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ジャズ・ミネイロのシンガー・ソングライター レオ・リベイロ [ブラジル]

Leo Ribeiro  PAISAGEM.jpg

これはもう、パット・メセニー・グループの再来といっていいでしょうね。
“FIRST CIRCLE” から“LETTER FROM HOME” に至る、
80年代のメセニー・グループの作品に惚れ込んでるファンなら、
どストライクのアルバムでしょう。

レオ・リベイロという、ミネス出身のシンガー・ソングライターの自主制作盤です。
オープニングから、いかにもミナスなメロディが出てきて、
ジャケットのアートワークそのものの、清涼な空気に包み込まれます。

すでに30年以上のキャリアのある人だそうで、
キャリアのスタートが、PLIC というプログレ・バンドだったというのが面白い。
一方で、クラシック・ギターを、ミナスのレオポルディナにある名門
リア・サルガド国立音楽院で学んだとのこと。
そんなアカデミックなバックグラウンドを持つものの、
ナイトクラブやショウやイヴェントなど、もっぱら裏方の仕事をしていたようです。

長年書きためてきたという作品の完成度は高く、スケール感のある楽曲とともに、
のびやかに歌うレオのヴォーカルのみずみずしさも、格別ですね。
案の定というか、パット・メセニーとライル・メイズにオマージュを捧げた曲もあります。

そしてバックを務めるのが、ミナスを代表するジャズ・ベーシスト、
ドゥドゥ・リマ率いるトリオで、こりゃあ最高じゃないですか。
ドゥドゥ・リマ・トリオはミルトン・ナシメントとの共演でも名を上げた、
ジャズ・ミネイロのグループで、パット・メセニー・グループやトニーニョ・オルタの
サウンドスケープを再現するのに、もってこいのグループです。

ミナスの抒情溢れるコンポジションに、テクニカルなジャズ表現のバランスもよく、
ドゥドゥ・リマの縦・横両使いのベースの絡みや、鍵盤奏者のプログラミングなど、
ジャズとしての聴きどころも満載です。
終盤、クラシック・ギターの腕前を披露するギター・ソロもあります。

無名の人なれど、自主制作で、こんなハイ・クオリティのアルバムが
しれっと出るところも、スゴイよなあ。
パット・メセニー・グループのファンでもなければ、
いわゆるミナス派にあまり食指を動かさないぼくも、トリコとなった逸品です。

Leo Ribeiro "PAISAGEM " no label no number (2019)
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知られざるサンバランソの傑作 サンドラ [ブラジル]

Sandra  SAMBA 35MM.jpg

今回のジスコベルタスのリイシュー・カタログで、
一番のディスカヴァリーが、このサンドラでした。
このレコードはおろか、名前も初めて知った人ですけれど、
61年に出たこのアルバム、ビッグ・バンド・サウンドにのせて歌う、
表現力豊かな歌唱力に驚かされましたよ。

いやぁ、すごい歌唱力じゃないですか。
この人はジャズ・シンガーといっていいでしょうね。
リズムのノリがバツグンに良くって、歌詞を転がしながら、
ハネるように軽くスウィングする歌い口が、絶妙です。
語尾をソフトに伸ばしたり、キレのよいスタッカートを聞かせたりと、
とにかく表現力が豊かで、舌を巻きました。

バックのビッグ・バンド、オルケストラ・モデルナ・ジ・サンバスの演奏も一級で、
軽やかなサンバのリズムにのるホーン・セクションもスウィンギーなら、
マルコ・ルッピのテナー・サックス・ソロも鮮やかです。
ジャケットに「バランソの声」と書かれているとおり、
これはサンバランソのお手本といえる演奏ですね。

ラストのネウトン・メンドンサ作の‘Nuvem’ のみ、
ピアノ・トリオをバックに歌ったスローなサンバ・カンソーン。
一部に音ゆれがあるのが惜しまれますけれど、
なんでもこのサンドラというシンガーは、ネウトン・メンドンサの
お抱えシンガーだったようです。
ネウトン・メンドンサは、アントニオ・カルロス・ジョビンと「ジザフィナード」はじめ、
多くの曲を共作したことで知られる、ボサ・ノーヴァ史の重要人物です。

サンドラのバイオを調べてみたところ、
コパカバーナのナイトクラブで活躍したシンガーで、
ジャルマ・フェレイラのナイトクラブ、ドリンキと縁が深かったようですね。
オルガン奏者セルソ・ムリロ率いるコンジュント・ドリンキのアルバムにも
サンドラがフィーチャリングされていますけれど、
ソロ・アルバムはこの一作だけだったようです。

ちなみに、CDには62年作のクレジットがありますが、これは61年の誤り。
サンドラは本作で61年のレコード批評家協会の新人賞を受賞しますが、
授賞式が行なわれた12月のわずか数日後に、交通事故で亡くなってしまったそうです。

全12曲、わずか27分に満たない収録時間ですけれど、
これは知られざるサンバランソの傑作といえるんじゃないでしょうか。

Sandra "SAMBA 35MM" Discobertas DBDB026 (1961)
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ガロート+シキーニョ+ファファ・レモス トリオ・スルジーナ [ブラジル]

Trio Surdina Discobertas.jpg   Trio Surdina_1st press.jpg

ジスコベルタスのリイシューが息長く続けられていますね。
今回のラインナップで、おっ!と思わず声を上げたのが、
ガロート(ギター)、シキーニョ(アコーディオン)、ファファ・レモス(ヴァイオリン)の
名手3人が集まったスーパー・グループ、トリオ・スルジーナのムジジスク盤です。

トリオ・スルジーナは、リオのラジオ局が51年にスタートさせた
「ムジカ・エン・ナシオナル」という番組の伴奏を務めるため、
52年に結成されたんですね。
初レコードが出されたのは翌53年で、晩年のガロートがこのトリオで残したレコードは、
53年と54年の10インチ盤2枚だけです。
トリオ・スルジーナ名義のムジジスク盤はこの後も続きましたが、
55年にガロートが死去して、ギタリストは交代となります。

最初ジスコベルタスのカタログを見た時は、初レコードのジャケット・カヴァーだったので、
53年作のストレート・リイシューかなと思ったんですが、さすがはジスコベルタス。
54年のアリ・バローゾ曲集のトリオ・スルジーナの4曲を追加
(残り4曲はレオ・ペラッキ・オーケストラ)して、
ガロート在籍時のトリオ・スルジーナの全録音を復刻しています。

Trio Surdina_2nd press.jpg   Trio Surdina Ary Barroso.jpg

今回のCD化ではムジジスク盤のセカンド・プレスのジャケットを採用していますが、
ずいぶんとくすんだ色調になってしまっていますね。
音質の方もだいぶやせていて、ぼくの持っている10インチ盤とあまり変わらないのは、
ムジジスクのオリジナル音源が、もともとあまり良くないからでしょう。
ちなみに、ファースト・プレスの10インチ盤はカラー・ディスクでした。

ロマンティックなイージー・リスニング・アルバムですけれど、
ガロートのギターに聞けるサンバのノリやモダンなコード感覚、
ファファのボサ・ノーヴァ誕生を予言するソフトな歌唱スタイル、
シキーニョのハーモニー・センスなど、当時最新の粋なサウンドが楽しめます。

Chiquinho_LPP-TA25.jpg   Fafa Lemos_BPL3023.jpg
Fafá Lemos O TRIO DO FAFÁ.jpg   Fafá Lemos UMA NOITE NA BOÎTE DO FAFÁ.jpg
Fafá Lemos SEU VIOLINO E SEU RITMO.jpg   Fafá Lemos DÓ RÉ MI FÁ FÁ.jpg Fafá Lemos HI-FAFÁ.jpg   Fafá Lemos, Luiz Bonfa BONFAFÁ.jpg

シキーニョのトダメリカ録音は、ずいぶん昔にCD化されたことがあったけれど、
ファファ・ラモスなんてぜんぜんCD化されないなあ。
ルイス・ボンファとの共作なんて、名作なんだけれども。
引き続きジスコベルタスの仕事に期待しましょう。

Trio Surdina "TRIO SURDINA" Discobertas DBDB021 (1953)
[10インチ] Trio Surdina "TRIO SURDINA" Musidisc M007 (1953)[1st Press]
[10インチ] Trio Surdina "TRIO SURDINA" Musidisc M007 (1953)[2nd Press]
[10インチ] Trio Surdina, Léo Peracchi e Sua Orquestra "ARY BARROSO" Musidisc M008 (1954)
[10インチ] Chiquinho "CHIQUINHO" Todamérica LPPTA25 (1954)
[10インチ] Fafá Lemos "E SEU VIOLINO COM SURDINA" RCA BPL3023 (1957)
[LP] Fafá Lemos "O TRIO DO FAFÁ" RCA BPL7 (1958)
[LP] Fafá Lemos "UMA NOITE NA BOÎTE DO FAFÁ" RCA BPL22 (1958)
[LP] Fafá Lemos "SEU VIOLINO E SEU RITMO" RCA BBL1026 (1959)
[LP] Fafá Lemos "DÓ RÉ MI FÁ FÁ" RCA BBL1145
[LP] Fafá Lemos "HI-FAFÁ" Odeon MOFB3045
[LP] Fafá Lemos, Luiz Bonfa "BONFAFÁ" Odeon MOFB3047
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ミナスのハーモニー サミー・エリッキ [ブラジル]

Samy Erick  REBENTO.jpg

ベロ・オリゾンチ出身、ミナス新世代ギタリストのデビュー作。
ドレッド・ヘアと精悍な顔立ちが、
なかなかにインパクトのあるルックスのギタリストであります。

アクースティックとエレクトリックの両刀使いで、
そのギター・スタイルはいたってオーソドックスなものですけれど、
4管を含む9人編成によるカラフルなサウンドが聴きどころ。
ギタリストとしてより、作編曲家の才能が発揮されたアルバムといえます。
リズム・セクションの面々はみな、ベロ・オリゾンチで活動している音楽家です。

ショーロとサンバ・ジャズが交互する‘Choro De Maria’
ビリンバウのイントロにアフロ・サンバかと思いきや、
するっとミナスのメロディに移行する‘Sol E Lua’、
ミナス節としか呼びようのない‘Fronteira’、
フラメンコのパルマを取り入れた‘Esfinge’、
フォローなのに、メロディはミナスという‘Lampião e Maria Bonita’ など、
いずれもミナスを全開にした、歌ごころ溢れる楽曲ばかり。

4管のハーモニーとギターの絡みが、これほどしっくりといっているのは、
きちんとスコアに落とされているからでしょうね。
ラージ・アンサンブルのアレンジもイケそうなスキルの持ち主じゃないでしょうか。
デビュー作としては、出来すぎともいえる完成度で、その流麗さに脱帽です。

