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マリファナをキメて気持ちよくなるジュジュ J・O・アラバ [西アフリカ]

J.O. Araba.jpg   J.O. Araba.jpg

「12歳の時からコレクター」を豪語するフェミ・エショが社長を務める、
ナイジェリアのエヴァーグリーン・ミュージカル・カンパニー。
フェラ・クティの40枚組ボックスを筆頭に、ロイ・シカゴ、アデオル・アキンサニャ、
ヴィクター・オライヤ、アインデ・バカレ、E・T・メンサー、ブラック・ビーツなど、
ナイジェリアやガーナのレジェンドたちを、フェミ個人蔵の音源から、
続々ボックスCD化している会社です。

十年以上前に、知り合いのナイジェリア人から直接買い付けてもらって、
あらかたエヴァーグリーンのカタログは入手したものの、
その後のリリースで、入手しないままのものがいくつかあったんですね。
そのうち手に入れなきゃと思いながら、すっかり記憶の彼方になっていたんですが、
エル・スールの原田さんがまとめてエヴァーグリーンのカタログを発注するというので、
これ幸いとオーダーをお願いしました。
ボックスものは年末に入荷するということで、先に届いたのが、1枚もののJ・O・アラバ。

よほどナイジェリア音楽に詳しい人でないと、J・O・アラバを知る人はいないでしょうが
(オーダーしたのはぼくと深沢さんの二人だけだったらしく、
原田さんも、J・O・アラバ、誰それ?と思ってたとのこと)、
50~60年代に一風変わったジュジュのスタイルで人気を呼んだ重要人物なんですよ。

第二次世界大戦後のジュジュ・シーンというと、
電化によってアンサンブルが大型化したアインデ・バカレから、
I・K・ダイロ、トゥンデ・ナイチンゲールを経て、
エベネザー・オベイ、サニー・アデへと続くのが、
いわばジュジュの本流であったわけですけれど、
J・O・アラバは、そうした本流から外れたタイプのミュージシャンでした。
そんなJ・O・アラバに憧れたのが修行時代の若き日のフェラ・クティで、
クーラ・ロビトス時代には、“Araba's Delight” という曲を録音しているほどです。

50年代のジュジュといえば、トーキング・ドラムを中心とした打楽器アンサンブルに、
コーラスが導入されてコール・アンド・レスポンスをするなど、
ヨルバ化とモダン化が同時に進んだ時代でした。
しかし、J・O・アラバはそんな流行に背を向け、
雑食性溢れるパームワイン音楽の香りが残る、30年代のトゥンデ・キング時代の
少人数による、昔ながらのジュジュをリヴァイヴァルしたのでした。

J・O・アラバことジュリウス・オレドラ・アラバは、22年5月24日レゴス生まれ。
ライト級のボクサーとしてタイトルを獲り、「スピーディ」の異名を取ったあと、
ナイジェリア鉄道で技能工として働いていたところ、同僚で9つ年上の先輩の
ジョセフ・オランレワジュ・オイェシク(J・O・オイェシク)と出会い、
二人で「トイ・モーション」というスタイルのジュジュを作り出したのです。

トイ・モーションは、いわば労務者クラスのノスタルジーといえるもので、
当時のジュジュですでにデフォルトとなっていたトーキング・ドラムを使わず、
西洋式のパレード・ドラム(サイド・ドラム)やアギディボを取り入れた、
より庶民的で下町感覚に富んだジュジュでした。
トイとはマリファナの隠語で、要するに、
「マリファナをキメて、気持ちよくなる」という意味だったんですね。

J・O・オイェシクはレインボー・クインテット、
J・O・アラバはリズム・ブルースを率いて、
それぞれグッド・オールド・デイズなトイ・モーションを売り出していたところに、
ナイジェリア放送局の大物DJスティーヴ・ローズに認められ、
57年にフィリップスへのレコーディングを果たしました。

J・O・アラバ率いるリズム・ブルースには、アギディボにファタイ・ローリング・ダラー、
サイド・ドラムにオラセニ・テジュソが在籍していました。
ファタイ・ローリング・ダラーについては、以前ここで書いたことがありますが、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2010-11-08
オラセニ(セニ)・テジュソは、J・O・アラバ時代のレパートリーを再演した初アルバムを
81歳でリリースして、ちょっとした話題になりました。

Seni Tejuoso.jpg

タイトル曲の“Easy Motion Tourist” は、セニのシグニチャー・ソングとなった代表曲で、
J・O・アラバが歌ったオリジナル・ヴァージョンは本作に収録されているほか、
ファタイ・ローリング・ダラーも復帰作の“RETURNS” で取り上げたほか、
キング・サニー・アデも98年の“ODÙ” でカヴァーしていました。

エヴァーグリーンが復刻した50代末から60年代初めの全盛期録音15曲
(クレジットは14曲のみで、あいかわらずのナイジェリア流のテキトー仕事)の中には、
マンドリンとカズーをフィーチャーしたJ・O・オイェシク名義録音の3曲も入っていて、
そのうちの1曲“Yabonsa” は、パームワイン古典の“Yaa Amponsah” のカヴァーです。

DVD Konkombe.jpg最後になりますが、
ナイジェリア音楽ドキュメンタリー
“KONKOMBE” で、晩年のJ・O・アラバを
観ることができるのをご存じでしょうか。
つい最近、“KONKOMBE” から抜粋された
フェラ・クティのリハーサル・シーンに、
「初めて見た」と興奮していた
往年のファンもいたくらいなので、
J・O・アラバのシーンなんて、
誰も記憶していないかもしれませんが、
かの名ヴィデオはDVD化もされたので、
ソフトが手元にある方は、ぜひ見直してみてください。

【追記】2018.12.14
エヴァーグリーンから2枚組も
リリースされていることが判明しました。
ジャケット写真は“KONKOMBE” 出演シーンからとったもので、
1枚目が単独盤と同一内容です。
バンド名のRandy Blues とあるのは、Rhythm Blues の間違いでしょう。
没年が単独盤では81年となっていましたが、2枚組では89年になっていて、
どちらが正しいのか不明です。

