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明朗明快にて無敵 アート・ファジル [東南アジア]

Art Fazil  Syair Melayu.jpg   Art Fazil  RENTAK.jpg

シンガポールのシンガー・ソングライター、アート・ファジルのアルバムでは、
09年に出た“SYAIR MELAYU” が忘れられません。
かつてサンディーが歌った“Ikan Kekek” や、“Rasa Sayang” といった
マレイシアやインドネシアの民謡を取り上げた企画作で、
アート・ファジルらしいフォーク・ロック的なプロダクションで歌ったアルバムでした。

マレイシアの伝統系歌手がねっとりと歌うムラユ歌謡とは、
ひと味もふた味も違う、とびっきり爽やかなサウンドが新鮮で、
風通しの良い、ゆるく涼し気なムードにトリコになったものでした。
あのアルバムはかなり売れたようで、
のちに未発表曲を追加したリミックス盤で再発されましたね。

さて、そのアート・ファジルのひさしぶりの新作です。
のっけのラガマフィン調の底抜けな明るさに、ぱあっと陽の光を浴びる気分。
一緒にコーラスせずにはおれない、フックの利いたメロディにやられました。
外見こそ、お気楽なポップ・アルバムといった装いながら、
そこに練り込まれた音楽性の深さには、舌を巻きますよ。

冒頭のラガマフィンから、ダンスホール・レゲエ、バイーアのブロコ・アフロ、
チカーノ・ロックを、ムラユのメロディにミックスしていて、
楽器使いもアコーデイオン、ガンブス、レバーナから、
ビリンバウやピファナみたいな笛まで繰り出し、見事なアレンジで聞かせます。
この奥行き、そのうえでの明朗さは、ただもんじゃないですね、やっぱり。

こういう音楽を聴いていると、
暗い顔して、深刻ぶった音楽なんて聴いてるのが、バカバカしくなりますよ。
明朗明快さが、いかにストロングで、深みもあるかという、
大衆芸術の真髄を気付かせてくれる、強力な1枚です。

Art Fazil "SYAIR MELAYU" Life SLCD1008 (2009)
Art Fazil "RENTAK" Moro MR1606-002-2 (2016)
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ケーンの名盤登場 カウホン・パチャン [東南アジア]

Khauhog Phachag  DIAOKHEEN SUDSANEEN.jpg

満月の夜。
どこからともなく聞こえてくるケーンの響きに吸い寄せられ、
音の主を探し歩いていくと、寺院の境内の脇でケーンを吹く男がいます。

身じろぎもせずに吹くかと思えば、
時にゆったりと身体を揺らしながら、
息継ぎもなしに、1曲5~6分に及ぶ長い曲を吹き続けます。
う~む、これがいわゆる循環奏法ですか。
一定の音量を保ったまま吹き続ける、その精度の高さに、
この楽器の達人だということは、シロウトの耳でもすぐにわかりますよ。

演奏にじっと耳を傾けていると、
和音の中で、メロディとドローンが同時並行で鳴っていることに気付きます。
細かい8分音符のパッセージでメロディが奏でられる裏で、ずっと持続するドローン音。
ふっとドローンが消えると、メロディが浮き立って聞こえたり、
メロディが止まって、コードがリズミックで鳴らされたりと、
曲の中でさまざまに変化するので、一瞬たりとも聴き逃せませんね。

リズムがスイッチする場面では、ピッチカートとレガートを巧みに使い分けています。
モーラムのような語りものの伴奏となるようなパートがある一方、
反復フレーズをひたすら繰り返しながら、
グルーヴを強調するダンス・パートがあったりと、変化のつけ方が鮮やか。
たった1台のケーンで、これほど豊かな演奏ができるんですねえ。
ケーンと同じフリー・リードの和楽器の笙では、11種類の和音(合竹)が出せますけれど、
笙の祖先のケーンは何種類の和音が出せるんだろう。

聴く前は、ケーンの完全ソロ演奏なんて、
単調で退屈するんじゃないかとも思ったんですが、とんでもありませんでした。
CDがラオス盤だったので、ラオス人なのかと思いきや、
この人、タイ東北部イサーンのケーン名人だそうです。
これぞヴィルトゥオーゾというべき名人芸に引き込まれる傑作です。

Khauhog Phachag "DIAOKHEEN SUDSANEEN" TS no number
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幻のミャンマー女性歌手 キンニュンイー [東南アジア]

Khin Nyunt Yee  PAN PUN HLAYT PAR.jpg

ミャンマーでのレコーディングを終えて帰国した井口寛さんから、
またまたお土産をいただいてしまいました。
いつもありがとうございます。大感謝であります。
ヴェテランの風格を思わす女性のカヴァー写真に、
誰だろう?と思ったら、なんと、キンニュンイー!!!!!

思わず、エクスクラメーション・マークをいっぱい付けてしまったのは、
ずいぶん昔にその名前を知れど、じっさいの歌声はずっと聞けないままだった、
ぼくにとって、「幻」クラスの女性歌手だったからです。

いやぁ、長かったなあ。苦節25年ぐらいになるんじゃないか。
マーマーエー、チョー・ピョウン、ティンティンミャと並ぶヴェテラン歌手と聞くも、
CDはおろか、カセットもほとんど見当たらない歌手だったんですよ。

どうやらその理由は、建国の父アウンサンを称える歌などが、
軍政の弾圧によって放送禁止となり、マーマーエー同様、
キンニュンイーも活動を制限されてしまったようなんですね。
88年民主化運動以降、30年近く放送禁止となっていたキンニュンイーの歌が、
13年になってようやく、ヤンゴンのFM局で
エアプレイされるようになったという報道を目にしたぐらいですから。

ここ最近マーマーエーの録音がぞくぞくCD化されているように、
往年のヴェテラン歌手の音源復刻が活発化しているようで、
キンニュンイーもこうした流れで、リイシューが実現したようです。
これ、キンニュンイー初のCDなんじゃないでしょうか。
冒頭にちらっとシンセサイザーが出てくるあたりを見ると、
80年代録音と思われ、音質がプアなのは、カセット起こしだからかもしれません。

情のある歌い口で、優しい心根を想わす歌声に味わいがありますね。
ヴァイオリン・セクションが加わったり、
フネーの代わりにサックスを使った曲があるのも、妙味です。
ちんどんのサックスみたいな、風の如く自然に吹く風情がいいなあ。

四半世紀かかって、ようやく聴けた幻のミャンマー女性歌手、感涙です。

Khin Nyunt Yee "PAN PUN HLAYT PAR" Rai no number
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想い出のトバ湖 ムルニ・サーバキティ [東南アジア]

Murni Surbakti  NGULIHI SI TADING.jpg

スマトラ島北部トバ湖周辺に暮らすバタック人の音楽というと、
ぼくは大学3年生の時に地理学者で民俗音楽研究家の
江波戸昭先生のゼミ旅行で観た、
バタック人グループをどうしても思い出さずにはいれません。

当時江波戸先生は、学習院大学で地域経済学を教えていらして、
地域経済論ゼミの海外調査という名目で、
先生が関心のある民俗音楽を探訪するというゼミ旅行をしていたのでした。
ぼくはゼミ生ではなかったんですけれど、
スマトラ島北部トバ湖を目的地とする調査旅行で、
人数が足りないからと声をかけられ、参加したんですね。

その時の出来事は、江波戸先生が著された『民衆のいる音楽』(晶文社 1981)の
「シンシンソを求めて」に詳しく書かれています。
そのあとだいぶ経った92年に、先生がポータブル・レコーダーで録音した音源が、
JVCのワールド・シリーズから、
『シンシンソ/スマトラ島バタク族の歌声』として出されました。
そこにも収録された、ホテル・ダナウ・トバで観たシビゴという5人組の写真を、
いい機会なので載せておこうかな。40年近くも前に撮った写真なので、
ずいぶん退色してしまっていますけれども。

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さて、なんでまたそんな想い出話をしたかといえば、
バタックのサブ・グループであるカロの出身で、現在はポップスやジャズを歌っているという
女性歌手のユニークなアルバムを聴くことができたからです。
ムルニ・サーバキティがこのアルバムで歌っているのは、カロの伝統的な歌で、
バタック・カロの伝統演奏家とジャズ系のミュージシャンがコラボして、
ぐっとモダンにしたアレンジに衣替えしているんですね。

プロデュースは同じくカロにルーツを持つ、ポップ・シンガーのラモナ・プルバ。
こういう試みって、ほかにも東南アジアにありましたね。
ヴェトナムのヴェテラン・シンガーのタン・ニャンが、ヴェトナム北部の大衆歌劇チェオを
コンテンポラリー・ジャズのマナーでアレンジした“YẾM ĐÀO XUỐNG PHỐ”(13)も、
同趣向のハイブリッドな作品でした。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-03-18

バタックの民俗楽器として有名なクルチャピ
(琵琶を細く小さくした形の2弦楽器)は、
上の写真でも見ることができます。ジビゴは横笛のスリンを使っていましたが、
カロはスリンではなく、縦笛のスルナイ、木笛スルダン、
竹製リコーダーのバロバットを使うようで、
細長く小ぶりの太鼓グンダンに、ゴング、ペンガナックが使われています。
カロの伝統音楽で使われるこうした楽器の写真がCD見開き内にも載せられています。

ぼくが40年前に観たシビゴは、
スリンや木琴を使っていたので、カロではなかったんでしょう。
バタック人は、カロのほか、パクパク、トバ、シマングン、アンコラ、マンディリンという
全部で6つのサブ・グループに分かれ、抗争をしていた歴史を持っています。
共通して使うのは、クルチャピだけなのかも知れません。
ぼくもクルチャピを買ってきたんですけれど、
土産物屋の安物だったせいで、壊れてしまいました。

本作はシタールまで使っていて、
カロの伝統音楽をはみ出したところもあるのでしょうけれど、
野心的なアレンジで大胆なモダン化をした力作です。

Murni Surbakti "NGULIHI SI TADING" Demajors no number (2017)
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ヴェトナム演歌の歌謡ショー フーン・トゥイ [東南アジア]

Hương Thủy  DÒNG ĐỜI.jpg

ひさしぶりに聴く、越僑歌手の新作です。
というと、お、ニュ・クイン!なんて思われる方もいるでしょうが、
残念ながらそうじゃないんだな。
フーン・トゥイ、4年ぶりのアルバムです。
みんなが待ち焦がれるニュ・クインの新作の方は、
ちっとも出る気配がありません。
ステージ・シンガーに収まってしまったみたいで、残念すぎます。

フーン・トゥイの方も、13年の前作から久しぶりのリリースで、
これが6作目となります。この人を知ったのは、だいぶあとになってからで、
作品をさかのぼって聴きましたが、2作目にあたる06年作がダントツでしたね。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-12-21

フーン・トゥイは現在43歳と、いままさに旬といえる、
脂の乗り切った歌声を聞かせてくれます。
明快なディクションに、メリハリの利いた歌い回し、
キレ味抜群の歌いっぷりは、天下一品です。