Samy Erick "REBENTO" no label no number (2017)
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上質を知る人のジャジーMPB グスタヴォ・ボンボナート [ブラジル]

Gustavo Bombonato.jpg

少し前にセール品で買った一枚。
良作であるものの、特に記事にしたくなるほどの盛り上がりは起こらず、
そのままにしていたんですが、仕事疲れの緊張を解きほぐしたい時に、
なんとなく手が伸びる一枚として、もう何か月も手元に置いたままとなっています。
気がつけば、お気に入り盤というやつで、
せっかくだから、ちょっと書いておこうかなと思った次第。

サン・パウロのピアニスト、グスタヴォ・ボンボナートのソロ・アルバム。
エルメート・パスコアール門下のアンドレ・マルケスに5年師事したという人なんですが、
ここで聴けるのはエルメート・ミュージックではなく、ジャジーなMPBです。
インスト・アルバムではなく、歌ものアルバムなんですね。

タチアナ・パーラ、マヌ・カヴァラーロ、フィロー・マシャード、
アドリアーナ・カヴァルカンチという、ジャズ・センスの高い歌手4人をフィーチャーして、
グスタヴォのオリジナル曲を歌わせています。
ピアノとローズを弾くグスタヴォのほかは、
ドラムスにエドゥ・リベイロとクーカ・テイシェイラ、
ベースにニーノ・ナシメント、チアーゴ・エスピリート・サント、
フルートとサックスにラファエル・フェレイラというサン・パウロの名手が勢揃い。
ハーモニカのガブリエル・ロッシが1曲客演しているところも嬉しいな。

全員派手さのない抑えの利いたプレイで、ヴォーカルの引き立て役に徹していて、
これぞ歌伴のお手本のようなアルバム。それでこそ、歌も引き立つというもので、
‘Finda À Dor’ でタチアナが聞かせる清涼感たっぷりの歌声、
‘Sapateiro Benevolente’ でフィローお得意のスキャットが、ことのほか粋に聞こえます。

「上質を知る人の」なんて、いけ好かないコピーが昔ありましたけれど、
本作はまさにそんなコピーが良く似合う作品です。

Gustavo Bombonato "UM RESPIRO" Gustavo Bombonato GB002 (2018)
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シランダの女主人 リア・ジ・イタマラカー [ブラジル]

Lia De Itamaraca  Viranda Sem Fim.jpg

ノルデスチの伝統ダンスのひとつ、シランダのメストラ(達人)とリスペクトされる
リア・ジ・イタマラカーが素晴らしいアルバムを出しました。
シランダは、その昔、漁師の妻たちが夫たちの帰りを待ち、
砂浜で大きな輪を作って歌い踊ったというビーチ・ダンスで、
ペルナンブーコ州の大西洋に面したイタマラカー島が発祥とされています。

そのイタマラカーに生まれ育ち、ステージ・ネームにもその名を冠した
リア・ジ・イタマラカーことマリア・マダレーナ・コレイア・ド・ナシメントは、
御年76歳。子供の頃からシランダの集まりであるローダス・ジ・シランダに加わり、
シランダが身体に沁みついている生粋のシランデイロです。

シランダという語は、アラビア語を起源とするスペイン語の zaranda (粉ふるい)に
由来するといわれていて、遠くアラブの文化も底流に流れるという、
歴史の深さを思わせるダンスなんですね。
いまもイタマラカーでは、ビーチに大勢の人が大きな輪を作り、
円の中心に歌手に打楽器・管楽器の奏者がシランダを歌い奏しています。

Lia De Itamaracá  EU SOU LIA.jpg

リアが00年に出したアルバム“EU SOU LIA” は、
伝統的なシランダを歌った名作でしたけれど、
9年ぶり、4作目となる今作は、シランダの伝統に立脚しながら、
シランダばかりでなくスカやクンビアのリズムも取り入れて、
現代的にアップデートしたサウンドを聞かせます。

その見事なサウンド・プロデュースを施したのは、
レシーフェを拠点に活躍するマンギ・ビート新世代のDJドローレス。
う~ん、いい仕事をしましたねえ。
カリンボーのドナ・オネッチの12年作“FEITIÇA CABOCLO” でみせた、
マルコ・アンドレの手腕に通じるじゃないですか。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2015-01-14

リアと女性二人によるチャントに、波音や電子音を施した
オープニングのミスティックなムードは、申し分のない演出で、
聴く者をイタマラカーのビーチへ誘います。
この曲はアレッサンドラ・レオーンの作なんですね。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2012-05-31

続く2曲目の‘Meu São Jorge’ では、チューバを起用して、
打楽器と管楽器で演奏されるオーセンティックなシランダの味わいを
前面に押し出しながら、モーグやギターを効果的に用いて、
ハイブリッドなシランダに仕上げています。
今回のアルバムでは、このチューバの起用がすごく利いていますね。

ノルデスチのヴェテラン・シンガー・ソングライター、シコ・セザール(懐かしい!)作の
‘Desde Menina’ も、インジオ色の強い哀愁味たっぷりのメロディにピファノが絡みつく、
ノルデスチ満開のサウンドで、たまりませんねえ。
妖しいエレクトリック・ギターの音色と泣きのサックスがせつないメロディを彩る、
ボレーロの‘Companheiro Solidão’ も実にいい味わいです。

ココのアウリーニャ・ド・ココ、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2018-07-13
カリンボーのドナ・オネッチ
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2016-09-23
そして、シランダのリア・ジ・イタマラカーと、
ノルデスチ芸能を代表する女主人3人ですね。

Lia De Itamaracá "CIRANDA SEM FIM" no label no number (2019)
Lia De Itamaracá "EU SOU LIA" Ciranda/Rob 199.009.131 (2000)
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キュートな古典ショーロ オス・マトゥトス [ブラジル]

Os Matutos  De Volta Pra Casa.jpg   Os Matutos  De Volta Pra Casa  back.jpg

知らないショーロのグループ名に、ん?と思って、ジャケット裏の写真を見ると、
オフィクレイドを吹いているメンバーがいるのに、おおっ!
曲目の作曲者をチェックすると、エヴェルソン・モラエスの名があり、あ、やっぱり。
4年前大きな話題を集めた、
イリネウ・ジ・アルメイダの古典ショーロをよみがえらせたアルバムで、
オフィクレイドを演奏したエヴェルソン・モラエスが参加していたのでした。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2016-06-23

こりゃあ楽しみと、さっそく買って帰ると、プレイヤーにかけた途端、
身体の力が抜けました。
柔らかな管楽器の響きに、ほがらかなメロディ。なんてキュートなんでしょうか。
20世紀初頭のショーロを思わす古風な楽想に、頬がゆるみっぱなし。
これがいにしえの古典ショーロの再演なのではなく、
すべてメンバーが新しく書き下ろした曲ばかりなのだから、嬉しくなるじゃないですか。

9人編成のオス・マトゥトスは、エヴェルソン・モラエスのほか、
件のイリネウ・ジ・アルメイダ曲集に参加していたアキレス・モラエス
(トランペット、フリューゲルホーン)、ルーカス・オリヴェイラ(カヴァキーニョ)、
マルクス・タデウ(レコレコ)が参加、さらにトリオ・ジューリオの3人、
マグノ、マルロン、マイコンのジューリオ3兄弟もメンバーという、
古典ショーロを志向するメンバーが勢ぞろい。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2019-01-21

音楽監督はマウリシオ・カリーリョとアキレス・モラエスの共同作業で、
レーベルはショーロ専門のアカリ。
アカリって昔は、ジャコー・ド・バンドリン以降のショーロを
マジメに追及するレーベルというイメージが強かったんですけれど、
マウリシオ・カリーリョの関心が変わってきたからなのか、
近年はより庶民的でくだけた雰囲気の、古典ショーロを取り上げる機会が増えてきたのは、
とても嬉しい傾向です。

最近のショーロは、ジャズや現代音楽と結びついた尖った作品ばかり注目が集まりますけど、
庶民的なショーロの娯楽性を愛でるぼくとしては、芸術性に過度に傾くことのない
こういうキュートな古典ショーロが、どストライクなんでありますよ。

Os Matutos "DE VOLTA PRA CASA" Acari AR67 (2019)
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ジルベルト・ジル・ミーツ・エレクトロニック・ミュージック [ブラジル]

Gilberto Gil  GRUPO CORPO.jpg

入退院を繰り返しているとのニュースに心配していたジルベルト・ジルでしたけれど、
18年に4年ぶりのアルバム“OK OK OK” を出してくれて、ホッとひと安心。
新作リリースまもなくレコーディングにとりかかっていた、
異色の新作がリリースされました。
「異色の」というのは、ダンス・シアターのためのサウンドトラックだからです。

そのダンス・シアターとは、75年に設立されたグルーポ・コルポ。
ダンスと演劇の境界を取り払って、従来のモダン・ダンスを超えた
新しい表現を求めるグルーポ・コルポは、
すでにミルトン・ナシメントやカエターノ・ヴェローゾとも
コラボレーションを重ねてきた、前衛的なダンス・シアターです。

今回、グルーポ・コルポの芸術監督パウロ・ペデルネイラスが
ジルベルト・ジルに依頼したプロジェクトは、
アフロ・ブラジリアン宗教音楽に根差したバイーアのアフロ・ブラジル音楽の要素を、
ダンスに反映させたもの。
そのものずばり“GIL” と題されたこのアルバムには、
1分弱から6分を超す長短含める16曲を収録。もちろん全曲ジルの自作です。

ジルはギターとスキャットなどのヴォイスで参加していて、
プロデュースはジルの息子のベン・ジルが担当。
もちろんエレクトリック・ギターも弾いています。
ドメニコ・ランセロッチがドラムス、パーカッションの生演奏のほか、
サンプラー/シーケンサーのMPCを駆使したサウンドを作っていて、
ダニーロ・アンドラージの鍵盤とともに、かなり電子音楽寄りのサウンドを構築しています。

そこにバラフォンを使ったインタールード的な短い曲が差し挟まれたり、
ショーロをベースとしながら、コズミックなスペイス・ミュージックへ反転するような
シアトリカルな曲など、なるほどダンス・シアターのサウンドトラックらしい曲が並びます。

いずれもエレクトロニックなサウンドに仕立てられているものの、
そのベースとなるのは、まぎれもなくバイーアのアフロ・ブラジリアン・ミュージックで、
ジルベルト・ジルの音楽性が存分に発揮されているんですね。