J. O. Araba "WORKS OF THE LEGENDARY J.O. ARABA" The Evergreen Musical Company no number
J. O. Araba "WORKS OF J.O. ARABA & HIS RANDY BLUES 1922-1989" The Evergreen Musical Company no number
Seni Tejuoso "EASY MOTION TOURIST" Jazzhole JAH011CD (2010)
[DVD] King Sunny Ade, I.K. Dairo, J.O. Araba, Kokoro, Fela Anikulapo-Kuti, Lijadu Sisters, Area Scatter and others
"KONKOMBE : THE NIGERIAN POP MUSIC SCENE" Shanachie 1201
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アフリカン・ラップ最前線 ジョーイ・ル・ソルダ [西アフリカ]

Joey Le Soldat  Barka.jpg

ブルキナ・ファソがラップで盛り上がっているらしいというウワサを聞きつけ、
人気沸騰のアート・メロディはじめ、ブルキナベ・ラッパーの一人として、
ジョーイ・ル・ソルダをこの春初めて聴いたわけなんですが、
どうやらこの人の才能は、こちらの想像をはるかに超えていたようです。

ジャズ名盤のデザインを借用したアートワークが秀逸な14年作も、
アフリカン・ラップとして水準以上のアルバムでしたけれど、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-03-08
届いたばかりの新作が、独自の個性をくっきりと示していて、いや~、スゴイ。

まず、バックトラックの説得力が、2倍増ししましたね。
トラックメイカーは14年作同様、レッドラムとDJフォームの二人ですけれど、
前作のプロデュースはDJフォームだったのが、今回はトラックメイクを担当した曲を
それぞれがプロデュース。とりわけ惹かれたのが、レッドラムのトラックメイクです。

バラフォンをフィーチャーした“De la lutte qui libère”、
ガムランのような響きのトラックにラガで迫った“Goomdé”、
アクースティックなマンデ・ポップをサンプルに、
ギネアの女性ラッパー、アニー・カシーと共演した“Tirailleurs”。
ほかにも、ベンベヤ・ジャズ・ナシオナルや
ヴォルタ・ジャズからサンプルを取っているほか、
ラルフ・マクドナルドの名盤“THE PATH” のA面タイトル組曲を大幅に使用して、
シンドラムを使ったイントロから、中盤のコーラスが加わるパートなど、
あの組曲のもっとも印象的な場面をいいとこどりした“Travell” には脱帽。

欧米の流行を周回遅れで取り入れるような時代を脱して、
アフリカの身体感覚を発揮したビートメイクに自覚的となったこと、
そして、過去の豊かな音楽遺産にも目を向けるようになったってことが、
嬉しいじゃないの。
アフリカン・ラップが、ついにヒップ・ホップ・シーンの最前線に躍り出てきたぞっていう、
そういう手ごたえのあるアルバムですよ。

バックトラックのことばかり先にいっちゃいましたけど、
ジョーイのごついフロウが、とにかく個性的なんだわ。
14年作を聴いた時、もっとこのファットな声を生かす
バックトラックが欲しいと思っただけに、今回は大満足です。

ジョーイは、今年の春フランス、スペイン、オランダ、ベルギーをツアーして成功を収め、
現在もヨーロッパを回っていて、
スイスでは南アのスポーク・マタンボと共演を果たしたもよう。
アフリカン・ヒップ・ホップの才能ある者同士、ちゃんとつながってますね。

ちなみに、ジャケット内のジョーイの写真の撮影クレジットには、
フローラン・マッツォレーニの名がありましたよ。活躍してますねえ。

Joey Le Soldat "BARKA" Tentacule no number (2017)
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ターボ・フォークの痛快作 ダーラ・ブバマラ [東ヨーロッパ]

Dara Bubamara.jpg

セルビア、ターボ・フォークの美人巨乳歌手、ターラ・ブバマラの新作。
しばらくアルバムが出ていませんでしたが、前線復帰作でしょうか。
毎度おなじみ、豊胸したバストを強調した写真が、ライナーにはたんまり。
セルビアの男どもを、さぞ喜ばせているんでしょうね。

76年生まれなので、すでに四十代ですか。
野性味たっぷり、艶やかさをあわせもつ姐御肌のエネルギッシュなヴォーカルは、
相変わらず胸をすく爽快さで、円熟味を増して
彼女のキャリア最高の境地を示しているんじゃないでしょうか。
ベタつかない切れ味、男前な歌いっぷりは、
南欧らしい乾いた情感を伝える、このジャンルならではの良さを示します

いわゆるウチコミ系ダンス・ポップスですけれど、
EDMではなく、ファンク味のあるアレンジが、ぼく好みなんですよね。
ターボ・フォークの醍醐味、バルカン・ブラスが活躍する曲ももちろんあり、
ジプシー・ルンバのリズムも巧みに取り入れています。
ほとんどの作曲とアレンジを手がけるデジャン・コスティッチ、才人ですね。
手を変え品を変えのアレンジで、さまざまな曲調を料理しながら、
骨太のグルーヴでアルバム全体を貫く手腕が鮮やかです。

ギンギンのロック・アレンジも、ある意味、見事に様式化したもので、
いわゆるお約束な楽しみが、聴き手の期待を裏切らないというか、
ポップスのあるべき姿みたいなプロダクションを作る人ですね。
以前夢中になった、ポップ・モーラムのインリー・シーチュムポンを思い出します。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-11-19

本篇10曲、ボーナス・トラック7曲付きという過剰サービス盤ながら、
「ムダに長い」などの不満を抱かせない、ターボ・フォークの痛快作です。

Dara Bubamara "2017" City CD001141 (2017)
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ペルーのソングライター アンドレス・ソト [南アメリカ]