カイルオンの味わいを伝える、南部らしい雰囲気を持った歌謡歌手ですが、
本作ではカイルオンのレパートリーはないものの、
本格的なヴォンコやタンコを歌ってきたキャリアに裏打ちされた節回し、
とりわけ、こぶし使いの技巧には、思わずため息がこぼれます。

ダン・バウ(1弦琴)やダン・チャン(箏)、ダン・ニー(胡弓)などの
伝統楽器も効果的に配したプロダクションは、
まさに大衆歌謡路線ど真ん中でしょう。
4曲目でフィーチャーされる濁った音色のギター・フィムロンなんて、
おおっと、身を乗り出しちゃいましたからね。

ここのところヴェトナム本国の歌手による、
上品な戦前抒情歌謡のボレーロばかり聴いていたせいか、
ぐっとくだけた大衆味あふれる演歌調レパートリーが、新鮮に聞こえます。

Hương Thủy "DÒNG ĐỜI" Thúy Nga no number (2017)
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ミャンマー・エレクトロ・ヒップ・ホップ ターソー [東南アジア]

Thxa Soe.jpg

昨年暮れのメーテッタースウェの新作の記事の最後に、
「カッティング・エッジなんて価値観とは、正反対のポップスがここには存在する」
と書きましたけれど、それじゃあ、ミャンマーのカッティング・エッジといえば、
それは間違いなく、ターソーでしょうね。

80年ヤンゴン生まれという、ヒップ・ホップ世代ど真ん中のターソー。
軍事政権下のミャンマーで、アンダーグラウンドなヒップ・ホップ・ユニットを結成して
活動していたという経歴も、世界津々浦々に存在する
ヒップ・ホップかぶれにありがちな話で、それ自体はどうってことありません。

面白いのは、それからあとの話で、ゼロ年代初めにロンドンへ留学し、
そこでドラムンベースなどのアンダーグラウンド・シーンを体験し、
同時に大英図書館でミャンマーの伝統音楽と出会って
衝撃を受けたというんですね。

まあ、ヒップ・ホップにカブれる若者だから、
自国の伝統音楽に無知なのも当然なんだけど、
ロンドンまで留学しなけりゃ、自国の文化と出会えないっていう距離感、
なんとかならないのかねえ。
若者と伝統音楽の断絶ぶりは、どの国も深刻だよなあ。
日本の若者が雅楽や三味線音楽を知らないのだって、もう半世紀以上になるし。

で、大英図書館で聴いた伝統音楽が、
まるでエレクトロ・ハウスのように聞こえたっていうんだから、傑作です。
そして帰国後、ミャンマーの伝統音楽とエレクトロニック・ミュージックを融合した音楽を
ターソーは試みるようになるんですが、これがブットビの面白さで、
ぼくもYoutubeで初めて観て、なんじゃあ、こりゃあと、大声をあげてしまいました。

そこでは、伝統衣装をまとった男女複数のダンサーたちが、
伝統音楽のメロディをヒップ・ホップのリズムにのせたトラックで踊り、
ステージの中央では、ターソーがラップをしながら、アジりまくっているんです。
その間、ステージ脇からは、観客に向けて何本ものホースで放水されて、
びしょ濡れになった観客たちが熱狂して踊りまくるという、
ダジャン(水かけ祭り)さながらのヤンゴン・レイヴが繰り広げられていたのでした。

別のヴィデオでは、大勢のきらびやかな伝統衣装のダンサーたちが舞い、
その中央で、黒のスーツという地味な姿のターソーがラップするというステージ。
バックでは生のサイン・ワイン楽団とDJがプレイしていて、
見事にショー化された演芸の世界。そんなスペクタクル・ショウに、
若い観客が熱狂しているんです。

この二つのヴィデオを観て、とんでもないことが起こっているという予感はしましたが、
その後手に入れたターソーのCDは、残念ながら、
ライヴのエネルギーの100分の1も感じられなくて、がっくり。
う~ん、あの熱狂と猥雑を、なんとかパッケージできないものかと願ってたんですが、
ついにやりましたね。今回入手した14年作は、
映像から受けた衝撃を追体験できる快作なのでした。

冒頭M1・2の2部構成のアルバム・タイトル・トラックは、
サイン・ワインとエレクトロをがっちり融合させたアッパーなナンバー。
江南スタイルも取り入れ、フロアの熱狂を誘うこと間違いなしでしょう。
アルバム全編で、サイン・ワイン、フネー(チャルメラ)、ゴング、大太鼓など
伝統楽器の響きばかりでなく、ミャンマーの伝統的なメロディも散りばめ、
四つ打ちのエレクトロ・ビートにのせた手腕が鮮やかです。

童謡みたいなメロディのM8“Thu” など、
ハードコアに傾かない親しみのあるポップ・センスがいいなあ。
バングラ・ビートあたりにも通じる芸能感覚が、ツボです。
このあとの15年作も聴いてみたいっ!

Thxa Soe "YAW THA MA PAUNG CHOTE" no label no number (2014)
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ジョホールを夢想する寝正月 スリ・ムアル・ガザル [東南アジア]

Sri Muar Ghazal.jpg

あけましておめでとうございます。

今年のお正月は、ゆるゆる過ごしたい気分なもんで、
マレイシアのガザルなんて地味なアルバムを、引っ張り出してきました。
ハルモニウムの響きが、おめでたい華やぎ感もあって、いいんじゃないかと。

マレイシアのガザルでは、
前に名門楽団のスリ・マハラニ・ガザルを取り上げたことがありましたが、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2010-05-12
こちらは、ジョホール・バルから北に車で2時間半の距離にある、港町ムアルの楽団です。
ムアルはマラッカ海峡に面した町で、19世紀中ごろにスマトラ島のリアウを経由して、
マレイ半島に伝わったガザルは、
こうした港町からジョホールの内陸へと広まっていったんでしょうね。

う~ん、温泉に浸かって、ぼーっとしているカピバラな気分になれますねえ。
ガンブースの音色から香辛料の香りが立ち上り、ルバーナとタブラのリズムが、
いっそうスパイシーでエキゾティックなグルーヴを醸し出しますよ。

スリ・マハラニ・ガザルのような強烈な大衆感はなく、
素朴な田舎楽団といった風情がいいんです。
リズムが単調なので眠気を誘われ、いつのまにか寝てしまうユルユル感が、
寝正月のだらだら気分によく似合います。

Sri Muar Ghazal "PIMPINAN SALEH HJ. ARSHAD" Ritma/Musicland 51357-20712 (2005)
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ポップスも健康志向で メーテッタースウェ [東南アジア]

May Thet Htar Swe  TAW PAN KALAY.jpg

トーンナンディのデビュー作と一緒にミャンマーから届いたのが、
11月10日にリリースされたばかりのメーテッタースウェの新作『森の愛らしい花』。
うわーい、これはぼくにとって、最高のクリスマス・プレゼントです~♡

前作“APYOZIN” は、スライド・ギターやバンジョーをフィーチャーした、
ユニークなサウンドのポップ作でしたけれど、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-02-28
今作はバックを一新し、オープニングは、
タンズィンのカケラもないポップ・ロック・サウンドでスタートします。

人気ロック・シンガーのマナウとデュエットするキャッチーなナンバーで、
ヒット狙いなのか、これはこれですごくサマになっていますけれど、
メーテッタースウェほど伝統歌謡の天賦の才に恵まれた人が、
フツーのポップ・シンガーになっちゃうつもりなのかなあ。

なんて心配していたら、2曲目からは、ご安心。
メーテッタースウェなればこその、ミャンマー調ポップスにスイッチします。
バンジョー(たぶんサンプル)をフィーチャーした曲あり、
伝統楽器の笛や太鼓、サウンをカクシ味に使った曲あり、
ユーモラスな男性コーラスを配した曲ありで、
ミャンマーならではの唯一無比なポップスを聞かせてくれます。

前作は、シンセがサウンドを支配しすぎていて、うっとうしく感じましたが、
今作はそのあたりのバランスも、すっかり改善。
タンズィン調のメロディもポップなサウンドに無理なく溶け込み、
プロダクションもグンと向上したのを感じます。

そしてなにより、主役メーテッタースウェの歌い方が、吹っ切れましたね。
前作では、ポップなメロディに伝統歌謡の節回しをなじませるのに、
迷いを感じさせるところがありましたけれど、
今作ではのびのびと歌えているじゃないですか。歌いぶりにキレが増したのに加え、
声に落ち着きも出てきて、成長を感じさせますよ。

いやあ、なんだかマレイシアのシティ・ヌールハリザが登り坂だった
90年代末を、思い起こしちゃいますねえ。
シティ・ヌールハリザの名は、
マレイシアの伝統歌謡をリフレッシュメントした97年の“CINDAI” で、
広く知れ渡ったわけですけれど、その後、伝統歌謡とポップ作を交互に制作しながら、
00年代にグングン成長していったんですよね。

あの時のシティとメーテッタースウェが、ぼくにはダブってみえます。
シティの“CINDAI” がメーテッタースウェの“KAUNG CHIN MINGALAR” なら、
今回のポップ作は、シティの01年作“SAFA” に当たるように思えるんですよ。
シティ・ヌールハリザのファンだったら、この話通じると思うんですけれど、どうかなあ。

マレイ・ポップスとミャンマー・ポップスとでは、だいぶ違いがありますけれど、
世界を見渡しても、こんなに朗らかで健康なポップスは、
ミャンマーをおいてほかにありません。
毒のないポップスなんて、とお思いのムキもありましょうが、 
カッティング・エッジなんて価値観とは、
正反対のポップスがここには存在するのですよ。

May Thet Htar Swe "TAW PAN KALAY" Rai no number (2017)
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ミャンマー伝統歌謡の新星少女歌手 トーンナンディ [東南アジア]

Thone Nandi  YIN TWIN SU.jpg

メーテッタースウェ、キンポーパンチに続いて、
ミャンマー伝統歌謡の新人少女歌手が、またまた登場しましたよ。
その名は、トーンナンディ。
珍しい名前だなと思ったら、「トーン」は「クイーン」を意味する名前だとか。
「クイーン・アイダ」みたいな、芸能人ならではのネーミングのよう。
まだ子供なのに、ずいぶんと背伸びした芸名を付けたもんです。

ヤンゴンのCD屋のオヤジは、「ハタチ」だとか言って売っているそうですが、
んなわけないでしょう。どう見たって、メーテッタースウェより年下、
12歳くらいじゃないですか。じっさいのところ、いくつなんだろう?
そうだ、フェイスブックで友達の(←自慢)キンポーパンチに訊いてみよう。

というわけで、メッセージでCDの画像を送ったら、
なんとキンポーパンチは、“Who is she?”だって。
へ? 知らないの? まさか! 
てっきり、「トーンナンディとは、一緒によくステージに立っているのよ」なんて答えが
返ってくるとばかり思っていたので、意外や意外。同業者なのに、ホントに知らんのか?

