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緑の鳥 セシリア・トッド [南アメリカ]

CANCIONES DE HENRY MARTÍNEZ.jpg

前々回、ロリータ・クエバスの話題で、「小学校の音楽の先生みたいな」と書いて、
ベネズエラのセシリア・トッドの軽やかな美声を連想しました。
セシリアが歌うのは、NHKの「みんなのうた」ぽい、子供からお年寄りまで愛される国民歌謡です。

ベネズエラの伝承歌を翻案した歌を歌い続けてきたセシリアの最高傑作といえば、
2000年にビゴー財団からリリースされた『ヘンリー・マルティネス作品集』でしょう。
ジャーノのホローポやトナーダ、カラカスのメレンゲ、スリアのガイタ、アンデスのバンブーコ、
オリエンテのマラゲーニャやポロなどなど、ベネズエラ各地の伝統形式を借りて、
現代的な感性で詩的世界を紡ぎ出すヘンリー・マルティネスの作品は、
セシリア・トッドと最高の相性を示しています。

民謡調の曲の合間に挟まれた、コンテンポラリー感覚のメランコリックな曲も、
これまた格別の美しさ。
歌詞の一語一語を噛みしめるように発声するセシリアの丁寧な歌唱と
ディクションの正確さに、ほれぼれとするばかりです。
クアトロやマンドリンなどの弦楽器に、フルートほかの管楽器を組み合わせた伴奏も、
セシリアの歌唱をみずみずしく引き立てていて、申し分ありません。

セシリアほどメロディーを一切崩さずに歌う人は、ちょっと珍しいんじゃないでしょうか。
ストレートに歌を歌うってことは、ある意味、歌手にとっては挑戦的なことですよね。
まったくごまかしは利かず、歌手の力量が丸裸にされてしまうからです。
<きれいなメロディーをきれいに歌う>というのも、これまた難しいことで、
<きれいに歌えている自分に酔っているような歌>になったりもしがちなんですが、
セシリアの歌には、なんのてらいもければ、気取りも感じられません。
自分の歌唱力をひけらかすような素振りとも、もちろん無縁です。
余計な邪心を持たず、正面から歌を歌うことだけに心を砕くところに、
ぼくはセシリアの歌手としてのスケールの大きさを感じます。

PAJARILLO VERDE.jpg    Uma Sola Vida Tengo.jpg

セシリアは、2003年10月にベネズエラ大使館が招聘したコンサートで来日しましたが、
生で聴いた彼女の歌声はCD以上に軽やかで、
風にのって舞うように飛ぶ「緑の鳥」そのものでした。
あ、「緑の鳥(Pajarillo Verde)」というのは、
セシリアの74年デビュー作のタイトル曲ともなった曲で、
彼女の代表曲ともなったベネズエラの伝承歌です。
デビュー作では、セシリアのクアトロ弾き語りに、
ギター、ベース、マラカスが加わったシンプルな伴奏で素朴に歌っていましたが、
再演した93年の"UNA SOLA VIDA TENGO"ではすっかり円熟し、
軽みのある喉で歌っていました。

現在のラテン界を見渡しても、これほど清廉な歌声が聴けるのは、
セシリア・トッドだけではないでしょうか。

Cecilia Todd "CANCIONES DE HENRY MARTÍNEZ" Fundación Bigott FD2662000853 (2000)
Cecilia Todd "PAJARILLO VERDE" Acqua AQ003 (1974)
Cecilia Todd "UNA SOLA VIDA TENGO" Acqua AQ018 (1993)
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