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新世代南ア・ジャズの極上ライヴ カイル・シェパード [南部アフリカ]

20160528_Kyle Shepherd.jpg

南ア・ジャズの歴史ある都市ケープタウンから登場した、
アフリカン・ジャズ・ピアニストの新星、カイル・シェパード。
12年作“SOUTH AFRICAN HISTORY !X” では、
ダラー・ブランド(アブドゥラー・イブラヒム)直系のピアノを聞かせてくれ、
こりゃ頼もしい新人が出てきたぞと大注目していたのでした。

タイトルが示すとおり、しっかりと南ア音楽の伝統を見据えた内容で、
トラディショナルとクレジットされた曲では、
マラービを復活させるかのような演奏を聞かせてくれ、快哉を叫んだものです。
ダラー・ブランドでお馴染みのフレーズも盛んに飛び出し、
「小粒なダラー・ブランド」といった印象もあるんですけれど、
民俗音楽まで取り込もうとする意欲は、ブランドの影響下にとどまらない意欲をうかがわせます。
まだ弱冠24歳の若者ですからねえ、こりゃ期待せずにはおれないってもんです。

その後カイルが何度か来日していたのは知っていたんですけど、
フェスへの参加だったりで、なかなか観る機会がなかったんですが、
今回はトリオによる単独公演なんだから、見逃すわけにはいきません。

いやぁ、堪能しましたよ。
左手のリズムが、まあ重厚なこと。
これぞアフリカン・ジャズといえる、どっしりとしたビート感が強力でした。
時に右手が、詩情あふれるロマンティックなフレージングを奏でることはあっても、
左手の揺るがないタイム感が、甘く叙情に流れるのを押しとどめます。

さらに、アフリカン・ジャズの面目躍如だったのは、
譜面をピアノの弦の上に置き、ピアノの音色をノイジーに変えたりしていたところ。
この技法は、現代音楽のプリペアド・ピアノなんかとは無関係ですからね。
アフリカ音楽を知る人なら、親指ピアノを再現していることが、すぐに理解できたはずです。
ンビーラ演奏そのものといったフレーズで曲は始まり、
やがてメロディが展開するにつれ、親指ピアノでなく、
バラフォンの演奏のようになっていくところで、鳥肌立っちゃったもんねえ。
アフリカ音楽を知らないジャズ・ファンは、この醍醐味がわかんなかったろうなあ。

親指ピアノのような素朴なメロディの反復は、ほかの曲にもみられ、
反復をしつこく繰り返すうちに、少しずつフレーズが転回していくところは、
まさにアフリカ音楽の特質を表現していたといえます。

アンコールの最後にやった、マラービ調の曲もよかったなあ。
あとでカイルにあの曲は何?と聞いたら、やはり「トラディショナル」だと答えていました。
ダラー・ブランドもよくやるテクニックで、左手と右手を交叉して右手が左手より低い音を弾くと、
南ア独特の雄大でおおらかなメロディが出現するんですよね。これがグッとくるんだよなあ。

カイルのピアノのことばっかり書いちゃいましたが、
今日的なビートも繰り出し、カイルを猛然とプッシュするドラムス、
堅実なプレイで、反復フレーズをカイルと展開していくベース、
3者のコンビネーションも当意即妙。
中盤で1曲のみ、猛烈にグルーヴする曲をやったのには、困っちゃったな。
踊りたくてたまらん状態の血流上がりまくりで、立ち上がるのを抑えるのに必死でしたぁ。

Kyle Shepherd "SOUTH AFRICAN HISTORY !X" Sheer Sound SLCD220 (2012)
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シティ・ポップになったジュジュ フェミ・オルン・ソーラー [西アフリカ]

Femi Oorun Solar  MERCY BEYOND.jpg

ナイジェリアで5月2日に発売された、フェミ・オルン・ソーラーの新作。
前々作14年の“GRACE” を入手した後、いつまでも記事を書かずにいたら、
評価していないのかと誤解されてしまったので、今回はすぐに書いております。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-12-17

それにしても“GRACE” の反響は、正直意外でした。
ミュージック・マガジンの2015年間ベストにも選ばれ、
タワーレコードの店頭にも並んだんですからねえ。
タワーレコードで、紙パック仕様のあの簡易なナイジェリア盤CDが売られたのって、
初めてのことだったんじゃないかな。

15年の“MY TIME” に続いてリリースされた本作、長尺と短尺半々の4曲を収録し、
“GRACE” でも発揮されていたサウンドのアイディアが豊かなジュジュを味わえます。
フェミのジュジュの良さは、なんといってもパーカッション・アンサンブルがしっかりしていて、
メリハリが利きまくっているところですね。
バンドの写真をみると、トーキング・ドラムだけで8人もいるんだから、
サウンドに厚みが出るわけだよなあ。