ネットで検索しても、本人のフェイスブック以外に情報が見当たらないんですが、
なんと彼女のフェイスブックは、13万人がフォローしています(驚)。
あれ? キンポーパンチも「いいね」してるじゃん。
おいおい、と思っていたら、
キンポーパンチと並んでステージに立っているライヴ動画まで見つけちゃいました。
何がWho is she? だよ、ライヴァル心を燃やして、向こうを張ってるってか。

結局年齢はわからずじまいなんですが、
フェイスブックには学校の成績表の画像も載っているので、
ミャンマー語が読めれば、年次とかで年齢がわかりそうなんですけれども。
でも、なんでミャンマーのコって、メーテッタースウェもそうだけれど、
成績表をフェイスブックに載せるんだろうね。

以前、キンポーパンチとメーテッタースウェともっと幼い少女の3人で
ステージに立っている写真が、フェイスブックによくアップされていましたが、
トーンナンディは、そのコとは別人のようです。
う~ん、ミャンマー伝統歌謡の少女歌手は、層が厚いな。

ステージ用にばっちりメイクした写真は、年齢不詳ですが、
普段着姿を見る限り、まだ小学生のように見えます。
Youtubeに上がっている映像を見ると、年配の先生に指導を受けている様子や、
ステージ・ママらしきご婦人と一緒のところ、
はたまた、もっと幼い5・6歳くらいの頃のコンテストらしきテレビ映像などがあって、
幼少の頃から伝統歌謡をしっかり修養してきたことがわかります。

そして今年の9月28日、満を持してリリースした本デビュー作。
タイトルは、「心の中の願い」の意。
CDリリースにあわせて、ヤンゴンのオーキッド・ホテルでセレモニーが行われ、
その時の動画も、フェイスブックに上がっています。

オープニングのみ、シンセ伴奏のポップ曲で、
あとはサイン・ワイン楽団にヴァイオリンとキーボードが加わった、
古典歌謡のタチンジーで、4曲目とラスト10曲目のみ、
歌謡調メロディが入り混じるミャンマータンズィンとなっています。
トーンナンディの華のある声が、いいですねえ。
この声、ソーサーダトンやメーテッタースウェに通じる才能ですよ。
よくコントロールされた発声と、鍛えられたこぶし回しがまた見事。
このコは大器、間違いありません。

CDはソフト・ケースでなくジュエル・ケースで、
ジャケットやバック・インレイの印刷も美麗。
個人的なお気に入りは、表紙写真の額縁の左右に吊されている
ヨウッテー・ポエー(ミャンマーの糸操り人形劇)の人形。
そういえば、キンポーパンチのバック・インレイにもあったっけな。
伝統工芸の人形好きには、嬉しい演出であります。

Thone Nandi "YIN TWIN SU" May no number (2017)
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インドネシアのパワー・ロック トーパティ・ブルティガ [東南アジア]

Tohpati Bertiga  Faces.jpg

凍てつく冬の朝はロックだ!

なんて、ガラにもないことを言ってますが、
ここ半年ほど、朝のウォーキングの友が、ずっとジャズのアルバムだったもんで、
ロックにスイッチすると、すごく新鮮に響くんですよねえ。
ロックといっても、インストのアルバムなんでありますが。

そのアルバムは、脚光を集めるインドネシアのギタリスト、
トーパティ率いるトーパティ・ブルティガの新作。
トーパティといえば、昨年トーパティ・エスノミッション名義のアルバムにブッとんだのが、
まだ記憶に新しいところですけれど、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-06-07
今作も、実にフッ切れた爽快なロック・サウンドを聞かせてくれて、カイカン。
いやあ、トーパティ、エネルギーありますねえ。

トーパティ・ブルティガは、インドロ・ハルジョディコロのベース、
ボウイことアディテョ・ウィボウォのドラムスとのトリオ編成。
トーパティのギターは、ソロ・パート、リズム・カッティング、バッキング・リフで
異なるカラーのサウンドをはじき出し、トップ、ミドル、ボトムそれぞれに、
厚みのあるサウンドを作り出しています。

楽曲作りも巧みで、次々と転調しながら、リズムもスイッチしていく
息つかせぬダイナミックな展開には、ドキドキしますよ。
こういうスリルは、ロックの醍醐味ですよねえ。

パワフルに押しまくるソリッドなサウンドは、徹頭徹尾ロックで、
フュージョンのセンスは皆無。
曲はポップでも、メロウでもなけりゃ、ソフトでもないし、アーバンでもありません。
ジャズ的なフレージングはほとんど使われないし、
かといって、ブルースぽいニュアンスもなく、
ジェフ・ベックに通じる正統派ロックといえます。

Tohpati Bertiga "FACES" Demajors no number (2017)
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美人妻にボレーロを歌わせて トゥイ・ティエン [東南アジア]

Thuỷ Tiên  ĐÔI MẮT NGƯƠI XƯA.jpg

すんばらし。

1曲目を聴き終え、タメ息がもれました。
ヴァイオリンがむせび泣くイントロから、
滑り出すように歌い始めるトゥイ・ティエンの歌い口に、はや降参です。
レー・クエンによって、すっかりヴェトナム歌謡の一大潮流となった、
ボレーロ(ヴェトナム戦争前の抒情歌謡)の新作であります。
変形横長ジャケット内には、トゥイ・ティエンのブロマイドが3枚入っていて、
経年劣化したふうのデザインが、いかにもボレーロらしい演出となっています。

トゥイ・ティエンというこの女性歌手、はじめて知りましたが、
85年生まれ、南部メコン・デルタのタイランド湾に面する
港湾都市ラック・ザーの出身とのこと。
モデルで女優でもあり、コンサドーレ札幌でプレーした経験を持つ、
元ヴェトナム代表のサッカー選手レー・コン・ヴィンと、14年に結婚しています。

トゥイ・ティエンは、おもにバラードを歌うポップ・シンガーで、
時にEDM歌謡なども歌うアイドル的存在だったようですが、
夫になったレー・コー・ヴィンが大のボレーロ好きで、
トゥイ・ティエンに、ボレーロを歌うことを強く薦めたんだそうです。

本人は、大人向けの歌手へ転身する自信がなく、
ボレーロを歌うことに相当抵抗を示したようなんですが、
制作に3年を費やし、レー・コン・ヴィンが選曲やアレンジの助言もして、
完成にこぎつけたのが本作とのこと。
ジャケット裏には、レー・コン・ヴィンの名がエディターとしてクレジットされています。

しっとりとした情感のある歌い口で、丁寧にメロディを織り上げ、
ゆらぐヴィブラート使いも美しく、いい歌いぶりじゃないですか。
自信がなかったといいますが、見事な歌いぶりです。
また、佳曲揃いのレパートリーもいいですねえ。
レー・コー・ヴィンの選曲、シュミ合うなあ。
美人の奥さんに自分の好きな歌を歌わせるなんざ、男の夢ですな。

Thuỷ Tiên "ĐÔI MẮT NGƯƠI XƯA" Bến Thành no number (2017)
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春霞に溶けていく歌声 アンディエン [東南アジア]

Andien  METAMORFOSA.jpg   Andien  KINANTI.jpg

15年ぶりのアンディエン。

もうお母さんになったんだって?
結婚していたことも知りませんでした。
いやあ、歳月は流れるだなあ。
まるでお子ちゃまなアイドル・ルックスのCD表紙に、
買うのをためらったのが、ついこの前のよう。

16歳当時の02年作“KINANTI” には、心底驚かされました。
インドネシアの天才少女という評判に、CDを手に取ってみれば、
幼児タレントか?てな写真にゲンナリ。
裏ジャケットの、ショートパンツにタンクトップ姿で唇かんだポーズもカンベンつーか、
ジャリ・タレだの、ロリータ趣味だのに、ムシズが走る性分なもので、
こんなん金出して買うの、ヤダなあとか思ったよなあ。

で、その表紙写真からは到底想像がつかない、しっとりとした歌声と、
都会的で洗練されたプロダクションのハイ・レヴェルぶりにノックアウト。
ほんとに、このコが、これ歌ってんの!? 別人でしょ、これ。
その落ち着き払った歌声に、びっくりしました。
ティーン特有のはしゃいだ感じなど、どこにもありません。

背伸びして、大人びた歌い方をしているというのとも違って、
発声じたいが柔らかく、破綻しない一定のトーンを、ずっと保っているんですね。
霞がかった声で、声が前に出ることがないので、
それが余計落ち着いた雰囲気を漂わせます。
アップ・テンポの曲でも、華やいだりしないので、声がキンキンすることも皆無、
10代らしからぬ歌いぶりは、この人独自の個性でした。

歌い回しに、シーラ・マジッドの影響も感じさせますが、
ハイ・トーンにオキャンな感じもにじみ出るシーラとは、だいぶ印象が異なります。
ジャジーなプロダクションにのる、どこまでも柔らかく、こもった歌声は、
極上のAORを演出するのにうってつけな癒し系ヴォーカルで、
おそるべき16歳!と驚嘆しました。

あれから15年。
あいかわらず、もやあっとした声をしてますねえ。
02年作のジャケットとナカミのチグハグぶりと違って、
ジャケットの淡いブルーが、アンディエンらしさをよく表わしています。
早熟すぎた歌声が、ようやく実年齢に追いついたというか、
歌声と外見に違和感がなくなったのをおぼえます。

イントロとアウトロでペロッグ音階が飛び出すのは、
おやっと思わせる演出ですけれど、これも大人になった余裕でしょうか。
ちらっと最後に出てくる赤ちゃんの声は、アンディエンの子供なのかな。
しなやかなプロダクションによくなじむ慈愛に満ちた歌声から、
母アンディエンの今がよく伝わってきます。

Andien "METAMORFOSA" Demajors no number (2017)
Andien "KINANTI" WEA 0297-45336-2 (2002)
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ビルマ大衆歌謡の黄金時代 コー・アンジー [東南アジア]

Ko Aunt Gyi  A KAUNG TA A KAUNG SONE TAY (1).jpgKo Aunt Gyi  A KAUNG TA A KAUNG SONE TAY (2).jpgKo Aunt Gyi  A KAUNG TA A KAUNG SONE TAY (3).jpg

先月、井口さんが出来立てほやほやのウー・ティンの新作CDを持って、
ヤンゴンのご自宅まで届けに行った際に見つけてきたというCD3枚。
井口さん、お土産、ありがとうございます。

コー・アンジーという、初めて聞く名の男性歌手のアルバムで、
ベスト・アルバムが3タイトルも出ているほどなのだから、
相当有名な歌手なんだろうなということは、容易に想像がつきます。
井口さんによれば、23年に北部シャン高地のメイミョー(現在のピーウールウィン)に
生まれ、今年6月23日に94歳で亡くなったとのこと。

