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成熟したアフロ・エレクトロニック・ミュージック ピエール・クウェンダーズ [中部アフリカ]

Pierre Kwenders  JOSE LOUIS AND THE PARADOX OF LOVE.jpg

ピエール・クウェンダーズにノック・アウトを食らったのが、ちょうど5年前。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2017-10-08
コンゴ・ルンバレーズをベースにしたエレクトロニック・ミュージックに、
アフリカ音楽の可能性を見た思いがして、めちゃカンゲキしたんですけど、
世間的にはまったく話題になりませんでした。
古くからのアフリカ音楽ファンの反応も冷淡で、う~む、遺憾なり。

3作目となる新作は、じっくりと聞かせる、落ち着きのある内省的な曲が増えましたね。
衝撃的な前2作と比べて、一聴地味に感じますが、サウンドは成熟しましたよ。
ダンス・チューンでは、前作に続いて参加のテンダイ・マライレがプロデュースした
‘L.E.S. (Liberté Égalité Sagacité)’ ‘Papa Wemba’ で、新しい試みが聞けます。
この2曲って、クーペ=デカレだよね。

1曲目の ‘L.E.S. (Liberté Égalité Sagacité)’ は、
フランスの国是「自由、平等、友愛」を「自由、平等、慧眼」に変えているんですけれど、
これ、コート・ジヴォワールのクーペ=デカレの代表的シンガー、
故ドゥク・サガの05年の大ヒット曲 ‘Sagacité’ を参照しているんじゃないのかな。

シンセ・ベースのリフにパーカッションの生音が絡み、
やがてシンセが何層にもレイヤーされて、ゆるやかなグルーヴを巻き起こし、
壮大なサウンドスケープへと発展していく、9分半におよぶ長尺曲なんですが、
イントロが ‘Sagacité’ と同じ作りなんですよね。BPMは落としているけど。
ほかにもずばり‘Coupe’ なんて曲もあるし、
クーペ=デカレへのオマージュは確かでしょう。

ちなみにテンダイ・マライレは、コンゴ系アメリカ人ギタリストのフセイン・カロンジとの
ヒップ・ホップ・デュオ、チムレンガ・レジスタンスで活躍するラッパー。
フセイン・カロンジも参加していて、先の2曲ではキレたギターを披露しています。
ところで、テンダイ・マライレが、ジンバブウェのンビーラの巨匠、
ドゥミサニ・マライレの息子だって、知ってましたか? そう、故チウォニーソの弟ですよ。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2013-07-27
オリヴァー・ムトゥクジの娘で歌手のセルモル・ムトゥクジと結婚して、
セルモルのアルバムをプロデュースもしています。

ンビーラの反復フレーズに聖歌隊のコーラス、
優美なストリングスがブレンドされたラストの ‘Church’ まで、
多様な音楽を丁寧な手さばきで織り上げたタペストリーのような作品。
そのクリエイティヴィティに、アフリカ音楽の未来がはっきり見えますよ。

Pierre Kwenders "JOSE LOUIS AND THE PARADOX OF LOVE" Arts & Crafts Productions AC205CD (2022)
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更新されたエチオピアン・ポップ アスニ・ズバ [東アフリカ]

Asne Zuba  EFOY.jpg

エチオピア音楽レーベル、ナホンの新作CDを手にしたのは、いつ以来だろう。
もう記憶にもないくらいだから、5年以上は手にしていないはず。
それもそのはず、アメリカではデジタル・リリースのみになってしまったからで、
CDはいまやエチオピアでしか生産されていません。

エチオピアから届いたナホンの新作、アスニ・ズバなる男性シンガーのアルバムで、
VOL.1 とあるのは、デビュー作ということでしょうか。
経歴はわかりませんが、本作はレゲエを中心としたポップスを歌っています。
フォークロアなエチオピア色はないものの、コンテンポラリーなサウンドのなかに、
ほんのりとしたエチオピアらしさが感じられます。
新時代のエチオ・ポップといった佇まいがいいですね。

4曲目の‘Worku Kan Fikatu’ なんて、洗練されたサウンドにティジータのメロディが、
ふわっと香ってくるようなパートがあったりして、新しさをおぼえます。
こういう<さりげなさ>って、これまでのエチオピア音楽にはありませんでしたよね。
アクの強い<エチオピーク>の時代を思うと、ずいぶん遠くにきたもんだ。

プロダクションもすっかり良くなりましたねえ。
ナホンといえば、打ち込み主体の低予算プロダクションがお決まりだった時代が
長く続きましたけれど、すっかり見違えました。

作曲陣4人のなかに、エチオ・ロック・バンド、ジャノのギタリストで
音楽監督のマイケル・ハイルがいるのが、気になりました。どの曲を書いたんだろう。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2018-03-21
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2013-07-03

キレのある歌いぶりを聞かせたかと思えば、
粘っこくも歌えるし、さらりと歌うこともできる。
曲の表情に合わせて自在な歌いぶりを聞かせる、アスニのヴォーカルが魅力。
語尾につける独特のヴィブラート使いや、こぶし回しもうまいし、
R&B、ラガマフィン、さまざまなサウンドに柔軟に対応できる人です。
全16曲、収録時間69分強は、詰め込みすぎにも思うけれど、
新人らしいイキオイが伝わってくる力作です。

Asne Zuba "EFOY" Nahom no number (2022)
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エチオ・ジャズ・フロム・LA キブロム・ビルハネ [東アフリカ]

Kibrom Birhane  HERE AND THERE.jpg

ロス・アンジェルスからエチオ・ジャズのアルバムが届きました。

トランペット奏者のトッド・サイモン率いるエチオ・ジャズ・バンド、
エチオ・カリのキーボーディスト、キブロム・ビルハネのリーダー作です。

エチオ・カリのゆいいつの作品である、14年に出たライヴ録音のカセットでは、
キブロム・ビルハネは不在でしたけれど、新世代ジャズ・ファンが注目しそうな
カマシ・ワシントン、マーク・ド・クライヴ=ロウ、
ヴァルダン・オヴセピアンなんてメンツが参加していました。
ただ残念なことに、エチオ・カリはまだスタジオ録音がないんですよね。