Andrés Soto  EL BRIBÓN.jpg

去る7月7日に68歳でこの世を去った、
ペルーのヴェテラン・シンガー・ソングライター、アンドレス・ソトの14年作。
長くステージやレコーディングから離れていたため、
復帰作として歓迎されたアルバムだったにもかかわらず、
これが遺作となってしまったようです。

本作はアンドレス・ソトの代表曲“Negra Presuntuosa” “El Tamalito”
“Quisiera Ser Caramelo” “El Membrillito” などに、
新たに書き下ろした曲を、若手ミュージシャンをバックに歌っています。
ピアノ、ヴァイオリン、サックス兼クラリネット兼フルート、ギター、
ベース、カホンに女性コーラスという編成で、
クリオージョやアフロペルーを取り入れた
ペルービアン・ジャズの洗練されたサウンドを聞かせます。

ウィキペディアによれば、
チャブーカ・グランダやノーベル賞作家のバルガス・リョサから賞賛されたとのことで、
エバ・アイジョンやスサーナ・バカ、タニア・リベルタ、フリエ・フレウンドなど、
多くの歌手が彼の作品を歌っているんですね。

ちょっとキューバのヌエバ・トローバのペルー版みたいな立ち位置の人で、
歌はうまくないし、その歌い口も、正直、ぼくの苦手なタイプではあります。
不安定な歌いぶりの“Camina Negro Trabaja” など、一瞬耳を覆っちゃいました。
やはり歌手ではなく、作曲家の人ですね。
それでもバックのセンスのいいサウンドに、全体を通して抵抗感なく聴き通せます。
ヴァイオリンの艶やかな響きが、すごくいいアクセントになっています。

ブルース・ロック調にアレンジしたタイトル曲の“El Bribón” など、
この人らしい面白い仕上がりですね。
個性的な作風をもつアンドレス・ソトのソングライターとしての良さを引き出した一枚です。

Andrés Soto "EL BRIBÓN" Liliana Schiantarelli Producciones no number (2014)
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ジャジー・ヨルバ・ポップ アデデジ [西アフリカ]

Adédèjì  ÀJÒ.jpg   Adédèjì  AFREEKANISM.jpg

こりゃまたスゴイ才能が、ナイジェリアから出てきたなあ。

洗練されたサウンドは、ジャジーでポップ。
そのくせメロディは、めちゃくちゃヨルバ臭いという、得難い個性。
ヨルバ版ラウル・ミドンといったら、一番わかりやすいかな。
本格的なジャズ・ギターも聞かせる才人なのであります。
12年のデビュー作を聴いて、こんな人がいたとは仰天。ずっと気付かず、ごめんなさい。

去年ティワ・サヴェイジとダレイにやられて、
ヨルバ音楽の未来は、もうジュジュやフジなんかじゃなく、
ナイジャ・ポップこそにあると確信したばかりのところに、
アデデジを知って、その波は確実に大きくなってきたのを実感します。
といっても、ナイジャ・ポップにはR&Bやヒップ・ホップの単なる焼き直しも多いので、
その中に、どれだけヨルバなりイボなりの民俗性を発揮しているかがポイント。
欧米でヒットしたから注目するとかじゃなくて、自分の耳で聞こうよ、みんな。

その意味でアデデジは、ティワ・サヴェイジやダレイ以上に、ヨルバ色濃厚。
“Night And Day” のメロディを借用した“Odun Ayabo” のセンスに脱帽です。
アメリカン・スタンダードのメロディと、ヨルバ独特のメロディが入り混じり、
英語とヨルバ語で入れ替わりで歌うという、面白いトラックです。
「ナイジャポップ」ならぬ“Naijazz” とキメた曲では、
ギター・ソロとユニゾンでスキャットするジョージ・ベンソンばりのプレイを披露。

アーバンなジャジー・ソウルの“Jojolo” では、
トーキング・ドラムをバックにコーラスのレスポンスがインタールードで差し挟まれたり、
リオーネル・エルケをフィーチャーしたハイライフ・ナンバーまでありますよ。
途中、コーラスとコール・アンド・レスポンスをするパートのメロディは、
ハイライフではなく、完全にジュジュですね。

今年になってリリースされた、2作目にあたる2枚組新作は、
デビュー作の取組みを、さらに深化させたものとなっています。
ディスク1は、トーキング・ドラムの乱打で始まる
エドゥマレ(全能の神オロドゥマレ)賛歌でスタート。
2曲目の“IBA” は、アクースティック・ギターを核に、トーキング・ドラムほかの
パーカッション・アンサンブルが活躍するオーガニックなサウンドのジュジュ。
編成こそ40年代の電化前のジュジュだけど、このセンスは新しい。
ニュー・ソウルを通過した若者ならではのセンスだね、まいったなあ。

“Iyawo Ori Aja” は、オーランド・ジュリウスをゲストに迎えた本格的なハイライフ。
トーキング・ドラムのドラム・ランゲージを、
カリンバで演奏するアイディアには、脱帽。こういうセンスに、この人の才能が光ります。
アフロ・ファンクの“If You Don't Like To Funk (IYDL2Funk)” では、ウルマーよろしく
♪Jazz is the teacher, funk is the preacher ♪ なんて歌ってます。
アルバム・ラストも、トーキング・ドラムを中心とする
パーカッション・アンサンブルをバックに歌うコール・アンド・レスポンスで、
クールに締めくくっています。

ディスク2の聴きどころは、4曲目の“Ija Ominira” でしょう。
アフロビートをジャズ化したようなアフロ・ファンク・ジャズで、
フェラ・クティのナレーションをコラージュし、
ギターを弾き倒しているアデデジのソロが白眉。
さらに5曲目“Felasophy” でも生前のフェラのインタヴューをバックに流しながら、
アデデジはオーソドックスなスタイルのジャズ・ギター・ソロを披露しています。

