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便り届かぬマレイシアの伝統歌謡 ナッシエル・ワハーブ [東南アジア]

Nassier Wahab  Tak Munghin Hujan Balik Ke Langit.jpg

あけましておめでとうございます。

金色に飾られたジャケットが、おめでたい正月気分に似合う、
マレイシアの伝統歌謡アルバムです。
マレイシアの伝統歌謡、2000年前後はずいぶん盛り上がったものの、
すっかりごぶさたとなっていまい、
最近は新録も届かなくなってしまいました。

久し振りに見つけた男性歌手の伝統歌謡アルバム、
なんとマレイシア伝統音楽界の重鎮S・アタンのプロデュースというので
即飛びついたんですが、クレジットを見てみれば、14年のアルバム。
あれまあ、もう6年も前のものだったか。

見逃し物件だったとわかり、ちょっとがっかりしましたけれど、
でも気付いてよかった好アルバムです。
クセのない甘い声と柔らかなこぶし使いで、
ジョゲット、ザッピン、アスリ、ドンダン・サヤン、クロンチョンなど、
多彩な伝統歌謡のレパートリーを歌っています。
S・アタンのアコーディオンを中心に、
ルバーナなどのパーカッションがマレイシアの伝統リズムを奏で、
モダンに仕上げたプロダクションもばっちりですね。

62年生まれのナッシエル・ワハーブは、
スロー・バラードを得意とするポップ・シンガー。
80年にS・アタンの後押しでデビュー作をリリースするという幸運に恵まれ、
80年代後半にポップ・バラードやダンドゥットを歌って人気を博したとのこと。
伝統歌謡に挑戦した本作のオリジナルは、00年の“KE PUNCAK PERSADA” で、
12年のアルバムから1曲‘Keroncong Kerinduan’を追加して
再発したものだったんですね。

う~ん、結局このアルバムも、
伝統歌謡ブームとなった時代の置き土産作品だったのかあ。
シティ・ヌールハリザやノラニーザ・イドリスたちが活躍したのも、今や昔。
あの頃のようなブームが再来しなくてもいいから、
せめてコンスタントに、伝統歌謡の新作を聴かせてもらいたいものです。

Nassier Wahab "TAK MUNGKIN HUJAN BALIK KE LANGIT" Musicland 51357-23472 (2014)
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ウェルカム・バック ソーサーダトン [東南アジア]

Soe Sandar Htun  HNA LONE THAR YAE AKARI.jpg

ミャンマーの伝統ポップスが花盛り。
メーテッタースウェ、キンポーパンチ、トーンナンディといった
十代の女性歌手たちが活躍して、溢れんばかりの若い才能をはじけさせているのは、
シーンに活気があるなによりの証拠ですね。
その一方、気になっていたのが、ソーサーダトンの近況が伝わらなくなってしまったこと。
00年代から10年代にかけて、ミャンマーの伝統ポップは、
この人の独り舞台だったといっても過言ではない活躍ぶりだったのに、
新作リリースがぱったり途絶えてしまって、
いったいどうしているんだろうと心配していました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2010-03-27
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2013-02-17

ちょうど「ミュージック・マガジン」でミャンマー音楽の特集が企画されて、
アルバム・ガイドに載せるアルバムを選んでいる最中だったんですけれど、
そうしたところにソーサーダトンの新作が飛び込んできたのは、嬉しかったなあ。
まさにグッド・タイミングとなったこの新作、何年ぶりでしょうか。
発売元が「ミャンマー伝統曲1000コレクション」シリーズと同じ、
KMA&ディラモーだというのにも、おおっ!となりました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2018-07-19

イーイーチョン&イーイーモン姉妹のアルバム同様、
美麗なホルダーケース入りのDVD付きなのだから、オドロキです。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2019-10-18
ソーサーダトンのDVDって、これが初めてじゃないですか。
これまではVCDしかなかったですもんね。ミャンマーでは今年に入ってから急に、
このCDとDVDセットでのリリースが目立つようになりましたね。

ソーサーダトンは、新作が途絶える前の10年代前半は、
仏教歌謡などの伝統歌謡のアルバムが続いていましたけれど、
本作はポップと伝統がないまぜとなったミャンマータンズィン。
曲のパートごとにスイッチするかつてのスタイルではなく、伝統サウンドの曲と
ロック・ギターを全面にフィーチャーした曲などを織り交ぜた内容になっています。

こういう歌謡ロック的なサウンドと伝統的なメロディを組み合わせるのは、
ポーイーサンが得意としていましたけれど、
プロダクション面の折衷のスキルもあがり、サウンドはかなりこなれましたね。
DVDのヴィデオを観ると、王朝時代の時代劇から現代の恋愛ドラマまで、
曲ごとヴァラエティに富んでいて、ライヴ演奏も登場します。

ヴィデオを観て、あれれと思ったのは、昔のようにポッチャリなお姿に戻っていたこと。
10年代前半にはダイエットの成果か、かなりスリムとなったのに、
だいぶリバウンドしてしまいましたね。

Soe Sandar Htun "HNA LONE THAR YAE AKARI" KMA & Diramore no number (2019)
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ミャンマーの謎ピアノ、サンダヤー サンダヤー・チッスウィ [東南アジア]

Sandayar Chit Swe  HIS MEMORABLE IMPROVISATION.jpg

ミャンマーの不思議ピアノ、サンダヤーの名手
サンダヤー・チッスウィのアルバムを手に入れました。
この人については、以前<ミャンマーの亀井静香>と書いて紹介しましたが(笑)、
覚えておられる方がいらっしゃいますでしょうか。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2015-06-17

古典/伝統音楽専門のイースタン・カントリー・プロダクションから出た
旧録復刻の2作目で、以前このレーベルから出た
“HIS ART, HIS TOUCH” より音質の良い録音が目立つので、
少し後の録音を編集したもののようです。
とはいえ、2作とも曲ごとの音質のバラツキが激しく、クレジットもないので、
録音時期は不明なのですけれど。

『忘れ得ぬ即興』というタイトルの本作。
あの独特のピアノ・スタイルの即興がたっぷり味わえるのかと思いつつ、
どこまでが作曲で、どこから即興なのかが、もともとよくわからないミャンマー音楽なので、
果たして演奏を聴いただけで判別できるのやら。
まったく自信ないまま聴いてみたものの、やっぱりよくわかりませんねえ。

音質の良くない古そうな録音の1曲目だけ、
ドラムスとベースのリズム・セクションが付き、
ラウンジーなカクテル風ピアノを聞かせるのですけれど、
この曲など完全に作曲されたもので、即興を思わせるパートはありません。
他も完全即興と思える曲はなく、
ミャンマー版キース・ジャレット/チック・コリアが聞けるか!?
な~んて過剰な期待はしちゃいけないみたいですね。

古典と現代がスイッチするタイプの楽曲でなく、
古典をもとにコンポーズしたような曲では、
ピアノ練習曲のような器械的な運指で演奏するパートが、おそらく即興なんでしょうね。
パッタラー(竹琴)のチューニングと同じ7音音階に合わせたサンダヤーは、
パッタラーと同じ演奏法から発展したと聞きます。

チッスウィの演奏を聴くと、西洋クラシック音楽のピアノ奏法も習熟していて、
そのミックスした奏法が面白く聞こえます。
いまどきのクラシック音楽のピアノ練習曲では、
バイエルやツェルニーは使われなくなったそうですけれど、
ここで聞かれるピアノは、そんなピアノの運指を連想させますね。

そんな器械的なフレーズと、ミャンマー伝統のメロディが織り交ぜて奏でられる
不思議音楽。やっぱり謎なミャンマーのピアノ、サンダヤーです。

Sandayar Chit Swe "HIS MEMORABLE IMPROVISATION" Eastern Country Production ECP-N29
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ミャンマーの伝統歌謡を歌う姉妹デュオ イーイーチョン&イーイーモン [東南アジア]

Ei Ei Chong & Ei Ei Mon  YINTHAEKA GANOWIN THAYMYAR.jpg

ミャンマーの伝統歌謡界に、見目麗しい姉妹デュオが登場しましたよ。
その名は、イーイーチョンとイーイーモン。
どっちがどっち?と最初わからなかったんですが、
最新作の写真右側、八重歯のある方がお姉さんのイーイーモンで、
写真左側が妹のイーイーチョン。

パッケージがヴェトナム並みの美麗な装丁なうえ、DVD付きなのには驚かされました。
ついこの前まで、ソフトケースにCD-Rがスタンダードだったミャンマー盤が、
突如高級感溢れるホルダーケース仕様となったのには、こりゃ、一体どうしたことかと。
ミャンマー経済の内需好調の様子が、こんなところにも現れているようですねえ。
お隣タイではCD生産が激減しているのに、皮肉なことです。

で、中身の方なんですが、
全編ミャンマータンズィンなんだから、万歳三唱もの(はしゃぎすぎ)。
ラスト1曲のみ、ギター、ベース、キーボード、ドラムスのバンドをバックにした
ポップ・ナンバーで、伝統歌謡ファンにはたまらない内容となっています。
二人のデュオあり、それぞれソロで歌う曲ありで、二人とも歌唱力は高いんですけれど、
とりわけイーイーチョンの柔らかなコブシ使いと、
ハリのある凛とした発声の良さは、飛び抜けています。

観客なしの会場でのライヴを撮影したDVD『ライヴ・ショウ』を観ると、
フネーを含むサイン・ワイン楽団4人に、
5人のホーン・セクション(トランペット、テナー、バリトン、
アルト・サックス、チューバ)に、6人のストリング・セクション、
ピアノ、ギター、ベース、ドラムスというゴージャスなバック。
しっかりとしたアレンジがなされていて、
一流の音楽家たちを起用していることがうかがわれる演奏内容です。
1曲ごとにお召し替えする二人も見どころですね。

いやあ、すごい新人が出てきたもんだと思ったら、
7月に出たばかりのこの新作は、すでに3作目だそうで、
15年にデビュー作、16年に2作目を出していることが判明。
早速そちらも手に入れてみると、なんとこの2作もDVD付きなのだから、ビックリです。
デビュー作からこの力の入れようなのだから、二人への期待の大きさがわかりますね。
しかもVCDじゃなくて、DVDというのは、ミャンマーでは破格でしょう。

Ei Ei Chong & Ei Ei Mon  MYINT MO PHAY PHAY.jpg

デビュー作は、オープニングから前半で、
サイン・ワインのアンサンブルが加わったタンズィンを聞かせるものの、
ほとんどはポップ・ナンバーが中心。
まだ伝統歌謡一本で売り出すのには、迷いがあったようですね。
DVDを観ると、ポップ曲がMVで、タンズィンはライヴ・ショウ仕立てとなっていて、
なんと、イーイーチョンがサイン・ワイン(パッ・ワイン)を叩きながら
歌うシーンもあります。
あてぶりかと思いきや、サイン・ワインを叩く手元がはっきりと映っているので、
本当にサイン・ワインを演奏できるみたいですよ。スゴいなあ。

