だから、
リビアのポップスというのとは違うんでしょうね。
アラブ世界でスターダムにのぼり、またすぐまたヨーロッパに戻った人だし。

そんなわけでやはりリビアといえば、
ティナリウェンを生んだトゥアレグ難民の国というイメージでしょうか。
難民キャンプで革命指導を受けたトゥアレグの若者を中心に
結成されたティナリウェンですけれど、
トゥアレグの若き戦士たちのサウンドトラックとなったという
ティナリウェンのカセットは、リビアで作られていたわけではありません。

やはりリビアにはポップスは存在しないのかと思っていましたが、
リビアのレゲエのパイオニアだというイブラヒム・ヘスナウィの編集盤が
ハビービ・ファンクから出たので、これは注目しないわけにはおれません。
ライナーを読むと、54年にリビアの首都トリポリで生まれたイブラヒム・ヘスナウィは、
ロックやブルースに感化されてギターを弾いていたものの、
75年に電器店で働いていた友人からボブ・マーリーを聞かされてレゲエののめりこみ、
のちにリビアン・レゲエの代表的なシンガーとなったとあります。

80年に出したデビュー作はイタリアでレコーディングされ、
70~80年代はリビアのミュージシャンの多くが
イタリアでレコーディングをしたのだそうです。
先にハビービ・ファンクがリイシューしたリビアのグループ、
ザ・フリー・ミュージックもイタリアでレコーディングしていました。

イブラヒム・ヘスナウィは、80年のデビュー作と87年にハンガリーで録音した以外、
すべてリビアのローカル・スタジオでレコーディングし、
15作を超すカセットを発表したようです。

カダフィ時代、政治と音楽との関係は複雑だったようで、
85年にトリポリの広場で行われた音楽録音物と楽器の公開焼却がその象徴でした。
支援を受ける音楽家もある一方で、革命思想の政治目的と一致しない
ミュージシャンは投獄され、先に挙げたザ・フリー・ミュージックのバンド・リーダー、
ナジブ・アルフーシュは刑務所に送られ、カダフィを賞賛するアルバムに参加した後、
釈放されたといいます。

そうした情勢下でイブラヒム・ヘスナウィは、
カダフィの統治時代には何の障害にも直面しなかったそうで、
レゲエの汎アフリカ主義や自由や解放のメッセージが権力側に好ましいものと映り、
むしろ政府の支援も受けていたというのだから、わからないものです。
そういえば、ティナリウェンのメンバーは、リビアのキャンプで革命教育として
ボブ・ディラン、ジョン・レノン、ボブ・マーリーを聴かされていたというのだから、
単純に欧米の音楽が禁止されるというのではなく、
反体制、反植民地主義の音楽は受け入れられていたんですね。

イブラヒムが歌うのは、数曲を除きアラビア語リビア方言。
ルーツ・レゲエとダンスホールのスタイルを咀嚼したサウンドはこなれていて、
ギター・ソロなども堂に入っていて、感心しました。
リビアにレゲエが根付いたのは、レゲエがリビアの民俗音楽のジムザメットと
リズムが似ていたことや結婚式での聖歌の行進など、
レゲエと親和性の高い要素がいくつもあったことが、ライナーノーツで指摘されています。

Ibrahim Hesnawi "THE FATHER OF LIBYAN REGGAE" Habibi Funk HABIBI024
Ahmed Fakroun "MOTS D'AMOUR" Presch Media GmbH PMG005CD (1983)
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テクノ/ハウス/トランス・ライ マリク・アドゥアン [中東・マグレブ]

Malik Adouane  AFTER RAÏ PARTY.jpg

マリクのコンピレーション? なんとまあ酔狂な。
日本でマリクを知ってる人がいたら、よほどのライ・マニアだけだろうなあ。
90年代からゼロ年代にかけて、ライにテクノやトランスを取り入れ、
フランスのアンダーグラウンドなクラブ・シーンを沸かせたライ・シンガーです。
登場した時はいかにも一発屋ぽいキャラと思ったけど、
けっこう息長く人気のあった人でしたね。

とはいえ、ハレドやシェブ・マミが世界的ヒットを出して、
華々しい活躍をしていたのに比べれば、
マリクの人気はもっとローカルな局所的なものにすぎませんでした。
ライの歴史からしても、いわば仇花的な存在だったので、
その彼に今スポットを当てるとは、なかなかに面白い現象です。
のちにライがR&Bと融合して流行したラインビーを予見した存在といえるのかも。

Malik  EXTRAVAGANCE RAÏ.jpg   Malik  DAÏMEN.jpg
Malik  SHAFT.jpg   Malik  DERWISH.jpg

当時聴いていたCDはすべてマリク名義だったので、
今回のコンピレーションが出るまで、
アドゥアンという名前も聞いたことがありませんでした。
マリクがノートルダム大聖堂で知られるフランス北部の都市ランスで、
アルジェリア人の父親とイタロ・ケルト系の母親のもとに生まれたという経歴も、
今回のライナーで初めて知りました。

アラブ古典音楽、ライ、北米のディスコ音楽などを
分け隔てなく聴いて育ったマリクにとって、
ジェイムズ・ブラウンの ‘Sex Machine’ のライ・ヴァージョン ‘Raï Machine’ も、
アイザック・ヘイズの ‘Shaft’ のアラビックなカヴァーも、
ネラったというより、ごく自然な試みだったのでしょう。

そんなマリク・アドゥアンの全盛期を知るにふさわしいコンピレーション。
10曲収録のLPより、17曲入りCDまたは配信で聴くのがオススメです。

Malik Adouane "AFTER RAÏ PARTY, 1992-2008" Elmir MIR09CD
Malik "EXTRAVAGANCE RAÏ" Mélodie 08091-2 (1998)
Malik "DAÏMEN" Culture Press CP5006 (1999)
(CD Single) Malik "SHAFT" Mercury 562190-2 (1999)
Malik "DERWISH" M10 322062 (2002)
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リズムの合間を縫う色香漂うこぶし アスマ・レムナワル [中東・マグレブ]

Asma Lmnawar  SABIYET.jpg   Asma Lmnawar  AWSAT EL NOUJOUM.jpg

昔のばかりじゃなく、近作のシャバービーも聴きたくなって、
いろいろチェックしてみたら、極上の聴き逃し案件を見つけました。
モロッコのアスマ・レムナワルが17年と19年に出した2作です。

アスマ・レムナワルといえば、10年作のハリージとグナーワのミクスチャーに
仰天させられた人ですけれど、それ以降のアルバムに気付かずじまい。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2012-04-19

う~ん、こんなステキなアルバムを出していたとは。
もうこの時期は、アラブ方面がすでにCD生産を縮小していた頃なので、
メジャーのロターナですら入手困難となっていました。
時機を逸したいまになって入手できたのは、ラッキーだったなあ。
ただアスマもこの19年作を最後に、アルバムを出していませんね。
チュニジアのアマニ同様、シングルは出ているようなんですが。

17年作は楽曲が粒揃いですよ。
ジャラル・エル・ハムダウィやラシッド・ムハンマド・アリがアレンジした曲は、
パーカッシヴなノリを巧みに織り込んでいるところが聴きどころ。
泣きのバラードでもビートが立っていて、
リズムの合間を縫う色香漂うこぶし使いに、ウナらされます。
さすが「ヴォイス・オヴ・グルーヴ」の異名を持つアスマならではですね。

クウェートのマシャリ・アル=ヤティム、スハイブ・アル=アワディが
ルンバ・フラメンカにアレンジした曲も楽しいし、本作にはなんと1曲、
リシャール・ボナがゲスト参加してアスマとデュエットしている曲もあります。

19年作は、ハリージを前面に押し出したアルバム。
サウジ・アラビアやクウェートの作曲家の作品を多く取り上げていて、
アレンジには、新たにバーレーンのヒシャム・アル=サクラン、
エジプトのハイェム・ラーファット、ハレド・エズが参加しています。
ストリングスのアレンジには、エジプトのアレンジャーが多く起用されていますね。

どんがつっか、どんがつっかと、ギクシャクしたハリージのリズムにも、
柔らかなこぶし使いがあでやかに舞って、その歌唱力に感じ入るばかり。
晴れ晴れとした歌いぶりに胸がすきます
歌い口がより柔らかになったようで、ほんと、いいシンガーだよなあ。
スウィンギーなミュージカル調の曲などもあって、粋なムードが楽しめます。

17年作とはまた趣を変えて、2作とも甲乙つけがたい、
秀逸なシャバービー・アルバムに仕上がっています。

Asma Lmnawar "SABIYET" Rotana CDROT1978 (2017)
Asma Lmnawar "AWSAT EL NOUJOUM" Rotana CDROT2027 (2019)
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ロマンスィーが持ち味 カティア・ハーブ [中東・マグレブ]

Katia Harb QAD EL-HOB.jpg

アマニ・スウィッシを皮切りに、
昔さんざん楽しんだシャバービーをまたぞろ聴き返しています。

エジプトのアンガームが03年に出した名作 “OMRY MAAK” が象徴的でしたけれど、
2000年代に入って、若者向けのアラブ歌謡のサウンドががらっと変わりましたね。
それまで「アル・ジール」と呼ばれていた若者向けのアラブ・ポップスのジャンル名が
現地でほとんど使われなくなり、シャバービーと呼ばれるようになったことは、
日本では10年遅れくらいで知られるようになりました。

ジャンルの呼び名が変わった情報は、当時まだつかめませんでしたが、
プロダクションの質がぐんと上がり、多彩なサウンドを聞かせるようになったことは、
アラブ諸国から届くCDで十分実感できましたね。
ヴィデオ・クリップが進歩し、衛星放送局開設による
音楽ヴァラエティ番組がアラブ諸国で増えたことによって、
セクシー・アイドルが次々と登場するようになったのも、この頃だったなあ。

レバノンにその傾向が顕著で、
アラブ版スパイス・ガールズと呼ばれたフォー・キャッツを筆頭に、
歌唱力などまるでないお粗末な歌手も乱立することになりました。
そうしたセクシーだけが売りの歌手はやがて淘汰されていきましたけれど、
ヴィジュアルと歌唱力を兼ね備えたアイドルも登場するようになったのです。
その象徴がナンシー・アジュラムでしたね。