キブロム・ビルハが、エチオ・カリに先んじてスタジオ・アルバムを出したわけなんですが、
エチオ・カリからサックスのランダル・フィッシャー、ギタリストのナダヴ・ペレド、
パーカッションのカヒル・カミングスの三人が参加しています。
エチオピア人メンバーは、8・9・10曲目でベースを弾く、
アディス・アベバで売れっ子のベーシスト、ミスガナ・ムラットだけのようですね。

オーヴァーダビングなしの一発録りのレコーディングだそうで、
きっちりリハーサルを積んだことがわかる、しっかりとしたアンサンブルを聞かせます。
バンドキャンプの紹介には、
「エチオ・ジャズとスピリチュアル・ジャズの融合」なんて書かれていますが、
何を指して「スピリチュアル・ジャズ」と称するのか、意味不明。
スピリチュアルを名乗るような攻撃的、ないし瞑想的な演奏はなく、
いたって標準的なムラトゥ・アスタトゥケ直系のエチオ・ジャズが展開されていて、
アメリカ人が聞き慣れないエチオピア音楽の旋法に、
「スピリチュアル」と誤読してるだけとしか思えません。

というのも、ヨーロッパと違って、アメリカの音楽ジャーナリズムでは、
エチオピア音楽に無知丸出しな記事をちょくちょく目にするからで、
本作のレヴューでも、‘Weleta’ を「アフロ・ラテン」だとか、
「ボサ・ノーヴァの影響」(リム・ショットにボサ・ノーヴァを連想する悪癖)なんて
書いていたりするから、ヒドイもんです。勉強して出直してこーい!

というわけで、ジャケットこそ、サン・ラを思わすコズミック/サイケ趣味の
アートワークですが、内容はスピリチュアルともサイケとも無縁な、
オーソドックスなエチオ・ジャズ。
キブロムは鍵盤だけでなく、クラールも弾いていて、歌も歌っています。

アフロビートのニュアンスを加えた‘Merkato’、ソウル・ジャズ風味の‘Maleda’、
キブロムがヴォコーダーを駆使したエチオ・ファンク仕立ての‘Tinish Tinish’ など、
さまざまなアイディアを施しているのも楽しめますね。

キブロムは、19年10月6日、アディス・アベバで開催された
アディス・ジャズ・フェスティヴァルに招聘され、ハイル・メルギア、サミュエル・イルガ、
ケイン・ラブ、アレマイユ・エシュテといったアクトとともに演奏を行っています。
そのときのメンバーを見たら、ぼくが注目しているギターのギルム・ギザウがいて、
嬉しくなってしまいました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2017-03-04

歌手中心のエチオピア音楽シーンでは、
なかなか活躍の場が少ないエチオ・ジャズだけに、
こういうアルバムが登場するのは、嬉しい限りです。

Kibrom Birhane "HERE AND THERE" Flying Carpet no number (2022)
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カメレオンなキャラクター オボンジェイアー [ブリテン諸島]

Obongjayar.jpg

リトル・シムズやギグス、パ・サリュの新作など、
各方面からひっぱりだこという注目のUK新人、まずその名前に惹かれました。

オボンジェイアーって、ぜったいナイジェリア人でしょ。
と思ったら案の定で、本名スティーヴン・ウモー。
ナイジェリア南東部クロス・リヴァー州カラバール育ちで、
17歳でイギリスへ渡り、本格的に音楽活動を始めるにあたって、
父親の名前にちなんで jayar をとり、地元の王様を指す obong を接頭辞につけ、
ステージ・ネームにしたんだそうです。

オボンというのはイボ人の伝統的首長(王)のことだから、
ウモーはイボ人なのかな。カラバール育ちということは、イビビオ人かも。
イビビオ人の母のもとロンドンで生まれた女性シンガー、
イーノ・ウィリアムズのバンド、イビビオ・サウンド・マシーンなんて例もあるしね。

R&B、ヒップ・ホップ、アフロビート、ダブ、ベース・ミュージックが混然一体となった、
エッジの利いたサウンドが強烈で、これがいまのロンドンの最先端なんでしょうか。
ゲストのヌバイア・ガルシアのサックスが、ここぞというスペースを与えられて、
際立って聞こえるところも、アルバムのハイライトになっていますね。
作り込まれたプロダクションが、複雑なテクスチャを持っていて、
こんな音がここに配置されていたのかと、聴くたびに新しい発見があります。

リヴァーブのかかったふくよかなシンセ、キラキラ音のエレクトロ、飛び道具のようなEQ、
妖しくうごめくシンセ・ベース、サンプリング・パーカッションの生っぽい響き、
不吉なドリル・ビートなどなど、アルバム全体はリリシズムに富んだ
優美なサウンドで占められているものの、随所で不穏や怒りが顔をのぞかせます。

カメレオンのようなサウンドを凌駕するのが、オボンジェイアーのヴォーカルとラップで、
甘いファルセットで歌ったり、温もりのある柔らかな声でソフトな唱法をする一方、
ダミ声でピジン・イングリッシュを歌ってみたり、
粗削りな声でラップするざらりとしたフロウなど、
両極端に振れた声を、巧みに使い分けています。
パーカッシヴなディクションにも、耳を奪われますね。

波打つようなメロディや、レイヤーされたサウンドにのる、
豊富なヴォキャブラリーのヴォーカルに、ただただ感心するばかり。
洗練と野性、硬質なのに甘美といった両極端が、無理なく同居している不思議さ。
ヴォーカル、サウンドともにカメレオンのようなキャラクターは
とても謎めいていて、惹かれずにはおれない音楽です。

Obongjayar "SOME NIGHTS I DREAM OF DOORS" September Recordings SEPCD008 (2022)
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エネルギッシュなアフロ・ジャズ・ファンク ピーター・ソムアー [西アフリカ]

