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カヴァキーニョでサン・ジョアン祭 セルジオ・シアヴァッゾリ [ブラジル]

Sergio Chiavazzoli  SÃO JOÃO DE CAVAQUINHO.jpg

アウトレット・セールで、ブラジル盤をまとめ買いしちゃいました。
日頃のチェックで気になったブラジル音楽のCDは、
おおむね買っているつもりなんだけど、
けっこう見落としているアイテムがあるんですねえ。
ここ10年分くらいの在庫一掃セールのリストを眺めていたら、
何だコレ?とまったく見覚えのないものが、ちょこちょこありました。

まず、ビスコイト・フィーノから16年に出ていた、
『カヴァキーニョでサン・ジョアン祭』。
ノルデスチの庶民文学の小冊子、リテラトゥーラ・デ・コルデルの木版を
デザインしたジャケットが、北東部音楽好きのココロをくすぐります。
主役のカヴァキーニョ奏者、セルジオ・シアヴァッゾリという名は初耳。

ショーロのカヴァキーニョ奏者で、北東部音楽を演奏した人といえば、
その昔はヴァルジール・アゼヴェードがバイオーンをよく援用していました。
フレーヴォを演奏したジャカレーなんて人もいましたけれど、
セルジオ・シアヴァッゾリはこのアルバムで、
フルート(ピファノ?)、ベース、ザブンバとともにフォローを演奏しています。
ちなみにザブンバを叩いているのは、
元ノーヴォス・バイアーノスのジョルジーニョ・ゴメスですよ。

レパートリーは、30年代に数多くのカーニヴァル・ヒットを放った
ラマルチーニ・バボが作曲し、カルメン・ミランダが歌ったマルシャの
‘Chegou A Hora da Fogueira’ ‘Isto É Lá Com Santo Antônio’ や、
ベネジート・ラセルダ、ルイス・ゴンザーガといった通好みの選曲。
アルバム最後に、タイトルとなっているセルジオのオリジナル曲を演奏しています。

レコーディングは16年4月9日のたった一日で、10曲を一気に録り終えていて、
なるほど4人の息の合った演奏の絶好調ぶりが、伝わってくるようじゃないですか。
フォローの快調なツー・ビートが、腰に刺さります。
カヴァキーニョの演奏も痛快そのもので、楽しいったらありません。

セルジオ・シアヴァッゾリという人をチェックしてみると、
どうやらショーロ・ミュージシャンじゃないようですね。
ジルベルト・ジル、カエターノ・ヴェローゾ、ガル・コスタ、ジャヴァン、
ミルトン・ナシメント、カルリーニョス・ブラウン、イヴェッチ・サンガロほか、
錚々たるミュージシャンのバックを務めてきたマルチ弦楽器奏者で、
ユッスー・ンドゥールやシェブ・マミとの共演歴まである人でした。

過去作を見ると、クリスマス・アルバムなど企画作を多く出している人なんですね。
どんな求めにも応じられる、裏方のヴェテラン・プレイヤーなのかなあ。
本作も、ビスコイト・フィーノのリクエストに応じて制作されたものなのかもしれません。

Sergio Chiavazzoli "SÃO JOÃO DE CAVAQUINHO" Biscoito Fino BF435-2 (2016)
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カイピーラ・ギターの名作誕生 リカルド・ヴィギニーニ [ブラジル]

Ricardo Vignini  RAIZ.jpg

カイピーラ・ギター(ヴィオラ・カイピーラまたは単にヴィオラ)の名作誕生!

リカルド・ヴィギニーニはねぇ、ずっと敬遠していたんですよ。
だって、カイピーラ・ギターで、ブラック・サバス、スレイヤー、メタリカ、
アイアン・メイデンをカヴァーしちゃうようなお人ですよ。
ジャケットもヘヴィメタ趣味で、ギターをたくさん並べてポージングするとこなんて、
まるでボブ・ブロウズマンさながら。じっさいブロウズマンとも共演してるらしいし、
ますます、ぼくとは1ミリも接点がないって感じ。

そんなムジカ・カイピーラ革命児のリカルド・ヴィギニーニですけれど、
本作は、原点回帰ともいうべきオーセンティックな内容で、
アクースティックなサウンドでまとめたギター・アルバムとなっています。
歯切れの良いピッキングで、ギターをフルに鳴らし切っていて、
いやぁ、爽快じゃないですか。
なんだか、聴き進むうちに、ハワイのスラック・ギター・アルバムを
聴いてるような気分になって、ニコニコしちゃいました。

リカルドが弾く10弦カイピーラ・ギターに、
ラファエル・シュミットとネイ・クーテイロのギター、
アントニオ・ポルトのベースとギター、
ファビオ・タグリアフェリのヴィオラ・デ・アルコがサポートしていて、
リカルド自身がカヴァキーニョ、ギター、パーカッションなどを多重録音した曲もあります。

‘Último Adeus’(55) のようなカイピーラ古典から、
ヴェテラン・カイピーラ・ギタリストのインジオ・カショエイラ作のメドレー、
オリヴェイラとオリヴァルドのコンビが歌った‘Paixão de Carreiro’、
ゼー・ムラートとカシアーノの‘Batuque No Ranchão’ など、
リカルドの自作曲を交えて演奏しています。

リカルドって、レシーフェ出身の奇才ギタリスト、エラルド・ド・モンチとも
ルックスが似ていて、エキセントリックなタイプって、
みんな似たような顔してんのねとか思ってたんですが、
このアルバムは過去作とはぜんぜん違います。ジャケ写はイケてないけど、内容は保証。
スラック・キー・ギター・ファンにもオススメできる、カイピーラ・ギターの名作です。

Ricardo Vignini "RAIZ" no label FG31 (2021)
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お爺ちゃんとピファノ女性楽団 メストリ・ゼー・ド・ピフィ&アス・ジュヴェリーナス [ブラジル]

Mestre Zé Do Pife e As Juvelinas  TALO DE JERIMUM.jpg

メストリ・ゼー・ド・ピフィは、
ブラジル北東部の笛ピファノ(またの名を、ピフィ)の達人。
45歳のときにブラジリアに移り住み、
ブラジリア大学に招かれてワークショップや授業で演奏をしていると、
北東部音楽に魅せられた女子学生たちがグループを結成し、
07年にアス・ジュベリーナスの名で、
メストリ・ゼー・ド・ピフィと活動を始めたのでした。

結成当初は11人いたそうですが、現在のメンバーは7人。
本作は、結成10周年を記念して制作された第2作です。
音楽監督を務めるダニエル・ピタンガが、アレンジや曲の提供ほか、
7弦ギター、バンドリン、カイピーラ・ギター、
ベース、アゴゴ他各種打楽器も演奏していて、
この人のディレクションが冴えわたっています。
多彩な曲調に、カラフルなアレンジを施していて、飽きさせることがありません。

土埃が舞うようなザブンバのビートに導かれてピファノが空を舞い、
ラベッカがぎこぎことノイジーな音を撒き散らし、
女声のハーモニーが、本来ユニゾンしかない野趣なノルデスチの響きに、
現代的なサウンドを付加しています。

メストリ・ゼー・ド・ピフィの愛弟子で、アス・ジュベリーナスのリーダーを務める
キカ・ブランダンが、達者なピフィのインプロヴィゼーションを聞かせるなど、
マラカトゥやココなど、ノルデスチの民俗色を存分に発揮しています。
ダニエル自身が歌った自作曲の‘Casa de Pedra’ はMPBの趣で、
フォークロアなトラックのなかで、いいチェンジ・オヴ・ペースになっています。

タイトル曲では、ゼーとともに子供の頃から一緒にピフィを演奏してきた、
兄のゼカ・ド・ピフィがゲストに招かれてナレーションを務めています。
二人は子供の頃、ジャガイモの茎からピフィを作ったというエピソードから、
「ジャガイモの茎」という曲名が付けられたのですね。

ライナーの最後には、中央でがっちりと握手するゼカとゼーの両サイドに、
メンバー7人が並び、西日を浴びる美しい9人の写真が飾られています。
ノルデスチ音楽の女性グループといえば、
マラカトゥのコマドリ・フロジーニャ以来のことで、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2011-04-25
ピファノ女性楽団を聴くのは、ぼくはジュヴェリーナスが初めて。

本作は女性ピファノ奏者メストレ・ザベ・ダ・ロカ(1924-2017)に
捧げられていますけれど、ザベ・ダ・ロカを受け継ぐ女性たちが
しっかりといることを知って、頼もしい限りです。

Mestre Zé Do Pife e As Juvelinas "TALO DE JERIMUM" no label no number (2018)
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7弦ギタリストのデュオ2作 ロジェリオ・カエターノ [ブラジル]

Rogério Caetano & Gian Correa  7.jpg   Eduardo Neves e Rogério Caetano  COSMOPOLITA.jpg

7弦ギタリスト、ロジェリオ・カエターノの旧作2タイトルが入ってきました。
1枚は同じく7弦ギタリストのジアン・コレアとのギター・デュオ作で、
パンデイロとタンボリンが伴奏につき、
二人のオリジナル曲をショーロふうに演奏したもの。

このアルバム、往年の7弦ギターの名手、ジノに捧げられていて、
となれば思い起こされるのは、
ジノとラファエル・ラベーロが共演した91年のカジュー盤ですよね。
当時の新旧7弦ギタリストを代表する師弟が火花を散らした傑作でした。
カジュー消滅後もクアルッピが再発して、日本盤も出たことのある、
7弦ギター・デュオの代表的名盤です。

Raphael Rabello & Dino 7 Cordas.jpg

あの名作と比べるのは気の毒だけど、それにしても本作はダメだな。
なにがイケないって、2台のギターが同じ音域を弾いていることで、
音がぶつかって聴きづらく、対位法の効果が損なわれてしまっています。

で、ジアン・コレアとのギター・デュオ作は期待外れでしたが、
良かったのが、パゴージ・ジャズ・サルジーニャス・クラブの管楽器奏者
エドゥアルド・ネヴィスとのデュオ作。
二人は13年のショーロ・セッション“SÓ ALEGRIA” でも共演していましたね。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2017-01-21
こちらは、サポート・ミュージシャンなしの二人のみの演奏で、
緊張感みなぎるスリリングな演奏を展開しています。

Paulo Moura & Raphael Rabello  DOIS IRMÃOS.jpg

こちらも連想させられるのは、さきほどと同じくカジューから出た92年作で、
ラファエル・ラベーロとパウロ・モウラが共演したアルバム。
さきのジノとの共演作とは異なり、ラファエルはグッと抑制の利いたプレイで、
歌ゴコロを前面に押し出しています。
とはいえ、端端で聞かせるシャープなプレイに、才気は溢れまくってますけれどね。
ピシンギーニャの「1X0」なんて、この二人ならではといえる名演でしょう。

パウロ・モウラがクラリネット、
エドゥアルド・ネヴィスはテナー・サックスとフルートという違いに加え、
デュオ演奏の性格も両者異なっていますけれど、
新たなる7弦ギターと管楽器の名デュオ作に間違いありません。
7年も前のアルバムで、気付くのが遅すぎましたが。