個人的には、アップテンポ中心のノリの良いアイドルにあまり興味がもてなかったので、
情感たっぷりにバラードを歌うシンガーをもっぱらひいきにしていました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2009-08-27
アンガームをはじめ前回記事のアマニ・スウィッシなど、
こうしたシンガーを「せつな系」とぼくは勝手に称していましたけれど、
現地ではこうした歌手たちが歌う曲のスタイルを、ロマンスィーと呼んでいたそうです。
ジャンル名ではないそうですが、なるほどその特徴を良く表していますね。

そんなロマンスィーな曲をたっぷり味わえるのが、
レバノンのカティア・ハーブの04年作です。
EMIミュージック・アラビアが出したこのアルバムは、
それまでカティア・ハーブが所属していたレバノンのレコード会社
ミュージック・ボックスのプロダクションとは段違いでした。

メジャーが出すとこうも違うかという、ゴージャスなプロダクションで、
冒頭のしとやかなバラードに胸がきゅんきゅん高鳴ります。
アンガームやアマニほどの歌唱力はないにせよ、
すがるような歌いっぷりに、ゾクゾクすることうけあいですよ。
ウチコミ強めのダンス・トラックでも、アダルト・オリエンテッドなムードが嬉しい。
ジャジーなトラックのクオリティは、今聴いてもぜんぜんオッケーですね。
エンハンスト仕様でヴィデオ・クリップが入っているのも、この当時らしいCDです。

Katia Harb "QAD EL-HOB" Capitol/EMI 07243-597381-0-9 (2004)
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せつな系シャバービーの大名作 アマニ・スウィッシ [中東・マグレブ]

Amani Souissi  WAIN.jpg

寒さ厳しい冬に聴くシャバービーの定番。
チュニジアのアマニ・スウィッシの07年デビュー作です。
ほかの記事でちらっと触れたことはあるものの、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2009-08-27
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2014-02-04
そういえばきちんと取り上げたことがなかったんだっけ。

ハイ・トーンを綿毛のような柔らかさで細やかにコブシを回す技巧。
吐息をもらすかのような息づかいで歌うその歌い口。
つぶやくように歌いながら、絶妙なブレス・コントロールに圧倒されました。
スタッカートの利いた活舌の良さが、バツグンのリズム感を示しています。

はじめてこのアルバムを聴いた時は、ビックリしましたよ。
ぼくの大好きなエジプトの歌手アンガームにもよく似た声質で、
その歌唱力の高さも、アンガームに迫るものがありました。
こんな人がチュニジアにいるのか!ってね。

シャバービーの本場といえば、やはりエジプトやレバノンで、
チュニジアはメインストリームではないので、
アマニも05年にレバノンのテレビ局LBCで放送された
スター・アカデミーに出演して、チャンスをつかんだ人でした。
その後、レバノンの詩人ハリール・ジブラーンに捧げられた戯曲に出演し、
その演劇の音楽はウサマ・ラハバーニが担当していたそうです。

そうしたキャリアを経て、07年にロターナからデビューしたわけですが、
これほど歌える人なのに、その後10年に2作目を出したのみで、
その後アルバムは出ていません。
シングルは最近も出しているようなんですが、
アラブ歌謡のシーンは競争がキビしいなあ。

飛行場の搭乗アナウンスをコラージュしたオープニングのタイトル曲から、
失意のヒロインが旅立つシーンが眼前に立ち上るかのようで、
アマニが歌うドラマに引き込まれます。
ちなみに、サブスクは曲順が変わってしまっているので、ご注意のほど。

全曲失恋ソングかと思うようなせつない曲が満載で、
アマニの歌いぶりがそれに見事にハマった名作。
これほど楽曲が粒揃いのシャバービーはなかなかありませんよ。
シャバービー傑作10選に確実に入るアルバムです。

Amani Souissi "WAIN" Rotana CDROT1315 (2007)
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17年ぶりの再発 ファデラ [中東・マグレブ]

Fadela  MAHLALI NOUM.jpg   Fadela  TOUT SIMPLEMENT RAÏ.jpg

MLPの傘下で新発足した中東・マグレブ音楽のリイシュー専門レーベル、
エルミールから、ポップ・ライのファデラの06年録音作が出ましたね。

ファデラ(当時はシェバ・ファデラ)といえば、
ポップ・ライの帝王シェブ・ハレドに先んじて、
わずか17歳にしてポップ・ライの初ヒット曲を飛ばした人。
これが79年のことで、80年代半ばにはシェブ・サハラウイと結婚して歌ったデュエット曲
‘N'sel Fik’ がライ初の国際的なヒット曲になって、その名を轟かせました。
その勢いでアイランドと契約してアルバムを出したのだから、当時の人気はスゴかった。

それからだいぶ年月が流れた06年、
R&Bと結びついたラインビーがシーンを賑わせていた頃に、
ファデラがひょっこり出したアルバムが “TOUT SIMPLEMENT RAÏ” でした。
ダンス・ミュージックへとシフトしつつあったライを、
もとの歌謡ジャンルに揺り戻すかのような快作で、
当時まったく話題になりませんでしたが、ぼくはけっこう愛聴しました。

その時と同じ録音作だというので、曲目をチェックしてみると、
‘Dabazte Omri’ の1曲を除いてダブリはないので、
これは未発表録音かと喜び勇んで買ってみたら、なんと全曲同じ。
ただの再発盤ということが判明して、ガックリ。
なんだ、それ。9曲の曲名がすべてまるで違うって、どういうこと?

まぁ、自分的にはかなりガックリきたんですが、
ポップ・ライのオーセンティックなサウンドが聞ける傑作には違いないので、
これを機会に書いておこうと思った次第であります。
当時はぜんぜん話題にならなかったしね。
アズテック盤のサエないジャケットとは段違いだし、
曲順がまったく違っているけれど、レゲエ・アレンジの曲から始まるアズテック盤より、
木笛ガスバで始まるエルミール盤の曲の並びの方が断然いいですよ。

ポップ・ライがオートチューン使いになる時代以前の録音で、
オールド・スクールなライながら、ラテン風味に仕上げたトラックもあるなど、
多彩なポップ・ライ・サウンドと脂ののったファデラの歌声が楽しめる快作です。

Fadela "MAHLALI NOUM" Elmir MIR06CD (2006)
Fadela "TOUT SIMPLEMENT RAÏ" Aztec CM2076 (2006)
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ポップなデザート・ブルース・バンド ティクバウィン [中東・マグレブ]

Tikoubaouine  AHANEY.jpg

タマンラセットは、トゥアレグ人にとってアルジェリア側の中心都市。
そのタマンラセットを拠点にインターナショナルな活動をするバンドも、
数多くなってきましたね。

これまでもイムザード、トゥマスト・テネレ、イマルハンを紹介してきましたが、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2013-08-30
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2014-07-28
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2016-05-16
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2017-02-24
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2018-12-02
ティクバウィンというバンドは、初めて知りました。

16年にアルジェリアでデビュー作を出していたようで、それは未聴ですが、
フランスからディストリビュートされた19年作を聴くことができました。
メンバーにドラムスがいることで、アンサンブルがタイトに引き締まっていて、
シャープなサウンドが気持ちいいこと、この上なしです。

歌手でギタリストのサイード・ベン・キラとホセイン・ダガーの二人が作曲していて、
耳残りするメロディを書けるのが強みですね。
イマルハンも曲づくりが巧みだったけれど、
親しみのあるキャッチーなメロディが耳残りします。
3・7曲目のレゲエもすごくこなれているんだよなあ。
ボンビーノが「トゥアレゲエ」と称して、よくレゲエをやるけれど、
トゥアレグ人バンドのレゲエでいいと思えたのは、ティクバウィンが初めてだな。

三人のギタリストの絡みも音色、フレージングとも絶妙の相性で、
遠景で砂漠の蜃気楼のような使い方をするスライド・ギターも効果的。
サイード・ベン・キラとホセイン・ダガーの二人の歌が若々しくフレッシュで、
十代のメンバーがいたトゥマスト・テネレを思い起こしました。

Tikoubaouine "AHANEY" Labalme Music no number (2019)
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ハードコアなシャアビ・エレクトロニカ プラエド [中東・マグレブ]

Praed  DOOMSDAY SURVIVAL KIT.jpg   Praed  KAF AFRIT.jpg

エレクトロニカでシャアビをやるというユニークな二人組、プラエド。
新作を試聴してぶったまげ、前作と合わせてオーダーしました。

シャアビ・エレクトロニカと勝手に命名しちゃいましたけれど、
ひたすらループする催眠的なフレーズが
トランシーなサウンドスケープを繰り広げるプラエドは、
純度の高い即興音楽を繰り広げています。

ジャケットのチープなヴィジュアルがナカミの音楽とずいぶんかけ離れていて、
ソンしてるような気がしますけれど、サイケデリック・ロックとも
親和性のあるサウンドだから、こういうヴィジュアルにしてるのかなあ。

プラエドは、67年スイス、ベルン生まれのパエド・コンカと
79年レバノン、ベイルート生まれのラエド・ヤシンの二人組。
二人とも作曲家でエレクトロとサンプラーを扱いますが、
パエド・コンガはクラリネットとベースを
ラエド・ヤシンはシンセサイザーを演奏します。

パエド・コンカは、89年から音楽活動を始め、
演劇、映画、ダンス・パフォーマンスのための音楽を作曲して
数多くのプロジェクトに参加し、日本にもたびたび来日しているようです。
オランダのアヴァン・ロック・グループ、ブラストではベースをプレイしていました。

ラエド・ヤシンは、インスティテュート・オブ・ファイン・アーツの演劇科を卒業後、
世界各国のミュージアムやフェスティヴァルで作品を発表してきたというキャリアの持ち主。
プラエドとして19年に来日もしていて、JAZZ ART せんがわに出演しています。
なるほど、むしろお二人の音楽性は、実験音楽やアヴァン・ジャズに近いわけね。

19年作 “DOOMSDAY SURVIVAL KIT” 収録の4曲は、
17分33秒、6分5秒、11分42秒、15分26秒というサイズで、
リズムが一定のままでこの長さを飽かさずに聞かせるのは、
圧倒的な即興演奏の力ですね。
サンプリングされたダルブッカのビートなど、リズムはシャアビの伝統に忠実で、
延々と続くグルーヴにのせて繰り広げられるインプロヴィゼーションの集中力に、
惹きつけられます。