Ei Ei Chong & Ei Ei Mon  A PYO TAW GAN BI YA.jpg

2作目になると、ミャンマー音階が顔を出さない西洋スタイルのポップ曲は2曲に減り、
ほかはすべてバンド・スタイルのポップなメロディと行き来する
折衷スタイルのミャンマータンズィン。しかも、タンズィンを作曲しているのは、
ミャンマー伝統音楽界の大物セイン・ムーターなのだから、びっくりです。

Ei Ei Chon  HLEL YIN TAW.jpg   Ei Ei Chon  U LAY GYI.jpg

姉妹で2作を出したあと、妹のイーイーチョンの方は、ソロ・アルバムを2作出しています。
CDが入手できずVCDを入手したのですが、“HLEL YIN TAW” は伝統歌謡アルバム、
“U LAY GYI” がポップ・アルバムとなっていました。

こうしてみると、レコード会社を変えて出した最新作は、
伝統歌謡路線にしっかりと軸足を据えて制作したものだということがわかります。
サイン・ワイン楽団も、セイン・ムーターの息のかかった
名手たちが揃っているんじゃないでしょうか。

メーテッタースウェ、キンポーパンチ、トーンナンディなどの少女歌手に加え、
姉妹デュオの登場と、ミャンマー伝統歌謡は花盛りですね。

Ei Ei Chon & Ei Ei Mon "YINTHAEKA GANOWIN THAYMYAR" Man Thiri no number (2019)
Ei Ei Chon & Ei Ei Mon "MYINT MO PHAY PHAY" Yatanasein no number (2015)
Ei Ei Chon & Ei Ei Mon "A PYO TAW GAN BI YA" Yatanasein no number (2016)
[VCD] Ei Ei Chon "HLEL YIN TAW" Yatanasein no number (2018)
[VCD] Ei Ei Chon "U LAY GYI" Yatanasein no number (2018)
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敬虔な仏教徒のミャンマー伝統歌謡 キンポーパンチ [東南アジア]

Khin Poe Panchi  MINGALAR AH HKWAR TAW.jpg

待ってました! ミャンマーで8月に発売されたキンポーパンチの新作。
7月19日、彼女のフェイスブックに新作のジャケ写が公開されて以来、
首を長くして待ってたんですけれど、やっと手元に届きましたぁ。

デビュー作では、ツインテールのまだあどけない15歳の少女だったキンポーパンチ。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2016-08-16
4年を経てすっかり成長し、豪華絢爛なゴールドのドレスに身を包み、
大人ぽくなった姿を見せてくれます。
といってもまだハタチ前、19歳のティーンですからね、
歌声ははち切れる若々しさに溢れています。

オープニングとラストの2曲は、フォーク・ロック調のサウンドで、
ベース、ドラムスのリズム・セクションが付くポップ曲。
いかにもミャンマーらしい、毒のない穏やかなメロディで、
微分音の音階使いがミャンマー・ポップスならではですね。

そして、この2曲にサンドイッチされた7曲は、すべてミャンマータンズィン。
ピアノ(サンダヤー)とフネー(ダブルリードの笛)に、
チャウロンパッ(大太鼓と横一列に並ぶ異なるサイズの太鼓のセット)と思われる打楽器が
くんづほぐれつしながら、華やかなサウンドを生み出し、
そのバックでシンセサイザーが分厚いハーモニーを付け加えていきます。

今回はサイン・ワインは使っていないようですけれど、
黄金色に輝くサウンド・プロダクションは、ミャンマー伝統歌謡の王道といえるもの。
この本格的なサウンドをバックに、みずみずしくも清廉な歌声をきかせる
キンポー嬢の歌いぶりも鮮やかです。

デビュー作から成長著しい歌声を披露した快作となっているんですけれど、
彼女のフェイスブックには、新作を出した後も、
特にプロモーションをしている様子がうかがえません。
これって、メーテッタースウェのフェイスブックも同じなんですけれど、
SNSをプロモーションにぜんぜん使わないんですね。

フェイスブックのタイムラインを見ていても、新作関連の記事というと、
先に書いた発売前のジャケットが公開されたのと、
8月12日に出荷前のダンボールに詰まったCDの写真が載せられただけ。
CD発表の記者会見だとか、お披露目パーティみたいな芸能人ぽい記事はいっさいなく、
「CD絶賛発売中! みんな買ってね!」みたいなガツガツした宣伝も皆無。
4年ぶりの新作リリースというのに、拍子抜けするほど盛り上がらず、
タイムラインには淡々とした日常が綴られています。
これが日本の19歳だったら、どんだけ騒がしくなるかと思うんだけれども。

キンポーパンチもメーテッタースウェも、そんな自分の新作プロモーションより、
僧侶に寄進をしたり、僧院の行事へ参加したりという、
仏教徒らしく功徳を積む姿が盛んに投稿されています。
ミャンマータンズィンを歌う伝統歌謡の歌手たちの活動は、
コンサートよりもチャリティが中心のようで、
あらためて敬虔な仏教徒であることを印象付けられます。

Khin Poe Panchi "MINGALAR AKHAR DAW" Man Thiri no number (2019)
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清澄なミャンマー古典歌謡の詩情 イーイータン [東南アジア]

Yi Yi Thant  MYANMAR SEINT YINN MYANMAR SHU KHIN.jpg

イーイータンのソロ・アルバム! うわぁ、これは珍しいですねえ。
イーイータンといえば、マーマーエーと肩を並べるミャンマー古典歌謡の大御所。
その名声の高さは十分承知しているものの、
どういうわけだか、これまでソロ・アルバムにお目にかかったことがありませんでした。

イーイータンは、20世紀最高のサウン(竪琴)の名手とされた
インレー・ミン・マウンに可愛がられ、専属の歌手にもなっていた人。
インレー・ミン・マウンの多くのカセット作品に、フィーチャリングされてきました。
国外でもっともよく知られている作品が、インレー・ミン・マウンの死後に
スミソニアン・フォークウェイズが出した、96年録音の
“MAHAGITÁ: HARP AND VOCAL MUSIC OF BURMA” でしょう。

Mahagita.jpg

イーイータンが古典歌謡の歌い手としてファースト・コールだったことは、
海外でミャンマー音楽を紹介するコンピレに、
必ずといっていいほど登場していることでも証明できます。
97年にシャナチーが出した“WHITE ELEPHANTS AND GOLDEN DUCKS”、
11年にサブライム・フリークエンシーズが出した“PRINCESS NICOTINE” にも
顔を出していましたよ。

そんなイーイータンの初めて見るソロ・アルバム、
たった5曲、28分足らずのミニ・アルバムなんですが、いつ出たものなんでしょう。
ピアニストで作曲家のサンダヤー・ラトゥ Sandayar Hla Htut (1936-2000)が
ピアノを弾いているので、90年代録音でしょうか。
00年以降のアルバムでないことだけは確かですね。
5曲中4曲がラトゥの作品で、伴奏はラトゥのピアノのほか、
タヨー(ヴァイオリンに似たミャンマーの古楽器)、太鼓などによる
室内楽風の小編成で聞かせます。

古典歌謡といっても、ロマンティックな恋愛詩を歌ったものなんじゃないかと想像する、
和らいだメロディの佳曲を、イーイータンが清澄な歌声で聞かせます。
1曲目のタイトル曲「ミャンマーのこころ ミャンマーの風景」は、
サンダヤー・ラトゥの代表曲としてよく知られる曲だそうで、
ゆったりとした空気感に、場を清めるような清涼感は、インドにも中国にもない
ミャンマーの詩情を感じずにはおれません。
余計な緊張感を聴き手に強いない、ミャンマー古典の良さをおぼえます。

Yi Yi Thant "MYANMAR SEINT YINN MYANMAR SHU KHIN" M United Entertainment no number
Inle Myint Maung and Yi Yi Thant "MAHAGITÁ: HARP AND VOCAL MUSIC OF BURMA" Smithsonian Folkways Recordings SFWCD40492 (2003)
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クロンチョンの生まれ故郷で クロンチョン・トゥグー [東南アジア]

Krontjong Toegoe  DE MARDIJKERS.jpg

クロンチョン・トゥグー? そんなクロンチョン楽団があるの?
クロンチョン発祥の地トゥグーのクロンチョン楽団といえば、
由緒あるオルケス・クロンチョン・カフリーニョ・トゥグーが有名ですけれど、
クロンチョン・トゥグーという楽団名は、初耳です。

調べてみると、オルケス・クロンチョン・カフリーニョ・トゥグーの
チェロ奏者だったアレンド・J・ミッシェルが、88年に結成した楽団とのこと。
アレンド・J・ミッシェルは、かつての解放奴隷(トゥグー集落の住民)の末裔たちの
絆を深めるため、76年にコミュニティ組織を設立し、
さらに若い世代へ伝統音楽を継承するために、クロンチョン・トゥグーを結成したとのこと。
93年にアレンドが死去した後は、息子のアンドレが楽団リーダーを継いだそうです。

トゥグーのクロンチョン楽団は、70年代になると、
オルケス・クロンチョン・カフリーニョ・トゥグー
ただひとつになるまで衰退してしまいますが、
アレンドたちの努力によって、若手音楽家の育成が図られ、
現在オルケス・クロンチョン・カフリーニョ・トゥグー、クロンチョン・トゥグー、
クロンチョン・ムダ=ムディ・コルネリスの3つのグループが活動しているそうです。

で、このクロンチョン・トゥグー、いいじゃないですか。
真面目な伝統保存一辺倒なのかと思いきや、
風通しのいい演奏ぶりで、とても自由なんですよ。
伝統保存に足を縛られることもなければ、型を守るあまり窮屈となることもなく、
伸び伸びと演奏しているのが伝わってきて、嬉しくなります。

もちろん、クロンチョンの伝統形式に沿った演奏ではあるものの、
洒落たブリッジを挟み込んだり、
ヴァイオリンを多重録音して柔らかなハーモニーを作ったり、
ギターのちょっとしたトリッキーなプレイでユーモラスな場面を付け加えたりと、
自然なヘッド・アレンジで生まれたアイディアが、ふんだんに盛り込まれています。

優雅なワルツの‘Oud Batavia’ や、
若い女性歌手が歌う‘Mardijkers’ のしっとりした味も格別。
全体にアマチュアぽさが貫かれているところもこの楽団の良さで、
ローカルな味わいに溢れています。
クロンチョンの生まれた原点が、そのまま息づく姿をパッケージした得難い作品です。

Krontjong Toegoe "DE MARDIJKERS" Gema Nada Pertiwi CMNP438 (2018)
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プータイのラム モンルディー・プロムチャック [東南アジア]