Peter Somuah.jpg

ガーナ人ジャズ・トランペッターのデビュー作が、オランダから登場。

ピーター・ソムアーは、マイルズ・デイヴィス、クリフォード・ブラウン、
フレディー・ハバード、ロイ・ハーグローヴの影響を受けて、
トランペットを学んできたという俊英。
ガーナで出会ったオランダ人のガールフレンドを追いかけてオランダへ渡ったらしく、
ロッテルダムのアート・スクールでジャズを学ぶかたわら、地元ミュージシャンたちと
ジャズ・セッションを重ね、自己のセクステットを結成したといいます。

このグループで昨年、新進気鋭のジャズ・ミュージシャンに贈られる
エラスムス・ジャズ賞を受賞して、スポンサーから3000ユーロをゲット。
それが今回のデビュー作につながったようですね。

テナー・サックス、キーボード、ベース、ドラムス、パーカッションによるセクステットは、
ピーター以外全員白人で、メンバーの名前から察するに、全員オランダ人のようです。
70年代クロスオーヴァー時代を思わせるジャズ・ファンクに、
ガーナの伝統リズムとヒップ・ホップを乗り入れたサウンドと表現すればいいのかな。
今日びアフロビートやハイライフではなく、こういうアフロ・ジャズ・ファンクを聞かせる
グループというのは珍しく、かえって新鮮に響きますね。

オープニングのタイトル曲から、
アンサンブルが一丸となって突進していく熱量が高く、スリリング。う~ん、燃えますねえ。
テナー・サックスのジェシー・シルデリンクの、
主役を食ってしまうようなブロウには手に汗握ります。
2曲目の‘Appointment’ は、冒頭アフロビートでスタートするものの、
一転ラテン・ジャズにスイッチして熱く盛り上がり、
終盤はギクシャクしたリズムに変わってエンディングとなる、面白い構成の曲。
ライナーによると、最後のリズムはエウェ人のアバジャを使ったそうです。

ガーナの伝統音楽は、短いインタールードの4曲目で聴くことができ、
ガ=アダンベ人の伝統ダンス、フメ・フメを
パーカッション・アンサンブルが演奏しています。
優雅なジャンプとキックを組み合わせたフメ・フメは、
ガ=アダンベ人のさまざまな社交の場で演じられてきたダンスですね。
70年代にムスタファ・テディ・アディが、
ガのリズムにコート・ジヴォワールのリズムをミックスして
コンテンポラリーな伝統ダンスへと刷新し、広く知れ渡るようになりました。

ゲストでギターとフルートが参加する曲があるほか、
ガーナ人ラッパーのデラシと、ロンドンで活躍する香港育ちのネパール人ラッパー、
アマズミをフィーチャーした曲もあります。
全体にセブンティーズぽいオールド・スクールなサウンドで、
新世代ジャズのニュアンスはないのに、すごくイマっぽく聞こえるのは、
サンダーキャットに通ずる魅力があるような気もしてきますね。
適度にラフな演奏が好ましく、
ライヴ感たっぷりのエネルギーを音盤に刻み込んだ傑作です。

Peter Somuah "OUTER SPACE" Dox DOX617 (2022)
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グロウン・フォークス・ミュージックの帝王 アヴェイル・ハリウッド [北アメリカ]

Avail Hollywood.jpg

これぞ、サザン・ソウル!
黒汁ほとばしるディープな歌声に、もう身悶えするしかありません。
ブルージーで味のあるヴォーカル、う~ん、めっちゃ好みだわ~。

アヴェイル・ハリウッドことクリストファー・エステルは、
83年、テキサス州テクサーカナ生まれ。
父親がゴスペル・グループのギタリストで、二人の姉妹とともに、
5歳から教会で歌ってきたゴスペル育ちのシンガーだそう。
その歌声を聴けば、ゴスペル育ちであることはイッパツでわかりますけれど、
面白いのは、教会では歌手としてよりも、ドラマーとして活躍していたのだそう。

95年にギタリストの父と二人の姉妹の歌手を含むゴスペル・グループ、
シェイズ・オヴ・エボニーのドラマーとしてプロ入りし、
98年にウィリー・クレイトンのレーベル、クレイタウンと契約しています。
ステイプル・シンガーズみたいなグループだったんですかね。

このほか、同郷のテクサカーナのシンガー、カール・シムズや
ドニー・レイのドラマーとしても活躍。
00年にシェイズ・オヴ・エボニーが解散すると、
メンバーだった妹ロレイン・エステルのソロ・アルバムなどのプロデュース業を経て、
自身のレーベル Nlightn を09年に立ち上げ、歌手デビューしています。

ユニークなステージ・ネームは、子供の時に見たエルヴィス・プレスリーのポスターに、
「プレスリー、ハリウッドで発売中」を見て、ひらめいたんだそう。
アヴェイルは、avaiable を縮めたものなんだね。

これまでに、かなりの数のアルバムをリリースしているようなんですが、
ぜんぜん気付かなかったなあ。
昨年出た本作は、ギャングスタ・ラップのアルバムかとみまがう表紙ですけれど、
ナカミは生粋のコンテンポラリー・サザン・ソウル。
ナレーションをフィーチャーした、
ヒップ・ホップ世代のサザン・フィール溢れるタイトル曲に、
調性の狂った転調をする‘Chocolate Hennessey’ など、非凡な意外性もあります。

アヴェイルが「グロウン・フォークス・ミュージックの帝王」と
呼ばれているという記事を読んで、
グロウン・フォークス・ミュージックというタームを、初めて知りました。
「成熟した大人のための音楽」とは、アダルト・オリエンテッドR&Bと同義語でしょうか。

Avail Hollywood "MISSISSIPPI RIVER" Nlightn no number (2021)
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ソウルおやじ クライド・アンソニー [北アメリカ]