Rogério Caetano & Gian Correa "7" no label RCGC01 (2018)
Eduardo Neves e Rogério Caetano "COSMOPOLITA" Kyrios KYRIOS2656-15 (2015)
Raphael Rabello & Dino 7 Cordas "RAPHAEL RABELLO & DINO 7 CORDAS" Caju Music 849321-2 (1991)
Paulo Moura & Raphael Rabello "DOIS IRMÃOS" Caju Music 517259-2 (1992)
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ボサ・ノーヴァ・ギターにあらず ボラ・セッチ [ブラジル]

Bola Sete  SAMBA IN SEATTLE.jpg

59年にアメリカへ渡ったブラジル人ギタリスト、
ボラ・セッチの未発表ライブ録音が出ました。

66年、67年、68年にシアトルのジャズ・クラブ、ペントハウスで録音された音源で、
ヴァーヴから出た66年のモントレー・ジャズ・フェスティヴァルの
ライヴ盤と同時期のもの。
ディスク1が66年12月1・8日、ディスク2が67年10月13・20日、
ディスク3が68年7月26日、8月2日の録音です。

メンバーもヴァーヴ盤と同じ、セバスチアン・ネトのベースと、
パウリーニョ・マガリャエスのドラムスなので、ヴァーヴ盤が好きな人なら、
手に入れておきたい3枚組でしょう。

ボラ・セッチは、62年11月のカーネギー・ホールでの歴史的コンサートにも
参加したギタリストとして有名ですね。ジャジーなタッチを得意としたギタリストで、
バーデン・パウエルの人気には及びませんが、
バーデンの神がかった鬼気迫るギター・プレイや、
クラシックのレパートリーが苦手なぼくは、ボラ・セッチの方が好みなのです。

ただ、バーデンとの共通点という意味では、
二人とも独自のサンバ・ギターの奏法を確立したことでしょうね。
どういうわけなんだか、バーデン・パウエルもボラ・セッチも、
ボサ・ノーヴァ・ギタリストという安直な紹介をされますけれど、
二人ともいわゆるボサ・ノーヴァとは異なったギター・スタイルを開発した人です。
その意味では、ルイス・ボンファだって、独自の個性のギタリストでしたよね。

ボサ・ノーヴァのレパートリーを弾いていれば、
なんでもボサ・ノーヴァ・ギターと呼んできたことは、
けっこう誤解を広げてきたと思うなあ。
アフロ・サンバ探究のなかで、バツカーダをギターに取り入れたバーデンとは、
また異なるアプローチでサンバ・ギターに取り組んだボラ・セッチですけれど、
そのボラのギターの魅力を堪能できる3枚組です。

40ページにおよぶライナーには、音楽評論家グレッグ・カズーズのほか、ラロ・シフリン、
ジョージ・ウィンストン、ジョン・フェイヒーが寄稿しているほか、カルロス・サンタナ、
ボラ・セッチの未亡人アン・セッチのインタヴューが掲載されています。

Bola Sete "SAMBA IN SEATTLE" Tompkins Square TSQ5852
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イズマエール・シルヴァのレコード [ブラジル]

Ismael Silva  O SAMBA NA VOZ DO SAMBISTA.jpg

今月号の「レコード・コレクターズ」の記事絡みで、もうひとつ。
2021年の収穫の記事で、ブラジルの名サンビスタ、
イズマエール・シルヴァの10インチ盤を取り上げたんですが、
入手経緯については、「レコード・コレクターズ」誌を読んでいただくとして、
半世紀にわたって探し続けたレコードなので、届いた時は、本当に感無量でした。

この10インチ盤を必死に探したのは、レヴィヴェンドから出た再発LPで、
中身を聴いていたからなんです。買ったのは、80年代末頃だったかなあ。
アタウルフォ・アルヴィスとのカップリングだったんですけど、
いやあ、カンゲキしました。

エスコーラ・ジ・サンバを最初に作り出したサンバの巨人、
という話ばかりが自分のなかでどんどんと大きくなって、
どんなサンバなのか、妄想たくましくしてた時に聴いたので、
マランドロ気質溢れるサンバには、ノック・アウトされました。
裏山サンバのイメージばかりがふくらんでいたので、
ノエール・ローザばりの街のサンバが出てきたのが、すごく意外だったんです。
じっさいイズマエールは、ノエールと共作していたんだから、当然なんですけどね。

Ataulfo Alves, Ismael Silva  MESTRES DO SAMBA.jpg   Ataulfo Alves, Ismael Silva – Sambistas De Raça.jpg

ところがこのレヴィヴェンド盤、オリジナル盤から1曲削られていることに気付き、
レヴィヴェンド盤よりも前に全曲復刻されているLPが出ていたと知り、
それから一生懸命探したのが、漫画ジャケットのフォンタナ盤でした。
そんな道のりもあって、いつかオリジナルのシンテールの10インチ盤を
手に入れたいとは思っていましたが、半世紀もかかるとはねえ。

ENCONTRO COM A VELHA GUARDA  Mercury CD.jpg

イズマエール・シルヴァを初めて聴いたのは、
70年代サンバ・ブームのきっかけとなった伝統サンバのコンピレーション、
フィリップス盤“ENCONTRO COM A VELHA GUARDA” (通称『お爺サンバ』)
収録の‘Ingratidão’ だったという人は、ぼくだけじゃなく大勢いたはず。
イズマエールが「エスコーラ・ジ・サンバ生みの親」と聞けば、
そりゃ注目せずにはおれません。

Ismael Silva  SE VOCÊ JURAR.jpg   Ismael Silva  ISMAEL CANTA… ISMAEL.jpg

そして後追いで聴いた73年のLP“SE VOCÊ JURAR” が決定打でした。
このレコードはめでたく04年にCD化されています。
そうそう、さきほどの『お爺サンバ』も、CDは日本盤しかないと
思いこんでいる人が多いんですが、96年にブラジルでCD化されています。

イズマエールが残した録音は少なくて、
ソロ作は55年のシンテール盤、57年のモカンボ盤、そして73年のRCA盤のたった3枚。
モカンボ盤は、00年にインターCDがCD化しています。

Ismael Silva  A MÚSICA BRASILEIRA DESTE SÉCULO.jpg   SAMBA PEDE PASSAGEM.jpg

このほかには、サン・パウロの福祉厚生文化センターSESCから出た
『今世紀のブラジル音楽―その作者と表現者たち』全4巻CD50枚組の1枚で、
73年に録音された放送用音源があるくらいかな。
あとは、65年12月リオのテアトロ・アレナでのライヴ録音がありますが、
主役はアラシー・ジ・アルメイダで、イズマエールはMPB4と並んで脇役ですね。

フィジカルで見つけるのは、いまとなっては難しいでしょうけれど、
モカンボ盤、RCA盤はサブスクでも聞けます。シンテール盤は残念なからありませんが。

[10インチ] Ismael Silva "O SAMBA NA VOZ DO SAMBISTA" Sinter SLP1055 (1955)
[LP] Ataulfo Alves, Ismael Silva "MESTRES DO SAMBA" Revivendo LB011
[LP] Ismael Silva, Ataulfo Alves "SAMBISTAS DE RAÇA" Fontana 6488.011
Mano Décio Da Viola, Ismael Silva, Nelson Cavaquinho, Walter Rosa, Duduca, Hernani De Alvarenga and others
"ENCONTRO COM A VELHA GUARDA" Mercury 532739-2 (1976)
Ismael Silva "SE VOCÊ JURAR" RCA 82876640692 (1973)
Ismael Silva "ISMAEL CANTA… ISMAEL" Intercd R22013 (1956)
Ismael Silva "A MÚSICA BRASILEIRA DESTE SÉCULO: POR SEUS AUTORES E INTÉRPRETES 3"
SESC São Paulo JCB0709-028 rec. 1973
[LP] Aracy De Almeida, Ismael Silva, MPB-4, Carlos Poyares, Conjunto Samba Autêntico, Grupo Mensagem, Os Partideiros
"SAMBA PEDE PASSAGEM" Polydor LPNG4.121 (1966)
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ストリートに取り戻したカーニヴァル精神 チアゴ・フランサ [ブラジル]

Thiago França Presents A Espetacular Charanga Do França.jpg

チアゴ・フランサ率いる大所帯バンド、
ア・エスペタクラール・シャランガ・ド・フランサのお披露目作。
ブラジル本国でリリースされる気配がないので、
UK盤をプリ・オーダーしていたんですが、大晦日に届きました。

ベロ・オリゾンチ出身、サン・パウロで活躍するサックス奏者チアゴ・フランサは、
メター・メター、キコ・ジヌスィなど、サン・パウロのアヴァン一派のひとり。
そのチアゴ率いるカーニヴァル・バンドは、
サンバ、マルシャ、フレーヴォはじめ、スカ、クンビア、バイリ・ファンキなどの
ダンス・ビートを駆使して生演奏するビッグ・バンド。
いわばブラジル版渋さ知らズ、でしょうかね。

サン・パウロのカーニヴァルは、警察当局が管理しやすいよう、
労働者階級を遠ざけることを目論んで、70年代にストリートから取り上げられ、
専用アリーナで催されるようになって、すっかりスポイルされていました。
チアゴは、カーニヴァルをもう一度ストリートに取り返して、
何千人という路上生活者のために演奏し、
カーニヴァルのエネルギーを人々とともに取り戻そうとしたんですね。

2010年代に新市長に代わり、
カーニヴァルをストリートへ復帰させる支援が始まったのを機に、
チアゴが13年にア・エスペタクラール・シャランガ・ド・フランサを結成すると、
一大ムーヴメントが巻き起こりました。そして20年のカーニヴァルでは、
60人の管楽器奏者と30人のパーカッショニストを編成して1万5千人以上の観客を集め、
サン・パウロのカーニヴァルの復活を象徴する存在となったそうです。
ちなみに、ブラジルのシャランガ charanga とは、キューバのチャランガとは違い、
サッカーの試合の応援で演奏されるブラス・バンドを指すものです。

ア・エスペタクラール・シャランガ・ド・フランサのコンセプトは、
デカい音で鳴らすこと。パワフルに、エネルギッシュに、がモットー。
スムーズに演奏することや、アレンジのためにダイナミクスをコントロールすることは、
タブーなんでありました。

これまでデジタル配信してきた曲に加え、新曲を2曲加えた初CDは、
冒頭からクンビアで始まり、マイケル・ジャクソンの‘Don't Stop 'Til You Get Enough’ を
クンビア・ヴァージョンにしてカヴァーするなど、
ブラジル国境も軽々と越えた、痛快なブラス・バンド・サウンドを爆裂しています。
渋さ知らズ、ニュー・オーリンズ、クンビアのファンも、ぜひお試しあれ。

Thiago França Presents A Espetacular Charanga Do França "THE IMPORTANCE OF BEING ESPETACULAR" Mais Um no number (2021)
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初冬にブラジリアン・ジャズ・ヴォーカル マルチーナ・マラナ [ブラジル]