サウンドトラックという場を借りての実験的な試みは、旺盛な創作意欲の表われで、
ヴェテランにしてこの攻めの姿勢に、やっぱジルはスゴイと、感嘆するほかありません。

Gilberto Gil "GIL (TRILHA SONORA ORIGINAL DO ESPETÁCULO DO GRUPO CORPO)" Grupo Corpo GC22 (2019)
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音数を減らして魅力増 カロル・パネージ [ブラジル]

Carol Panesi  EM EXPANSÃO.jpg   Carol Panesi & Grupo  PRIMEIRAS IMPRESSÕES.jpg

イチベレ・ズヴァルギのグループに13年間在籍した
マルチ・プレイヤーのカロル・パネージの新作が、
注目のジャズ・レーベル、ブリックストリームから出ました。

ヴァイオリン、フリューゲルホーン、ピアノに加え、ポエトリー・リーディングや
ヴォイス・パフォーマンスも行うカロル・バネージは、18年にデビュー作を出したばかり。
そのデビュー作では、イチベレ・ズヴァルギのもとで身に付けた
エルメート・パスコアール直系の音楽性を繰り広げていました。

フレーヴォ、エンボラーダ、マラカトゥなどの北東部音楽に、
サンバやショーロなどのブラジルの豊かな音楽的伝統を背景に、
クラシックやジャズの高度な知識や技量を、これでもかというくらい見せつけていましたね。
初のリーダー作に意欲満々で勢いあまったというか、
あれもこれもと詰め込みすぎて、ちょっと未整理な印象も残ったんですけれど。

エルメート・パスコアールがゲストに加わった曲は意外に(?)悪くなかったけど、
弦楽三重奏をゲストに迎えた曲などは、
弦とピアノ、シンセのハーモニーがごちゃごちゃしすぎ。
複雑な展開のコンポジションは、それぞれのパートが引き立つアレンジを施してこそ、
スリリングな演奏となるところ、多すぎる楽器音がぶつかりあってしまい、
かえってスリルを減じているのが気になりました。

2作目となる本作は、ピアノがギターと交代し、ゲストはなし。
音数がすっきりと抑えられてスキマが生まれたことで、
サウンドにぐっとメリハリがつきましたね。
カロルが多重録音したヴォーカル・ハーモニーをバックに、
ポエトリー・リーディングするトラックも、
デビュー作での試みとは格段の差じゃないですか。

美しいハミングを際立たせるアレンジも良くなりましたね。
これも音数を少なくしたからこそで、
ブラジルのジャズならではのスキャットが浮き立ちます。
1曲目のマラカトゥから、ヴァイオリンがラベッカふうのぎこぎこ音を立てるパートと、
クラシックらしい優美な音色を奏でるパートが交互に入れ替わり、
メリハリの利いたアレンジがコンポジションの良さを引き立てています。

ラストの軽快なタンボリンに導かれるサンバから、
するりと変拍子に移っていくコンポーズもすごくいい。
ナイロン・ギターもヴァイオリンも柔らかい音色で、
変拍子だというトリッキーさをみじんも意識させないところが、うまいなあ。

Carol Panesi "EM EXPANSÃO" Blaxtream BXT030 (2019)
Carol Panesi & Grupo "PRIMEIRAS IMPRESSÕES" Maximus 5.071.607 (2018)
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成長した7弦ギタリスト ジョアン・カマレーロ [ブラジル]

João Camarero  VENTO BRANDO.jpg   João Camarero.jpg

う~ん、やっぱりいいなあ、このギタリスト。
ショーロの7弦ギタリスト、ジョアン・カマレーロの2作目です。
アカリから出たデビュー作で、ラファエル・ラベーロやマルコ・ペレイラを継ぐ人として
注目していたんですけれど、クラシック系レーベルから出た今作では、
グンと表現を広げたギターを聞かせてくれ、すっかり嬉しくなってしまいました。

まずジョアンのギターの良いところは、エッジの立った弦の響き。
爪弾き独特の立ち上がりの鋭いサウンドは、クラシック・ギター奏法の基礎ですけれど、
このきりっとギターを鳴らすサウンドが、ソロ・ギターではとても重要ですよね。
ジョアン・カマレーロが師事したジョアン・リラは爪弾きじゃなくて、
指の腹で弾くギタリストなんですよね。
師匠とはスタイルが違うわけなんですが、指の腹で弾くと、
こういうシャープな響きは出せません。
ジョアン・リラがゲスト参加した2曲を聴けば、違いは明らかでしょう。

そして、今作でグッと良くなったと感じたのが、緩急のつけ方が巧みになったこと。
デビュー作でもったいなあと感じたのが、複雑なパッセージを、
あまりにサラサラと難なく弾ききってしまうところでした。
聞かせどころといった演出がなく、超絶技巧を垂れ流してしまうプレイは、
聴き手にこの人の運指の凄さが伝わらないように思えました。

それが今作では、ギターの響かせ方やフレーズの組み立ての両面で、
静と動の使い分けをするようになり、高度なテクニックを見せつけるばかりでなく、
押し引きを豊かにした表現が、いっそうメロディの美しさを際立たせてています。

デビュー作では、クリストヴァン・バストスの曲で、
クリストヴァンのピアノがゲストで加わったほかは、
ジョアン・カマレーロの完全独奏でしたけれど、
今回もジョアン・リラがゲスト参加した2曲(うち1曲はカヴァキーニョも参加)を除いて、
完全独奏アルバム。ソロ・ギター好きには、たまらないアルバムです。

João Camarero "VENTO BRANDO" Guitar Coop GC03JOC18 (2018)
João Camarero "JOÃO CAMARERO" Acari AR51 (2016)
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職人芸のバランソ パプジーニョ [ブラジル]

Pap's Modern Sound.jpg

DJユースのレア・グルーヴとして、その筋には有名なアルバム。
DJ方面のディスク・ガイドではよく目にするかわり、
ブラジル音楽ファンの間では、あまり知られていないレコードじゃないですかね。
かくいうぼくも、今回のCD化で初めて聞いたんであります。

誰のアルバムかと言うと、コンジュント・ソン4を率いたほか、
ルイス・ロイ・キンテートで活躍したトランペット奏者、パプジーニョの70年作です。
コンジュント・ソン4は、若きエルメート・パスコアールが在籍していたグループ。
パプジーニョはペルナンブーコ出身なので、同じ北東部出身で
サン・パウロに出てきたエルメートをリクルートしたんでしょうか。

60年代ジャズ・サンバのシーンで売れっ子だったパプジーニョが残した本作は、
60年代末当時の近未来的デザインのインテリアと、
ミニワンピの女性とブーツにギターをあしらったジャケット・デザインが秀逸。
こじゃれた渋谷系カフェなんかに、これみよがしに飾ってありそうなジャケットですねえ。

パブジーニョといえば、当時ブラジルを訪れていた渡辺貞夫作の‘Cupid's Song’ を
収録していることで話題となった69年作の“Especial!” の方が、
ブラジル音楽ファンには馴染みがあると思いますけれど、
あのアルバムも女性コーラスが加わったポップなジャズ・サンバ・アルバムでしたね。

女性コーラス付きでも、演奏の方はかなりジャズ的だった69年作に比べ、
本作はアレンジが緻密で、ラフなアドリブは影を潜めて、
かっちりとした演奏を聞かせています。
あちらがジャズ・サンバなら、こちらはバランソといった趣ですね。
ジョンゴ・トリオのシドがオルガンを務めていて、アドリブのパートを少なくした、
完成度の高いアレンジに、職人技をみる思いがします。

レパートリーは、ジョルジ・ベンの‘Vou Me Pirulitar’ ‘Pais Tropical’
‘Que Maravilha’、オス・ノーヴォス・バイアーノスの‘De Vera’ といった
当時のブラジルの最新ヒット曲に加え、ザ・フィフス・ディメンションの‘Aquarius’、
ザ・フォーチューンズの‘You've Got Your Troubles’、
ジョルジオ・モロダーの‘Looky Looky’ など海外のヒット曲もレパートリーに加え、
サン・パウロの裏方ミュージシャンの高い実力を示したアルバムですね。

Papudinho "PAP’S MODERN SOUND" RGE/Discobertas DBSL189 (1970)
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夢見るサンバ女主人 イヴォーニ・ララ [ブラジル]

Ivone Lara.jpg

うわぁ、このCD化は嬉しいなあ。
女主人<ドナ>の名で知られるイヴォーニ・ララが85年に出したソン・リブリ盤。
ドナ・イヴォーニ・ララの数多い作品のなかで、
ぼくにとっては一番愛着のあるアルバムです。

87年にRGEからジャケットを変えた再発LPが出て、
翌88年に日本でCD化されたんですけれど、
オリジナル・ジャケットでのCD化はこれが初。
やっぱこの<夢見るおばちゃん>ジャケじゃなくっちゃあ。
最初にレコード店で手にした時、
ドナが松田聖子ぶってる!と吹き出したこと、よく覚えてます。

当時のサンバはパゴージ・ブームで、パーカッションが小編成となり、
メロディも歌いやすいシンプルなものとなっていた時代でした。
イヴォーニ・ララのこのアルバムも当時のトレンドに乗ったものとはいえ、
彼女の作風は変わることなく、むしろシンプルな編成になったことによって、
イヴォーニ・ララのサンバの魅力をぐんと浮き立たせて、成功作となったんですね。
久し振りに聴き返しましたけれど、やっぱり傑作ですね。
80年代サンバの代表作ですよ。

日本でCDが出たのと同じ年の7月に、イヴォーニ・ララは来日しました。
当時婚約中だった奥さんと一緒に観たんですけれど、
この日のライヴはとてもよく覚えています。
というのは、この日がものすごく暑い日で、
ライヴに行く前に、彼女の気分が悪くなってしまい、
近くの喫茶店で寝込んでしまったんでした。

こりゃ、とてもライヴは無理だなと思って、家に送っていこうとしたら、
少し休めば大丈夫だからと、しばらくそのまま待っていたところ、
楽になったから行けるという彼女の言葉に従って、
開演前ぎりぎりに入場したんでした。

会場は渋谷のクラブ・クアトロ。
たしかクアトロがオープンまもない頃で、ひょっとして初めて行った時だったかも。
立見だったので、彼女がまた具合が悪くならないかと、ヒヤヒヤしました。
フンド・ジ・キンタルの面々が先に登場して、何曲か歌って場を温めたあと、
ようやくドナ・イヴォーニ・ララが登場。
ドナがすごい巨体で、お付きの人間が介添えしてステージに上がり、
足元もおぼつかない様子なのには驚きました。
ステージ間近で観たせいか、前年のヌスラットよりも大きく見えたもんねえ。