使われているトーキング・ドラムを眺めてみると、肩にかける鼓型のドゥンドゥン系と、
座って膝の上に立てて叩く平面太鼓のサカラの両方を組み合わせているところが、要注目。
一般にジュジュで使用されるトーキング・ドラムはドゥンドゥン系のみで、
フジで使われるサカラのトーキング・ドラムが使われることはありませんでした。
これによって、バウンシーなリズムがより強調され、
要所要所に差し挟まれる、雪崩を打つような緻密なリズム・ブレイクが、
キマリまくるってわけです。

こうしたハード・ドライヴするリズム・セクションの存在が、
フェミが範としたインカ・アイェフェレとの決定的な違い。
平板なリズムとグルーヴ感皆無のインカ・アイェフェレのゴスペル・ジュジュを長年、
だからアフリカのゴスペルはダメなんだよと、ずっと思っていましたけど、
ダメなのはゴスペルではなくて、インカ・アイェフェレなんですね。
3曲目冒頭の賛美歌ふうコーラスも、ちっとも気にならなかったもんなあ。

ジュサを称するフェミのジュジュ・サウンドは、洗練された軽快なスタイルが持ち味。
サニー・アデを思わす、軽くトースティングするようなフェミのヴォーカルと、
きれいめな男女混声コーラスは、ジュジュがシティ・ポップ化したかのよう。
シンセが代用したホーン・セクションのソリから始まる4曲目では、
R&Bのセンスで料理したヨルバ・ハイライフふうに始まり、
途中からジュジュらしいメロディに移っていくという、
キリスト教系ヨルバ音楽の過去と現代を繋ぐ試みに、ゾクゾクしてしまいました。

Femi Oorun Solar and His Sunshine Jasa Band "MERCY BEYOND" FS7 Music/Omoola Bold Music Promotion no number (2016)
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ハーモロディックとコンテンポラリー・ジャズの結婚 マイケル・グレゴリー・ジャクソン [北アメリカ]

Michael Gregory Jackson Clarity Quartet  AFTER BEFORE.jpg   Michael Gregory Jackson  CLARITY.jpg

マイケル・グレゴリー・ジャクソン?
誰だっけ? はじめはなかなか思い出せず。
76年にESPからレコード出してた人と言われて、ようやく思い出しました。
あぁ、あの、不思議ちゃんかぁ。

オリヴァー・レイク、レオ・スミス、デヴィッド・マレイという、
フリー/アヴァンギャルド系のツワモノたちをバックに、
構成力のあるしっかりとしたラインを弾くギター・プレイと、
不穏な静謐さを持った作曲能力をあわせ持つ、ギタリストでしたよね。

ただ、ぼくが「不思議ちゃん」というのは、
そんな演奏の合間で、ふにゃふにゃの脱力ヴォーカルを聞かせるところで、
前衛ジャズに突然マイケル・フランクスが紛れ込んだかのような
その場違いぶりに、変な人だなあという印象が残っていたんです。

ぼくはマイケルのそのデビュー作、ESP盤1枚しか知らず、
ほかのマイケルのアルバムを聴いていないんですが、
80年代に入ると、エンヤからギター・ソロを出す一方で、
ナイル・ロジャースのプロデュースでポップ路線のアルバムを作ったりしていて、
その才能の発揮ぶりも、なかなか不思議ちゃんだったみたいですね。

で、そんなすっかり忘却の彼方にあった名前だったんですが、
突然出た新作に、すっかりマイあがってしまいました。
ESP盤でも披露していたフリー、モーダルのどちらもいけるギター・スタイルで、
アブストラクトとジャジーを弾き分けているんですが、これがどちらも見事なんですよ。
鋭角に切れ込むシャープなギターの切れと、緻密に構成された長いソロ・ワークは、
ジェームズ・ブラッド・ウルマーとケビン・ユーバンクスの二人を合体させたかのようです。

相変わらずの不思議ちゃんヴォーカルが登場する、フォーキーな曲もあるんですが、
さすがは70年代から活躍するヴェテラン、
新世代のコンテンポラリー・ジャズにありがちな欲求不満を感じさせない、
吹っ切れた演奏ぶりが快感です。
オーネット・コールマンに捧げられた1曲目なんて、
ウルマー、ロナルド・シャノン・ジャクソン、デヴィッド・マレイ、アミン・アリによる
ミュージック・レヴェレイション・アンサンブルの大傑作“NO WAVE” が蘇ったかのよう。

