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汎カリブを見渡すクレオール・シンガー ロニー・テオフィル [カリブ海]

Rony Théophile  MÉTISSAGÉRITAJ.jpg


今年のアルバム・ベスト10に入るフレンチ・カリブのアルバムは、
またしてもヴェテランのマラヴォワになってしまうのかと思っていたら、
出ましたねえ、ロニー・テオフィルの新作が。
これまでのロニーのアルバムのなかでも、ダントツの最高傑作ですよ。

オープニングの‘Loin De Mon Pays’ のエレガントなメロディといったら、どうです。
これぞクレオールの粋といった、セクシーで泣けるビギンに、もうメロメロ。
ラルフ・タマールとはまた味の異なるクルーナー・ヴォイスで、
芳醇な香りを放つ苦みのある声質が、いにしえの舞踏会へといざなうかのようです。
ロニー・テオフィルの歌には、ノスタルジアを想起させる魅力がありますよね。
涙でドレスを濡らしながら踊るクレオール婦人が、瞼に浮かびます。

マラヴォワふうのストリング・アンサンブルも大活躍。
ロニーは、マラヴォワの15年作『オリウォン』にゲスト参加していましたけれど、
マラヴォワ・サウンドをすっかり自家薬籠中のものとしていますね。
ビギンの料理法を熟知しているフランス白人のジャズ・ピアニスト、
ダヴィッド・ファクールのアレンジが、ツボにハマりまくっています。

面白いもんですよねえ。
マルチニークやグアドループから登場する若いジャズ・ピアニストたちは、
ビギンやマズルカを演奏せず、アフロ系リズムを志向するか、
コンテンポラリーに向かうかのどちらかなのに、フランス白人のダヴィッドが、
ヨーロッパとカリブが混淆したクレオール・ジャズに耽溺してるんだから。

Davi Fackeure Trio  JAZZ ON BIGUINE.jpg   Davi Fackeure  JAZZ ON BIGUINE VOL.2.jpg

ダヴィッド・ファクールは、100歳で亡くなった名女優ジェニー・アルファのアルバムで、
一躍注目を浴びたピアニスト。ダヴィッドが01年に出した初ソロ作が、
“JAZZ ON BIGUINE” というそのものずばりのタイトルだったことは、ご存じでしょうか。
1曲目にアレクサンドル・ステリオの‘Bonjour Loca’ を選ぶという、
ダヴィッドのビギン愛の熱烈ぶりが伝わるビギン・ジャズの快作でした。
2作目の“JAZZ ON BIGUINE VOL.2” では、
ジェニー・アルファをゲストに迎えていましたよね。

Rony Théophile  COEUR KARAÏBES.jpg

ダヴィッド・ファクールを起用したのは、10年の“COEUR KARAÏBES” からでしたけれど、
あのアルバムではセドリック・エリックと曲を分け合って、アレンジしていました。
セドリックがアレンジを担当したのはコンパで、
ヌムール・ジャン=バチストの名曲‘Ti Carole’ をカヴァーするほか、
スコーピオの名演で知られる‘Ansam Ansam’ を取り上げ、
コンパ全盛時代を思わすダイナミックなホーン・アンサンブルが聴きものでした。

ロニーがハイチ音楽にも通じているのは、90年代にハイチのコンパ・バンド、
ファントムズに在籍し、アメリカで演奏活動を行っていたからで、
在籍時には、ハイチ音楽賞の男性歌手部門で最優秀賞も獲得しています。

もともとグアドループのカーニヴァル・グループで、
衣装作りやダンスの振付など演出の仕事をしていたロニーは、
ダンサーや振付師として舞台のキャリアも積んでいます。
シャンソン・クレオールの名歌手ムーヌ・ド・リヴェルとともに、
ヨーロッパや北アフリカをツアーして舞台を務めたほか、
ミリアム・マケーバのコンサートにダンサーとして起用されるなど、
ショー・ビジネスの世界を知る人でもあるんですね。

そうしたキャリアが、ロニーにグアドループのルーツを掘り下げるばかりでなく、
汎カリブの音楽性も宿すようになり、
“COEUR KARAÏBES” では、ハリー・ベラフォンテの‘Day O’ のほか、
シャルル・アズナブールがベラフォンテの曲をフランス語カヴァーした
‘Mon île Au Soleil’ を歌っていました。

新作”MÉTISSAGÉRITAJ” では、
サム・マニングのノベルティなカリプソ(Don't Touch Me Tomato)や、
シモン・ディアスのカンシオン(Caballo Viejo)というユニークな選曲や、
シャルル・アズナブールの‘Les Comédiens’ をマンボにアレンジするところに、
ロニーの汎カリブ性が発揮されています。

Rony Théophile  LAKAZ - SIMPLEMENT BIGUINE.jpg

思えば、ぼくがロニーに注目したのは、09年の“LAKAZ” がきっかけでした。
まだダヴィッド・ファクールとのコンビを組む前で、シンプルなアレンジながら、
しっかりとビギンに焦点をあてたレパートリーが、ふるっていたんですね。

ムーヌ・ド・リヴェルの名唱で知られるレオーナ・ガブリエルの‘La Grêve’、
アラン・ジャン・マリーが好んだアル・リルヴァ作の‘Doudou Pa Pléré’、
ジェラール・ラ・ヴィニの‘La Sérénade’、きわめつけは、
アンティーユ民謡の‘Ban Mwen On Ti Bo’。
こんなレパートリーを選曲するなんて、タダもんじゃないですよね。

その“LAKAZ” の1曲目‘Dé’ が、次作“COEUR KARAÏBES” の最後に
収録されているんですが、なぜかクレジットには記載がなく、
最後の14曲目が存在しないかのようになっているのはナゾです。

ロニーは、今年本作とともに、本も出版しています。
(Tèt Maré Gwadloup - La route du madras de l'Inde à la Guadeloupe)
奴隷時代、女性は頭を隠すことを強制されたことから始まった
グアドループ女性の髪飾りが、やがてファッションとなり、
女性のコミュニケーションの手段となっていったことについて
書かれた歴史書で、グアドループ女性への賛歌と評されています。
若い頃から詩人を志し、16歳で詩集を出版もした、
ロニーの豊かな才能が開花した作品のようですよ。

Rony Théophile "MÉTISSAGÉRITAJ" Aztec Musique CM2753 (2021)
Davi Fackeure Trio "JAZZ ON BIGUINE" Elephant/Fremeaux & Associes EL2207 (2001)
Davi Fackeure "JAZZ ON BIGUINE VOL.2" Fremeaux & Associes FA488 (2007)
Rony Théophile "COEUR KARAÏBES" Aztec Musique CM2291 (2010)
Rony Théophile "LAKAZ - SIMPLEMENT BIGUINE" Aztec Musique CM2250 (2009)

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