Monruedi Phromchak  SAO NAK RIAN TAM TO.jpg   Monruedi Phromchak  LAM PHUNTHAI VOL.1.jpg
Monruedi Phromchak  LAM PHUNTHAI VOL.3.jpg   Monruedi Phromchak  LAM PHUNTHAI VOL.4.jpg

10年以上前、たった1枚見つけたCDで、
トリコとなったモンルディー・プロムチャック。
モーラムの伝統的な歌唱法をしっかりと備えた人で、
太く芯のあるコブシ回しの絶妙さに、いっぺんでマイってしまいました。

当時どういう人なのか調べるも、手がかりがなく、
前川健一さんの『まとわりつくタイの音楽』に書かれた、
わずか6行の短い紹介が、ゆいいつの日本語情報でした。
そこで前川さんも「安テープの山から見つけた宝物のひとつ」と語られているとおり、
伝統モーラム・ファンを夢中にさせる力量は、折紙付きといえます。

その後、Soi48 の『旅するタイ・イサーン音楽ディスク・ガイド』で
モンルディー本人へのインタヴューを含む8ページの記事が載り、
ようやくこの人のバイオグラフィを知ることができました。
その記事のおかげで、以前ぼくが手に入れたクルーン・タイ盤CDは、
82年頃に録音されたアルバムをCD化したものだということもわかりました。

しかしモンルディーのCDはこれ1枚しか見つからず、
ほかにないのかなあと、長年思っていたんですよね。
『旅するタイ・イサーン音楽ディスク・ガイド』には、
もう1枚別のCDの写真も載っていたので、
きっと現地に行けばもっと出ているんだろうとは思っていたんですが。

ところがつい最近、現地でモンルディーのLP・CD・カセットを
ごっそり買い付けてきた人がいて、さきほどの
『旅するタイ・イサーン音楽ディスク・ガイド』に載っていたCDもあり、
喜び勇んで3タイトルいただいてきました。
いずれも『ラム・プータイ集』と名付けられたアルバムです。

モンルディーはイサーン出身のラーオ人ですけれど、
ラオスへ行ってモーラム修行したという人だということは、
件のインタヴューで語られていたとおりです。
ラオスで流行していたラム・タンワーイとラム・プータイをとても気に入り、
猛練習して自分のものにし、タイに持ち帰ってヒットをあげたそうで、
今回の3枚は、そのラム・プータイを集めたCDのようです。

プータイというのは、中国雲南省や杭省周辺からヴェトナム、ラオスの北部を抜け、
タイ東北部イサーン地方に移り住んだ少数民族ですね。
独自の言語を持ち、プータイ固有の文化と音楽を受け継いできた人々で、
ラム・プータイはプータイ語で歌われるモーラムなのでしょう。

ゆったりとした自由リズムで、歌う、というか、吟じる、といった表現の方が
ぴったりくるモンルディーのおおらかにうねる節回しは、
クルーン・タイ盤ですでに承知とはいえ、耳を惹きつけられぱなしになります。
ケーン、ピン、ソーなどの伝統楽器に、
オルガンやシンセを加えたシンプルな伴奏も、必要最小限で申し分ありません。
全曲同じような曲調にテンポでも、まったく聴き飽きることがないのは、
デビュー前に名人チャウィーワン・ダムヌーンとも一緒に活動していたほどの、
本格ラム使いであるモンルディーの至芸ゆえでしょう。

Monruedi Phromchak "SAO NAK RIAN TAM TO" Krung Thai KTD008
Monruedi Phromchak "LAM PHUNTHAI VOL.1" V. Musicsound SCD9
Monruedi Phromchak "LAM PHUNTHAI VOL.3" V. Musicsound SCD11
Monruedi Phromchak "LAM PHUNTHAI VOL.4" V. Musicsound SCD12
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里帰りしたヴェテラン越僑シンガー タイン・ハー [東南アジア]

Thanh Hà  MỚI MẺ NÀO CŨNG NGỌT NGÀO.jpg

うわぁ、まるでエドワード・スタイケンのファッション写真みたいじゃないですか。
マレーネ・ディートリッヒやグレタ・ガルボの名フォトの数々が思い浮かぶ、
ノスタルジックなセピア調のジャケット・デザインに目を奪われました。
ヴェトナムのヴェテラン・ポップス・シンガー、タイン・ハーの新作です。

ドイツ系アメリカ人の父とヴェトナム人の母のもとに生まれたタイン・ハーは、
少女時代から地元ダナンのラジオ局で歌ってきたという人。
高校卒業後に難民申請してフィリピンへ渡り、
難民キャンプの美人コンテストで優勝してから本格的に歌手活動を始めたそうで、
91年にアメリカへ移り、96年にトゥイ・ガからデビュー、
越僑歌手として20年以上のキャリアがあります。
白人の父親の影響でヴェトナム人的な顔立ちでないところが、フィ・ニュンと同じですね。

そんなタイン・ハーが、17年から活動拠点をヴェトナムへ移し、
ヴェトナムの若手作曲家や音楽家たちとプロジェクトを組み、
2年の歳月をかけて作り上げたのが本作です。
若手による作品ながら、ノスタルジックな抒情歌謡路線のアルバムで、
近年のボレーロ・ブームに沿った作品といえます。

実は、タイン・ハーを聴くのはこれが初めてなんですが、
おそらくトゥイ・ガから出していたアルバムとはがらりと違っているんじゃないかな。
語尾のヴィブラート使いのしつこさがやや気になりますけれど、
少しハスキーな声で軽やかに歌いながら、
しっとりとした情感を出すあたりは、さすがですよ。

ドラマティックな曲で歌い上げても、まったくしつこさを感じさせず、
さっぱりしてるところも美点ですね。
ドライな味に魅力のある人です。

Thanh Hà "MỚI MẺ NÀO CŨNG NGỌT NGÀO" Phương Nam Phim no number (2019)
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60年代のトゥンテー・テインタン [東南アジア]

Twante Thein Tan  SHWE GANDAWIN (3).jpg   Twante Thein Tan  SHWE GANDAWIN (1).jpg

少しずつですけれど、ビルマ大衆歌謡の黄金時代の録音が
CD復刻されるようになってきたようで、積年の渇きがいやされる思いがします。
その皮切りが、一昨年のコー・アンジーの3枚でしたけれど、
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-09-20
今度は90年代まで息長く活躍したヴェテラン歌手トゥンテー・テインタン。
芸名のとおりトゥンテー出身の歌手で、41年生まれ、63年デビュー。
歌手のほか役者としても人気を博し、大衆から愛された歌手です。

今回手に入れたのは、『ベスト集第3集』。
実は、すでに『ベスト集第1集』を持っていたんですが、
冒頭1~4曲目に、シンセサイザーやドラムスも入る、
晩年の90年代とおぼしき録音が収録されていて、
後半5~11曲目が60年代録音という、妙な編集になっていたんですね。

この第3集は、1~8曲目までが60年代録音で、
9~11曲目からシンセ入りの80年代録音。
う~ん、同時期の録音でまとめてくれた方が聴きやすいんですけれどねえ。
未入手の第2集も新旧入り乱れているのかな。

『ベスト集』の表紙は、後年のトゥンテー・テインタンの写真があしらわれていますが、
ビルマ女性の憧れの的だったという、若き日のイケメンなポートレイトをあしらった
CD“TEA YE THEIN TAN ALWAN PYAY” も出ています。
ただし、内容はエレクトリック化した80年代以降の録音なので、ご注意のほど。
なんでこういう紛らわしいことするのかなあ。

さて、その注目の60年代録音ですけれど、
ピアノ(サンダヤー)、ヴァイオリン、トランペット、サックスなどの管楽器に、
ミャンマー伝統の響きを添えるチャルメラ(フネー)、太鼓、シンバル(リン・グイン)が
混然一体となって、ミャンマー独特の旋律を奏でます。
ミュート・トランペットのひなびた音色もまた、味わい深く聞こえます。

この時代のビルマ歌謡ほど、東洋と西洋が濃厚にミクスチャーされた音楽も
なかなかないんじゃないでしょうか。
のちのミャンマータンズィンでは、サイン・ワインも加わり、
西洋スタイルのバンド・スタイルの演奏とスイッチしながら曲が進行する、
摩訶不思議な音楽へと発展していきますが、
この時代はサイン・ワインを使わずとも、
ピアノやヴァイオリンが濃厚なビルマ臭を漂わせる一方で、
サックスとトランペットのソリは西洋のビッグバンド・スタイルのアレンジで、
東洋と西洋がくんずほぐれつしています。

トゥンテー・テインタンの歌もハツラツとしていて、
こぶしを利かせながら、明るい表情でメリハリのある歌い回しを披露しています。
台詞が入る曲もあり、往時の映画挿入歌も収録されているようですよ。

Twante Thein Tan "SHWE GANDAWIN (3)" Man Thiri CDMTR21086
Twante Thein Tan "SHWE GANDAWIN (1)" Man Thiri CDMTR21087
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若手育つボレーロ・シーン レー・クエン [東南アジア]

Lệ Quyên  KHÚC TÌNH XƯA 5  HẸN HÒ.jpg

そしてもう1作が、シリーズ化したボレーロ集“KHÚC TÌNH XƯA” の第5弾。
初めてぼくがレー・クエンと出会ったのが、このシリーズの初作でした。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-12-11
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-08-21

本シリーズの前作“KHÚC TÌNH XƯA : LỆ QUYÊN - LAM PHƯƠNG” が、
「ミュージック・マガジン」のベスト・アルバム2017ワールド・ミュージック部門で
2位となったのには、さすがにぼくもビックリしましたよ。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-03-20

レー・クエンを絶賛しているヤツなんて、ぼく一人だけのもので、
長い間ずっと孤軍奮闘だったんですから、えぇ。
日本盤が出るわけでなし、大型輸入CDショップには相手もされず、
日本で在庫しているのは、セレクト・ショップ2店だけというお寒い状況で、
よくぞ2位という破格の評価をしてくれたものです。

世の流行やら業界事情などではなく、真に内容を評価してくれたからこそで、
これは本当に嬉しかったですよ。カンゲキしました。
毎年のように一人絶賛しているのも、アホみたいというか、
どうせ人から呆れられているのだろうと、
個人の年間ベストに入れるのを、初めて遠慮した年のアルバムだっただけに、
カタキをとってくれたみたいな気分で、痛快至極でありました。

さて、その日本を代表する音楽誌で年間2位の評価を得た作品の次作となる本作は、
2部構成という初の企画。
前半の1部はレー一人が歌いますが、後半の2部は、ボレーロ・コンテストで入賞し、
レーが育ててきた若手歌手たちとのデュエットという構成になっています。
レー・クエンが歌い始めたのをきっかけに、
古いヴェトナム歌謡は、ボレーロのジャンル名で親しまれるようになりました。
当時を知るオールド・ファンばかりでなく、若者にも受け入れらて、
コンテストが開催されるほか、レー・クエンのフォロワーが登場するまでの
盛り上がりをみせています。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-04-26