共演しているのはぼくの知らないデンマークのミュージシャンたちなんですが、
スリリングなソロでマイケルと渡り合う、
シモン・スパング・ハンスンというサックス奏者のプレイは聴きもの。
コンテンポラリー・ジャズとハーモロディックが結婚したら、こんなんできました、でしょうか。

Michael Gregory Jackson Clarity Quartet "AFTER BEFORE" Golden MGJCQ003 (2015)
Michael Gregory Jackson "CLARITY" ESP-Disk’ ESP4028 (1976)
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コンテンポラリー・ジャズ・ミーツ・ビート・ミュージック ダニー・マッキャスリン [北アメリカ]

Donny McCaslin  FAST FUTURE.jpg

おお、ひと皮むけたかな。
新世代コンテンポラリー・ジャズのテナー・サックス奏者ダニー・マッキャスリンの新作。
前作“CASTING FOR GRAVITY” もカッコよかったんだけど、
爆発しそうでなかなか爆発しないもどかしさが、なんとも歯がゆく、
整合感ありすぎな演奏ぶりに、イマドキの若手ジャズはこれだからなあと、
タメ息のひとつも漏らしてたんでした。
「センスの良さ」なんてもん、かなぐり捨てて、もっとバァーッといけよ、バァーッと。

あれから3年。新作のメンツも同じなので、変わり映えないかと思ったら、
今度はちょいと様子が違う。パワー・アップしたんではないかい?
ビート・ミュージックを取り入れたマーク・ジュリアナのドラミングが大活躍していて、
いやー、カッコいいとはまさにこのこと。
マークのバスドラにピタリと合わせて、
ティム・ルフェーヴルがベース・ラインを弾くところなど、失禁ものですよ。

リズムの鬼みたいな演奏になるところが、個人的には好みなので、
きっちりと構成されたコンポーズの、端正に仕上げた曲は、どうもまだるっこしい。
そんなにわかりやすくしなくっても、いいんだけどなあ。
ま、そんなところが、やっぱ完全満足とはいかない人ではありますけれど、
マーク・ジュリアナの絶好調ぶりに引っ張られて、
ダニー自身のテナーもアグレッシヴにブロウする局面もみられるし、
鍵盤担当のジェイソン・リンドナーも、前作より前に出張る場面が増えています。
もっともっと出しゃばってくれても、いいんだけどね。

Donny McCaslin "FAST FUTURE" Greenleaf GRECD1041 (2015)
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センバ若手期待の星 エディ・トゥッサ [南部アフリカ]

Eddy Tussa  KASSEMBELE.jpg

センバ若手期待の星、エディ・トゥッサの3作目を数える新作が届きました。
センバ新世代の大傑作といえる前作“GRANDES MUNDOS” から3年ぶりのアルバムです。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-11-12

前々作のデビュー作、前作ともに、
伝説のセンバ・シンガー、ダヴィッド・ゼーの曲を取り上げていて、
「若いのに見上げたもんだ」などと思っていたんですが、
今回の新作では、50年代から活動するセンバの古参シンガー・ソングライター、
エリアス・ジア・キムエゾの“Muimbu Uami” や、
70年代を代表するセンバ・シンガーのひとりである
マムクエノの“Pequenina” を取り上げていて、
アンゴラ音楽の黄金時代だった70年代センバへの敬愛ぶりは、ホンモノです。

今作も人力のリズム・セクションならではといえる、まろやかなグルーヴがいいですねえ。
シンセや女性コーラスが華やかなムードをどんなにまき散らしても、
ディカンザをシャカシャカとこする響きや、
トコトコトコトコと詰まったようなリズムで叩かれるコンガの音色が、
昔ながらの土臭いセンバの味を伝えていて、嬉しくなります。

ズークやルンバなどの汎アフリカン・ポップス・サウンドをまといつつ、
軸足をしっかりとセンバに置いたプロダクションは、今回も手堅いですよ。
前作のようなソン、サルサ、コンパまで取り入れた多彩さはみられないものの、
トロンバンガのようなホーンや、レキント・ギターのトレモロなど、
そこかしこに施されたセンスのよいアレンジに、おおっと耳を奪われる場面多数。

ラスト・トラックは、アンゴラの伝統音楽グループ、キトゥシの曲です。
前作でも、アンゴラの伝統的なメロディを生かしたボンガ作の“Muadiakime” を歌っていましたが、
こういうアフロ色の強い曲を取り上げるところが、エディの個性となっていますね。

