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グナーワは序破急 マフムード・ギネア [中東・マグレブ]

Mahmoud Guinia  Tichkaphone.jpg   Mahmmoud Guinia  SASTE DIMANIO.jpg
Mahmmoud Guinia  MIMOUNA.jpg   Maâlem Gania Mahmoud  Sonya Disque.jpg
Mahmoud Guinia  VOL.4.jpg   El Maalem Mahmoud Ghania  LVEM8.jpg
El Maalem Mahmoud Ghania  LVEM43.jpg   El Maalem Mahmoud Gania LVEM44.jpg

ディスク・レヴューの原稿依頼で、
ひさしぶりにマフムード・ギネアのティッカフォン盤を聴き直しました。
マフムード・ギネアを1枚ピック・アップするのに、
このCDをセレクトする慧眼の持ち主は、そうそうはいないはず。
原稿依頼のリストにあるのを見つけた時は、思わず頬が緩みました。
このCDについては、マフムード・ギネアのお悔やみ記事で触れたことがあります。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2015-08-06

ところでこのティッカフォン盤は、フランスのソノディスクがCD化したものでしたけれど、
モロッコ現地のティッカフォン盤も2枚持っています。
今回原稿を書きながらマフムード・ギネアのCDをいろいろ聴き直してみて、
あらためてマフムード・ギネアの凄みに感じ入っちゃいました。

グナーワの名人の称号であるマアレムを冠するとおり、
やはり圧倒的なのは、ヴォーカルの表現力ですね。
声の強度、歌唱のパワー、ダイナミクスの大きさ、どれをとっても圧巻の一語に尽きます。

やはりそれは、グナーワがリラという宗教儀式で
精霊と交信するために演奏される音楽だからであって、
世俗の歌うたいとはワケの違う、精霊を媒介するヒーラーという
役割を担っているからこそ生み出すことのできる迫力でしょう。
リラの参加者が、精霊に憑依されて痙攣を起こし倒れ込むのも、
マアレムのディープなヴォーカルがあってこそですね。

イントロでゲンブリが無拍子で弾き始め、
やがてカルカベなどのパーカッションが加わって一定のリズムを刻み、
歌とコーラスのコール・アンド・レスポンスが繰り返され、
終盤でスピードを一気に上げていく構造は、どの曲も同じ。

そのトランシーな魅力は、日本人にとって
けっして遠い世界の話でもないことに気付かされたのは、
いつだったかは忘れましたが、三上敏視のお神楽ナイトに出演した久保田麻琴が、
神楽のヴィデオを観ながら思わず漏らした、「グナーワみたい」という一言でした。
そう、グナーワの曲構造って、まさしく「序破急」そのものじゃないですか。
「神楽=グナーワ」の気づきは大きな発見でした。

Mahmoud Guinia "MAHMOUD GUINIA" Tichkaphone TCKCD12 (1992)
Mahmmoud Guinia "SASTE DIMANIO" Tichkaphone CD886
Mahmmoud Guinia "MIMOUNA" Tichkaphone CD1011
Maâlem Gania Mahmoud "MAÂLEM GANIA MAHMOUD" Sonya Disque CD037/99
Mahmoud Guinia "VOL.4" Mogador Music CDMM2005
El Maalem Mahmoud Ghania "GNAOUI SIDI MIMOUN" La Voix El Maarif LVEM8
El Maalem Mahmoud Ghania "BABA ARBI" La Voix El Maarif LVEM43
El Maalem Mahmoud Ghania "CHAOUIA LAILA YA JARTI" La Voix El Maarif LVEM44
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舞台女優のうた クレメンティナ・ウメル [西・中央ヨーロッパ]

Klementyna Umer  TAJEMNICA.jpg

こういうオールド・ファッションなヴォーカルを聴くのは、ひさしぶり。
クレメンティナ・ウメル。79年ワルシャワ生まれの舞台女優で、
歌手としてはこの18年作が初アルバムだそう。
といっても、歌は余芸ではなく、音楽高校を卒業して、
ワルシャワ国立音楽学校大学に進んだ人なので、歌唱力は確かです。

ヴォリューム感のある温かな声質で、チャーミングな表情もみせます。
ラジオやテレビのナレーターでもあることから、シアトリカルな表情も巧みで、
イヤミなく歌に織り込む技量は、初アルバムらしからぬ熟練を感じさせますね。
舞台俳優らしい快活な表現力で、ストレートにメロディを歌っていて、
崩すような歌い方やジャズ的な表現は聞かれません。
バックはジャズ・ミュージシャンたちが演奏していますけれど、
ポピュラー・ヴォーカル・アルバムといっていいでしょうね。