Martina Marana  EU TOCO MAL.jpg

ブラジルのジャズ系シンガー・シングライター、マルチーナ・マラナの新作。
といっても、2年も前に出ていたアルバムですね。
14年のデビュー作では、マルチーナが即興を師事したアンドレ・マルケスの
アヴァンギャルドなホーン・アレンジによって、
シンフォニックなサウンドを聞かせていましたが、
本作はクァルテート・BRSが伴奏を務め、フルート、フリューゲルホーン、
アコーディオンほかのゲストが、曲により加わります。

デビュー作はアンドレ・マルケスの色が強すぎて、
マルチーナの個性が埋没していた感があったので、
こちらがマルチーナ本来の持ち味を発揮した作品といえそうです。
前作は、エドゥアルド・グジンやラファエル・マルチーニといった、
ひと癖もふた癖もある作曲家たちの作品が並んでいましたが、
今作はすべてマルチーナの自作曲。

ヒネったアレンジなどは特にみられず、
ジャジーにまとめた軽快なMPBという装いの、爽やかなアルバムです。
マルチーナが弾くナイロン弦ギターに寄り添うのは、
マルクス・テイシェイラのジャズ・ギター。
ゼリア・ダンカンやガル・コスタに、イリアーヌ・イリアスなど、
数多くの女性歌手の伴奏で名を上げた人ですね。
それにしてもマルクスって、女性歌手のバックばっかりやってるな。

前作の才気に富んだアレンジを好んだ人には、本作は生ぬるいだろうな。
リラクシン・タイムに合う、落ち着いたまろやかなサウンドとなっています。
フィロー・マシャードの楽想に着想を得たと思われる‘Filó’ では、
そのフィロー・マシャードをゲストに迎えています。
フィローのヴォイス・パフォーマンスはさすがだなあ。
マルチーナもスキャットを披露しているんですけれど、
フィローのテクニックには到底及ばず、ちょっとムリしすぎ。

世界のあちこちから登場する新世代のジャズ・ヴォーカリストとは違い、
旧来型タイプのシンガーではありますが、
リカ・セカートとか好きな人なら、ハマるんじゃないかな。
初冬の空の青さに良く似合う好盤です。

Martina Marana "EU TOCO MAL" no label no number (2019)
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ブラジル黒人女性の輝き ジュリアーナ・リベイロ [ブラジル]

Juliana Ribeiro  Preta Brasieira.jpg

ステージ映えする声、と形容すればいいんでしょうか。
ミュージカルにどハマリしそうな、素晴らしい歌声の持ち主ですね。
サルヴァドール出身のジュリアーナ・リベイロは、
サンバ・ダンサーからアフロ・ブロコの名門イレ・アイエのシンガーに抜擢され、
キャリアを積み重ねてきたというシンガー。

まろやかな発声とふくよかな声質という資質に恵まれて、
声量、コントロール、アーティキュレーション三拍子揃ったヴォーカル・ワークは、
完璧というほかありません。

裏山のサンビスタのように、音程も怪しげな生活感あふれる歌声に
グッとくる自分には、完璧すぎて、もっとも縁遠い歌声なんですが、
ぐいぐい引き付ける説得力豊かな歌唱には、抗しがたいものがあります。
ジュリアーナ・リベイロのサイトを見ると、
「2007年に始まった彼女のソロ活動は、大きな舞台でのパフォーマンスが特徴です。」
とあり、やっぱり、と思いました。

新作のタイトルは、ずばり『ブラジル黒人』。
いみじくもそのタイトルが示すとおり、
サンバ、ルンドゥー、マシーシ、ジョンゴ、バイオーン、ショッチ、マラカトゥなどなど、
ブラジル黒人のアイデンティティを、女性の立場から誇り高く歌い上げています。
伝説の黒人女性サンビスタ、クレメンチーナ・ジ・ジェズースに
オマージュを捧げた曲があるのが象徴的ですね。
ナラ・レオンの伝説的なショー「オピニオン」のテーマ‘Carcará’ を、
アフロ・キューバンな解釈でカヴァーしたのが、アルバムの白眉といえそうです。

バイーア・サンバの重鎮リアショーン作の‘Panela No Fogo’ では、
チューバを使ったアレンジによって、マラカトゥが持つ野趣な味わいと現代性を
同時に実現していて、これもアルバムの聴きものとなっていますね。

このアルバムは、ジュリアーナの初の出産をまたいで制作されたそうで、
臨月のお腹をさらした衣装をまとってステージで歌う写真がライナーに飾られ、
CDのディスク面には、臨月のお腹に両手を添えた写真がデザインされています。
そうして誕生した赤ん坊の声を挿入した‘Sonora’ は、
ジュリアーナのご主人でシンガー・ソングライターのセーザル・バティスタによる作曲で、
セーザルもゲストで歌っています。

最初にこの曲を聴いたとき、イントロの大仰なオーケストレーション・アレンジに、
違和感を覚えたんですが、曲の背景を知ってナットクしました。
パンデミック下で出産を経てアルバムを制作した、
ブラジル黒人女性の逞しさと豊かな母性が輝いています。

Juliana Ribeiro "PRETA BRASILEIRA" no label RB103 (2021)
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サン・パウロのコンテンポラリー・ジャズのいま ジエゴ・ガルビン [ブラジル]

Diego Garbin Quinteto  REFÚGIO.jpg

同じ18年作のトランペッターのリーダー作でも、こちらはグッと現代的。
話題のレーベル、ブラックストリームから出た、ジエゴ・ガルビンのデビュー作です。
サン・パウロで活躍する人で、同じブラックストリームから出た
ピアニストのサロモーン・ソアーレスのアルバムでも、冴えたプレイを聞かせていました。

ジエゴ・ガルビンはビッグ・バンド出身者だそうで、
エルメート・パスコアル・ビッグバンドでも腕を磨いたようですよ。
なるほど‘Tonin da Jose’ では、エルメート・ミュージックの影響がうかがえますね。

ジエゴは、シャープでクリアなトーンでハツラツとプレイしていて、
細かいパッセージを吹き切るスリリングさなど、
デビュー作らしい若々しさを発揮しています。

さらに特筆したいのが、ジエゴの作編曲。
全曲ジエゴのペンによるものなんですが、構成力のある曲を書くんですよ。
フックの利いたメロディを散りばめ、
どの曲も聞かせどころの作り込みが巧みで、引き込まれます。

バップ的なテーマを持つ‘Morro da Urca’ なんて、
スピード感を演出する曲作りが見事じゃないですか。
またそんなマテリアルを十二分に料理するメンバーも、実力者揃いです。

ピアノは先にあげたサロモーン・ソアーレスが美しいタッチを聞かせるし、
ドラムスのパウロ・アルメイダは、細分化されたビートで、
現代的なジャズ・ドラミングを披露しています。
コンテンポラリーなサン・パウロのジャズ・シーンをいまを伝える快作ですね。

Diego Garbin Quinteto "REFÚGIO" Blaxtream BXT0023 (2018)
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ブラジルからハード・バップのお手本 ギリェルミ・ジーアス・ゴメス [ブラジル]

Guilherme Dias Gomes  TRIPS.jpg

こういうオーソドックスなハード・バップを聴くのは、ひさしぶりな気がするなあ。
ギリェルミ・ジーアス・ゴメスは、劇作家ジーアス・ゴメスの息子で、
テレビ・グローボの音楽プロデューサーを91年から務めるという、
ヴェテラン・トランペッターにして作曲家。
すでに7枚のソロ作を出していて、本作は最新作。
といっても、3年前に出たものなんですが。

初めて聴く人ですけれど、トランペットのプレイは、堅実というか端正で破綻がなく、
きわめてお行儀のいい演奏ぶり。バークリー卒という経歴も、ナットク感ありあり。
旧知らしいメンバーとともに、肩に余計な力が入っていないリラックスしたプレイで、
スリルも熱さもきちんとありつつ、整ったアンサンブルを聞かせています。

安心して聞くことのできる安定感は、ヴェテラン・ミュージシャン揃いの賜物でしょう。
ここでフィルが欲しいなと思っていると、的確にフィルを入れてくるドラムスや、
トランペットに並走して、対位法的なラインを鮮やかに入れてくるテナー・サックス、
軽快なドラミングに太い音色で応えてグルーヴを生み出すベース、
シングル・トーンでひんやりとした空気感を醸し出すピアノ、
そして、ブラジルのジャズには欠かせないパーカッショニストもちゃんといて、
サンバではクイーカを、マラカトゥではトリアングロを使って、盛り上げています。

そしてこのアルバムの良さは、ギリェルミが書く楽曲の良さでしょう。
ハード・バップらしいメロディアスな曲揃いで、
抒情味あふれるバラードの美しさも、みずみずしいですねえ。
個人的に、最近ではすっかり耳にしなくなったハード・バップですが、
こういうフレッシュなのに当たると、いいもんだなあと再認識させられますね。
ハード・バップのお手本のようなアルバムです。

Guilherme Dias Gomes "TRIPS" Guilherme Dias Gomes GDG07 (2018)
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ノルデスチの静脈 マリアーナ・アイダール [ブラジル]

Mariana Aydar  VEIA NORDESTINA.jpg

マリアーナ・アイダールの19年作が面白い。

北東部音楽をベースに、エレクトロやダブの要素を巧みに取り入れた作品で、
ノルデスチ・ポップを21世紀ヴァージョンに更新したサウンド・センスが新鮮です。
サンフォーナにザブンバ、トリアングロという、
古典的ともいえるフォローの編成を保持しつつ、
エレクトロやシンセ・ベースをさりげなく使って、現代性を加味しているんですね。

マリアーナはサン・パウロのシンガー・ソングライターですけれど、
本作では自作曲ばかりでなく、ノルデスチの作家の曲も取り上げています。
なんでも、マリアーナがプロになって最初に入ったバンドは、
フォローのバンドだったそうで、MPBやサンバ以上に、
ショッチやフレーヴォに愛着を持っている人だったんですね。
ドミンギーニョスが師匠であり、大切なメンターだったというのだから、
そのノルデスチ愛はホンモノです。

エルバ・ラマーリョをゲストに招いた曲もありますけれど、
とりわけ印象的だったのは、アクシオリ・ネトの名曲‘Espumas Ao Vento’ のカヴァー。
これは、泣けました。続く‘Represa’ も哀愁味たっぷりで、グッときましたねえ。
フォローというと、陽気なダンス曲ばかりになりがちなんですが、
こういうサウダージ感たっぷりの曲を選曲したことによって、
アルバムに奥行きを生み出しています。

マリアーナ・アイダールといえば、
マリーザ・モンチやアドリアーナ・カルカニョット以来の
大型新人という触れ込みで出てきた人でしたよね。
ぼくはこの二人がサンバを扱うアプローチに抵抗感をおぼえてならないので、
正直マリアーナも、斜めに見ていたところがありました。
アルバムのゲストに、ぼくの苦手なカーボ・ヴェルデの女性歌手、
マイラ・アンドラーデを呼んでいたりするから、もうなおさら。

そんなこともあって、これまでちゃんと聴いてこなかった人ですけれど、
このアルバムで聴ける北東部音楽に対するアプローチは、正統派。
う~ん、こういう人なら、サンバにアプローチしても抵抗感はないかも。
これからは、ちょっと意識して聴くようにします。

Mariana Aydar "VEIA NORDESTINA" Brisa BRISA0005 (2019)
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ペルナンブーコの伝統芸能への原点回帰 カスカブーリョ [ブラジル]

Cascabulho  FOGO NA PELE.jpg

カスカブーリョの新作 !?
え? カスカブーリョって、いまでも活動してたのか!