さっそく聴いてみると、50~60年代とおぼしき録音で、
これまでほとんど耳にすることができなかった、
ビルマ時代の大衆歌謡がたっぷり入っていて、大カンゲキ。
サイン・ワイン楽団が伴奏に付く古典歌謡と、
ラウンジーな大衆歌謡がごたまぜになっています。

録音時期にもバラツキがあり、3枚のアルバムに、
レパートリーも新旧録音もお構いなしに放り込んだといった編集ですね。
3枚それぞれ編集の意図があるようには思えませんけれど、
第1・3集は古典曲が多く、第2集は大衆歌謡中心のレパートリーになっています。
古典曲は8分を超す長尺のものが多く、なかには、伝統スタイルの伴奏と西洋風の伴奏が
交互にスイッチする、のちのミャンマータンズィンのような曲も聞けます。

コー・アンジーは、メジャー曲では、晴れ晴れと伸びやかな歌声を聞かせる一方、
哀愁味のある曲では、情のある歌い回しで聴き手を引きつけます。
やわらかで甘いバリトンの声は耳に心地よく、
日本にも50~60年代は、こういう声の男性歌手が多かったような気がしますねえ。

アコーディオン、クラリネット、オーボエをフィーチャーし、
マラカスとクラベスがラテン・ムードを醸し出すナンバーや、
オルガンにブラシのドラムスのコンボ編成によるスウィンギーなナンバーなどは、
同時代のマレイシアのP・ラムリーやサローマを思わせます。

一方、アコーディオン、ギター、ヴァイオリン伴奏のポルカや、
オーケストラ伴奏による映画挿入歌ふうの曲などは、
「軽音楽の夕べ」といった雰囲気(若い人、わかります?)濃厚で、
昭和の香りが漂ってくるようじゃないですか。
CDのインレイを見ると、ギター、テナー・ギター、三味線(!)、
ピアノ、アコーディオン、オルガンを弾いていて、マルチ奏者でもあったようですね。

第2集のバック・インレイに、
ギターとバンジョーを弾く白人2人と一緒に写っている写真があり、
同じ時のものとおぼしき映像がYoutubeに上がっています。
それによると、二人の名は、スティーヴ・アジスとウィリアム・クロウ・フォードだそうで、
コー・アンジーと共にビルマ語で歌っています。
3人の後ろには、膝の上に置いたバマー・ギターをスライドしているギタリストもいますね。

このあと、3人は「おお、スザンナ」をギター、バンジョー、パッタラーの伴奏で歌い、
続いてサイン・ワイン楽団が演奏するという共演風景も記録されています。
CDには収録されていませんが、どういう人たちだったんでしょう。

まだまだ未知のビルマ時代の大衆歌謡、
さらにさかのぼって、SP時代の録音も、ぜひ聴きたくなるじゃありませんか。
そんな好奇心を強烈にかきたてられた3枚でありました。

【追記】 2017.12.20
ウィキペディアに記述のある7曲がこのシリーズに収録されていることが確認できました。
https://en.wikipedia.org/wiki/Ant_Gyi
第1集M1“Yin Ta Ko Me”、M2“Aung Pinle”、M7“Turiya Lulin”、
M8“Turiya Lon May”、M9“Yangon Thu”、
第2集M3“Lu Gyun Lu Kaung”、第3集M1“Shwe Mingan”。

【追記】2019.2.19
コー・アンジーと白人2人が歌うYouTube の映像は、
61年アメリカ大使公邸の庭で撮影されたものだそうです。
後ろでバマー・ギターを弾いているのは、ウー・ティンだということが、
2019年2月17日付ニュー・ヨーク・タイムズの
ウー・ティン死亡記事に書かれていました。

Ko Aunt Gyi "A KAUNG TA A KAUNG SONE TAY (1)" Rai no number
Ko Aunt Gyi "A KAUNG TA A KAUNG SONE TAY (2)" Rai no number
Ko Aunt Gyi "A KAUNG TA A KAUNG SONE TAY (3)" Rai no number
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バマー・ギターの生き証人 ウー・ティン [東南アジア]

U Tin  Virtuoso of Burmee Guitar.jpg

昨年のベスト・アルバムに、幻のビルマ・ギター(バマー・ギター)の名手、
ウー・ティンのアルバムを選ばなかったのは、泣く泣くだったんですよ。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-08-06

演奏内容こそ、ベスト・アルバムとしてなんら不足はないものの、
井口寛プロデューサー個人の自主制作盤のため、一般に出回っていないことに加え、
まったく世間に知られていないバマー・ギターのアルバムなのに、
なんの解説もないという不案内ぶりは、
ベスト・アルバムとして選ぶのに、ちょっとどうかと、ためらってしまったからです。

ミャンマーの謎めいたギターに、長い間ずっと関心を寄せてきたぼくのような物好きが、
ここでいくら大騒ぎしても、このままでは一般に知られず、忘れ去られてしまう。
このアルバムの内容がどれだけ貴重で、
リリースされたことの意義深さを痛感しているぼくには、それがどうにもじれったく、
焦燥感に駆られてどうしようもなかったんですよね。

そんな後ろ髪を引かれる思いがあったので、
井口さんから、ウー・ティンの2枚目のCDを出そうと思っているとの連絡を受け、
ついては、解説を書いてもらえないかという依頼には、
合点!と、すぐさまお引き受けしたのでありました。

今作は前回のアルバムと同時期の録音ですが、ソロ・ギター演奏ではなく、
竹製の木琴パッタラーと女性歌手をフィーチャーしています。
古い大衆歌謡のなかで演奏されてきた、
かつてのバマー・ギターのスタイルをうかがわせる趣向となっているんですね。

ぼくがウー・ティンを知るきっかけとなったオランダPAN盤でも、
ヴァイオリンやツィターなどとの合奏3曲が収録されていましたけれど、
今回歌手が加わったことで、歌のメロディとギター・フレーズの対比が、
よくわかるようになりました。
世にもまれなるユニークすぎるスライド・ギターの妙技を味わうにしても、
完全ソロ演奏よりも、今回のように歌の伴奏として聞く方が、
ミャンマー音楽に不案内の人には耳馴染みやすいのではないでしょうか。

今回、井口さんが新作のリリースを考えたのは、
実は今年の春、ウー・ティンが脳梗塞で倒れたことがきっかけでした。
ウー・ティンが元気なうちに、早くCDを届けたいということで、
急遽制作されたのですが、先日出来上がったばかりのCDを
ミャンマーに届けにいったところ、予後が良く、ギターも問題なく弾いているとのこと。
もうギターが弾けなくなってしまったのではと心配していただけに、ほっとしました。

解説はぼくばかりでなく、ウー・ティンに弟子入りした柳田泰さんも書かれています。
世界中を見渡したって、こんなスライド・ギター、ミャンマーにしかありません。
ぜひ聴いてみてください。

U Tin "MUSIC OF BURMA VIRTUOSO OF BURMESE GUITAR -MAN YA PYI U TIN AND HIS BAMA GUITAR-" Rollers ROL004 (2017)
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ついに日本でリリースされたルークトゥンの女王 プムプワン・ドゥワンチャン [東南アジア]

Phumphuang Duanchan  LAM PHLOEN PHUMPHUANG DUANDHAN.jpg

「プムプワン本邦初の公式リリース」というメーカー・インフォメーションに、
思わずため息。
そうかぁ。ルークトゥンの女王とみなされた最大のスター、プムプワンのCDすら、
日本ではこれまで1枚も出ていなかったんだっけ。

90年代のワールド・ミュージック・ブームの時代には、
欧米経由ではなく、日本人によって紹介された東南アジアの音楽も
たくさんあったように記憶していましたけれど、それはすべて現地輸入盤で、
結局国内CDとしてリリースされたのは、
インドネシアとマレイシアぐらいしかなかったんだなあ。
タイやミャンマーやカンボジアは、蚊帳の外だったんですね。

それにしても、タイ音楽を掘り下げる Soi48 の活動ぶりには、
目を見張ります。今年彼らが出版した
『旅するタイ・イサーン音楽ディスク・ガイド TRIP TO ISAN』は、
たいへんな労作でした。
こんなにドキドキ・わくわくしながらページをめくった音楽書は、何年ぶりでしたかね。
今回のプムプワン・ドゥワンチャンの絶頂期にあたる、知られざるアルバムの復刻は、
まさしく彼ら(宇都木景一さん&高木紳介さん)にしかできない仕事といえます。

わずか30歳で夭折してしまったプムプワン・ドゥワンチャンの絶頂期が
80年代半ばだったことは、熱心なマニアの間での了解事項となっていましたけれど、
ぼくが当時の録音を聴くことができたのは、ずっと後のことで、
ようやく2000年代に入ってからでした。
なんせ当時のタイのメディアの主流はカセットだったので、
CDしか聞かない非マニアのファンにとっては、
CDでオリジナルのカセット音源を聴けるようになるまで、すごく時間がかかったんです。

Pumpuang Duangjan  NAAMPHUNG DUAN HAA.jpg

プムプワン・ドゥワンチャンというすごい歌手がいると知ったのも、
カセットとCDが同時リリースされた
91年の晩年作“NAAMPHUNG DUAN HAA” があったからこそ。
そこからプムプワンの過去作を追っかけていったものの、
その翌年にプムプワンが亡くなり、追悼に便乗してやたらとリリースされたCDは、
新旧録音ごちゃまぜの編集盤ばかりで、
なかなかプムプワンの全貌を捉えることができませんでした。

Phumphuang Duanchan  150KT002.jpg   Phumphuang Duanchan  150KT003.jpg
Phumphuang Duanchan  150KT004.jpg   Phumphuang Duanchan  150KT001.jpg

カセットを熱心に聴くマニアだけが知っていたプムプワンの黄金期は、
アゾーナと契約していた時代。
83年から86年にアゾーナからリリースされたカセット8作品が
2イン1でCD化されたのは、04年のことでした。

今回復刻されたのは、アゾーナと契約が切れた直後の80年代半ばの作品。
ポップな感覚のルークトゥンで売り出していた当時としては異色の、
イサーン色の強いラム・プルーンを歌ったモーラム・アルバムで、
こんなアルバムがあったとは知りませんでした。
楽勝でモーラムも歌えるんですねえ。すごいな。

日本で初めて紹介される、ルークトゥンの女王プムプワンのCDが、
彼女のキャリアとしては異色の、地味なモーラム・アルバムだというのは、
初めてプムプワンを聴く人にとってはどうなのとも思いますけれど、
内容は極上なのだから、目をつむっちゃいましょうね。

テレサ・テンみたいなジャケットの絵が、80年代半ばにしてはやや違和感があり、
初期の録音をまとめたCDに近い雰囲気がありますけれど、
この絵はオリジナルなんでしょうか。
ライナーには本作の原盤ジャケットの写真が載せられていないのが、残念です。