本作は、作曲家、ピアニスト、俳優、監督として活躍したポーランドの巨匠、
イェジ・ヴァソフスキ(1913-1984)の作品集で、
有名曲を避け、あまり知られていない曲を集めたとのこと。
レパートリーはヴァラエティ豊かで、アコーディオン伴奏あり、
チャールストン、ミュゼット、ワルツといったオールディーズ・ムードの曲もありで、
肩ひじの張らないヴォーカル・ミュージックとして楽しめます。

アルバム・ラストの59年の曲 ‘Czemu Zgubiłaś Korale?’ では、
イェジ・ヴァソフスキが生前にカセットに残したホーム・レコーディングから
歌声の断片をエディットして、クレメンティナとデュエットしています。
ステージ・シンガー的な大仰な歌い方はけっしてしない人ですけれど、
ジャズ・ギターとのデュオ曲でも、インティメイトといったムードにはならなくて、
ほどよいシアトリカルな歌いぶりに、味のある人ですね。

Klementyna Umer "TAJEMNICA" MTJ CDMTJ11863 (2018)
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グローバル・ジャズの成果 EABS・ミーツ・ジャウビ [西・中央ヨーロッパ]

EABS meets Jaubi  IN SEARCH OF A BETTER TOMORRO  slip case.jpg   EABS meets Jaubi  IN SEARCH OF A BETTER TOMORROW.jpg

ポーランドの新世代ジャズ・グループとパキスタンのジャズ・ロック・バンドの共演作。

ポーランド西部の都市ヴロツワフを拠点とするEABS
(エレクトロ・アクースティック・ビート・セッションズ)は、
ヒップ・ホップのヴァイヴで即興演奏をする、
新感覚のポーリッシュ・ジャズ・クインテット。
20年にサン・ラへのトリビュート・アルバムを出したように、
サン・ラのSF的宇宙観と哲学に共鳴する音楽性を発揮するグループですね。

一方シャウビは、パキスタンのラホール出身のギタリスト、アリ・リヤズ・バカールが
同郷のタブラ、サーランギ、ドラムスのメンバーを集めて結成したバンド。
J・ディラをヒンドゥスターニ音楽で解釈してカヴァーするという
仰天アイディアで一躍注目を集めたように、
北インド古典音楽、モーダル・ジャズ、ヒップ・ホップを融合したバンドです。

その両者が共演した本作は、まさしくグローバル・ジャズの成果といえそう。
皮肉なことに、「グローバル」という概念が一気に消滅しつつある現在ではありますが。
EABS、シャウビ両者が、新世代ジャズではなく、
モーダル・ジャズをベースにしているのが面白いですね。
モーダル・ジャズとヒップ・ホップという同じ語法を使って、
伝統と革新を共存させようとする目的意識が一致しているので、
コラボレーションは実にしっくりいっています。

作曲は両者がバランスよく分け合い、
カラーリングの異なるコンポジションが用意されているんですが、
EABSとジャウビのそれぞれの持ち味が存分に発揮されています。
サックスの情熱的なソロに続いて、サーランギの神秘的なソロが手に汗握る
‘Judgement Day’。ポルタメントを多用したシンセ・ソロから、
サックス、トランペットが入り乱れて、サーランギにソロ・リレーする
‘Whispers’ はサン・ラが降臨したかのようで、聴きごたえがありますよ。

CDは、縦型のスリップケースに、縦開きのデジパックが収められていて、
どちらのジャケットが公式なのか不明なので、両方の画像を掲げておきます。
左がスリップケース表紙、右がデジパック表紙です。

EABS meets Jaubi "IN SEARCH OF A BETTER TOMORROW" Astigmatic AR024CD (2023)
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エレクトリック回帰で飛躍 モコンバ [南部アフリカ]

Mokoomba  TUSONA.jpg

ジンバブウェの音楽がまったく聞こえなくなって、かれこれ10年以上。
ムガベが失脚して少しは安定するかと思いきや社会の混乱は収まらず、
オリヴァー・ムトゥクジは逝ってしまい、COVID-19の流行に加えて
インフレの再燃で、現地ミュージック・シーンは視界ゼロ。