チェックしてみたら、14年にアルバムを出していたみたい。
それは6年の活動休止期間を経ての復帰作だったようで、
オットーのカヴァーなど、かなりロック色の強い
マンギ・ビート寄りのアルバムに仕上がっていました。
こんなにドラムスを前面に出したアルバムは、かつてなかったですね。
そこからまた7年を経ての新作です。

カスカブーリョが登場した98年は、
ノルデスチ新世代が新たなムーヴメントを巻き越していたさなかでした。
シコ・サイエンスに代表されるマンギ・ビート勢が、ぶいぶいいわせていましたけれど、
ぼくが注目していたのは、マラカトゥ・フラウやココを追及して、
フォークロアな伝統芸能をロック世代の感覚で更新したメストリ・アンブロージたちのほう。

カスカブーリョは、ちょうどメストリ・アンブロージの弟分的存在のバンドで、
インテリな面のある兄貴分に対して、ストリート感覚が持ち味の、
やんちゃな連中という感じがほほえましかったんですよね。
そうそう、デビュー当初のカスカブーリョのヴォーカルは、
シルヴェリオ・ペッソーアだったんですよ。
いまでは、すっかりシルヴェリオ・ペッソーアが有名になったので、
カスカブーリョを知っている人のほうが少ないかも。

で、ひさしぶりに聴くカスカブーリョ、ぜんぜん変わってません。
スタイルこそオーセンティックなノルデスチの伝統音楽だけれど、
そのスピード感やベースが生み出すグルーヴは、ロックを通過した世代のフィールが横溢。
ジャクソン・ド・パンデイロへの敬愛は、デビュー作の冒頭で示していた彼らですけれど、
今作にもオマージュを捧げた曲(‘Na Alma e Na Cor’)があり、
マラカトゥやココのレパートリーなど、デビュー作のサウンドに回帰した感じですね。
メストリ・ガロ・プレートがしわがれ声を振り絞って歌う
‘Tempo De Coco’ が聴きものです。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2018-03-29

Cascabulho  FOME DÁ DOR DE CABEÇA.jpg    Silvério Pessoa  BATE O MANCÁ.jpg
Cascabulho  É CACO DE VIDRO PURO.jpg   Cascabulho  BRINCANDO DE COISA SÉRIA.jpg

シルヴェリオ・ペッソーアは00年に独立して、
01年にソロ・デビュー作“BATE O MANCÁ” を出し、
カスカブーリョのデビュー作の路線を継承する一方、
カスカブーリョは新たなメンバーを加え、02年作の“É CACO DE VIDRO PURO” で、
ミクスチャー感覚に富んだサウンドを押し出してきました。

ピファノ奏者が新メンバーに加わったことにより、ノルデスチの色合いがさらに濃くなり、
土臭い伝統芸能をディープに追及しつつ、そこにロックやヒップ・ホップのセンスを
取り入れていくカスカブーリョのミクスチャー・サウンドが花開いた傑作でした。
このセカンド作には、トム・ゼー、ナナ・ヴァスコンセロス、
マルコス・スザーノがゲスト参加していたんですよね。
このアルバムは、ドイツのピラーニャからもリリースされました。

ドラムスが加わった08年作の“BRINCANDO DE COISA SÉRIA” では、
前作の路線を継承して、土臭いマラカトゥやブラス・セクションを加えたフレーヴォなど、
多彩なアレンジでノルデスチ・ミクスチャーを楽しめる快作となっていました。

新作は、ミクスチャー路線は影を潜め、
オーセンティックなスタイルのデビュー作のサウンドに回帰した作品といえるのかな。
次作はもう少し短いインターヴァルで、
カスカブーリョ流ミクスチャー・サウンドを聞かせてくれることを期待しています。

Cascabulho "FOGO NA PELE" 7 Claves Produçðes no number (2021)
Cascabulho "FOME DÁ DOR DE CABEÇA" Mangroove MR0020 (1998)
Silvério Pessoa "BATE O MANCÁ" Natasha 789700903402 (2001)
Cascabulho "É CACO DE VIDRO PURO" Via Som Music VS200218 (2002)
Cascabulho "BRINCANDO DE COISA SÉRIA" no label CDBA406 (2008)
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驚きのデビュー作 カロル・ナイーニ [ブラジル]

Carol Naine.jpg   Carol Naine  QUALQUER PESSOA ALÉM DE NÓS.jpg

ブラジルの女性シンガー・ソングライター、
カロル・ナイーニのデビュー作がトンデモない。

16年のセカンドを聴いて、ガル・コスタやジョイスに代表される、
ブラジルのフィメール・シンガーに特徴的な、
ちょっと鼻にかかる美声にホレボレとしていましたけれど、
こんなにトガったサウンドのデビュー作を出していたとは、知らなんだ。

いや、トガった、という表現は、ちょっと不適切かな。
プロデュース、アレンジ、音楽監督を務める鍵盤奏者のイヴォ・センナが弾く
ウーリッツァーを中心に、管弦をレイヤーしたアレンジが、とんでもなく斬新なんです。
このイヴォ・センナっていう人、どういう出の人なんだろうか?
ジャズだけじゃなくて、クラシックや現代音楽の素養もありそう。
対位法をふんだんに取り入れたアレンジの感覚が、すさまじく新しいんですよ。
サンバ・ベースのMPBで、ウーリッツァーを全面にしたこんなサウンド、
これまで聴いたことがない。

16年のセカンドでは、アレシャンドリ・ヴィアーナのピアノを中心に、
ベース、ドラムス、パーカッションというシンプルな生音編成で、
ジャジーなMPBといったサウンドで仕上げていました。
これはこれで、品の良い端正なアルバムだったんですけれど、
デビュー作の斬新さに比べたら、きわめて大人しいもの。

オープニングのサンバ‘Para Não Esquecer’ から、
野心的なアンサンブルのアレンジに驚かされます。
ウーリッツァーとギターがリフをかたどり、
ディストーションを利かせたエレクトリック・ギターが、
ショーロの7弦ギターに寄せたラインを弾く一方、
チェロ、ヴィオラ、ヴァイオリン2が、
ギザギザとした低音域のラインをスペースに割り込ませてきます。

2曲目‘Bailarina’ は、譜割が細かく、上がり下がりするメロディが
カルメン・ミランダを思わせるコケットリーでユーモラスな曲。
もたついたドラムスの2拍子のイントロから、一転、サンバにスイッチする粋なアレンジで、
途中にキメを作り、エンディングでもキメでばちっと終わるリズム・アレンジがカッコいい。

ゆったりとしたリズムで始まる‘Coisa Arbitrária’ では、
スネアに長いサスティーンの電子音をかけた強烈に耳残りする響きと、
美しい弦楽四重奏を絡ませながら曲は進み、
カロルは静謐なメロディを紡いでいくように歌います。
ところが後半になると、一転してドラムスは乱打しまくり、
ウーリッツァーも鍵盤を激しく連打して、主役の歌をかき消さんばかりに、
アンサンブルが暴れまくるんですが、
カロルはどこ吹く風で、最後まで淡々と歌い続けます。

また、サンバ・ニュアンスの濃い曲ばかりでなく、
ノルデスチの香り高いメロディの曲もあり、
‘Virundum’ では、ピファノを連想させるフルートや、
高速リズムにスイッチする中盤では、トリオ・エレトリコばりの
フレーヴォに展開して、ぐいぐい引き付けられます。

リオのインディから出てきた人というのが新しく、
これがサン・パウロだったら、もっとエクスペリメンタルに傾きそうだけれど、
生音重視で、ジャズや現代音楽的アプローチのアレンジは、すごく新鮮です。
キー・パーソンであるイヴォ・センナとは、このデビュー作のみで、
その後パートナーをアレシャンドリ・ヴィアーナに変えてしまったのは、残念至極。
イヴォ・センナの野心的なアレンジ、古典サンバの作風も聞かせるソングライティング、
麗しい美ヴォイス、三拍子揃ったアルバムを、もっと聴きたかったなあ。

Carol Naine "CAROL NAINE" no Label no number (2013)
Carol Naine "QUALQUER PESSOA ALÉM DE NÓS" no label no number (2016)
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ジャズ・サンバのニュー・ディメンション ジャニ・ドゥボッキ [ブラジル]

Gerry Mulligan with Jane Duboc  PARAISO.jpg

夏の疲れがたまってくると、手が伸びるチルな一枚。
今年もまた棚から取り出してきた、
ジェリー・マリガンとジャニ・ドゥボッキの93年コラボ作です。

ジャニ・ドゥボッキは、85年の“PONTO DE PARTIDA”(乞CD化!)でファンになった人。
フュージョン調の伴奏にのせて、スキャットを駆使した高い歌唱力を聞かせるところは、
MPBシンガーというより、
ジャズ・ヴォーカリストの資質をくっきりと映し出していました。
こういうと、キレッキレのタイプと誤解されちゃうかもしれないけれど、
じっさいは柔らかな歌い口で、大仰な表現をせず、静かに歌うタイプのシンガー。
そのジャニがジェリー・マリガンに乞われてニュー・ヨークで録音した本作は、
極上のリラクシン・アルバムに仕上がりました。

ジェリー・マリガンは、バリトン・サックスの第一人者というより、
作編曲家として優れた作品を残した音楽家という印象があります。
バリトン・サックスの深い音色をあれほど美しく吹奏できたのは、
マリガンをおいてほかにはおらず、
ブラジル音楽と親和性の高いジャズ・ミュージシャンという意味では、
ポール・デズモンドに共通するタイプと、ぼくには見えました。
じっさい二人は、若い頃共演もしていたしね。

ところが、ジェリー・マリガンがブラジル音楽に接近するのは、
ようやく晩年になってからのことで、なぜこれほど遅れたのか不思議ですが、
長年想像していたとおり、抜群の相性の良さを示してくれました。
レパートリーは、ジョビンの‘Amor En Paz’ ‘Wave’、
トッキーニョの‘Tarde En Itapoan’ をのぞいてすべてマリガン作の曲で、
ジャニが歌詞を書いています。

ジャニの温かな声質と、マリガンのふくよかなサックスがベスト・マッチングで、
ジャニのリリシズムに富んだ、繊細で丁寧な歌い回しのなかに、
ジャズ・ヴォーカリストらしい表現が鮮やかに示されています。
グレッチェン・パーラトのようなヴォーカル表現が高く評価されるいま、
現代的なジャズ・ヴォーカルの文脈から、本作は見直されてもいいんじゃないかな。

Gerry Mulligan  IDOL GOSSIP.jpg

レパートリーはジャズ・サンバあり、バイオーンあり、ボサ・ノーヴァありで、
ぼくの大好きなマリガンのアルバム、76年作の“IDOL GOSSIP” から、
‘North Atlantic Run’ をやっているのも、嬉しいんです。
この曲って、サンバだったんだよね。
テーマのメロディをハミングするジャニは、まるでショーロ・ヴォーカルみたいで、
グレッチェンの先取りともいえるんじゃない?