隣の彼女の様子をちらちら横目で見やりつつ、正面のステージに目を向ければ、
ドナの歌もやや不安定で、ライヴ当初はどうなることやらだったのでした。
フンド・ジ・キンタルやダンサーとのかけあいによって、だんだんドナものってきて、
ヨロヨロと立っているのもおぼつかない様子だった最初とは打って変わり、
終盤では、軽やかにステップを踏んで踊り出すまでになったんでした。
ぼくも踊りながらはっと思い、隣の彼女を見れば、ステージに視線を送りながら、
満面の笑みを浮かべながら踊っていて、やれやれとほっとしたのでした。

そんな初めハラハラ、終わりニコニコのライヴでしたけれど、
こんなに太っていたら、命を縮めるだろうなと思ったものです。
ところがその後、イヴォーニ・ララはダイエットに成功して、別人のようにやせ細り、
<ドナ>の愛称がそぐわなくなるほどの体形に変身しましたね。
昨年天寿を全うした時は、御年96歳。
女性サンバ作曲家として、豊かなサンバ人生を送ったといえるんじゃないでしょうか。

Ivone Lara "IVONE LARA" Som Livre/Discobertas DBSL182 (1985)
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ブラジル音楽オールタイム・アルバム・ベスト30 [ブラジル]

まもなく書店に並ぶ『ミュージック・マガジン』12月号で、2月号から11号連続していた
創刊50周年記念ランキングの特集企画が完結します。
のべ11回のうち4回に参加しましたけれど、
読者の方からリストの文字が小さすぎて見ずらいので、
ブログに載せてという要望を、掲載号が出るたびにいただいていました。

雑誌の企画なので、自分のブログへ転載するのはあまり気乗りがせず、
そのままにしていたんですけれど、あちこちから同じような声をもらうので、
最後の掲載となる12月号が出るのに合わせて、
これまでの分をまとめて公開することにしました。

まずは5月号のブラジル音楽オールタイム・アルバム・ベスト30から。

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1.ノエール・ローザ/ヴィラの詩人
2.Cartola / Cartola (1st)
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2010-10-17
3.ピシンギーニャ/ブラジル音楽の父
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2010-03-17

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4.Carmen Miranda / A Nossa Carmen Miranda
5.Dorival Caymmi / Caymmi E Seu Violão
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2009-08-15
6.Ciro Monteiro / A Bossa De Sempre
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2012-03-18

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7.Luiz Gonzaga / São João Na Roça
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2012-12-13
8.João Gilberto / Chega De Saudade
9.Antonio Carlos Jobim, Vinicius De Moraes / Orfeu Da Conceição

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10.Nelson Gonçalves / Na Voz De Nelson Gonçalves
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2013-10-17
11.Gilberto Gil / Refavela
12.Jorge Ben / Solta O Pavão
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2010-02-01

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13.Baby Consuelo / P'ra Enlouquecer
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2012-06-24
14.Itiberê Zwarg & Grupo / Intuitivo
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2018-09-11
15.Mestre Ambrósio

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16.Caetano Veloso / Fina Estampa
17.Martinho Da Vila / Presente
18.Beth Carvalho / Na Pagode

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19.Monarco / Terreiro
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2018-11-16
20.João Nogueira / Vem Quem Tem
21.Seu Jorge / Musicas Para Churrasco Vol.1
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2011-09-10

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22.Jacob Do Bandlim / Prólogo
23.Joyce / Feminina
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2010-09-23
24.Passo Torto / Passo Torto
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2012-04-29

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25.Maysa / Convite Para Ouvir Maysa No.3
26.Ivan Lins / Novo Tempo
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2010-11-24
27.Aloysio De Oliveira e Seu Bando Da Lua / Samba These Days

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28.Dolores Duran / Entre Amigos
29.Alceu Valença / Anjo Avesso
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2013-07-31
30.Dona Onete / Feitiça Caboclo
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2015-01-14
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クリチーバのショーロ ジュリアン・ボエミオ [ブラジル]

Julião Boêmio FEIJÃO NO DENTE.jpg

パラナのクリチーバ出身という、カヴァキーニョ奏者のソロ・アルバム。
クリチーバのショーロ・グループって、前に確か聴いたなあと棚を探したら、
あった、あった、ヴァリエダージス・コンテンポラネアス。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2012-05-27

コンテンポラリーなショーロの傑作でしたよねえ、このアルバム。
アミルトン・ジ・オランダのような
アーティスティックやプログレッシヴのヴェクトルでなく、
かといってジャコー・ド・バンドリン由来のシリアスな伝統派とも距離を置いていて、
ショーロが元来持っていたユーモアと娯楽性を持った音楽性が嬉しいグループでした。

クレジットを見たら、ジュリアン・ボエミオ、
このグループのカヴァキーニョ奏者じゃないですか。
なるほど、本作にもヴァリエダージス・コンテンポラネアスの音楽性が生かされています。

全14曲、すべてジュリアンの自作ショーロ。
1曲1曲すべて編成が違っていて、
カイピーラ・ギターにビリンバウまで登場する曲もあるなど、
ヴァラエティ豊かなアレンジが楽しめます。

参加したミュージシャンも大勢で、パンデイロ奏者だけでも、
エポカ・ジ・オウロのジョルジーニョ・ド・パンデイロにセルシーニョ・シルヴァ、
そしてマルコス・スザーノといった、そうそうたるメンバーが居並びます。
ヴァリエダージス・コンテンポラネアスのメンバーからは、
フルートとドラムスの二人が参加していますね。

おっと思ったのは、セルジオ・アルバッシが
クラロンとクラリネットの二重奏をしていたこと。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2018-08-26
そうか、セルジオ・アルバッシも、クリチーバの音楽家だったんですよね。
アルバッシが参加したその曲は、古風なマシーシで、
最近は若いショーロの音楽家が、マシーシをよく演奏するようになった気がするのは、
ぼくだけかしらん。

本作の1曲目とラストがマシーシで、
あれ、これって、トリオ・ジューリオのアルバムもそうでしたよね。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2019-01-21
偶然かも知れないけれど、古典ショーロ・ファンには嬉しい傾向だなあ。

そして、ジュリアンのカヴァキーニョ・プレイはといえば、もう名人芸クラス。
余裕シャクシャクで、さらりと高度なテクニックも聞かせながら、
テクニック先行とならない豊かな音楽性の発揮が、本作を傑作に仕上げています。

Julião Boêmio "FEIJÃO NO DENTE" Fonomidia FONOCD3154 (2016)
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即興が繋ぐ原始と現代 ネルソン・ダ・ラベッカ [ブラジル]

Nelson Da Rabeca  PROS AMIGOS.jpg   Nelson Da Rabeca, Thomas Rohrer  TRADIÇÃO IMPROVISADA.jpg

ノルデスチのギラギラとした太陽を思わせる、野性的なヴァイオリンの響き。
ブラジル北東部、セルトーンの乾燥地帯の灼けつく大地を思わす
ラベッカの荒ぶった音色は、壊滅的な旱魃を引き起こす
厳しい風土によって、鍛えられたのでしょうか。

そう思わずにはおれない、「ぎこぎこフィドル」のラベッカ。
ストラディヴァリウスがどうのこうの言う、
クラシックのヴァイオリニストを即死させることウケアイの、
原始的な響きを奏でます。

サトウキビ畑で働く無学の農夫だったネルソン・ドス・サントスが、
はじめてヴァイオリンを知ったのは54歳の時。
テレビで偶然にヴァイオリンを見て一目惚れし、
その時からラベッカを自作するようになり、
見ようみまねでこの楽器をマスターしたといいます。

そのネルソン・ダ・ラベッカが出した04年のソロ作は、
ひなびたラベッカのプレイとともに、
ネルソンの奥方ベネジータの歌いっぷりが強烈でした。
田舎の婆さん丸出しのあけっぴろげなその歌いぶりは、粗野な生命力に溢れ、
にがりの利いた声は天然のミネラルがイッパイで、心が震えましたよ。

昨年ネルソン・ダ・ラベッカがアルバムを出していたことに気付いて買ってみたら、
これがスゴい内容で、びっくり。
『即興する伝統』と題したこのアルバム、スイス人ミュージシャン、トーマス・ローラーと
コラボした作品で、2人がフリー・インプロヴィセーションを繰り広げているんです。

トーマス・ローラーは、ラベッカのほかにソプラノ・サックスも吹き、
ラベッカとトランペットを演奏するもう一人に、パーカッション奏者を加え、
フォーマットこそオーセンテイックな伝統音楽のスタイルながら、
まるでフリー・ジャズのように聞こえる即興演奏があったりして、これはシビれます。

トーマス・ローラーは95年からブラジルに住み、
伝統音楽グループのメンバーの一員となるほか、
即興演奏のアンサンブルで活動している音楽家。
ネルソン・ダ・ラベッカとのコラボは、
3年越しの活動のうえレコーディングに臨んだもので、
時間をかけて練り上げたプロジェクトだったんですね。

歌ものでは、奥さんのベネジートが相変わらず野趣に富んだ味わいを醸し出していて、
04年作以上に土臭さをまき散らしてくれます。たまりませんね、こりゃ。
ラベッカをアンプリファイドした曲もあって、
そのノイジーなサウンドに、ジョン・ゾーンでも聴いてるような錯覚を覚えますよ。

Nelson Da Rabeca "PROS AMIGOS" Sonhos & Sons SSCD066 (2004)
Nelson Da Rabeca, Thomas Rohrer "TRADIÇÃO IMPROVISADA" SESC CDSS0105/18 (2018)
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フレッシュなサンバ クラウジオ・ジョルジ [ブラジル]

Claudio Jorge  Samba Jazz De Raiz.jpg

うわー、実にクラウジオ・ジョルジらしいというか、
クラウジオ・ジョルジにしか作れないサンバ・アルバムですね。
80年にオデオンからデビューした時は、
メロウなMPB系サンバで登場したクラウジオ・ジョルジでしたけれど、
ソロ・デビュー前は、ネイ・ロペスやルイス・カルロス・ダ・ヴィラなど
伝統系サンビスタのプロデュースを手掛けていただけに、意外に思ったものでした。

クラウジオは、若い頃にカルトーラやイズマエル・シルヴァなど、
マンゲイラのサンビスタと交流し、カルトーラとの共作も残しているほどで、
伝統サンバを音楽性の芯に持っている人です。
その後、ヴィラ・イザベルのサンバ作家として長く裏方で活躍し、
パゴージ・ブームの時代になって、ようやくソロ・デビューしましたけれど、
クラウジオのサンバはパゴージではなく、伝統サンバなのにポップという、
いそうでいない稀有な才能の持ち主でした。