演奏力の高さ、アレンジの緻密さは、ナイジェリアのミュージシャン随一といえ、
これほどジャズ・センスのある人は、初めてじゃないですかね。
今すぐブルーノートで公演したって、ぜんぜん不思議じゃありません。
ロンドンとオランダのカレッジでジャズを学んだ経歴を持ち、
ジョージ・ベンソン、ウェス・モンゴメリー、チャーリー・パーカー、サニー・アデ、
フェラ・クティの影響を受けたという音楽性をそのままに発揮しているアデデジは、
ギリシャのアテネにも活動拠点を置き、
ヨーロッパとナイジェリアを行き来しながら、活動中です。

Adédèjì "ÀJÒ" no label no number (2012)
Adédèjì "AFREEKANISM" Dejafrique Music no number (2017)
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おばあちゃん子のヌーラ・ミント・セイマリ [西アフリカ]

Noura Mint Seymali_Tzenni.jpg   Noura Mint Seymali_Arbina.jpg

この夏来日した、モーリタニアの女性グリオ、ヌーラ・ミント・セイマリに取材して、
ムーア音楽の旋法体系を、大づかみながら理解できたのは、大収穫でした。

これまでムーアのグリオの古典的名盤であるオコラ盤の解説や、
ポール・コラール/ユルゲン・エルスナー著『人間と音楽の歴史 北アフリカ』などで、
ムーア音楽の旋法の基礎知識はあったものの、
資料ごとに内容が違っていたり、いまひとつピンとこないところもあったんですよね。
ヌーラの説明を聞いて、それまで漠然としか理解できなかったものが、
ようやくなるほどと腑に落ちたのでした。

ヌーラが語ってくれたムーア音楽の旋法体系については、
今月号の『ミュージック・マガジン』のインタヴュー記事をお読みいただくとして、
この時の取材で面白かったのが、ヌーラのおばあちゃん子ぶり。

ヌーラのインターナショナル・デビュー作“TZENNI” のジャケットで
意外に感じたのが、世界的に有名な継母のディミ・ミント・アッバの写真を載せず、
父親のセイマリ・ウルド・アフメド・ヴァルと祖母のムニナの写真を載せていたことでした。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-09-26

ディミ・ミント・アッバの威光を借りるのを、よしとしないからなのか、
インタヴューでもディミについて言葉少なだったのに比べ、
父と祖母については、たくさんの思い出を喋ってくれました。

Musique Maure.jpg

なかでも、祖母ムニナへの敬愛は相当なもので、
取材に持参したレコードと写真集が、ちょっとした騒ぎになりました。
レコードは先に挙げたオコラ盤LPで、
A面2曲目に収録されている女グリオの Mouninna は、
ヌーラの祖母ではないかと思ってヌーラに示したところ、大当たり。

先日出たばかりのシャルル・デュヴェーユ写真集にも、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-07-14
ムニナの別のショットがあったので、それも一緒に見せると、
ヌーラばかりでなく、同席していたギタリストのご主人ジェイシュ・ウルド・シガリ、
ドラマーのマシュー・ティナリ3人とも身を乗り出して、大興奮。
めいめいがスマホを取り出し、写真を撮りまくり、取材が中断してしまいました。

LP Photo Book Mounina.jpg

3人とも、ムニナの写真もレコードも初めて見たとのことで、むしろぼくの方がびっくり。
これまでヨーロッパやアメリカでさんざん取材を受けているだろうに、
このムーア音楽の名盤LPをヌーラに見せた人は、誰もいなかったのか。
まさか日本で祖母の写真を見るとはと、ヌーラは感無量そうでしたけれど、
これほどのリアクションは予想外で、重たい写真集を持っていった甲斐がありましたよ。

“TZENNI” に載っていたムニナの写真は、サングラスをかけていて
顔がよくわかりませんでしたけれど、オコラ盤のムニナの写真は、
ヌーラと顔立ちがそっくりなうえ、歌声まで似ているのだから、間違いようがありません。

ムニナはモーリタニアの紙幣にもなったという、
ドラマーのマシュー・ティナリの発言に、取材から帰って調べてみると、
なるほど旧1000ウギア札にアルディンを弾くムニナが描かれていて、
透かしにも、正面を向いたムニナの姿がデザインされていました。
ムニナは、モーリタニアを代表する名グリオとして、
ディミ・ミント・アッバ以上の存在だったんですね。

Banque Centrale de Mauritanie, 1000 ouguiya.jpg

シャルル・デュヴェーユがモーリタニアでフィールド録音した音源は、
のちにプロフェット・シリーズから、CD3タイトルでリリースされましたけれど、
残念ながらムニナの録音はCDに収録されず、未CD化です。
オコラ盤LPも現在では入手が難しくなっていまいましたが、
ムニナの吟唱“Vagho” は、Youtube で視聴可能です。
ちなみに、Vagho は曲のタイトルではなく、「ヴァフォ」というモードの名称で、
オコラ盤LPの曲タイトルは、すべてモード名になっていました。

Si Daty et Mounina_MB1415.jpg   Si Daty et Mounina_MB1419.jpg

取材を終えてひと月後、偶然にも、ムニナのレコードを2枚見つけました。
入手したのは、モロッコのブシフォンから出たEPで、
調べてみると、ブシフォンからは以下のLP5枚も出ているんですね。
KAR MTAMASS (MB19)
FAKO TAMAJOUGA (MB20)
LAKHAL (MB21)
LABYAD AKOURASS (MB22)
LABTAYT AADAL (MB23)
LPはカヴァーなしのいわゆる白ジャケですが、EPにはスリーヴが付いていました。

【追記】2023.4.1
ベルギーのレーベルがブシフォンのLP5タイトルをLPボックス/デジタル・リイシューしました。
https://radiomartiko.bandcamp.com/album/original-boussiphone-recordings?fbclid=IwAR2cI8u--FV0z4paZNgRcyUQUE_hhnMngycNfEln_up8NKvNox0yXVQQWRE