どんなタイプの曲にも対応する、プムプワンの天才的な歌いぶりは、
この80年代半ばがまさしく絶頂といえますけれど、
それ以前の初期の録音にも魅力的なものは多く、
初期録音をまとめた好編集のCDを最後にご紹介しておきますね。

Phumphuang Duanchan  VOL. 1.jpg   Phumphuang Duanchan  CHIEWIT COHN PHUM.jpg
Phumphuang Duanchan  KUN MYLACK TANMY MYBOAK.jpg   Phumphuang Duanchan  SATCHAKUM CUP KWAAM LACK.jpg

Phumphuang Duanchan "LAM PHLOEN PHUMPHUANG DUANDHAN” EM EM1166CD
Phumphuang Duanchan "NAAMPHUNG DUAN HAA" BKP BKPCD58 (1991)
Phumphuang Duanchan "JA HAI RAW PORSOR NAI / DUANG TA DUANG JAI” Azona/KT Center 150KT002 (1982/1982)
Phumphuang Duanchan "SAO NA SUNG FAN / NAD POB NA AMPUR” Azona/KT Center 150KT003 (1983/1984)
Phumphuang Duanchan "TIN NAH LOOM THUNG / KON DAN LOOM RAN KWAAI” Azona/KT Center 150KT004 (1984/1985)
Phumphuang Duanchan "EU HEU LOR JUNG / HAN NOI TOY NIT” Azona/KT Center 150KT001 (1985/1986)
Phumphuang Duanchan "VOL. 1" Tulip Entertainment CDL029
Phumphuang Duanchan "CHIEWIT COHN PHUM" Lepso Studio LPSCD42A11
Phumphuang Duanchan "KUN MYLACK TANMY MYBOAK" Lepso Studio LPSCD42A64
Phumphuang Duanchan "SATCHAKUM CUP KWAAM LACK" Saha Kuang Heng SKHCD032
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トゥンバン・スンダで納涼 イダ・ウィダワティ [東南アジア]

Ida Widawati  SEDIH PATI.jpg

あづい~~~~~。

あちいですねえ、今年の夏も。
毎朝夕のウォーキングがシンドイ季節ではありますけど、
帰りは、汗だくになったあとの風呂が待ってますからねえ。

思えば、ウォーキングをする習慣ができるまでは、
夏はシャワーだけで、湯船に浸かることはしなかったんですが、
有酸素運動でたっぷり発汗したあとの風呂の極楽気分は、格別。
この快感を、ぼくは四十半ばにして、初めて知りました。

老廃物がきれいさっぱり流れ落ちて、身体の外側も内側も蘇るような感じ。
この気持ち良さがあるから、酷暑のウォーキングも甲斐があるってなもんで、
秋になって涼しくなると、ウォーキングには楽な季節とは思いつつ、
真夏の全身の細胞が活性化するような快楽を味わえなくなって、
少し物足りない気持ちにもなるのでした。

ま、そんなわけで、暑い時には暑い時にしか味わえないことを楽しみましょう、
ということで、タイミングよく見つけた納涼の1枚。
インドネシアは西ジャワのトゥンバン・スンダ。歌入りのカチャピ・スリンですね。
インドネシア伝統音楽の専門レーベル、SPレコードが出したCDで、
このレーベルのトゥンバン・スンダでは、タティ・サレのCDを1枚持っています。

今回手に入れたのは、タティ・サレよりひと回り若いイダ・ウィダワティのCD。
ひと回り若いといっても、イダ・ウィダワティは56年生まれ、
タティ・サレは44年生まれだから、二人とも大御所クラスのヴェテランです。
いつ頃出たアルバムなのか、よくわからないんですが、
おそらくゼロ年代半ばかと思われます。

タティ・サレのCDは伴奏が力量不足で、せっかくのタティ・サレの見事な歌唱に、
演奏が応えていないという不満があったんですけれど、こちらはいいですね。
タティ・サレのCDにはクレジットもありませんでしたが、
本作には、カチャピ・インドゥン、カチャピ・リンチック、スリン、ルバーブ全員の名が
記されていて、ちゃんと名のあるメンバーだということが想像されます。

落ち着いたイダの声と繊細な歌いぶりに、高原の涼風を伝えるスリンの音色、
深奥な夜に引きこむカチャピの響きが、汗の引いた身体に染みわたります。
スンダの伝統音階ソロッグ、ペロッグ、サレンドロを3曲ずつ歌ったレパートリーも、
変化に富んでいて、楽しめます。

その昔、若いニニン・メイダのトゥンバン・スンダのCDを愛聴しましたけれど、
イダの円熟味のある歌声は、西ジャワの貴族の嗜みとされた
トゥンバン・スンダの魅力を、たっぷりと味あわせてくれます。

Ida Widawati "TEMBANG SUNDA CIANJURAN / SEDIH PATI" SP SPCD027
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南部ヴェトナムのほのかな郷愁 ハー・ヴァン [東南アジア]

Hà Vân  XIN TRẢ TÔI VỀ.jpg   Hà Vân  CHUYẾN XE LAM CHIỀU.jpg

ノスタルジックな南ヴェトナム懐メロ集でデビューしたハー・ヴァン。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-12-14
83年生まれの33歳という若さながら、
ヴェトナムのアダルト向けポップスのトレンドとなった、
ボレーロ(ヴェトナム戦争前の抒情歌謡)を歌う歌手です。

レー・クエンのようなドラマティックな濃い口の歌手ではなく、
中庸の極みといってもいい、クセのない歌唱は、
リスナーを選ばず、万人に愛される人じゃないでしょうか。
ひらひらと軽やかに舞うコブシは、コブシを回していることすら意識させないほど自然で、
技巧を感じさせないそのさりげなさが、この人の持ち味といえます。
たおやかなバラード表現は、ハ・ヴィにも並ぶ実力を感じさせ、
ヴェトナム南部の情歌を歌うのに、これほどふさわしい人もいないんじゃないかな。

そのハー・ヴァンの新作が、昨年秋に2作同時でリリースされました。
“XIN TRẢ TÔI VỀ” と“CHUYẾN XE LAM CHIỀU” で、
後者は、ヴィン・スという44年サイゴン(現ホーチミン)生まれの作曲家の曲集です。
ヴィン・スは現在、癌の闘病中で、車椅子の生活を送り、相当弱っているものの、
自分のソングブックが制作されると聞き奮起し、
本作のミュージック・ヴィデオにも出演したのだそうです。

どちらも、デビュー作ほど懐古調を強調しておらず、
ヴェトナムの伝統的な弦や笛の響きも織り込んで、
民歌調でもなければ、懐古調でもない、中庸なサウンドに仕上げています。
こうしたいっさいの演出を排したハー・ヴァンの歌とサウンドの世界を、
「アジアの “歌謡曲” の一つの理想の境地」と評した原田尊志さんに、
ぼくも全面賛成です。

ハー・ヴァンのアルバムは、フィジカルではこの3作しか出ていませんが、
配信のみのデジタル・アルバムを5作
(うち1作はヴー・コック・ヴェトとのデュオ作)出していて、
昨年記事にしたアメリカ盤は、この配信曲から編集したものということが判明しました。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-11-28
デジタル・アルバムもとてもいい内容なので、フィジカル化してほしいなあ。

Hà Vân "XIN TRẢ TÔI VỀ" Audio Space no number (2016)
Hà Vân "CHUYẾN XE LAM CHIỀU : NHẠC SĨ VINH SỬ" Audio Space no number (2016)
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13年ぶりの大人のゆりかご シーラ・マジッド [東南アジア]

Sheila Majid  BONEKA.jpg

うわぁ、やっと新作を出してくれましたね、シーラ・マジッド。
ハリラヤ・アルバムがあったとはいえ、ポップ・アルバムのスタジオ新作としては、
04年の“CINTA KITA” 以来なんだから、本当にずいぶん待たされたものです。

「マレイシアのポップ・クイーン、シーラ・マジッドの完全復活」と書いてから6年。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-10-20
その記事を「再始動」と題したものの、
そこからまたしても、シーラの姿は視界から消えてしまったんですよね。

シーラのオフィシャル・サイトもまったく更新されず、
どーしちゃったんだよー、と嘆き節の日々で、
マレイシアの若手フォロワー、アティリア嬢に、
シーラの影を追ったりしていたものでした。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-01-23

ファンが長年待ち焦がれたこの新作、
プロデューサーには、インドネシアのトーパティが起用されています。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-06-07
前作のハリラヤ・アルバムでは、アチスのプロデュースに不満を感じていたので、
思い切って国外の才能に目を向けたのは、大賛成。

かつてシーラを輝かせた、ロズラン・アジズのプロデュースの手腕を知る者には、
クリシェやクリスダヤンティらを手がけた敏腕プロデューサー、
トーパティなら申し分ない人選といえます。
ラストの英語曲のバラードのみ、シーラの古くからのパートナー、
ジェニー・チンがプロデュースしていて、友情出演的な起用もファンには嬉しいところ。

さて、その新作、たおやかで柔らかなシーラの歌い口は、昔のままです。
もちろん20代、30代の時のような、キラキラッとした輝きはなくても、
大人のポップスを楽しませてくれる落ち着いた歌いぶりに、
長年の喉の渇きを癒されます。
ユーモラスな愛らしいメロディの1曲目から、楽曲も粒揃い。
力の抜けたゆるさが心地よい、大人のゆりかごのようなポップス・アルバムです。

Sheila Majid "BONEKA" Magada Entertainment/Universal 5756021 (2017)
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ボレーロ・クイーン レー・クエン [東南アジア]

Lệ Quyên  KHÚC TÌNH XƯA  LAM PHƯƠNG.jpg

昨年末にリリースされたレー・クエンの新作が届きました!
好みの分かれる歌手ゆえ、あぁ、またか、と思われる方もいらっしゃるでしょうが、
レー・クエンがお好きでない方は、どうぞ読み飛ばしてください。

はい。それでは、あらためまして、レー・クエン・ファンの皆様。
今回の新作は、ヴェトナムで「ボレーロ」と称されている戦前のロマンティック歌謡シリーズ
“KHÚC TÌNH XƯA” で、15年リリースの第3集に続くアルバムとなっています。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-05-22

ただし、今回は「第4集」という記載はなく、
副題にあるとおり、ラム・フォンという作曲家のソングブックとなっています。
これまで、特定の作曲家を取り上げたソングブック・アルバムでは、
ヴー・タイン・アンのアルバムがありましたけれど、
今回はそれに続く第2弾ということになりますかね。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-02-03

ラム・フォンは、
39年、ヴェトナム南部タイランド湾に面した港湾都市ラックザーの生まれ。
15歳の時から作曲を始め、未発表曲を含め200曲以上の作品を残した人だそうです。
60年代にヒット曲を次々と生み出す人気作曲家となり、
戦前のサイゴンのテレビや劇場で、ラム・フォンの曲が盛んに流れたとのこと。