最新作 “KAF AFRIT” も19年作同様の内容。
バス・クラリネット兼テナー兼ソプラノ・サックス、キーボード、パーカッションの
アディショナル・ミュージシャンの顔触れも同じ。
電子音楽らしからぬ肉感的なグルーヴと前衛的な即興演奏が同居していて、
ハードコアなシャアビ・エレクトロニカを堪能できます。

Praed "DOOMSDAY SURVIVAL KIT" Akuphone AKUCD1011 (2019)
Praed "KAF AFRIT" Akuphone AKUCD1042 (2023)
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グナーワは序破急 マフムード・ギネア [中東・マグレブ]

Mahmoud Guinia  Tichkaphone.jpg   Mahmmoud Guinia  SASTE DIMANIO.jpg
Mahmmoud Guinia  MIMOUNA.jpg   Maâlem Gania Mahmoud  Sonya Disque.jpg
Mahmoud Guinia  VOL.4.jpg   El Maalem Mahmoud Ghania  LVEM8.jpg
El Maalem Mahmoud Ghania  LVEM43.jpg   El Maalem Mahmoud Gania LVEM44.jpg

ディスク・レヴューの原稿依頼で、
ひさしぶりにマフムード・ギネアのティッカフォン盤を聴き直しました。
マフムード・ギネアを1枚ピック・アップするのに、
このCDをセレクトする慧眼の持ち主は、そうそうはいないはず。
原稿依頼のリストにあるのを見つけた時は、思わず頬が緩みました。
このCDについては、マフムード・ギネアのお悔やみ記事で触れたことがあります。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2015-08-06

ところでこのティッカフォン盤は、フランスのソノディスクがCD化したものでしたけれど、
モロッコ現地のティッカフォン盤も2枚持っています。
今回原稿を書きながらマフムード・ギネアのCDをいろいろ聴き直してみて、
あらためてマフムード・ギネアの凄みに感じ入っちゃいました。

グナーワの名人の称号であるマアレムを冠するとおり、
やはり圧倒的なのは、ヴォーカルの表現力ですね。
声の強度、歌唱のパワー、ダイナミクスの大きさ、どれをとっても圧巻の一語に尽きます。

やはりそれは、グナーワがリラという宗教儀式で
精霊と交信するために演奏される音楽だからであって、
世俗の歌うたいとはワケの違う、精霊を媒介するヒーラーという
役割を担っているからこそ生み出すことのできる迫力でしょう。
リラの参加者が、精霊に憑依されて痙攣を起こし倒れ込むのも、
マアレムのディープなヴォーカルがあってこそですね。

イントロでゲンブリが無拍子で弾き始め、
やがてカルカベなどのパーカッションが加わって一定のリズムを刻み、
歌とコーラスのコール・アンド・レスポンスが繰り返され、
終盤でスピードを一気に上げていく構造は、どの曲も同じ。

そのトランシーな魅力は、日本人にとって
けっして遠い世界の話でもないことに気付かされたのは、
いつだったかは忘れましたが、三上敏視のお神楽ナイトに出演した久保田麻琴が、
神楽のヴィデオを観ながら思わず漏らした、「グナーワみたい」という一言でした。
そう、グナーワの曲構造って、まさしく「序破急」そのものじゃないですか。
「神楽=グナーワ」の気づきは大きな発見でした。

Mahmoud Guinia "MAHMOUD GUINIA" Tichkaphone TCKCD12 (1992)
Mahmmoud Guinia "SASTE DIMANIO" Tichkaphone CD886
Mahmmoud Guinia "MIMOUNA" Tichkaphone CD1011
Maâlem Gania Mahmoud "MAÂLEM GANIA MAHMOUD" Sonya Disque CD037/99
Mahmoud Guinia "VOL.4" Mogador Music CDMM2005
El Maalem Mahmoud Ghania "GNAOUI SIDI MIMOUN" La Voix El Maarif LVEM8
El Maalem Mahmoud Ghania "BABA ARBI" La Voix El Maarif LVEM43
El Maalem Mahmoud Ghania "CHAOUIA LAILA YA JARTI" La Voix El Maarif LVEM44
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パリのメトロでバスキングしていたライ歌手 ムハンマド・ラムーリ [中東・マグレブ]

Mohamed Lamouri  MÉHARI.jpg   Mohamed Lamouri & Groupe Mostla  UNDERGROUND RAÏ LOVE.jpg

おぉ、2作目が出たよ。
19年のデビュー作 “UNDERGROUND RAÏ LOVE” の生演奏ライに
快哉を叫んだものの、あまりの時代錯誤な仕上がりに、
こりゃ一発屋だなとタカをくくっていたので、まさか2作目が出るとは思いませんでした。

たいへん失礼をしました。
アルジェリア、トレムセン出身というムハンマド・ラムーリ。
03年に21歳でフランスへ不法移民として渡り、
パリの地下鉄メトロ2号線の車内やベルヴィル駅で、
シンセ片手にバスキングしていた経歴の持ち主。
強烈なダミ声で歌うセンチメンタルなライ・ラヴで
(時にイーグルスやマイケル・ジャクソンも交えて)、
通勤客を楽しませていたそうです。

ダミ声が利いた苦みたっぷりのライには、
視覚障碍者で不法移民という苦労人らしい暗さがたっぷり宿っていて、
ポップになったライ・ラヴを、もう一度ライの原点である
アンダーグラウンドな世界に引き戻す訴求力があります。

新作でも、見事にたそがれたライを聞かせていて、グッときますねえ。
生のドラムスでオートチューンもウチコミも使わない、
80年代ライそのままのサウンドを聞かせるバンドのグループ・モスラも
前作と変わらずです。

レパートリーは前作でも歌っていたハスニの曲をカヴァーしていて、
今回はハスニの代表曲である ‘Omri Omri’ ‘Tal Ghyabek’ を取り上げています。
おっ!と思ったのは、ダフマーン・エル・ハラシの ‘Ya Rayah’ を歌っているんですね。
ひょっとして、ラシッド・タハのヴァージョンで知ったのかな。
ラムーリの歌声にぴたりとハマった見事なカヴァーです。

Mohamed Lamouri "MÉHARI" Almost Musique ALMST20CD (2023)
Mohamed Lamouri & Groupe Mostla "UNDERGROUND RAÏ LOVE" Almost Musique ALMST16CD (2019)
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レバノン女性の自立の難しさ タニア・サレー [中東・マグレブ]

Tania Saleh  10 A.D..jpg

レバノンのシンガー・ソングライター、タニア・サレーの新作が届きました。

“10 A.D.” のタイトルが意味するのは、
「離婚後10年」(10 years after divorce)とのこと。
レバノンに限らずアラブ諸国は、女性の権利は最低限しか認められておらず、
男性支配によるさまざまな社会的なタブーによって、
女性の自由は大きく制限されています。

そうした社会で離婚した女性が人生を送るのはいばらの道で、
女性が中年であれば、年配の男性との付き合いはためらうし、
若い男性にとっては年上すぎて、新たなパートナーを見つけるチャンスはほとんど無いそう。
新作は、レバノンで女性が不当に扱われていることをテーマにした曲が
歌われているとのことで、タニアも離婚経験者だということは、今回初めて知りました。

なるほど、タニアがノルウェイのレーベル、
シルケリグ・クルチュールヴェルクステドに移籍して、
ガラリと音楽性を変えたことがナットクいきました。
タニアが97年に出したデビュー作は、いわゆるアラブ歌謡ファンを驚かせた音楽性で、
ひとことでいえば、完全にオルタナ世代のポップスで、
シャバービーとはかなり距離のある音楽をやっていました。

Tania Saleh  WEHDE.jpg

そのデビュー作はとうに手放してしまいましたが、14年を経て出したセカンド作も、
ロック、レゲエ、ラップなどが交叉するデビュー作と同じ音楽性で、
両作ともタニアの夫フィリップ・トーメによるプロデュースだったことが、
大いに影響していたものと思われます。
このセカンドは、パッケージのデザイン性の高さがスゴイんですよ。
カヴァー・ケースを外すと、中央のCDトレイの両側に、
長いカヴァーが六つ折となっていて、ぱたぱた開くと、
絵本のようになっているんです。立派なアート作品ですね。

Tania Saleh  A FEW IMAGES.jpg

ところが、レーベルを移籍して出した14年作は、1・2作目から一転、
ジャジーなサウンドとなりました。ロック的なサウンドはまったく見られなくなり、
これまでアラブ色皆無だったのに、ブズークやミズマール(ダブル・リ-ドの笛)、
レク(アラブのタンバリン)といったアラブ楽器を使うようになっています。
そして、サレーがつぶやくような唱法に変わったのには、一番驚かされました。
もう、これはほとんど別人ですよ。

ギターのバチーダにネイが絡んで、バックでうっすらとヴォブラフォンが鳴るサンバあり、
クラリネットとハミングするアラビック・ボサ・ノーヴァあり、
ジャズやエレクトロな音感を溶け合わせて、フェイルーズにも通底する
レバノンらしい歌心を披露しているんです。
レバノンの女性カーヌーン奏者イマン・ホムシに捧げた曲では、
ヴァイオリンとユニゾンでハミングして、
アラブの音階を使ったコケットリーな哀歓を漂わせています。

そして新作は、14年作以上にアラブ色のあるサウンドを聞かせていて、
地中海的なメロディをアラブの楽器を使いつつ、
クラシックの弦楽四重奏にアレンジして、
オルタナやトリップ・ホップの感性をうかがわせるエレクトロなサウンドスケープで
包んでいます。14年作では姿を消したロック的な音感も一部復活しています。
かつて新感覚派と呼ばれた、レバノンのオルタナ世代の音楽性の成熟を感じる新作です。

Tania Saleh "10 A.D." Kirkelig Kulturverksted FXCD476 (2021)
Tania Saleh "WEHDE" Tantune no number (2011)
Tania Saleh "A FEW IMAGES" Kirkelig Kulturverksted FXCD404 (2014)
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憑依儀礼ザールの音楽がみえてきた。 [中東・マグレブ]

ZAR SONGS FOR THE SPIRITS.jpg

中東から東アフリカにかけて広く伝わる憑依儀礼のザールは、
古代エチオピアで発祥したと、一般によく言われています。
ザールに関する最初の記録は、17世紀のエチオピアで書かれたもので、
現地の典礼語であるゲエズ語で書かれているというのがその理由で、
西洋人による記録も、エチオピアで活動していたキリスト教宣教師によって、
1839年に記述されたのが初とされています。

