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イングランドの香り豊かに レイチェル・マクシェイン [ブリテン諸島]

Rachael McShane & The Cartographers  WHEN ALL IS STILL.jpg

バンドの名義が添えられているものの、
主役のフィドル以外のメンバーは、メロディオンとギターの3人だけ。
最小人数バンドを率いるレイチェル・マクシェインは、
イングランドのフォーク・ビッグ・バンド、ベロウヘッドで、
フィドルとチェロを担当していた人のこと。
ベロウヘッドといえば、08年のセカンド作“MATACHIN” をよく聴いたけど、
レイチェルの名を意識したのは、今回が初めてです。

ソロ・アルバムとしては、デビュー作から9年ぶりというのだから、
ずいぶんと長いインターヴァルです。
さすがにキャリアを積んだ人なので、演奏にはゆとりがあるし、アイディアも豊富。
イングランドの有名な古謡‘Two Sisters’‘Sheath And Knife’や、
イングランドの古い詩にレイチェルが曲をつけた‘Sylvie’など、
ベロウヘッド時代のワールド・ミュージック的なアプローチとは違って、
真正面から伝統音楽に向き合った作品となっています。

きりっとしたレイチェルのシンギングがいいんです。
粒立ちのよいギターの響きと、豊かなメロディオンの音色によく映えるヴォーカルで、
これぞイングリッシュ・フォークといった味わいを感じます。
レイチェルが弾くヴィオラの深い音色も、演奏に奥行きを与えていて、
たった3人とは思えないサウンドを生み出していますよ。

ゲストには、プロデューサーのイアン・スティーブンソンのウッド・ベースのほか、
マンドリン、エレクトリック・ベース、パーカッションが参加。
メロディオン奏者ジュリアン・サットン作のインスト曲メドレーには、
オーボエが加わり、映像的なサウンドスケープを繰り広げるほか、
アルバム・ラストの‘Green Broom’では、
トランペット、トロンボーン、チューバのブラスを加えて華やかに締めくくり、
気持ちの良い聴後感を残します。

Rachael McShane & The Cartographers "WHEN ALL IS STILL" Topic TSCD596 (2018)
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ンバクァンガ最後の大物 アイリーン・マウェラ [南部アフリカ]

Irene Mawela  ARI PEMBELE.jpg

アイリーン・マウェラの新作!!!

これは思いもよらないリリースです。
南ア音楽シーンから、ンバクァンガやマスカンダの姿がすっかり消えていたところに、
ンバクァンガ時代を代表する女性歌手で作曲家のアイリーンの新作が届くとは。
南ア黒人音楽の黄金時代を知るファンにとって、これほど嬉しいニュースはありません。

07年のカムバック作にもカンゲキしたものですけれど、
その後出た復帰第2作の12年作を、とうとう入手することはできなかっただけに、
この新作には驚かされました。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-02-20

新興レーベルの第1弾としてリリースされた本作は、
その12年作に次ぐアルバムと思われ、
12年録音の3曲、15年録音の4曲、17年録音の6曲が収録されています。
全曲アイリーン・マウェラの作(共作含み)で、
数多くのンバクァンガの名曲を書いてきた人だけに、
これぞ南ア・ポップといった刻印の押された曲が、ずらりと並んでいます。

アイリーンは40年ソウェト生まれなので、72~75歳時の録音になるわけですけれど、
その声に老いはあまり感じられません。
もともとパワフルに歌うタイプではなく、優しく穏やかな歌い口のシンガーなので、
年齢を重ねても、さほど衰えは目立たないようです。

驚いたのは‘Tirekere’ に、南ア音楽界の偉大なるプロデューサー、
ルパート・ボパーペの語りがフィーチャーされていたこと。
ルパート・ボパーペは、ンバクァンガの生みの親であり、
アイリーンの育ての親であることは、南ア音楽ファンならご存じですよね。

この曲はルパートとの共作で、12年録音となっているんですが、
ルパートは12年6月15日に86歳で亡くなっているので、
この録音は死の直前にあたる、最期の録音と思われます。
ここでルパートは、「イリーナ」と呼びかけているように聞こえるんですけれど、
「アイリーン」でなく、こちらが本当の発音なのでしょうか。

グロウナーとして知られるヴェテラン・シンガー、
マザンバネ・ズマをーフィーチャーした‘Makhaza’ では、
かつてマハラティーニとのコンビで歌った60年代のヒット曲を思わせ、頬が緩みます。
どの曲からも南ア黒人音楽の特徴といえるメロディがふんだんに出てきて、
嬉しくなってしまうんですけれど、惜しむらくは、
打ち込みを中心としたプロダクションの貧弱さが、
マテリアルの良さを生かしきれていないこと。

人力演奏ではないから、60~70年代のンバクァンガ・サウンドの再現なんて、
ないものねだりをするつもりは毛頭ありませんけど、打ち込みを使うなら使うで、
もっとマシなプロダクションにしてくれなきゃ、ガッカリだよなあ。
ボトムは薄いし、鍵盤のチープな音色もグルーヴ感を損なっていること、おびただしい。
プロダクションさえ良ければ、数倍聴きごたえのある作品となったろうに、
それだけが悔やまれます。

Irene Mawela "ARI PEMBELE" Umsakazo UM101 (2018)
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ジャズ演芸 スリム・ゲイラード [北アメリカ]

Slim Gaillard Groove Juice.jpg

おぉ、ノーマン・グランツのもとでレコーディングした時代のスリム・ゲイラードの録音が、
ついに集大成されましたか。スリム・ゲイラードが本国アメリカで
きちんと再評価されるまで、本当に時間がかかりましたよねえ。
アメリカでの再評価のはじまりといえば、
94年にクレフ~ノーグラン~ヴァーブ時代の録音をまとめた
“LAUGHING IN RHYTHM: THE BEST OF THE VERVE YEARS” でしたもんね。
その時点で、半世紀近く経ってたんだからねえ。