キトゥシは、先に挙げたエリアス・ジア・キムエゾと、
アンゴラ初のポピュラー音楽グループ、ンゴラ・リトモスで看板女性歌手だった
ルルデス・ヴァン=ドゥネンによって編成された5人組のパーカッション・グループです。
そういえば、キトゥシ、エリアス・ジア・キムエゾ、ルルデス・ヴァン=ドゥネンは、
パウロ・フローレス、バンダ・マラヴィーリャなどとともに、
05年に愛知で開かれた「愛・地球博」に来日したんですよねえ。
アンゴラのオール・スターがずらりとやってきたのに、観れなかったのは、今も悔やまれます。

Eddy Tussa "KASSEMBELE" Xikote Produções ETCD03 (2015)
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サルサでステップを踏んで ロス・エルマノス・ゴンサレス [北アメリカ]

Los Hermanos Gonzalez.jpg

これまたゴキゲンなサルサですよ。
もう黙ってなんか、聴いてらんない。ステップを踏んじゃいますよ。
どうしちゃったんだ、いったい。サルサ、まじで来てるぞ、風が。

いきなりオープニングから懐かしい声が出てきて、
ええっ?とジャケットを見たら、なんとティト・アジェンの名が書かれているじゃないですか!
昔と変わらぬ、このみずみずしい歌いぶりはどうです。ぜんぜん声が衰えてませんね。
70年代からサルサを聴いてきたファンには、76年の“FELIZ Y DICHOSO” が忘れ得ぬ人。
もう大ヴェテランなわけですけれど、スムースな味わいは、ちっとも変っていません。

さらにもう一人、バリオのソネーロことフランキー・バスケスも歌ってるじゃないですか。
こりゃもう、オールド・ファンにはたまりませんねえ。

主役のゴンサレス兄弟とは、音楽監督を務めるトレス兼ギターのフレディ・ゴンサレスと、
ベースのホセ“パポ”ゴンサレスの二人とのこと。
ティンパレスのプピ・ゴンサレスと、ボンゴのアンヘル・ゴンサレスも同じ兄弟なんだそうです。
ハリウッド映画のポスターのようなジャケットに写る二人を見ると、若くはなさそうで、
けっこうキャリアのある人なのかな。バイオがないので、よくわからないんですが。

調べてみると、フレディは07年にリトモ・セイスというグループ名で1枚アルバムを出していて、
全8曲中7曲を作曲しています。残り1曲はホセ“パポ”ゴンサレスが書いているんですね。
本作もフレディ・ゴンサレスが4曲、ホセ“パポ”ゴンサレスが2曲書いているので、
作曲活動をしてきた人なのかもしれませんね。

キレのあるリズムにのせ、高らかに鳴るホーン・アンサンブル、
ギミックなし、直球ストレイトで迫るオールド・スクールなサルサ。
スウィングにまみれながら踊るうち、感極まって頬が涙で濡れます。

Los Hermanos Gonzalez "NO ME FALTA NADA" no label no number (2016)
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還ってきたプエルト・リコ・サルサ ホセー・ルゴ & グアサバラ・コンボ [カリブ海]

José Lugo & Guásabara Combo.jpg

うぉー、すごい音圧。
ホーンズとパーカッション陣がぐいぐいと押し迫ってくるサウンドに、ノックアウト。
出音イッパツで、とびっきりの一級品のプエルト・リコ・サルサだってことが、
すぐわかるってもんですね。
コンボを名乗ってるけど、サウンドはまぎれもなく、重量級オルケスタですよ。

なんだかここんところ、サルサが還ってきてる感じがしますね。
ボビー・バレンティンの新作もそうでしたけど、
この前聴いたロス・アチェーロスの2作目も、
70年代サルサ時代のバリオの匂いをぷんぷんと撒き散らしていて、マイったばかりです。

で、こちら、リーダーのピアニスト、ホセー・ルゴは、
ボビー・バレンティンやウィリー・ロサリオのもとで修行し、
その後、ヒルベルト・サンタ・ロサ、トニー・ベガ、ビクトル・マヌエル、イサック・デルガード、
エルビス・クレスポなど、さまざまな歌手のディレクションを務めてきた人とのこと。

バイラブレに徹して、一瞬たりとも緊張を緩めないスキのないアレンジが見事じゃないですか。
まさに豊富なキャリアに裏打ちされたディレクションといえますね。
この緻密なアレンジこそが、80年代以降のプエルト・リコ・サルサの醍醐味ですよ。
オルケスタが気持ちよく、ウネること、ウネること。
ボビー・バレンティンはシャープな切れ味でウナされましたけど、
こちらはファットなグルーヴに魅せられました。

懐の深さを感じさせたのは、ノロ・モラレスの曲をインスト演奏でさらりとやっていたこと。
ほかにも、ルイス・カラフのメレンゲを取り上げていたりと、
プエルト・リコだけにとどまらない古典ラテンへの目配りをしていて、
アルバムに奥行きを生んでいるところも、さすがです。