ところが、当のエチオピアでは、ザールの起源は中東から伝わってきたもので、
ザールのメッカとされるゴンダールでは、
エチオピア正教会から悪魔の宗教とみなされていることを、
エチオピアで長く研究されている川瀬慈さんが
著書『エチオピア高原の吟遊詩人』(音楽之友社、2020)の中で書かれていました。

ヘブライ語でザールが「外国」を意味するように、ザールが伝わった各地域で、
外の世界からもたらされたことを示唆する痕跡が多く見つかるのは、
アラビア半島からイエメン、そして紅海を渡って
古代アビシニアへと奴隷が移動したことと、密接に関係しているのでしょうね。
エチオピアやスーダンの奴隷が北上して、エジプトにザールがもたらされたという、
数百年に及ぶ人口移動を示唆しています。

そのエジプトのカイロの片隅で、
今も生き残る3つのザールをドキュメントしたアルバムがリリースされました。
憑依儀礼のフィールド・レコーディングというと、
スーフィーやハイチのヴードゥーのレコードがイメージされ、
どうしても民族誌の音資料的な退屈なものなんじゃないかと想像しがちなんですが、
これが存外に音楽的なんですね。

アルバム前半がザールの音楽家を集めたスタジオ録音で、
ザールのさまざまな音楽を披露していて、
後半の儀式をドキュメントしたフィールド録音で、そうした音楽が儀式の場で
どのように演奏されているのかが、よくわかります。

Rango  BRIDE OF THE ZAR.jpg

録音された音楽家のクレジットを見ていたら、
ザールの儀式に使われる木琴のランゴを復興した、
ハッサン・ベルガモンがいるのに気付きました。
10年くらい前、ハッサン・ベルガモンが結成したグループのランゴが
『ザールの花嫁』というアルバムを出しましたが、そこで聞けるザールは、
宗教儀礼の音楽といわれても、まるでピンとこない、
世俗的なダンス・ミュージックのような内容でした。

その意味では、17年から19年にかけて録音された本作は、
ザールの憑依儀礼らしいトランシーな側面がよくわかる貴重な内容です。
女声のリードと男声コーラスが、ゆったりとした太鼓のリズムにのせて、
コール・アンド・レスポンスしながら、やがてテンポをあげていくところは、
精霊が降りてくるような雰囲気に満ちています。
終盤に収められた儀式中のフィールド録音は、これがさらに激しいものとなっていて、
途中でスイッチが入るかのように、テンポが急速に上がるなど、
憑依儀礼らしいトランシーさをたっぷりと堪能できます。

一方、ザールの主要楽器であるスーダン発祥の6弦の弦楽器、
タンブールを弾きながらハッサン・ベルガモンが歌う曲では、
シェイカーや太鼓が歌を鼓舞していて、
グナーワのゲンブリとカルカベが生み出す陶酔に通じるものがありますね。

このほか、カワラ(笛)の独奏あり、
ランゴ(木琴)を中心としたコール・アンド・レスポンスありと、
ザールの音楽性というのは、なかなかに豊かで、
10年前のランゴのアルバムでは、実体をよくつかめなかったザールの全体像が
ようやく見えるようになった貴重なアルバムです。

Madiha Abu Laila, Hassan Bergamon, Hanan, Abdalla Mansur, Hassan Rango Rhythm, El Hadra Abul Gheit
"ZAR: SONGS FOR THE SPIRITS" Juju Sounds JJ03 (2021)
Rango "BRIDE OF THE ZAR" 30IPS HOR21948 (2010)
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グナーワを拡散してシャアビへ収斂 ジマウィ・アフリカ [中東・マグレブ]

Djmawi Africa  AMCHI.jpg   Djmawi Africa  AVANCEZ L’ARRIERE.jpg

アルジェリアのミクスチャー・バンド、ジマウィ・アフリカの新作が届きました。

ジマウィ・アフリカは、04年にアルジェの大学で結成された学生バンド。
2000年代に入って、アルジェリアでバンド・ブームが湧き上がりましたけれど、
数ある新人バンドのなかでは、抜きん出た実力を持つバンドでした。

グナーワ・ロックを標榜し、08年にデビュー作を出し、11年のライヴDVDを経て、
13年に“AVANCEZ L’ARRIERE” を出しています。
ぼくはこのセカンドで注目するようになったんですけれど、
本作は、それ以来8年ぶりとなるアルバムです。

グナーワとロックをミックスするだけでなく、シャアビやレゲエのほか、
ヴァイオリンがアイリッシュのようなフィドル・プレイを聞かせる曲まであります。
カビール・フォークを超越して、ケルト・サウンドまで想起させる
幅広い音楽性が魅力のバンドですね。
メンバーの多彩なバックグラウンドが、おそらく反映されているんでしょう。

音楽性の引き出しの豊かさに加えて、アレンジは巧みだし、
なにより演奏力の高さが、このバンドの強みといえます。
ゲンブリ、マンドーラ、コラ、アコーディオン、ホイッスル、ベンディールなど、
曲ごとにさまざまな楽器を手を変え品を変えて使い、
管楽器はメンバー以外にも補強して、ホーン・セクションの厚みを増しています。
ヴォーカル陣のなかには、べらんめいな歌いっぷりで
無頼なシャアビ・ロックを演じる者もいて、鬼に金棒ですね。

Djmawi Africa "AMCHI" Sous Sol no number (2021)
Djmawi Africa "AVANCEZ L’ARRIERE" Padidou CD377 (2013)
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ハリージその後 バルキース [中東・マグレブ]

Balqees  ARAHENKOM.jpg   Balqees  ZAI MA ANA.jpg

すっかりごぶさたとなっている、湾岸ポップスのハリージ。
もう4年も前のアルバムですけれど、イエメン系のUAE(アラブ首長国連邦)人歌手、
バルキース・ファティの3作目を買ってみたら、これがなかなかの力作。
ハリージ・ブーム真っ盛りの15年にロターナから出ていた前作を聴いて、
歌える人だなあと思っていましたけれど、
そのときは記事にしなかったので、一緒に前作の写真も載せておきましょうか。

前作は、ギクシャクとしたパーカッシヴなハリージ・ビートにのせて、
ハツラツとしたコブシ使いの若々しさが印象的でしたけれど、
ロターナから自主レーベルに移籍して出した本作は、
プロダクションがぐんと向上しましたね。

エレクトロ・ハリージとでも呼びたくなるような、
選び抜かれた音色の電子パーカッションが快感。
生音とエレクトロの絶妙が配分されて、
すんごいセンスの良いサウンドになりましたよ。

前作は、サウンドの下世話さがポップな風味となっていましたけれど、
シンセ音が古めかしかったり、オーケストレーションが妙に厚ぼったくて、
野暮ったかったりしていたのも事実。アレンジもずいぶんと大仰だったしね。

それに比べたら、今作はレイヤーされた音色が選び抜かれていて、
サウンドが磨き上げられましたよ。
バラードがぐんと良くなったのも、
そんなデリカシーに富んだプロダクションのおかげでしょう。
高中低音のミックスのバランスが整って、
前作のガチャガチャしたところも雲散霧消しましたね。

バルキースの歌の上手さは、前作ですでに実証済みなので、
本作も申し分ありません。彼女は、UAEを拠点とするNSO交響楽団のメンバーでもあり、
国連から「中東における女性の権利の擁護者」の称号も与えられているんですね。
サウジアラビアで初の女性のみのコンサートを行い、話題を呼んだそうです。
今年になってからは、配信でシングル・リリースもしているので、
新作も期待できそうですね。

Balqees "ARAHENKOM" Balqees no number (2017)
Balqees "ZAI MA ANA" Rotana CDROT1916 (2015)
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カビール・ロック/ファンクの大力作 タクファリナス [中東・マグレブ]

Takfarinas  ULI-W TSAYRI - YEMMA LEZZAYER-IW.jpg

いぇ~い、タクファリナスの新作だっ!
いったい、何年ぶり? 10年の“LWALDINE” 以来かぁ、どーしてたの?
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2011-06-20

やんちゃなポップ・スターらしいキャラ全開のジャケットに、
聴く前からいやおうにも期待が高まりましたけれど、
ディスク1の1曲目で、もう飛び上がっちゃいましたよ!
いやー、嬉しいじゃないの。
ぜんぜん変わってないどころか、これまでにも増して、エネルギー全開。

若いヤツに席を譲る気はないぜといわんばかりの、現役感スパークさせまくり。
ヴェテランの余裕とか、成熟した味わいなんて、この人にはぜんぜん関係ないんだな。
ぼくと同い年で、この熱血ぶりは見習わなくちゃあ。アタマが下がります。

しかも、なんと2枚組という大作ですよ。
ディスク1の第1部は「わたしの心は愛」、
ディスク2の第2部は「わたしの母、アルジェリア」というタイトルが付いてます。
タクファリナスが自身の音楽を「ヤル」とラベリングする、
シャアビを大胆にロック/ファンク化したサウンドが縦横無尽に展開されています。
各曲のサウンドにはふんだんなアイディアを詰め込まれていて、
その手腕は、超一流のポップス職人といえますよ。
‘La Kabylie’ なんて、壮大なカビール・ロック歌舞伎を見せつけられているよう。

アタマがクラクラしそうなド派手なサウンドに、つい目くらましされますが、
タクファリナスの基本には、マンドーラの弾き語りによるカビール歌謡があり、
そのベースにアラブ・アンダルース音楽の地平が広がっているんですね。
ダフマーン・エル・ハラシのスピリットは、
しっかりとタクファリナスに受け継がれていますよ。
アゲアゲのダンサブルなトラックにも、芳醇なコクが宿る理由は、そこですね。
たくましきカビール芸人根性をすみずみまで発揮させた新作、大傑作です。

ああ、コロナ禍が恨めしいねえ。
こういうのを聴いていると、満員のフロアでもみくちゃになりながら、
汗だくになって踊りたいよ~。

Takfarinas "ULーIW TSAYRI" Futuryal Production no number (2021)
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ウルトラ・モダンなアラブ歌謡 アビル・ネフメ&マルセル・ハリーフェ [中東・マグレブ]