それ以前はといえば、イギリスのヘップやスウェーデンのタックスといった、
アメリカ国外のコレクター・レーベルがまとめた編集盤しかなかったんだから。
ぼくがハタチの頃にスリム・ゲイラードを知って夢中になったのも、
そうしたヘップ盤やタックス盤に出会ったからで、
クレフ~ノーグラン~ヴァーブ時代の録音は、
ジャズ専門店でオリジナルの10インチ盤を探し出すまで、ずっと聴けませんでした。

アクの強いヴォードヴィリアン的体質を持つゲイラードが、
ジャズを娯楽音楽ではなく、芸術音楽として聴くジャズ・ファンに嫌われたのは、
無理もない話ではありましたよね。
チャーリー・パーカーとディジー・ガレスピーをサイドメンに録音した人物といったって、
あやしげなインチキ外国語を操って聴く者をケムに巻くところは、
毒々しかったデビュー当時のタモリみたいなもんで、
コルトレーンを信奉する真面目なジャズ・ファンのお気に召すはずもなく。

日本でゲイラードを最初に評価したのはブルース・ファンで、
ルイ・ジョーダンなどのジャンプ・ミュージックに注目が集まるようになった流れで、
ブラック・エンタテインメント・ミュージックとして、
ジャイヴ・ミュージックに光が当たったんでした。それも40年も昔の話。

OPERA IN VOUT Disc.jpg   OPERA IN VOUT Mercury.jpg
Slim Gaillard Alegro.jpg   Mish Mash.jpg
Slim Gaillard Cavorts.jpg   Slim Gaillard Wherever He May Be.jpg
Slim Gaillard Smorgasbord.jpg   Slim Gaillard Rides Again.jpg

ジャズ専門店でスリム・ゲイラードのオリジナルを探すようになったのは、
社会人になってからで、5~6年かけて買い揃えたんだっけなあ。
56年のヴァーヴ盤LP“SMORGASBORD…HELP YOURSELF” を
やっと見つけた直後に、日本盤LPが出たのは、ちぇっ、とか思ったけど。

今回の2枚組CDには、ぼくも聞いたことのないシングル曲や
没テイクもたんまり入っていて、ひさしぶりにゲイラードの芸を堪能しました。
黒人の知性が宿るのは深刻ぶったジャズなどではなく、
こうした高度なお笑い、黒人のサブ・カルチャーの伝統に根差した、
ジャズ演芸にこそあったのだと、しっかりと再確認させてもらいましたよ。

Slim Gaillard "GROOVE JUICE: THE NORMAN GRANZ RECORDINGS + MORE" Verve B0027591-02
[SP Abum] Slim Gaillard and Bam Brown "OPERA IN VOUT"Disc (US) 505
[SP Box] Slim Gaillard and Bam Brown / Meade Lux Lewis
"OPERA IN VOUT / BOOGIE WOOGIE AT THE PHILHARMONIC" Mercury 11033/11034
[10インチ] Slim Gaillard "SLIM GAILLARD PLAYS" Allegro 4050
[10インチ] Slim Gaillard "MISH MASH" Clef MGC126
[10インチ] Slim Gaillard "CAVORTS" Clef MGC138
[10インチ] Slim Gaillard and His Musical Aggregations "WHEREEVER HE MAY BE" Norgran MGN13
[LP] Slim Gaillard "SMORGASBORD…HELP YOURSELF" Verve MGV2013 (1956)
[LP] Slim Gaillard "RIDES AGAIN!" Dot DLP3190 (1959)
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音色の快楽 リジョイサー [西アジア]

Rejoicer.jpg

音色だけで成立する音楽。
楽曲でも、演奏でもなく、楽器の音色の選択に、この音楽の価値がある。

そんな思いに強くとらわれた、イスラエルの俊才リジョイサーの新作です。
バターリング・トリオやロウ・テープスの諸作で、
リジョイサーの仕事ぶりには注目してきましたけれど、
本人名義のソロ作は、それらの作品を上回るデリケートな音づくりに感じ入りました。

ここには<心地よい響き>しか存在しないというか、
鍵盤楽器をレイヤーしたサウンドが、耳の快楽に満ち溢れていて、
桃源郷のようなサウンドスケープをかたどります。
この快感って、キーファーの新作にも通じますよねえ。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2018-08-28

あのアルバムも聴けば聴くほど、不思議に思えてくるんですよ。
断片的なモチーフの繰り返しでできた、シンプルな作りのトラックばかりなのに、
幾重にもレイヤーしたピアノやキーボードのくぐもった音色が、
とてつもなく甘美に響くんですね。
ビートまでもが同じ質感の音色で同期していて、陶然とさせられます。
夢見心地に誘われるこの音楽のマジックは、
選び抜かれた音色によるところが、一番大きいんじゃないんでしょうか。

リジョイサーのアルバムは、よりハウシーなビートメイクが顕著で、
楽曲の構成もしっかりと組み立てられ、アブストラクト度は低め。
手弾きのベース音やトランペットの柔らかな響きが、
泡立つ鍵盤のダビーな音の合間を縫っていき、
磨きに磨き上げられたサウンドは最高度に洗練されたものといえます。

アンビエント、エレクトロ、ビート・ミュージック、ジャズ、
さまざまな音楽が同期して、テル・アヴィヴとLAがシンクロナイズドした音色は、
グローバル化した世界に暮らす孤独な者たちをなぐさめ、
チル・アウトするために、そこで奏でられているのを感じます。