今作でレーとデュエットした7人のうち、ぼくが耳をそばだてられたのは、
9曲目のマイ・フォンという女性歌手。
ザンカー系の素養をうかがわせる、発声とこぶしを駆使する歌手で、
繊細なこぶし使いや、厚みのある中音域の落ち着いたトーンがいいですね。
レーと一緒に歌って、レーの声より前にせり出してくる押しの強さは、傑出しています。

そして、レー・クエン自身も成長しています。
出だしの第一声の、軽やかなハイ・トーンに驚きました。
一瞬、え? これ、レー・クエンか?と戸惑い、
しばらく別人じゃないのかと、首をひねりながら聴き進めていくうちに、
ようやく彼女の声だとわかりました。
シリーズ初作の頃から考えると、レーの発声もずいぶん軽やかになりました。

前作にもその傾向はうかがえましたけれど、今回かなりはっきりしましたね。
低音のアルト・ヴォイスで、ぐぅーっと声を絞り上げる、
レーのトレードマークともいえる歌い回しが、影を潜めるようになったともいえます。
これでレー・クエンが苦手といっていた人も、あらためてファンになる人が出てくるかも。

レーが語るところによると、これまでのレコーディングでは、
歌の世界に没入するあまり、完パケのあとは憔悴しきっていたとのこと。
歌の主人公の悲哀に打ちのめされ、自室にひきこもってしまうほど、
メンタル面で打撃を受けていたんだそうです。
それが結婚や出産を経て、より歌を快適に、自然に歌えるようになったといいます。
こうしたメンタル面での成長が、エモーショナルなアルト・ヴォイスを抑えて、
軽やかさをもたらしたようですね。

このシリーズを始める前、レーがまだカヴァー歌手だった若い頃は、
古い叙情歌謡にトライしてみても、詩の解釈や歌い込みが不足していて、
自分の未熟さを痛感していたといいます。
歌の主人公になりきれるよう、自らを追い込まないと歌えなかったそうで、
そうした激しさが、あの深い情念をもたらしたんですね。
それが人生経験を積むようになって、歌との距離感をコントロールできるようになり、
楽に歌えるようになってきたと、インタヴューで彼女は語っています。

ボレーロ・ブームのさきがけでとして、後進を育てつつも、
みずからも成長を続けるレー・クエン、頼もしい人です。
芸歴20周年を迎える今年、12月には記念コンサートも予定され、
すでに20年記念プロジェクトがスタートしているそうです。

Lệ Quyên "KHÚC TÌNH XƯA 5 : HẸN HÒ" Viettan Studio no number (2019)
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悲恋を歌わせたら世界一 レー・クエン [東南アジア]

Lệ Quyên  TÌNH KHÔN NGUÔI  VOL.6.jpg

少しごぶさたになっていたヴェトナムのボレーロ・クイーン、レー・クエン。
2年ぶりに、また彼女の歌に溺れる日々がやってきました(←喜んでる)。
う~ん、心おどりますねえ。

2年ぶりなのは、昨年リリースされた『チン・コン・ソン集』ががっかりだったから。
8年前のヴェトナム旅行でレー・クエンを発見して以来、
新作が出るたび、欠かさずに記事を書いてきましたが、
前作の『チン・コン・ソン集』は、さすがに書く気はおこりませんでした。

次作は『チン・コン・ソン集』という話が漏れ伝わってきた時点で、
イヤな予感はしていたんです。シロウトぽい歌手が、とつとつと歌ってこそ
味の出るチン・コン・ソンの曲をレーが歌うだなんて、
あまりにも歌い手の資質を無視した、無謀な企画。
彼女はどう対峙するつもりだろう、何か妙案でもあるのかしらんと気をもみましたが、
仕上がりは、彼女の持ち味と全くかみ合っておらず、レー初の失敗作。
アルバムが出るたび傑作というレー・クエンも、ついにつまづいちゃいましたね。

というわけで、ひさしぶりになったレー・クエンなんですが、
年初め早々から、いきなり2作同時リリースです。
前にもこういうことがありましたけれど、意欲満々じゃないですか。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-02-18

実は『チン・コン・ソン集』もセールスは芳しくなく、イニシャルが4000枚だけ。
ところが、今回の2作は発売初日でいきなり7000枚がはけたとのこと。
ヴェトナム歌謡界で一番怠惰な歌手と、レー本人も告白するとおり、
これまでミュージック・ヴィデオの制作をしてこなかったものの、
今回は新作から2曲のヴィデオ・クリップを制作して、やる気も十分です。
発売前の1月3日にハノイ・オペラ・ハウスで、
発売当日の1月10日にはホーチミンで、新作お披露目のコンサートが行われたそうです。

ここ最近のレーは、若手作曲家によるポップス・アルバムと、
ヴェトナム戦前の作曲家たちによる抒情歌謡のボレーロ・アルバムを、
それぞれ制作していて、今回の2作もそれに従っています。
今回紹介するのは、第6集と銘されたポップス・アルバムの方。
「6」のカウントの仕方がいまひとつよくわからなくて、
というのも、もっと多くのポップス作を出しているからなんですが、
今回のパッケージ・デザインの美しさには、目を見開かされます。
アート・ディレクションのファッション・センスは、
今のヴェトナムのクオリティの高さを表していますね。
おなじみとなったホルダー・ケ-スには、
歌詞と美麗写真を表裏にしたカード6枚が入っています。

カード枚数からもおわかりのとおり、全6曲。
収録時間30分に満たないミニ・アルバムですが、内容は濃いですよ。
レー・クエンお得意の、情感たっぷりに悲恋を歌ったラヴ・ソング集です。
アクースティック・ギターを効果的に使い、ヌケのあるサウンドを作っていて、
レーの歌いぶりも重々しくならないよう、歌いぶりを変化させているのに気付きます。
軽やかなハイ・トーンを意識的に使い、発声の仕方を変えていますね。

それでも、にじみ出る情念の濃さは、レーならではでしょう。
悲恋を歌わせたら、この人を凌ぐ人は世界にいないのではと思わせるほど、
胸の奥を締め付けられるような深い情感を絞り出す。やっぱりスゴイですよ。
ヴェトナム語をまったく介さない人間が、その歌いぶりとメロディに、
これほど感情を揺さぶられてしまうのだから、
あらためて歌の力のスゴ味を思い知らされます。

Lệ Quyên "TÌNH KHÔN NGUÔI VOL.6" Viettan Studio no number (2019)
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洗練の歌唱力 トッサポン・ヒンマパーン [東南アジア]

Tossapol Hinmaporn  4SCD5162.jpg

長い間その名を忘れていた、トッサポン・ヒンマパーン。
タイの仏教歌謡レーに入れ込んでいた15年ほど前、よく聴いた歌手なんですが、
18年の新作に出くわして、ずいぶん聴いていなかったことに気付きました。

仏教説話を大衆歌謡化したレーは、
ポーン・ピロムからワイポット・ペットスパンに受け継がれ、
その後進としてトッサポン・ヒンマパーンが活躍するようになったわけですけれど、
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-12-12
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-12-14
クセのないなめらかなこぶし回しを聞かせるトッサポンは、
先達の二人とは違う、洗練された技巧の持ち主です。

レーを歌いこなすには高い歌唱力が必要で、
モーラム以上の技巧が要求されるというのは、なるほどとうなずける話ですけれど、
トッサポンのサラリと歌ってのける技量の高さはスゴイですよ。
技巧を聴く者に意識させないスムーズな歌唱が、
トッサポンの歌唱力の高さを表わしています。

「ふんがふんが唱法」とぼくが勝手に命名しているレー独特のヨーデル似のハミングも、
歌い手によってはすごくアクが強くなるんですが、
トッサポンの軽やかさは、他の歌手には真似のできないところじゃないでしょうか。

新作でもトッサポンの歌唱力の安定度は、折り紙付きといえます。
ただサウンドの方が、ひと昔前のルークトゥンみたいで、
キーボードの音色やドラムスのフィルがいなたすぎで、ちょっと残念でしたねえ。
むしろゼロ年代のアルバムの方が、ソー(胡弓)、ラナート(木琴)、ピー(縦笛)を
全面的にフィーチャーしていて、西洋楽器を使ったポップなサウンドとのバランスも
良かったように思います。

Tossapol Hinmaporn  FSCD9103.jpg   Tossapol Hinmaporn  FSCD9304.jpg
Tossapol Hinmaporn  FSCD9334.jpg   Tossapol Hinmaporn  FSCD6090.jpg

00年の“LAE TUM KWAN NARK” や、ベースを加えてボトムを厚くした
04年の“TOSSAPOL LAI THAI” は名作だったし、西洋楽器を排して、
全編ピーパート編成によるオーセンティックな伝統サウンドで迫った
05年の“TEE KWAI KAO AONG” は、本格的なレーを聴ける名盤でした。

驚いたのは、03年の“LAE LUANG POR TOH” ですね。
ジャケットを見て、本格的なレーが聴けるのかなと思いきや、
プロダクションはキーボードにエレクトリック・ギターやベースが加わる
ルークトゥン・レー・スタイル。
ところが、歌の方は、ほとんどメロディを感じさせない語り物の世界で、
29分弱の長尺の曲2曲のみという内容。
あまりにも単調で、正直退屈は隠せませんが、
これまたレーの深淵を見るかのようで、手放せないものとなりました。

Wiphoj Pechsoopun &Tossapol Hinmaporn.jpg

さらにレーの世界を知るのに役立ったのが、
06年のワイポット・ペットスパンと共演したVCDです。
ゴザを敷いた舞台の中央に花飾りと果物がお供えされていて、
そこにワイポットとトッサポンが座って交互に歌うんですが、
その様子はまるでカッワーリーのよう。

伴奏を務めるバンド編成の楽団は少し離れた脇で立って演奏していて、
観客はワイポットとトッサポンの周りを囲むように、静かに座って聴いていますが、
離れたところでは、立ち上がって踊る男女たちもいます。
村々で日常的に行われている仏教行事を垣間見れるようで、
大ステージで大勢の踊り子が舞うルークトゥンのコンサートとはまったく違った、
もっと庶民的な音楽の場であることが、これを見てようやくわかりました。

Tossapol Hinmaporn "LAE TOSSAPOL NAI KLIANG TIANG PRA" Four’s 4SCD5162 (2018)
Tossapol Hinmaporn "LAE TUM KWAN NARK" Four’s FSCD9103 (2000)
Tossapol Hinmaporn "TOSSAPOL LAI THAI" Four’s FSCD9304 (2004)
Tossapol Hinmaporn "TEE KWAI KAO AONG" Four’s FSCD9334 (2005)
Tossapol Hinmaporn "LAE LUANG POR TOH" Four’s FSCD6090 (2003)
[VCD] Wiphoj Pechsoopun &Tossapol Hinmaporn "BOON KOO BUAD" MGA FSVCD6192 (2006)
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ボレーロ天使、登場 クイン・チャン [東南アジア]