南ヴェトナムでもっとも成功した作曲家と言われ、巨額の富を築いたそうですが、
サイゴン陥落後、すべての財産を残したままアメリカへ脱出し、
転落人生を送るという悲劇に襲われます。アメリカでは各地を転々としながら、
音楽とは無縁の下働きで食いつなぎ、辛酸を舐める人生だったそうです。

現在もアメリカで暮らしていて、レー・クエンが今回のアルバムを制作するにあたり、
アメリカ・ツアーの際に本人を訪ねたところ、
レーのことをテレビで観て知っていたとのこと。
まさか自分を知っているとは想像していなかったレーは、いたく感激したそうです。

オープニングの曲が穏やかな曲調で、
悲恋を情感込めて歌うこれまでのアルバムの雰囲気とちょっと違っていて、
おや、という気にさせられます。
続くタンゴ風のボレーロも、どこか軽やかさがあって、
これまでの濃い歌い口とはひと味違って、さっぱりとした風情があります。

ラム・フォンの作風を生かしてか、ドラマティックなアレンジを避けて、
メロディを引き立てる工夫をしているようです。
レーの歌いぶりも、歌世界にのめりこまない<引いた>歌いぶりで、
しつこさを感じさせません。
ラストのラテン歌謡にアレンジした風通しの良さも聴きものです。

これまでレーは、13年作の“DÒNG THỜI GIAN” で、ラム・フォンの
“Một Mình” を歌ったことがあり、今作にも同曲が収録されているんですが、
今回はがらりとアレンジを変えているんですね。
13年作ではピアノのイントロで始まり、ドラマティックなアレンジをしていたのに、
今回はギターとヴァイオリンのみのシンプルな伴奏で、
細やかな情感を漂わせながら丁寧に歌っています。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-02-18

CDのパッケージは、今回もホルダーケース仕様の豪華版で、
美麗フォトカードと裏表になった歌詞カード12枚入り。
ジャケットを含め、すべて中部の古都フエで撮られていて、
阮朝王宮はじめティエン・ムー寺やカイ・ディン帝廟など、
以前ぼくも訪れたフエの名所がロケーションされていて、懐かしい思いで眺めました。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-12-13

Lệ Quyên 2017.jpg

いまや「ボレーロ・クイーン」と形容されるまでになった
レー・クエンの絶好調、とどまることを知りません。

Lệ Quyên "KHÚC TÌNH XƯA : LỆ QUYÊN - LAM PHƯƠNG" Viettan Studio no number (2016)
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ダンドゥット・リバース カニア・パシソ [東南アジア]

Kania Pasiso  JERA.jpg

前にリリン・ヘルリナとエリー・スサンの記事で話題にしましたけれど、
イラマ・トゥジュフ・ナダというインドネシアのレーベル、こりゃ、大変ですよ。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-01-31
また新たなる1枚を入手したんですけど、
これまたダンドゥットが一番輝いていた80年代サウンドで、もう大カンゲキ。

冒頭の大げさなオープニングがいかにもといった感じで、
いやがおうにも、期待は高まります。
曲が始まってみれば、ぎゅんぎゅんウナるロック・ギターに、グイノリのベース、
その合間をマンドリンとスリンが涼し気に吹き抜け、
手打ちのクンダンがパーカッシヴに鳴り響くサウンドが展開して、
往年のファンは、もう泣き濡れるしかありません。

主役のカニア・パシソのコケティッシュな歌いぶりが、またたまんない。
エルフィ女王様のなまめかしい歌いぶりを思わすところなど、百点満点ですよ。
ノリのいいダンドゥット・サウンドに、チャーミングな歌声が実によく映えます。
一方、しっぽりとした泣きの曲でも、嘆き節をしっかりと歌えるし、
歌唱力は文句なしでしょう。
若手にもこういう人がちゃんといるんですねえ。嬉しくなります。

曲もいいんです。
エルフィ・スカエシが歌ったマンシュール・Sの“Cincin Kepalsuan” や
ロマ・イラマの“Jera” と、昔の曲はしっかり作られていましたよねえ。
ダンドゥットがハウスやテクノを取り込んだEDM歌謡になり果ててからは、
明らかに曲作りの力が落ちたもんなあ。

懐古路線といわばいえ。イラマ・トゥジュフ・ナダのアルバムは全作聴きたいな。

Kania Pasiso "JERA" Irama Tujuh Nada CD7-006 (2015)
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黄金時代のダンドゥット・サウンド復活 リリン・ヘルリナ、エリー・スサン [東南アジア]

Lilin Herlina.jpg   Erie Suzan.jpg

去年ちょっと話題になったイッケ・ヌルジャナのアルバム、覚えてます?
ぼくは怒り心頭、ソッコー処分しちゃいましたが、
これのどこがダンドゥットなんだよっていう、単なるポップ・アルバムでしたよねえ。
ユニヴァーサルというメジャー・レーベルが作るんじゃ、
下層庶民のダンドゥットの臭みも、すっかり消臭されてしまってダメですねえ。

エルフィ・スカエシが女王様として君臨していた80年代のダンドゥット・サウンドは、
今や遠い昔話と思ったら、おおっ!とびっくりなCDに出くわしました。
冷凍保存していた80年代ダンドゥットを、たった今解凍したかのようなサウンド。
イラマ・トゥジュフ・ナダというインドネシアのレーベルによるアルバムで、
ナイジェリア製のCDジャケットより薄っぺらい紙パックに収まっています。

東ジャワ出身で実力派とみなされるリリン・ヘルリナのアルバムは、
まさしく黄金期のダンドゥットのサウンドで、もう感動もの。
手弾きのピアノのアルペジオの上に、音を重ねていくオルガンやシンセの鍵盤楽器に、
手打ちのグンダンの響きが、ダンドゥットの最高に輝いていた時代を甦らせてくれます。
マンドリンやロック・ギターのオブリガード、スリンの響きも、たまんねぇ~。

タイトル曲はロマ・イラマの相棒の女性歌手で、エルフィの後釜を務めた
リタ・スギアルトの代表曲。ほかにロマ・イラマの曲も、3曲歌っています。
リリンの歌いっぷりも熱が入っていて、
泣き節でのこぶしの回しっぷりの鮮やかさといったら、いよっ、姐さん、天下一品♪

エリー・スサンもまた同様。
往年のタラントゥーラを思わせるロック色を強めたダンドゥット・サウンドがたまりません。
レイノルド・パンガベアン作曲の“Tak Tik” をカヴァーしてるじゃないですか。
ロマ・イラマの曲も2曲歌っていますよ。
う~ん、86年に渋谷のシード・ホールで踊った、
レイノルド&カメリアのコンサートを思い出しますねえって、
すみませんね、オヤジは昔話が多くて。

そういえば去年は、アルジェリアのライでもカデール・ジャポネの新作が、
「バック・トゥー・ザ・80ズ」みたいなサウンドで狂喜しましたが、
当時のサウンドを新鮮に感じる若い世代が、リヴァイバルしてくれるのは嬉しいですね。
そんな音楽をちゃんとフィジカルでリリースしてくれているのも、ありがたい限り。

現地でも場末(?)でしか売っていないインドネシア盤やアルジェリア盤なれど、
なんとしても入手するファイトがわくってもんです。
そこに素晴らしい音楽が息づいているんだから。
大メジャーが作って大量に売りさばくポップスにはない味わいが、そこにあります。

Lilin Herlina "ABANG KUMIS" Irama Tujuh Nada CD7-004 (2015)
Erie Suzan "KASIH SAYANG" Irama Tujuh Nada CD7-010 (2015)
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ヴェトナム伝統歌謡の傑作 ビック・トゥエン [東南アジア]

Bich Tuyền  THƯƠNG VỀ MIỀN ÐẤT LẠNH.jpg

今回ヴェトナムから届いたCDで一番嬉しかったのが、ビック・トゥエンの13年作。
いやあ、ようやく手に入りました。長かったなあ。
どういうわけだか、現地に買付けを何度お願いしても見つからなかったもので、
もう入手できないかと思ってたんですけど、ようやっと、であります。うれしー♡

79年ヴェトナム南部カントー生まれ、ホーチミン育ちの
ビック・トゥエンという女性歌手を知ったのは、世紀をまたいでからでしたね。
デビューまもない02年作の“HOA TÍM LỤC BÌNH” で、初めてその歌声を聴きました。
アメリカ盤だったので、越僑歌手とばかり思い込んでいたんですが、
ライセンスでヴェトナム原盤をアメリカでリリースしたものだったんですね。
だいぶあとになって、ヴェトナム現地で活躍する歌手だということを知りました。

越僑歌手と疑わなかったのは、伝統歌謡のサウンド・プロダクションが垢抜けていたからで、
ヴェトナム現地のサウンドづくりも、ずいぶん向上したなあと、感心させられたんだっけ。
ニュ・クイン、タム・ドアン、フィ・ニュンなど、当時愛聴していた越僑歌手のCDと、
まったく遜色のないプロダクションで、ヴェトナム現地シーンに注目するようになったのは、
思えばビック・トゥエンの本作がきっかけでしたね。

Bich Tuyền  HOA TÍM LỤC BÌNH.jpg   Bich Tuyền  CHIỀW CUỐI TUẦN.jpg

十代の頃から民謡歌手としてキャリアを積んできたビック・トゥエンは、
クセのない柔らかな歌声を聞かせ、これといった強い個性は感じさせないものの、
こぶしやヴィブラートを過不足なく使い、確かな歌唱力を披露しています。
07年作の“CHIỀW CUỐI TUẦN” では、さらに繊細な節回しを聞かせるようになり、
歌唱に磨きがかかりました。全編スローのレパートリーで占めたアルバムを、
飽きさせることなく、ラストまでしっかり聞かせる説得力がありますね。

02年作・07年作ともにぼくが手に入れたのはアメリカ盤でしたけれど、
今回ようやく入手した13年作はヴェトナム盤。
ヴェトナムのサイトで全曲聴いていたので、内容の素晴らしさはとっくに承知済。
ビック・トゥエンのさらりと丁寧な歌いぶりを支えるデリケイトなプロダクション、
ヴェトナム伝統歌謡のひとつの理想形がしっかりと出来上がっていて、
安心して、その世界に身をゆだねることができますよ。

一方で、アラビックなメロディを取り入れたアレンジをするなど、
コンテンポラリー・サウンドに新たな試みも加えていて、
歌手・制作スタッフともども、上り調子の絶好調を感じさせます。
マレイシア伝統歌謡最高の女性歌手シティ・ヌールハリザが、
スリア・レコードで次々と快作を連発していた、
ゼロ年代前半のイキオイと共通するものを感じさせますね。

Bich Tuyền "THƯƠNG VỀ MIỀN ÐẤT LẠNH" Saigon Vafaco no number (2013)
Bich Tuyền "HOA TÍM LỤC BÌNH" Thể Giới Nghệ Thuật no number (2002)
Bich Tuyền "CHIỀW CUỐI TUẦN" Vi-Vi Productions no number (2007)
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紆余曲折の再デビュー ヴィ・タオ [東南アジア]