Rejoicer "ENERGY DREAMS" Stones Throw STH2396 (2018)
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サウンの魅力 ゾー・ウィン・マウン [東南アジア]

Zaw Win Maung.jpg

ミャンマーのサウン(竪琴)を中心とする小編成の室内楽演奏が、
夏バテした身体に、やさしく染みます。

暑さ疲れしたこの時期に聴きたくなる音楽というと、
ひと昔前まで、インドネシアのガムラン・ドゥグンやカチャピ・スリンが定番でしたけれど、
ミャンマーの古典音楽レーベル、イースタン・カントリー・プロダクションのカタログが
充実するようになってからは、インドネシアからミャンマーに移っちゃいましたね。
渋味の強い、ペロッグやスレンドロといったインドネシアの音階と違って、
ミャンマーの音感には苦みがなく、
どこか爽やかな花の香りがするメロディも、お気に入りの要素です。

59年マンダレーに生まれたゾー・ウィン・マウンは、
20世紀最高のサウン名人と呼ばれた
インレー・ミン・マウン(1937-2001)に14歳からサウンを学んだという音楽家。
アタックの強いピッキングと、ボキボキと角張ったリズム感は、
インレー師匠ゆずりといえそうですね。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-01-15

サウンに限らず、コラやアルパ、アイリッシュ・ハープといったハープ属の弦楽器は、
指で弦を「はじく」楽器であって、指を滑らせてグリッサンドする楽器じゃないというのが、
昔から変わらないぼくの考え方。
突っかかるようなアタックの強いリズムが、弦さばきにスピード感を与え、
一音一音をシャープに立ち上らせるゾー・ウィン・マウンのプレイは、
この楽器の魅力を最大限に引き立てています。

サウンの伴奏を務めるのは、
太鼓、鈴、ウッド・ブロックといったリズム・キーパー役の打楽器で、
ゆいいつサウンに絡むのは、竹笛のパルウェーもしくはチャルメラのフネーのみ。
曲のテーマやメロディを、サウンとユニゾンで奏で、あたりの空気を浄化してくれます。
静謐な曲ばかりでなく、フネーが加わる曲では、
金属製の打楽器が打ち鳴らされて華やかなサウンドとなり、
室内楽的な演奏にありがちな、眠りに誘われる退屈さとは無縁です。

イースタン・カントリー・プロダクションのサウン演奏の作品というと、
レーベル第1号作品を飾ったライン・ウィン・マウンのアルバムが多数あるんですが、
流麗な弾き方でリズムの弱いライン・ウィン・マウンを、ぼくは買っていません。
以前ぼくがバトゥル・セク・クヤテのコラになぞらえたこともある、
インレー・ミン・マウンの野趣に富み、奔放な技巧を知る人にこそ、
ぜひ聴いてほしいサウンの名作です。

Zaw Win Maung "“THET-WAI” ON THE FLORAL BRIDGE" Eastern Country Production ECP-N23
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ジャズ・サンバでリラクシン QAP [ブラジル]

QAP  NA ESCUTA.jpg

もう1枚、ブラジルのジャズで、スゴいとかじゃなくて、
リラクシンなアルバムでお気に入りとなっているのが、こちら。

サンパウロの若手ギタリスト、アンドレ・ペローゾ率いるユニットのアルバムで、
ユニット名はカルテート・アンドレ・ペローゾの頭文字をとったもの。
トロンボーン、ベース、ドラムスという変則的なカルテットです。

ジャジーなジャズ・サンバを聞かせるグループで、
トロンボーンとギターという組み合わせが、ブラジルらしいというか、
ジャズ・サンバをやるのに、もってこいの相性といえます。
アンドレくんのギターは、オーソドックスなスタイルで、
ナイロン弦ギターでは、エリオ・デルミーロの影響もうかがえますね。

また、曲がいいんだな。全曲アンドレの作ですけれど、
メロディアスな曲揃いで、歌詞をつけて歌ものにしないともったいないくらい。
ジョアン・ドナートにオマージュを捧げた曲がありますけれど、
ドナートの作風にもつうじるものがありますね。
1曲サックスをゲストに迎え、ギターとのデュオ演奏するほかは
すべてカルテットによる演奏ですけれど、各曲すべて趣向が違っていて、
爽やかな後味を残します。

QAP "NA ESCUTA" no label no number (2018)
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八面六臂の活躍 ガブリエル・グロッシ [ブラジル]

Gabriel Grossi Quinteto  #EM MOVIMENTO.jpg

ブラジルのジャズ・ハーモニカ奏者、ガブリエル・グロッシの活躍がめざましいですね。
クロマチック・ハーモニカのプレーヤーでガブリエルが世界ナンバー・ワンなのは、
ぼくの欲目なんかじゃなく、衆目の一致するところになったんじゃないかな。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-11-05

先日も、グロッシのハーモニカとトロンボーンをフロントに、
ピアノ、ベース、ドラムスによるキンテート編成のライヴが出たばかり。
そのライヴでは、大ヴェテランのトロンボーン奏者ラウル・ジ・ソウザに、
ガブリエルの大先輩であるハーモニカ奏者のマウリシオ・エイニョルンのほか、
エルメート・パスコアールがゲスト参加していたのに、驚かされました。

ガブリエルはエルメート・パスコアール関係のミュージシャンとの共演も多く、
ドラマーのパウロ・アルメイダ、ピアニストのグスターヴォ・ボンボナート、
サックス奏者ジョタ・ペなど、
エルメート・グループで活躍するミュージシャンのアルバムに、
必ずといっていいほど顔を出していますけれど、よもやエルメート御大みずから、
ガブリエルのライヴに登場するとは予期しませんでした。