Aber Nehme & Marcel Khalife.jpg

ジュリア・ブトロスにヒバ・タワジと、正調アラブ歌謡の復権が著しいレバノンから、
またもゴージャスなアルバムの登場です。
ジャケットに、親子ほど年の離れた男女が写っていますが、
女性は80年生まれの歌手、アビル・ネフメ、
男性は50年生まれの作曲家、マルセル・ハリーフェ。

マルセル・ハリーフェは、本作でアラブの著名な詩人の詩に曲を付けていて、
レバノンのジョゼフ・ハルブ、ハビーブ・ユネス、バーレンのカシム・ハダード、
パレスチナのマフムード・ダルウィーシュ、さらにエジプト大衆音楽の祖、
サイード・ダルウィーシュの詩にも曲を付けています。

アビル・ネフメは、古典声楽から現代のオペラまで幅広いレパートリーをこなす声楽家で、
レパートリーにラハバーニ兄弟の作品やレバノンの伝統音楽のほか、
シリア正教会、マロン派教会の聖歌、ビザンティン聖歌も歌います。
06年のバールベック国際音楽祭では、ラハバーニ兄弟作のオペラに出演し、
フェイルーズとも共演しています。

まさしくそのフェイルーズをホウフツとさせる、
アラブ的な哀愁に満ちた旋律と西洋的な楽曲にのせて、
交響楽団を伴奏に歌っていて、黄金時代のフェイルーズが二重写しになります。

アビルの声質は、温かみのある中音域がベースにあって、
そこに可憐さをにじませる高音域と、ドスを利かせた低音域も時に織り交ぜながら、
細やかなコブシも駆使して歌っています。
裏声を利かせたダイナミックな歌唱を披露するパートでも、
大向こうなハッタリといった印象を与えない歌いぶりに、真摯さが滲みます。
派手さのない滋味な味わいは、ヒバ・タワジと対極の個性といえるかもしれません。

曲により、交響楽団ではなく、マルセル・ハリーフェが弾くウードを中心とする
小編成の弦楽アンサンブルを伴奏の曲もあり、楽曲のバラエティの豊かさも魅力。
全14曲70分、荘厳なドラマを見るかのような大力作です。

Abeer Nehme & Marcel Khalife "SING A LITTLE" Nagam/Universal NR1022 (2018)
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地中海を挟む音楽家が邂逅したアラブ・アンダルース音楽 レ・オリエンタル [中東・マグレブ]

Les Orientales  MUSIC-HALL D'ALGERIE.jpg

「アルジェリアのミュージックホール」。
う~ん、なんて匂い立つようなタイトル。
聴いてみればライヴ盤で、リリ・ボニッシュの‘Alger, Alger’ ‘Ana Fil Houb’に
リーヌ・モンティの‘Khdaatni’、ファリド・エル・アトラシュの‘Wayyak’ などなど、
アラブ・アンダルース音楽やアラブ歌謡ファンならなじみ深い名曲がずらり。
3人の女性歌手が本格的なアラブ・アンダルース楽団の伴奏で歌っていて、
なんじゃこりゃと、スピーカーの前で身を乗り出してしまいました。

アルジェリア製のペイパー・スリーヴにはトラック・リストしか情報がなく、
どういうグループなのか、さっぱりわからなかったんですが、
ネット検索すると、この時のライヴがアップされていて、
フランスでDVDもでていることが判明。
というか、CD含めフランス盤がオリジナルのようですね。
アルジェリア盤ジャケットの方が、
フランス盤のイラスト画よりムードがあっていいんだけど。

Les Orientales  MUSIC-HALL D'ALGERIE  DVD.jpg

DVDのトラック・リストには作者のクレジットも載っていて、
オラン生まれのユダヤ系ピアニスト、モーリス・エル・メディオニの曲や、
シャアビにアルジェリア民謡なども歌っていることがわかりました。
レ・オリエンタルは、40~60年代のアルジェリアのミュージック・ホールで
演唱されたレパートリーを復活させようと企画されたプロジェクトで、
03年9月にパリのモガドール劇場で行われたショーを収めたのが、
このライヴ盤だったんですね。

マルセイユのルンバ・フラメンカのポップ・グループ、バリオ・チノと
アルジェリアのラジオ・アルジェリア弦楽団が合体して
オルケストル・バブ・エル・マルセイユを編成し、
フロントの3人の女性歌手によるレ・オリエンタルを含む、
総勢17名のプロジェクトなのでした。

オルケストル・バブ・エル・マルセイユのリーダーは、
ピアニストのアレハンドロ・デル・バジェで、
音楽監督は、オラン出身のスペイン人の孫という、
バリオ・チノのリーダーで弦楽奏者のジル・アニオルテ・パズが務めています。

DVDには、ライヴ本編65分に加え、メイキング・ドキュメンタリーが26分、
04年のアルジェリア・ツアーのドキュメンタリーが13分、
さらに、ボーナスとして、リリ・ボニッシュのライヴ映像‘Alger, Alger’ に、
モーリス・エル・メディオニのピアノ演奏のライヴ映像‘Ahlen Ouassalen’ も
観ることができます。
アルジェリア・ツアーで熱狂する観客が印象的で、
大人しくライヴを鑑賞しているパリの観客とは、まるで違いますよ。

かつてリーヌ・モンティが聞かせた、アラブ・アンダルースとシャンソンを
ミックスさせたスタイルを蘇らせたようなこの企画、
この時限りで終わってしまったんでしょうか。
味のある試みで、続編を期待したいものです。

Les Orientales "MUSIC-HALL D'ALGERIE" Belda 050
[DVD] Les Orientales "MUSIC-HALL D'ALGERIE" Juste Une Attitude/MK2 Music EDV1169 (2004)
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オールド・スクールなポップ・ライの良作 シェブ・アジズ [中東・マグレブ]

Cheb Aziz  ZINA.jpg

聞き覚えのないライ・シンガーの03年作を見つけました。
同じ芸名で、96年にイスラム原理主義者に殺害されたシャウイの歌手がいましたけれど、
こちらのシェブ・アジズは別人で、
57年アルジェリア北西部シディ・アリ生まれのライ・シンガー。
ハリのある声に、キレのあるこぶし使い、オッサン臭い歌いっぷりと、
三拍子揃った実力派のライ・シンガーですね。

ダルブッカの響きと生の手拍子も懐かしい90年代サウンドで、
ピヤピヤと鳴るシンセの、ちょいダサなサウンドが嬉しくなります。
まだこの当時は、オートチューンのロボ声なんてない時代だから、安心して聞けますね。
アコーディオンをフィーチャーした(サンプリングかも)‘A Galbi, A Galbi’ なんて、
ウキウキしちゃいますよ。
女声のウルレーションや、グルーヴィなベース・ライン、クラヴィネット使いなども、
徹頭徹尾オールド・スクールなプロダクション・センスで、
この時代のポップ・ライで育った人間にはたまりません。

とはいっても、03年のアルバムですからね。
当時流行のライアンビーの影響を受けたトラックもちゃんとあって、
DJ・キムのラップをフィーチャーした‘Cool In The Bled (Remix)’
‘Ce Soir On Est De Sortie’ ではファンク色を強めたライを、
‘Ya Sahbi’ では、ディスコ・ライを聴くことができます。

このほかの聴きものでは、シェブ・サハラウィとデュエットした、
ライ版「枯葉」の‘Ouled Bledi’ かな。これには、ちょっと驚かされました。
かなり歌える人なので、このほかにもたくさんアルバムを出していそうなものの、
00年代にいくつかあるだけで、10年代以降のアルバムはまったく見つかりません。
今も歌い続けているんでしょうか。

Cheb Aziz "ZINA" Mega Rai Party/Maghreb World Develoent LAM013 (2003)
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レバノン発シンセ・ポップ イーサン・アル・ムンジール [中東・マグレブ]

Ihsan Al Munzer  BELLY DANCE DISCO.jpg

ビキニの女のコ(白人)が、浜辺でギターを手におどけたポーズをとるジャケット。
南米コロンビアあたりのレコードかと思いきや、
これがアラブのレコードだというのだから、オドロキ。
「ベリー・ダンス・ディスコ」なんてタイトルが、これまたパチもん臭い。
いかにもモンド盤(もう死語か?)くさいルックスなんだけど、
何か呼ばれるものがあってサンプルを聴いてみたら、これがなかなか面白い。

70~80年代にレバノンのポップス・シーンで、
作編曲家として活躍したイーサン・アル・ムンジール。
もともと60年代の頃から、ロックンロールの洗礼を受けてバンド活動を始め、
内戦時代にはイタリアで6か国語を駆使するピアノ弾き語りのワン・マン・ショウをしたり、
北欧でビート・グループを組んで活動していたという経歴の持ち主で、
70年代末になってレバノンへ帰国したと解説にあります。

その後、フェイルーズのオーケストラの一員に加わり、
アメリカ、オーストラリア、エジプトをツアーするほか、
ラギーブ・アラメ、マジダ・エル・ルーミー、ジュリア・ブトロスなど、
レバノンの人気歌手のアレンジャーとして引っ張りだことなり、
マエストロと呼ばれるまでになりました。

そんな当時、イーサン専属のスタジオにプロフェットを導入すると、
イーサンはそのシンセ・サウンドにのめりこみ、
アラブ歌謡に欧米のビート感覚を取り入れる企画を思いついたのだそう。
それがこの「ベリー・ダンス・ディスコ」になったわけですね。

イーサンの初アルバムとなった本作は、
アラブ歌謡の祖サイード・ダルウィッシュの曲や、
ファリッド・エル・アトラッシュ作曲のアラブタンゴ、
ラハバーニ兄弟作曲のアラブ歌謡に加え、アルメニア民謡や
トルコの「ウシュクダラ」など、アラブ周辺の音楽もレパートリーにしています。

イーサンは、ピアノにオルガン(どちらもカワイ製)、ソリーナ、ベースを弾き、
ドラムス、エレクトリック・ギター、カーヌーン、
バイオリン、ネイほかパーカッションの6人で演奏しています。

サウンドはタイトルがいうほどディスコ調ではなく、
アラブ歌謡をシンセでソフト・ロック化したといったところでしょうか。
さすが当時のアラブ歌謡の最前線で作編曲の腕をふるっていただけあって、
そのサウンドづくりは巧みで、パチもんの第一印象は吹き飛んだのでした。

Ihsan Al Munzer "BELLY DANCE DISCO" A. Chahine & Fils/Voix De L'Orient/BBE BBE528ACD (1979)
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人力演奏で再現した80年代ポップ・ライ ナディム [中東・マグレブ]

