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サンバを愛する仲間の一員として生きる ベッチ・カルヴァーリョ [ブラジル]

Beth Carvalho  NOSSO SAMBA TA NA RUA.JPG

70年代のベッチ・カルヴァーリョのサンバには、
焼き上がりのパンのような黄金色に輝くふくよかさがありました。
市井の人々の生活感情をすくいとり、その喜怒哀楽を昇華させたサンバを
全身全霊で歌うひたむきさに、ぼくはどれほど勇気づけられ、励まされたかわかりません。

そんなベッチのひたむきさに感動できたのも、80年代初めまででした。
ベッチの後ろ盾で世に出たフンド・ジ・キンタルほか、
多くの後進たちの活躍でパゴージ・ブームが生まれると、
ベッチは大御所然としたふるまいをみせるようになり、
自我を押し出した彼女のサンバは、次第に輝きを失っていきました。

90年代のライヴでの彼女の歌声にぼくはすっかり失望し、
ひさしぶりのスタジオ録音の新作も、実はまったく期待していなかったのですが、
かつてのベッチの<みんなとともに歌う>姿勢を取り戻していて、すごく嬉しくなりました。

70年代に比べれば声も太くなっているし、
歌い口のしなやかなニュアンスも失われ、歌声は硬くなっています。
それでも、ベッチのサンバに輝きが戻ったと実感できたのは、
ベッチが大勢の一人として歌う、原点に立ち返っていたからでした。

ベッチのすばらしさは、サンバの女王様のようにふるまうことではなく、
裏庭に集うサンバを楽しむ大勢の仲間の一員として、
大衆感情の良き代弁者となることにありました。
山の手のお嬢さん育ちのベッチが、伝統サンバのニュアンスを習得できたのは、
そうした人々と共に歌う市井の人である生き方を選択したからであって、
自我を押し出すアーティストとしての生き方を選択したのなら、
また違ったサンバを歌っていたはずです。

現在のMPBアーティストたちが制作するサンバ・アルバムが、そのいい例なんじゃないでしょうか。
マリア・リタ、マリーザ・モンチ、アドリアーナ・カルカニョットのアーティスティックなサンバ?
サンバのニュー・ウェイヴ? まあ、なんでもいいですけど、
ぼくがそんなサンバにまったく共感できないのは、そこの違いだと思います。

この新作のジャケットも、サンバを愛する仲間たちと共にあるベッチをよく表していて、
81年の“NA FONTE” を思わせます。
そういえば、ベッチの隣に写っている若い女の子、なんとベッチの愛娘ルアーナなんですってね。
“NA FONTE” の裏ジャケで、カルトーラ夫人のジカに抱かれていた、
赤ん坊のルアーナちゃんが記憶に焼きついていたので、
え!こんなに大きくなったんだあ、とちょっと感動してしまいました。
79年の“NO PAGODE” の裏ジャケでは、ルアーナちゃん、
ベッチのふっくらとしたおなかの中にいたんだよなあ。

そしてまたこの新作、70年代サンバ黄金時代を飾った巨匠といえる、
リルド・オーラとイヴァン・パウロのアレンジが目の覚めるすばらしさ。
ここ10年以上、伝統サンバのアレンジというと、パウローンの独壇場でしたけれど、
キレのある躍動感いっぱいのサンバに、もうドキドキさせられっぱなしです。

ベッチ原点回帰の快作といって間違いなしでしょう。

Beth Carvalho "NOSSO SAMBA TÁ NA RUA" EMI 730738 2 (2011)
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