それにしてもここ最近、にわかにエルメート・パスコアールづいているのは、
妙な気分だなあ。なんせ、エルメート・パスコアールといえば、
キューバのチューチョ・バルデースと並んで、
ぼくが受け付けられない二大音楽家なもんで。
このライヴではエルメートはメロディカを吹いていて、
そのプレイはどうってことないですけど、
ヴォーカル・パフォーマンスで観客を沸かせるギミックに、
きったねー声で相変わらずこんなことしてんのかと、シラけました。

Pedro De Alcântara convida Gabriel Grossi.jpg

そんなこともあって、ライブ盤を取り上げないままでいたら、
南部ヴィトーリア出身のピアニスト、ペドロ・ジ・アルカンタラのアルバムに
フィーチャリングでガブリエルが客演したアルバムが極上で、
ここのところの愛聴盤となっています。
オープニングとラストがバイオーン、ほかにサンバのリズムも使ったトラックもあり、
ブラジルの現代的ジャズの力作の合間に、
こういうリラックスしたジャズ作品を聴くのも、いいものです。

Gabriel Grossi Quinteto "#EM MOVIMENTO - AO VIVO" Maximamo no number (2018)
Pedro De Alcântara convida Gabriel Grossi "SACI" Piano Produções Musicais no number (2018)
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新時代YO-POP アデクンレ・ゴールド [西アフリカ]

Adekunle Gold  About 30.jpg

つい「アンドリュー・ゴールド」と言いまつがってしまう、
ナイジャ・ポップのニュー・スター、アデクンレ・ゴールド。
2年前に大ヒットを記録したデビュー作“GOLD” に続く新作は、
70年代西海岸ポップをホウフツとさせる爽快なポップ・アルバムで、
アンドリュー・ゴールドの言いまつがいも、まんざらでないかも。

オープニングから、ふくよかに弾むトーキング・ドラムのビートにのる、
抜けるような青空の広がるサウンドに、思わず眩暈をおぼえました。
スケール感のある、こんなに爽やかなメロディが、喧噪と渋滞にまみれた
レゴス出身の若者から生み出されるなんて、にわかに信じがたいほど。
こういう作風を持ったヨルバ人ソングライターが登場するとは、
想像だにしませんでしたねえ。

少年時代はサニー・アデやエベネザー・オベイに夢中で、
教会のジュニア・コーラス・グループに加わり、
15歳で初めて曲を書いたというアデクンレ。
そんな経歴を表わすように、アデクンレが書く曲には、
ヨルバの古謡やジュジュ、ハイライフの影響あらたかなメロディがふんだんで、
クラシックなハイライフの薫り高い‘Mama’には、オールド・ファンも頬がゆるむはず。

ジュジュから受け継いだ軽妙な歌い口も魅力なら、
歌詞は英語でも、コーラスがヨルバ語で歌われる楽曲、
そこかしこにフィーチャーされるトーキング・ドラムなどなど、
サウンドのはしはしにヨルバ色が色濃くにじみます。

とはいえ、このアルバムでまずハートをつかまれるのは、サウンドのフレッシュさでしょう。
マリブのビーチやサンセット・ブルヴァードといった西海岸イメージが浮かぶ、
アーバナイズしたシティ・ポップ・センスのサウンドスケープには、誰もが魅せられるはず。
甘酢っぱい若さに溢れた音楽には、ヒップ・ホップやグライムの影はなく、
近年のナイジャ・ポップで盛り上がるアフロビーツとは、
一線を画したサウンドになっています。

ヌケのいいサウンドと、軽やかなリズムの心地よさは、
今年初めにホレこんだシミと、テイストがよく似てますね。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2018-02-07
そういえば、シミのアルバムにもアデクンレがゲスト参加していたし、
このアルバムでもクレジットはないものの、‘Pablo Alakori’には、
シミの声がはっきりと聴きとれますよ。
なんでも二人は恋仲だそうで、ロンドンで5月に本作のお披露目コンサートを行った時にも、
ステージにシミが登場して、アデクンレと一緒に歌ったそうです。

異色のトラックは、シェウン・クティをゲストに迎えたアフロビートの‘Mr. Foolish’。
これまたクレジットはありませんが、分厚いホーン・アンサンブルやトラップ・ドラム、
パーカッションなどには、エジプト80のメンバーが参加してるんじゃないでしょうか。
こういう曲も入ることによって、アルバムがピリッと締まります。

アデクンレは自身の音楽を「アーバン・ハイライフ」と称しているようですけれど、
ぼくは、新時代YO-POP(「ヨルバ・ポップ」の意)と呼びたいなあ。
ヨー=ポップは、ジュジュ・シンガーのセグン・アデワレが
80年代に打ち出したスタイルだったんですが、当時のジュジュ・シーンでは、
ほとんど広まらずに消えてしまいました。
今のナイジャ・ポップの中で、アデンクレのスタイルこそ、
ヨー=ポップの名にふさわしいものはないと思います。

Adekunle Gold "ABOUT 30" Afro Urban no number (2018)
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王道トランペットと現代的ビートの快楽 ルビーニョ・アントゥネス [ブラジル]

Rubinho Antunes.jpg

待ってましたっ! ルデーリの新作ならぬルビーニョ・アントゥネスの新作。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-09-24
思わずルデーリと口走ったのは、ピアノがフィリップ・バーデン・パウエルから、
ファビオ・レアンドロに交替しただけで、
主役のトランペットとリズム・セクションの二人は同じだからです。
しかもギターには、ルデーリの昨年の新作にゲスト参加していた
ヴィニシウス・ゴメスが加わってるんだから、こりゃ、裏ルデーリですね。