Cláudio Jorge  COISA DE CHEFE.jpg   Cláudio Jorge  AMIGO DE FÉ.jpg

ソロ・アーティストとしては寡作の人ですけれど、01年の“COISA DE CHEFE”、
07年の“AMIGO DE FÉ” ともに、伝統サンバと洗練されたMPBのサウンド・センスを
あわせ持ったクラウジオの個性を存分に発揮した傑作で、ずいぶんと愛聴したものです。
そんなクラウジオが70歳を迎えるにあたって制作した新作は、
サンバ・ジャズを謳ったアルバム。

どんな趣向なのかと思えば、バックがスルドやパンデイロなどのパーカッション隊ではなく、
ドラムスとベースのリズム・セクションを中心に、ギターやサックスなどが、
ジャズぽいソロをとるというプロダクションなのですね。
といっても、取り立ててジャズ色が強い印象はなく、
楽曲は伝統サンバそのものだったり、爽やかなMPBだったりで、
いつものクラウジオらしい作風を湛えた仕上がりとなっています。
アタバーキ1台をバックに歌い、途中ギターやフルートなどが絡むという、
バイーアふうサンバもありますよ。

ドラムスに、長年の盟友である名ドラマー、
ウィルソン・ダス・ネヴィスも参加しているほか、
モナルコの息子マウロ・ジニースがゲストで1曲、クラウジオと一緒に歌っています。
からっと明るいクラウジオのヴォーカルも、とびっきりの爽やかさで、
いくつになってもフレッシュさを失わないクラウジオらしいサンバを堪能できます。

Cláudio Jorge "SAMBA JAZZ, DE RAIZ" Mills MIL063 (2019)
Cláudio Jorge "COISA DE CHEFE" Carioca 270.012 (2001)
Cláudio Jorge "AMIGO DE FÉ" Carioca/Zambo CD0008 (2007)
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『バイーアのサンバ』と『サンバのバイーア』 ギガ・ジ・オグン、ヴァルミール・リマ、セウ・レジ・ジ・イタプアーン [ブラジル]

Guiga De Ogum, Walmir Lima & Seu Regi De Itapuã.jpg   Riachão, Batatinha e Panela.jpg

バイーアの3人のヴェテラン・サンビスタが集まり、
各自4曲ずつ持ち寄って歌ったサンバ・アルバム。
この企画の下敷きとなったのが、73年にフォンタナから出た
バイーアの重鎮サンビスタ3人、リアショーン、バタチーニャ、パネーラによる
“SAMBA DA BAHIA” だというのだから、嬉しいじゃないですか。

“SAMBA DA BAHIA” は、ぼくもさんざん愛聴したバイーアのアフロ・サンバの名盤。
リアショーンの野性味たっぷりなマランドロ気質をうかがわせる歌いっぷりと、
対照的にバタチーニャの哀愁味のある繊細な味わいなど、
リオとは違うバイーアの闊達なサンバをとことん味わえるアルバムです。

リアショーンもバタチーニャも本作が初アルバムで、
パネーラにいたっては、このアルバム以外の録音を聞いたことがないという
極端に録音が少ない人たち。
いまだ未CD化というのも、この名盤が忘れられている証拠と思っていましたが、
こんな企画が立てられて新たなサンバ・アルバムが制作されるとは、
神様はちゃんといるんだななんて、不信人者のぼくでも思っちゃいますね。

ギガ・ジ・オグン、セウ・レジ・ジ・イタプアーンという人は初めて知りましたが、
ヴァルミール・リマは、リアショーンやバタチーニャたちとも一緒に歌ったサンビスタで、
その作品はベッチ・カルヴァーリョやフンド・ジ・キンタルなどもよく取り上げていました。
ヴァルミールのコクのあるノドは、さすがヴェテランの味わいといえます。
ギガ・ジ・オグンのあけっぴろげな歌いっぷりは、庶民的な雰囲気いっぱいだし、
低音のセウ・レジ・ジ・イタプアーンの歌声も温かみがあって、
ときどき音程が怪しくなるあたりも微笑ましくて、憎めません。

‘SAMBA’ と ‘BAHIA’ をひっくり返したタイトルも、
かつてのバイーア・サンバ名盤へのリスペクトに溢れた
サンバ・ファン必聴の名作誕生です。

Guiga De Ogum, Walmir Lima & Seu Regi De Itapuã "BAHIA DÁ SAMBA" Kyrios KYRIOS3426-18 (2018)
[LP] Riachão, Batatinha e Panela "SAMBA DA BAHIA" Fontana 6470.506 (1973)
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バイーアの新人サンフォネイロ ジュニオール・フェレイラ [ブラジル]

Junior Ferreira  CASA DE FERREIRA.jpg

バイーアらしいアフロ・リズムにのせて、
ヴォイス・パーカッションの多重録音で始まる冒頭からぐぐっと引き込まれる、
バイーア出身の新人サンフォネイロ(アコーディオン奏者)のデビュー作。
続いて、バイオーンのリズムにのせてアコーディオンがすべり込んでくるところで、
もうツカミはオッケーというか、前のめりになるしかありません。
途中、ギターがジャジーな速弾きを繰り出すところで、降参です。

アコーディオンの腕前は確かで、随所で聞ける軽やかな運指やリズム感に、
技量の高さがはっきりとわかります。
自作曲のショーロ‘O Pó da Rabióla’ や、
ガロートの名ショーロ‘Jorge do Fusa’ での歌ゴコロいっぱいのプレイにも、
それはよく表れていますね。

本人が歌うシロウトぽい素朴な歌い口も、味わいがありますよ。
ナザレー出身のサンビスタ、ロッキ・フェレイラ作の‘Dona Fia’ で聞かせる
温かなヴォーカルは、ロッキ・フェレイラのオリジナルを凌ぐ仕上がりじゃないですか。
MPBのセンスを十分に発揮したサウンド・プロダクションにも、
音楽性の高さが発揮されています。

ラストのフレーヴォ‘Dona Fia’ まで、北東部の多彩なリズムを活かしながら、
確かなテクニックで聞かせたサンフォーナの快作。
ドミンギーニョスに師事して、ジルベルト・ジルやイヴェッチ・サンガロなどに
引っ張りだことなっている新進アコーディオニスト、
メストリーニョの良きライヴァルとなる、頼もしい新人の登場です。

Junior Ferreira "CASA DE FERREIRA" Aruwá Produções 2018781165 (2018)
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自立するブラジル女性をサンバに描いて ジザ・ノゲイラ [ブラジル]

Gisa Nogueira  DO JEITO QUE VEM.jpg

ジザ・ノゲイラの新作!
ま・ぢ・か!!
思わずディスプレイの前で、固まってしまいました。
40年も前に惚れ込んだ女性と、思いもよらぬところで、ばったり再会した気分。
もう、ドギドキが止まりませ~~~ん!

ジザ・ノゲイラは、70年代サンバ復興の立役者となったジョアン・ノゲイラの妹。
歌手の兄とは違い、作曲家として活動していたジザは、
当時兄のジョアン・ノゲイラはもちろん、
クララ・ヌネスやベッチ・カルヴァーリョに、曲を提供していました。
その作風は、都会に暮らす独身女性の感性に満ちたもので、
従来のサンバの世界にはない、シンガー・ソングライター像がすごく新鮮だったのです。

この当時、ジザと同じような立ち位置で、
サンバを自作自演する女性歌手にレシ・ブランダンがいました。
二人は、男が支配するマッチョなサンバ世界に新風を送り込み、
70年代のサンバ復興に、ブラジルの現代女性による視点を付け加えたんですね。
伝統サンバの世界で、ゆいいつの女性作曲家としていたドナ・イヴォーニ・ララが、
裏方から表舞台に出てソロ・アルバムを出したのも、
そんな気運の高まりがあったからでしょう。

Gisa Nogueira 1978.jpg

ドナ・イヴォーニ・ララの74年デビュー作“SAMBA MINHA VERDADE, MINHA RAIZ”、
レシ・ブランダンの75年デビュー作“ANTES QUE EU VOLTE A SER NADA”、
ともに忘れられないアルバムですけれど、ぼくが一番惚れ込んだのが、
78年にEMIオデオンから出たジザ・ノゲイラのデビュー作でした。
都会に暮らす自立した女性像をくっきりと打ち出したこのアルバムに、
ぼくはサンバ新時代の到来を感じたのです。

ちょうど同時期に出たメリサ・マンチェスターの“DON'T CRY OUT LOUD NOW” と
このアルバムが、ぼくには映し鏡のように思え、
ニュー・ヨークに生きるメリサと、リオに暮らすジザが、
ぼくのなかでシンクロしたのでした。

とはいえ、ブラジルではまだ早すぎたんでしょう。
本作は評判を呼ぶこともなく、ジザのアルバムはこれ1作のみで、
2作目が出ることはありませんでした。
ジザが表現した女性シンガー・ソングライターというスタイルは、
90年代のマリーザ・モンチの登場までブラジルでは先送りされ、
ジザ・ノゲイラという稀有な才能は、忘れ去られたのです。

ジョアン・ノゲイラも亡くなり、ジョアンの息子ジオゴ・ノゲイラが活躍する時代となり、
ぼくもすっかりジザのことを忘れていたところだっただけに、
突如登場した新作には驚かされました。
2年前に出ていたようですけれど、これが日本初入荷。

粋なサンバ・ジ・ブレッキからアルバムはスタートして、
カンゲキのあまり、とても冷静になど聞くことはできません。
ガロ・プレートのバンドリン奏者アフォンソ・マシャード、
カヴァキーニョのアルセウ・マイアなどの名手たちによる
サンバ・ショーロの伴奏で歌われるジザのサンバに感無量。涙、なみだです。

それにしても、この突然の復帰はどういうわけなんでしょう。
先日遅いデビュー作を出したジョアン・ノゲイラの甥っ子のジドゥ・ノゲイラは、
なんとジザ・ノゲイラの息子なんだそうで、えぇ~、そうだったんだと、あらためて驚き。

デジパックに納められたブックレットには、
サンバの作曲家らしく、全曲の歌詞と楽譜が付いています。
ジャケット裏には70年代に撮ったとおぼしき、ジザとドナ・イヴォーニ・ララと
レシ・ブランダンが3人仲良く並ぶ写真のほか、
同じく70年代と思われるジョアン・ノゲイラとの写真も載っていて、
この当時から聴いてきたファンには、たまりませんねえ。