Clyde Anthony  IT’S TIME.jpg

ひさしぶりにインディ・ソウルをいろいろと買ってみました。
クライド・アンソニーという名前は初耳ですが、
インナーには、アーチー・ベル&ザ・ドレルズに8年間在籍したと書かれてあります。
ネットをチェックするも、この人の情報、ぜんぜんないですねえ。

真っ赤な表紙には、恰幅のいいご本人が、
「どっからでもかかってきなさい」式ポーズできめていて、
なるほどヴェテランらしい風格を醸し出しています。
いかにも歌えそうオヤジって感じなんですが、
じっさい歌えるオールド・スクールなソウル・シンガーなんですよ、この人。

プロダクションは、インディ制作ゆえのボトムのウスっぺらさという粗もありますが、
スムースなサウンドと、力量のあるヴォーカルに引き込まれて、
プロダクションの弱さはあまり気になりません。

なにより特筆できるのが、楽曲の良さですね。
ヴァラエティがあり、スローもミッドも丁寧に作り込まれた曲ばかりで、リズムも多彩。
ライナーには、多くの歌手やグループに曲やアレンジを提供してきたとあるので、
本作の曲もクレジットはありませんが、クライド自身が手がけたものなんでしょう。

ソウルフルなヴォーカルばかりでなく、
スムース・ジャズ調のサウンドの‘Happy People’ では、
スウィートな歌い口を聞かせるなど、コンテンポラリーにもフィットするシンガーですね。
ライト・ファンクな‘It's Time’ もいい感じ。
ファルセット使いも巧みですよ。

華々しいR&Bシーンのレトロ・ソウルとは別世界にあるインディ界ですが、
こういう現在進行形ソウルの良作を見つけ出すのも、また楽しみなのであります。

Clyde Anthony "IT’S TIME" Capricorn 13 HTMN57860 (2021)
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声の豊かな質感 エラ・メイ [北アメリカ]

Ella Mai  HEART ON MY SLEEVE.jpg

歌い出しの第一声に、ゾクゾクッ。
爆発的ヒットを呼んだデビュー作から4年を経て出た、エラ・メイの2作目。
あのデビュー作には、いささか不満もあったんですが、
本作は1曲目の‘Trying’ の歌唱から、グイグイ引き込まれました。

エラ・メイの声には、豊かな質感がありますよね。
声が立って聞こえるのは、そういうことでしょう。
デビュー作にあった幼さが消えて、本作では発声の強弱を絶妙にコントロールした、
弾力のある歌いぶりを聞かせてくれます。

呼吸するように軽やかにメゾ・ソプラノで歌ったり、
アルト・ヴォイスでわざと平坦に歌ってみるなど、
多彩なヴォーカル表現を披露していて、どのような歌いぶりでも、
ディクションがめちゃくちゃいいのが、エラのスゴさですね。

デリケートに作り込んだプロダクションも、実に充実しています。
今作ではトラップのリズム・トラックを後退させ、
アクースティック・ギターやピアノ、ヴァイオリンなどの生音を前面に出しています。
レイヤーされたシンセやコーラスが、たゆたうサウンドスケープをかたどっています。
深夜のベッドルームで聴くのにふさわしく、センシュアルなサウンドは濃密で、
部屋の四隅まで甘美な音塊が満たされていくかのよう。

バウンシーなビートとクラッシュ音を組み合わせた曲を配置したり、
808を使ったとおぼしきスロー・ジャムをはさんだりと、
アルバムに起伏を与えています。

カーク・フランクリンと聖歌隊をフィーチャーした曲では、
カークが説教するパートがあるなど、1曲のなかにさまざまな物語が落とし込まれていて、
一篇の短編小説を読むような曲づくりに、ソングライターとしての成長も感じます。

参加ゲストでは、ロディ・リッチやラトーの起用は成功していますが、
メアリー・J・ブライジは疑問だなあ。
エラ・メイとの相性が良い相手とは思えず、メアリーも所在なさげで、
これはキャスティング・ミスだったんじゃないかしらん。

ジャケットのアートワークが断然いいターゲット盤の方を買ったんですけれど、
中身を聴いてみたら、通常盤のアートワークの方が内容に合ってますね。
ちなみに今回のターゲット盤は、通常盤と同じ曲数で内容は同じです。
違いはアートワークだけなので、念のため。

Ella Mai "HEART ON MY SLEEVE Target Exclusive version" 10 Summers/Interscope B0035562-02 (2022)
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パパ活女子ジャズ、やめました アンドレア・モティス [南ヨーロッパ]

Andrea Motis  LOOPHOLES.jpg

アルバ・カレタの新作の記事を書いた時に、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2022-05-25
同じカタルーニャ出身で、同い年の女性トランペッターのアンドレア・モティスに
ちらっと触れましたけれど、その時はまだ、この新作を聴いていなかったんです。
まさかアンドレアが、こんなバリバリの新世代ジャズをやるなんて!

だって、アンドレアって、手垢にまみれたスタンダード・ナンバーを歌ったり、
コマーシャルなブラジル音楽で売っていた人だよねえ。
ジャズ・オヤジを転がす商売上手なパパ活女子、なんて目で見てたもんだから、
別人のようなエレクトリック・ジャズぶりには仰天。いやぁ、見直しましたよ。

ドラムスにグレゴリー・ハッチンソン、キーボードにビッグ・ユキを起用しているんだから、
そっからして、これまでのインパルスやヴァーヴのコマーシャル路線とワケが違うのは、
容易に想像つきます。

のっけから、トトー・ラ・モンポシーナが歌っていた
クンビアの‘El Pescador’ が飛び出すんだから、ノケぞりますよ。
トトーの代表作“LA CANDELA VIVA” でおなじみの曲です。

Totó La Momposina  LA CANDELA VIVA.jpg

この人、これまでクンビアなんて歌ったことなんて、あったっけか !?
ほかにもカタルーニャ語で歌っていたりして、
カタルーニャ人のアイデンティティを表明したのも、これが初なのでは。