Vi Thảo  TÀU ĐÊM NĂM CŨ.jpg   Vi Thảo  CHUYẾN TÀU HOÀNG HÔN.jpg

新作と同時に再発売されたんですね。
ヴェトナムの新進女性歌手ヴィ・タオの12年作。

いったん12年にリリースされたものの、楽曲の権利関係がクリアされておらず、
発売中止の憂き目にあい、使用権の手続きに3年かけて、
15年にようやく再リリースとなったようです。
その間に新作を制作して、発売を見合わせていた「ボレーロ第1集」の続編の
「ボレーロ第2集」と共に、ドーンと勝負に出たといったところでしょうか。

あらためて、ヴィ・タオについて触れておくと、
04年のサオマイ・コンテストで注目されてデビュー作をリリースするも、
その後突如結婚して芸能界から引退してしまった女性歌手。
ところが、12年になって仕切り直しするかのように再デビューして、
2作目にあたるボレーロ集を謳った“TÀU ĐÊM NĂM CŨ” を出すも、
さきほどの通り、発売中止になってしまったという、トラブル続きの不運な人。

その12年作をようやく入手したので聴いてみると、
レー・クエンが先鞭をつけた温故知新の戦前ヴェトナム歌謡曲集で、
古いヴェトナム歌謡のロマンティックな佳曲をしっとりと歌っています。
抒情味に深みはないものの、歌い口がスウィートなところは若々しくていいなあ。
ラスト9曲目が、ボーナス・トラック扱いとなっているのは、
今回の再発売ヴァージョンで追加したものなのかもしれませんね。

そして「ボレーロ第2集」の副題のついた15年作は、なかなかの野心作。
プロダクションが保守的なロマンティック路線から少々逸脱していて、
冒険的ともいえるアレンジを、あちらこちらに施しています。
たとえば、4曲目や8曲目では派手なロック・ギターのイントロに、
この先どうなるのかと心配になるんですけれど、
歌が始まると、叙情的なメロディにちゃんと着地するというユニークな仕上がり。

6曲目では見事なブルース・ギターがフィーチャーされ、
その達者なフレージングにちょっと驚かされました。
ミュージシャンのクレジットがないんですけど、
これ、ヴェトナム人プレイヤーなんですよね? うまい人がいるなあ。
ほかにも、9曲目でスパニッシュふうのギターがフィーチャーされたりと、
これは大してうまくないんですけど、それが取って付けたように聞こえないのは、
アレンジャーの力量といえますね。

一方で、2曲目のタンコでは、短いながらギター・フィムロンのソロが聞けたり、
5曲目では琴や笛をフィーチャーしているものの、伝統歌謡でも、民歌でもない、
コンテンポラリーな仕上がりにしているところが新味です。
古い作曲家の作品を取り上げたノスタルジックなボレーロ集が、ひとつのトレンドとなった今、
コンサバなプロダクションに風穴を開けようとする試み、支持できますね。

Vi Thảo "TÀU ĐÊM NĂM CŨ" Phương Nam Phim no number (2012)
Vi Thảo "CHUYẾN TÀU HOÀNG HÔN" Phương Nam Phim no number (2015)
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たおやかなタイ歌謡 フォン・タナスントーン [東南アジア]

Fon Tanasoontorn  TUENG WAY LAR BORK RUK.jpg

エル・スールでデッドストックのルークトゥンのCDを眺めていて、
色合いのきれいなジャケットに目が留まりました。
なんか見覚えのある顔だなと思いつつ、誰だか思い出せずに、
お持ち帰りして調べたら、フォン・タナスントーン。

あ、この人、すごい昔によく聴いた人だ!と思い出して、
棚を探したら、ありましたよ、98年のデビュー作。
正確には、再デビュー作か。ポップス歌手としてデビューしたものの芽が出ず、
ルークトゥン歌手に転向しての初作品でしたね。

まるでアイドルみたいな顔立ちなのに、
歌声は若さに似合わぬ落ち着きのある声で、しっとりと歌っていて、
まずそのギャップにびっくりさせられたものでした。
口腔内で柔らかにふくらむ歌声の温かさは、
当時のタイの歌手にあまりいないタイプで、すごく新鮮だったんですよねえ。
清楚な歌いぶりに丁寧な節回し、特に歌の上手い人とは思いませんが、
歌謡歌手らしい雰囲気は申し分なく、すっかりファンになっちゃたんだっけ。

Fon Tanasoontorn  HAK AAI CHOAN POAN.jpg

さらにこのアルバム、プロダクションも絶品だったんです。
ホーン・セクションやストリング・セクションを使った生楽器主体の演奏で、
チープなシンセサイザーがまったく登場しないところは、喝采もの。
スローでは、田園の抒情を伝えるアコーディオンが活躍します。
ソー(胡弓)やラナート(木琴)などの伝統楽器を使った曲もある一方、
ストリングス・セクションが美しく舞い、クンダンやルバーナが響く合間を、
クラリネットが絡むムラユみたいな曲もあって、バラエティに富んでいるんです。
あらためて聴き返しましたけれど、うん、これ、ルークトゥンの名作だなあ。

この一作にホレ込んだくせに、その後のアルバムはぜんぜんフォローしてませんでした。
今回手に入れたデッドストックのCDは07年作で、約10年後のアルバムになるわけですけれど、
たおやかな歌いぶりはまったく変わっていなくて、
再デビューの時点で、すでに個性は完成されていたってことですね。

バック・インレイやライナーに、
お揃いの白ジャケットを着こんだ楽団を伴奏に歌うフォンが写っています。
60年代風のノスタルジックな演出をした写真をあしらっているのが暗示するように、
60年代タイ歌謡の伴奏さながら、ホーン・セクションやストリングス・セクションもたっぷり使い、
伝統楽器を使う曲があるのも、98年の再デビュー作と同じ趣向。
面白かったのが、スティール・ギターを使っていることで、昔流行ったのかな。

実は本作の企画、60年代ルークトゥンを演出したわけではなく、
なんとスナーリー・ラーチャシーマーの曲をカヴァーしたアルバムなんだそうです。
スナーリーのCDは、どれもバックが凡庸と言う印象が強く、昔何枚か聴いたものの、
すべて手放してしまったんですが、こういう伴奏で聴けたら、印象も違ったんだろうな。

ヴェトナムの抒情歌謡とも通じる都会的なセンスのフォンのルークトゥンは、
むしろルーククルンのような味わいがあるように感じます。泥臭さなんて、これぽっちもないもんね。
10年も前のアルバム、ルークトゥン・ファンの方には、何を今頃と笑われそうですが、
聞き逃さずにすんで良かった、と喜んでおります。

Fon Tanasoontorn "TUENG WAY LAR BORK RUK" Sure Audio CD090 (2007)
Fon Tanasoontorn "HAK AAI CHOAN POAN" BKP International BKPCD511 (1998)
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インド洋の東の果てのカシーダ ヌル・アシア・ジャミル [東南アジア]

H. Nur Asiah Jamil  LAGU LAGU GAMBUS BAND O G EL BAHAR.jpg

こりゃ、たまりません。
頭クラクラ、みぞおちモヤモヤの、トロける南洋熱帯歌謡は、
インドネシア、メダンの女性歌手ヌル・アシア・ジャミルが歌うカシーダです。

それにしてもこのサウンド、ターラブそのものじゃないですか。
東アフリカ沿岸部のスワヒリ文化が育んだのがターラブなら、
マラッカ海峡を挟んだスマトラ島とマレイ半島のムラユ文化が育んだのが、カシーダ。
インド洋の西端と東端で奏でられてきたイスラム系音楽がそっくりという不思議さ。
アラブ文化が海を越え、流れ着いた果てで、同じように変容するなんて。

H. Nur Asiah Jamil  PANGGILAN KA’BAH.jpg   H. Nur Asiah Jamil, Rusnah, Hikmah  QASIDAH MODERN.jpg

ヌル・アシア・ジャミルのレコードは、
80年代のオルガンやエレクトリック・ギターなどが入った
カシーダ・モデルン(「モダン・カシーダ」の意)・スタイルのアルバムが
これまでCD化されていましたけれど(上の2枚)、
今回手に入れたのは、それよりずっと前の、70年代録音のものと思われます。
まだオルガンは使われておらず、アコーディオンがその役を担っています。

不揃いのヴァイオリン・セクションが鄙びた音色を奏で、
ルバーナとベースが淡々とリズムを刻み続けるなかを、
主役の女性歌手と女性コーラスが、淋しげなメロディを紡いでいくように歌うと、
どこか人生の諦念を感じさせるような思いがするのは、ぼくだけでしょうか。

ガンブースや笛もアクセントとしてフィーチャーされ、
ノスタルジックなエキゾ歌謡、ここに極まれり。
カシーダはこの時代の録音が最高じゃないですかね。
身体にへばりつくような潮風のじっとりとした湿気を感じるサウンドが、もうたまりません。

H. Nur Asiah Jamil "LAGU LAGU GAMBUS BAND O G EL BAHAR" Life WCD0283
H. Nur Asiah Jamil "PANGGILAN KA’BAH" Life MIK6001
H. Nur Asiah Jamil, Rusnah, Hikmah "QASIDAH MODERN" Life MIK6003
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天賦のバラード表現 ハ・ヴィ [東南アジア]

Ha Vy  TAM SU.jpg

アジア歌謡の最高峰といっていいでしょうね。
ハ・ヴィのなめらかな歌声、繊細なヴィブラートと無理なく回るこぶしの奥底に、
ほのかに揺れる情感は、ヴェトナム歌謡が到達した最高のバラード表現でしょう。

はじめてこの人と出会った11年作の“MẸ LÀ TÌNH YÊU” が最高傑作すぎて、
その後の13年作“KỈ NIỆM TÌNH ĐẦU” は、ジャケットがいただけないこともあって、
パスしちゃいましたけど、今回はどうかなと聴いてみたのでした。

“MẸ LÀ TÌNH YÊU” に及ばないのは、楽曲の選択というプロダクション側の問題であって、
ハ・ヴィ本人の歌いぶりは、もう天賦の才としかいいようがありません。
たとえば、ぼくがいくらレー・クエンにホレ込んでいるといっても、
努力型のレーとハ・ヴィとでは、才能の開きは歴然としていて、
ハ・ヴィはテレサ・テンに匹敵する人といって、過言ではないでしょう。

イントロや間奏にヴェトナム伝統の響きをわずかに加えるほかは、
汎アジア歌謡曲の域を超えない伴奏とプロダクションながら、
ハ・ヴィの声がそこに乗れば、たちまちに主役の声を引き立てるためにそこにあるといった、
絶妙な味わいを醸し出すのだから、主役の存在感は絶大ですよね。