José Lugo & Guásabara Combo "¿DÓNDE ESTÁN?" Engrande Music EG506 (2016)
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サハラの蜃気楼 イマルハン [中東・マグレブ]

Imarhan  City Slang.jpg

またも新たなるトゥアレグ人バンドの登場です。
イマルハンは、アルジェリア南部の都市タマンラセット出身の5人組。
プレス写真を見ると、メンバー全員、皮ジャケにジーンズのルックスでキメていて、
トゥアレグの伝統衣装をまとった先達のバンドとの違いを印象付けています。

ライナーのクレジットを見ると、
13年12月にアルジェで録音された1曲のほかは、
14年12月と15年11月の2度に分けてフランスでレコーディングされていて、
じっくりと時間をかけ、本デビュー作が制作されてきたようですね。
その成果がしっかりと表われた、丁寧な仕上がりになっていますよ。

ティナリウェンやタミクレストのようなディープなブルージーさはないとはいえ、
抑制の利いたサウンドは、デビュー作と思えぬ落ち着きを感じさせます。
曲ごとにアクースティックとエレクトリックを使い分けていて、
軽やかなファンク味をはじき出すアップ・テンポの曲では、
小回りの利くエレクトリック・ギターのリフが、
若々しい小気味よさを発揮しています。

バンド・リーダーで歌手兼ギタリストのサダムのつぶやくようなヴォーカルが個性的で、
淡々と詩を綴る繊細な歌いぶりに、惹きつけられます。
スロー・ナンバーでのサダムのつぶやきヴォーカルは、
サハラの蜃気楼を見るかのような幻惑を覚えました。

プロデュースにティナリウェンのベーシスト、エヤドゥが加わっているので、
どういう縁かなと思ったら、サダムと従兄弟関係だそうで、
エヤドゥの曲やサダムとエヤドゥの共作曲が数多く収録されています。

数多くのトゥアレグ・バンドの中で、今後どのように発展していくか、楽しみなバンドです。

Imarhan "IMARHAN" City Slang/Wedge SLANG50094 (2016)
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王道シャバービーの特選幕の内弁当 ナワール・エル・ズグビー [中東・マグレブ]

Nawal El Zoghbi  MESH MESAMHA.jpg

最近、アラブのポップス、聴いてないなあ。
王道のシャバービーで、なんかいいのないかしらんと思い立ち、
近作のカタログを検索してたら、
ナワール・エル・ズグビーの新作が出ていることに気づきました。

レバノンのスーパー・スター、ナワールのアルバムも、
そういえばここ十年くらい聴いてないなあなんて思っていたら、
なんと棚に、ちゃんと11年の前作があって、あらららら。
あれぇ、これ、買ったんだっけか。ぜんぜん覚えてないや。

いけませんねえ。ロクに聴かず棚に突っ込んっじゃったのか。
離婚して心機一転(?)、長年在籍していたロターナから、
レバノンのメロディ・ミュージックに移籍したのが、この11年の前作でしたよね。
あれから4年、またもレコード会社を移籍し、今度はエジプトのマジカからのリリースです。
なんか最近、マジカに大物がゾクゾクと集まってきますね。
ロターナはすっかり影が薄くなって、レーベルの栄華盛衰を見る思いがします。

で、ナワールの新作なんですが、さすがはヴェテラン、きっちり仕上げてますねえ。
これぞ王道シャバービーといえるダンサブルなナンバーから、アラブ色を生かしたナンバー、
ハリージやダブケなど地方民俗色も織り交ぜながら、
アラビアン・ポップの美味しいところをきちっと取り揃えた、特選幕の内弁当。

打ち込みがうるさくないアダルト向け仕様のサウンドも好ましく、
過度に洗練されずぎず、適度に下世話なちゃかぽこなプロダクションを施す中道ぶりは、
さすがトップ・セールスを誇る製作陣の手腕が光りますねえ。いい仕事してます。
クセのないナワールの歌も、さらっと歌っているようで、さりげないコブシ使いは巧みです。
楽曲も粒揃い、ナワールの美貌満載のジャケットにブックレットと、カンペキです。

Nawal El Zoghbi "MESH MESAMHA" Mazika MAZCD253 (2015)
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恋物語歌い レー・クエン [東南アジア]

Lệ Quyên & Thái Thịnh  CÒN TRONG KỶ NIỆM.jpg

んも~、ホメちぎるヴォキャブラリーを使い果たしちゃって、なんも言えませんよ。
ティナリウェンとこの人くらいじゃないかなあ、そんな感想を持つのは。
ヴェトナムが生んだ世界最高のバラディアー(おぉ、そこまで言い切るか、自分)、
レー・クエンの新作です。ヴェトナムで3月に発売され、届くのを楽しみにしておりました。