これを機に、ジザ・ノゲイラの78年盤も、ぜひCD化してもらいたいなあ。
そういえば、レシ・ブランダンのポリドールの初期作も、
まったくCD化されていないじゃないですか。
男性中心の保守的なサンバ・シーンにあって、
女性たちの新しい感性が萌芽していた時代の名作を、ぜひ再評価してもらいたいものです。

Gisa Nogueira "DO JEITO QUE VEM" Cedro Rosa CR201701 (2017)
[LP] Gisa Nogueira "GISA NOGUEIRA" EMI Odeon 31C062-421144 (1978)
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ブラジルのコンポジション アントニオ・カルロス・ビゴーニャ [ブラジル]

Antonio Carlos Bigonha.jpg

これもまたブラジルならではのジャズですね。
ミナス・ジェライスのウバ出身という、ブラジル大衆音楽史に名を残す大作曲家
アリ・バローゾと同郷の、コンポーザーでピアニストのアントニオ・カルロス・ビゴーニャ。

多くの交響曲やピアノ協奏曲を残し、国民学派として高く評価されたクラシックの作曲家
オスカル・ロレンソ・フェルナンデスが設立した音楽学校でピアノを学び、
ブラジリア大学で音楽の修士課程を修了したというアントニオ。
トニーニャ・オルタ、ナナ・カイーミ、ジュアレス・モレイラ、マリナ・マシャードほか、
数多くの音楽家と共演を重ね、第23回ブラジル音楽賞インストゥルメンタル部門で
受賞した実力者なんですね。

04年にデビュー作をリリースし、10年作に続く3作目になるという本作、
その経歴からもわかるとおり、クラシック出身らしい端正なピアノを聞かせる
ピアノ・トリオの作品となっています。
ベースとドラムスは、シコ・ブアルキ・バンドのリズム・セクションを起用。
サン・パウロやベロ・オリゾンチなどから続々と登場している、
リズムやハーモニーに新感覚を持ったブラジル新世代のジャズとは違い、
きわめてオーソドックスなジャズなんですけれど、これがとてもステキなアルバムなんです。

繰り返し愛聴しているうちに、
やはり冒頭の「ブラジルならでは」と表現するしかない
メロディがふんだんに飛び出してきて、
そのコンポジションに感じ入ってしまったのでした。
全曲アントニオのオリジナルで、そのみずみずしくもメランコリックな楽想は、
クラシック的というより、シキーニャ・ゴンザーガの時代を思わせるショーロの伝統を
ぼくは強く感じてなりません。

ボールが弾むようなスタッカートの利いた愛らしい1曲目から、
ショーロのメロディに通じる愛らしさをおぼえます。
優雅なワルツや爽やかなマーチなど、どのコンポジションにも
古典ショーロが持っていたセンスがあり、惹きつけられるアルバムです。

Antonio Carlos Bigonha "ANATHEMA" no label MCKPAC0083 (2018)
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ライトなマイーザはいかが ロザーナ・トレード [ブラジル]

Rosana Toledo.jpg

おぉ、ロザーナ・トレードの“A VOZ DO AMOR” がCD化された!

前々回のリイシューから、往年のサンバ・カンソーン女性歌手に
スポットを当て始めたジスコベルタスが、新たなリイシューのラインナップに
ロザーナ・トレードの名作が載ったのには、小躍りしてしまいました。
今回CD化されたのはロザーナ・トレードの3作目で、
前々回のシリーズでは、ロザーナ・トレードの62年作“...E A VIDA CONTINUA” が
CD化されていましたね。

今回のリイシューのラインナップには、すでにここで書いたエレーナ・ジ・リマや
エルザ・ラランジェイラのアルバムもあるんですけれど、今回の注目のマトは、こちらです。
日本ではほとんど知る人もいないでしょうけれど、
ボサ・ノーヴァ・ファンには、マリア・トレードのお姉さんと言えば、興味を引くかしらん?

でも、線の細いマリア・トレードとは真逆の個性の歌手で、
マイーザが好きなファンだったらたまらないはずの、ディープな歌い口を持った人です。
ルックスをみても、マリア・トレードとの違いは歴然ですよね。
ハスキーな声質をいかして、情感たっぷりに歌う泣き節がたまらないんだなあ。

多くの曲はオーケストラ伴奏ですが、コンボ伴奏の曲もあるのに
クレジットが書かれていないのは、ジスコベルタスにしては手抜きですねえ。
オルガンのマンフレッド・フェスト、サックスのパウロ・モウラ、
トロンボーンのラウル・ジ・ソウザ、エレクトリック・ギターのバーデン・パウエル、
ギターのエジガー、ピアノ兼アレンジのポーショといった面々が顔を揃えています。

マイーザ・ファンで、もしロザーナ・トレードを知らないという人がいれば、ぜひお試しを。
マイーザのドロドロした部分を抜いたライトな歌い口が、きっとお気に召しますよ。

Rosana Toledo "A VOZ DO AMOR" RGE/Discobertas DBSL123 (1963)
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ジェラルド・ペレイラとマンゲイラ ヴェーリャ・グァルダ・ムジカル・ダ・マンゲイラ [ブラジル]

Velha Guarda Musical Da Mangueira  CANTA GERALDO PEREIRA.jpg   ヴェーリャ・グアルダ・ダ・マンゲイラ.jpg
Velha Guarda Da Mangueira  VELHA GUARDA DA MANGUEIRA E CONVIDADOS.jpg   Velha-Guarda Da Mangueira  Som Livre.jpg

ネルソン・サルジェントの91歳記念盤に続いて、
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2019-03-28
マンゲイラの長老たちの新作が届きましたよ。
ヴェーリャ・グァルダ・ダ・マンゲイラのアルバムもだいぶひさしぶりで、
いつ以来になるんだろう? 08年作以来になるのかな。

70年に結成されたヴェーリャ・グァルダ・ダ・ポルテイラに比べて、
マンゲイラのサンビスタたちが、ヴェーリャ・グァルダを名乗ってアルバムを出したのは、
もっとずっと後になってからの、90年のことでした。
田中勝則さんが制作したボンバ盤が初アルバムだったんですよ。
今ではお忘れの方や、知らない若い人も多いでしょうが、
日本のサンバ・ファンが誇れる、記念すべき名作でした。

で、グループ名に「ムジカル」が加わった今回の新作、
カーニバルで歌うサンバ・エンレードやマンゲイラ賛歌といった、
これまでのアルバムでおなじみのレパートリーから離れ、
なんとジェラルド・ペレイラの曲集だというのだから、嬉しくなります。

下町のマランドロが歌ったファンキーなサンバを、エスコーラの長老たちが歌うというのも、
意外に思われるかもしれませんけれど、実はとってもゆかりの深い両者。
ジェラルド・ペレイラにギターを教えたのは、ヴェーリャ・グァルダ・ダ・マンゲイラの
初アルバム当時のリーダーだった、アルイージオ・ジアスでした。
ジェラルド・ペレイラは、マンゲイラのメンバーではありませんでしたけれど、
マンゲイラにやはりゆかりのある、ウニードス・ジ・マンゲイラという
別のエスコーラに所属していたんですね。

オープニングの「偽のバイーア女」から、
ジェラルド・ペレイラのおなじみのナンバーがずらり。
ほとんどの歌をタンチーニョが歌っていて、ネルソン・サルジェント、アルシオーネ、
レシ・ブランダン、ゼカ・パゴジーニョがゲストで華を添えています。
バックは7弦ギターのパウローンほか、バテリア陣も実力者揃いでばっちり。

ただ、冒頭の「偽のバイーア女」を聴いて、う~ん?と思ったのも、正直なところ。
この曲をこんなに重ったるく歌っちゃあ、メロディが生きません。もっと弾んでくれないと。
タンチーニョは大好きな歌手なんだけど、
ジェラルド・ペレイラのサンバとは持ち味の違う人で、ファンキーな感覚はありませんね。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2009-12-19

ちょっとキャスティングが違っちゃったかなあ。
でも、‘Cabritada Mal Sucedida’ ‘Bolinha De Papel’あたりは、
軽妙なフルートやクラリネットを活かしたアレンジも手伝って、健闘はしているんだけれど。
ジェラルド・ペレイラのサンバの韜晦味が一番感じられるのは、
ゲストのゼカ・パゴジーニョですね。
‘Sem Compromisso’ でタンチーニョと一緒に歌っているんですけれど、
まず声がタンチーニョとまるっきり違う。マランドロの香りがぷんぷん漂う、
ストリートの感覚たっぷりで、もっとゼカに歌って欲しかった気がします。

Velha Guarda Musical Da Mangueira "CANTA GERALDO PEREIRA" Haroldo Costa Produções Artísticas Ltda no number (2019)
ヴェーリャ・グァルダ・ダ・マンゲイラ 「ヴェーリャ・グァルダ・ダ・マンゲイラ」 ボンバ BOM2011 (1990)
Velha Guarda Da Mangueira "VELHA GUARDA DA MANGUEIRA E CONVIDADOS" Nikita Music NK1001-2 (1999)
Velha-Guarda Da Mangueira "VELHA-GUARDA DA MANGUEIRA" Som Livre 0891-2 (2008)
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ブラジルの声 アンナ・セットン [ブラジル]

Anna Setton.jpg

あぁ、ブラジル女性らしい声ですねえ。
声が持つ特性なのか、発音の特性なのか、はたまたその両方なのか、
判然としませんが、ほかの国の女性歌手にない、ブラジル独自の個性を感じます。
ブラジルを強く感じるのは、もっぱらボサ・ノーヴァ以降のMPBの歌手ですけれど、
ガル・コスタ、ジョイス、ダニエラ・メルクリといった人たちには、
共通する声の響きがあります。

そんな女性歌手の系譜にまた一人加わったのが、このアンナ・セットンという人。
先に挙げたビッグ・ネームのような強い個性はないものの、
ジアナ・ヴィスカルジ、ヴァネッサ・モレーノ、
タチアーナ・パーラといった若手たちと同じく、
ブラジル性を感じさせる歌声は、耳に心地よいですね。

バックは、ピアノ、ベース、ドラムス、ギター、フリュゲルホーンのクインテットで、
サン・パウロの売れっ子ジャズ・ミュージシャンたちが居並びます。
そのなかで初めて目にする名前はピアニストのエドゥ・サンジラルジで、
アンナはそのエドゥと共作したオリジナルを中心に歌っています。
演奏はジャズ色濃いものとなっていますけれど、
アンナの歌いぶりにジャズは感じられず、みずみずしい歌唱を聞かせます。

オリジナルのほか、3曲取り上げたカヴァー曲が、なかなかの聴きもの。
カエターノ・ヴェローゾがガル・コスタに提供した
‘Minha Voz, Minha Vida’を取り上げてくれたのは、ぼく好みの嬉しい選曲。
ガル・コスタの82年作“MINHA VOZ” のトップに入っていた曲です。