グラスパーの影響を思わせるネオ・ソウルもあれば、
タイトル曲のような、もろエレクトリック・ジャズを展開するトラックもあり。
マンドリン伴奏から、シンセのオーケストレーションへとダイナミックに変化して、
ヴァイオリン・ソロが展開するスパニッシュな曲まで、内容は実に多彩です。

パパ向け需要をネラったスケベ根性が透けてみえる日本盤ジャケットより、
上に掲げたオリジナル・ジャケットの方が、断然いいと思います。
本人がせっかく、パパ活女子ジャズをやめたんだからさ。

Andrea Motis "LOOPHOLES" Jazz to Jazz AMCD001 (2022)
Totó La Momposina Y Sus Tambores "LA CANDELA VIVA" Realworld CDRW5671 (1993)
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スマートな新世代クレオール・ジャズ クレリヤ・アブラハム [カリブ海]

Clélya Abraham  LA SOURCE.jpg

マルチニークやグアドループから、
クレオール・ジャズの若手が、ぞくぞく登場しますね。
出身はマルチニークやグアドループでも、
そのほとんどがフランスの音楽学校で勉強して、パリで活動しているせいか、
ビギン・ジャズ世代のような、地元のダンス・ホールで鍛え上げた現場感はなく、
国際標準の現代的なジャズを聞かせるスマートさが特長といえます。

グアドループ出身のピアニスト、クレリヤ・アブラハムも、そんな一人。
20年にベーシストの兄ザカリー、ヴォーカリストの妹シンシアと、
アブラハム・レユニオンのユニット名でアルバムを出していますが、
今作がソロ・デビュー作。
フランス白人のギタリストとベーシストに、マルチニーク出身のドラマー、
ロラン=エマニュエル・ティロ・ベルトロのカルテット編成で聞かせてくれます。

ティロ・ベルトロは、グレゴリー・プリヴァの16年作“FAMILY TREE” で叩いていた人。
グザヴィエ・ベランのアルバムでも活躍していましたよね。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2021-03-11
18年にグレゴリーと来日したときの、シャープで軽妙なドラミングが忘れられません。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2018-01-22

オープニングは、ミナス・サウンドを思わせる浮遊感あふれる変拍子曲で、
柔らかなスキャットもフィーチャーして、いやぁ、ワクワクしちゃうなあ。
4曲目も1曲目と同じテイストのトラックなんだけど、
これ、音だけ聴いたら、ブラジル人ジャズにしか聞こえないでしょう。

そして2曲目は一転、ビギンですよ。
こんなオーセンティックなビギンを若手ジャズ・ミュージシャンがやるのは、
いまどき貴重。ティロ・ベルトロが、本場もんのビートを繰り出します。

アルバムゆいいつの他人曲の3曲目は、クレリヤが歌うヴォーカル・ナンバー。
この曲のリズムは、なんとマロヤですよ。
こんなところにも、レユニオンとフレンチ・カリブのパリ・コネクションが現れていますね。
フランス海外県同士の交流は、グローバル時代になって登場した新現象で、
ビギン・ジャズ世代にはなかったものです。

ビギンやマロヤなどの伝統リズムを参照するのも、
ブラジル音楽を参照するのも、まったく等価で行われているのが、新世代らしいところ。
変拍子を多用して、内部奏法まで繰り出すラスト・トラックなど、
かなり攻めているんだけれど、演奏の仕上がりは、どこまでもスマート。
ポップ・センスに富んだ、ハイブッドなサウンドが嬉しい一枚です。

Clélya Abraham "LA SOURCE" Le Violon D’Ingres CLA0222 (2022)
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サボール+リディム ハヴァナ・ミーツ・キングストン [カリブ海]

MISTA SAVONA PRESENTS HAVANA MEETS KINGSTON.jpg   MISTA SAVONA PRESENTS HAVANA MEETS KINGSTON PART 2.jpg

オーストラリア人プロデューサーが企画した、
キューバとジャマイカのヴェテラン・ミュージシャンによる
コラボレーション・プロジェクト、「ハヴァナ・ミーツ・キングストン」
(英文のため、「ハバナ」は英語でカナ表記)の新作。
続編が作られるとは予想だにしていなかっただけに、嬉しいリリースです。

5年前の前作は、サウンドトラックと聞いてたんですが、
とうとう日本では映画は公開されず、ガッカリ。観たかったなあ。
それにしても前作は、ほとんど話題にもなりませんでしたよね。
「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」の過大評価に比べて、
こちらの冷遇ぶりはなんだよと、ちょっとフンガイしたもんです。

音楽的な実りでいったら、「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」より
はるかに豊かな成果のあったプロジェクトだというのにねえ。
レゲエのリディムと、ソンのサボールがこれほど見事に溶け合うなんて、
いや、想像のはるか上をいってましたよ。

それなのに、時代の運に恵まれなかったというか、
そもそも「ブエナ・ビスタ…」が波に乗りすぎていたというか。
前作を記事にしそこねた悔いが残っていただけに、
新作が出ると聞いて、今度こそ書かなきゃと、心に決めていたのでした。

キューバとジャマイカという同じカリブ音楽ながら、水と油といってもいいほど、
その音楽性も、歴史も、美意識も、なにからなにまで違う両者を引き合わせて、
見事融合に成功させたプロジェクトは、高く評価してしかるべきもの。
キューバとジャマイカの出会いでいえば、
スカ・クバーノという試みも過去にはありましたけれど、
アイディア勝負的なコンセプトにとどまらない深さが、このプロジェクトにはあります。

前作の、‘Chan Chan’ ‘Candela’ ‘El Cuarto De Tula’といった
ブエナ・ビスタでおなじみのソンのナンバーをレゲエ化したり、
ボブ・マーリーの‘Positive Vibration’ をキューバ風味に仕上げたりと、
キューバ音楽とジャマイカ音楽を相互乗り入れするアプローチは、今回も同様。
新作では、冒頭からいきなりナイヤビンギを混ぜ合わせたガンボぶりが美味。
こういうミクスチャーって、ニュー・オーリンズのクレオール流儀を感じません?

