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ポップなアラボ・ラテン ムハンマド・アブドゥル・ワッハーブ [中東・マグレブ]

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ムハンマド・アブドゥル・ワッハーブの良さがわかるまでには、
ずいぶん時間がかかりました。

最初に聴いたのは大学生の時。
初体験が60年代頃のLPだったのは、いま思えば、出会いがマズかったですね。
ご存じの方も多いと思いますが、当時のアラブ歌謡は1曲20分以上超す長編がほとんど。
荘厳なオーケストラ演奏が延々と続き、いつまでたっても歌が始まらず、
じりじり待たされるというのが、お決まりのパターンでした。
エジプト歌謡の女王ウム・クルスームになると、1時間以上の曲がざらだったので、
これでアラブ歌謡にザセツしたって人が、ぼくの世代にはけっこういましたね。

その後、ワッハーブの代表曲『クレオパトラ』を両面に収めた10インチ盤を手に入れたものの、
格調の高い弦オーケストラが優雅すぎて、睡魔に襲われるばかりでした。
今でこそ作曲やアレンジの斬新さがよくわかるようになりましたけど、
まだ当時は、そんなこと気付きもしませんでしたね。
ちなみに、写真右はのちにCD化された同曲収録のアルバム。
その後何度も再発されて表紙は変わりましたが、現在もカタログに生きている定盤です。

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そんなこんなで、アラブ歌謡からすっかり遠ざかっていた80年代末から90年代初め、
フランスのクラブ・デュ・ディスク・アラブ(AAA)が
ワッハーブの初期録音をクロノロジカルに編集し、
全10巻の復刻CDをリリースするという快挙を成し遂げました。
こちらは戦前SP時代の録音ですから、曲はどれも6分程度と簡潔。
当時中村とうようさんや田中勝則さんが絶賛していたこともあって、
再挑戦のつもりで聴いてみたんですが、これまたピンとこなかったのでした。
古いアラブ音楽に馴染みがなく、その面白さがすぐにはわからなかったんですね。

ようやくその面白さに気付いたのは、
50~60年代のマレイシア歌謡を聴くようになってからです。
ラテン、ジャズ、ロックンロール、中国歌謡など世界各地の雑多な音楽をタフに消化する、
P・ラムリーやサローマのエキゾティックな歌の数々にすっかり骨抜きになっていた頃に聴いた、
エジプト古典歌謡のアスマハーンとファリド・エル・アトラーシュのSP録音は、
ショッキングでした。

LP時代のかしこまった古典音楽的なアラブ歌謡とはまったく表情の異なる、
ポップ感覚が新鮮で、とりあけタンゴを取り入れた曲のみずみずしさにはびっくり。
そしてアスマハーンとファリド・エル・アトラーシュの延長で聴くようになった
ワッハーブのバイダフォン盤で、ようやくワッハーブの魅力にハマったというわけです。

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クラーベのリズムにマラカスも軽やかに振られる、ラテン調の明るいナンバーや、
前半ピアノ伴奏でしっとりと歌い、後半ウードなどの伴奏でこぶしを利かせて歌う曲など、
西洋とアラブの折衷ぶりがなんともエキゾティックで、背筋ゾクゾクものの曲が満載。
収録曲には映画の挿入歌も多く、さらにポップ度は倍化して、
悩ましくも切なげに歌うさまは、古典調の曲を歌うワッハーブとはまるで別人です。

すっかりポップなワッハーブの魅力に取り憑かれ、バイダフォン盤を買い集めていくうち、
“HASSADOUNI” に聞き覚えのある、女性歌手とのデュエット曲がありました。
あれ?と思ったら、AAAの第9集に収録されている曲となんと同じ。
AAAのライナーを読んでみると、38年の映画“Yahya Elhob (Long Live Love)” の挿入歌で、
ワハーブのお相手の女性歌手は、レイラ・ムラッドとクレジットされています。