これほどの傑作なんですが、最大の難点はジャケットのアートワーク。
チャールズ・リン・ブラックなんて絵描きを起用する悪趣味が、いただけない。
ラッセンとかとおんなじ手合いで、カンベンしてよ、もう。

Gerry Mulligan with Jane Duboc "PARAISO - JAZZ BRAZIL" Telarc CD83361 (1993)
Gerry Mulligan "IDOL GOSSIP" Chiaroscuro CR(D)155 (1976)
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70年代ノルデスチのポップ・ロックふたたび バンダ・パウ・イ・コルダ [ブラジル]

Banda De Pau E Corda  MISSÃO DO CANTADOR.jpg

レシーフェのヴェテラン・バンド、バンダ・パウ・イ・コルダの新作です。
う~ん、なつかしい。いまも健在だったんですねえ。
おととし、結成45周年記念のライヴ盤を出していたらしいんですが、
それには気付かなかったなあ。

バンダ・パウ・イ・コルダは、72年にセルジオ、ロベルト、ヴァルティーニョの
アンドレージ三兄弟によって結成されたグループ。
17年にドラムスのロベルトとベースのパウリーニョが亡くなり、
新たなメンバーを加えて活動しているそうです。

北東部音楽に初めてロック感覚を持ち込んだ世代のグループで、
70年代当時は、キンテート・ヴィオラードと
兄弟グループみたいなイメージがありましたね。
サイケデリックな印象も強かったキンテート・ヴィオラードに比べると、
バンダ・パウ・イ・コルダの方は、爽やかなフォーク・ロック・サウンドが持ち味でした。

前の世代のルイス・ゴンザーガたちのように、
サンフォーナ(アコーディオン)やザブンバといったノルデスチ印の楽器を使わずとも、
フレーヴォ、ココ、マラカトゥなどノルデスチの音楽を鮮やかにロック化してみせたのは、
同時代のMPBを共有する世代のセンスだったといえます。
半世紀近くたっても、70年代のあのみずみずしいハーモニーや
サウンドの鮮度が保たれているのは、貴重ですねえ。

この世代の後となると、ヒップ・ホップ/エレクトロ感覚のマンギ・ビートや、
メストリ・アンブロージオのような伝統再構築派で、
またサウンドのカラーががらりと変わるので、
彼らのようなポップ・ロックなサウンドは、70~80年代特有だったといえます。
シコ・セーザルとゼカ・バレイロをゲストに迎えた本作、
あの時代を知らない若い世代にも、新鮮に響くんじゃないでしょうか。

Banda De Pau E Corda "MISSÃO DO CANTADOR" Biscoito Fino BF741-2 (2021)
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20年ぶりの新作 パウロ・セルジオ・サントス [ブラジル]

Paulo Sérgio Santos Trio  PEGUEI A RETA.jpg   Paulo Sérgio Santos Trio  GARGALHADA.jpg

ショーロのクラリネット奏者パウロ・セルジオ・サントスが、
なんと20年ぶりに新作を出しましたよ!
少し前にギンガとのデュオ作はあったけれど、本人名義のアルバムは、
今作と同じトリオ編成の01年作“GARGALHADA” 以来のはず。

レーベルは20年前と同じクアルッピだけれど、この20年の間に
クアルッピは活動を休止、その後閉鎖の憂き目にあい、
11年に新経営陣のもと再スタートするという浮き沈みを経ているくらいだから、
どれだけ長い期間だったのか、感慨深く思ってしまいますねえ。

ショーロのクラリネット奏者というと、
ぼくは70年代にアベル・フェレイラから聴き始めて、
その後パウロ・モウラに夢中になったんですけれど、
パウロ・セルジオ・サントスは、もっとずっと後になって出てきた人。
エンリッキ・カゼスやマウリシオ・カリーリョと同世代の、
若手ショーロ演奏家のひとりです。

ぼくが最初にパウロの名前を意識したのは、
コンジュント・コイザス・ノッソスの『ノエル・ローザ曲集』(83)でのプレイだったな。
その後94年に出したソロ・デビュー作、そして同じ年に出たマウリシオ・カリーリョと
ペドロ・アモリンと組んだオ・トリオでの演奏は、忘れられない名演でした。

なんせ長い付き合いなので、つい思い出にふけってしまうんですが、
いまやもう大ヴェテランですからねえ。どんな難曲も涼しい顔で
さらさらと演奏してしまう名人芸に、もう頬がゆるみっぱなしですよ。

今作は、20年前の前作とカイオ・マルシオのギターは変わらず、
パーカッション/ドラムスがジエゴ・ザンガードに交替しています。
レパートリーは、前作同様新旧ショーロを織り交ぜ、
古くはアナクレット・ジ・メデイロス、エルネスト・ナザレー、ピシンギーニャから、
ラダメース・ニャターリ、カシンビーニョ、アベル・フェレイラ、シヴーカ、
新しいところで前作同様ギンガの曲が選ばれています。

柔らかな音色で滑らかに吹いてみせるパウロに、
7弦ギター的なコントラポントを交えて多彩なラインを弾くカイオのギター、
パーカッションとドラムスを交互に叩き分けるジエゴと、
たった3人という編成であることを忘れさせる、奥行きのある演奏を堪能できます。
パウロは、カイオ・マルシオの曲で一瞬ユーモラスな表情をみせるほかは、
派手さのないプレイに徹していて、若い時から変わらぬ実直さを嬉しく思います。

Paulo Sérgio Santos Trio "PEGUEI A RETA" Kuarup KCD340 (2021)
Paulo Sérgio Santos Trio "GARGALHADA" Kuarup KCD155 (2001)
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ブラジルのヒップ・ホップ開祖、降臨 タイージ [ブラジル]

Thaíde  VAMO QUE VAMO QUE O SOM NÃO PODE PARAR.jpg

タイージ?
なんかスゴイ懐かしい名前なんすけど。
ブラジルのヒップ・ホップの草分けといえるラッパーだよね。
80年代後半のサン・パウロで、DJウンとコンビを組み、
ヒップ・ホップの狼煙を上げた人ですよ。
名前は知っていたけど、ちゃんと音を聴いたのは、初めてかも。
そのタイージが17年に出したアルバムが、いまになってフィジカル化したそうです。

いやぁ、なんともクラシックというか、めっちゃオールド・スクールで、
もはや古典の域に達しているサウンドといってもいいんじゃないですかね。
スクラッチは大活躍してるし、
クラプトンの‘I Shot The Sheriff’ までサンプルされてますよ。
ヒップ・ホップにまったく不案内な自分にもそう聞こえるくらいだから、
その筋のファンには、どう評価されるんだろか。
そこらへんよくわかりませんが、ロック色の濃いガッツのある、
ポジティヴなエネルギーに満ちたこのアルバム、
ぼくにはどストライクで、ヒットしましたよ。

なんたってフロウは、バツグンの上手さじゃないですか。
グルーヴ感たっぷりの‘Hip-Hop Puro’ なんて、
ループして踊りながらいつまでも聴いていたくなるトラックです。
ヒップ・ホップのアルバムにはお約束の多数のゲストには、
なんと大物のカーティス・ブロウまで招いているんだから、ビックリです。
う~ん、まさしくタイージにとって、お手本となったラッパーだもんねぇ。

メロウな‘Liga Pra Mim’もいいけど、アタバーキのリズムにのって
カンドンブレをテーマにラップする‘Povo de Aruanda’ がハイライトかな。

バック・インレイに写っているレコードには、
カーティス・ブロウやブラジルで出たUSファンクのコンピ盤のほか、
サンバのロベルト・リベイロやフンド・ジ・キンタルに、
ルイス・ゴンザーガのCDボックスまで並んでいて、ニヤリとさせられます。

Thaíde "VAMO QUE VAMO QUE O SOM NÃO PODE PARAR" Apenas Produçðes THD001 (2017)
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カトリックのハーモニーとカンドンブレのリズム オス・チンコアス [ブラジル]

NÕS, OS TINCOÃS.jpg

バイーア・ポップの名作が予期せぬ形でCD化。
オス・チンコアスは、バイーア、カチョエイラ出身のヴォーカル・グループ。
カンドンブレ由来の曲を、美しいハーモニー・コーラスで歌うという、
ユニークな個性を持ったグループで、
あとにもさきにも、彼らのようなグループが現れることはありませんでした。

彼らがもっとも輝いていた、70年のオデオン盤“OS TINCOÃS”、
73年のRCA盤“O AFRICANTO DOS TINCOÃS”、77年のRCA盤“OS TINCOÃS” の3作が、
まとめて本の付属CDとしてCD化されたのだから、これは快挙です。
このうちオデオン盤だけ、大昔に一度CD化されたことがありますけれど、
RCA盤の2作は今回が初CD化。とりわけ彼らの最高作で、
『アフロ・ブラジルの風』のタイトルで日本盤が出たこともある77年作が
ようやくCD化されたのは、個人的にも感慨深いものがあります。

今回初めて日本に入荷したこの本は、3000部限定で、4年前に出版されていたんですね。
マルチーニョ・ダ・ヴィラ、カルリーニョス・ブラウンなどのミュージシャンに、
プロデューサー、ジャーナリスト、研究者によるテキストや、
74歳となったメンバーのマテウス・アレルイアの証言、
歴史的な写真や新聞記事に、この本のために撮り下ろされた写真で構成されています。

ギターにパーカッションというシンプルな伴奏で、
整った美しいハーモニー・コーラスを聞かせる
オス・チンコアスの音楽性は、70年のオデオン盤ですでに完成しています。
73年・77年のRCA盤では、ベースを加えて骨太なラインを強調しつつ、
キーボードやシンセを控えめに導入しています。
さらに、女性コーラスを加えてヴォーカル・ハーモニーを豊かにし、
管楽器を効果的にフィーチャーするなど、アレンジに工夫が凝らされ、
彼らの音楽をポップに磨き上げています。

そうした工夫がもっとも完成度高く実を結んだのが77年作で、
このアルバムからシングル・カットされた‘Cordeiro De Nanã’ は、
のちにジョアン・ジルベルトがマリア・ベターニャ、カエターノ・ヴェローゾ、
ジルベルト・ジルと、81年のアルバム“BRASIL” で歌ったことでも話題となりました。

ジャケットのメンバーのヴィジュアルや、
カンドンブレから想起されるアフロ的イメージのせいで、日本盤が出た当時は、
アフリカ回帰の文脈でもっぱら語られていた気がするんですけれど、
正直、当時の評価は、ぜ~んぶマト外れでしたね。

カンドンブレの音楽を知る人なら、
オス・チンコアスの音楽とは、まるで別物であることは、すぐにわかるでしょう。
フォークロアなアフロ・ブラジリアン音楽は、ユニゾン・コーラスがデフォルトで、
あんなヨーロッパ的で、きれいなハーモニーがあるわけないじゃないですか。