カエターノものちに97年の“LIVRO” で歌いましたけれど、ガルの名唱には遠く及ばず。
ガルのヴァージョンがアクースティック・ギター・メインだったのに対し、
アンナはヴィニシウス・ゴメスの柔らかなトーンの
エレクトリック・ギターのみをバックに歌っています。
ハイ・トーンがキンと立つ、ガルのクリアな発声とはまた違い、
アンナは落ち着きのある柔らかな声で歌っていて、これもいい仕上がりですね。

海の男ドリヴァル・カイーミの‘A Lenda do Abaeté’ を取り上げるとは、意外です。
カイーミの深い声で語るように歌う、重厚なオリジナル・ヴァージョンとは違い、
軽やかな歌に仕上げているのが妙味で、ナット・キング・コールで有名な
‘Nature Boy’ のエキゾ風味も味わいがあります。

Anna Setton "ANA SETTON" no label ANNA001 (2018)
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無敵の推進力 ファヴィオ・ゴウヴェア [ブラジル]

Fabio Gouvea Quinteto  MEODO DO ACASO.jpg

あれこれサンプルを聴いて、もう1枚拾い上げたのが、
ファヴィオ・ゴウヴェアというギタリストの17年作。
最近好作品を連発している注目のジャズ・レーベル、ブラックストリームのアルバムです。

CDが手元に届き、クレジットを見て、ビックリ。
クインテートのピアノはベト・コレーアで、ドラムスはクレベール・アルメイダ。
なんとまあ、同じようなメンツのアルバムを2枚同時に買っていたんでした。
サンプルを聴いてピンときたのは、
やっぱりクレベールのドラミングに反応したからだったのかな。

ファヴィオ・ゴウヴェアは、サン・パウロ出身のギタリストで、
96年にアンドレ・マルケス、クレベール・アルメイダとともに
トリオ・クルピーラを結成し、いまもなお活動を続けているという人。
トリオ・クルピーラって、重要なグループだったんだなあと、再認識しました。

ファヴィオもまたエルメート・パスコアール一派で、
イチベレ・ズヴァルギのトラとしてベースを弾くこともあるのだそう。
ギター以外にも、フルートも吹くマルチ・プレイヤーで、
本作でもフルートをプレイしています。

で、オープニングの‘Moema Morenou’ から強烈。マラカトゥのリズムが炸裂し、
クレベール・アルメイダのキレ味抜群なドラミングが冴えわたります。
ドー・ジ・カルヴァーリョのサックスが快調にトばして、
うぉーと、前のめりになっていると、ベース・ソロになって一転クールになり、
続いてファヴィオのギター・ソロへと移っていく。カッコよすぎ!
なんとこの曲、パウリーニョ・ダ・ヴィオラと
エルトン・エデイロスの作というのだから、驚きます。
この二人のコンビで、マラカトゥを作っていたなんて、意外ですねえ。

2曲目はもろにエルメートなテクニカルなコンポジション、
3曲目もアブストラクトなテーマを持つものの、
ウタゴコロに富んだメロディが出入りするので、具象性から離れることはなく、
難解な印象をこれっぽちも与えず、めちゃ親しみやすい。
さらに、密度の高いアンサンブル・ワークと、
ぐいぐいと疾走していく推進力のあるグルーヴが、気持ちのいいのなんのって!
無敵だぁ。

ベト・コレーアのデビュー作でも演奏していた7拍子の‘Camisa 10’ を
こちらでもやっていて、終盤にメンバーがコーラスする高揚感は悶絶もの。
こりゃあ、ベト・コレーアのアルバムと抱き合わせで、
2~3か月ヘヴィ・ロテになること疑いなしですね。

Fabio Gouvea Quinteto "MÉTODO DO ACASO" Blaxtream BXT0013 (2017)
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ブラジルの豊かなリズム遺産を応用したジャズ ベト・コレーア [ブラジル]

Beto Corrêa  DIAS MELHORES.jpg

またしてもエルメート・パスコアール門下生で、スゴイ逸材と出くわしました。
ミナス出身で、現在はサン・パウロで活動するというピアニスト、
ベト・コレーアのデビュー作です。
昨年、イチベレ・ズヴァルギのアルバムに衝撃を受け、
あらためてエルメート一派のアルバムをいろいろとチェックしているうちに、
昨年出た本作を知ることができました。

それにしても、あれほど敵視していた
エルメート・パスコアールに目を向ける日が来るとは、思いもよらなかったなあ。
あのハッタリさえなければ、エルメート・ミュージックはブラジルのジャズとして、
これほどまでに輝くのかという感慨を、新たにしています。
毛嫌いしていた期間があまり長すぎて、結構聴き逃している作品も多い気もしますけど。

ベト・コレーアは、アンドレ・マルケスの代役として、
エルメートのグループに加わることもあるといい、サン・パウロの名門の音楽学校、
タトゥイー音楽院の講師を務めている人だそう。
本作は、サン・パウロの精鋭たちを集めたクインテット編成で、
軽やかに弾むスピード感溢れるドラミングを聞かせるのは、クレベール・アルメイダ。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2018-06-11
あのクレベールのデビュー作でピアノを弾いていたのが、ベト・コレーアだったんですねえ。

本作もクレベール・アルメイダのデビュー作同様、
ブラジルのさまざまなリズムを応用しながら、魅力あるメロディアスなコンポーズを
聞かせる趣向で、ゆいいつアブストラクトなピアノ・リフを持つ‘Pega O Saci’ で、
エルメート派の片鱗をみせます。

ユニークなのは、ギタリストがカイピーラ・ギターも弾いていることで、
ベト自身もアコーディオンを弾く曲もあり、楽器の選択もブラジルのジャズならではです。
サンバ、バイオーン、フレーヴォを取り入れているほか、すごく新鮮に響くのが、
マラニョン州の伝統的なブンバ・メウ・ボイのリズムを取り入れた‘Nobilho Brasileiro’。
さらに、アルゼンチンのチャカレーラの3拍子+2拍子を応用した‘Cinco Entrevado’ の
リズム・アプローチも斬新で、めちゃめちゃカッコいい。

ブラジルの豊かなリズムをふんだんに応用するほか、
ベトの出自であるミナスを強烈に感じさせる、
特徴的なメロディもそこかしこから飛び出し、
まさにブラジルでしか生み出せないジャズを味あわせてくれます。

Beto Corrêa "DIAS MELHORES" no label RB055 (2018)
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呑んべえのサンバ ネルソン・サルジェント [ブラジル]

Nelson Sargento  91 Anos De Samba.jpg

現役最古参のマンゲイラのサンビスタ、ネルソン・サルジェント。
16年にクラウンド・ファンディングで制作された91歳をお祝いするCDが、
ようやく日本に入っていました。
さすがに90を越すと、総入れ歯らしきフガフガ声になるのも仕方ありませんが、
どこか憎めない愛らしさを感じさせるのは、お人柄でしょうね。

ちょうど昨年9月に他界したウィルソン・モレイラの遺作も届いたところだったんですが、
あまりに衰えたウィルソンの歌いぶりは、
黒光りしたウィルソンのサンバの絶頂期を知る者には辛すぎて、
手を伸ばすことができませんでした。

ウィルソン・モレイラの享年より高齢となるネルソンだって、
衰えは隠せないわけですけれど、そこは持ち味の違いなんでしょう。
‘De Boteco Em Boteco’(飲み屋から飲み屋に)なんてサンバも作る、
ダメおやじの茶目っ気が、老いを味わいに変えてしまうのでした。
あ、でも、こんな感想は、ネルソンの初レコードとなった79年のエルドラード盤から
ずっと聴き続けてきたファンの勝手な思い入れかもしれません。
ネルソンを初めて聴くという人に、いきなり本作をオススメはしにくいですね。

もしネルソンを聴いたことがなければ、まだ元気いっぱいだった時代の代表作
“ENCANTO DA PAISAGEM”(邦題『裏山の風景』)を
まず聴いてもらった方がいいに決まってますもんねえ。
田中勝則さんが制作した86年のネルソンの代表作を知っていればこそ、
この老いたネルソンの本作も、微笑ましく聞こえるというものです。

Nelson Sargento  ENCANTO DA PAISAGEM.jpg

本作には、その“ENCANTO DA PAISAGEM” にも入っていた
代表曲がずらりと並んでいます。
伴奏には、エルトン・メデイロスとの共同名義作や
ネルソン・カヴァキーニョに捧げた作品で共演した
ショーロ・グループのガロ・プレートが務めるほか、
サポート・ヴォーカルに、昨年来日したペドロ・ミランダが駆けつけています。
ガロ・プレートを聴くのもずいぶんとひさしぶりだなあ。
90年代の2作や30周年記念アルバムを愛聴しましたけれど、
その後もずっと活動を続けていたんですね。
アルバムの音楽監督とアレンジは、メンバーのバンドリン奏者
アフォンソ・マシャードが仕切っています。

Elton Medeiros, Nelson Sargento & Galo Preto  SÓ CARTOLA.jpg   Galo Preto, Nelson Sargento and Soraya Ravenle  O DONO DAS CALÇADAS.jpg
Galo Preto  BEM-TE-VI.jpg   Galo Preto  SÓ PAULINHO DA VIOLA.jpg
Galo Preto  30 ANOS.jpg   Pedro Miranda  PIMENTEIRA.jpg

マンゲイラの深い抒情味をたたえた作風は、カルトーラの直弟子の名にふさわしく、
サンバ/ショーロの演奏にのると、一層味わい深さが増します。
ひょうひょうとした風来坊的な面もみせるネルソンのサンバは、
カルトーラのサンバほど芸術性の高さや孤高のベールをまとっておらず、
呑んべえのサンバともいえるくだけた性格は、どこかホッとできるものです。

このメンツがネルソンを盛り立てる様子がなんとも微笑ましくて、
すごく温かいムードがアルバム全体を包んでいるんですね。
ペドロ・ミランダやガロ・プレートのメンバーに歌わせる曲も多いので、
ネルソンの老いた声があまり目立たないのも、うまい構成です。

ネルソン最大の当たり曲‘Agoniza Mas Não Morre’(邦題「サンバは死なず」)は、
ガロ・プレートの演奏のみの歌なし。
それなのに、コンサート会場で観客全員が大合唱しているような
空耳をおぼえるのは、ファンの欲目でしょうか。
この曲でアルバムが終わると、多幸感に包まれますよ。