Nadim.jpg

ひさしぶりにイキのいいライを聞けました。
生のドラムスにダルブッカが重量感のあるロック・ビートを叩き出すんですけれど、
いやぁ、痛快ですねえ。
マイナー・レーベルのローカル作品は打ち込みに頼るのが一般的なので、
こんなに生演奏を全面に押し出したライは、長年聴いていなかった気がします。
レイヤーされたシンセの合間を縫うように、
エレクトリック・ギターとガスパ(葦笛)が存分に暴れ回っていますよ。

カルカベも加わる‘Daoui Galbi’ では、ストリングスやホーン・セクションまで起用する
ゴージャスさに、ちょっとびっくり。
続く‘Rebi Ki N'Dira’ では、ストリングス・セクションにウードも使っていて、
曲ごとにさまざまな工夫が施されています。
ロック調の‘Mme Amokrane’ では、アコーディオンが起用されていますね。

ラスト2曲は、エレクトロなリミックスを施した収録曲のヴァージョンと
インスト・ヴァージョンをボーナス的に置いています。
いやぁ、ローカル作品でこれだけ力の入ったプロダクションは、珍しいですねえ。
わずか33分という短さですけど、堪能しました。

いかにもヴェテランらしいオヤジ顔をした主役のナディムですけれど、
確か同じ名前のライ・シンガーのCDを持っていたはずと、
棚を探してみたところ、手元にあったのはもっと若いシンガーで、別人でした。
どうやらこちらのナディムは、かつてハレドとシェブ・マミが主演した97年のライ映画
“100% ARABICA” のサントラに1曲収録されていた人のようです。
ハレドを小粒にした感じの声もおんなじだし。

そのサントラでは、ビラルの曲を歌っていましたけれど、
本作はすべて自作曲で、リミッティに捧げた曲やタイトルなどから考えると、
ポップ・ライ誕生期のサウンドを人力演奏で回帰することがネライだったのでしょう。
シンセとドラムマシンで作られた80年代ポップ・ライのサウンドを、
骨太なロック・ビートで強化し、シンセで代用していた葦笛のノイジーなサウンドを、
本物を使って再現した本作はそのネライを十分実現しています。

コブシ使いも確かな歌唱力のある人ですけれど、
本作のプロモーション・ヴィデオの再生回数の少なさには、ガクゼンとします。
半年以上前にアップされてるのに、再生回数100回に満たないって、
これじゃプロとは言えませんよねえ。人気のない人なんでしょうか。
これほど充実した作品が、知られぬまま埋もれるのは、もったいない気がします。

Nadim "AUX ANCIENS" no label no number (2019)
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アラブ古典歌謡とスーフィー詩を歌う愛国主義者 ジャヒーダ・ワハビ [中東・マグレブ]

Jahida Wehbe  NOMAD’S LAND.jpg

アラブのCDで、アラビア語より英語のアルファベットが、
これほど目立つジャケットも珍しいですね。
レバノンの古典歌謡歌手、ジャヒーダ・ワハビの新作です。
すでにヴェテランといえる歌手で、今回も自身のレーベルからのリリースです。

ウム・クルスームを尊敬し、もし歌手にならなければ軍人になったという彼女。
16歳の時、内戦で軍人だった父親を亡くし、
ジャヒーダは愛国主義者になったといいます。
愛国主義といえば、ジュリア・ブトロスの18年ライヴ盤(CD2枚組にDVD付き)が
まさに愛国主義一色で、記事は遠慮したところだったんですけれどね。
こちらは歌いぶりが勇ましくなったりするようなことはなかったので、
落ち着いて聴くことができました。

ジャヒーダ・ワハビが音楽を勉強するなかで、古典音楽の道に進んだのも、
そうした愛国心やアラブの歴史への関心が大きく影響したようです。
レバノン国立音楽院に進んで、歌とウードを学びながら、
古典詩、古典歌劇、シリア聖歌、スーフィー音楽、コーランを勉強したといいます。

ジャヒーダは音楽を通じて古典詩を蘇らせたいと考えていて、
古典にのっとった新作古典曲を歌うほか、スーフィー詩も、多く取り上げています。
本作はプラハ市交響楽団やキエフ交響楽団を起用した曲など、
古典歌謡をリフレッシュメントしたプロダクションが効果をあげていて、
モダンなアプローチが古典の堅苦しさを洗い流し、
風通しのよい爽やかな聴後感を残します。

本作にはボーナス・トラックならぬボーナス・ディスクが付いていて、
CDトレイの下にもう1枚ディスクが入っているのに驚かされたのですが、
本篇がは50分43秒なのに、ボーナス・ディスクは77分26秒というヴォリューム。

ボーナス・ディスクはスーフィー・アルバムと銘打ち、
無伴奏もしくは太鼓だけ、またはカーヌーンや笛のみを伴奏に歌うなど、
全編簡素な伴奏で歌っています。
静謐なサウンドとしながらも、ことさら神秘的な雰囲気をまとうことなく、
丁寧にスーフィー詩を聞かせているところに好感が持て、
耳を傾けるほどに心が落ち着いていくのをおぼえます。

Jahida Wehbe "NOMAD’S LAND" Jahide Wehbe no number (2019)
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やるせなく美しすぎる遺作 ラシッド・タハ [中東・マグレブ]

Rachid Taha  JE SUIS AFRICAIN.jpg

昨年9月12日、あと6日で還暦を迎えるはずだったラシッド・タハは、
天国からの唐突な呼び出しで、突然この世を去ってしまいました。
心臓発作だったというその訃報は、同い年のぼくにとって大きなショックでした。

もっとも、驚きの一方で、やっぱりという思いも、実はあったんです。
何年か前、ラ・キャラヴァン・パスのミュージック・ヴィデオに客演しているタハを観て、
その具合の悪そうな姿に、タハはもうダメなんじゃないのと思っていたのでした。
ベロンベロンに酔っぱらって、立ち姿もフラフラで、まるでアル中患者のようでした。

そんな姿を目撃していたので、突然の訃報も、酒の飲み過ぎで
内臓もボロボロだったんだろうなどと、勝手に決め込んでしまっていたのでした。
ところが、実はタハはもう二十年来、アーノルド・キアリ病という
難病と闘っていたということを、後になって知りました。

アーノルド・キアリ病は脳の奇形の一種で、
背髄空洞症を引き起こし、運動機能に障害をもたらす病気といいます。
平衡感覚を失い、よろけて歩くことも困難となり、手足の麻痺も重篤になるとのこと。
フラフラだったあのヴィデオはそういうことだったのか!
そんな姿をミュージック・ヴィデオであえて晒したタハの心境たるや、
いかなるものだったんだろう。

タハはなんとこの難病に、87年からずっと苦しめられていたのだそうで、
ソロ・シンガーとなる前からのことだったなんて、衝撃です。
そんなことも知らず、「酔いどれロッカー」などと誤解していたオノレの不明を恥じました。

タハが最後に残したアルバムはすでに完成していて、まもなく遺作としてリリースされると
聞いていましたが、『オレはアフリカ人』という挑発的なタイトルのアルバムが届きました。
バルカン、地中海サウンドをミクスチャーしたシャンソン・パンク・バンドの
ラ・キャラヴァン・パスのリーダー、トマ・フェテルマンと二人三脚で制作したアルバムで、
トマがプロデュース、共作、アレンジを務めています。

「あんたはもうすぐ60になるんだ。オレはあんたがいつまでも叫んだり、
飛び跳ねたりするのを望んじゃいないよ。
オレは一緒に‘オリエンタル・パンク・クルーナー’のアルバムが作りたいんだ」と
トマは、タハに言ったといいます。
まさしくそんな「オリエンタル・パンク・クルーナー」を体現してみせた本作、
こんなにやるせなく歌うタハがこれまであったでしょうか。
すでに死期を予感していたのか、最後の生を燃やし尽くすような
エネルギーをほとばしらせながら、シニカルとユーモアでまぜっかえす男の照れに、
もう泣かずにはおれないじゃないですか。

こちらの思い入れが加わっているからとはいえ、これほど美しい遺作があるでしょうか。
タハより20歳も若いトマは、手足が麻痺し、
歌詞を書き留めるボールペンを持つこともできず、
ヘットフォンを付けることもできなくなったタハのそばに寄り添い、
曲作りをして完成させたというエピソードを読んだときは、もう号泣してしまいましたよ。

「オレたちすべてアフリカン」とマニフェストを掲げた本作のジャケット内には、
マルコムX、バラク・オバーマ、ネルソン・マンデーラ、フランツ・ファノン、
エメ・セゼール、ジミ・ヘンドリックス、カテブ・ヤシーヌ、ジャック・デリダ、
ボブ・マーリーなどなど、大勢の著名人たちの似顔絵が並んでいます。

タハ自身が影響を受けてきたであろうそれらの人々に謝辞を述べて、
最後の別れを告げたこのアルバム、その幕引きの見事さに、
タハ、あっぱれというほかありません。

Rachid Taha "JE SUIS AFRICAIN" Naïve M7062 (2019)
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アルジェリアのうた フリア・アイシ [中東・マグレブ]

Houria Aïchi  CHANTS MYSTIQUES D’ALGÉRIE.jpg

フリア・アイシは、アルジェリアのベルベル系先住民シャウイの音楽を教えてくれた恩人。
アルジェリア北東部オーレス山地に暮らすシャウイ人の伝統音楽を現代化した
08年の“CAVALIERS DE L'AURÈS” には、夢中にさせられました。
モダン化したサウンドよりも、フリアの凛とした歌声に胸を打たれ、
シャウイの伝承歌が持つ、雄大なサウンドスケープに魅せられたんですね。

フリア・アイシは、オーレス地方の中心地バトナに生まれた生粋のシャウイ人で、
幼い頃からさまざまな集まりを通して、シャウイの歌を習い覚えてきたそうです。
そんなシャウイ文化にどっぷり浸かったルーツを持つ一方で、
経済的に恵まれた家庭に育ち、学業も優秀だったフリアは、
都会のコンスタンティーヌへ出て中学に通い、
さらにパリへ渡って大学で心理学を学び、大学院で社会学の学位を取りました。