前作は、サボール感を溢れさせたヴォーカル・トラックが多めでしたけれど、
今回はラガマフィンに寄せたトラックが多いような。
ホーン・セクションを加えてゴージャスに仕上げた曲もあるなど、
前作と微妙に趣を変えているところが妙味です。
キューバとジャマイカを絶妙にバランスさせたプロデューサー、
ミスタ・サヴォーナの手腕に感服します。

聴きものは、やっぱりトリオ・マタモロスの代表曲‘Lágrimas Negras’ かな。
キューバ名曲中の名曲「黒い涙」が、かくも違和感なくレゲエになるのかという
驚きのアレンジで、原曲とは表情を変えたジャジーさにモダンなセンスをみせつつ、
どう料理しようとも変わらないメロディの哀歓に、あらためて感じ入りましたねえ。

最後に、ちょっと気になったのは、
裏ジャケットのハバナのストリートで撮ったメンバーの集合写真。
これ、前作のインナー・スリーヴに見開きで載っていた写真と同じだよねえ。
これだと前作を持っている人は、
今作は新録じゃなくて、前作のアウトテイク集と誤解しちゃうんでは。

VPからクンバンチャにレーベル移動しても、
ジャケットのアートワークに連続性を持たせたのは正解だったけど、
前作の写真の使い回しは、配慮に欠けたんじゃないかしらん。

v.a. "MISTA SAVONA PRESENTS HAVANA MEETS KINGSTON" VP VP4219 (2017)
v.a. "MISTA SAVONA PRESENTS HAVANA MEETS KINGSTON PART 2" Cumbancha CMBCD156 (2022)
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ントゥの精神で ンドゥドゥーゾ・マカティーニ [南部アフリカ]

Nduduzo Makhathini  IN THE SPIRIT OF NTU.jpg

Ntu(ントゥ)。
南ア・ジャズのピアニスト、ンドゥドゥーゾ・マカティーニの新作タイトルに、うむむむ。
ひさしぶりにお目にかかったなぁ、このワード。

ントゥとは、アフリカ思想における重要キーワード。
アフリカの口承文化の研究を通じてアフリカの哲学を体系化した、
ルワンダの哲学者アレクシス・カガメ(1912-1981)が、提唱した概念です。
ントゥとは「力」を意味します。この世に存在する万物すべてに普遍的な力があり、
存在そのものを意味するものと、カガメは説明しています。

ントゥが備わる存在を、ムントゥ(知性を与えられた神々や人間)、
キントゥ(動植物や鉱物などの事物)、クントゥ(言葉やリズムに象徴される様相)、
ハントゥ(事物を生起させ配列する空間と時間)の4つに分類して、
カガメはアフリカ人の思想と世界観を解き明かしました。

ヤンハイツ・ヤーン  アフリカの魂を求めて.jpg

カガメの哲学を広く世界に知らしめたのが、ドイツ人アフリカ文学者の
ヤンハイツ・ヤーンの『アフリカの魂を求めて』です。
ぼくが高校3年の時にこの本が出て、
ちょうど音楽や美術を通じてアフリカへの関心を高めていた時だっただけに、
強烈に影響されたんですよ。あまりに影響を受けすぎて、
のちに弊害すらおぼえることとなった、ぼくにとってのアフリカの教科書です。

この本との出会いをきっかけに、
バジル・デヴィッドソン、マルセル・グリオール、エヴァンズ=プリチャードなど、
アフリカ史や民族誌をかたっぱしから読み漁るようになったんでした。
その昔、もっとも影響を受けた本という質問に、
和辻哲郎の『風土』とともに、『アフリカの魂を求めて』を挙げたことをおぼえています。

はや聴く前から、タイトルだけで盛り上がってしまいましたけれど、
『ントゥの精神で』と名付けられた新作、いやぁ、すごい力作じゃないですか。
ンドゥドゥーゾが追及するスピリチュアルな南ア・ジャズを、また一歩深めましたね。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2020-05-31

前作とはメンバーをがらりと代え、ゲストのアルト・サックスのジャリール・ショウと
ヴォーカリストのアナ・ヴィダワー以外、
すべて南アの若いミュージシャンを起用しています。
マブタやアッシャー・ガメゼなどで活躍するトランペットのロビン・ファッシー=コックに、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2018-05-06
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2021-02-05
今月新作が発売されるテナー・サックスのリンダ・シカカネが参加していますよ。

ピアノの左手とヴィブラフォンが反復フレーズをひたすら繰り返し、
ドラムスとパーカッションが緻密なポリリズムを組み立てる
オープニングの‘Unonkanyamba’ は、
テナー・サックス、ピアノ、トランペットが出入りして即興をする疾走感溢れるトラック。
ンドゥドゥーゾの右手がパーカッシヴな和音でアグレッシヴに迫ったり、
散発的なフレーズを組み立てたりと、アブドゥラー・イブラヒムゆずりのプレイを
聞かせていて、頬がゆるみます。これぞ南ア・ジャズのピアノでしょう。

情熱的な‘Emlilweni’ もいいなあ。ゆっくりと燃え上がる、
ゲストのジャリール・ショウの好演が聴きもので、
フェイド・アウトになるのが惜しすぎます。
‘Abantwana Belanga’ もフェイド・アウトしてしまうんだけど、完奏を聴きたかった。
ズールーらしいメロディの‘Omnyama’ は、マスカンダを不協和に変調したような曲。
雄大なスケール感は、南ア・ジャズならではですね。

そんな熱狂的なトラックの合間にはさまれる、スピリチュアルなトラックも魅力です。
ンドゥドゥーゾが音楽家としてサンゴマの役を果たすような祈りを感じさせる‘Mama’、
不穏な‘Nyonini Le’、哀愁を帯びた‘Senze' Nina’ も暗示的です。
そして、ラストの‘Ntu’ は、自身の内面と会話しているかのようなトラック。
いやぁ、ンドゥドゥーゾ、あらためてスゴいアルバムを作っちゃったなあ。