本作もルデーリ同様、ブラジル色皆無の現代的なジャズで、
細かくリズムを割っていくダニエル・ジ・パウラのドラムスのキモチよさが、
なんといっても一番の快感なんですよ。

ルビーニョ・アントゥネスのトランペットは、派手さのない堅実なプレイが特徴。
‘Indi’のように、シャープなトーンで攻めているトラックもあるものの、
基本ふくよかな太めの音色の落ち着いたトーンで、
歌ごころのあるプレイを持ち味としています。

おやっと思ったのは、スキャット・ヴォーカルで1曲ゲスト参加したカミーユ・ベルトー。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2018-05-26
なるほど両者の音楽性には通じるものがあり、
グローバル時代はさまざまな才能が、たやすく国境を越えて繋がっていくのを実感します。
ルビーニョは11年から14年までフランスに暮らしていたのだそうで、
フランスのジャズ・シーンで注目を集める、レバノン出身のイブラヒム・マーロフとも
共振するものがありそうですね。

ルビーニョは、エルメート・パスコアールのビッグ・バンドやバンダ・マンチケイラ、
サンパウロのシンフォニック・ジャズ・オーケストラ、マリア・シュナイダーなど、
オーケストラとの共演歴も多く、そうしたキャリアが
正統的ともいえる王道のトランペット吹奏に表われているのを感じます。

Rubinho Antunes "EXPEDIÇÕES" Blaxtream BXT0017 (2018)
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ブラジリアン・ジャズの万華鏡 イチベレ・ズヴァルギ [ブラジル]

Itiberê Zwarg & Grupo.jpg

ブラジルのジャズ、大豊作です。
2018年の決定打といえそうな、スゴい新作が出ましたよ。

エルメート・パスコアール・バンドのベーシストという、イチベレ・ズヴァルギのアルバム。
エルメート・パスコアールをずっと遠ざけてきたので、
ぼくは初めて知る人ですけれど、
77年からエルメートのグループに在籍し、ベーシストとしてだけでなく、
作編曲家としても活躍してきたというのだから、
エルメートの重鎮ブレーンといえる人なんでしょう。

ハッタリの強いエルメートの音楽のうさんくささとは大違いの、
高度なオーケストレーション・スキルを持った才人です。
エルメート自身がやれば、プリテンシャスの塊みたいになる音楽も、
門下生たちがやると、これほど芳醇な音楽に変貌するのかと目を見開かされました。
エルメートのバンド・メンバーは、逸材揃いですね。

なによりも驚かされたのが、そのコンポジションとアレンジ。
複雑なキメと変拍子を多用した難易度の高いコンポジションと、
随所に不協和音のセクショナル・ハーモニーを織り交ぜながら、
アヴァンギャルドに逸脱することなく、コンテンポラリーに着地するアレンジが絶妙です。
曲によって3管から8管まで使い、鍵盤、ギター、リズム隊という編成で、
近年のラージ・アンサンブルに通じる快楽を味わえますよ。

くるくると変わっていく場面展開は、「めくるめく」という表現がぴったりで、
スリリングなフレーズを縦横無尽に編み込んだ編曲は、まさに音楽の万華鏡ですね。
リズムもノルデスチ・ジャズと呼びたくなるほど、
バイオーン、ショッチ、マラカトゥなど多彩なノルデスチの伝統リズムを取り入れています。
イチベレはサン・パウロ生まれのパウリスタなので、
ノルデスチのリズム応用は、エルメートの影響なんでしょうが、その咀嚼ぶりは見事です。
そのリズムも曲中でどんどん変化し、
高速サンバへと滑るように移り変わるなど、妖怪変化の楽しさ。

高度な音楽性を卓越したユーモアにくるみ、
伸びやかに聞かせる演奏の表情が、すばらしく魅力的じゃないですか。
ちっとも難解じゃないし、スノビズムなんてものとも無縁。
歓喜に溢れた、まさに音楽の遊園地ですよ。

イチベレ自身のスキャットや、メンバーのヴォイス・パフォーマンスの即興が妙に生々しく、
滑らかで流麗な旋律が展開するアレンジに、
生臭いアクセントを付けているところも、この音楽に体温を与えていて、嬉しくなります。

Itiberê Zwarg & Grupo "INTUITIVO" SESC CDSS0110/18 (2018)
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ゼネストでグウォ・カ アキヨ [カリブ海]

Akiyo  40 ANOS G.A.M.E.jpg   Akiyo  MASTODONT.jpg

グアドループのカーニヴァル・グループ、アキヨの新作は、
結成40周年を記念する3枚組超大作。
夜のメイン・ストリートをパレードする写真をジャケットにあしらった前作が、
収録時間わずか36分と、少々物足りなかっただけに、
今回の全40曲、総収録時間199分という圧巻のヴォリュームには大満足です。

アキヨといえば忘れられないのが、09年にグアドループ島で勃発したゼネストです。
フランス本土の1.6倍以上という物価高に怒りを爆発させた市民1万人が、
08年12月16日、生活状況の改善を掲げてポワンタ・ピートル市の街頭をデモし、
このデモをきっかけに、49の労働組合や政党、社会・文化団体が結集し、
LKP(過剰搾取反対連合)が結成されました。
このときLKPに参加した団体の一つが、アキヨだったのです。

アキヨは、カーニヴァルに参加する単なる音楽グループではなく、
ブラジル、サルヴァドールのオロドゥンにも匹敵する文化団体であることを、
この時あらためて再認識させられたものでした。