ジンバブウェもので最後に聴いたのは、モコンバの17年作 “LUYANDO” か。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2017-03-24
モコンバはジンバブウェ国内を飛び出て、欧米各国で演奏するようになり、
この作品もドイツのアウトヒアから出たものだから、現地シーンとリンクはしておらず、
最後に聴いたジンバブウェ現地ものといえば、さらにさかのぼること5年になります。

それほど耳にしなくなってしまったジンバブウェ音楽ですが、
ひさしぶりに届いた新作は、またしてもモコンバ。
“LUYANDO” 以来6年ぶりとなるアルバムです。
彼らもCOVID-19禍で海外の活動がままならなくなり、
セルフ・プロデュースで制作せざるをえなくなったのでした。

アクースティックなスタイルで演奏した前作からがらり変わって、
今回は本来のエレクトリック・スタイルのギター・バンドに戻りましたね。
弾けるエネルギーが持ち味のフレッシュなバンド・サウンドは、
やっぱりエレクトリックの方が映えますよ。

しかも今作は、レーベル・メイトであるガーナのハイライフ・バンド、
サントロフィのホーン・セクションがゲスト参加して、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2020-05-15
バンド・サウンドにグンと厚みを加えています。
モコンバもツアーで鍛えられたんでしょう。バンドの一体感が増して、
個々のメンバーの演奏力も以前よりグンと向上しています。
トラストワース・サメンデが ‘Njawane’ で弾く流麗なギター・ソロなんて、
あれ、こんなにウマい人だったっけかと驚かされましたよ。

リード・ヴォーカルのマティアス・ムザザのいがらっぽい声は変わらずで、
味があるんだよなあ。デビュー作のときのような
若さにまかせてといった歌いっぷりから、貫禄がついて余裕が出た感じ。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2012-12-29
そしてモコンバの魅力は、マティアスが書く曲の良さにもあります。
フックの利いたメロディを書けるばかりでなく、曲調の幅が広がりましたね。

前作収録の3曲を再録音したヴァージョンも聴きものです。
リミックスとクレジットされているけれど、これはリメイクの間違いでしょう。
ホーン・セクション入り、エレクトリックのヴァージョンに衣替えして、
よりダンサブルな仕上がりとなりました。こっちの方が断然モコンバらしいよね。

今作で目立つのは、トンガ語ばかりでなく、ルヴァレ語、ニャンジャ語、ショナ語、
さらにコンゴ人シンガーのデソロBと組んだ ‘Makolo’ ではリンガラ語も歌っていること。
ルヴァレ語で歌ったタイトル曲 ‘Tusonal’ は、
ルヴァレの成人式ムカンダで踊られる仮面舞踏のマキシをテーマにしています。

祖先の霊と交信して祖先から教えを学ぶマキシは、若者の関心が薄れ、
いまや消滅寸前になっていて、その危機感からこの曲が生まれたとのこと。
ジンバブエの若手アーティスト、ロメディ・ムハコが手がけたジャケットのヴィジュアルも、
マキシにインスパイアされたもののようです。

モコンバは世界中を旅したことで、みずからのトンガの文化ばかりでなく、
ルヴァレやニャンジャなど周囲の伝統文化に敬意を払うことの意義を見出し、
南部アフリカの伝統とコンテンポラリーの融合のギアを、一段上げたようです。

Mokoomba "TUSONA: TRACINGS IN THE SOUND" Outhere OH037 (2023)
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ドロドロの愛憎劇を抜けて サマー・ウォーカー [北アメリカ]

Summer Walker  STILL OVER IT.jpg

サマー・ウォーカーの “STILL OVER IT” が全米1位を獲得したのには、驚いたなあ。
全米1位とかグラミーとかの賞を獲るようなアルバムと、
無縁な音楽生活を送っている当方としては、これはレアな出来事であります。
ア・カペラのボーナス・トラックが入ったターゲット盤で聴いていたんですけれど、
痛みの強い歌に気圧されて、繰り返し聴くのはちょっとツラかったかなあ。

じっさいこのアルバムは、別れをテーマにした私小説アルバムらしく、
男女のイザコザを描いた、かなりドロドロした詞を歌っているとのこと。
ソング・リストの各曲に日付が書かれてあって、
2019年8月から2021年9月の日記になっているみたいです。