オス・チンコアスのユニークな個性は、カンドンブレのリズムで
オリシャ(神々)にまつわる歌詞を歌いながら、
メロディやハーモニーは、カトリックの聖歌隊の音楽だったという点です。
彼らの音楽の真骨頂は、シンクレティズムの発揮にあったんですよ。
それを指摘できた人は、当時ひとりもいませんでしたよね。

あとで知ったことですが、オス・チンコアスの出身地カチョエイラには、
バイーア州で2番目の大きさのバロック建築群が遺されているのだそうです。
そうしたポルトガル風の教会に、
カンドンブレが行われるテレイロ(祭儀場)が共存する環境で、
グレゴリオ聖歌とカンドンブレの神歌が長い歳月をかけて交わっていった歴史を、
オス・チンコアスは見事に体現していたんですね。

その後メンバーのマテウス・アレルイアは、83年にアンゴラのルアンダを訪問し、
アンゴラにみずからのルーツを見出し、アンゴラ政府の文化調査プロジェクトに参加します。
その結果、研究のために長期に渡ってアンゴラに滞在し、
02年になってようやくブラジルへ帰国。10年に初ソロ作を出しますが、
そこではアフロ系ルーツをディープに追った音楽性に変わり、
オス・チンコアス時代のヨーロッパ成分はすっかり失われていました。

こうした例は、彼らばかりではないですね。
時代が下るほど、アフロ系音楽ばかりに焦点が集まるようになり、
文化混淆された音楽からヨーロッパ成分が失われる傾向は、他の地域でもみられます。
たとえば、フレンチ・カリブのアンティーユ音楽も、
ビギン・ジャズから、カリビアン・ジャズと呼称が変わるにつれ、
ビギンやマズルカなどのヨーロッパ由来の音楽の出番が減り、
ベレやグウォ・カなどのアフロ系音楽に傾くのは、
この地域の音楽の芳醇さをみすみす失うようで、気がかりです。

バイーア音楽の本質は、黒いカトリックにあり。
ひさしぶりに、オス・チンコアスのCD化によって、
シンクレティズムの魅力を再認識させられました。
彼らのような音楽性を発揮する音楽家がいま不在なのは、まことに残念です。

[CD Book] "NÕS, OS TINCOÃS" Sanzala Artística (2017)
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サン・パウロのラージ・アンサンブル バンダ・ウルバーナ [ブラジル]

Banda Urbana  RELATS SUBURBANOS.jpg

う~ん、これは聴き逃していましたねえ。
ラージ・アンサンブルで聞かせるブラジリアン・ジャズの18年の傑作。
18年といえば、イチベレ・ズヴァルギに興奮しまくっていて、
こちらに気付かなかったのは、不覚でした。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2018-09-11

サン・パウロのビッグ・バンド、バンダ・ウルバーナの3作目。
バンダ・ウルバーナは、
06年にトランペット奏者のルビーニョ・アントゥネスが結成したビッグ・バンド。
ぼくがルビーニョ・アントゥネスを高く買っていることは、
これまでにも何度も書いていますけれど、
残念ながら、2作目を出したあと、ルビーニョは脱退してしまいました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2018-09-13

サンバやマルシャといったブラジル音楽のリズム、ジャズのインプロヴィゼーション、
クラシックのハーモニーが融合した音楽性で、
サン・パウロらしいコンテンポラリー・ジャズを楽しめます。

レパートリーは、サックス奏者のラファエル・フェレイラ、
ベーシストのルイ・バロッシ、トランペット奏者ジョアン・レニャリが、
それぞれ2曲ずつ持ち寄ったオリジナルのコンポジション。
いずれも長尺で、組曲的というか、場面展開ががらりと変わる構成は、
映画音楽や劇音楽のようですね。
なかには、ジャコ・パストリアス・ビッグ・バンドを思わせるアレンジがあったり、
飽きさせることがありません。

10管編成のアンサンブルが高速でハーモニーを描いたり、
静寂のパートから一転、エレキ・ギターが暴れるロック・パートに急変するなど、
めくるめく展開が聴きものです。
ゲストに、クラリネット奏者のナイロール・プロヴェッタ、
アコーディオン奏者のトニーニョ・フェラグッチが加わって、ソロを披露しています。
ルビーニョ・アントゥネスがいなくなってしまったのは残念ですけれど、
これまでの2作とは作編曲のレヴェルが格段に上がり、最高作となりました。

Banda Urbana "RELATS SUBURBANOS" no label no number (2018)
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ベロ・オリゾンチのサンビスタ デ・ルーカス [ブラジル]

Dé Lucas  CLAREAR.jpg

めっちゃ好みのサンビスタ、みっけ!

ここ数年ずっとサンバ日照り、なんてボヤいていたら、
5年前に出ていたインディ作に、こんな良作があったとは。
オーセンティックなサンバは、こういうインディ作をマメにチェックしないと、
お目にかかれなくなっちゃいましたね。
大手のレコード会社からはまったく出ないし、
ビスコイト・フィーノぐらいしか、サンバ・アルバムを作ってないもんな。

デ・ルーカスことヴァンデルソン・ヴィエイラ・ルーカスは、73年生まれ。
リオでもサン・パウロでもない、ベロ・オリゾンチのサンビスタという変わり種です。
十代の頃からベロ・オリゾンチのサンバ・シーンで活躍して、
グループを率いて数多くのサンバを作曲してきたほか、モアシール・ルス、
ルイス・カルロス・ダ・ヴィラ、ファビアーナ・コッツァ、ウィルソン・モレイラ、
タンチーニョ・ダ・マンゲイラなど、多くのサンビスタの伴奏をしてきたそう。

作曲者としてリオのコンテストで2度優勝したことで注目が集まり、
サンバのヴェテラン・プロデューサー、パウローンに認められ、
本デビュー作の制作へ繋がったのだそうです。
タイトル曲の‘Clarear’ に‘Quinto Elemento’ の優勝曲を収録するほか、
パウローンにデ・ルーカスを推薦したというファビアーナ・コッツァも、
ゲストで加わっています。

デ・ルーカスの歌がもう、たまらなくいいんですよ。
かすれ声に味があって、ソフトな歌いぶりと、たまに音程が怪しくなるところが、
実にサンビスタ・マナー。サンバ好きにはたまらないタイプの歌い手です。
そして、デ・ルーカスが書くサンバが、これまた佳曲揃いなんだな。
サンバ作家としても抜きん出た才能の持ち主ですね。

そして伴奏はパウローンが音楽監督が務めているのだから、内容保証付。
アレンジは7弦ギターのパウローンと6弦ギターのマルコス・サントスがやっていて、
レコーディングはベロ・オリゾンチで行われています。
パウローンがいつも起用するミュージシャンの名が見当たらないのは、
パウローンがベロ・オリゾンチに出向いて、
地元ミュージシャンを起用したからなのかもしれません。

トロンボーンやフルート、ピアノを使っている曲もあって、
アレンジがいつものパウローンと違うのは、
マルコス・サントスという人がやっているのかな。
知らない名前ですけれど、ベロ・オリゾンチのミュージシャンだろうか。
曲ごとに工夫されたアレンジなど、しっかりとした制作ぶりで、
インディ作というのが、もったいなさすぎ。
このままビスコイト・フィーノから出せるようねえ。

ファビーニョ・ド・テレイロ、チノ・フェルナンデス、エデルソン・メローン、
メストリ・ジョナスなど、ベロ・オリゾンチの知られざるサンビスタたちに、
また一人、忘れられない名前が加わりました。

Dé Lucas "CLAREAR" no label no number (2016)
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王道のノルデスチ歌謡 サンドラ・ベレ [ブラジル]

Sandra Belê.jpg

ノルデスチのフォークロアを、ブラジル全土相手に歌うポップ・シンガーって、
エルバ・ラマーリョ以来じゃないの !?

マンギ・ビートの流行以降、ノルデスチの音楽は、
オルタナ方面に向かう尖ったタイプと、
マラカトゥやココなどの伝統音楽をディープに探求していくタイプに二分され、
エルバ・ラマーリョやアメリーニャのような保守王道ともいうべき、
ポップ路線のフォロー歌手の姿が、すっかり見当たらなくなってしまいましたからねえ。

そんなわけで、サンドラ・ベレの新作がすごくひさしぶりというか、
新鮮に聞こえたわけなんですが、サンドラ・ペレって、誰?と思いますよね。
ぼくも今回初めて知った人なんですが、80年、パライーバ州ザベレ市の生まれで、
ステージ・ネームは、出身地のザベレから取ったのだとか。
歌手のほか女優としての活動や、
地元パライーバのテレビ局でホスト役も務めている人だそう。

本作が5作目で、5作すべてインディ制作なのだから、知名度はおして知るべし。
エルバ・ラマーリョのようにメジャーが出していた時代とは違って、
地方音楽が全国区に進出するのはキビしい時代なんだなあ。

4年間かけてじっくり制作したというアルバムで、
全13曲すべてパライーバの作曲家の作品を並べています。
マリネースやシヴーカが歌った‘Onça Caetana’ をのぞき、未発表曲ばかり。
バイオーン、ショッチ、ココ、マラカトゥなどのノルデスチのリズムにのせて、
サンフォーナ(アコーディオン)を中心に、ザブンバやアルファイアが活躍するサウンドは、
伝統的なフォローとなんら変わるところはないといえ、
これほど新鮮に響くのは、なにゆえでしょうね。

‘Terabeat’ では、ココのリズムにのせて歌う老女をイントロにフィーチャーしたり、
ピファノ(笛)を効果的に使うなど、楽器の音色の響きや、
サウンドの整理の仕方が洗練されていて、サウンドのコーディネーションが巧みです。
フリーキーなピアノとロック・ギターが緊張感を高める、バイオーン・ロックもありますよ。
カヴァキーニョ、バンドリン、カイピーラ・ギター、ウッド・ベースなどの
アクースティックの弦に加え、多彩なエレクトリック・ギターのサウンドも、
曲ごとに効果的な使い分けをしていて、サウンド・プロデュースがよくできています。

そして、なんといっても、主役のサンドラの晴れ晴れとした声がいいじゃないですか。
その歌声には華があります。トライアングルの跳ねたリズムも小気味よく、
極上のノルデスチ歌謡を堪能しました。

Sandra Belê "CANTOS DE CÁ" NG2CD NGCD002124 (2020)
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ブラジル色を初めて打ち出したルデーリ [ブラジル]

Ludere Baden Inedito.jpg

う~ん、結局なんだかんだ、よく聴いているんだから、
やっぱり書き残しておこうかなあと、重い腰を上げたルデーリの新作です。
最初聴いた時は、かなりガッカリしたんですよねえ。
ヌルすぎるだろう、これじゃあと。

新作は、ピアニストのフィリップ・バーデン・パウエルの御父上である
バーデン・パウエルの未発表曲集なんですが、う~~~~ん。
マテリアルがぼくの期待とは違っちゃった、というところですかねえ。
ぼくがルデーリを高く評価しているのは、
変拍子でがんがんに攻めてるコンテンポラリー・ジャズのグループとしてなので、
ブラジル色の出た歌ものというのは、まったく方向性が違うんだよなあ。

