SSブログ

マイ・ベスト・アルバム 2022 [マイ・ベスト・アルバム]

藤井風  LOVE ALL SERVE ALL.jpg   Ella Mai  HEART ON MY SLEEVE.jpg
Như Quỳnh  NGƯỜI PHỤ TÌNH TÔI.jpg   Rasmee  THONG LOR COWBOY.jpg
Nduduzo Makhathini  IN THE SPIRIT OF NTU.jpg   Rokia Koné & Jacknife Lee.jpg
Diunna Greenleaf  I AIN’T PLAYIN’.jpg   Yanna Momina  AFAR WAYS.jpg
Les Pythons De La Fournaise  L’ORCHESTRE DU PITON.jpg   Synnøve Brøndbo Plassen  HJEMVE.jpg

藤井風 「LOVE ALL SERVE ALL」 HEHN/ユニバーサル UMCK7162/3 (2022)
Ella Mai "HEART ON MY SLEEVE" Target Exclusive version 10 Summers/Interscope B0035562-02 (2022)
Như Quỳnh "NGƯỜI PHỤ TÌNH TÔI" Thúy Nga TNCD627 (2022)
Rasmee "THONG LOR COWBOY" no label no number (2021)
Nduduzo Makhathini "IN THE SPIRIT OF NTU" Blue Note B003526602 (2022)
Rokia Koné & Jacknife Lee "BAMANAN" Real World CDRW239 (2022)
Diunna Greenleaf "I AIN’T PLAYIN’" Little Village LVF1045 (2022)
Yanna Momina "AFAR WAYS" Glitterbeat GBCD131 (2022)
Les Pythons De La Fournaise "L’ORCHESTRE DU PITON" Catapulte CATACD031 (2021)
Synnøve Brøndbo Plassen "HJEMVE" Grappa HCD7373 (2021)

2022年のベストは、藤井風がダントツ。
まさかあのデビュー作を凌ぐセカンドを作るとは、
想像さえしませんでした。
あまりに溺愛しすぎたために、何を書いても駄文になりそうで、
このアルバムのみ、記事を書いていません。

2022年も昨年に続き、旧作との出会いに実りの多い一年でした。
デジタル・リリースのみの新作をほったらかして、
未知の旧作CDを掘ることに、熱中してたからねえ。
所有しない音楽には愛着が持てないので、
これからもフィジカルで入手した旧作を、ヘヴィロテする傾向が続きそうです。
コメント(0) 

ジャズを超えた地平を目指す才能 松丸契 [日本]

松丸契  THE MOON, ITS RECOLLECTIONS ABSTRACTED.jpg

スゴイ!
デビュー作で、その才能に舌を巻いた松丸契でしたけれど、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2021-01-18
驚愕のデビュー作から、さらに表現力を深めた2作目を出しましたよ。
その成熟のスピードには、目を見張ります。

メンバーは第1作と同じ、石若駿(ds)、金澤英明(b)、石井彰(p) のBOYSの3人に、
石橋英子(electronics, syn, fl, vo)が参加。石橋は1曲、歌も歌っています。
今作の大きな変化は、エレクトロニクスの導入ですね。
石橋だけでなく、松丸もエレクトロニクスを担当していて、
松丸の表現世界が、これによってグッと広がった感じ。

松丸の楽曲は、曲ごとにカラーが違い、それぞれに表現しようとする世界観があって、
それぞれに応じた制作意図で作っていることが伝わってきます。
CDオビに、「即興と作曲の対比と融合」「具体化と抽象化」というコンセプトが
書かれていましたけれど、前者は楽曲の構成に、後者は演奏に示されていると
ぼくは聴き取りました。

松丸が目指している世界は、もはやジャズなどというジャンルを超越していて、
電子音楽やアンビエントなど、さらにジャンルとして認識されていない音楽まで
内包した世界を目指しているように思えます。というのも、前作と違って、
かなりポスト・プロダクションを作り込んで制作されたことが聴きとれるからです。
どの曲にも明確なヴィジョンがあって、演奏に偶発性を感じさせないというか、
松丸が事前に設計した音楽を、メンバーとともに構築しているという印象。

クレジットを見て気になったのが、
7曲目に松丸によるフィールド・レコーディングと書かれているんだけれど、
7曲目を聴いても、どこにその音があるのか、さっぱりわからなかったこと。
フィールド・レコーディングされたのが音楽なのか、自然音なのか、
人工音なのかももわからない。本作に松丸が込めた企みは、
ぼくにはまだまだ解明できていないという感触が残ります。

それを理解するには、次作の登場までかかるかもしれないなあ。
でも次作が出たら、またこちらの想像を超えた世界を生み出していそう。
そんな底知れぬ可能性を感じさせる才能の持ち主です。

松丸契 「THE MOON, ITS RECOLLECTIONS ABSTRACTED」 Somethin’ Cool R2000191SO (2022)
コメント(0) 

声とギター ソン・イジョン & ヴィニシウス・ゴメス [東アジア]

Song Yi Jeon + Vinicius Gomes.jpg   Vinícius Gomes  RESILÊNCIA.jpg

タチアーナ・パーラ!
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2015-03-27
この歌声を聴けば、誰もそう思うよねえ。いや、ぼくも最初そう思いました。
ところが、これ歌っているのは、韓国の人だというんだから、意外や意外。
アジア人だとは、思いもよりませんでした。
ジャズ表現がグローバルになったことを実感させられますねえ。

ソン・イジョンはヨーロッパへ音楽留学し、オーストリアでクラシックを、
スイスでジャズを学び、さらにアメリカへ渡ってバークリーで
ジャズ・ヴォーカルを勉強したという経歴の持ち主。

タチアーナ・パーラのデュオ相手は、ピアニストのヴァルダン・オヴセピアンでしたけれど、
ソン・イジョンが選んだ相手は、ブラジル人ギタリストのヴィニシウス・ゴメス。
ヴィニシウス・ゴメスは、サン・パウロ・ジャズ・シンフォニカ、
サン・パウロ交響楽団の一員で、ブラジルの新興ジャズ・レーベル、
ブラックストリームから、17年にデビュー作を出した人。
あのデビュー作は、ギタリストとしてだけでなく、コンポーザーとしての才覚を示した、
アンサンブル重視の秀逸なアルバムでした。