Quỳnh Trang  BOLERO - HOA TÍM NGƯỜI XƯA.jpg

ヴェトナム伝統歌謡に、注目の新人が登場しましたよ。
南中部トゥイホア出身、97年生まれの22歳というクイン・チャンは、
「ボレーロ天使」のニックネームが付いた逸材。
ヴェトナム本国では、まだフィジカルは出ていないようなんですが、
配信リリースのアルバムから編集されたCDが、アメリカで発売されました。

これが極上なんです!
ザンカー(民歌)を基礎とする確かな歌唱力と、
スウィートな歌声は、なるほど「天使」の名に値します。
じっさい4歳の時から、ザンカーを歌っていたといい、
本名のトゥイ・チャンは同姓同名の有名な歌手がいるため、
母親がクイン・チャンという名を付けたそうです。

クイン・チャンのアイドルは、ニュ・クインとフィ・ニュンということで、
しっとりとした歌の味わいは、若い頃のニュ・クイン以上じゃないかな。
そしてクイン・チャンは、その憧れのフィ・ニュンの後ろ盾を得て、
ステージに立つようになったといいます。
ミュージック・ヴィデオのヒットによって、クイン・チャンは瞬く間に人気を獲得し、
彼女のフェイスブックは、すでに3万人を超すフォロワーがいるんですよ。

繊細なこぶし回しに、得も言われぬ情感をこめるスキルが、すごい。
泣き節もしつこくなく、伏し目がちの控えめな女性の愁いを、
さっぱりと歌ってみせる軽やかさもあって、
歌を重苦しくしないバランス感覚が見事です。
音楽学校出の歌手にありがちな、歌いすぎるところもまったくなく、
歌いぶりには、終始抑制が効いています。

ダン・バウ(1弦琴)、ダン・チャン(筝)、ギター・フィムロンといった
ヴェトナム民俗の弦の響きをたっぷりと取り入れたプロダクションも申し分なし。
顔立ちが誰かに似てるなあと思ったんですけれど、
水谷豊の娘、趣里によく似ていて、いっそう親しみがわきます。

Quỳnh Trang "BOLERO: HOA TÍM NGƯỜI XƯA" V TVCD171 (2018)
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影絵芝居の人形遣いとルークトゥン ノーンディアオ・スワンウェントーン [東南アジア]

Nongdiaw Suwanwenthong  KAMRANGJAI HAI KHONSU VOL.3.jpg   Nongdiaw Suwanwenthong  LOM HAIJAI NAI ROONGPHAK.jpg

ルークトゥンというのは、やっぱりタイ演歌なんだなあと、
エル・スールの原田さんと一緒にYouTube を観ていて、感じ入ってしまいました。
ノーンディアオ・スワンウェントーンという、タイ南部の盲目の歌手なんですが、
その歌声の素晴らしさは、中央のルークトゥン歌手にないディープさがあります。
ディープといってもアクが強いわけではなく、むしろ歌い口はなめらかで、
底に秘めた激情が伝わる、力のある歌い手ですね。

この人のミュージック・ヴィデオではなく、
影絵芝居のナン・タルンの舞台裏を映したヴィデオに、
盲目の人形遣いが複数の人形を操りながら、何人もの登場人物のセリフを使い分け、
場面転換時にはストーリーの説明を吟唱するのがあるんですが、
どうもノーンディアオに、顔がそっくりなんですよね。
ひょっとしてこの人、ナン・タルンの人形遣いから、
歌手に転身した人なんじゃないかなあ。

ちなみに、ナン・タルンの人形遣いのことをナイ・ナンと呼びますが、
エル・スールのサイトのコメントに「影絵芝居 “ナインナン”」とあるのは、
人形遣いのナイ・ナンと影絵芝居のナン・タルンを勘違いしたものと思います。

タイの影絵芝居というと、
アユタヤ朝時代まで起源が遡る、タイ中部のナン・ヤイが有名です。
大きな人形がカンボジアの影絵芝居スバエクとそっくりなのは、
アユタヤ朝がクメール王国を征服した戦利品だったことのあらわれでしょう。
そうしたナン・ヤイとは、南部のナン・タルンは起源が異なり、
17~18世紀にジャワのワヤンの影響を受けて生み出されたものです。
ナン・ヤイの人形より小型で、手足が動くところもワヤンと同じです。

ナン・ヤイが貴族階級の知識人を対象としたのとは対照的に、
ナン・タルンは民衆が生み出した大衆芸能で、
宗教儀礼より娯楽色の強い演目が多いのが特徴です。
民主化運動が盛んになった70年代には、
政治色の強いナン・タルンも多く演じられたそうです。

伴奏の楽団も伝統楽器ばかりでなく、ギターやベース、ドラムスまで使われ、
タイ南部ではVCDがたくさん作られているのも、
庶民の間で息づく芸能の証明といえますね。

ノーンディアオのCDでも、ダブル・リードの縦笛ピーがフィーチャーされていて、
ナン・タルンの伴奏音楽をかろうじて連想させますけれど、
直接ナン・タルンを思わせる部分はありませんね。
サウンド・プロダクションは、ホーンやストリングスもたっぷり使った、
ローカル色のないタイ歌謡の標準スタイルといえます。
イサーン・ルークトゥンのように、
南部のローカルな味わいのルークトゥンがあってもいいのにねえ。
ナン・タルンの音楽を取り入れたルークトゥンも、聴いてみたくなります。

Nongdiaw Suwanwenthong "KAMRANGJAI HAI KHONSU VOL.3" Koy 54 (2011)
Nongdiaw Suwanwenthong "LOM HAIJAI NAI ROONGPHAK" Koy no number (2018)
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イサーンの節回し ノーンマイ・ムアンチョンペー [東南アジア]

Nongmai MuangChompae  FAN KAO KUE PAO MAI.jpg

ルークトゥンやモーラムは、ごく一部の人気歌手をのぞき、
ほぼCD生産をストップしてしまったみたいですね。
フィジカルはMP3 CDかカラオケVCDのみになりつつあるというこの傾向、
タイばかりでなく、ほかの国にもどんどん広がっていくんだろうなあ。
というわけで、めぼしい新作が手に入らなくなったタイ歌謡でありますけれど、
旧作のなかから、絶品のモーラムを見つけちゃいました。

ノーンマイ・ムアンチョンペーというこの女性歌手、
ジャケットを見ると、かなりキャリアのありそうな顔立ちで、
イントロからいきなりググッと引き込まれました。
なに、このボトムの厚み。
地を這うベース・ラインのグルーヴィなことといったら、こりゃ、たまら~ん!

レーベルがグラミーのような大手ではなく、ダイアモンドという庶民派レーベルなので、
アレンジもたいして凝っておらず、プロダクションも豪華とはいかないものの、
このグルーヴは天下一品でしょう。
タメの利いたベースが、ビートに重量感をもたらし、
中低域が薄くなりがちなモーラムのサウンドを、ぐっと聴きごたえあるものにしています。

ノーマン・ムアンチョンペーのイサーン丸出しのこぶし回しが、
文句なしの実力を発揮しています。クセの強い声も、いいなあ。
楽団一座を率いて、ドサ回りを相当こなしてきた者でなければ、
バンドを引っ張っていく、これだけの歌いっぷりはできないでしょう。
これぞイサーンといった節回しが、本場モーラムの濃厚な味わいを醸し出し、
スロー・ナンバーのイサーン・ルークトゥンも、実に味わい深く歌っています。

Nongmai MuangChompae "FAN KAO KUE PAO MAI" Diamond Studio TOP751 (2013)
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ポップ/歌謡路線へ回帰するダンドゥット フィア・ファレン、ネラ・カリスマ [東南アジア]

Via Vallen  OM SERA.jpg   Nella Kharisma  SEBELAS DUABELAS.jpg

ダンドゥットの新作から20年近く遠ざかっていたのは、
コプロやハウスといったディスコ化のせいもありますけれど、
CDが制作されなくなり、音楽配信が中心となってしまった影響が大きいですね。

なんせインドネシアでは、ケンタッキーフライドチキンでしか買えないCDが、
中産階級以上のミュージック・シーンを象徴するようになってしまったんだから、
場末感漂う下層庶民のダンドゥットなど、蚊帳の外になるのも当然でした。

そんなところに去年知った、イラマ・トゥジュフ・ナダというレーベルには驚かされました。
コプロやハウスといった流行とは無縁のラインナップで
温故知新なダンドゥット・アルバムを出しているのは、嬉しかったなあ。

すると最近もうひとつ、ペリタ・ウタマというジャカルタのレコード会社からも
ダンドゥットのアルバムが出ているのを知りました。
手に入ったのは、現在のダンドゥット・シーンで人気沸騰中の女性歌手2人。
昨年再生回数1億5千回で国内2位を記録した‘Sayang’を歌うフィア・ファレンと、
今年それをさらに2千回上回る1億7千回を記録した
‘Jaran Goyang’を歌うネラ・カリスマです。

ポップ・コプラのクイーンの異名を持つフィア・ファレンは、
その圧倒的人気からKFCからもCDも出していましたよね。
ド派手なダンス・トラックを抑えて歌謡性を強めたプロデュースは、
KFC向けだったのかもしれませんが、爆発的ヒットとなった‘Sayang’も、
ラップやバニュワンギも交えたポップ・チューンでした。
ディスコ路線が下火になって、ポップ/歌謡路線に揺り戻しがきているのかも。

フィア・ファレンはそんなに歌がうまいわけでもないし、
正直なぜそんなに人気があるのか、よくわからないんですけど、
ネラ・カリスマは、ちょっと鼻にかかったコケティッシュな歌いぶりに
ダンドゥットらしさがよく味わえる、いいシンガーです。

コプロ以降のスピーディなダンドゥットで、現代性のあるサウンドながら、
ロック調、インド風味、レゲエなどを織り交ぜたダンドゥットらしい雑食性を発揮した、
かつてのダンドゥット・サウンドを活かしているところも、いいんだな。
イラマ・トゥジュフ・ナダのような温故知新ではなく、
今のシーンに息づくダンドゥットのヴィヴィッドな手触りを感じます。

Via Vallen "OM SERA" Pelita Utama no number (2017)
Nella Kharisma "SEBELAS DUABELAS" Pelita Utama no number (2017)
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知られざるポップ・ムラユの傑作 キキ・タウフィク [東南アジア]