Noura Mint Seymali "TZENNI" Glitterbeat GBCD016 (2014)
Noura Mint Seymali "ARBINA" Glitterbeat GBCD038 (2016)
[LP] Sidi Ahmed El Bakay Ould Awa, Mouninna, Ahmedou Ould Meïddah, Les Griots De L’Emir Du Tagant "MUSIQUE MAURE" Ocora OCR28
[EP] Si Daty et Mounina "INALI MAOULANE KARIMANE / YA OUGUI" Boussiphone MB1415 (1966)
[EP] Si Daty et Mounina "IDA HAKA" Boussiphone MB1419 (1966)
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アソウフが映す乾いた情感 エムドゥ・モクタール [西アフリカ]

Mdou Moctar  SOUSOUME TAMACHEK.jpg

珍しくサヘル・サウンズの新作が、CDリリースされました。
このレーベルはデジタル配信と限定アナログのリリースがメインで、
めったにフィジカルを出さないので、ひさしぶりです。
マリのトゥアレグ人バンド、アマナール以来じゃないかしらん。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-05-30

アマナールのCDはすでに入手不可能のようで、
本当にごく少量(100枚程度?)しか生産していないんでしょうね。
サヘル・サウンズのCDは、リリース直後に買わないと、
すぐ売切れ御免になってしまうので、要注意であります。

リリースされたのは、ニジェールのアガデスを拠点に活動する、
トゥアレグ人ギタリスト、エムドゥ・モクタールのアルバム。
ニジェールのトゥアレグ人ギタリストというと、
ボンビーノが世界的に有名になりましたけれど、
エムドゥ・モクタールはボンビーノより8歳年下で、まだ30歳そこそこの若手。
左利きのギタリストです。

13年にサヘル・サウンズから配信とアナログでデビュー作を出し、
14年配信のみのセカンドをリリース、
15年エムドゥ主演の映画のサウンドトラック
(トゥアレグ版『パープル・レイン』!)を経て、
17年、3作目にして初CDリリース(配信・アナログもあり)と相成ったわけですね。

目元をぐわっとアップで捉えた白黒写真が印象的なジャケットは、
デビュー作のロー・ファイなトゥアレグ・ロックとも、
セカンドのドラム・マシーンやシンセを多用した、
チープなエレクトロ仕立てとも違う予感を、漂わせていますね。

つぶやくようなヴォーカルで内省的な歌を聞かせる、
アクースティック・ギターの弾き語りをベースに、
エレクトリック・ギターやカラバシ、コーラスも自身で多重録音した、
エムドゥ・モクタール完全独奏の渋いアルバムとなっています。
ドローンを奏でるリズム・ギターと、ひたすらループする
リード・ギターのフレーズに幻惑され、沈み込んでいくような トランスに誘われます。

エムドゥの声が軽やかなせいか、ディープな感覚は乏しいですが、
トゥアレグ独特の乾いた哀感が伝わってきて、胸に沁みます。
これがタマシェク語で郷愁、憧憬、思慕、切なさを意味する、<アソウフ>なのでしょう。
デザート・ブルースでよく目にする assouf というワードは、
<サウダージ>に相当するトゥアレグ音楽にとって重要なキーワードですね。
秋の宵に、ゆっくりと聴きたい一枚です。

Mdou Moctar "SOUSOUME TAMACHEK" Sahel Sounds SS043 (2017)
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ピアノ・トリオ+ビッグ・バンド フロネシス [ブリテン諸島]

Phronesis  THE BEHEMOTH.jpg

今年のジャズはヴィジェイ・アイヤーでキマリと、勝手に認定してますけど、
それにしても、こんなにジャズが面白くなるなんて、
ちょっと前には想像もつきませんでしたねえ。
ジャズ新作を買わなくなり、専門店からも足が遠のいていた時期が長かっただけに、
ひさしぶりに通い出すようになると、店の品揃えがガラッと変わっていて、
隔世の感というか、なんだかすごく新鮮です。

で、目下のお気に入りが、フロネシスというイギリスのピアノ・トリオ。
ピアノ・トリオといっても、
リーダーはデンマーク出身のベーシスト、イエスパー・ホイビーで、
イギリス人サックス奏者ジュリアン・アーギュロスの指揮・編曲による、
ドイツの名門フランクフルト・ラジオ・ビッグ・バンドとの共演作となっています。

ピアノ・トリオの演奏と、ビッグ・バンドのオーケストレーションを絡ませた編曲が絶妙で、
木管楽器を多用した厚みのある豊かな響きが、楽曲の魅力を引き立てています。
手数の多いアントン・イーガーのドラムスが、複雑なリズムをいとも軽やかに押し出し、
アイヴォ・ニームが紡ぐ込み入ったフレーズと絡み合って緊張感を生み出すところに、
ビッグ・バンドのハーモニーが雄大なサウンドスケープをもたらしていて、
いやあ、ぐっときますねえ。

息つかせぬ展開に汗握る場面など、ドラマティックなアレンジが効果的で、
現代的なビート・センスのピアノ・トリオが、カラフルなビッグ・バンド・サウンドを得て、
スケールの大きなサウンドを生み出しているんですね。
このピアノ・トリオの他のアルバムは聴いたことがないんですが、
ピアノ・トリオだけでは、このスケール感は出ないはずです。

ハード・ドライヴィングなインタープレイのあとに、抑制を利かせたオーケストラの
ハーモニーのパートをバランスよく配する構成には、降参というほかありません。

Phronesis "THE BEHEMOTH" Edition EDN1085 (2017)
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狂おしいレディ・ソウル ミズ・アイリーン・リネー [北アメリカ]

Ms Irene Renee  UBIQUITOUS SOUL.jpg   Ms Irene Renee SERENDIPITOUS EXPERIENCE.jpg

ここのところネオ・ソウルぽいサウンドを耳にすることが多くて、妙な気分。
だって、ネオ・ソウル華やかりし頃には、あんまり興味を持てなかったもんだから。
サウンドには惹かれても、歌いぶりとか、声そのものがどうも苦手な歌手が多くて、
世間では大絶賛のシンガーにまったく反応できず、ほとんど素通りしてきただけに、
なんで今頃と、我ながら思ってマス。