本作は、二人による、声とギターのアルバム。
ソン・イジョンはほぼ全曲スキャットで歌い、ヴィニシウス・ゴメスは、
1曲のみエレクトリックを弾く以外は、ナイロン弦ギターを弾いています。
レパートリーは二人のオリジナルのほか、キース・ジャレット、カルロス・アギーレ、
ドミンギーニョスの曲を取り上げ、ジミー・ロウルズの‘A Timeless Place’ のみ、
ヴィニシウスがエレクトリックを弾き、イジョンが英語の歌詞を歌っていますよ。

タチアーナとオヴセピアンの二人は、クラシック臭が強くて、
ぼくには抵抗があるんだけど、ソン・イジョンとヴィニシウス・ゴメスには、それがない。
こちらの二人の音楽性の方が、よりジャズ的ですね。
二人が書くオリジナルは、アブストラクトな展開をするものの、
きらきら光る水面のスペクトラムを見るような美しさがあります。

ミニマルなギターのベース音に、ギターと歌がユニゾンでメロディを奏でたり、
ギターがコードでハーモニーを奏でる、ヴィニシウス作の‘Flow’ に息を呑みました。
アルバム・ラストをドミンギーニョスのショーロで締めたのも、嬉しい構成です。

Song Yi Jeon + Vinicius Gomes "HOME" Greenleaf Music GRE-CD1098 (2022)
Vinícius Gomes "RESILÊNCIA" Blaxtream BXT0012 (2017)
コメント(0) 

ウソくささのないクリスマス・キャロル キム・テチョン [東アジア]

Kim Tae Chun.jpg

あまりにドイヒーなジャケットに、かえって興味をソソられて聞いてみたら、
これがめちゃめちゃ面白い。ハングルは読めませんが、
このアルバムがクリスマス・キャロルだっていうんだから、いやはや。
64回目の誕生日のクリスマスは、これで祝うとしましょう。

キム・テチョンは、釜山で活動するシンガー・ソングライター。
ギター一丁で、カントリー・スタイルを身上に歌っている人らしい。
13年に『家畜病院ブルース』というタイトルのデビュー作を出し、
翌年に出した6曲入りのミニ・アルバムが、このEPなんだそう。
インディ作と思いきや、なんとワーナー・ミュージックから出ています。

歌詞カードにクレジットも載っているようなんですけど、
全部ハングルなので、歯が立ちません。
リッピングしたら、英訳の曲目が出てきて、1曲目から順に、
‘Christmas’ ‘Santa Won’t Knock At Your Window’ ‘Jesus’ ‘Deer Rudolph’
‘Silent Night’ ‘Silent Night Holy Night’ とあるので、
クリスマス・アルバムなのは間違いないようですね。

オープニングから、快調なウェスタン・スウィングのリズムにのせて、
スティール・ギターが滑り出します。キム・テチョンのひと癖もふた癖もある、
人を食ったようなヴォーカルが、たまんねー。
ダン・ヒックス好きのぼくには、どハマリな歌い手さんです。
男女コーラスが、歌い手をまぜっかえすように合の手を入れるのも、
ホット・リックスを連想させられるなあ。

ダルいツー・ビートで歌われるタイトル曲の「サンタは窓を叩かない」は、
<愛と幸福に満ちたクリスマス>という虚飾に満ちたイメージを、
ひっぺがしてみせるようなトーンに満ちていますね。
ハッピーなふりをするクリスマスごっこにブーイングする作者の意図を感じます。
やるせないヴォーカルや、ご本人が吹いているとおぼしき
カズーのネクラなソロに、偽悪を演じる誠実さが伝わってきます。

こういう曲の後だからか、続く朗らかなカントリー調の2曲では、
フィドルのソロがある「ジーザス」、マンドリンも出てくる「ディア・ルドルフ」ともに、
ユーモラスな歌いぶりを素直に楽しめます。
オルガンをバックに歌うオリジナルの「サイレント・ナイト」は、賛美歌のよう。
でもおそらく歌詞には、この人の痛みが込められているんじゃないかな。知らんけど。
そして、ラストの「きよしこの夜」は、ハワイアンにアレンジして、
ウクレレとスティール・ギターを伴奏にハミングしてます。

最後まで人を食ったアルバムなんだけど、おふざけじゃないし、冗談めかしてもいない。
ましてやスノッブ臭など皆無で、ウソをつけない正直な人なんだろうな。
キム・テチョン、友だちになれそうです。

Kim Tae Chun “SANTA WON'T KNOCK AT YOUR WINDOW” Warner Music VDCD6513 (2014)
コメント(0) 

ラテン・クラーベ×フリー/インプロ×アンビエント パトリシア・ブレナン [中央アメリカ]

Patricia Brennan  MORE TOUCH.jpg

メアリー・ハルヴァーソンのトリオ、サムスクリューの新作を待っているんですけれど、
先に買ったヴィブラフォン奏者パトリシア・ブレナンの2作目について、書いておこうかな。
メアリー・ハルヴァーソンとの共演で注目されているパトリシア・ブレナンですが、
昨年出たヴィブラフォン・ソロのデビュー作に続く新作は、
ベース、ドラムス、パーカッションとのカルテット編成。

パトリシア・ブレナンはメキシコ出身で、
クラシック・オーケストラでマリンバを演奏していた経歴の持ち主。
クラシックから、フリー/インプロ系ジャズへと活動の幅を広げてきた人で、
ヴィジェイ・アイヤーやメアリー・ハルヴァーソンと共演しているんだから、
ぼくのアンテナに引っかからないわけがありません。

デビュー作は正直、冗長に感じたんですけど、
アンサンブルで聞かせる今作は、がぜん聴きごたえが増しましたね。
ドラマーがマーカス・ギルモアとあって、強力なリズム展開を繰り広げています。
1曲目からして、おおっ、オン・クラーベじゃん!と盛り上がっちゃったもんねえ。
パーカッションを加えた編成というのが、利いています。
いくらクラシック畑出身といえど、さすがはメキシコ人ですね。
4歳の時から、ピアノとラテン・パーカッションを習っていたんだそうです。