Kiki Taufik.jpg


「ポップ・ムラユ・クレアティフ」のタイトルが付いたアルバムというと、
15年に出たイイス・ダリアの傑作が忘れられないんですけど、
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-06-17
その2年前にすでにこんなアルバムが出ていたんですねえ。

チャチャチャで始まり、途中からザッピンに変わるオープニング曲から、
熱帯歌謡の魅惑に溢れた歌と演奏にヤられてしまいましたよ。
ヴァイオリンやアコーディオンをたっぷりフィーチャーしたオルケス・ムラユのスタイルで、
マンドリンなどのカクシ味も利いたサウンドには、感心しきり。
スロー曲では、生音の弦オーケストラまでフィーチャーするというゴージャスぶりです。

これほど丁寧に制作されたムラユ歌謡アルバムが、
インドネシアで出ていたなんて、ちょっと信じられない思いですね。
この当時、すでにダンドゥットはコプロに劣化して、すっかり凋落していたし、
歌謡性の強いムラユが見直された気配はなかったけどなあ。
あー、でも、10年頃からポップ・ムラユの良作が、ぽつぽつと出ていたっけ。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-11-11

もっともイイス・ダリアのアルバムもそうでしたけれど、
マレイシアでCD化されたのは、インドネシアのカセット作品をCD化したんじゃなく、
最初からマレイシアのマーケット向けに作られたものだった可能性もあるのでは。
そんな疑惑すら浮かぶほど、インドネシアのローカル・シーンと遊離した傑作です。

主役のキキ・タウフィクという女性歌手、キャリア不明で、
どういう人なのかまったくわからないんですが、
繊細な歌声はなかなかにチャーミングで、歌唱力も確かです。
涙声で歌う泣き節なども巧みで、ダンドゥットを歌ってもいけそうな人です。

イイス・ダリアの作品はムラユ系ダンドゥットといった趣でしたけれど、
こちらの方はダンドゥット風味はなく、ザッピン、ジョゲットなど
ポップ・ムラユをたっぷりと堪能できる、素晴らしいアルバムです。

Kiki Taufik "POP MELAYU KREATIF: PANGERAN" Insictech Musicland 51357-22532 (2013)
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貴婦人になったマレイシアの大歌手 シティ・ヌールハリザ [東南アジア]

Siti Nurhaliza  Konsert Satu Suara.jpg

もう金輪際、「シティちゃん」などと呼びません、いや呼べません。
この大物感、これがあのシティ・ヌールハリザなのかと、
タメ息がでるほどの変貌ぶりです。

結婚して貴族の称号ダトゥを得、
貴族の社交や生活習慣もすっかり板についたのでしょう。
堂々とした立ち居振る舞い、自信に満ち溢れた所作、
雄弁にMCするシティに、もうかつての少女ぽい面影はありません。

Siti Nurhaliza In Concert.jpgシティのライヴといえば、
05年のロンドンのロイヤル・アルバート・ホールの感動が
いまだに忘れられないんですけれど、
その感動は、田舎の貧しい村に生まれた天才少女歌手が、
大都会に出て成功し、
ついにマレイシアを代表する歌手まで上りつめて、
ロンドンの名門コンサート・ホールの
ステージに立ったのを目撃する
サクセス・ストーリーにありました。

しかしあの時の感動も、通過点にすぎなかったんですね。
シティはすでにそこから二段も三段も
ステップアップしたステージに立っています。
かつての少女は貫禄のある貴婦人へと成長し、
天才歌手は国が誇る大歌手となったことを、
これほど実感させるライヴはありません。

本DVDは15年11月7日と8日の2夜、
クアラ・ルンプールのイスタナ・ブダヤで行われたコンサートを収録したもの。
東方のともし火コンサートに続くコンサート・ライヴで、
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-05-31
豪華なオーケストラを率いて伝統音楽を披露した前回とは趣向をぐっと変え、
インドネシアの大ヴェテラン、ヘティ・クース・エンダンと
マレイシアのヴェテラン・ロック・シンガー、ラムリ・サリップの2人をゲストに迎え、
カジュアルな雰囲気でポップス中心のレパートリーを歌う、歌謡ショーとなっています。

シティは大先輩のヘティにもまったく臆するどころか、対等に渡り合っていて、
大先輩と後輩というより、めちゃめちゃ仲の良い年の離れた友人といった雰囲気ですね。
ヘティがもうノリノリで、エンタテイナー魂を炸裂させてシティを守り立てるところは、
長い芸能生活を経たヴェテランの懐の深さを感じさせます。

ヘティの歌の上手さも相変わらずで、ラテン・ボレーロにアレンジして歌った、
80年代のポップ・クロンチョンのヒット曲‘Kasih’が聴きもの。
シティとの息の合ったデュエットにも、引き込まれるばかりです。
いまさらですけど、本当に二人の歌唱力にはホレボレしますよ。

ロック・シンガーのラムリ・サリップを迎えたのも大成功で、
歌謡とロックというスタイルの違いが、互いを引き立て合っています。
ラムリがシティの横でダミ声でいくらシャウトしても、
シティの歌がぜんぜん負けてないところがスゴいんだわ。
シティの歌のダイナミック・レンジがハンパなく大きくて、
ロック・シンガーとは別種のスケール感で圧倒します。
ラムリが歌い終えたあと、
「シティはソウル・シンガーだ!」と思わず口走るところなど、そのいい証明です。

ヴィデオの後半に収められたリハーサル風景が、また見もの。
狭いスタジオの中で、ミュージシャンに指示を出すラムリと、
シティとヘティのいかにもリラックスした楽しそうな様子が、
コンサートの成功を約束しているようで、観ているだけで笑みがこぼれます。

[DVD] Dato’ Siti Nurhaliza "KONSERT SATU SUARA VOLUE 2" Siti Nurhaliza Productions/Universal 5735513 (2018)
[DVD] Siti Nurhaliza "IN CONCERT, ROYAL ALBERT HALL LONDON" Suria SRDVD06-53618 (2006)
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サウンの魅力 ゾー・ウィン・マウン [東南アジア]

Zaw Win Maung.jpg

ミャンマーのサウン(竪琴)を中心とする小編成の室内楽演奏が、
夏バテした身体に、やさしく染みます。

暑さ疲れしたこの時期に聴きたくなる音楽というと、
ひと昔前まで、インドネシアのガムラン・ドゥグンやカチャピ・スリンが定番でしたけれど、
ミャンマーの古典音楽レーベル、イースタン・カントリー・プロダクションのカタログが
充実するようになってからは、インドネシアからミャンマーに移っちゃいましたね。
渋味の強い、ペロッグやスレンドロといったインドネシアの音階と違って、
ミャンマーの音感には苦みがなく、
どこか爽やかな花の香りがするメロディも、お気に入りの要素です。

59年マンダレーに生まれたゾー・ウィン・マウンは、
20世紀最高のサウン名人と呼ばれた
インレー・ミン・マウン(1937-2001)に14歳からサウンを学んだという音楽家。
アタックの強いピッキングと、ボキボキと角張ったリズム感は、
インレー師匠ゆずりといえそうですね。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-01-15

サウンに限らず、コラやアルパ、アイリッシュ・ハープといったハープ属の弦楽器は、
指で弦を「はじく」楽器であって、指を滑らせてグリッサンドする楽器じゃないというのが、
昔から変わらないぼくの考え方。
突っかかるようなアタックの強いリズムが、弦さばきにスピード感を与え、
一音一音をシャープに立ち上らせるゾー・ウィン・マウンのプレイは、
この楽器の魅力を最大限に引き立てています。

サウンの伴奏を務めるのは、
太鼓、鈴、ウッド・ブロックといったリズム・キーパー役の打楽器で、
ゆいいつサウンに絡むのは、竹笛のパルウェーもしくはチャルメラのフネーのみ。
曲のテーマやメロディを、サウンとユニゾンで奏で、あたりの空気を浄化してくれます。
静謐な曲ばかりでなく、フネーが加わる曲では、
金属製の打楽器が打ち鳴らされて華やかなサウンドとなり、
室内楽的な演奏にありがちな、眠りに誘われる退屈さとは無縁です。

イースタン・カントリー・プロダクションのサウン演奏の作品というと、
レーベル第1号作品を飾ったライン・ウィン・マウンのアルバムが多数あるんですが、
流麗な弾き方でリズムの弱いライン・ウィン・マウンを、ぼくは買っていません。
以前ぼくがバトゥル・セク・クヤテのコラになぞらえたこともある、
インレー・ミン・マウンの野趣に富み、奔放な技巧を知る人にこそ、
ぜひ聴いてほしいサウンの名作です。

Zaw Win Maung "“THET-WAI” ON THE FLORAL BRIDGE" Eastern Country Production ECP-N23
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蘇るクメールの古謡 [東南アジア]

Pleng Kar Boran Ensemble.jpg

1921年、カンボジアの各地を旅した二人のフランス人によって
採集された54曲の古謡が、『カンボジアの歌』と題して出版されました。
これらの歌は次第に人々の記憶から消えていき、クメール・ルージュ時代に
多くの伝統音楽家が処刑されたことによって、
完全に失われた歌となってしまったそうです。

カンボジアの伝統文化を復興しようという機運から、この本に目が向けられ、
当時の歌を蘇らせるプロジェクトが08年に始まり、
入念なリハーサルを経て、09年にリリースされたのが本作とのこと。
チャペイ(長棹の三弦楽器)、トロー(二胡)、スコー(太鼓)といった伝統楽器による
9人のアンアンブルで、細やかなこぶしを回しながら歌う男性歌手が、
晴れやかに古謡を歌い上げています。

ここには、民謡、婚礼音楽、精霊礼拝の歌など、
さまざまなタイプの8曲が選ばれています。
20世紀初頭に、こうした歌がどのように演奏され、歌われていたのかは、
西洋音楽の記譜法で書かれたピアノ譜から解明することは不可能で、
暗中模索の中で編曲やアンサンブルの編成をしたとのこと。

ごくわずかの地方に残る、年一回の儀式で歌われる精霊崇拝の歌などを
ヒントにしながら再現するなど、民俗音楽学者をはじめ、
さまざまな音楽関係者の英知を結集しながら、再現を試みてきたといいます。

果たして、オリジナルの演奏に近づくことができたかどうかは、
こころもとないと関係者は言いますが、
失われた伝統を甦らせるのに大事なことは、
それがオリジナルどおりか、正当なのかどうかよりも、
伝統に愛着を持ち、蘇らせようとする、人々の英知そのものの方でしょう。
そうした人々の情熱、伝統を取り戻す営みこそが、なにより尊く思えます。