で、また出会ってしまった1枚。
ニュー・ヨークで活動するシンガー、ミズ・アイリーン・リネーの2作目。
じっくりと歌うバラードでの、零れ落ちんばかりの情の深さにノックアウトされたのでした。
内に秘めた炎が、メラメラと燃えているのを感じさせるレディ・ソウル。
けっしてシャウトしないからこその狂おしさというか、
一語一語に託した思いが、ぐいぐいこちらに迫ってきて、ムネアツになりますよ。

こういうじわじわと迫るように歌う歌手は、
それこそレディ・ソウル盛んな70年代には珍しくありませんでしたけれど、
いまでは貴重な存在じゃないですかねえ。
『どこにでもあるソウル』なんて奥ゆかしいタイトルは、自信の裏返しなのか、
イマドキ、そんじょそこらにはないですよ。

すっかりこの新作にマイってしまい、
UK・ソウル・チャートでトップ10にランク・インしたという
デビュー作“SERENDIPITOUS EXPERIENCE” も聴いてみましたが、
アイリーンの歌いぶりは新作同様。本物の実力派シンガーですね。
ただし、プロダクションの完成度は、新作には及ばず。
それほどこの2作目は、歌・プロダクションともにパーフェクトです。

Ms Irene Renee "UBIQUITOUS SOUL" D.A.P. no number (2017)
Ms Irene Renee "SERENDIPITOUS EXPERIENCE" no label no number (2013)
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ブラジルのシャバダバ・コーラス エジガル・エ・オス・タイス [ブラジル]

Edgar E Os Tais.jpg

祝CD化。

ジスコベルタスがやってくれました。
ブラジリアン・スキャットの名盤として、
その筋のファンから絶賛されていた、ジャズ・ボサ・ヴォーカル・グループ、
エジガル・エ・オス・タイスの70年RGE盤です。

ブラジルのレア・グルーヴとして、一時期とんでもない値段が付けられてましたけど、
今はそんな狂騒も過ぎ去って、落ち着いた頃でしょうか。
そんな頃にぽろっとCD化されるというのも、フツーの音楽ファンには喜ばしいこと。
ばかばかしい高額盤には手を伸ばさなかった賢明なみなさま、
安心して楽しみましょう。レア度だけで騒いでたDJは、どうせ買わないだろうから。

エジガルことアントニオ・エジガルジ・ジアヌーロは、職人肌のギタリスト。
64年にファルーピニャから出したギター・インスト盤(乞CD化)でデビューし、
本作からもわかるとおり、ギタリストである以上にアレンジの才能が豊かな人でした。

ホーン・セクションを贅沢に配し、管楽器のソロも交えながら、
スウィンギーな演奏を繰り広げているんですが、
これがよくアレンジされてるんですよねえ。
短いソロがどれもキマっていて、これ、全部書き譜なんじゃなかろうか。
エレピやオルガン、ギターも、ここぞというところに、きっちり顔を出すんだから、
もう憎ったらしいったら、ありゃしない。これぞプロのお仕事ですね。

そんな最高の伴奏にのって、キャッチーな男女混成コーラスがフィーチャーされ、
シャバダバな高速スキャットがのるんだから、もうたまりません。
セルジオ・メンデスが好きなポップス・ファン、ソフト・ロック好き、
幅広くポップス・ファンにオススメです。

Edgar E Os Tais "CANTÁRIDA" Discobertas DBSL011 (1970)
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ギネアのサップなギタリスト モー!クヤテ [西アフリカ]

Moh! Kouyate  LOUNDO.jpg   Moh! Kouyate  FE TOKI.jpg

秀逸なジャケット写真が印象的だったモー!クヤテの前作。
フランスのファッション誌から飛び出してきたようなデザインに、
ウェスタナイズしたアフリカ人モデルといった風情で写っているものだから、
さぞやフランス人受けをねらったサウンドかと思いきや、
これが直球のマンデ・ポップで、そのフレッシュさに頬がゆるんだのでありました。

モー!クヤテは、77年、ギネアの首都コナクリ生まれ。
クヤテ姓からわかるとおり、グリオの出身で、
セク・ベンベヤ・ジャバテやウスマン・クヤテなどギネアの名ギタリストに憧れる一方、
サンタナ、B・B・キング、ジャンゴ・ラインハルト、ベン・ハーパーなどの
ギター・テクニックを学んできたというギタリストです。
フランスに渡り、ファトゥマタ・ジャワラやバ・シソコの伴奏を務めたあと、
14年にデビューEPをリリースし、15年に初のフル・アルバム“LOUNDO” を出しました。

グリオ出身らしいマンデの伝統と、ロック、ブルース、ジャズから学んできた
ポップ・センスが無理なく同居していて、フランス人チェロ奏者ヴァンサン・セガールや
イギリス人歌手ピアーズ・ファッチーニとの共演曲もしっくりしていて、
マンデ・ポップのアイデンティティを何ひとつ損なうことなく、
グローバルに通用するポップスに仕上げているところが嬉しいアルバムでした。

ここには、世界的な成功を収めたアマドゥ&マリアムが見失ったものがありますね。
成功を収めて以来のアマドゥ&マリアムのアルバムは、
欧米のファンを意識して、ますますオーヴァー・プロデュースになっていて、
新作も、ヨーロッパ人好みのサウンドに装飾したプロダクションで、ヘキエキとしました。
そこへいくと、モー!クヤテのポップなプロダクションは、地に足がついています。

新作は、しなやかなサウンド・テクスチャーが光る、
洗練されたポップさに溢れたアルバムに仕上がっていて、前作を上回る出来。
ヒット性高そうな“Fankila” は、キャッチーなリフが本国ギネアでもウケそうだし、
ラストの哀愁味溢れるマンディングらしいスロー・ナンバーでは、
マカン・トゥンカラのンゴニ、セク・クヤテとモー!クヤテのギター二重奏が
織り成すアンサンブルに、カクシ味のように響かせたオルガンが妙味となっています。