グアドループで独立運動が高まった78年に結成されたアキヨは、
反植民地主義・反戦・反核を掲げる、
急進的な文化抵抗運動のグループだったんですね。
80年代にはカリブ革命同盟が爆弾闘争を繰り広げ、独立運動が激化しますが、
アキヨを設立した主要メンバーで画家でもあるジョエル・ナンキンは、
破壊活動の罪で83年から89年の間、投獄されています。
ナンキンがシャバに出て、アキヨのデビュー作がリリースされたのは、93年のこと。
アキヨ結成から、じつに15年もの歳月が流れていました。
現在、ジョエル・ナンキンはアキヨを脱退していますけれど、
95年の第2作“DÉKATMAN” のジャケットで、
ナンキンのグラフィックが飾られていましたね。

Akiyo  DÉKATMAN.jpg

さて、09年のゼネストの話題に戻ると、
LKPは賃上げや生活必需品の値下げなど165の要求項目を綱領に掲げ、
1月20日からグアドループ全島で無期限のゼネストに突入、公共サービスはもちろん、
商店、学校、ガソリンスタンドなど、すべての経済活動が停止しました。
奇しくも1月20日はオバーマがアメリカ大統領に就任した日であり、
フランス海外県の出来事は、国際的な関心を呼ぶことはありませんでした。

グアドループのゼネストはその後も収まることなく、
ついに2月5日にはマルチニークやインド洋のレユニオン島へも飛び火し、
2月17日には暴徒化したデモ隊が商店を襲撃し、車を放火して、死者1名を出します。

こうしたゼネストのさなか、
LKPの主要団体である労働組合UGTGのエリ・ドモタ代表と、
県知事や経営者団体の代表らが団体交渉を行っていたビルを、
アキヨの何十人ものメンバーが取り囲み、
太鼓を打ち鳴らし、夜通しグウォ・カを演奏したそうです。

ゼネストは6週間もの長期間に及び、
グアドループのLKPならびにマルチニークの団交組織
<2月5日集団>の要求はほぼ全面的に受け入れられ、
同意書に双方が署名した3月4日、クレオールの太鼓とリズムにのった社会運動は、
労働者側の全面勝利を収めたのでした。

しかし、これがいっときの勝利であったことは、忘れてはいけないでしょう。
植民地時代を引きずる社会構造に、本質的なメスは入れられず、
抜本的な改革への道筋すら、いまだつけられていません。
かつてマラヴォワのメンバーに、公務員が多いのを奇妙に思ったものでしたけれど、
これはフランス政府の海外県に対する温情主義政策により、
本土の1.4倍の公務員給与が支払われ、
労働者3人に1人が公務員といういびつな就業構造を示していた実例だったんですね。
20代の失業率が50%を超す雇用状況も、依然として改善されないままです。

ともあれ、ゼネストの勝利が、アキヨの活動を勢いづけたことは確かでした。
40周年記念作は、グアドループのカーニヴァルとグウォ・カの再生を通して、
クレオール文化を発展させてきたアキヨの歴史を体現しています。
多様な伝統リズムにのせた、
現代的なアレンジのパーカッション・ミュージックは、聴きどころ満載。
通奏低音のように鳴り響くチャントをバックに、
野太い声が筋肉隆々のヴォーカルを聞かせる‘Krak-la’には胸を打たれました。

Akiyo "40 ANOS G.A.M.E" Mouvman Kiltirel Akiyo MKA008 (2018)
Akiyo "MASTODONT" Mouvman Kiltirel Akiyo MKA007 (2013)
Akiyo "DÉKATMAN" Déclic Communication 50491-2 (1995)
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ロック・ステディの雑多な歌謡性 フィリス・ディロン [カリブ海]

Phyllis Dillon  ONE LIFE TO LIVE.jpg

うわぉ、懐かしいですね。
ロック・ステディ時代に人気を博した、フィリス・ディロンの名盤が再CD化されましたよ。
とうの昔にCD化されていた名作ですけれど、
今回のCD化はオリジナルのトレジャー・アイル盤のジャケット・デザインを踏襲し、
当時のシングルから16曲を追加するという、
まさにフィリス・ディロンの決定盤といえるもの。

ジャケット写真の容貌こそ、
ジャマイカン・ソウル・クイーンといった風格を感じさせるフィリスですけれど、
その声は少女のようなキュートさで、ソウルフルというタイプではありませんね。
彼女がロック・ステディの代表的なシンガーとなったのも、
そんなキューティーな魅力が、歌謡性の強いロック・ステディという音楽と、
ベスト・マッチだったからでしょう。

ドン・ドラモンドの殺人事件を契機に、スカがジャマイカ音楽のシーンから忽然と消え、
66年を境にロック・ステディへと移ろっていったのは、
「ダンス音楽から歌ものへ」という変化を意味していたように、ぼくには思えます。
そしてロック・ステディの歌謡性は、その後初期レゲエがうまく回収できたからこそ、
ロック・ステディの流行はわずか3年という短い期間で終った、
という理解もできるように思うんですけれど、いかがでしょう。

フィリス・ディロンがロック・ステディの歌謡性をいかに体現していたかは、
彼女が取り上げたカヴァー曲を見るだけでも、まるわかりです。
ビートルズの‘Something’、バカラックの‘Close To You’ という王道ポップスに、
シュレルズの‘A Thing Of The Past’ などのアメリカのR&B、
スティーヴン・スティルスの‘Love The One You're With’ や
マリーナ・ショウの‘Woman Of The Ghetto’ といった、
ロック、ジャズの同時代ヒット曲、さらには‘Perfedia’ なんて、
古~いポップスまで歌っていたんですからねえ。