ジャケットもいいじゃないですか。
古典的なキュービズムの絵はフアン・グリスかなと思ったら、
なんと現代作家による新しい絵だとか。
角張った目と唇のフォームなんて、ソンゲ人(コンゴ)の仮面のパクリだよなあ。
かつてピカソやブラックがアフリカン・マスクを描いたように、
モチーフも模倣しているわけね。

ふと本棚に目を移せば、『アフリカの魂を求めて』は、
いつでも取り出せる目立つところに置いてあります。
といっても、その昔、意識的に離れたこともあって、もう長いこと読んでいません。
すっかり背表紙が色褪せてしまいましたけれど、
四半世紀ぶり(もっとか?)に再読してみようかな。

Nduduzo Makhathini "IN THE SPIRIT OF NTU" Blue Note B003526602 (2022)
[Book] ヤンハイツ・ヤーン著 黄 寅秀訳 「アフリカの魂を求めて」みすず書房 (1976)
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マンデ・ギターの名盤誕生 ブバカル“バジャン”ジャバテ [西アフリカ]

Boubacar Badian Diabaté  MANDE GUITAR.jpg

全編歌なしのインスト。
アルバム1枚まるごと、マンデ・ギターを堪能できるなんて、
なかなか珍しいと思って聞いてみたら、これ、珍しいだけじゃない。
名作と呼ぶにふさわしいアルバムじゃないですか。

主役のマンデ・ギタリスト、ブバカル・ジャバテ(通称バジャン)は、
その名からわかるとおり、グリオ名門ジャバテ家の一族。
幼い時、初めて手にした楽器はタマ(トーキング・ドラム)だったそうで、
その後ンゴニに持ち替え、10歳でマンデ・ギタリストのブバ・サッコと出会って
弟子入りし、ギタリストになったといいます。

その弟子入りしたブバ・サッコとは、
マンデ・ギターのスタイルを開拓したギタリストのひとりで、
アミ・コイタやカンジャ・クヤテなど多くのグリオ歌手の伴奏を務めた人なんですが、
ブバ自身は非グリオだったという変わり種。

ブバの父のイブラヒム・サッコがマリ国立伝統音楽合奏団の音楽監督を務めていて、
グリオの伝統的なレパートリーや、グリオの習わしに精通した環境にあったことから、
職能音楽家ではなく、アーティストとしてギタリストになったという、
当時のマリ社会では、型破りの才人だったのです。

バジャンが本作で演奏した11曲中8曲は、マンデの伝承曲をアレンジしたもの。
バジャンは6弦ギターと12弦ギターを使い分け、
曲により、バジャンの弟のマンファ・ジャバテとプロデューサーのバニング・エアが
サポート役として6弦ギターで加わるほか、
バイェ・クヤテがタマとカラバシで加わる曲もあります。

親指と人差し指のツー・フィンガーによってピッキングするマンデ・ギターは、
人差し指の爪をフラット・ピックのように使うオルタネイト・ピッキングを駆使します。
親指がトニックをステディに刻み、音量を絞ってなめらかに弾かれるリズム伴奏と、
アタックの強いフィンガリングによって主旋律をきわだたせるところに、
マンデ・ギターの真髄が表われています。

ンゴニやコラをギターに移し替えたといわれるマンデ・ギターですけれど、
こうして曲を聴くと、どちらの楽器を移し替えた曲なのかは、はっきりわかりますね。
ガンビアの曲という‘Kedo’ はコラ演奏のコピーだし、
バジャンの祖父が演奏していたという‘Bagounou’ では、
ンゴニ演奏をコピーしたものだと、はっきりわかります。

マンデ・ギターのそうした伝統的な側面ばかりでなく、
現代性を生かしたプレイも聴くことができます。
自作曲の‘Bayini’では、うっすらとではありますが、
マンデのメロディにフラメンコのフィールを加味しているし、
‘Miri’ では、クロマティック・スケールを使って、ジャジーな味を出しています。

本作は、音楽ジャーナリストでギタリストでもあるバニング・エアのプロデュースで、
エアが新しく立ち上げたレーベル、ライオン・ソングスからリリースされました。
バニング・エアといえば、現代のマリのグリオについて書かれた
“IN GRIOT TIME”(2000) が忘れられませんけれど、
ニュー・ヨークでアフリカ音楽のラジオ番組
「アフロポップ・ワールドワイド」も運営しています。

エアが本作を制作するきっかけとなったのは、
95年に“IN GRIOT TIME” 執筆の取材で、マリを訪問した時に遡ります。
シュペール・レイル・バンドのギタリスト、ジェリマディ・トゥンカラから半年間、
マンデ・ギターを習っていたところ、ブバカル・ジャバテを紹介され、
いつか自分を超える若い才能とトゥンカラが言ったというのだから、タイヘンです。

マンデ・ギター最高のギタリストのトゥンカラがそこまで評したのだから、
バジャンがただならぬ才能であったことは、よくわかる話です。
以来、エアはアメリカへ帰国後もバジャンと親交を持ち続け、
エアのレーベル立上げを機にレコーディングが実現し、本作が完成したのでした。

ビル・フリゼールも絶賛したという本作、マンデ・ギターの名盤誕生と呼んでいいでしょう。

Boubacar “Badian” Diabaté "MANDE GUITAR" Lion Songs 004 (2021)
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ウクレレの可能性 RIO [日本]

RIO.jpg

ウクレレの可能性って、まだまだあるんだなあ。
そんなことを痛感させられた、2000年代生まれの俊英の登場です。
00年代にジェイク・シマブクロの登場で、
<おもちゃ>のようなウクレレが、これほどカッコいい楽器だったのかという!
という驚きが世間で沸きあがりましたけれど、
RIOはさらに新たなウクレレの可能性を拡げる革命児ですよ。