しばらく聞かない間に、マンデ・ポップのサウンド・プロダクションも、
欧米サウンドへのアクセスの流儀がすっかり成熟したのを実感します。
モー!のファッションのサップールぶりにも、それが示されていますよね。
その自然体なモーの音楽に比べると、最新スタイルのサウンドへ擦り寄る
アマドゥ&マリアムは、あざとくすら聞こえてしまうなあ。

Moh! Kouyaté "LOUNDO (UN JOUR)" Foli Son Productions FOLISON811 (2015)
Moh! Kouyaté "FÉ TOKI" Foli Son Productions FOLISON927 (2017)
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アフロフューチャリズムの偉才 ピエール・クウェンダーズ [中部アフリカ]

Pierre Kwenders  LE DERNIER EMPEREUR BANTOU.jpg   Pierre Kwenders  MAKANDA.jpg

バロジ以来の逸材を発見しました。
85年、コンゴ民主共和国の首都キンシャサに生まれ、
16歳の時に母親とカナダへ移住した、
ピエール・クウェンダーズことジョゼ・ルイ・モダビ。
14年のデビュー作が、いきなりカナダ最大の音楽賞、ジュノー賞の
ワールド・ミュージック最優秀アルバムにノミネートされたという才人です。

今回2作目となる新作リリースで、この人を初めて知り、
話題のデビュー作ともども聴いてみたんですが、
いやあ、スゴイ才能だわ。この音楽性の豊かさはハンパない。
ヒップ・ホップ、R&B、ハウスを縦横無尽に織り込んだトラックに、
コンゴの豊かなリズムが太い根っこになっているところが頼もしく、
カラフルなビートには、アフリカならではのポリリズムが息づいています。

ラップトップ世代であることを強烈にアピールするサウンドづくりには、
ジョニー・クレッグやイヴォンヌ・チャカ・チャカなど、
80年代南ア音楽からの影響も大とのこと。
こんなハイブリッドなアフロ・エレクトロニック・サウンドは、
コンゴ国内からはまず出てこないでしょう。
「フューチャリスティック・ポスト=ルンバ・エレクトロ=ファンク・グルーヴ」という、
コケオドシな形容詞を並べた評も、あながち大げさではありませんね。

デビュー作は、ルンバの要素皆無。
それなのに、強烈にコンゴ臭がするのは、
リンガラ語やルバ語が生み出すビートのせいでしょうか。
ケイジャン・フィドルをカクシ味にした“Mardi Gras” や、
アフリカ神話でおなじみの水の精霊マミ・ワタをタイトルにしたトラックなど、
さまざまなメッセージがこのアルバムには秘められているのは間違いなく、
バロジはじめ、多くのアフリカのラッパーをフィーチャーした話題性より、
注目すべきは、クウェンダーズの音楽性の方でしょう。

新作の方は、ギターや親指ピアノもフィーチャーして、
コンゴリーズ・ルンバを思わせるトラックも出てきますが、
そこにさらにサックスやストリングス・セクションをフィーチャーするなど、
この若者のクリエイティヴィティには、感心せざるを得ません。
インタヴューでは、自身の音楽をワールド・ミュージックと括られることに反発していて、
これだけ豊かな音楽性を持つ彼なら、その反発心もよくわかります。

この方面の音楽は、デジタル・リリースが主流ですけど、
クウェンダーズはフィジカルでもリリースしていて、好感度大。
スポーク・マタンボの新作も、早くフィジカル化してくれないかなあ。
それはさておき、アフロフューチャリズムの偉才、
アフロ・ディアスポラのピエール・クウェンダーズに要注目です。

Pierre Kwenders "LE DERNIER EMPEREUR BANTOU" Bonsound BONAL037CD (2014)
Pierre Kwenders "MAKANDA" Bonsound BONAL054CD (2017)
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トーゴリーズ・ファンク降臨 トーゴ・オール・スターズ [西アフリカ]

Togo All Stars.jpg

うぉう、ボトムが利いてるねえ。
セヴンティーズを意識したオールド・スクールなサウンドなれど、
この重量感あるリズム、これぞアフリカン・ファンクの醍醐味じゃないですか。

オランダから届いた、トーゴ・オール・スターズを名乗るアルバム。
ミュージシャン14人に、アディショナル・ミュージシャン4人の名前が
クレジットされていて、トーゴのロメで録音されています。

プロデュースとアレンジは、セルジュ・アミアノ。
アミアノは、フランス、モンペリエのアフロビート・バンド、ファンガを結成した
アフロビート~アフロ・ファンクに通じた人物。
数年前からトーゴのロメに拠点を移し、このプロジェクトに専念していたんだそうです。
ファンガの前作からアミアノの名が消えていたのは、そういうことだったのか。

フロントにハイライフ・シンガーのアゲイ・クジョーに、
「トーゴのジェイムズ・ブラウン」と称される
ロジャー・ダマウザンのヴェテラン二人を立てているように、
往年の時代を知るヴェテランと若手を組み合わせたプロジェクトで、
70年代サウンドの再現ではなく、70年代のトーゴの貧弱な機材や録音設備では、
やろうとしても出来なかった、ファットで厚みのあるサウンドを実現しています。

最近70年代トーゴのソウルのシングル集が出ましたけれど、
聴き比べてみれば、それがよくわかるはずです。
本作は後ろ向きの回帰でも、レトロでもないんですね。

70年代に活躍したファンク・バンド、ブラック・デヴィルのフロントで活躍した、
伝説的なシンガー、ナポ・デ・ミ・アモールをラストに起用したのも、
往年のトーゴ人ファンにとっては、感涙ものなんじゃないかな。

曲ごとに形式が書かれていて、「アフロ・ファンク」が一番多いんですが、
エヴェ人の伝統的なダンス・リズムのアクペセやアグバジャをファンク化した、
「アクペセ・ファンク」「アグバジャ・ロック」もあり、
「ファンキー・ハイライフ」と「アフロビート」も1曲ずつあります。

