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消えゆくタイ北部歌謡芸能、ソー [東南アジア]

あぁ、これだから世界の音楽探訪は、やめられない。
またひとつ、これまでまったく知ることのなかった音楽に、出会うことができました。
それが、タイ北部、ラーンナー地方の伝統的な祭儀で奏されてきたという、
ソーと呼ばれる歌謡。東北部のモーラムは有名ですけれど、
ソーは、もっと西のチェンマイやチェンライ、
ナーン県やランパーン県で伝わってきた、ムアンの人々の歌謡芸能とのこと。

一聴すると、男女が掛け合いで歌うスタイルは、
モーラムのラム・クローンによく似ているんですが、
モーラムはケーンが伴奏するのに対し、ソーの伴奏は、
サロー(胡弓)、スン(複弦2コースのリュート)、ピー(笛)が標準形のよう。

ちなみに、タイの胡弓を一般的にソーと呼びますけれど、
ここでいう歌謡のソーは、この楽器名とは関係なく、
ソーで伴奏される胡弓は、サローという名前なんですね。ややこしいんだけど。

今回この伝統的なソーが聞けるCDを3タイトル入手したんですが、
いずれも25分を超す長尺の2曲を収録。
歌謡だけでなく、語り物としての性格を併せ持つ芸能なのかもしれません。

Bunsii Rattanang, Lamjuan Muangphraao.jpg

なかでも、ソーの第一人者だという、
ブンシー・ラッタナン(1953-2021)のアルバムが素晴らしい。
ラムジュアン・ムアンプラーオという女性歌手と掛け合いで歌っているんですけれど、
鼻にかかったヴォーカルが、サロー、スン、ピーが奏でる1拍子リズムと絡み合って、
ふんわりとしたグルーヴを生み出し、得も言われぬ滋味な味わいが溢れ出すんですよ。

このリズム、面白いなあ。
強拍・弱拍のアクセントがなくて、どう聴いても1拍子にしか聞こえない。
歌や語りの調子によって、フリー・リズムに変わるようなパートもなく、
ずーっとおんなじテンポで曲が進んでいくんですけれど、
即興らしき歌いぶりにグイグイ引き込まれます。
二人が歌うメロディのヴァリエーションも豊かで、
定型ワン・パターンになりがちなラム・クローンと違って、
単調になる場面がぜんぜんありません。

ブンシー・ラッタナンは、
80年代にルークトゥン調のソーでヒット曲を出したこともあるそうで、
今回そんなルークトゥン・ソーのアルバムも1枚入っていました。
もっともそのような試みが盛んになることはなく、
ルークトゥン・モーラムのようにバンコクへ進出して、
タイ全国区の人気を得るまでには、至らなかったようですね。

Kampaai Nuping, Somporn Nongdaeng.jpg

ブンシー・ラッタナンよりも古い世代のカムパーイ・ヌピン(1924-2014)も、
ソーの大物歌手だそうです。歌手だけでなく舞踏の第一人者だそうで、
95年に舞踏の部門でタイ王国国家芸術家を授与されています。
相方の女性歌手は、ソムポーン・ノーンデーン。
ジャケットには、スンを弾く二人とサローの3人が写っていますが、
CDには太鼓とタンバリンのような打楽器のほか、
キム(ハンマー・ダルシマー)らしき音も聞けます。
2曲目の方ではゴングも聞こえ、代わりにキムはいないみたいですね。
キムの音色がまるで琉琴で、太鼓の細かいリズムといい、沖縄音楽と似ているのが不思議。
こちらはさきほどのブンシー・ラッタナンとは違い、リズムは4拍子です。
録音は前のブンシー・ラッタナンより古そうで、80年代頃のものかも。

Ai Gao, Ii Thuam.jpg

3枚目は男女二人が写っていて、ブーテン(小那覇舞天)を思わす男性がアイ・ガオ、
額に独特の文様を施している女性がイー・トゥアム。
歌謡漫談といった調子の二人の掛け合いは、かなり自由度の高い即興の要素が十分。
演奏が止まって、二人の漫談となるパートも長くあります。
ムアン語がわかればねえ、きっと楽しめるんだろうけれど。う~ん、残念です。
野外で録音されたものらしく、盛んに鳥の鳴き声が聞こえるのが、いい雰囲気。
ジャケットには、ピーを吹く二人とスンを弾く3人が写っていて、
ブンシー・ラッタナン同様、1拍子のリズムで楽しめます。

それにしても、モーラムがこれだけ知れ渡っているのに、
ソーをこれまでまったく知るチャンスがなかったというのも、なんとも不思議です。
ソーについて書かれた日本語テキストを探すも、ぜんぜんなくって、
船津和幸さん、船津恵美子さんという信州大学のお二人の先生が94年に発表された民族誌、
タイ民俗音楽フィールド・ノートー1-北部タイ・ラーンナー地方の歌謡芸能「ソー」が、
ゆいいつの資料と思われます。
https://core.ac.uk/download/pdf/148782705.pdf

欧米人が録音した民俗音楽のレコードはないのかしらんと、
フォークウェイズやオコラなどのカタログをチェックしてみたんですが、
見当たらないですねえ。オランダのパンから出ている
“CHANG SAW: VILLAGE MUSIC OF NORTHERN THAILAND” と
リリコードの“SILK, SPIRITS & SONG: MUSIC FROM NORTH THAILAND” に、
ソーらしき曲目があるくらい(未聴なので、不確かですが)。

どうやらモーラムとは事情がぜんぜん違い、ソーは消えゆく歌謡なのかもしれません。
ルークトゥン化も成功しなかったようだし、
ヒップ・ホップとミックスするような破天荒な若者でも現れれば、
新たな展開も期待できるんでしょうが。
カムパーイ・ヌピンやブンシー・ラッタナンといった古い世代がいなくなったあとは、
伝統保存の芸能として、細々と遺るだけのものとなってしまうのでしょうか。

Bunsii Rattanang, Lamjuan Muangphraao "SAW KHUN BAAN MAI" Sahakuang Heng CD013
Kampaai Nuping, Somporn Nongdaeng "SAW THAAM THONO PANHAA" Sahakuang Heng CD007
Ai Gao, Ii Thuam "SAW GEO NOK" Sahakuang Heng CD015
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