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魔法にかかったリマ [南アメリカ]

Lima Bruja.jpg

先週の土曜日、四谷いーぐるで、ペルー音楽研究家の水口良樹さんと、
ペルーで現地録音した経験もお持ちのアオラ・コーポレーションの高橋めぐみさんによる、
「ペルー音楽映画とその周辺」と題したイヴェントが開かれました。

サヤリー・プロダクションを主宰するラファエル・ポラール監督による
『リマ・ブルーハ』の上映を目玉にしたイヴェントで、
『ラ・グラン・レウニオン』にカンゲキした音楽ファンとしては、
ずうっと観たくてしょうがなかった映画。喜び勇んで、馳せ参じましたよ。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2010-09-17

映画は11年に公開され、ペルーで12年に数々の映画賞を受賞していて、
15年にDVD化もされていたようなんですが、
日本にはまったく入ってこなかったんですよねえ。
今回のイヴェントに合わせ、アオラ・コーポレーションが
DVDとブルー・レイの両仕様を輸入し、会場で販売していたので、
さっそくDVDも購入させていただきました。
ちなみに、DVDはオール・リージョンのNTSC方式。
しかも、なんと嬉しい日本語字幕付であります!

水口さんの解説によれば、リマの古老たちをレコーディングした
サヤリー・プロダクションのフェルナンド・ウルキアガは、このプロジェクトを
「ペルー版ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」と称されるのを嫌っているとのこと。

ブエナ・ビスタは、キューバ音楽を欧米人が発見したものでしたけれど、
このプロジェクトは外国人ではなく、同国人が見出したという点がまず違うし、
ブエナ・ビスタがプロの音楽家たちであったのに対し、
こちらはアマチュアの音楽家たちであることが、決定的に違うと指摘していたそうです。

ぼくも「ペルー版ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」と安易に書いていたので、
映画を観ながら、なるほどなと反省させられました。
リマという同じ街に生まれ育ちながらも、
こんな音楽文化が存在することをまったく知らずにいたというラファエルの証言は、
ブエナ・ビスタではなく、
むしろ70年代ブラジルのサンバ復興と共通するものがありますね。

リマ庶民の普段着姿のクリオージョ音楽が「発見」された場所は、
リマに暮らす住民といっても、おいそれと簡単には近づけない危険地帯。
まさしくリオのファベーラと同じように、
隔絶されたコミュニティの結社のような組織の中で、
クリオージョ音楽が育まれていたわけで、
リマの一般住民が知ることはできなかったわけです。

クリオージョ音楽とサンバを育んだ土壌の共通性を挙げてみれば、
リマのバリオとリオのファベーラ、
ペルーのハラナとブラジルのパゴージがありますね。
そこで歌う古老たちの顔だって、よく似てるじゃないですか。
黒サングラスのレンチョなんてカルトーラみたいだし、
ネルソン・サルジェントやベゼーラ・ダ・シルヴァそっくりのオッサンもいたぞ。

ま、それはともかく、20世紀初頭から都市の音楽として生まれ、
20~30年代に花開いた黄金時代を迎え、
劇場からラジオというメディアの発達とともに、大衆文化の一翼を担ったこと。
その後、商業化が進んで、大スターたちが活躍する華やかな芸能界とは別世界で、
貧しい庶民のコミュニティの中で音楽が育まれていったところは、
クリオージョ音楽もサンバも、同じ道のりを歩んだといえます。

そうか。ということは、“LA GRAN REUNION” は、70年代サンバ・ブームの再評価で、
俗に言う「裏山のサンバ」の記念碑となった
“ENCONTRO COM A VELHA GUARDA” のペルー版だったといえるのかもしれませんね。

【訂正とおわび】
水口さんから、サヤリー・プロダクションの主宰者は、
「映画でもカスタネットやカホンを叩いていたフェルナンド・ウルキアガ氏です。
ラファエル・ポラールは、フェルナンドに依頼されて
グラン・レウニオンのPVを作ったことから
このドキュメンタリーを作ることとなった若手映画監督です」とのご指摘をいただきました。
記事の該当箇所を訂正させていただきます。水口さん、ありがとうございました。

[DVD] Dir: Rafael Polar "LIMA BRUJA : Retratos De La Música Criolla" Sayariy Producciones y Tamare Films no number (2011)
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