ええ?と思って、よくよく手元のAAA盤をチェックしてみると、
バイダフォン盤と曲がダブってるじゃありませんか。
ちなみにAAA盤でぼくの手元にあるのは、第1・6・7・8・9集の5枚だけですが、
バイダフォン盤はAAA盤とすべてダブっていることを、のちに知りました。
あらためて手元のAAA盤を全部聴き直してみたら、な~んて魅惑的なんでしょう!
つい数年前ピンとこなかったのが、こうまで違って聞こえるかってくらい、印象が一変。
いやー、よくわかんないからって、
売っぱらったりしないでよかったと、胸をなでおろしたもんです。

ワッハーブのポップなアラボ・ラテンにやられたのはぼくばかりじゃなく、
細野晴臣がミュージック・マガジンの2007年11月号で、
「50曲の"ルーツ・オブ・ハリー細野"」の1曲としてワッハーブの“Gafnouhou” を取り上げ、
“GAFNOUHOU ALLAM AL GHAZAL” のジャケットを掲げていましたっけ。
それを見た時は、へぇ~、細野さんも、と嬉しく思ったものです。

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AAAは戦前のバイダフォン時代までを収録していますが、
戦後のカイロフォン録音も聴きものです。
アラブ歌謡とキューバ音楽をミックスした音楽性で話題を呼んだ、
レバノンのハニーンとソン・クバーノがカヴァーした「アラ・バリ(我が心に)」の原曲も、
“MEN AD EH KONNA HENA” に入ってます。

ほかにも、アコーディオンが加わった曲には、ムラユそっくりな曲もあったりして、
意外にアラブ歌謡とアジア歌謡の距離が近いことにも気付かされます。
誤解のないように言うと、もちろんワッハーブの録音の方が古く、
ムラユがワッハーブなどのアラブ歌謡に影響されたわけですけど、
両者に通底する感覚はあるような気がしてなりません。
“AL KAMH” には、昭和30年代の日本映画で出てくるような、
行進曲ふうのリズムにコーラス合唱が付く青春歌謡みたいな曲があったりして、
こんなところもアジア歌謡に通じるものを感じさせます。

ワッハーブのポップなアラボ・ラテンを入り口にして、
アラブ古典の色濃い歌謡へと聴き進めていくほどに、
アラブ古典音楽と西洋音楽をミックスして、独自の歌謡様式を完成させたワッハーブのスゴさが、
だんだんとわかるようになっていったのでした。

Mohamad Abdel Wahab:
[10インチ] "CLEOPATRA" Pianophon 10091
"MOHAMAD ABDEL WAHAB" Soutelphan GSTPCD501
"INTEGRALE VOL.Ⅰ (1920-1925)" Club Du Disque Arabe AAA011
"INTEGRALE VOL.Ⅵ (1932-1933)" Club Du Disque Arabe AAA017
"INTEGRALE VOL.Ⅶ (1933)" Club Du Disque Arabe AAA018
"INTEGRALE VOL.Ⅷ (1935)" Club Du Disque Arabe AAA019
"INTEGRALE VOL.Ⅸ (1937)" Club Du Disque Arabe AAA020
"TOUL OMRI" Baidaphon BGCD603
"GAFNOUHOU ALLAM AL GHAZAL" Baidaphon BGCD607
"HASSADOUNI" Baidaphon BGCD608
"OLLI AAMALAL EH ALBI" Cairophon CXGCD630
"MEN AD EH KONNA HENA" Cairophon CXGCD634
"AL KAMH" Cairophon CXGCD644
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コメント 2

t-42

お久しぶりでございます。
いつも拝見させて頂いて刺激を受けております。

わたしも、延々と続くイントロについていけなかったクチです。
こうやって拝見して、改めて聴いてみたくなりました。
とくにSP音源を聴きたいですね。
by t-42 (2011-02-08 17:33) 

bunboni

AAA盤はとっくに廃盤ですが、バイダフォン・カイロフォン盤は発売から20年近く経った今も、カタログに生きています。さすがはエジプトの巨匠というか、定番化してるんですね。
上掲のポップ曲の入っている盤から聴き始めるのが、オススメです。
by bunboni (2011-02-08 21:14) 

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