今回も、前作“KHÚC TÌNH XƯA 3 : ĐÊM TÂM SỰ” 同様、
ホルダーケース仕様の豪華パッケージの中に、
歌詞カードが美麗フォトカードと裏表になって9枚入っておりますよ。
艶やかなレー・クエンのお姿、お目にかけましょうね。

Lệ Quyên 2016.jpg

ここのところ、ヴォトナム戦争前のヒット曲や作曲家の作品を
取り上げる企画が続いていたレー・クエンですけれど、
新作は現代の作曲家とコラボレートしたアルバムとなりました。
共同名義となっているタイ・ティンがその人で、ゼロ年代から頭角を現している作曲家とのこと。
ロマンティックなラヴ・バラードを書く人で、
その古風な作風は、レー・クエンが歌うのにハマリ役といえます。

ヴェトナムでボレーロと表現されるドラマティックなバラードを中心に、
タンゴにアレンジした曲や、伝統歌謡のメロディを取り入れた曲もあるなど、
その仕上がりは、ノスタルジック路線のアルバムと変わらぬ内容になっています。
すでにレー・クエンは、昔の曲も今の曲も同じように歌いこなすことができて、
古い曲に新たな息吹をもたらすバラード表現が完成しているんですね。
アルバム制作面でも、ヴェッタン・スタジオの優秀な伴奏陣によるプロダクションは
今回もスキがなく、文句なしの充実作となっています。

恋愛を歌う女性歌手は、世界に星の数ほどいても、その多くが恋愛を「説明」するばかりで、
「物語」にして歌える歌手は、ほんの一握りしかいません。
多くの凡庸な歌い手は、恋につまらない具体性を持ち出して、
ラヴ・ソングにスケール感を生み出せないばかりか、貧相にしてしまいます。
才能のある歌い手は、些末な現実で恋模様を語るのでなく、
普遍の物語に膨らませて歌う術を知っています。

「電話帳を歌っても感動するだろう」と表現されたのは、エディット・ピアフでしたけれど、
レー・クエンもまさにそれと肩を並べるクラスの歌手になったことを、
わずかな息づかいまでもコントロールしつくしたその歌いぶりに実感します。

Lệ Quyên & Thái Thịnh "CÒN TRONG KỶ NIỆM" Viettan Studio no number (2016)
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イベリアン・パーカッション・オーケストラ コエトゥス [南ヨーロッパ]

Coetus ENTRE TIERRAS.jpg

パーカッション・ミュージック・ファンにはたまらない、スペインのグループを見つけました。
といっても、スペイン音楽ファンならとっくにご存知でしょうけれど、
初のイベリアン・パーカッション・オーケストラを自称するという、コエトゥス。
スペインのタンバリン、パンデレータをはじめ、
イベリア半島各地のパーカッションを総合化しようという野心的な試みのもと、
アレイクス・トビアスが編成したオーケストラで、
12年の2作目を聴いて、すっかりファンになりました。

アレイクス・トビアスは、カタルーニャ民謡を現代化するグループ、
チャルパのパーカッショニストとして知られていますけれど、
自身が率いる20名近いメンバーを擁するオーケストラでは、
カタルーニャにとどまらず、イベリア半島全域を見据えたところが大胆です。

ライナーの歌詞カードには、各曲小さなスペインの地図が書かれていて、
その曲が歌われている地域に赤丸が付けられているんですが、
それを見ると、イベリア半島の各地から伝承曲が選ばれていることがわかります。
イベリア半島から遠くカナリア諸島の歌もあれば、
イベリア半島以外では、ベネズエラのシモン・ディアスの曲も取り上げられています。

演奏は、腹に響く重低音のパーカッションを押し出しながら、
伝承曲ごとにカラフルな伴奏が付けられています。
カタルーニャのダンス・チューン、サルダーナでは、ダブル・リードのティブレとテノーラが使われ、
ノイジーなビリビリ音で気分を盛り上げるほか、シンティールやベンディールをフィーチャーした
マグレブ・アラブ色濃厚な曲もありますよ。
鳥の音や風のざわめきなどの効果音を打楽器で出したりと、
演奏の手法はフォークロアな作法に従ったオーセンティックなものではなく、
イマジネイションに富んだアイディアがふんだんに使われているところに感心しました。