‘Perfedia’ は、グレン・ミラーやザビア・クガードといった楽団や、
ナット・キング・コール、ジュリー・ロンドンなど大勢の歌手がカヴァーしてきた
メキシコの作曲家アルベルト・ドミンゲスが作曲した名曲ですけれど、
フィリスのロック・ステディ・カヴァーは、
この曲の秀逸なヴァージョンとなりました。

‘We Belong Together’ のようなせつないメロディなど、
フィリスの甘い乙女ヴォーカルにもろハマリだし、
彼女自身のオリジナル曲‘Don't Stay Away’ は、
ロック・ステディ永遠の名曲ですね。

幅広な選曲の中には、フィリスに明らかに向いていない曲もあり、
マーリナ・ショウの‘Woman Of The Ghetto’ など、
頑張って歌ってはいるものの、彼女のカワイイ声質では、
迫力不足となるのもしかたありません。

そんな相性の良し悪しは、曲によりあるにせよ、
ロック・ステディという音楽が持つ雑多な歌謡性の中で、
フィリスがさまざまな表情を見せるところが、このCDの最大の聴きどころといえますね。
のちのレゲエの時代になると、
こうした雑味がきれいさっぱりとなくなってしまうから、なおさらです。

音楽面では、ボブ・マーリーのカヴァー‘Nice Time’ を
カリプソにアレンジしているところが、なんといっても最大の注目の的。
ジャマイカン・カリプソのメントではなく、
本格的なトリニダッド流儀のジャップ・アップ・スタイルのカリプソなのだから、
嬉しいじゃないですか。
トレジャー・アイルのハウス・バンド、
トミー・マクックとスーパーソニックスの演奏もパーフェクトな、
ジャマイカ音楽がもっとも歌謡に振り切れた時代の傑作です。

Phyllis Dillon "ONE LIFE TO LIVE" Doctor Bird DBCD021
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カソンケのマンデ・ポップ ジェネバ&フスコ [西アフリカ]

Djeneba & Fousco  KAYEBA KHASSO.jpg

マリ西部、カソンケ人グリオ夫婦のデビュー作です。

『カソ地方カイから』というタイトルにあるカソ地方とは、
17~19世紀にカイを中心に栄えたカソ王国の勢力範囲を指していて、
カソ王国は、現在のセネガルに及ぶ広範囲な地域を治めていました。

今ではカイやカソ地方というと、マリの西のはずれというイメージがありますけれど、
1880年にフランスが西アフリカに進出して植民地政府を築いた時には、
内陸部進出の拠点としてカイに首都が置かれ、
ダカール・ニジェール鉄道の建設が進められた中心地だったんですね。

植民地政府からフランス領スーダンと改称した後も、
カイはフランス領スーダンの首都であり続け、
バマコへは1904年になって遷都されたのでした。
カイという地名が、ソニンケ語で「雨季に水没する低湿地」を意味する語に
由来するとおり、セネガル川増水期には、カイまで船舶が航行できる
交通の要衝だったのです。

セネガルとモーリタニアの国境に近いカソ地方トゥコト生まれの夫ジェネバと、
カイ生まれの妻フスコは、12年に結婚したグリオの夫婦で、
フスコは、マリ帝国を築いた伝説の王スンジャタ・ケイタに仕えた最初のグリオ、
バラ・ファセケ・クヤテの直系子孫というのだから、たいへんです。

いきなりグリオの強力なヴォーカルが飛び出すかと思いきや、
冒頭の‘Regrets’ は寂寥感漂う穏やかなマンデ・フォーキーで、
ちょっとはぐらかされた気分。

続くレゲエ・アレンジの‘Kono’ は、ブリッジでリズムがチェンジして、
マンデらしいスローのメロディになるという面白い構成の曲で、
ここでも二人は、けっして声を張り上げたりはしません。
それでも、やはりグリオだなあとウナらされるのが、芯のある声。
大向こうな歌い方などけっしてしていないのに、
きりっとした押し出しの強い声が要所要所で響くのは、さすがです。

序盤は抑えた歌唱を聞かせるものの、
伝統曲が続く中盤あたりから徐々にギアを上げていき、
5曲目の‘Miniamba’ で、フスコがこれぞグリオの吟唱といえる歌声を聞かせ、
続く‘Djeliyaba’ では、ジェネバも本領を発揮した歌いぶりを聞かせます。

バックの演奏では、ヤクバ・コネのエレクトリック・ギターが断然光ります。
熱帯の夜を切り裂くような硬い音色に、胸が熱くなりましたよ。
アクースティックな音づくりが主流となって、
久しくこうしたエレクトリック・ギターが聞かれなくなっていたので、
70年代を思わすギター・サウンドに、思わず頬が緩みました。
マンディング・ギターらしいフレージングも、嬉しいですねえ。

ほかには、フランス人チェロ奏者の起用が話題になりそうですけれど、
それよりぼくが耳をそばだてられたのは、カソンケらしいパーカッションの起用。
クレジットには書かれていませんけれど、ドゥンドゥンゴやタマが聞こえてくるのは、
カソンケの音楽ならではですね。

特にカソンケ・ドゥンドゥンと呼ばれるドゥンドゥンゴは、
カソンケを象徴するパーカッション。
タマはセネガルのンバラでよく知られるトーキング・ドラムですけれど、
カソンケでもよく使われるのは、アビブ・コイテで知られている通りです。
ドゥンドゥンゴやタマは、同じマンデ・ポップでも
マリンケやバンバラでは使われることがないので、
カソンケのマンデ・ポップをアイデンティファイしているといえます。