パトリシアのヴィブラフォンは、ピッチを揺るがせるエフェクトをかけていて、
メアリー・ハルヴァーソンのディレイ・ペダルを使った ♪ぴよ~ん♪ という音響と、
瓜二つで面白いですね。メアリーに触発されたのかな。
静謐な演奏に始まり、次第に熱を帯びて、アグレッシヴな展開をみせる曲が多く、
ラテン・クラーベのポリリズムを多用しながら、
フリーとアンビエントが交叉したような演奏に、ぐいぐい引き込まれます。
音圧が低いので、ヴォリュームをグッと上げて聴きましょう。

Patricia Brennan "MORE TOUCH" Pyroclastic PR22 (2022)
コメント(0) 

充実していた日本の70年代ジャズ 日野元彦 [日本]

日野元彦カルテット+2 FLYING CLOUDS.jpg   日野元彦カルテット+1 流氷+2.jpg

うわぁ、これ、『流氷』の続編じゃないですか。
76年2月7日根室市民会館で録られた、トコさんこと日野元彦のライヴ盤『流氷』。
高校3年の時にリアルタイムで聴いた、日本の70年代ジャズを代表する名盤です。
近年の和ジャズ・ブームのおかげか、LP未収録の2曲を追加して、
当日の演奏順でCD化された時は、嬉しかったなあ。
で、今度は『流氷』の3か月後、5月27日に東京のヤマハホールで録音された
未発表音源が出るっていうんだから、こりゃあ聴かないわけにはいかないよねえ。

東京のライヴは、根室と同じ、トコ、山口真文、清水靖晃、渡辺香津美、井野信義に、
パーカッションの今村祐司を加えたセクステット。
どちらのライヴも、「流氷」が1曲目に演奏されていますけれど、
東京のライヴは、根室のより8分も長い。トコが弾くミュージック・ソウに始まり、
井野の弓弾きによるベース・ソロが7分半ほどあり、
山口と清水の2テナーによるテーマが始まるまでの前奏が長くなっています。

やっぱスゴいのは、香津美のギター。
ソロの組み立てが、すさまじくイマジネイティヴで、オリジナリティに富んでいます。
根室の時とぜんぜん違うリックを繰り出してて、
アイディアがいくらでも溢れ出ていたんだなあ。
香津美がトコを挑発するようなギター・ソロを繰り広げると、
トコが激しくシンバルを乱打するドラミングで迎え撃ち、
もう完全に二人の対決試合。聴いてるうちに金縛りにあって、心臓バックバクです。

この時、まだ香津美は、22歳なんだよなあ。
いや、むしろその若さゆえ、プレイがトガりまくっているわけだけど。
なんせ香津美とトコさんのコンビは、香津美17歳のデビュー作『INFINITE』(71)から
始まっているんだもんねえ。十分、相手の手の内を知ったインタープレイなんだよね。

あと、根室のライヴでびっくりしたのが、わずか20歳だった清水靖晃のテナー。
山口真文との2サックスで、ぜんぜん山口に負けていないどころか、
凌駕するプレイに、ドギモを抜かれました。
東京のライヴでは、のちのマイケル・ブレッカー・スタイルを
予感させるシーツ・オヴ・サウンドを聞かせています。

ぼくは『流氷』で初めて清水靖晃の名前を知りましたが、
この2年後にフュージョンのデビュー作を出し、マライヤで活躍することになるんだから、
当時の日本のジャズ・ミュージシャンの進化のスピードは、ほんと日進月歩だった。
香津美だってこの3年後は、YMOのサポート・メンバーだもんね。
当時の日本のジャズが、いかにイキオイがあったかってことなんだけど、
これをリアルタイムで体験できたのは、恵まれていたなあ。

トコさんのドラミングも、大好きなんですよ。
うっるせえなあ、と笑っちゃうくらい派手にトップ・シンバルを叩きまくるんだけど、
アンサンブルのバランスの取り方が絶妙なんだよね。
あと、明るいんだ、トコさんのドラミングは。陽性でカラッとしていて、爽快。

東京のライヴでは、香津美のオリジナル「オリーヴス・ステップ」での
ドラムス・ソロが最高です。この曲、翌年にベター・デイズから出た
香津美のソロ作のアルバム・タイトル曲だけれど、
ソロ作ではフュージョンだったのが、こちらでは完全モード・ジャズのスタイルで
演奏されていて、ジャズ・ギタリスト時代を知らない香津美ファンに聞かせたい。

日野元彦カルテット+2 「FLYING CLOUDS」 Days Of Delight DOD030
日野元彦カルテット+1 「流氷+2」 スリー・ブラインド・マイス CMRS0045  (1976)
コメント(0) 

架空の映画のサウンドトラック 問題總部 It's Your Fault [東アジア]

問題總部 BLUE LEAK.jpg

今年は、台湾産ネオ・ソウルのクオリティに圧倒されっぱなし。
台湾インディに注目が集まっているのは、雑誌などで目にはしてたものの、
自分にはあまり関係ない話題と思って、気付くのが遅れてしまいました。

遅まきながら、リニオン、雷擎(レイチン)、陳以恆(チェン・イーヘン)と、
台湾産ネオ・ソウルの傑作を入手して、この夏からヘヴィロテが続いているんですが、
ピカピカの新作で極上の一枚を見つけましたよ。

それが、問題總部 It's Your Fault。
16年に台北で結成された、6人組R&Bバンド。
一聴して思い浮かんだのは、ザ・ソウルクエリアンズですね。
エリカ・バドゥ、クエストラブ、ディアンジェロ、コモン、モス・デフ、ビラル、
J・ディラ、Q=ティップ、ロイ・ハーグローヴという才能を集めて、
R&B史を転換させたスーパー・グループ。

フロントの女性ヴォーカル、丁佳慧(ハナ・リン)の
バンド・サウンドでのキャラ立ちは、エリカ・バドゥそのものじゃないですか。
R&B、ジャズ、フュージョン、ヒップ・ホップが混然一体となったサウンドは、
メンバー各自の音楽性を反映させたもののようです。
未聴ですけれど、前作EPはもう少しフュージョン色が強かったんですって。