今年ハタチというRIO、日本生まれの日本人ですけれど、
小学生の時にハワイに暮らしてウクレレと出会って弾き始め、
中学生になって日本に帰国した後も、海外に呼ばれて演奏するいう早熟な天才です。
ぼくがRIOに感じ入ったのは、彼の音楽性で、
いわゆるバカテクといった超絶技巧ではありません。

ウクレレの名手といえば、古くはロイ・スメック、
そして近年のジェイク・シマブクロに至るまで、
トリッキーなプレイなど、曲芸のような派手なパフォーマンスに目を奪われがち。
でも、RIOくんのウクレレの才能は、そこじゃないんだな。
高度なテクニックを持ちながらも、それが前面には出ず、
まず先に音色の美しさに耳を引き付けられるんですよ。
ウクレレの才能は、クラシック・ギター同様、
利き手のタッチに如実に表われることを、このアルバムを聴くと、強く実感します。

超絶技巧の持ち主にありがちな、バリバリと硬い音色になることなく、
甘いトーンを保っていることが、驚異的。
速弾きでこの柔らかなトーンを維持するタッチは、天才の証しです。
キレのあるカッティングも、ウクレレという楽器の特性が最大限に生かされていて、
カヴァキーニョやギターとの違いが、くっきり表われていますね。

本作はオリジナル曲のほか、
‘My Favorite Songs’ ‘This Nearly Was Mine’ のスタンダード・ナンバーに、
ルイス・ゴンザーガの‘Asa Branca’ と
エルメート・パスコアールの‘O Povo’ をメドレーにしています。
17歳の時、イタリアのウクレレ・フェスティヴァルに参加したさいに、
ブラジルのミュージシャンから教えてもらったというんだから、
2000年代生まれらしいインターナショナルな交流ぶりですねえ。
そんなキャリアの積み重ねによって、
ハワイ音楽を起点としながら、ジャズ、ファンク、ブラジル音楽など
多様な音楽を消化してきた軌跡がにじみ出ています。

プロデュースは、クラックラックスでも活躍する、ジャズ・ギタリストの井上銘。
RIOが15歳でデビュー作を出した当時から、井上銘は憧れの人だったとのこと。
井上とソロを応酬する場面でも、RIOは臆せずに渡り合っていて、
なおかつ、アンサンブルのなかで前に出たり、引いたりのバランスが絶妙で、
20歳とは思えぬ成熟したプレイに舌を巻きます。

ウクレレの可能性を拡げるタッチの天才、RIOの今後が楽しみです。

RIO 「RIO」 Twin Music TMCJ1002 (2021)
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サンテリーア×ヒップ・ホップ フォワード・バック [北アメリカ]

Forward Back  VOLUME 1.jpg

ビル・サマーズといえば、
ハービー・ハンコック・グループで活躍した名パーカッショニスト。
ビル・サマーズで一番思い出深いのは、
なんといっても73年の歴史的傑作“HEAD HUNTERS” で、
バベンゼレ・ピグミーの笛、ヒンデウフーをビール瓶で再現したプレイですね。
サマーズは、ドイツ、ベーレンライター盤
“THE MUSIC OF THE BA-BENZÉLÉ PYGMIES” でヒンデウフーを知ったそうで、
僕もまったく同じだったので、めちゃシンパシーを感じたものです。

クロスオーヴァー(ヘッドハンターズ)、ディスコ(サマーズ・ヒート)、
映画音楽(クインシー・ジョーンズ)、アフロ・キューバン
(ロス・オンブレス・カリエンテス)などなど、幅広い演奏活動をしてきた
サマーズですけれど、そうした活動の合間をぬって、
キューバ、マタンサスのサンテーロのもとへ通い、バタ・ドラムを習得しています。
もともとレオン・トーマスのバンドのパーカッショニスト二人からの影響で、
バタの演奏を始めたというサマーズですが、
02年には、35年間に及ぶバタ研究の成果をまとめ、
“Studies in Bata from Havana to Matanzas” という研究書を出版しています。

そんなバタ奏者の面目躍如たる、ビル・サマーズの新プロジェクトが始動しました。
マルチ奏者のプログラマー、ワン・ドロップ・スコット(スコット・ロバーツ)と組んで、
ラップ・デュオのクルズマティックに、
ヴォーカリストのシモネ・モーズリーを加えたユニット、
フォワード・バックのデビュー作です。

バタ3台が織り成すリズムにプログラミングが絡むリズム・トラックに、
ラッパーとヴォーカリストが交叉してカラフルなサウンドを展開する
‘Yellow Flowers’ から、トロピカル感いっぱい。
ゲストのスティール・ドラムが、リゾート気分をさらに盛り上げます。
オシュン、シャンゴ、オバタラ、エレグア、ルクミと、サンテリーアの神々をライムする
‘Elevate’ でも、サンテリーアの儀式的な神聖なムードなんぞみじんもなく、
軽やかなステップで、腰も揺れようかといった気分のトラック。

こんなにあっけらかんと、ポップな仕上がりだとは、予想だにしませんでした。
ちょうど今年、ビル・サマーズがバタでゲスト参加した
パーカッショニスト、オトゥラ・ムンのプロジェクト、イフェの新作“0000+0000” が、
かなりドープなサンテリーア・エレクトロ・アンサンブルだったもんで、
あんな感じなのかなと身構えていただけに、拍子抜け。

でも、この明るさ、嬉しいじゃないですか。
めっちゃ健康的で、長かったコロナ禍のグルーミーな気分を吹っ飛ばしてくれますよ。
ベイエリア出身というシモネ・モーズリーの突き抜けたヴォーカルも、いいなあ。
ジョージ・クリントンのゲストは、期待ほどじゃありませんでしたが、
ハイチ~キューバ~ニュー・オーリンズを巡るアフリカン・ディアスポラの息吹を、
これほどおおらかに表現できるのは、サマーズのキャリアのなぜる業でしょうね。

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