歌詞なんてぜんぜん聴き取れないけれど、波乱万丈が綴られているのでしょう。
サウンドの方はアトランタ・ベースあり、トラップ・ソウルあり、
ジャジーなスロウ・ジャムあり、90年代から脈々と続くR&B史をなぞっていて、
プロダクションは王道感があります。

Summer Walker  CLEAR THE SERIES .jpg

新作は、感情の泥沼のようだった“STILL OVER IT” とまるで趣が異なります。
新作といっても既発のEP2作を合体した変則アルバムで、
生演奏を含むプロダクションにのせて、柔らかな表情の穏やかな歌を聞かせます。
ウォーカーは、闘争やストレスから解放され、セルフ・ケアに重きを置いたのだとか。
まさにそうしたネライどおりの作品に仕上がっていますね。

ゆったりとしたグルーヴは、シルクの柔らかさに身を包む心地良さ。
ジャジーなネオ・ソウル・サウンドは極上です。
繊細な歌いぶりや息遣いのヒリヒリしたニュアンスから、
胸の鼓動が伝わってくるかのようで、ドキドキしてきます。
スポークン・ワードでのインティメイトな語りなど、
すぐ隣にウォーカーがいて、おしゃべりしているかのよう。う~ん、身悶えるなあ。
お休み前の一枚として重宝しそうな予感。

Summer Walker "STILL OVER IT" Target Exclusive version LVRN/Interscope B0034704-02 (2021)
Summer Walker "CLEAR: THE SERIES" LVRN/Interscope B0037928-02 (2023)

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アダルトR&Bシンガーの歌ぢから レヴェル [北アメリカ]

Levelle  MY JOURNEY CONTINUES.jpg   Levelle  PROMISE TO LOVE.jpg

う~ん、やっぱ、歌ぢからが違うなぁ。
レヴェルは、昨年デビュー作を出したカンザス・シティ出身のアダルトR&Bシンガー。
いまどき貴重ともいえる、オーソドックスなタイプの実力派です。
美メロ揃いのデビュー作をヘヴィロテしたんだけど、はや2作目が出ましたよ。
これがまたデビュー作を上回る仕上がりで、すっかり破顔しちゃいました。
こりゃあ、書いておかなきゃねえ。

暑苦しいくらい、ねっとりと甘いラヴ・ソングを歌う人なんですけれど、
このねちっこい歌いぶりから、熱いソウルが滴るようじゃないですか。
やるせない感情を振り絞るように歌って、胸をぎゅっとつかまれます。
王道ソウルそのものの歌手なんだけど、派手さのないところが、またぼく好みの人。

デビュー作ではアンソニー・ハミルトンをゲストに迎えていましたけれど、
2作目ではアンソニー・ハミルトンに加え、ラヒーム・デヴォーン、アフター7、
ザカルディ・コルテスとさらに豪華なメンツが参加しています。
関心してしまうのが、こういう個性豊かなゲストの力を利用して、
みずからの魅力を巧みにアピールしているところ。
ゲスト・シンガーの個性にぜんぜん負けない、キャラの立ったレヴェルの歌声は、
ゲストとくっきりと対比させることに成功しています。

プロデューサーがレヴェルの魅力をよくわかっているんだね。
デビュー作・セカンド作とも、クロード・ヴィラニという人のプロデュースで、
調べてみたら、ソノ・レコーディング・グループというレーベルを設立した人なのね。
ソノ・レコーディング・グループから出たアフター7の21年作でも、
3人のプロデューサーの一人に名を連ねていました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2021-10-11

そういえばメン・アット・ラージもこのレーベルの作品だったんだな。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2022-10-26
どうやらぼく好みのレーベルのようなので、今後チェックしなくちゃ。

LeVelle "MY JOURNEY CONTINUES" SoNo Recording Group no number (2022)
LeVelle "PROMISE TO LOVE" SoNo Recording Group no number (2023)
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フルベの笛と無国籍音楽 ポピマン [西アフリカ]

Popimane  AFRICA FAIR.jpg   Popimane  ÉTAT D'ESPRIT.jpg

ポピマンって、ずいぶん風変わりなステージ・ネームだけど、どういう由来なんでしょう。
ブルキナ・ファソ生まれのグリオ出身のマルチ奏者で、本名はドラマン・デンベレ。
デンベレという苗字から、おそらくフルベ(プール)人かと思います。
メインの楽器はフルベの笛で、カマレ・ンゴニや親指ピアノ、タマも演奏します。