ホーンズの鳴りっぷりも逞しく、
今日びこれほど野性味あふれるファンクは、なかなか聴けるもんじゃありません。

Togo All Stars "TOGO ALL STARS" Excelsior EXCEL96499 (2017)
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セーシェルのアフロ・クレオール・ミュージック グレース・バルベ [インド洋]

Grace Barbe  Kreol Daughter.jpg

拙著『ポップ・アフリカ800』の選盤で泣く泣く外したCDが、
最近エル・スールに入荷したのを、常連のお客さんのツイートで知りました。
ひさしぶりに目にしたもので、懐かしくなって、
CD棚からひっぱり出して聴き直したんですけど、う~ん、いいアルバムですねえ。
ああ、やっぱり入れたかったなあ。悔しさがまた込み上げてきます。

いい機会なので、ここで取り上げておこうかな。
インド洋のセーシェル出身の女性歌手、グレース・バルベのアルバムです。
6歳の時に母親とともにオーストラリアに移住し、その後またセーシェルに戻り、
現在は西オーストラリアのパースに暮らして、歌手活動をしています。
セーシェルとオーストラリアを行き来したことによって、
故郷のセーシェルのアフロ・クレオール・ミュージックに自覚的になったんでしょうね。

セーシェルの歌手というと、フォークぽいシンガー・ソングライターばかりが目立ち、
教会系の健全フォークといった感じの退屈なアルバムが多いんですけれど、
この人の08年のデビュー作は、違いましたね。
1曲目からグルーヴィなアフロビートが飛び出すので、ちょっとびっくり。
続く2曲目は、メロディカをフィーチャーした
オーガスタス・パブロばりの本格的なレゲエで、
セーシェルのひ弱なフォーキー・サウンドとはまるで違っていて、
おおっと思ったものでした。

歌声もアンジェリーク・キジョばりのファットな感触があって、
イマドキの女性シンガー・ソングライターにありがちな線の細さがなく、好感触。
「クレオール娘」とその心意気や良しといったタイトルも好ましいんですが、
全体にレゲエ色が強く、セーシェルのアフロ・クレオール性が
はっきりと打ち出されていないのは、惜しい気がしました。

Grace Barbe  Welele!.jpg

ところが13年に出した2作目で、
セーシェルのアフロ・クレオール・ミュージックであるセガとムティヤを前面に押し出し、
これこそ「クレオール娘」の名にふさわしいアルバムに仕上げていたんですね。

オープニング・ナンバーのタイトルは、ずばり「アフロ・セガ」だし、
タイトル曲はセーシェル独自のアフロ・リズム、ムティヤで聞かせるんだから、
セーシェル・クレオールで攻めてます。
有名なセーシェル民謡“Mous Pran Fler” をセガにアレンジし、
ルンバ・マナーのギターとアニマシオンをフィーチャーするアイディアも、ニクイばかり。
このグレースの2作目が『ポップ・アフリカ800』に入れたかったアルバムで、
今回エル・スールに入荷したCDです。

デビュー作・2作目ともに、イギリス、ソールズベリー出身のギタリスト、
ジェイミー・サールが音楽監督を務め、グレースと曲を共作しています。
2作目の方では、グレースの妹のジョエル・バルベがドラムスを叩いています。
ソングライティングはいいし、アレンジばっちり、
プロダクションもしっかりしているという、申し分ないディレクションで、
う~ん、やっぱり、ブライアン・マトンベじゃなくて、
こっちに差替えるべきだったかなあ。

Grace Barbé "KREOL DAUGHTER" MGM Distrubution no number (2008)
Grace Barbé "WELELE!" Afrotropik no number (2013)
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クインシー・ジョーンズの後継者 テラス・マーティン [北アメリカ]

20170927_Terrace Martin_Velvet Portraits.jpg   20170927_Terrace Martin_Sounds Of Crenshaw Vol.1.jpg

9月はグレッチェン・パーラト、ムーンチャイルドとライヴ三昧だったんですが、
最後にテラス・マーティンで打ち止め。

ケンドリック・ラマーにスヌープ・ドッグのプロデューサーとして、
脚光を浴びまくっているテラス・マーティンですけれど、
アルバムの方はなんだかスムース・ジャズみたいで、
この人の本領は、ナマを観なければわからなさそう。
そんな予感があって、9月27日ビルボードライブ東京のセカンド・ショウに足を運びました。

さすが、ロサンゼルスのジャズ・シーンと西海岸のヒップ・ホップ・シーンを横断する才人。
テラスの音楽性は、フュージョン以前のジャズ・ロック~クロスオーヴァー、
ずばり70年代のハービー・ハンコックのファンク路線にあると思うんですけれど、
その基本から、ジャズ~R&B~ヒップ・ホップへ多面的に発展していった
ブラック・ミュージックを、再統合したようなサウンドが全面展開されたのでした。

ヴォコーダーを操り、サックスをブロウするその所作をみていても、
やりたいようにやっているという自由さがあって、バンドを引っ張っていく力だけでなく、
その中で悠々と自分を表現する力量の大きさが示されていましたね。
もちろん自信のなせる業なんでしょうけど、
かつてのマイルズみたいな、おっかない親分といった存在感ではなくて、
曲間の長いMCも含め、気の置けないやんちゃな仲間みたいな気分が横溢していて、
テラスの笑顔に象徴されるリーダーシップに、古今を感じました。

ブラック・ミュージックのヒストリーをエンターテインメントで包んだ上に、
隣のあんちゃん的な気安さでもって提示することのできる才能。
ブラック・ミュージックを過去から未来に繋ぐ才人。
彼こそ、クインシー・ジョーンズの後継者といえるんじゃないでしょうか。

Terrace Martin "VELVET PORTRAITS" Ropeadope no number (2016)
Terrace Martin Presents The Pollyseeds "SOUNDS OF CRENSHAW VOL.1" Ropeadope RAD363 (2017)
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