今作では、ぼくがザ・ソウルクエリアンズを連想したように、
各自の音楽性がより練り込まれ、
グループとしてのサウンド・ヴィジョンがより明確になったんじゃないのかな。
サウンドトラックのようなストーリー性を感じさせる短いインスト曲のオープニングは、
オーケストレーションも配したゴージャスなプロダクションで、
彼らが今作に忍ばせたテーマを、サウンドスケープで具現化するようで、
引き込まれます。

続く「狠狠愛」は、けだるいネオ・ソウルと現代ジャズの合体、
雷擎(レイチン)をフィーチャーした「傷心 Je t'aime」はドラマティックな曲で、
やるせない都会の夜に身を焦がすようなスロウでスタートする「Say」も、
クライマックスでは丁佳慧(ハナ・リン)が感情を爆発させています。

濃密なこの3曲が、このアルバムの実質的な中身で、
あとは先ほどのゴージャスなオープニングのイントロと、
まさしくサウンドトラックのようなつなぎのインストのインタールードと、
けだるいオウトロで、全6曲わずか16分3秒が終了してしまいます。

ジャケットには映画の半券が封入されているいて、
架空の映画のサウンドトラックという目論見はわかるんですけど、
この曲数はあまりに少なすぎるなあ。
台湾インディは、どうしてこういうミニ・アルバム的なEP制作が多いんですかね。
このクオリティでフル・アルバムを制作していたら、
今年のベスト・アルバム間違いなしだったと思うんだけど。

問題總部 It’s Your Fault 「BLUE LEAK 水體」 no label no number (2022)
コメント(0) 

視界が開けてきたサントメ・プリンシペ音楽 ペドロ・リマ [中部アフリカ]

Pedro Lima  RECORDER É VIVER.jpg

中部アフリカの小さな島国、サントメ・プリンシペの音源をリサーチする
DJトム・Bことトーマス・ビッグノンが、ボンゴ・ジョーからリリースしている
リイシューは、見逃せません。
「聞き逃せない」んじゃなくて、「見逃せない」と書くのは、音源そのものより、
トーマスが提供してくれるライナーのテキスト情報が貴重だからなんです。

サントメ・プリンシペの音楽については、ほとんど情報がなくて、
十数年前に『ポップ・アフリカ700』を書く際にも、ずいぶん苦労しました。
その後『ポップ・アフリカ800』に改訂したときも、情報不足は変わらず。
ポルトガル語圏アフリカの音楽は、ナイジェリア、南アフリカ共和国、マリといった
音楽大国に比べて情報が乏しく、なかでもサントメ・プリンシペのような、
これといった独自性のある音楽が見当たらない国には、関心が集まらないので、
いかんともしがたいところです。

トーマス・ビッグノンによるサントメ・プリンシペ・リイシュー・シリーズの第4弾は、
「サントメの人々の声」と称されたシンガー、ペドロ・リマのアンソロジーです。
ペドロ・リマは、81年にガボンのチ=チという小さなレコード会社と契約して、
初のソロLPを出し、85年にはリスボンにあるポルトガル語圏アフリカの
ディアスポラ・レーベル、IEFEと契約してLP/カセット作品を制作したシンガー。

このアンソロジーはこれら80年代録音をまとめたもので、
未発表録音も収録されているほか、ソロ歌手に転じる前に在籍していた、
68年結成のオス・レオネンセス時代の76年録音も1曲収録されています。
前にボンゴ・ジョーから85年のIEFE盤 “MAGUIDALA” が
ストレート・リイシューされましたけれど、今回のアンソロジーとのダブリはありません。

ペドロ・リマに限らず、ボンゴ・ジョーが前に出したアフリカ・ネグラもそうでしたけれど、
サントメ・プリンシペの音楽は、ザイコ世代のルンバ・コンゴレーズの影響が強く、
口さがなく言うと、田舎っぽいスークースといった印象がぬぐえません。
トーマスも選曲にあたって、そんな凡庸なイメージを払拭しようとした意図がみえ、
1曲目の87年録音の ‘Ami Cu Manu Mu’ が、
アンゴラン・マナーなメレンゲなのには、意表を突かれます。

アンゴラばかりでなく、カーボ・ヴェルデもそうですけれど、
ポルトガル語圏アフリカでは、なぜかメレンゲが人気ですよね。
この謎も長年解明できていないんですけれど。
2曲目以降も、メレンゲのニュアンスが加わったルンバ調の曲が並びます。
カダンスやコンパ、バイーアのアフォシェなどの影響も受けているといいますが、
その影響がはっきり聴き取れるのは、やはりメレンゲですね。

本アンソロジーのトーマスの解説で、興味深く読んだのは、
50年代のサントメ・プリンシペには、人気を二分したサッカー・チームがあり、
チームのクラブに併設されていたダンス・ホールが、人々の社交場になっていたという話。
中・上流階層向けのクラブと下層庶民向けのクラブがあり、
テラソスと呼ばれた下層庶民向けのクラブで、さまざまな音楽グループが育ったといいます。

なかでも、50年代末に結成されたコンジュント・マラクージャは、
人気の高かったグループで、アンゴラ、ルアンダのンゴラ・レーベルに録音し、
70年代まで活躍したそうです。このコンジュント・マラクージャで
歌手を務めていたのが、スム・アルヴァリーニョだったんですね。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2021-04-30

ちなみに、70年代にアンゴラのレコード会社ンゴラやメレンゲに録音した
サントメ・プリンシペの音楽は、アンゴラ人からサンバ・ソコペまたはソコペと呼ばれ、
のちにサントメ・プリンシペのミュージシャンやファンが、
プシャと呼ぶようになったといいます。

いまだ実体がよくつかめないプシャですけれど、
本アンソロジーで聞ける、メレンゲ調のスタイルが、プシャなんでしょうかねえ。
今回の解説にも、そこは明確に書かれていなくて、いまだ謎は解けぬままなんですが、
少しづつサントメ・プリンシペ音楽の視界が開けてきたのを感じる、
充実したアンソロジーです。

Pedro Lima "RECORDER É VIVER: ANTOLOGIA VOL.1" Bongo Joe BJR060CD
コメント(0) 

むせ返るソマリ・グルーヴに昇天 イフティン・バンド [東アフリカ]

Iftin Band  MOGADISHU’S FINEST.jpg   MOGADISCO  DANCING MOGADISHU.jpg

ソマリアが平和だった80年代、
首都モガディシュでドゥル・ドゥル・バンドと人気を二分した
イフティン・バンドの単独復刻作が、ついに実現!
復刻作業に7年の歳月をかけた、オスティナートによる快挙です!!