広い世界へ出て高い教養を身に付け、国際的な視野も養ったフリアが、
あらためてルーツを振り返り、シャウイの歌を再構築したのが、
あの名盤“CAVALIERS DE L'AURÈS” だったわけですね。
そして、フリアはシャウイの文化にとどまらず、さらに視野を広げて、
今作ではアルジェリアのさまざまな伝承歌を取り上げています。

今回も、フリア自身が叩く平面太鼓のベンディールを軸に、
アルジェリア独自の弦楽器マンドール、ゲンブリ、ウードに、
笛のガスパ、ネイなど伝統的な楽器のみの伴奏で、
ベンディールだけで歌う独唱も多くあります。

このシンプルなサウンドとフリアのこぶしが、
歌に備わるエネルギーを最大限に引き出しているんですね。
さまざまな儀式で歌われる宗教歌にスーフィーの歌、さらにカビール民謡まで、
アルジェリアの伝承歌の世界を、フォークロアから昇華した地平から歌えるのが、
フリアの稀有な才能。それゆえ、アルジェリア人でない外国人リスナーの耳に届くのです。

Houria Aïchi "CHANTS MYSTIQUES D’ALGÉRIE" Accords Croisés AC175 (2017)
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トゥアレグのゴッドマザー バディ・ララ [中東・マグレブ]

Badi Lalla.jpg

ティナリウェンの”LIVE IN PARIS” にフィーチャーされた、
伝説のトゥアレグ人女性歌手バディ・ララ。
80歳にしてリリースされた初アルバムです。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-01-09

アルジェリア南部、ニジェール国境に近い町
イン・ゲザムで37年に生まれたバディ・ララは、
10歳の時から母親とともに、ティンデが催される祝祭の場で歌ってきた大ヴェテランで、
60年代にトゥアレグのミューズとして人気を博した人です。
70~80年代には、テイナリウェン同様、
トゥアレグの民族意識を高める文化的アイコンとなって、
トゥアレグのゴッドマザー的な役割を果たします。

アルジェリアやマリの若いトゥアレグ人ミュージシャンたちと積極的に共演し、
90年に15人の男女からなるグループを率いてヨーロッパをツアーするなど、
海外でも知られる存在となりました。
そんな伝説的存在のバディ・ララの初アルバムでは、
太鼓(ティンデ)と手拍子とお囃子のみで歌われる伝統的なティンデと、
ギター・バンドを加えた、いわゆる「ギター・ティンデ」と呼ばれるスタイルを織り交ぜて
歌っていて、ギター・ティンデの伴奏は、イムザードが務めています。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-08-30
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-07-28
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-02-24

ティナリウェンのライヴでも披露された、
チャントを唱えるドローンのようなお囃子をバックに、
バディ・ララが詩を吟じるのですけれど、
単調な反復だけでできている曲が退屈しないのは、
歌と手拍子とバンドのリズム・セクションが生み出す、
ポリリズムの豊かなニュアンスゆえですね。

微妙にズレる手拍子や、お囃子の男女の異なる声がレイヤーされるところに、
ティンデの味わいがあるといっても、過言じゃありません。
ゆるい独特のグルーヴは、催眠的なトランスを招き寄せる魅力があり、
アルバム中盤で3曲続けて歌われる伝統的なティンデに、
それはひときわ強く表われています。

トゥアレグ女性の歌のレパートリーには、昼間の祝祭で歌われるティンデともうひとつ、
夜に若い女性が将来の伴侶を見つけるために歌う、イスワットというものがあるそうです。
トゥアレグ版歌垣みたいなものなのでしょうかね。

イスワットは、男性が低音でずっと唸るように歌う
イシガダレンと呼ばれる合唱をバックに、女性が詩を吟じるもので、
ティナリウェンのライヴの曲がまさにそれに近いものでしたね。
曲名は‘Tinde’ となっていましたけれど、
ティンデとイスワットって、どういうふうに聴き分けるんだろう?

Badi Lalla "IDI YANI DOUHNA" Padidou CD783 (2017)
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季節はずれのクリスマス・アルバム ジュリア・ブトロス、マジダ・エル・ルーミー [中東・マグレブ]

Julia Boutros  MILADAK.jpg   Magida El Roumi  NOUR MEN NOUR.jpg

ジュリア・ブトロスのクリスマス・アルバムが12年に出ていたんですね。
アラブのポップスのサイトを眺めてたら、偶然に見つけちゃって、大あわて。
いやぁ、これまでぜんぜん気付かなかったなあ。
あれ、13年にはマジダ・エル・ルーミーまで、
クリスマス・アルバムを出してるじゃないですか。
こりゃなんたることかと、レバノンのお店に早速オーダー。

昨年ヒバ・タワジのクリスマス・アルバムを、
1年遅れでようやく聴いたところでしたけれど、それより5年も前に出ていた、
ぼくのごひいきの二人のクリスマス・アルバムを知らずにいたとは、不覚も不覚でした。
それにしても、レバノンくらいクリスマス・アルバムを出す国は、
アラブ世界にありませんね。
国民の4割がキリスト教徒ですもんねえ。
フェイルーズのクリスマス・アルバムも有名ですね。

ジュリア・ブトロスのクリスマス・アルバムは、
兄のジアド・ブトロスの作曲、伴奏はプラハ市交響楽団で、
ジャズ・ピアニストのミシェル・ファデルによるアレンジという、
12年1月にリリースされた“YAWMAN MA” とまったく同じ布陣で制作されたものです。
これ以上何を求めようかというくらい、完璧なプロダクションにのせて歌う
ジュリアの慈愛に満ちた艶っぽい歌いぶりに、もうメロメロです。

児童合唱団の子供たちと歌うユーモラスな曲など、
今回はさすがにクリスマス・アルバムということもあり、
愛国心やアラブの団結を訴えかける曲はないようですね。
4曲目の、ハーモニカをフィーチャーしてラテン・ボレーロにアレンジした
トロけるような曲など、そっと語りかけるようなジュリアの歌い口に、
ああ、いい歌手だなあと、しみじみ思います。

マジダ・エル・ルーミーのクリスマス・アルバムはミニ・ブック仕様で、
内容は歌詞付きの写真集となっています。
こちらはベルリン交響楽団が伴奏を務めていて、ジュリアのアルバム同様ゴージャス。
ジュリア・ブトロスのクリスマス・アルバムとの違いは、
ミュージカル/オペラ調のプロダクションが目立つことでしょうか。

マジダらしい温かみのある声が発揮されたキャロルはステキだけれど、
オペラ調の強く声を張って歌う曲や男性コーラスが入る曲などは、
ちょっとぼくの好みとは違うかなあ。
特にラストがオペラチックな曲で終わるのは、ちょっと後味悪し。

というわけで、ジュリア・ブトロスのクリスマス・アルバムの方が
断然お気に入りですけれど、どちらもレバノンを代表する歌手にふさわしい
力のこもった制作ぶりが光る、クリスマス・アルバムです。

Julia Boutros "MILADAK" Longwing no number (2012)
Magida El Roumi "NOUR MEN NOUR" V. Production no number (2013)
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親しみやすさに込められた強靭なメッセージ ジアード・ラハバーニ [中東・マグレブ]

Ziad Rahbani  BIL AFRAH.jpg

エル・スール・レコーズに行くと、ジアード・ラハバーニの70年代のCDが入荷中。
「あれ、懐かしい」と思わず口にすると、
「いいですよねえ、これ。まだ在庫があったんで、入れてみたんですけど、
インストだから売れないかなあ」とは原田さん。
ところが、その後すぐさま売り切れとなったようで、
さすがはエル・スールのお客さん、いいモノをよくご存じです。

アラブ古典の器楽演奏というと、ちょっと敷居の高いものが多いですけれど、
なかでもこれはもっとも親しみやすい一枚として知られている名作。
フェイルーズの息子で、いまや母のアルバム・プロデュースもするまでになった
ジアードですけれど、まだ当時は20歳そこそこの気鋭の若手音楽家でした。

原田さんがいみじくも「アラブのデスカルガ」と言っていたように、
自由闊達なジャム・セッションを味わえるアルバムなんですね。
ぼくもひさしぶりにCD棚から引っ張り出して聴き直しましたけれど、
うん、やっぱり極上品ですね。

表紙には正装したメンバーが勢揃いしていますが、
ジャケット裏のレコーディング風景を撮ったスナップ・ショットの方が、
演奏の雰囲気をよく表わしていて、スタジオで演奏している
普段着姿のリラックスした様子が、ありありと伝わってきます。
掛け声をかけたり、手拍子も交えたりと、レコーディングの緊張感など、どこへやら。
即興する演奏者をはやしたり、笑い声まで録音されていて、
そのリラックス・ムードがさらに演奏をいきいきとさせています。

フィリップスから77年に出された本作は10曲の組曲で、
ジアード・ラハバーニの自作曲に、近代アラブ音楽の基礎を作った
サイード・ダルウィーシュの曲や、レバノンの作曲家で音楽プロデューサーの
ハリーム・エル・ルーミー(マジダ・エル・ルーミーのお父さん)の曲、
アルメニア民謡がメドレーで演奏されます。
CDには、LPに記載のなかった‘Moukadimat Sahriye’が5曲目にクレジットされています。
ただし、組曲形式だから38分弱のノンストップで、CDも1トラック扱いとなっています。

宗派対立が極限まで達し、ベイルートで内戦がぼっ発した75年、
ジアードはこのビル・アフラー組曲を演奏するため、
クリスチャンとムスリム両方の音楽家を集めて、
ビル・アフラー・アンサンブルを編成しました。
のちにジアードは、「ベイルートのボブ・ディラン」と称されるとおり、
社会批評家として政治的立場を鮮明にしましたけれど、
若干19歳にして、宗派を超えて器楽演奏をすることで、
無言の雄弁なメッセージを放ったのです。

なぜ古典器楽を、かくも楽しげに演奏してみせたのか。
それは、幾千の言葉を重ねたプロテスト・ソングよりも、
強烈なカウンターとなることを、ジアードは理解していたからでしょう。
ビル・アフラー・アンサンブルが、
キリスト教徒もイスラーム教徒も共存できることを証明し、
その親密なセッションが、憎しみあい敵対することの愚かさを照射してみせました。

単に、親しみやすい古典器楽と聴いていた本作に、
そんな深いメッセージが込められているとはツユ知らず、
ずいぶん後になってから知った時は、ぼくもウナってしまいました。