ジャケット・カヴァーの絵も、ネルソン・サルジェント画伯の作品。
ファンには『裏山の風景』でもおなじみのモチーフで、
ネルソン・サルジェント・ファンをどこまでも喜ばせる仕掛けがイッパイの作品です。

Nelson Sargento "91 ANOS DE SAMBA" no label no number (2016)
Nelson Sargento "ENCANTO DA PAISAGEM" Rob Digital RD075 (1986)
Elton Medeiros, Nelson Sargento & Galo Preto "SÓ CARTOLA" Rob Digital RD016 (1998)
Galo Preto, Nelson Sargento and Soraya Ravenle "O DONO DAS CALÇADAS" PMCD Produções 351.721 (2001)
Galo Preto "BEM-TE-VI" Leblon LB012 (1992)
Galo Preto "SÓ PAULINHO DA VIOLA" Leblon LB036 (1994)
Galo Preto "30 ANOS" Rob Digital RD089 (2005)
Pedro Miranda "PIMENTEIRA" no label PM001 (2009)
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サンバ・カンソーンの傑作盤 エルザ・ラランジェイラ [ブラジル]

Elza Laranjeira  A NOITE DO MEU BEM.jpg

今回のジスコベルタスのリイシューで一番驚いたのが、
エルザ・ラランジェイラのデビュー作。
プレ=ボサ・ノーヴァ期に活躍した歌手で、
のちにボサ・ノーヴァを大衆歌謡化した人気歌手
アゴスチーニョ・ドス・サントスの奥さんになった人ですね。

エルザの63年の代表作“A MÚSICA DE JOBIM E VINICIUS” は、
ヴィニシウスとジョビンのコンビで制作した2作のうちの1枚で、
もう1枚は、ボサ・ノーヴァ第0号アルバムとして
有名なエリゼッチ・カルドーゾの『想いあふれて』だったのだから、
どれだけ貴重なアルバムだったかわかろうというものでしょう。
ブラジルで2度もCD化されたので、
マニアならずとも耳にしている人は多いと思いますが、
デビュー作がこれまた極上の逸品で、びっくり。

いやあ、すごい。
この人、ボサ・ノーヴァ歌手なんかじゃなく、
超一級のサンバ・カンソーン歌手だったんですねえ。
デビュー作のタイトル曲が、サンバ・カンソーン名曲中の名曲、
ドローレス・ドゥランの‘A Noite Do Meu Bem’ というのにも、泣かされます。

驚くのは、曲によりさまざまに声を変えて歌えるという、表現力の高さ。
抜きんでた歌唱力の証明でもあるわけですけれど、
清楚なチャーミングさを溢れさせるかと思えば、妖艶な表情もみせ、
はたまた、ざっくばらんな下町娘ふうにもなるなど、さまざまなキャラを演じてみせます。

なかでも絶品なのが、繊細な歌い回しとダイナミックに歌い上げる両極を、
鮮やかに披露したヴィニシウス=ジョビン作の‘Eu Sei Que Vou Te Amar’。
この素晴らしい歌唱があったからこそ、
のちにあのヴィニシウス=ジョビン曲集の制作へとつながったんじゃないでしょうか。

マリア・クレウザが好きな人なら、シビれることうけあいの
サンバ・カンソーンの傑作盤です。

Elza Laranjeira "A NOITE DO MEU BEM" RGE/Discobertas DBSL102 (1960)
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知られざるサンバ・カンソーンの名歌手 エレーナ・ジ・リマ [ブラジル]

Helena De Lima  A VOZ E O SORRIO DE HELENA DE LIMA.jpg

ブラジルのリイシュー専門レーベル、
ジスコベルタスの新作ニュースに心踊ったのは、ひさしぶり。
ここ数年ジスコベルタスのリイシューは、
守備範囲外のジョーヴェン・グァルダやブレーガ、ディスコものが続いていたので、
乏しい資金を散財せずにすんでいたんですけれども。

ところが今回は、往年のサンバ・カンソーン女性歌手という、
60歳以上男性客限定みたいなラインナップで、
まんまとターゲットになってしまいました。
エリゼッチ・カルドーゾの79年作『冬の季節』という、
往年のサンバ・ファンには懐かしい名作のCD化もあったりして、
日本盤を持っているサンバ・ファンなら、即買い必至でしょう。

エリゼッチのアルバムはサンバ・ファンならよくご存じと思うので、
日本ではまったく知られていない、エレーナ・ジ・リマを取り上げましょう。
今回CD化されたのは61年のRGE盤で、もちろんこれが初CD化ですけど、
そもそもエレーナ・ジ・リマを聴いている人って、日本に何人いるんでしょうね。

ブラジル音楽のディスク・ガイドで、その名を目にしたことはないし、
ぼくの記憶のある限りでは、40年前に中村とうようさんが
「中南米音楽」(「ラティーナ」の旧名です)に寄稿していた、
ブラジル音楽のレーベル別連載記事で触れていたのがあったくらいのもので、
ほかにエレーナ・ジ・リマについて書かれた記事なんて、見たことないもんなあ。

それくらい日本ではまったく知られていないサンバ・カンソーン歌手ですけれど、
エリゼッチやマイーザのような大物を聴いているのに、
エレーナ・ジ・リマを知らずにいるのは、もったいない。
アルト・ヴォイスの落ち着いた声で歌う人で、押し出しの強さはないものの、
その控えめな歌いぶりが、ツウを喜ばせるタイプといえます。

エレーナ・ジ・リマは26年リオ生まれ。22歳でリオのナイトクラブで歌い始めると、
瞬く間に大人気となり、50年代初めにはサン・パウロのナイトクラブに引き抜かれ、
成功を収めた歌手です。52年にコンチネンタルへ初録音し、
56年に出した初のレコード(10インチ)は、ぼくも持っています。

Helena De Lima.jpg   Helena De Lima  VALE A PENA OUVIR HELENA.jpg
Helena De Lima  UMA NOITE NO CANGACEIRO.jpg   Helena De Lima  É BREVE O TEMPO DAS ROSAS.jpg

この10インチは未CD化ですけれど、
エレーナ・ジ・リマのアルバムはけっこうCD化されていて、
これまで58年コンチネンタル盤、65年RGE盤、75年コパカバーナ盤が出ているんですよ。
特に65年のRGE盤はエレーナの代表作とされる名作で、
サンバ・カンソーンが好きなら、外せない作品でしょう。
CDが出てからだいぶ経つので、LPの方が簡単に見つかるかもしれませんね。

古いブラジル盤は、ボサ・ノーヴァの狂乱ブームが過ぎても、
高値安定してしまった感がありますけれど、
サンバ・カンソーンは客がつかないから、今でも手ごろな値段で買えるはずです。
古いサンバ・カンソーンが再評価されるなんてことは、
これからも、まあないでしょうね(タメ息)。

Helena De Lima "A VOZ E O SORRIO DE HELENA DE LIMA" RGE/Discobertas DBSL104 (1961)
[10インチ] Helena De Lima "DENTRO DA NOITE" Continental LPP38 (1956)
Helena De Lima "VALE A PENA OUVIR HELENA" Continental/Warner 5051011128028 (1958)
Helena De Lima "UMA NOITE NO CANGACEIRO" RGE 0496-2 (1965)
Helena De Lima "É BREVE O TEMPO DAS ROSAS" Copacabana/EMI 527305-2 (1975)
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潮風のサンバ バルラヴェント [ブラジル]

Barlavento.jpg

なんて爽やかなんでしょうか。
ジャケット写真そのままに、
バイーアの潮風を感じるサンバを、たっぷりと満喫できるアルバムです。

07年に結成されたというバイーア3人組、バルラヴェントの3作目。
ナザレー出身のサンビスタ、ロッキ・フェレイラをゲストに迎えた1曲目から、
バイーアらしさイッパイのサンバを繰り広げます。
シャラーンと高音を響かせるスティール弦のアクースティック・ギターの響きが、
潮の香りを運び、カンカン、コンコンと愛らしく鳴るアゴゴに頬が緩みます。

目の覚めるようなみずみずしいメロディを、3人はソフトに歌います。
ハーモニーを織り交ぜたコーラスは、伝統サンバをベースとしながら、
オーセンティック一辺倒ではない、MPBからのポップ・センスが発揮され、
とてもフレッシュです。

‘A Banda Que Samba’ のイントロで飛び出すトロンボーンのソリは、
まるでトロンバンガみたい。ヴァイオリンの使い方もシャレてますねえ。
こうした楽器の起用や扱い方に、
伝統サンバに軸足を置きながら、現代的なサウンドを生み出すセンスを感じます。

カンドンブレ由来のリズムを使ったアフロ・サンバをやっても、
ちっともディープな感触にならないのは、洗練された彼らの音楽性ゆえでしょう。
アコーディオンをフィーチャーしたシャメゴも、
のんびりとした田舎情緒を上手に演出しています。

こんなにほんわかした庶民的なサンバって、
今日びなかなか得難いんじゃないでしょうか。

Barlavento "QUEBRAMAR" MCK MCKPAC0231 (2018)
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ショラールあふるるブラジルのジャズ エドゥアルド・ベロニ [ブラジル]

Eduardo Belloni.jpg

オーソドックスなジャズ・ギター・アルバム。
一言でいえばそれに尽きるんですけど、これがとびっきりの内容なんです。
3年前に出ていたサン・パウロの新進ギタリストのデビュー作で、気付いて良かったあ。
正統派のジャズ・ギターでこれほどの逸品、ありそうでなかなかありませんよ。
ギターのトーン、ソロ・ワーク、アンサンブル、楽曲、アレンジ、
すべてがハイ・レヴェルという、欠点の見当たらないアルバムです。

箱ものギター特有のクリアで柔らかなトーンに、まず、耳が反応します。
指板をすべるなめらかなソロは、柔肌を愛撫するジゴロの指先のよう。
都会の夜のムード溢れるメロウな楽曲を引き立てる、
歌心溢れるラインの組み立て方にも、ウナらされます。

泣けるメロディ満載で、インストなのがもったいないと思えるほど、
「歌」を感じさせるトラックが並びます。
メロディは甘すぎず、苦みも含んだメロウさが、実にセクシーなんです。
せつなさや、やるせなさもたっぷり混じった、
心の傷みを優しく包み込む楽曲にシビれます。
メカニカルなラインをテーマに持つ‘Cotopaxi’ ですら、
なんともいえない哀感が漂うんだから、この人の作曲能力の高さがわかりますね。

サウンドにブラジルのテイストはないものの、
これほどの歌心あふれる作曲能力は、やはりブラジルならでは。
フェリーピ・ヴィラス・ボアスに続く、要注目のギタリストです。

Eduardo Belloni "BACK TO THE BEGINNING" no label no number (2016)
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