イフティン・バンドといえば、
アナログ・アフリカがコンパイルしたソマリ・ポップの名復刻作
“MOGADISCO: DANCING MOGADISHU - SOMALIA 1972-1991” の
スリーヴ・ケースのジャケットを飾っていたバンドですよ。
あのコンピレに2曲収録されたほか、
オスティナートのソマリ音楽のアンソロジーにも、2曲収録されていましたね。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2017-09-10
今回収録されたのは、それらとは別の、初復刻の曲ばかりが並びます。

すんごいねぇ、このむせ返るような、臭みたっぷりのサウンド。
粗悪な録音をものともしない、迫りくるエネルギーがハンパないです。
マスタリングのおかげで、ぶっとい音が再現されていて、
オリジナルのカセットで聴くより、はるかにいい音質になっているはずです。
「エチオピーク」ファンなら、イッパツで気に入ること間違いなしですよ。

いきなりオープニングの、小学生の男の子が歌ってるかのような、
声を張り上げて歌う女性歌手に、あっけにとられました。
シュクリ・ムセというこの女性歌手、7曲目でも歌っているんですが、いやぁ、強烈です。
ペンタトニックのソマリ独特のメロディが、たまりませんねえ。
サックスのブロウも、黄金時代のエチオピア音楽に負けていませんよ。

なにより、ビートが、めっちゃストロング。
ベース・ラインはグルーヴィだし、ギターのリズム・カッティングはエグいし、
ヴォーカルに切り込んでくる、ギター・リックもめちゃくちゃ強力です。
3曲目のオルガンとギターが疾走するグルーヴなんて、悶絶するほかありません。
11曲目のドラムスのフィルインも、シビれる~。

ソマリア南部のバナーディリのほか、さまざまな地方のリズムを援用して、
バリエーション豊かなリズムを生み出しながら、
北米の60年代ソウルをホウフツさせる、見事なソマリ・ソウルを聞かせてくれます。
やたらとレゲエが本格的なのも、ボブ・マーリーがブームになったということ以上に、
ソマリア西部の伝統リズム、ダアントがレゲエそっくりで、
このリズムにソマリ人が親和性があったのが、レゲエの咀嚼ぶりの真相のよう。
ドゥル・ドゥル・バンドも、レゲエがうまかったもんなあ。

イフティン・バンドは、もともと75年に教育省によって設立された国立のバンドで、
ポリオ撲滅キャンペーンや識字向上のための音楽劇など、
国の公衆衛生事業や教育事業に奉仕する役割を担っていました。
77年にレゴスで開催されたフェスタックにも、ソマリア代表として参加しています。
ちなみに、モガディシュでフェラ・クティの‘Lady’ がヒットしたのも、
イフティン・バンドがフェスタック帰りにアフロビートを携えて帰ってきたのが、
きっかけだったそうです。

本作のイフティン・バンドは、80年代初めに教育省をやめ、
国立バンドから民営バンドへ転身した時代のもので、
民営バンドとなったイフティン・バンドは、
モガディシュの高級ホテル、アル・ウルバに集う富裕層や政府職員、
はたまた外国からやってくる出張者や観光客を相手に演奏する一方、
無料で入場できる国立劇場で庶民のために演奏するようになりました。

金持ちから貧しい者まで、あらゆる階層の人々に愛されたイフティン・バンドが、
人気ナンバー・ワンになったのも当然で、モガディシュ最大のバカラ市場では、
イフティン・バンドの最新カセットを求めて、行列ができるほどだったそうです。

こうしたカセットは、ラジオ・モガディシュのような機材の揃ったスタジオではなく、
アル・ウルバに設けられた仮説スタジオで録音されたものでした。
ミキサーにレコーダーを繋げただけの設備で、
録音技術を知るエンジニアなど、一人もいなかったそうです。
本作には、82年から87年にかけてアル・ウルバと
国立劇場の地下で行われた録音14曲が、収録されています。

長きに渡り秘密のベールに閉ざされてきた、ソマリ音楽黄金時代の逸品。
アナログ・アフリカがリイシューしたドゥル・ドゥル・バンドに続く名編集盤で、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2018-10-25
2022年リイシュー大賞はこれにキマリ!

Iftin Band "MOGADISHU’S FINEST: THE AL-URUBA SESSIONS" Ostinato OSTCD013
Dur-Dur Band, Omar Shooli, Mukhtar Ramadan Iidi, Bakara Band, F. Qassim and Waaberi Band, Iftin Band, Shimaali & Killer
"MOGADISCO: DANCING MOGADISHU - SOMALIA 1972-1991" Analog Africa AACD089
コメント(0) 

声とハープ ルース・ケギン&レイチェル・ヘア [ブリテン諸島]

Ruth Keggin & Rachel Hair  LOSSAN.jpg

マン島のゲーリック・シンガー、ルース・ケギンの新作。
14年に出た彼女のデビュー作を、以前ここで書いたことがあります。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2014-05-21
デビュー作と同じメンバーで16年に2作目を出していて、
姉妹盤という趣でしたけれど、それから6年ぶりとなる新作は、
スコティッシュ・ハープ奏者で、マンクス・ハープ音楽の第一人者でもある、
レイチェル・ヘアとの共演作になりました。

ルースとレイチェルの二人がマン島でレコーディングしたあと、
スコットランドでフィドル、ブズーキ、バウロンを、3曲オーヴァーダブしたんですね。
ブズーキを弾いているのは、レイチェル・ヘアの夫のアダム・ローズ。
アダムは、マン島のフォーク・トリオ、バルーのメンバーです。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2013-12-20

アクースティックな音づくりで、「声とハープ」というシンプルなプロダクション。
前2作より格段に軽やかとなったルースのヴォーカルには、ちょっと驚きました。
最初聴いた時は、別人かと思ったもん。

クリスマスの子守唄2曲をメドレーにしたオープニングは、
まさに今の季節にどんぴしゃ。
透明感のあるルースの歌声と、氷の粒が響くようなレイチェルのハープの音色が、
冬の情景を拡げてくれます。

