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とうようさんに教えてもらった最後のレコード クララ・ペトラリア [ブラジル]

Clara Petraglia.JPG

エル・スールの原田さんから、中村とうようさんがお気に入りだという、
ブラジルの女性歌手クララ・ペトラリアを教えてもらったのは、3ヶ月くらい前だったでしょうか。
ブラジル各地の民謡を題材とした曲をギターで弾き語り、50年代に活躍した人とのこと。
試しに聴かせてもらったんですけど、その温かな歌声に、即、トリコになりました。

すぐに思い浮かんだのが、ハイチのロリータ・クエバス。
美しく端正な発声と、麗しい歌いぶりがそっくりなんですよ。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2010-06-05
パナマのシルビア・デ・グラッセの清楚な色気にも、通じるところがあるかなあ。
いずれにせよ、もろぼく好みの歌手で、
いかにも50年代らしいというか、この当時ならではの歌手という気がします。

50年代は世界各地で自国のフォークロアが再評価され、
民謡や古謡を採集して歌う、フォーク運動が盛んになった時代だったんですね。
フォーク歌手たちは、民謡や古謡を伝承してきたコミュニティ内部の人間ではなく、
外部から歌を発掘しにやってきた人たちで、
西洋クラシック音楽の教養も持った、いわばインテリでした。

そのためフォーク歌手の歌は、土臭さといったネイティヴな味わいが乏しく、
本来の民俗的な風合いがまるでない歌を歌う人も、なかにはいました。
たとえば、このクララ・ペトラリアと同時代にブラジルで活躍した、
イネジータ・バローゾがそのいい例ですね。

知名度からいったら、イネジータはクララと比べものにならないほど超有名な歌手ですけど、
ぼくは昔からこの人がどうも苦手です。
歌手兼民謡研究家で女優でもあったイネジータは、
クララ同様ギター弾き語りで人気を博しましたが、
そのお行儀のよすぎる歌が、ぼくにはどうにもピンときませんでした。
イネジータのレコードはジャケットがいいので、今でも手放さずに持ってますけど、
こんな時でもないとお見せするチャンスはないだろうから、いくつかご披露しておきましょうか。

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イネジータの歌は、音楽学校の先生が民謡を歌っているみたいで、
ポピュラー音楽としての味わいはほとんどないんですけど、
クララ・ペトラリアのは、お行儀よい歌であっても、ものすごく魅力を覚えるんですよね。
どこが違うんだと訊かれると、うまく説明できないんですけれども。

アメリカから58年に出た、クララのウェストミンスター盤“SONGS OF BRAZIL” には、
ココやブンバ・メウ・ボイといった北東部音楽から田舎風歌謡のトアーダに、
黒人奴隷たちの踊りバトゥーキや19世紀のダンス音楽ルンドゥ、
19世紀の流行歌謡モジーニャといったレパートリーが収められています。

上品なモジーニャがクララの持ち味にぴったりなのは、当然といえば当然ですけど、
そればかりではあまりに優等生的で、飽きがきてしまったはず。
だからこそ、フォークロアなメロディーやリズムを取り入れた選曲が光るんですね。

ココの軽やかなリズムで歌われる“Bia-Ta-Ta” や
早口ヴォーカルも聞ける“Meu Barco E Valeiro”、
ブンバ・メウ・ボイの“Pinga, Pinga, Pinga D'agua” など、
子供たちに民話の絵本を読み聞かせするお母さんのように聞こえます。

アマゾンのマラジョー島の歌“Rolinha” や漁師の歌“Destino De Areia” は、
ドリヴァル・カイーミが歌う「海の唄」を思わせ、その薫り高いロマンにグッときます。
ギターのボディを打楽器がわりに叩いて歌う“Batuque” も、
上品なアフリカ風味が微笑ましいですね。

ブラジルの多彩なメロディーとリズムを、軽やかなアルペジオにのせて歌ったこのアルバム、
歌とギターだけというシンプルさが成功した、ステキな作品集となっています。
ブラジルでリリースされたクララのアルバムを調べてみると、
シンテールから“CANÇÕES DO BRASIL” のタイトルで2作出ているようで、
このどちらかがアメリカ盤の原盤なのかもしれません。

とうようさんから教えてもらった最後の一枚、忘れられないアルバムとなりました。

[LP] Clara Petraglia "SONGS OF BRAZIL" Westminster W9807 (1958)
[10インチ] Inezita Barroso "INEZITA BARROSO" Copacabana CLP3005 (1955)
[10インチ] Inezita Barroso "LÁ VEM O BRASIL" Copacabana CLP3038 (1956)
[10インチ] Inezita Barroso "COISAS SO MEU BRASIL" RCA BPL3016
[EP] Inezita Barroso "INEZITA BARROSO" Copacabana CEP4527
コメント(6) 

コメント 6

アフマリリス

すてきな思い出ですね

私も聴いてみよう

衝撃が強すぎたために、こういう話が聞けて、温かい気持ちになりました、ありがとう !
by アフマリリス (2011-07-24 05:57) 

bunboni

ぼくにとって最期までとうようさんは、水先案内人でいてくださいました。
by bunboni (2011-07-24 08:10) 

土木作業員

近年、めっきりと誌上などでレコードをご紹介される機会も減ってしまって、寂しかったですが、また聞きというか、また読みですが、そうですか、お気に入り盤。嬉しくなってしまいました。何を置いても最高の音楽の水先案内人。此に尽きます。聴いてみよっと。ステキな記事をありがとうございます。

イネジータは、本当、歌にふくよかさが全くなく、美しきお顔に似合わず、粗っぽいですよね。でも見目麗しいので、アイドルグラビアとして私にとっても宝物です。
by 土木作業員 (2011-07-24 10:51) 

bunboni

クララ・ペトラグリア、ぼくもぜんぜん知らない名でした。
ウェストミンスター盤はそっけのないジャケですけど、
シンテール盤には若い時のエリス・レジーナ似のお顔が写っています。
シンテールの“CANÇÕES DO BRASIL” の第1集とは曲目が違うので、
曲目不明の第2集が原盤なのかもしれません。
by bunboni (2011-07-24 15:47) 

dai626ku

昨日六本木でラリー寿永アリサの親子ライブがありました。いつもラテンはこれだからいいよな~、と思わせるふたりですが、とうようさんにお世話になった
ことを話していました。アリサさんのCDも、と氏のオススメで聞いたのですから。もっとも、とうようさんはラリーさんより亡くなった妻のミッチーさんの方が、
付き合いは長い、と言っていましたが。
by dai626ku (2011-07-27 09:13) 

bunboni

ラリー寿永といえば、松岡直也さんですね。
松岡直也の遅すぎたデビュー作『JOYFUL FEET』をプロデュースしたのも、とうようさんでした。
ところで、ミッチー大内さんを覚えている人って、どれくらいいるでしょう?
by bunboni (2011-07-27 21:17) 

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