フランスに渡ってドラマン・デンベレの名で
いくつかの共同名義作をリリースしていたようですが、
ポピマンと名乗り、モジュラー・シンセサイザー兼チェロ奏者のヨアン・ル・ドンテック
とともに活動を始め、20年に5曲入りのミニ・アルバムをリリースしています。

そのミニ・アルバムは、アフリカを舞台にした映画のサウンドトラックみたいな
インスト音楽だなあ、という印象。
ポピマンが生み出すフルベの伝統的なメロディーやリズムに、
ヨサン・ル・ドンテックが色付けを施すようにサウンド・メイキングをしています。
音楽はいたってシンプルで、息もれ音のノイズを強調したフルベの笛をメインに、
カマレ・ンゴニや親指ピアノが反復フレーズを繰り返して、グルーヴを作っています。

20年のミニ・アルバムは特に強い印象を残しませんでしたが、
前作の路線にドラムスを加えてリズムを強化した、
フル・アルバムが出たので聴いてみました。
フランスのローランド・カークとも称されるコート・ジヴォワール、アビジャン出身の
マジック・マリックがフルートとヴォーカルでゲスト参加した曲では、
ペンタトニックのメロディーがどこか日本めいていて、
アフリカでもヨーロッパでもない異世界の音楽に聞こえます。

ポピマンは、ギネアのアフリカ・バレエ団に所属した笛奏者ママディ・マンサレや
スコットランドのフルート奏者イアン・アンダーソンに影響を受けたと語っていて、
アフリカの伝統音楽と非アフリカ音楽をバランスよくブレンドする
センスの持ち主なのでしょう。
カナレ・ンゴニの響きが、コラのようなきれいな音色なのは、
ヨーロッパ人好みに寄りすぎているように感じますけれども、
フルベの笛好きには、ちょっと無視できない作品です。

Popimane "AFRICA FAIR" Asymetric Sounds ASY003 (2020)
Popimane "ÉTAT D'ESPRIT" Asymetric Sounds ASY004 (2022)
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マンデ・ジャズ・グルーヴ トゥーン・クレーマス [西・中央ヨーロッパ]

Teun Creemers  NAAMU.jpg

グナーワのゲンブリをエレクトリック・ベースに置き換えた演奏を聞かせる1曲目に、
よくあるグナーワ・ジャズかと思いきや、カマレ・ンゴニが絡んでくるのが変わっているなあ
と思っていたら、2曲目からはマンデ系とすぐわかる、
ンゴニ、コラ、バラフォン、女性コーラスに主役のベースが絡み、
サックス、バス・クラリネットなどのヨーロッパ勢が加わった演奏に移ります。
グナーワ・ジャズなら珍しくないけど、
マンデ・ジャズというのはありそうでなかった試み。こりゃあ、面白い。

トゥーン・クレーマスは、オランダのジャズ・シーンで活躍するベーシストで
スタンリー・クラークやジョー・ザヴィヌルから影響を受けたというミュージシャン。
オランダでベーシック・トラックを録音したあと、
マリのミュージシャンたちが歌詞を付けてバマコで歌と演奏を録音し、
その後もパリとボストンでアディショナル・レコーディングを行って、
ナッシュヴィルでマスタリングをして完成させています。
これがデビュー作だというんだから、ユニークな才能ですねぇ。

バマコでレコーディングしたメンツを見ると、
名門グリオの出身者をはじめとするトップ・プレイヤーがずらり。
リード・ヴォーカリストのカンク・クヤテは、老獅子の異名をとる
マリ国歌を作曲したレジェンド、バズマナ・シソコの曾孫ですよ。
叔父のバセク・クヤテのグループ、ンゴニ・バの “MIIRI” でも、
素晴らしいノドを聞かせていたほか、デーモン・アルバーンのプロジェクト、
アフリカ・エクスプレスにも起用されて、
14年の “MAISON DES JEUNES” に参加していました。

バラフォン奏者のバラ・クヤテは、スンジャタ王に庇護された
バラフォンの名門クヤテ家系の出身者。アメリカへ渡って、
ヨー・ヨー・マと共演するなど世界的な活動をしていて、
ニュー・イングランド音楽院の教授を務めるなど、ボストンを拠点に活動しています。