今作は、明るく朗らかな演歌調の曲も多く、泣き一辺倒ではないので、
広く歌謡ファンにアピールするともいえます。
もっとも、ぼくのような抒情歌謡の哀感に溺れたい向きには物足りなくもあり、
難しいところですが、伴奏のアレンジはさらに洗練されてきたのを感じます。

ただ、これだけはダメ出ししておきたいのは、
実質アルバム・ラスト曲の11曲目(これ以降、インストのカラオケ3曲の収録あり)。
このデリカシーのかけらもない打ち込みプロダクションは、サイテーです。
EDM仕様のイントロに、なんじゃこりゃと怒り心頭になりましたよ。
ハ・ヴィの歌が始まると、途端にサウンドがふくよかになるとはいえ、
それでもこの曲は聴くに耐えません。
というわけで、10曲目までをiTunes に落として聴いております。

Hạ Vy "TÂM SỰ" Thúy Nga CD014 (2015)
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南ヴェトナム大衆歌謡の味わい バン・タム [東南アジア]

Băng Tâm  ÐÊM SẦU ÐÂU.jpg   Băng Tâm  EM VẪN… HOÀI YÊU ANH.jpg

こちらは、アメリカのヴェトナム人コミュニティで活躍する越僑歌手です。
あでやかなアオザイのジャケットに引かれて曲目を見ると、
アルバム・ラストのタイトルの横に、「カイルオン」と書かれていますよ。これは期待できますね。
同い年に出たもう1枚のアルバムと合わせて、買ってみました。

冒頭から、歌謡ショーの世界そのもの。
いいですねえ。この大衆味は得難いものがありますよ。
ここ最近のヴェトナム本国の抒情歌謡が、
ホーチミンに暮らす都会人のノスタルジアを感じさせる傾向を感じさせますけれど、
こちらはもっと田舎の庶民的な演歌モードでしょうか。

主役のバン・タムは、81年2月3日ホーチミン生まれ。
94年に両親とともにアメリカへ移住し、カリフォルニア、オレンジ・カウンティで
歌手として成長した人とのことで、越僑シーンでカイルオンも歌える人というと、
フーン・トゥイがいましたけれど、彼女よりもさらに若いんですね。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-12-21

ダン・バウ(一弦琴)、ダン・チャン(箏)、ダン・ニー(胡弓)、ティウ(笛)など、
ヴェトナムの伝統楽器をたっぷりフィーチャーしたオーケストレーションのアレンジも鉄板で、
アジア歌謡のなかでも、とりわけデリケイトな世界を繰り広げてくれますよ。
タンコ(欧米風と伝統調がスイッチする男女掛け合い歌)では、
なんと大ヴェテランのフーン・ランがゲストで登場します。

ギター・フィムロン、ダン・バウ(1弦琴)、ダン・キム(月琴)など、
ヴェトナム独特のゆらぐ弦が入り乱れる演奏をバックに、
たっぷりとこぶしを利かせたヴォンコ調の歌いぶりを披露して
フーン・ランと渡り合っているのだから、大したものです。

アルバム・ラストは、32分に及ぶカイルオン。
さすがにこれを楽しむには、言葉の壁があって、日本人には厳しいですが、
バン・タムの語りは歌声と変わらぬ愁いを含んだ柔らかな表情で、引き込まれます。
相方を務める男性の穏やかな歌い口にも、ヴェトナム人の心優しさを感じさせますね。

劇中歌の長尺の曲が並んだ“ÐÊM SẦU ÐÂU” に対して、
“EM VẪN… HOÀI YÊU ANH” の方は、歌謡アルバム。
ヴェトナム歌謡の保守王道まっしぐらな完成度の高いプロダクションで、
郷愁味たっぷりのバラード世界を楽しませてくれます。

Băng Tâm "ÐÊM SẦU ÐÂU" Asia Entertainment no number (2015)
Băng Tâm "EM VẪN… HOÀI YÊU ANH" Asia Entertainment no number (2015)
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冬の慕情 ハー・ヴァン [東南アジア]

Hà Vân  MẸ LÀ CÁNH CÒ YÊU THƯƠNG.jpg

ひさしぶりにヴェトナムの伝統色溢れる、民歌(ザンカー)集と出会えました。
ちょうど一年前にも、南ヴェトナム懐メロ集で楽しませてくれたハー・ヴァンのアルバムです。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-12-14
とてつもなく歌のうまい人なんですが、実にさりげなく歌う人で、
けっしてその技巧をあからさまにオモテに出さないところは、
タン・ニャンとは真逆の個性といえますね。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-08-28

まずタイトル曲となっているアルバム冒頭の1曲目で、早くもやられちゃいました。
ギターとヴァイオリンだけの伴奏で歌うとは、ザンカーでは珍しい趣向です。
しっとりと歌うハー・ヴァンの慕情のこもった歌声に、胸が熱くなりましたよ。
身体の芯まで温めてくれるこの歌声は、寒い冬の季節にまたとありませんねえ。

2曲目以降は、コンテンポラリー・サウンドにダン・チャン(筝)や
ダン・バウ(一弦琴)の響きを添えたお馴染みのザンカーのプロダクションで、
ハー・ヴァンの美しいヴィブラートと鮮やかなこぶし使いを引き立てています。

また、レパートリーもいいんだな。
ハ・ヴィの11年の大傑作“MẸ LÀ TÌNH YÊU” で歌われていた“Đôi Ngả Chia Ly” に、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-11-01
レー・クエンが“KHÚC TÌNH XƯA 2 : TRẢ LẠI THỠI CIAN” で歌った“Ai Khổ Vì Ai” も
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-08-21
カヴァーしていますよ。

このCDはアメリカのV・ミュージックから出たもので、
以前紹介したルー・アイン・ロアンと同じレーベルですね。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-02-24
ヴェトナムではリリースされている形跡がなく、
越僑コミュニティ向けに制作されたものなんでしょうか。
ソフトケースという安っぽいパッケージは、まるでカンボジア製かミャンマー製みたいで、
海賊盤なのかと疑ってしまいます。

実は中身の方でも気になる点があって、曲間にかすかなプチ・ノイズが入るところや、
8曲目と13曲目でフェイド・アウトを待たずにブツッと終わるところは明らかな編集ミスで、
あちこちのアルバムから取ってきた海賊盤くさいんですが、
ハー・ヴァンの歌やバックのプロダクションには統一感があり、編集盤のようには聞こえません。

どうも出所不明の怪しさが釈然としないCDなんですが、内容はとびっきり。保証します。

Hà Vân "MẸ LÀ CÁNH CÒ YÊU THƯƠNG" V Music no number
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新妻のういういしさ ファン・フォン・アン [東南アジア]

Phạm Phương Anh  MỘT MAI ANH RỜI XA.jpg

はじめ聴いた時の印象が薄くて、
しばらく寝かせたままにしていた、ヴェトナムの新人女性歌手のデビュー作。
典型的な抒情歌謡なんですけど、すぐにピンとこなかったのは、
あまりにも暑すぎる真夏に聴いたせいだったのかな。

涼しくなってきたので、あらためて聴いてみれば、いやぁ、いいじゃないですか。
レー・クエンのレパートリーに通じる、古風でロマンティックな佳曲がいっぱい。
長調と短調を行ったり来たりする不思議なメロディの1曲目は、
60~70年代に活躍したトラン・クアン・ロックという作曲家によるもの。
トラン・クアン・ロックは長く忘れられていた作曲家だったそうで、
90年代に入ってから再評価されるようになったんだとか。

2曲目の“Một Mai Em Rời Xa” も、もしレー・クエンが歌ったら、
すごくドラマティックになりそうな悲恋の曲ですけれど、感情を抑えた風情が、
わが国では絶滅した清純派歌手の雰囲気そのもので、好ましいですね。
そしてアルバムのラストを飾るのは、
レー・クエンが10年作の“KHÚC TÌNH XƯA” で歌っていた“Buồn” ですよ。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-12-11
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-08-21

ヴェトナム中部ダナン出身のファン・フォン・アンは、
03年のコンテストで金賞を獲ってから本格的な歌手活動に入ったのだそうで、
このデビュー作を出すまで12年もかかったということは、
けっこう下積みが長かったんですね。

満を持したデビュー作は、全編スロー・バラードのアルバム。
繊細な歌い口で、ほのかな色気を感じさせながら
スムースに歌うファン・フォン・アンは、後味がとても爽やかです。
最初聴いた時、あまりにもスムースすぎて印象に残らなかったのも、
そのクセのなさゆえだったのかもしれません。

丁寧に歌うファン・フォン・アンの歌をバックアップするプロダクションもデリケイトで、
ストリングスを配しつつも、適度にヌケのいいサウンドが、
さらりとしつこくない歌の良さを引き立てています。
ファン・フォン・アンの歌のチャーミングな表情は、新妻のういういしさを思わせます。

Phạm Phương Anh "MỘT MAI ANH RỜI XA" Thăng Long no number (2015)
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タイの宝物 ウタイラット・グートスワン&チャンチラー・ラーチャクルー [東南アジア]

Utairat Kerdsuwan & Janjira Rachkru  SOMBAT THAI VOL.2.jpg

昨年末聴いた、タイの仏教歌謡レーのアイドル・デュオ、
ウタイラット・グートスワン&チャンチラー・ラーチャクルーの新作。
前作は、曲調に変化がなく単調きわまりない内容に加え、
地味なプロダクションという悪条件にもかかわらず、
二人の歌のうまさに引き込まれて、すっかり惚れ込んでしまいました。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-12-26

新作は、前作『タイの宝物』の続編で、今回はDVD付。
男女の恋模様を寸劇にしたものや、あでやかなタイ舞踊で演じられる映像は、
どれもおそらく、仏教説話がもとになっているものと思われます。

歌われている言葉がわかれば、意味もわかるのでしょうけど、
映像だけで内容を想像するのは、なかなかハードルが高いなあ。
外国人には雰囲気のさわり程度しか感じ取ることができませんけれど、
レーがタイ仏教を大衆芸能化したものであることだけは、よく伝わってきますよ。

今回のDVDでは、ウタイラットとチャンチラーの歌を聴き分けることもできました。
長身のウタイラットは、チャンチラーより声がやや低めで、
まろやかな歌い口に円熟味を感じるとともに、こぶし使いが絶品。
これみよがしにこぶしを使うのではなく、
繊細で正確に回す鮮やかな技巧に、うならされます。
一方、背の低いチャンチラーは、ウタイラットより高めの声でハリがあり、
押し出しの強さに、若々しさが表れています。

今回もプロダクションは、歌伴に徹しているため、聴きどころはなく、
二人の歌のうまさを聴き込むことしかできないわけですが、
次作ではそろそろ、ジョムクワン・カンヤーのアルバムのような、
サウンドの変化が欲しいですねえ。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-11-20

[CD+DVD] Utairat Kerdsuwan & Janjira Rachkru "SOMBAT THAI VOL.2" Here no number (2016)
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