そういえば、4年前ニュー・ヨークで、ビル・アフラー結成40周年を記念した
ビル・アフラー・プロジェクトが結成され、コンサート活動をしています。
トランプ以後の分断されたアメリカだからこそ、こうした活動を応援したくなりますね。

Ziad Rahbani "BIL AFRAH" Voix De L'Orient VDLCD606 (1977)
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アダルト・オリエンテッド・シャバービー アンガーム [中東・マグレブ]

Angham  Hala Khasa Gedan.jpg

ああ、ようやっと手に入りました。
エジプト最高のフィメール・シンガー、アンガームの新作。

15年の復帰作から3年ぶりとなった昨年の前作“RAH TETHKERNI” は、
リシャール・ボナ、ヴィクター・ウッテン、ルイス・コンテなどが参加した
アメリカ録音を含むアルバムで、新たにハリージにも挑戦した意欲作となっていました。
ところが、これが入手できなくってねえ。
なんとか手に入れようと、四方八方手を尽くしたんだけど、とうとう実らず。

ロターナがフィジカル生産に後ろ向きなのは承知しているものの、
アラブ世界のトップ・スターの新作すら、まともに流通しないんだから、ヒドいもんです。
きっと関係者に見本盤を配るわずかな数くらいしか、いまやCDは作ってないんだろうなあ。
結果、ロターナのCDは、アラブのお金持ちのマニアにしか行き渡らず、
一般庶民はダウンロードかストリーミングで聞けってか。しくしく。
19年の新作もまたダメかなあと思っていたので、
レバノンのお店から、「あるよ。」のメールをもらった時は、小躍りしてしまいました。

アルバムのっけから、アンガーム節が炸裂。
アンガームの十八番、ほろほろと泣き崩れるようなメリスマが冴えわたります。
エジプト・トップ・クラスの歌唱力をこれでもかと見せつけるかのように、
ヴォーカルを伴奏からくっきりと浮かび上がらせたミックス・バランスが絶妙です。
若い頃は、その高すぎる歌唱力が
かえって情感を損なうマイナス面もあったアンガームですけれど、
いまやその熟したメリスマが、
切ないオンナ心を十二分に伝える最強の武器となっていますね。

新作はハリージなどの新趣向はなく、
カーヌーン、ヴァイオリン、ダルブッカが舞う王道のアラブ歌謡から、
ルンバ・フラメンカ調など、ヴァラエティに富んだポップなシャバービー路線。
ダンス・トラックを排し、じっくりと歌を聞かせる
アダルト・オリエンテッドなシャバービーに仕上がっています。
かつてのクラウス・オガーマンを思わすストリングス・オーケストレーションにも、
うっとりさせられますよ。

今作のプロデューサーは、
アンガームと結婚したばかりの新しい夫、アフメド・イブラヒム。
アラビア文字だらけのライナーの中で、数少ないアルファベットで
「スペシャル・サンクス」「ミュージック・プロデューサー」
「アフメド・イブラヒム」と大書きされた文字が、ひときわ目立ちます。
以前、結婚した途端に浮気が発覚した2番目の夫とも結局離婚して、
今度が3度目の結婚になったわけですけれど、はや暗雲が立ち込めているようですねえ。

アンガームの新しい夫アフメド・イブラヒムが、
既婚者で子持ちであったことを公表せずに、二人の結婚が発表されたことに、
エジプトのメディアは非難を集中。しかもアフメドの前妻が、
アンガームと親しいシリアのトップ歌手アサラの夫の姪だったことが発覚し、
二人の友情にヒビが入ることも懸念されている模様です。
さらに、アンガームがアーメッドに送った
バースデイ・レターの写真がネットに晒されたりと、
相変わらずスキャンダルに事欠かないアンガームなのでありました。

Angham "HALA KHASA GEDEN" Rotana CDROT2028 (2019)
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王道ポップ・ライを更新したサウンドで カデール・ジャポネ [中東・マグレブ]

Kader Japonais  DREAM.jpg

おお、このメジャー感、スゴイな。
ここまでポップにしたライっていうのも、いいもんだね。
ジャケットからして、ライの場末感なんてみじんもない爽やかさですよ。

トゥアレグ・バンドとも共演するし、アラブ歌謡路線でもいけるという、
カデール・ジャポネの18年の新作は、この人のヴァーサタイルな才能が、
本来のポップ・ライという土俵で存分に発揮された快作になりました。
ノリにノッているのが、その歌いぶりからもしっかりと伝わってきますよ。

アナログ・シンセの温かな響きがいいじゃないですか。
ひらひらと鳴るクラリネットもグッときますよ。
80年代のポップ・ライのサウンドが完全に復活していますね。
フラメンコを取り入れているのも、同じベクトルでしょう。
ライアンビー、レッガーダなどのダンサブル路線を経て、
ライも一周回り終えたというか、歌謡路線にしっかりと戻ってきたのを感じます。

それもソフィアン・サイーディのようなレトロ路線ではなく、
しっかりと現代に更新されたサウンドとなっているところに、
王道のポップ・ライの逞しさをおぼえます。
なんら新しいことをしているわけでもないのに、
いや、むしろいっさいの新機軸を打ち出さずに、
これだけフレッシュなサウンドを作れるところが、手柄じゃないですかね。

Kader Japonais "DREAM" Villa Prod no number (2018)
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年明けはシャアビから カメル・シアムール [中東・マグレブ]

Kamel Syamour  DDUNIT.jpg

あけましておめでとうございます。

暮れの12月から良作が続出で、嬉しい悲鳴をあげっぱなしなんであります。
お気に入りのヘヴィロテ盤も聴きたし、未聴CDの山も片づけにゃならんし、
これじゃ正月休みが足りない~♪
とにかく買うCD、買うCD、全部いいんだから、仕事なんかしてる場合じゃない(?)。
このブログの記事もたまりにたまってしまい、ひと月先まで予約済という始末です。

そんなわけで、どれを年明け第1弾にしようかと思案してたんですが、
カビール人シンガー、カメル・シアムールの2作目にしました。
ここ数年聴いたシャアビで、間違いなくこれは最高作ですね。

シャアビというと、つい古いものばかり聴いてしまう傾向が強くて、
というのも、どうも最近のシャアビはガツンとこないというか、
スムースすぎて物足りないからなんですが、この人は違いました。
苦味のある声に、シャアビならではのメリスマには、
いにしえのシャアビの味わいがしっかりと宿っています。

それもそのはず、この人、90年代にパリへ渡ってから、
イディールやスアード・マッシ、アクリ・デなどのバックをつとめながら、
長い下積みを経て、ようやく09年にデビュー作を出したというのだから、
キャリア十分なわけですね。
なんだかソフィアン・サイーディといい、最近のアルジェリア音楽では、
こういう隠れたヴェテランの活躍が目立ちますね。

バックはすべて生演奏、カメルが弾くマンドーラを中心に、
ヴァイオリン、バンジョー、アコーディオン、ガイタ、ダルブッカなどの編成に、
男性コーラスやゲストの女性シンガーも加わるという、
100%シャアビのサウンドが嬉しい。

曲により、ストリングス・セクションが加わったり、ピアノを起用するほか、
うっすらと鳴らすキーボードのカクシ味も利いてますね。
リズム・アレンジには現代的なセンスが聴き取れ、
まぎれもなくシャアビの今の姿をくっきりと捉えた力作といえます。

個人的に嬉しかったのが、42年にフランスへ渡ったカビール人歌手
スリマン・アゼムの代表曲‘Baba Ghayu’ をカヴァーしていること。
スリマン・アゼムはカビール系移民の支持を集めて大成功を収めた歌手で、
カメルのいわば大先輩。
スリマンのオリジナル・ヴァージョンをイントロにサンプルして、
するりとレゲエ・アレンジにしたカメル・ヴァージョンへとすべり込む演出がイキです。

Slimane Azem  LES MAÎTRES DE LA CHANSON KABYLE.jpg

スリマン・アゼムのオリジナル・ヴァージョンが入ったAAA盤を聴き直してみましたけれど、
スリマンへのリスペクトが感じられる仕上がりじゃないですか。
こういう秀逸なカヴァーをするところにも実力をうかがわせる、
カビール系シャアビの傑作です。

Kamel Syamour "DDUNIT" Gosto no number (2014)
Slimane Azem "LES MAÎTRES DE LA CHANSON KABYLE : VOL.Ⅱ- LE FABULISTE" Club Du Disque Arabe AAA092
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トゥアレグ新世代ギター・バンド イマルハン [中東・マグレブ]

Imarhan Temet.jpg

アルジェリア南部タマンラセット出身のトゥアレグ人バンド、イマルハンの2作目。
今年2月に出ていたのに、まったく気付かなかったのはウカツでした。
2年前のデビュー作が、優れた出来だったにも関わらず、
日本ではまったく評判になりませんでしたよね。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-05-16
新作も上出来なのに、ずっと気付かなかったほど
話題に上らずにいるのは、残念すぎます。

あまたあるトゥアレグ・バンドの中で、イマルハンが抜きん出ているのは、
ソングライティングの良さですね。
キャッチーというと、ちょっと語弊があるかもしれないけれど、
リーダーのサダムが書くフックの利いた曲づくりのうまさは、
とかく単調になりがちなトゥアレグのソングライターたちに比べ、
頭一つも二つも抜けています。

歌と演奏のパートが、静と動のコントラストを鮮やかにつける‘Tumast’ や、
ヘヴィーなファンクの‘Ehad wa dagh’ がある一方、
砂漠の夜のキャンプファイアが目に浮かぶ、トゥアレグ・フォークの
‘Zinizjumegh’ など、振り幅のある曲を書けるところが強みです。

コーラスに女性数人を加えているほか、控えめなフェンダー・ローズやオルガンが
効果を上げるなど、ゲストの起用もツボにはまっていますね。
特に凝ったアレンジをしているわけではないものの、
無理のない起伏を作り出してアルバムに変化を与えていて、
アルバム作りの上手さも光ります。

伝統的なトゥアレグの歌詞やブルージーなメロディと、
ロックやソウルで育ってきた若い世代のサウンド・センスが、
これほど自然体で融合しているトゥアレグ・バンドは貴重じゃないでしょうか。
現在はパリで活動しているというイマルハン、
「繋がり」と題されたタイトルに、彼らの思いや立ち位置が示されています。

Imarhan "TEMET" City Slang/Wedge SLANG50135 (2018)
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