レパートリーはマン島のトラッドばかりでなく、
3曲目の ‘Tri Nation Harp Jigs’ の曲名が示すとおり、
スコットランド、マンクス、アイルランドの順で演奏されるジグ・メドレーもあります。
エレガントなマンクス・フォークばかりでなく、
美しく気品のあるケルティック・フォークに仕上がりました。

Ruth Keggin & Rachel Hair "LOSSAN" March Hair MHRCD006 (2022)
コメント(0) 

ノルウェイの小さな町のシンギング シノヴェ・ブロンボ・プラスン [北ヨーロッパ]

Synnøve Brøndbo Plassen  HJEMVE.jpg

オスロから北へ約300キロの中央部、
ノルウェイ東部の渓谷にある、オステルダレン地方の小さな町フォルダル。
人口1600人ほどという小さな町に生まれ育ったシノヴェ・ブロンボ・プラスンは、
ノルウェイ音楽アカデミー民俗音楽部門の修士課程に在籍する音楽家。

シノヴェはデビュー作の制作にあたって、フォルダルの伝統音楽に狙いを定め、
フィドラーだった曾祖父から幼い時に習った曲や、
古い音楽書、アーカイヴ録音から素材を集めたといいます。

全21曲、無伴奏によるア・カペラという内容なので、
地味なアルバムかと思いきや、リズミカルな曲が多く、
カラフルなメロディに、ノルウェイ民謡独特の味わいがたっぷり練り込まれていて、
すっかり夢中になってしまいました。
シノヴェは歌いながら床を踏み鳴らし、そのリズムが打楽器代わりになって、
ア・カペラに生き生きとしたビートを送り込んでいます。

そして、なにより心地よいのが、シノヴェの芯のあるナチュラルな発声。
上がり下がりの激しいメロディを歌っているんですが、めちゃくちゃ音程がいい。
歌いぶりも力強くて、胸をすきますねえ。
北欧の歌手はぼくの苦手な人が多くて、敬遠していた時期が長くありました。
ノルウェイの有名なシンガー、トーネ・フルベクモもその一人。
ハイ・トーンの芸術的なヴォーカルが、ぼくには受け付けられませんでした。
もっとニュートラルな発声で、土の香りのする歌を聴きたいと思っていたから、
シノヴェ・ブロンボ・プラスンの歌は、ぼくには理想的です。

この伝統的なシンギングは、ダンス音楽がベースとなっていて、
ハーディングフェーレやフィドルで演奏する器楽曲に、
ナンセンスな言葉をつけて声楽にしたものだそうです。
それが副題にある slåttetralling なんですね。
歌詞のある曲もあれば、リルティングのように言葉のない曲もあり、
バラッドや賛美歌とは、まったく性格が異なる音楽ですね。

そういえば、先に挙げたトーネ・フルベクモも、
オステルダレンの伝統的な歌唱をルーツとする人ですけれど、
彼女からこういう歌を聴けたためしはなかったなあ。

シノヴェが歌うア・カペラだって、それは十分に洗練されていて、
じっさいに村人が歌うような野良の歌とは、まるで違うんだろうけれど、
それでも彼女が真摯に伝統音楽を追及した本作は、
ケルト音楽を演出したり、過度に北欧色を強調した<ツクリモノ>とは無縁。
伝統を凝縮した純度の高さに、感じ入ります。

Synnøve Brøndbo Plassen "HJEMVE" Grappa HCD7373 (2021)
コメント(0) 

アフロビートからアフロクラシックビートへ ムイワ・クンヌジ [西アフリカ]

Muyiwa Kunnuji & Osemako  A.P.P..jpg

フェラ・クティ最晩年のエジプト80に加入したトランペット奏者、ムイワ・クンヌジ。
フェラ・クティ存命中に録音は残せなかったようですけれど、
エジプト80を引き継いだシェウン・クティのデビュー作と2作目に、
ムイワの名前がクレジットされていて、シェウンとともに来日もしています。

15年近く在籍したエジプト80をやめ、
ムイワ・クンヌジは14年にフランス人の仲間とともに、
自己のバンド、オセマコを結成し、活動を始めました。
今回出た2作目で、ぼくは初めてムイワ・クンヌジの存在を知ったんですけれど、
すでに6年前、16年にデビュー作を出していたんですね。

バックアップ・ヴォーカルの女性を除き、メンバーは全員白人ですが、
本格的なアフロビートを繰り広げていて、
さすがバンマスがエジプト80で鍛えられただけのことはあります。

ムイワは、オセマコで目指すサウンドについて、
アフロクラシックビート AfroClassicBeat を標榜しており、
フェラ・クティ直系のアフロビートを軸に、ハイライフやジュジュ、
さらに南アのマラービや、コンゴのルンバを取り入れていると語っています。

それは、今作のオープニング曲 ‘Bro Hugh’ にはっきりと打ち出されていて、
いきなり飛び出すホーン・リフはマラービなのに、メロディはハイライフという不思議さ。
ブレイクをはさんでスークースのギター・リフとともに、曲が進行します。
アフロビートはウッド・ブロックが刻むリズムに、かろうじて痕跡があるかなといった案配。
あまたあるアフロビート・バンドからは、
ちょっと聴くことのできないユニークなアレンジですねえ。

2曲目の‘Oshelu’ は、ど直球のアフロビートながら、
2台のギターの絡みや、ヴィブラフォンとの絡みなどに、
ジュジュの影響がうかがえますね。
4曲目の‘Recipe Of Death’ のムイワの歌い口にも、
ジュジュのエッセンスを感じさせます。

驚いたのは、‘G.O.A. (Giant Of Africa)’。
この曲は、シェウン・クティの“FROM AFRICA WITH FURY: RISE” の
LPのみに、ボーナス・トラックとして収録されていた曲。
CDには未収録で、2枚組LPの最終トラック、D面2曲目に入っていた曲です。
あの曲がムイワ・クンヌジ作だったとは、知らなかったなあ。

新たにアフロビートの可能性が切り拓かれたのを
実感させられるアルバムで、今後の展開も楽しみです。

Muyiwa Kunnuji & Osemako "A.P.P. (ACCUMULATION OF PROFIT & POWER)" OfficeHome OH005CD (2022)
コメント(0) 

