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22年かけた初の日本語アルバム 小野リサ [日本]

小野リサ ジャポン.JPG

小野リサが89年に『カトピリ』で登場した時のショックは、忘れられません。

日本のブラジル音楽沿革みたいなお話になっちゃいますけど、
70年代末にサンバがブームとなり、それを機に、
日本にも本格的なブラジル音楽を演奏するミュージシャンが現れ始めました。
76年に新宿と下北沢のロフトで繰り広げられた長谷川きよしのサンデー・サンバ・セッションは、
ブームを先取りしたといえる、日本初の本格的なブラジル音楽セッションでした。
ぼくもパンデイロやタンボリンを持参して、何度も乱入させてもらった思い出があります。
そして79年にベター・デイズ・レーベルからデビューした
スピック&スパンのリーダー吉田和雄のドラミングは、ウィルソン・ダス・ネヴィスをホウフツとさせ、
日本もついにここまで来たか!の感を強くしたものでした。

なんせそれまでの日本人が演奏するブラジル音楽といえば、
「なんちゃってサンバ」や「なんちゃってボサ・ノーヴァ」ばかりでしたからねぇ。
日本で初めてボサ・ノーヴァを演奏した渡辺貞夫ですらそうでしたけど、
4拍子のサンバやら、クローズ・リム・ショットさえすればボサ・ノーヴァ一丁上がりみたいな、
できそこないのブラジル音楽がそこらじゅうに蔓延してたんですから、ええ。
70年代のフュージョン・アルバムを聴けば、そんな演奏がごろごろ出てきます。

80年代に入ったあたりから、演奏の方はだいぶホンモノぽくなってきましたが、
歌の方はさすがにポルトガル語の垣根が高く、本場ものにはとてもかないませんでした。
だからこそ、ブラジルに生まれ育って、ブラジル音楽をネイティヴとして体得した
小野リサの登場は、衝撃的だったわけです。

「ボサ・ノーヴァを歌う日本人歌手」というイメージがついてまわる小野リサですけど、
彼女はデビュー時から、ボサ・ノーヴァばかりでなく、サンバ・エンレードやガフィエーラのサンバ、
さらに古風なマルシャやバイオーンなど、ブラジルのさまざまな音楽を取り上げていました。
でも、小野リサは、ブラジル音楽マニアうけするシンガーとして受け入れられたのではなく、
彼女の柔らかな歌声に、ブラジル音楽の知識などまったくない一般の人がファンとなりました。
これは彼女のキャリアにとって、とても幸福なことだったと思います。

ブラジルで育ちブラジル音楽を愛した彼女が、
ボルトガル語で自分の好きなブラジル音楽を歌い続けることは、ごく自然なことだったと思いますが、
日本でデビューし、日本のレコード会社でアルバムを作り続けていくうえで
その姿勢を貫くのは、なかなかたいへんだったんじゃないでしょうか。
レコード会社から日本語で歌うことを要求されたのは、何度もあったに違いありません。

デビュー翌年の90年、彼女は初めての日本語曲「太陽の子どもたち」を歌い、
NHKみんなのうたでオンエアされ、一気に小野リサの名前が広まったこともありましたが、
日本語で歌ったのはそれ限りで、以後けっして日本語曲を歌うことはありませんでした。
にもかかわらず、彼女は一般の音楽ファンの間に確実に人気をのばし、
ポピュラリティーを確立していったのです。
爆発的なヒット曲もないのに、しっかりと自分のファンをつかみ、
妥協せずに自分のやりたい音楽をやり続け、そのなかでさまざまな音楽的な冒険もしてきた。
そんな理想的ともいえるポジションをキープし続けたのが、小野リサのこれまでの軌跡でした。

ぼく自身、2001年のハワイ音楽に挑戦した『ボッサ・フラ・ノヴァ』までお付き合いを続け、
それ以降の世界各地を旅するシリーズは失礼してしまいましたが、
ブラジル音楽の立脚点を見失うことなく、広くポップスを歌っていこうとする彼女に、
ぼくは共感の念を持ち続けていました。

そして音楽の旅の果てにたどり着いた新作はなんと、日本の歌謡曲だったのですね。
選曲とタイトルが気に入って、ひさしぶりに手を伸ばしたんですが、
最近は涙腺が弱くなったせいか、ぽろぽろと泣けてしまうオリジナル曲もあったりして、
聴き終えると、とても満たされた温かな心持になれる、ステキなカヴァー集となっているのでした。
つぶやくように歌う、彼女の子守唄のような歌唱スタイルも、すっかり完成されていますね。

考えてみればこの新作は、小野リサにとって初の全曲日本語アルバムです。
日本語を歌うまでに、デビューから22年もの歳月をかけたのは、
彼女にとってとても意味のある、熟成期間だったんじゃないかと思います。
ブラジル音楽という自分の根っこを大事にしながらも、
リスナーにブラジルを押し付けることのなかった彼女の姿勢は、
タイトルのカナ書き『ジャポン』にもよく表れています。
なんのことだか、おわかりですか?
『ジャパォン』などと書かないところが、ぼくが彼女を支持する理由なのですよ。

小野リサ 『ジャポン』 ドリーミュージック MUCD1254 (2011)
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