ダニエル・ジ・パウラの現代ジャズ的な訛りのあるリズム・フィールを
堪能できるドラミングや、鋭角的に切り込んでくるルビーニョ・アントゥネスの
シャープなトランペットが絡むスリリングな展開に、最大の魅力をおぼえていたので、
今作の耳馴染みの良いサウンドは、ヌルいんですよ、ぼくには。
これじゃまるでフュージョンじゃん、てね。

実は前作のライヴを聴いた時にも、エッジの立った部分が見えずらくなっていたので、
少し危惧していたんですけど、ヤな予感が当たってしまった感じ。
やっぱりさあ、デビュー作の尖り具合は今聴き返しても、魅力だよねえ。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2017-09-24
フィリップ・バーデン・パウエルが抜けた裏ルデーリともいえる、
ルビーニョ・アントゥネスのソロ・アルバムでも、攻めまくってたもんなあ。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2018-09-13

結局、今回のルデーリの新作は、フィリップ・バーデン・パウエルの個性が
前に出たアルバムということなんでしょうね。フィリップのソロ・アルバムは、
かなりボサ・ノーヴァ色のあるものでしたからね。

まあ、そう思い直して聴けば、これはこれで、すごく心地いいアルバムなわけです。
なんたって、1曲目からぼくの大好きなヴァネッサ・モレーノが
麗しい歌声をきかせてくれるんですから。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2017-11-13
攻めたドラミングは聴けないとはいえ、ダニエル・ジ・パウラのドラミングは、
グルーヴ感満載だし。

前半は、フィリップ・バーデン・パウエルのエレピに、
アジムスか?みたいに思えたりもするんですけれど、
ラスト・トラックのガブリエル・グロッシのハーモニカが参戦して、
ハードなプレイを聞けるプログレッシヴ・ショーロが、救いかな。

次作はぜひ、デビュー当初のような尖ったオリジナル曲を揃えて、
新規巻き返しを期待したいところです。
ピアニスト替えても、いいかもよ。

Ludere "BADEN INÉDITO" no label no number (2020)
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ブラジル音楽黄金時代をアップデイトして バンボ・ジ・バンブ [ブラジル]

Bambo De Bambu  MÚSICA REGIONAL CARIOCA.jpg

良質のサンバ作品を送り出すフィーナ・フロールから、
また面白いアルバムがひとつ届きました。

男女半々の6人組、バンボ・ジ・バンブ。
グループ名をカルメン・ミランダが歌ったアルミランチ作のエンボラーダから
取っていることからもわかるとおり、
ブラジル音楽黄金時代のサンバ、マルシャ、マシーシをレパートリーとする、
生粋のカリオカのグループです。

結成は2000年代と古く、20年近い時間をかけて、ようやく第1作を作ったんですね。
自分たち好みの20世紀前半のレパートリーを少しずつ増やしながら、
グループが熟成するのをじっくり待ったのでしょうか。
アルバムをプロデュースしたクラウジオ・モッタが、実質的なリーダーのようです。

選曲がシブいというか、ツウ好みで、いわゆる有名曲はやっていません。
オープニングは、アラシ・コルテスが歌った28年の‘Baianinha’。
ほかにもアラシが歌った33年の‘Tem Francesa No Morro’ もやっています。
シロ・モンテイロが歌ったジェラルド・ペレイラのサンバ‘Você Está Sumindo’ や、
フランシスコ・アルヴィスが歌ったマルシャ‘Dama das Camélias’ など、
リオ下町のサンバの粋が詰まったレパートリーがずらり並びます。

メンバーによるギター、カヴァキーニョ、アコーディオン、パーカッションに加え、
フルートとチューバという高低音を受け持つ管楽器を上手に配しながら、
往年のオーケストラ・サウンドを小編成で効率よく演奏するところは、
ルイ・ジョーダンがビッグ・バンド・サウンドを、小編成のティンパニー・ファイヴで
やってのけたのに、通じるところがあるような。

メンバーの歌いぶりも、肩の力の抜けた自然体なところが現代的で、
いわゆるノスタルジック・サウンドの再現がネライではないことがわかります。
古くても今でも楽しめる曲を、今の感覚で歌っているという伸びやかさが、
すごくいいんですね。
あまり歌のうまくない(失礼)ゲストのクリスティーナ・ブアルキが、
アルヴァイアージのサンバ‘Pontapé Na Sorte’ ですごくいい味を出している
ところもまさにそれで、原曲のリンダ・バチスタの歌より、断然いいですもん。

伝統サンバの味わいが、こんなふうにアップデイトされるのって、理想的じゃないかな。
ほっこりとした温かなサウンドに、心和むアルバムです。

Bambo De Bambu "MÚSICA REGIONAL CARIOCA" Fina Flor FF205 (2020)
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ブラジル女性、蜂起せよ リマス&メロジアス [ブラジル]

Rimas & Melodias.jpg

タッシャ・レイスの新作の記事に寄せてくれたAstral さんのコメントで、
初めて知ったリマス&メロジアス。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2020-10-04
15年にサン・パウロで結成された、歌手、ラッパー、DJの
女性7人によるコレクティヴなんですが、
17年に出した7曲入りデビューEP、これスゴイですね。

ヒップ・ホップ、R&B、ネオ・ソウル、ファンク、ハウス、トラップが混然一体となった
トラックメイキングが聞かせるんです。キャッチーなメロディに親しみをおぼえつつ、
とてつもなく実験的なコンセプトを繰り出してくるプロダクションに圧倒されました。
ブラジルのヒップ・ホップやR&Bを、そんなに熱心に聴いているわけじゃないので、
ぼくが知らないだけなのかもしれませんけど、
これほどハイ・レヴェルな作品は、MPB周辺にはなかったように思います。

ユニット名の「リマス」とはライム、韻のこと。
「韻とメロディ」のその名のとおり、オープニングの‘Rimas & Melodias’ から、
ヴォイスとフロウとメロディがビートと複雑に交叉するという、スリリングなトラック。
異なるルーツを持つメンバーそれぞれの幼少期の記憶をたどったという‘Origens’ は、
そのままブラジルの多様性を示したトラックで、エレクトロ・ヒップ・ホップから
ディープ・ハウスへシームレスに繋がり、
さらにビートが転換する秀逸な構成となっています。
途中で南無妙法蓮華経まで飛び出すのは、日系ルーツのメンバーもいるんでしょうか。

リマス&メロジアスは、ブラジル社会における女性の地位、
とりわけ黒人女性の存在感を高めることを目的とする
ブラック・フェミニズムを標榜していて、人種差別、犯罪、女性に対する暴力、
女性のエンパワーメントなどをテーマとしているとのこと。
ビヨンセが‘Flawless’ で、ナイジェリア人作家チママンダ・ンゴズィ・アディーチェの声を
サンプリングしたのにインスパイアされ、左派系雑誌カルタ・キャピタルのコラムニストで、
著名なフェミニストのジャミラ・リベイロを起用したのにも、
メンバーの政治意識が発出しています。

気がかりなのは、これほどの力作EPを17年に出しながら、
その後フル・アルバムが出ていないこと。
女性蔑視、人種差別主義者のボルソナールが大統領になった今こそ、
彼女たちの蜂起を期待したいですね。
メタ・メタなんかとコラボしたら、爆発的な化学反応起こすんじゃないかな。

Rimas & Melodias "RIMAS & MELODIAS" no label R&M2017 (2017)
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知的な伴奏とマランドロな歌声 マルシオ・ジュリアーノ [ブラジル]

Marcio Juliano.jpg

面白いサンバ作品が登場しましたね。
リオやサン・パウロのサンバではなく、南部クリチーバ産という珍しいもので、
主役のマルシオ・ジュリアーノは、歌手だけでなく、
舞台俳優のほか監督も務める、演劇界においてキャリアのある人とのこと。

クリチーバというので、クラロン(バス・クラリネット)奏者の
セルジオ・アルバッシを思い浮かべたところ、
なんとそのセルジオ・アルバッシがプロデュースした作品なのでした。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2018-08-26

セルジオ・アルバッシのクラロンとクラリネットを中心とする
7弦ギター、バンドリン、カヴァキーニョなどによるサンバ/ショーロの伴奏で、
セルジオ・アルバッシが音楽監督を務める、
クリチーバ吹奏楽オーケストラがゲスト参加した曲も1曲あります。
ラウル・ジ・ソウザのトロンボーンや女性コーラスをフィーチャーしたり、
クイーカだけをバックに歌ったりと、曲ごとにユニークな音楽的試みがされています。

たとえば、ウィルソン・バプティスタの古典サンバ‘Pedreiro Waldemar’ では、
長さの異なる塩ビ・パイプを両手に持った4人が、机の上にパイプの末端を落として
音階を出し(ヴィブラフォンの共鳴管で音を出すみたいな)、
それにレコレコとクラロンが加わってアンサンブルを作っているんですけれど、
これがなんとも不思議なサウンド。

編曲技法は現代音楽のようでもありながら、曲のユーモラスな側面を引き出し、
すごく面白い仕上がりとなっています。どこからこんなアイディアを思いついたんだろ。
ルピシニオ・ロドリゲスの‘Judiaria’ に、フェイクなアラブふうのイントロと
インタールードをアダプトしたアレンジも、実にウィットが利いています。

本作は、サンバ黄金時代の29年から45年に作曲にされた
古典サンバにこだわった選曲で、ピシンギーニャ、ノエール・ローザ、アリ・バローゾ、
ルピシニオ・ロドリゲス、ドリヴァル・カイーミなどのサンバ名曲を歌っています。
原曲のメロディを生かしながら、さまざまなアイディアを施したアレンジが鮮やかで、
クラシックやジャズの技法を巧みに取り入れながらも、
実験的なサウンドになっているわけではなく、伝統サンバの枠は崩していません。

高度に知的なアレンジを施しても、鼻持ちならないインテリ臭さがまとわないのは、
マルシオ・ジュリアーノのマランドロ気質をうかがわせる歌いっぷりのおかげですね。
街角のサンバを体現する庶民性たっぷりな歌声が、音楽の色彩を決定づけていて、
知的な伴奏とマランドロな歌声が、古典サンバに新たな味わいを醸し出しています。

Marcio Juliano "OUTRO SAMBA" Marcio Juliano Da Silva MJS171 (2020)
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クラブ・ミュージックからトラップへ タッシャ・レイス [ブラジル]

Tássia Reis  PRÓSPERA.jpg

うわぁ、スタイリッシュですねえ。
ブラジルで話題となっている、
フィメール・ラッパー、タッシャ・レイスの3作目となる新作。
聴き始めたら、もうワクワクが止まりません!