Djeneba & Fousco "KAYEBA KHASSO" 438 Produtions 762602 (2017)
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コンテンポラリーR&B+ザディコ コリー・ブルッサード [北アメリカ]

Koray Broussard & Zydeco Unit.jpg

プリミティヴでハードエッジなケイジャン・ミュージックから急転直下、
今度はえらくナンパで、スタイリッシュなザディコであります。
耳ざわりのいいスムースなザディコなんてと、いつもなら背を向けるところなんですけど、
これは後を引くというか、また聴き返したくなって、繰り返し聴くうちに、
すっかりお気に入りになってしまいました。

ロウテル・プレイボーイズを率いた
伝説のザディコ・プレイヤー、デルトン・ブラザーズの孫で、
以前『クレオールの帰還』というアルバムを取り上げたこともある
ジェフリ-・ブルッサードを叔父に持つ、コリー・ブルッサード。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-05-15
やっぱり名門ブルッサード家の出身は、ダテじゃないんですねえ。

コリーのヴォーカルは線が細く、へなちょこと思えるほどなのに、
そんな弱点を補ってあまりあるのが、ソングライティングの魅力。
ありていにいえば、コンテンポラリーR&Bの影響大なメロディ・センスと
リフ作りのうまさということに尽きるんですけど、そのセンスは飛び抜けています。
王道のザディコでありつつ、こんなに洗練されたタッチの構成を持った楽曲は、
これまでのザディコにはなかったですよねえ。
コーラスのハーモニーは、まるでコンテンポラリーR&Bです。

ザディコの伝統音楽としての本質をきっちりと押さえながら、
一方で若い世代らしく、ごく自然に親しんできたR&Bを、
無理なく溶け込ませているところが実に自然体で、
取ってつけたふうじゃないんですね。
スムースでポップなザディコが素直に楽しめる秘訣も、そこにありそうです。

ジェフリーのドロドロのダウンホームなザディコも格別ですけれど、
コリーの洗練されたポップ風味も、いかにもイマドキらしくて、
まぎれもないザディコのアコーディオンのサウンドを、
キレよくクールに聞かせるところは、得難い個性です。

コンテンポラリーR&Bと無理なく溶け合った秀逸さでいえば、
セネガルのンバラの若手シンガー、ビライムくんと双璧ですね。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-05-18

Koray Broussard & Zydeco Unit "MORE TIME" no label no number (2016)
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ルイジアナ・クレオールのロッキン・ケイジャン ジョーダン・ティボドー [北アメリカ]

Jourdan Thibodeaux et Les Rôdailleurs.jpg

すげぇ!
こんなごりごりの伝統ケイジャンが今日び聴けるなんて、奇跡的に思えますよ。
しかも歌っているのが、まだ31歳という若手フィドラーで、
これがデビュー作だというんだから、応援したくなるじゃないですか。

プリミティヴなケイジャンの味わいをまき散らす、ジョーダン・ティボドーは、
ルイジアナ州セント・マーティン郡サイプレス・アイランドという町の出身とのこと。
セントマーティン郡といえば、アメリカ合衆国の郡の中でも、
もっとも多くのネイティヴ・フレンチ・スピーカーの住人が暮らす土地柄。
サウス・ルイジアナでは、
年々ケイジャン・フレンチを話す人口が減っていると聞きますけれど、
音楽ではこういう若手がちゃんと登場するんだから、
ケイジャンの伝統は、脈々と受け継がれているということですよね。

このデビュー作で歌われているのも、もちろんケイジャン・フレンチ。
べらんめえ調の粗削りなジョーダンのヴォーカルは、原石の輝きを放っていて、
痛快ですねえ。パンキッシュな歌いぶりも、ロックぽいニュアンスより、
荒くれ者のケイジャンの姿を投影しているかのよう。
やけっぱちに歌う‘T'as Fait Ton Lit’ なんて、
声色も変わってやぶれかぶれなエネルギーをほとばしらせ、
強烈なキャラクターを露わにしています。

ジョーダンのフィドルをバックアップしているのが、
セドリック・ワトソンのアコーディオンに、ギター、ベース、ドラムスの4人組。
シンプルで引き締まったサウンドの逞しさは、痛快至極であります。
セドリック・ワトソンは、ジョーダンの先輩にあたるケイジャン・フィドラーですけれど、
ここでは後輩のためにアコーディオンに専念していて、‘Pas Paré’ 1曲のみ、
ジョーダンとフィドル・デュオを繰り広げていますよ。

ギターとドラムスは、曲によりコンビが交替しますが、
ドラムスのひとりジェイ・ミラーは、アコーディオンの名職人ラリー・ミラーの孫だそう。
ラリー・ミラーといえば、「ボン・ケイジャン」のブランド名で知られる
ケイジャン・アコーディオンの製作者で、
ケイジャン・フレンチ・ミュージック・アソシエーションを設立した中心人物の一人です。
メンバーも、ケイジャンの伝統を背負ったツワモノが揃っているわけですね。

レパートリーも本格的で、‘Blues Reconnaisant’ では、
ザディコのベースとなった、手拍子と足踏みによるコール・アンド・レスポンスの歌ジュレを
取り入れています。ブラック・クレオールのディープなルーツまで踏み込むあたり、
ルイジアナ・クレオール文化を伝承する気概を感じさせるじゃないですか。

ロスト・バイユー・ランブラーズやブルー・ランナーズといった先輩に続いて登場した、
ロッキン・ケイジャンのエネルギッシュなニュー・スター。
ライヴで踊りたいですねえ。誰か日本に呼んでくださ~い!

Jourdan Thibodeaux et Les Rôdailleurs "BOUE, BOUCANE, ET BOUTEILLES" Valcour VALCD0042 (2018)
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