ソウル&ブルースの帝王 ウィリー・クレイトン [北アメリカ]

Willie Clayton Caesar Soul & Blues.jpg

はぁ、今作もサイコー。
やっぱウィリー・クレイトンは、現行サザン・ソウルの最高峰。
去年のアルバム・タイトル『ソウルの帝王』を上回る、
『ソウル&ブルースの帝王』というタイトルに、なんの異存がありましょうか。
御年67歳。ヴェテランならではの歌い口を、これでもかというほど堪能させてくれます。

今日びソウルらしいソウルを歌えるシンガーは、ほんとに少なくなりましたけれど、
この人くらいオールド・スクールなソウルの味わいを、
リアルに感じさせてくれる人はいません。

なんだか最近、レトロねらいのR&Bシンガーがやたらと出てくるけど、
ロードに出もしないで、黒人クラブの現場感なんてまるでないシンガーに、
肩入れはできないよなあ。チタリン・サーキットで鍛えられたシンガーとは、
歌いぶりがまるで違うもん。語りかける力、とでもいうのかなあ。
ステージから観客の女性を見つめて口説いちゃうような、<歌ぢから>がなきゃねえ。

ずいぶん昔にも、この人のアルバムにホレこんで記事を書きましたけれど、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2009-11-05
その後コンスタントに出すアルバムも、常に水準以上なのがスゴイ。
20年作の “BORN TO SING” も良かったけれど、
ドラム・マシンがなぁ、などと正直思ったりもしてたんですよね。

でも、今回は違います。
生演奏をふんだんに取り入れたプロダクションで、がぜん聴き応えが5割増し。
ホーンは伝説のマラコ・スタジオで、
ストリングスはラス・ヴェガスで録音したっていうんだから、
ゴージャスじゃないですか。ミックスも良くなったんじゃない?

スムースな ‘On What A Night’ でスタートし、
サザン・ソウル定番の不倫ソング(間男ソング?)とおぼしき ‘Part Time Lover’ の
ステッパー2連チャンで、はやこのアルバムのトリコになりました。
ウィリーの狂おしいヴォーカルが、生演奏に映えることといったら、もう悶絶。

ロック・ギターをフィーチャーしたファンキーな ‘How You Do That’、
ブルージーなブルーズン・ソウルの ‘Get Next To You’、
ヴォコーダーも織り交ぜた ‘Love Machine’、
スロー・バラードの ‘Don't Make Me Beg’ 、
カラーの異なる1曲1曲を丁寧に練り上げていて、
過去作にまして聴き応えのあるアルバムとなっています。

楽曲も半数がウィリーのオリジナルで、
残り半数もウィリーとクリストファー・フォレストとの共作なんだから、
ソングライターとしての充実ぶりも光り輝く傑作です。

Willie Clayton "CAESER SOUL & BLUES" Endzone no number (2022)
コメント(0) 

ミシシッピ、ジャクソンのメロウネス J=ウォン [北アメリカ]

J-Wonn  Mr. Right Now.jpg

冬はR&B。

今年もコンテンポラリー・サザン・ソウルであったまろうと、
いろいろ試聴してみたら、J=ウォンの新作がいいじゃないの。
3年前にこの人の “MY TURN” を聴いて、才能を感じてたんですけど、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2019-12-13
ワタクシの目に狂いはありませんでした。いいシンガーに成長しましたよ。

今作は、昨年デジタル・リリースされた5曲入りEPと、
今年デジタル・リリースされた6曲入りのEPをカップリングCD化したものとのこと。
ちゃんとフィジカルで出してくれるのは、嬉しい限りですね。

J=ウォンの魅力は、第一に、少年ぽい色気が充満の声質。
ナイーヴなティーンエイジの恋愛観を歌うのには、ピッタリな気がしますね。
ご本人はもう30超えだけども。
じっさいどういう歌詞を歌っているのかは知らないけれど、
アダルト・オリエンテッドな世界ではないでしょう。

前回はメロウな歌い口に魅力を感じていたんですけど、
今回はキレのある歌いぶりに感心しました。う~ん、イキオイあるなあ。
インディという枠を越えて、メジャーでも十分活躍できるシンガーなんじゃないの。
90年代R&Bへと回帰する美メロ路線が、
この人の持ち味とバツグンの相性を示していて、
ミシシッピ、ジャクソン出身とは思えぬ、
サザン・ソウルのイメージ皆無の、スウィートなR&Bを楽しめます。

J-Wonn "MR. RIGHT NOW" Music Access no number (2022)
コメント(0) 

ブラック・ロンドンが生んだUKレゲエ ソウル・リヴァイヴァーズ [ブリテン諸島]

Soul Revivers  ON THE GROVE.jpg   Soul Revivers  GROVE DUB.jpg

なんだ、この写真?
ジャケットの白黒写真に漂う不穏な空気に、ピンとくるものがあって、ジャケ買い。
クレジットを見たら、おぉ、チャーリー・フィリップスの写真じゃないですか。

オネスト・ジョンズの『ロンドンはおいら向きの場所』シリーズ第2集の、
白人女性と黒人男性カップルのジャケット写真、覚えてます?
あの写真を撮ったのが、チャーリー・フィリップスですよ。

LONDON IS THE PLACE FOR ME 2.jpg

チャーリー・フィリップスは、44年ジャマイカ、キングストンの生まれ。
11歳の時、ロンドンでレストランを経営していた両親と合流し、
西ロンドンのノッティング・ヒルで育ちました。
ロンドンで暴動や黒人差別を体験しながら、
ブラック・ロンドンをドキュメントするフォトグラファーとなった人です。

そのチャーリー・フィリップスの写真をあしらった本作のクレジットによれば、
70年代のロンドンで、リプケがノッティング・ヒル・カーニヴァルに向け、
サウンド・システムをセット・アップしているところを撮ったものだそう。
様子をじっとうかがう警官二人が、これからひと悶着ありそうな雰囲気ですね。