クメール・ルージュの蛮行は記憶に新しいものの、
カンボジアの歴史を遡れば、中世のクメール王朝以降、
アユタヤ(タイ)やフエ(ヴェトナム)に侵略される暗黒の時代を経て、
音楽や舞踏の芸能が死に絶えては復興をするを、繰り返してきたんですよね。
1432年にアユタヤ朝に滅ぼされた時には、宮廷文化を維持してきた踊り子や楽士、
建築士、彫刻家などを含めた、9万人もの芸能者が捕虜としてアユタヤに連れ去られ、
クメール文化は跡形もなく消え去った歴史があるほどです。

これを聴きながら、文化芸能というのは、
人々が生きる営みそのものなんだなあと、あらためて感じ入りましたね。
カンボジアのような過酷な歴史をたどった国で、
音楽や舞踏がどうしていま現在の姿を保っているのかを思うと、
その意味の重さを改めて、考え直さずにはおれません。
そこには、無念の別れや死を遂げた祖先への強い哀惜や、
人々の祈りが込められているのが、いやおうなく感じ取れるからです。

そんなことを想うと、伝統の上にあぐらをかき、保存の名のもとに、
形骸化しただけの演奏をただ繰り返す音楽家は、
放逐すべきとさえ思えてきますね。

Pleng Kar Boran Ensemble "CAMBODIAN FORGOTTEN SONGS" Bophana Audivisual Resource Center no number (2009)
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役者の歌声 ルオン・トゥイ・リン [東南アジア]

Lương Thuỳ Linh  CON NHỆN GIĂNG MÙNG.jpg

今回買ったなかで、ゆいいつザンカーでなく、本格的な伝統ものだったのが、
北部の大衆歌劇ハット・チェオのアルバム。
歌うのは、北部タイビン出身の女優ルオン・トゥイ・リン。
タイビン文化芸術学校でチェオを学び、軍隊チェオ劇団に入団、
11年の国立プロ演劇祭で金賞も受賞し、同じ年にデビュー作を出したという人です。

昨年リリースした本作は2作目で、貫禄の歌いぶりを聞かせてくれます。
歌の表情の豊かさは、演劇の音楽ならではといえ、
大衆オペラの雰囲気をたっぷりと味わえますね。
ハット・チェオは、京劇の影響を感じさせる華やかなサウンドが特徴ですけれど、
さまざまなヴェトナムの伝統楽器が雅やかな響きを奏でるなかで、
すうーっと、立ち上ってくるルオンの発声が鮮やかです。

選ばれている10曲はすべて歌曲なので、劇の台詞が入ることもなく、
純然とした歌ものとして聴くことができます。
3人の男性歌手がルオンと掛け合いする曲もあります。
ハット・チェオというと、ドラが鳴り渡るような派手な曲をイメージしますけれど、
少ない伴奏楽器で歌う曲など、さまざまなタイプの曲があって、退屈しません。

芝居っけたっぷりのルオンの歌いぶり、そして声の表情にも惹きつけられますが、
やはり華のある発声に感じ入ってしまいますね。
芯のある声の強さは、マイクなしでもよく通るだろうなと感じさせます。
ハット・チェオに限らず、カイルオンやトゥオンでも、
役者の歌声には独特の力強さがあります。

Lương Thuỳ Linh "ALBUM CHEO VOL.2 : CON NHỆN GIĂNG MÙNG" Thăng Long no number (2017)
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ヴェトナムの子守唄 ハッズー [東南アジア]

RU CON NAM BỘ.jpg

ヴェトナムの子守唄を集めたアルバムだそうです。
こうした子守唄をハッズーと呼ぶことは、初めて知りました。

ダン・バウ(一弦琴)とダン・チャン(筝)を伴奏に、
二人のヴェテラン女性歌手、ジエウ・ドゥックとフオン・ロアンが歌います。
なるほど子守唄というだけあって、起伏があまりない、
穏やかなメロディをゆったりと歌っています。

ダン・バウのゆらぎ音に合わせて、細やかなヴィブラートを使いながら歌っていて、
う~ん、こういう響きを耳にして、ヴェトナムの子供たちは寝つくわけですか。
小さい頃からこういう音感で育てられたら、
微分音のゆらぐ響きが、ヴェトナム人の心の奥底に根付くのも当然ですね。
大人になってからハッズーを聴くと、ヴェトナム人はお母さんを想い出すんだそう。
子守唄は母親たちによって伝承される音楽なのですね。

外国人にとってハッズーは、スンダ音楽にも通じるヒーリング効果をおぼえます。
ヴェトナム独特のゆらぎ音に身を任せていると、呼吸が整い、
心が落ち着いていくのを覚えます。なんだかヨガにも合いそうじゃないですか。
そういえばヨガの呼吸法ではないですけれど、赤ん坊を寝かしつけるとき、
鼻呼吸を赤ん坊に合わせてやると、すぐに寝落ちするんですよね。
ぐずった時なんかでも、これをやるとテキメンだったなあ。

ジャケットのイラスト画にあるように、子供がハンモックで昼寝をしている様子は、
7年前ヴェトナムへ行った時、田舎でよく目にしました。
ハンモックは赤ちゃんをあやすためのゆりかごにもなっていて、
お母さんたちは子供を寝かしつけながら、こういう子守唄を歌うんでしょうねえ。
ヴェトナムも都市化が進んでくると、こうした子守唄は、
田舎でしか伝承されなくなっていくのかもしれません。

このアルバムには、コンテンポラリーなザンカーのプロダクションによる
インスト演奏も5曲収録されていますが、子守唄と一緒した企画意図は不明。
全編子守唄だけにして欲しかったです。

Diệu Đức, Phượng Loan and Trương Minh Châu "RU CON NAM BỘ " Saigon Vafaco no number (2012)
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芳醇なザンカー トー・ガー [東南アジア]

Tố Nga  GIẾNG QUÊ.jpg

40歳過ぎのトー・ガーは、ヴェテランのザンカー歌手。
数多くの音楽賞を受賞し、ヴェトナム国立交響楽団にもノミネートされ、
20年間に及ぶ歌手活動をしながらも、不幸な結婚生活によって、
長く苦しんでいたんだそう。

結婚生活にピリオドを打って昨年リリースした本作は、
歌手生活20周年を祝うとともに、再出発の記念作として出したとのこと。
故郷の中北部ハティンにちなんだ歌を集め、
心機一転のアルバムとしたようです。

トー・ガーは温かな声質が魅力の歌い手で、
声の太さに懐の深さと落ち着きが感じられて、
安心してその歌に身をゆだねられます。
強力な歌唱力を持ったザンカー歌手がひしめくなかで、
トー・ガーの歌は技巧を前面に押し出すことがないので、
ゆったりと落ち着いて聴くことができます。
強力過ぎない、フツーにうまい歌手の方が、聴き疲れなくていいですね。

歌を過不足なくバックアップするプロダクションも、
出しゃばることなく、かつ要所要所を引き締め、申し分ありません。
ダン・バウ(一弦琴)やダン・チャン(筝)などの、
ゆらぐ弦の響きを効果的に配しながら、
柔らかな弦オーケストラが包み込むサウンドは、芳醇と呼ぶにふさわしいもの。
ヴェテランらしい歌唱とマッチして、香しいアルバムに仕上がりました。

Tố Nga "GIẾNG QUÊ" Thúy Nga no number (2017)
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ザンカー期待のミドル・ティーン フオン・ミー・チー [東南アジア]

Phương Mỹ Chi  THƯƠNG VỀ MIỀN TRUNG.jpg

紫のシックなアオザイをまとっているものの、顔立ちの幼さは隠せません。
かなり若そうだけれど、いくつなのかと思えば、まだ14歳というフオン・ミー・チー。
03年ホーチミン生まれ、13年に「ザ・ヴォイス・キッズ」というコンテストに参加、
グランプリは取れなかったものの一躍注目を集めて、14年にデビュー作をリリース。
学業のかたわら、週末限りの歌手活動をしていて、
アメリカに行き、カジノのショウで歌った経験もあるのだとか。

若いのにカイルオンが好きでフーン・ランをアイドルとして、
歌のレッスンに励んできたというのだから、
ザンカー歌手としては本格派ですね。
歌唱力は確かで、14歳という幼さはまったく感じさせません。
ニュ・クインやヒエン・トウックの歌唱スタイルも学んできたというのだから、スゴい。

昨年10月にリリースした第2作となる本作は、
ザンカー6曲のほか、ボレーロも4曲取り上げています。
ボレーロを歌っても、大人ぽい歌に挑戦して背伸びしているという印象を与えず、
しっかりと聞かせるところに、この人の実力が表われています。

デビュー作のジャケットや、芸能ニュースなどの写真では黒縁の眼鏡をかけていて、
メガネ女子なルックスがキュートなんですけど、
今回のジャケットはメガネを外しているのが、ちょっと残念。

今後声に表情が出てくると、もっと表現の幅が広がり、すごい歌手になりそう。
ザンカー期待のミドル・ティーンです。

Phương Mỹ Chi "THƯƠNG VỀ MIỀN TRUNG" Quang Lê/Viettan Studio no number (2017)
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北中部ヴェトナムの人情 グエン・フオン・タイン [東南アジア]

Nguyễn Phương Thanh  NỖI NHỚ MIỀN TRUNG.jpg

ヴェトナムの新作がまとまって手に入りました。
それも全部ザンカー(民歌)系の歌手ばかり。
ここのところ、ボレーロと称される抒情歌謡路線の歌手ばかり聴いていたので、
こうした民謡系の歌手をまとめて聴くのは、ひさしぶりな気がします。

最初に聴いたのは、グエン・フオン・タインという若い女性歌手のアルバム。
第一声で、その高い歌唱力がくっきりとわかる人ですね。
クリアーな発声、ヴィブラートやメリスマ使いの技巧ともに、ほれぼれするウマさです。
口腔の中で、まろやかに膨らむ豊かな発声に、才能を感じさせます。
高音域へ駆け上っていくシャープな歌いぶりも清廉で、胸をすきますよ。
ハイ・トーンがキンキンしないのは、丸みを帯びた発声ゆえですね。

コンテンポラリー・サウンドの中に、ダン・バウ(一弦琴)、ダン・チャン(筝)、
サオ(竹笛)といったヴェトナムの音色を織り交ぜたプロダクションも、
デリケイトに組み立てられていて、申し分ありません。
曲の雄大さを、弦オーケストレーションのアレンジが鮮やかに演出しています。

88年北中部ゲアン省ドールオンに生まれたグエン・フオン・タインは、
11年のサオマイ・コンテストの民歌部門で2位を獲り、12年にデビューした歌手。
13年に歌手のティエン・マインと結婚し、その後長男を出産し、
4年間のブランクを経ての新作だそうです。
ティエン・マインと結婚したのが11月23日だそうで、あれまあ奇遇ですねえ、
ワタクシの結婚記念日と一緒じゃありませんか。すみません、どーでもいいことであります。