14年にデビューEP、16年にセカンドを出しているそうで、
今作で初めてタッシャを聴きましたが、キュートなラッパーじゃないですか。
ソフトな声質を生かしたスムースなフロウ使いは、
この夏ゾッコンとなったジェネイ・アイコとも親和性を感じさせ、グッときちゃいました。
ラップばかりでなく、ヒップ・ホップR&Bシンガーとしても魅力的な人です。
ローリン・ヒルやエリカ・バドゥに影響を受けたというのもナットクですね。

そして、なんといっても聴きものなのが、プロダクションです。
すぐに連想されるのが、2000年代に一大ブームを巻き起こしたトラーマ。
マックス・ジ・カストロ、ウィルソン・シモニーニャ、DJパチーフィあたりが
人気沸騰だった時代を、思い出させるじゃないですか。
ハウスやドラムンベースなどのクラブ・ミュージックをベースにした新世代MPBを
クリエイトしていたトラーマが、現代に更新されて蘇ったのを感じさせます。

更新されたのは、クラブ・ミュージックからトラップへと変化したビート・センスでしょう。
‘Dollar Euro’ のビートメイキングが、それを象徴していますね。
テンポの遅いドラッギーなビートに、重厚なベース・ラインが絡むトラックの上で、
タッシャが高いスキルを示すラップを聞かせるトラックですけれど、
バックでゆったりと鳴る金属的な響きが、まるでガムランのようで、
トーパティ・エスノミッションのメンバーに聞かせたくなりますねえ。

トラーマのアーティストたちがクラブ・ミュージックをベースにしていたように、
タッシャの世代がトラップをベースとするのは、
進化し続けるヒップ・ホップの流行を反映した、当然の帰結。
その一方、タイトル・トラックの‘Próspera’ では、
レイ・チャールズのような60年代ソウルから、
プリンスやディアンジェロまでが、シームレスに繋がっているのを感じさせ、圧巻です。

さらに、ジャズのセンスがあるのも、タッシャの強みですね。
デビュー・シングルは‘Rapjazz’ というタイトルだったそうですけれど、
ジャジー・ヒップ・ホップの‘Try’ のスキャットを組み合わせたフロウなど、実に鮮やか。
‘Ansiejazz’ では、ネオ・ソウルとミックスした、
いかにもイマドキなジャジー・ヒップ・ホップを聞かせます。

そうしたヒップ・ホップ世代にも、サンバが底層にあるのは、やはりブラジル人ゆえ。
クララ・ヌネスやパウリーニョ・ダ・ヴィオラからの影響を言うとおり、
‘Amora’ ではカヴァキーニョやパンデイロのリズムにのせて、
さらりとサンバをやるパートも交えて、サンバ・ソウルを歌います。
歌ごころ溢れるセンスは、トラーマ世代から変わらない、
ブラジル産ヒップ・ホップの良さであり、強みですね。

Tássia Reis "PRÓSPERA" MCK MCKPAC0349 (2019)
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熱帯夜を癒して マルシア [ブラジル]

Márcia  PRÁ MACHUCAR SEU CORAÇÃO VOLUME 1.jpg

レニー・アンドラージのライヴ盤をヘヴィロテしていて、これも思い出しちゃいました。
ボサ・ノーヴァ時代から活躍する女性歌手マルシアの96年ヴェラス盤。
キーボードのジャジーなサウンドに共通するセンスがあって、
姉妹盤みたいなイメージがあるんですよね。

マルシアは、ブラジルを代表するギタリスト、バーデン・パウエルの元夫人。
デビュー当初、バーデン・パウエルとの共演作を残し、
ピエール・バルーが監督したドキュメンタリー映画『サラヴァ』でも、
バーデン・パウエルの伴奏で歌うマルシアの姿を見ることができます。
60年代はフィリップス、70年代はオデオンからレコードを出していて、
ボサ・ノーヴァ歌手のような受け止め方をされていましたけれど、
サンバ・カンソーン的な唱法は、ボサ・ノーヴァとは明らかに感覚が違いました。

粘っこく歌うスタイルは、プレ=ボサ・ノーヴァ期の
サンバ・カンソーンの節回しを残した唱法で、
ジョニー・アルフのお弟子さんでもあっただけに、
ジャズ・サンバのセンスを持ったシンガーだったのでしょう。
リオ出身じゃなくて、サン・パウロの人だしね。

とはいっても、レニー・アンドラージのようなジャズ・ヴォーカリストではないし、
サンバ・カンソーンでもなければ、ボサ・ノーヴァでもないという、
立ち位置のはっきりしない人だったんですよね。
ジョニー・アルフやジョビンなどのレパートリーを歌った68年のデビュー作も、
しんねりと重ったるい歌いぶりが曲の良さを殺していて、
好きにはなれませんでした。

そんなふうに思っていた歌手だったので、90年代に入り、
イヴァン・リンスのレーベル、ヴェラスから出した本作を聴いて、びっくり。
あれ、こんなにいい歌手だったっけ?と、すっかり見直してしまいました。

デビュー作のタイトル曲でデビュー作同様、アルバムのトップに置かれた
ジョニー・アルフの‘Eu E A Brisa’ の歌いぶりの違いが、それを象徴しています。
昔とは別人のように声が軽やかになり、力の抜けた歌い方に変わったんですね。
デビュー作と同じ曲では、アリ・バローゾの‘Pra Machucar Meu Coração’ も
歌っているんですけれど、いい具合に枯れた声で、そっとひそやかに歌うようになって、
デビュー時の重ったるさは、どこにも見当たりません。

マイーザの‘Ouça’ やフェルナンド・ロボの‘Chuvas De Verão’を
取り上げているところなど、やはり古いタイプの
サンバ・カンソーンが持ち味なのでしょうね。
60年代から歌唱スタイルをすっかり変え、味わい深くなったマルシアの歌声を包み込む、
バックの洗練されたサウンドが、また鮮やか。
鍵盤を中心にしたクールなサウンドを核に、曲により、フルート、サックス、バンドネオン、
男女コーラスを過不足ないアレンジで、フィーチャーしています。

リリース当時、まったく評判にならなかったCDですけれど、
ぼくにとっては、マルシアの良さに開眼したとともに、
ウィークデイの仕事の疲れを癒す、真夏の金曜の夜の定盤となったのでした。

Márcia "PRÁ MACHUCAR SEU CORAÇÃO VOLUME 1" Velas 11V106 (1996)
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熱帯夜はリオのジャズ・クラブへ レニー・アンドラージ [ブラジル]

Leny Andrade Pointer.jpg

冷房のよく利いた部屋で聴く、真夏の夜のジャズ・ヴォーカル。
ブラジルのジャズ・シンガー、レニー・アンドラージの84年ライヴ盤です。
熱帯夜続きの毎日に、何十年も昔に愛聴していたレコードをふと思い出し、
聴き直してみたら、どハマリしてしまいました。

リオのジャズ・クラブにタイム・スリップできる、最高のライヴ盤なんです、これが。
MCの短い紹介から、間髪おかずに始まるクールな演奏、
レニーの歌い出しとともに、観客の温かい拍手が送られると、
すでにライヴ会場にいる気分にさせられます。
エレピのひんやりしたサウンドが、火照った昼の身体をほぐして、
心地よい夜へといざなってくれるようじゃないですか。

オープニングの‘Estamos Ai’ に次いで‘Batida Diferente’ と、
2曲立て続けにマウリシオ・エイニョルンとドゥルヴァル・フェレイラの名曲が歌われて、
ぼくはこれで、このレコードにゾッコンになったんだっけなあ。
ハーモニカ奏者マウリシオ・エイニョルンの80年の名作”ME” での名演が
忘れられない2曲ですけれども、ここで聴けるのは、
その最良のヴォーカル・ヴァージョンといえます。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2010-04-04

スキャットを繰り出す、キレのあるレニーのヴォーカルは、
ジャジーで、かつパワフルなもの。
多少声の荒れも感じさせるものの、ライヴらしい雰囲気がカヴァーします。
エレピを中心としたスモール・コンボの演奏もタイトで、
ギターのウネウネとしたロング・ソロや、
ジャズ・サンバ・マナーのシンバル打ちが快感ですねえ。

ぼくはこのレコードで初めてレニー・アンドラージを知り、
のちにもっと若い頃のレコードや、この後のアルバムもフォローしましたけれど、
けっこう大味な歌い方をしていたり、スキャットがワン・パターンなアルバムも目立つので、
やっぱり本作が最高作ですね。ポインターという弱小レーベルから出たレコードですが、
04年にシッドからCD化もされ、いまでもそう入手は難しくないと思います。

イヴァン・リンス、ジャヴァン、シコ・ブアルキ、
フィロー、ドリ・カイーミのレパートリーに加え、
1曲英語曲で、レオン・ラッセルの‘This Mascarede’ を取り上げたのも、
レニーの持ち味に合った、いい選曲です。
ラストのイヴァン・リンスの‘Roda Baiana’ では、
エンディングをリピートするライヴらしい演出をみせて、聴後の満足感も最高ですね。
ブラジリアン・フュージョンが好きなファンにもアピールしそうな、名ライヴ盤です。

Leny Andrade "LENY ANDRADE" Cid CD00586/9 (1984)
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生粋の裏山サンビスタのデビュー作 ミンゴ・シルヴァ [ブラジル]

Mingo Silva  ARTE DO POVO.jpg

これぞサンバ節!
サンバの粋がぎゅっと詰まった絶妙な節回しに、背中のゾクゾクが止まりません。
ヴェーリャ・グァルダと遜色のないコクを湛えた歌いぶりが、もうたまらーん。

歌っているのは、50歳にしてデビュー作を出したミンゴ・シルヴァ。
モアシール・ルス率いるサンバ・ド・トラバリャドールで歌ってきた人だそうで、
キャリア十分なサンビスタですね。
節回しこそディープなサンバの味わいを湛えているものの、声には甘さもあって、
ダンディなマランドロ気質もうかがわせるところが、またいいんだな。

サンバ作家のデビュー作を飾る、
ビスコイト・フィーノの力の入れようも申し分なく、最高の伴奏陣を揃えていますよ。
アレッサンドロ・カルドーゾ、リルド・オーラ、パウローン、カルリーニョス、
ラファエル・ドス・アンジョスと5人もの名アレンジャーを使い分け、
キレ味抜群の演奏は、伝統サンバでこれ以上のものはないでしょう。

ミンゴ・シルヴァが書くサンバは、親しみのあるポップなセンスに富み、
♪ ララヤラ~ ♪ コーラスも出てきます。
自作曲以外では、インペリオ・セラーノを代表する
サンバ作家イヴァン・ミラネースの‘Boiadeiro Navizala’ を取り上げていて、
ノルデスチの牛追いが吟じる即興詩アボイオをアコーディオン伴奏で聞かせてくれます。

ゲストでは、ニコラス・クラシッキが1曲ヴァイオリンを弾いていて、
見事にサンバ訛りのソロ・ワークをとっていて、ウナらされました。
そのほか親分のモアシール・ルスに、
ゼカ・パゴヂーニョも歌声を聞かせ、華を添えています。
歌詞カードを開くと、カルトーラとジカが窓辺にたたずむ、マルクス・ペレイラの
レコード・ジャケットで有名な写真を絵にしているなど、
ジャケットともども、リオの裏山の日常を描いたアートワークがステキです。

Mingo Silva "ARTE DO POVO" Biscoito Fino BF649-2 (2020)
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