またフィーチャーされているシンガーが魅力的で、
ジュディット・ネッデルマンという若い女性シンガーにホレました。
太鼓の響きを浴びて、透き通る清涼感あふれる声が、まばゆいですね。
今話題のシルビア・ペレス・クルースも1曲参加しているんですが、
ぼくはジュディットの方に、好感を持ちました。
一方、ヴェテランのトラッド・シンガーのエリセオ・パラは、安定感のある歌声を聞かせていて、
太鼓中心ではない、歌ものとしての伝承曲の魅力を全開にしています。

Coetus "ENTRE TIERRAS" Temps TR1284GE12 (2012)
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70年代MPBふたたび ブルノ・バレート [ブラジル]

Bruno Barreto.jpg

フィロー・マシャードを思わせる1曲目で、ぎゅっと胸をつかまれました。
続く2曲目も、柔らかなサウンドに甘いメロディで、
もっとも良質の70年代MPBを聴くかのよう。この2曲ですっかりマイってしまいました。
本作の主役ブルノ・バレートは、83年ニテロイ生まれの若きパーカッショニスト。
テレーザ・クリスチーナのグルーポ・セメンチのメンバーで、
これがソロ・デビュー作だそうです。

そのテレーザ・クリスチーナとグルーポ・セメンチに
アルリンド・クルスをゲストに迎えたサンバあり、
オス・チンコアス(懐かしい!)の曲にアダプトしたサンバ・ソウルでは、
サンドラ・ジ・サーがゲストで歌っています。

アルバムを通して印象的なのは、
オシュン、イエマンジャー、オシュマレー、シャンゴー、ナナンなど、
カンドンブレの神々を歌った曲がとても多いこと。
一聴して70年代MPBを思わせたのも、
アフロ・ルーツを見直し、バイーアへ注目が集まった
70年代のMPBに作風が似ているからなんですね。

そういえば、最近はこういうカンドンブレにまつわる曲が、
MPB周辺から聞かれなくなりましたね。なんでだろ。
ブルノくんがパーカッショニストだからなのか、
北東部のマラカトゥも取り上げていて、レパートリーはとてもカラフルです。

アレンジは、パゴージ・ジャズ・サルジーニャス・クラブで
サックスとフルートを担当するエドゥアルド・ネヴィス。
最近MPB作品で活躍している俊英で、アコーディオンの起用が成功しています。
アフロ・ルーツも交えたメロディアスなメロウ・サンバのMPB、嬉しいですね。

Bruno Barreto "ORIGEM" no label no number (2015)
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21世紀のテレコ・テコ トゥコ・ペレグリーノ [ブラジル]

Tuco Pellegrino.jpg

リオの路面電車の運転手を、後ろから臨んだモノクローム写真。
これ見て『黒いオルフェ』を思い出すなんて、年寄りの証拠かなあ。
(* 主人公のオルフェはリオ市電の運転手)

中学1年生の時、映画好きの同級生に誘われて、
有楽町の名画座で『黒いオルフェ』を観た時のカンゲキが、いまも忘れられません。
あの映画のおかげで、本当の恋をしたら死ななきゃならんのかと曲解したんだけど、
同じように思い込んだ人が、ほかにもいることをあとで知って、
自分だけじゃなかったのかと、少し安心したりして。

なんの話だっけ。
えぇっと、トゥコ・ペレグリーノというサンビスタのアルバムでした。
若いのに、戦前のサンバを思わすメロディを書ける人で、
聴いてて涙が出てきそうな箇所、多数。グッときますねえ。
10年デビューという新人なのに、なんでこんな味わいを出せるんでしょうか。
カリオカの下町サンバの伝統としかいえませんな。
シロ・モンテイロに通じるテレコ・テコのセンスを持った若手ですよ。

トロンボーンとトランペットがノエール・ローザの時代のサンバの響きを醸し出す曲あり、
そういう曲ではトゥコの歌い口に芝居っけがあって、楽しくなります。
そして嬉しかったのが、ひさしぶりにモナルコの元気な声が聞けたこと。
ヴェーリャ・グァルダ・ダ・ポルテイラのメンバーとともにゲストで1曲歌っています。
さらにもう一人、ポルテイラ関係では、昨年88歳で亡くなった老サンビスタ、
ヴァルジール59と歌っている1曲があるのには、びっくりしました。
これは、ヴァルジール59の最後の録音になったんじゃないでしょうか。

特にノスタルジックなサンバを演出しているわけではなく、
本人はいつも通りのサンバを歌っていながら、
古き良きサンバの味がにじみ出てくる本作、サンバ・ファンの涙腺うるませること必至です。

Tuco Pellegrino "NA CONTRAMÃO DO PROGRESSO" no label no number (2016)
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イングランド魂を伝えて フェイ・ヒールド [ブリテン諸島]