育休明けの本作は、故郷に帰ってのアルバムということで、
ジャケットも故郷のラム川を背景に、タイトルは『中部の想い出』と、
故郷にちなんだ曲を歌っています。
ハイ・トーンに伸び上がるパートと、しっとりと穏やかに歌うパートとのバランスもよく、
歌いすぎることのない、抑制の利いた歌唱が見事です。
なんでもハノイ文化大学で歌の教師もしているとのこと。なるほどであります。

Nguyễn Phương Thanh "VOL.3 : NỖI NHỚ MIỀN TRUNG" Thăng Long no number (2017)
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ヴェトナムのアンプラグド・ボレーロ ゴック・ハン [東南アジア]

Ngọc Hân  ACOUSTIC & BOLERO.jpg

ナイロン弦ギター2台とカホンをバックに、女性歌手が歌う。
といっても、ペルーのクリオージョ音楽じゃないですよ。
なんとこれが、ヴェトナムなんだな。

『アクースティック&ボレーロ』というタイトルどおり、
戦前抒情歌謡をこんなシンプルな伴奏で歌うという試み、これは初めてですねえ。
それにしても、カホンとは。

爪弾くギターに、濡れそぼるメロディが絡むところは、
まるで昭和ムード歌謡のようでもあるんですけれど、
ウェットにならない、からりとしたクールさがあるのが、ヴェトナム歌謡の良さ。
ベタつかない、後味爽やかな哀感が、胸に沁みます。
カホンが入らず、ソプラノ・サックスやエレクトリック・ベースが入る曲もあります。

メコン・デルタ地方のタップムオイ出身のゴック・ハンは、
14年にデビューしたばかりの新人。
しっとりとしていて、ハイ・トーンで可憐な女らしさが香る歌声がいいですね。
さりげないヴィブラートやこぶし使いにも、品があります。

本作は本篇の7曲のあとに、男性歌手とデュエットした6曲が収録されています。
こちらは、ダン・バウ、ダン・チャン、ダン・ニーなど、
伝統の香りもたっぷりなザンカー色のある抒情歌謡となっていて、
別のアルバムとカップリングしたんでしょうかね。
それにしては、アルバム・タイトルは前半部分しか指していないし、
よくわからないアメリカ盤です。

ゴック・ハンはどこの事務所にも所属せず、フリーランスで歌っている歌手とのこと。
YouTube にミュージック・ヴィデオはたくさん上がっていますが、
本国ヴェトナムではCDが出ている様子がありません。
どういうことなんでしょう。

Ngọc Hân "ACOUSTIC & BOLERO - NGỌC HÂN" DL Music no number (2017)
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ミャンマーの伝統曲1000プロジェクト [東南アジア]

BEST COLLECTION OF VOLUME 1.jpg

13年から井口寛さんがミャンマーで取り組まれているレコーディング・プロジェクトが、
ようやく公開の運びとなりました。

ビルマ人の伝統音楽1000曲を記録・保存するという壮大なプロジェクトで、
プロデューサーは、ヤンゴン国立文化芸術大学音楽学部長兼教授のディラモー。
74年生まれのディラモーは、ヤンゴン国立文化芸術大学の第一期生で、
03~06年には東京藝術大学で学び修士号を取得し、
13年からヤンゴン国立文化芸術大学音楽学部長兼教授に任命されるほか、
ギタ・キャブヤー音楽センター の音楽監督を務めながら、自身の作品も発表しています。

そのディラモーと井口さんがタッグを組んだ本プロジェクトから、
6月にまず111曲を公開し、今後段階的に発表して、
20年には1000曲のコレクションを完成させる予定だといいます。
このコレクションは、
ミャンマー・ミュージック・ネットワーク(MMN)がディストリビューターとなり、
CD制作、ネット配信、ストリーミングで広く発表することとなっていて、
その第一弾となるCDがこのほど完成しました。

CDには、発表された111曲中の11曲が収録され、
古典歌謡、流行歌謡、劇中歌、器楽曲(サイン・ワイン)、民謡、ナッ信仰の音楽といった
カテゴリーの、それぞれ重要なレパートリーが選ばれています。
次世代への継承を目的とした記録・保存プロジェクトは、
教育プログラムに利用することも念頭にあるのでしょうから、
選ばれた11曲は、ベスト・パフォーマンスというより、
レパートリーの重要度が優先されているんでしょう。

となれば、未収録の100曲が聴きたくなってしまいますねえ。
CDに収録された11曲のクオリティの高さを考えれば、
重要レパートリーでないものの、
もっとスゴいパフォーマンスが記録されているんじゃないかと想像をめぐらせてしまいます。
それくらい、この11曲の演奏水準、歌唱の高さは圧倒的です。
フィーチャーされている男女の歌手も、滋味溢れるヴェテランから、
みずみずしい歌声を聞かせる若手まで百花繚乱。
『BEAUTY OF TRADITION』シリーズで日本盤も出たカインズィンシュエの清廉な歌には、
心が洗われました。

ジャズのセンイチならぬ、ミャンマーのセン(1000)・プロジェクト。
20年まで目が離せません。

V.A. "BEST COLLECTION OF VOLUME 1 : 1000 MYANMAR TRADITIONAL SONGS COLLECTION"
KMA & Diramore no number (2018)
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歌謡モーラムの女王様 バーンイェン・ラーケン [東南アジア]

150516_Baanyien Raaken.jpg

タイのモーラムを聴き始めた90年代は、ケーンやピンを伴奏に歌う、
昔ながらの伝統モーラムを先に好きになってしまったせいで、
西洋楽器を取り入れたルークトゥン・モーラム、いわゆるポップ・モーラムには、
あまり魅力を感じることができませんでした。

西洋音楽の取り入れ方が中途半端というか、
インドネシアのダンドゥットのように、西洋音楽を取り入れながら、
自分たちの音楽の独自性を輝かせるのではなく、
安直な折衷によって、せっかくの独自性をむしろ弱めているように
思えてならなかったからです。

そんな不満を抱えていた頃に出た、バーンイェン・ラーケンの“MEE MAI MOR LAM” は、
こういうサウンド・プロダクションで聴かせてほしかったんだよと、
叫びたくなる快作でした。
バーンイェン・ラーケンといえば、
70年代の初め、モーラム歌謡化の波に乗って登場したアイドル・モーラムの先駆けで、
すでに当時ポップ・モーラムの女王として君臨していた歌手です。

98年に出した本作は、ケーンやピンをたっぷりとフィーチャーして、
ラム・クローンの新装アップテンポ版ともいえるラム・シンや、
地方のさまざまなモーラム、ラム・コーンサン、ラム・タンワーイ、ラム・コーンケーン、
ラム・カーラシンなどを歌った意欲作で、
伝統モーラムのラム・クローンをしっかりと習得した実力派ならではの、
練り上げられたこぶし回しを堪能できる傑作でした。

Banyen Raakaen  LAM PHLOEN DAEN ISAN.jpg   Banyen Raakaen  LAM PHLOEN GLOM LOK.jpg

バーンイェンがデビューした70年代当初の初期のラム・プルーンのサウンドは、
90年代半ばにJKCやサウンドがCD化していたので、
ケーンが生み出すリズムに、ヘヴィーなベースが絡んで
グルーヴを巻き起こす快感は、すでに体験済み。
この方向性をなぜ進化させなかったのかとずっと思っていただけに、
本作はまさしく快心のアルバムでした。
15年にバーンイェンが来日した時に、本作にサインを入れてもらいましたけれど、
ご本人も自信作といってましたもんねえ。円熟期に入ったバーンイェンの代表作ですよ。

Banyen Raakaen  KHUEN PHEN KHEN FAI.jpg

そして、バーンイェンの初期のラム・プルーンを楽しめるレコードも
1枚だけ持っていたんですけれど、これがデビュー・アルバムだったとは、
昨年出た本『旅するタイ・イサーン音楽ディスク・ガイド TRIP TO ISAN』
を読むまで知りませんでした。
この本によると、バーンイェンのデビュー・アルバムは2枚あり、
ぼくが持っているソムチャイ・トンカオ盤がオリジナルで、
よく見かけるピン・ケーン盤もまったく同内容とのこと。

Banyen Rakkaen  LAM PHLOEN WORLD-CLASS.jpg

そのピン・ケーン盤のジャケットを使ったバーンイェンの初期録音の編集CDが
日本盤で出たんですが、これがスゴイ。
前半はデビュー作の曲が続きますけれど、シングル盤から取った中盤が聴きもの。
“Lam Yao Salab Toei” の艶っぽいこぶし回しに絡む、重厚なオルガンに降参です。
終盤にはJKC盤収録の曲も入っていますけれど、聴いたことのない曲も多く、大感激。
若くみずみずしいバーンイェンの歌いっぷりも悩ましい、最高作です。

Banyen Raakaen "MEE MAI MOR LAM" MMG MS049839 (1998)
Banyen Raakaen "LAM PHLOEN DAEN ISAN" JKC JKCCD154
Banyen Raakaen "LAM PHLOEN GLOM LOK" Sound SCD2015
[LP] Banyen Raakaen "KHUEN PHEN KHEN FAI" Somchai Thongkhao HLP2044
Banyen Rakkaen 『LAM PHLOEN WORLD-CLASS : THE ESSENTIAL BANYEN RAKKAEN』 EM EM1174CD
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インドネシアのレトロ・ポップ ノナリア [東南アジア]

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パッケージの洒落たイラストレーションに思わず手に取ると、
裏側から見開きとなっている変型ジャケットの中には、
メンバー3人それぞれと全員のイラストが描かれた4枚のミニ・ポストカードに、
四つ折りの歌詞カードが封入されていました。
これだけでも、パッケージ好きにはニコニコしてしまうんですが、
ステキな音楽までもれなく付いているんだから、なんて嬉しいんでしょう(←倒錯)。

スネア・ドラムを叩きながら歌うヴォーカルに、
ヴァイオリンとアコーディオンのインドネシアの女性3人組、ノナリアのデビュー作です。
SP時代を思わせる古めかしいモノラル録音で、
20年代のラグタイムやスウィング・ジャズをベースとした音楽をやっています。

13年の結成当初から、メンバー一人だけが変わり、
新加入したヴァイオリンのヤシンタは、ジャカルタ交響楽団のメンバーだとか。
齢の異なるメンバー3人のキャラ立ちもよろしく、
なんともユニークな音楽性を持ったグループです。

全8曲、わずか24分という短さですが、
どれも心がほっこりと温かくなる、ハッピーな曲ばかり。
これがすべてメンバーのオリジナルだというのだから、。驚かされます。
ノスタルジックなワルツや、ほがらかなスウィングのメロディには、
イラマ・トリオが活躍した50年代インドネシアのジャズ歌謡センスが蘇るようで、
国際都市ジャカルタの歴史の深淵を、垣間見る思いがします。

NonaRia "NONARIA" BandTemenLoe/Demajors no number (2017)
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