リプケといえば、UKレゲエ・ファンにはおなじみのDJ、リロイ・アンダーソン。
リタ・マーリー(ボブ・マーリー夫人)の弟としても知られる
リロイ・アンダーソンは、80年にUK初の黒人音楽専門海賊ラジオ局、
ドレッド・ブロードキャスティング・コーポレーション(DBC)を開局し、
ラドブローク・グローヴやニーズデンなどの西ロンドンのリスナーに向けて、
84年まで放送した伝説のDJ。
この写真のロケーションも、ラドブローク・グローヴなのだそうです。

ラドブローク・グローヴといえば、レゲエの街。
ラドブローク・グローヴ駅のすぐ脇にあるレゲエのレコード専門店、
ダブ・ヴェンダーは、レゲエ・ファンなら知らぬ人はいないでしょう。
ぼくも90年にロンドンに訪れたさい、ダブ・ヴェンダーで、
ラヴァーズ・ロック・シンガーのコフィとばったり出くわしたんですよねえ。
すんげえ美人で、カメラを携えていなかったのは、痛恨でありました。

ジャケット写真だけでも、語らなきゃいけないことの多いアルバムなんですが、
ジャケット内側にも、ノッティング・ヒル・カーニヴァルのサウンド・システムや、
キングストンのタフ・ゴング・スタジオなど、ロンドンとキングストンで撮られた写真が
9点飾られています。

で、ようやく本題。
ソウル・リヴァイヴァーズって、何者?という話なんですが、
UKダブのパイオニア、ニック・マナッサと、ディープ・ハウスの名門レーベル、
ニューフォニックを主宰するデイヴィッド・ヒルによるプロジェクトとのこと。

ロンドンとキングストンとのつながりを描いた、ジャマイカ系イギリス人作家、
ヴィクター・ヘッドリーのベスト・セラー作 “YARDIE” を、
イドリス・エルバが映画化するにあたって、
デイヴィッド・ヒルが音楽コンサルタントとして参加したことをきっかけに、
マナッサと組んでレコーディングすることになったのだそうです。

ニック・マナッサがベース、キーボード、ギター、パーカッション、
プログラミングを担当し、曲ごとにさまざまなミュージシャンをフィーチャー。
レゲエ・シンガーのアール・シックスティーン、ヴィンテージ・ソウル・シンガーの
アレクシア・コーリー、アフロ・ジャズ・バンド、ココロコのトランペット奏者
ミズ・モーリスのほか、話題を呼びそうなのが、
アーネスト・ラングリンとケン・ブースの起用。
二人の録音はジャマイカで行われています。

レコーディングとミックスは、ラドブローク・グローヴのスタジオで行なわれていて、
アルバム・タイトルとラドブローク・グローヴのリプケの写真を
ジャケットに選んだのも、それゆえなのですね。
洗練されたサウンドは、BGMのように聞けてしまうなめらかさで、
緊張感はありませんけれど、UKレゲエのツボを押さえた、
この二人らしい作品といえます。

Soul Revivers "ON THE GROVE" Acid Jazz AJXCD604 (2021)
Soul Revivers "GROVE DUB" Acid Jazz AJXCD648 (2022)
Young Tiger, Ambrose Campbell, West African Rhythm Brothers, Lord Kitchener, Lord Beginner, The Lion and others
"LONDON IS THE PLACE FOR ME 2: CALYPSO & KWELA, HIGHLIFE & JAZZ FROM YOUNG BLACK LONDON"
Honest Jon’s (UK) HJRCD16
コメント(0) 

磨き上げられたエルメート・ミュージック イチベレ・ズヴァルギ [ブラジル]

Itiberê Zwarg & Coletivo Músicos Online  TOCAM HERMETO PASCOAL.jpg

昨年日本人オーケストラによるアルバムを出した、
エルメート・パスコアール・ミュージック最良の継承者、イチベレ・ズヴァルギが、
はやくも新作を届けてくれました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2021-06-29

前回同様イチベレの自主制作で、コレチーヴォ・ムジコス・オンラインという
初めて聞くバンド名が付いています。
パンデミックのために、メンバー全員を集めての録音がままならなくなったことから、
イチベレの息子のドラマー、アジュリナ・ズヴァルギがオンラインで制作する
アイディアを思いつき、このバンド名が付けられたとのこと。

メンバーはアジュリナのほか、イチベレの娘のマリアナ・ズヴァルギ(フルート)に、
サー・レストン(ベース)、カロル・パネッシ(ヴァイオリン)など、
イチベレのグルーポおなじみの仲間に加え、ジョタ・ペー(サックス)、
ベト・コレア(ピアノ、アコーディオン)といった敏腕の音楽家が集まりました。
ゲストにジエゴ・ガルビン(トランペット)も参加しています。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2021-10-09
イチベレはベースを弾かず、アレンジに専念していて、
オンライン制作であることを意識させない、緻密かつ精緻な演奏を繰り広げています。

今作はタイトルにあるとおり、エルメート・パスコアールの未発表曲集。
本作の制作は、エルメートと24年に渡り交流を重ねてきた、
テキサスのメキシコ系アメリカ人ベーシストのマニー・フローレスが所有していた、
エルメート手書きの譜面を演奏するという企画から始まりました。

まるで絵画のように額装され、
マヌエルの自宅に飾られていたという譜面から8曲が厳選され、
誰よりエルメート音楽の構造を理解するイチベレがアレンジを施しました。
このほか、イチベレのオリジナル曲(コレチーヴォ・ムジコス・オンラインではなく、
グルーポによる演奏)と、マニー・フローレスのオリジナル曲の2曲を
加えた計10曲が収録されています。

イチベレがメソッド化したエルメート・ミュージックは、
エルメート自身が演奏する音楽より、はるかに豊かな色彩感を持ち、
どんなに複雑な展開も、これみよがしになることなく、自然に流れていきます。
プリテンシャスなヴォイス・パフォーマンスで、
天才的な音楽アイディアもすべて台無しにしてしまう、
エルメートのエキセントリックな側面をずっと嫌悪してきただけに、
イチベレの演奏は、エルメートの音楽をこういうスタイルで聴きたいと、
長年願ってきた理想の姿を、ぼくに示してくれます。

Itiberê Zwarg & Coletivo Músicos Online "TOCAM HERMETO PASCOAL" Torto TORTO018 (2022)
コメント(0)