Fay Hield  OLD ADAM.jpg

北イングランド、キースリー出身のトラッド・シンガー、フェイ・ヒールドの新作。
4人組ア・カペラ・グループ、ウィッチーズ・オヴ・エルスウィックのメンバーだった人ですね。
フィドル奏者のジョン・ボーデンと結婚して出産するまでの間、音楽活動を中断していましたが、
10年にソロ・デビューして、これが4作目。
彼女の最高作に仕上がったといえるんじゃないでしょうか。

ジャケットの表紙写真からして、これまでのアルバムとは雰囲気が違いますよね。
3つ折となったペイパー・フォルダーを開けると、さらに素晴らしいアートワークが。
歌詞カードの写真も、イマジネイティヴに富んだシチュエイションで撮影されていて、
このアルバムにかけるフェイの意気込みが伝わってくるかのようです。

早速CDをトレイにのせると、のっけから太いばちで叩かれる太鼓の低音に、
唸りを上げるウッド・ベースがからんできて、腹にずしりとくる響きに驚かされます。
イングランド・トラッド/フォークの定型に安住しない、アイディアに富んだサウンドづくりは、
サム・リー登場以降の良い傾向ですね。

ハリケーン・パーティを名乗るフェイのバック・バンドには、若干のメンバー異動があり、
今作ではご主人のジョン・ボーデンはゲスト扱いとなり、フィドルのサム・スウィーニー、
コンサーティーナのロブ・ハーブロン、ギター兼バンジョー兼フィドルのロジャー・ウィルソン、
ベースのベン・ニコルス、パーカッションのトビー・カーニーの5人となっています。
ゲストに、ヴェテランのマーティン・シンプソンも加わっています。
今回の最大の立役者は、新メンバーのトビー・カーニーとベン・ニコルスの二人ですね。

レパートリーは、伝統詩にフェイやジョンが曲を付けたもの。
1曲だけ、トム・ウェイツの93年作“The Briar and The Rose” を歌っているのは、
どういう趣向なのかよくわかりませんが、他の曲と違和感なく収まっています。
甘さを排した武骨さのある歌い口にはイングランド魂がこもっていて、
バラッドやソングを歌うのに、これほどふさわしいものはありません。

Fay Hield "OLD ADAM" Fayhield SOPO5003 (2016)
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さりげない感傷 李婭莎 [東アジア]

李婭莎 一個人,唱情歌.jpg

久しぶりに中国系の女性歌手に蕩けました。
その繊細な歌いぶり、かすかに幼さを残したひそやかな歌い口に、
胸の動悸がとまらなくなって、困っちゃいましたよ。

台湾で活躍する大陸出身のリー・ヤシャーの3作目にあたる13年作。
上海生まれの大陸の女性歌手が台湾でデビューする、しかも台湾語でって、
非常にビミョーというか、いや、むしろ意志のある立ち位置とも思えますが、
台湾のグラミー賞ともいえる金曲獎で、
13年に最優秀女性歌手賞を受賞している人だそうです。

感傷的なメロディを慈しむように丁寧に歌う、静かなたたずまいに惹かれます。
歌唱の表現はけっして過剰になることがなく、抑制されているので、
すがるような歌いぶりをしても、うっとうしくならないんですね。
タメ息をもらすような歌い口にわざとらしさがなく、下品にならない。
ふんわり舞う声が、風にのってゆらめく紫煙のようです。

そんなリー・ヤシャーのヴォーカルを優しく包むプロダクションが、また見事。
ゴージャスなストリングス・オーケストラを使いながら、
歌のかなり後方で静かに鳴らすミックスにしていて、
歌を引き立てることに、細やかな神経を配っているのを感じます。

アクースティック・ギターの後ろで、ひっそりと胡弓と鼓を鳴らして、
ほのかな中華風情を香らせてみたり、
スウィング・ビートにのせたオーケストラ・アレンジの曲で、
曲中でリズムを何度もチェンジさせるアイディアなど、歌伴に徹しながらも、
耳残りする場面をいくつもしっかりと残すところは、見事なディレクションといえます。

クレジットを見ると、各曲アレンジャーが異なっていて、それでこの統一感はスゴイな。
あれっと思ったのは、菊田俊介が作編曲をやっている曲があったこと。
アメリカのチタリン・サーキットで活躍するブルース・ギタリストと思っていたら、
こんな仕事もしてたんですねえ。
蕩けるようなブルージーなギター・ソロを披露してますよ。

すっかり気に入って、リー・ヤシャーのほかのアルバムも試聴してみましたが、
本作がいちばん抑制の利いた歌いぶりとなっているようです。
個人的には大判の写真集だけが余計でしたが、中年男性の夜のお友に最適です。

李婭莎 「一個人,唱情歌」 滾石 RD1972 (2013)
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