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やるせなく美しすぎる遺作 ラシッド・タハ [中東・マグレブ]

Rachid Taha  JE SUIS AFRICAIN.jpg

昨年9月12日、あと6日で還暦を迎えるはずだったラシッド・タハは、
天国からの唐突な呼び出しで、突然この世を去ってしまいました。
心臓発作だったというその訃報は、同い年のぼくにとって大きなショックでした。

もっとも、驚きの一方で、やっぱりという思いも、実はあったんです。
何年か前、ラ・キャラヴァン・パスのミュージック・ヴィデオに客演しているタハを観て、
その具合の悪そうな姿に、タハはもうダメなんじゃないのと思っていたのでした。
ベロンベロンに酔っぱらって、立ち姿もフラフラで、まるでアル中患者のようでした。

そんな姿を目撃していたので、突然の訃報も、酒の飲み過ぎで
内臓もボロボロだったんだろうなどと、勝手に決め込んでしまっていたのでした。
ところが、実はタハはもう二十年来、アーノルド・キアリ病という
難病と闘っていたということを、後になって知りました。

アーノルド・キアリ病は脳の奇形の一種で、
背髄空洞症を引き起こし、運動機能に障害をもたらす病気といいます。
平衡感覚を失い、よろけて歩くことも困難となり、手足の麻痺も重篤になるとのこと。
フラフラだったあのヴィデオはそういうことだったのか!
そんな姿をミュージック・ヴィデオであえて晒したタハの心境たるや、
いかなるものだったんだろう。

タハはなんとこの難病に、87年からずっと苦しめられていたのだそうで、
ソロ・シンガーとなる前からのことだったなんて、衝撃です。
そんなことも知らず、「酔いどれロッカー」などと誤解していたオノレの不明を恥じました。

タハが最後に残したアルバムはすでに完成していて、まもなく遺作としてリリースされると
聞いていましたが、『オレはアフリカ人』という挑発的なタイトルのアルバムが届きました。
バルカン、地中海サウンドをミクスチャーしたシャンソン・パンク・バンドの
ラ・キャラヴァン・パスのリーダー、トマ・フェテルマンと二人三脚で制作したアルバムで、
トマがプロデュース、共作、アレンジを務めています。

「あんたはもうすぐ60になるんだ。オレはあんたがいつまでも叫んだり、
飛び跳ねたりするのを望んじゃいないよ。
オレは一緒に‘オリエンタル・パンク・クルーナー’のアルバムが作りたいんだ」と
トマは、タハに言ったといいます。
まさしくそんな「オリエンタル・パンク・クルーナー」を体現してみせた本作、
こんなにやるせなく歌うタハがこれまであったでしょうか。
すでに死期を予感していたのか、最後の生を燃やし尽くすような
エネルギーをほとばしらせながら、シニカルとユーモアでまぜっかえす男の照れに、
もう泣かずにはおれないじゃないですか。

こちらの思い入れが加わっているからとはいえ、これほど美しい遺作があるでしょうか。
タハより20歳も若いトマは、手足が麻痺し、
歌詞を書き留めるボールペンを持つこともできず、
ヘットフォンを付けることもできなくなったタハのそばに寄り添い、
曲作りをして完成させたというエピソードを読んだときは、もう号泣してしまいましたよ。

「オレたちすべてアフリカン」とマニフェストを掲げた本作のジャケット内には、
マルコムX、バラク・オバーマ、ネルソン・マンデーラ、フランツ・ファノン、
エメ・セゼール、ジミ・ヘンドリックス、カテブ・ヤシーヌ、ジャック・デリダ、
ボブ・マーリーなどなど、大勢の著名人たちの似顔絵が並んでいます。

タハ自身が影響を受けてきたであろうそれらの人々に謝辞を述べて、
最後の別れを告げたこのアルバム、その幕引きの見事さに、
タハ、あっぱれというほかありません。

Rachid Taha "JE SUIS AFRICAIN" Naïve M7062 (2019)
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