カマレ・ンゴニ奏者のハルナ・サマケは、サリフ・ケイタのバンドで長く活動し、
名作 “MOFFOU” “M'BEMBA” に参加していたほか、
バセク・クヤテ&ンゴニ・バの “JAMA KO” でも演奏していました。
マリ以外では、ギネアのグループ、バ・シソコのコラ奏者のセク・クヤテや、
ブルキナ・ファソ出身でヨーロッパで活躍するバラフォン奏者ママドゥ・ジャバテもいます。

マンデ音楽の伝統を背負った確かな実力者というだけでなく、
欧米人とのコラボレーションにも長けた人たちが揃っているので、
主役のトゥーン・クレーマスの意図をよく汲んだコラボレーションが実現できたんですね。

ヨーロッパ勢では、デンマークの俊英ギタリスト、ティース・シミーが参加のほか、
アルト・サックス、テナー・サックス、バス・クラリネットの3管にドラマーは、
いずれもオランダのトップ・プレイヤーたち。
3人のパーカッションが参加していて、
うち一人はマンディンカ・パーカッションとクレジットされているので、
カリニャンやジェンベを演奏しているのは、どうやらオランダ人のようです。

トゥーン・クレーマスはマリンケ・ジャズ・グルーヴと称していますけれど、
バンバラ語で歌っている曲もあるから、マリンケに限らず広くマンデと呼んだ方がいいかも。
みずから1曲ンゴニも弾いているトゥーンですけれど、
マンデのメロディを敷衍した作曲能力はスゴイですね。
なによりこのアルバムに感心したのは、ジャズといっても歌中心に仕上げていること。
いかにトゥーンがマンデ音楽を理解しているかを示していますよ。

ゆいいつのインスト演奏であるラスト・トラックに、
ベーシストとしてのトゥーン独自の個性が聞き取れます。
ドラムスが控えめにサポートする、コラとベースのデュオ演奏。
ギターのような音域を聞かせながら、アーティキュレーションはベースならではで、
こういうベース表現もあるんだなあ。初めての体験ですねえ。

ジャズ・シーンでどう評価される(受け入れられる)のか不安ですが、
トゥーン・クレーマス、スゴイ才能だと思いますよ。

Teun Creemers "NAAMU" ZenneZ no number (2023)
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限界点を超えて バントゥー [西アフリカ]

Bantu  WHAT IS YOUR BREAKING POINT.jpg

アデ・バントゥ率いる13人編成アフロビート・バンド、バントゥーの新作が到着。
17年の “AGBEROS INTERNATIONAL” に始まる3部作の完結編で、
20年の “EVERYBODY GET AGENDA” 以来3年ぶりのアルバムです。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2020-10-14

前作のアフロビートたらしめるレベル・ミュージックとしての強度に
感じ入ったんですけれど、今作でもそのエネルギー量は変わっていませんね。
ナイジェリア社会の不正義に立ち向かう姿勢を鮮明にした曲がずらり並び、
アフロビーツのかりそめの華やかさに隠匿された、
ナイジェリア社会の矛盾を鋭く歌っています。

バントゥーの演奏力の確かさは定評のあるところで、
かつては洗練されすぎたアレンジが、かえってアフロビートのエネルギーを
減じていたキライがありましたけれど、今作では洗練されたハーモニー・センスを、
ホーン・セクションを含むバンドの熱量とうまくバランスさせているのを感じます。

‘Africa For Sale’ でのアクースティック・ピアノの使い方など、その典型。
アフロビートでピアノをこんなに華やかに鳴らすのは、
不釣り合いとなりそうなのにそうさせないのは、
楽曲の巧みな作りがリッチなハーモニーの展開を促しているからでしょう。
エネルギーの放出一辺倒でない曲作りの上手さも、今作の聴きどころです。
アフロビート定型から離れたコンポーズの ‘Your Silence’ も新鮮ですよ。

作曲のクレジットにバンド・メンバー全員の名が並ぶのは、
スタジオで顔を突き合わせながら曲をまとめあげているからなんでしょうね。
サウンドのキー・パーソンは、
トランペット奏者オペイェミ・オイェワンデのホーン・アレンジと
鍵盤奏者ババジデ・オケベンロの二人かな。

‘Na Me Own My Body’ では、コネチカット出身のフィメール・ラッパー、
アクア・ナルをフィーチャー。
なんでもアクア・ナルは、最近ケルンに移住したんだそうです。
レゴスでレコーディング、ケルンでミックス、アトランタでマスタリングした力作です。

Bantu "WHAT IS YOUR BREAKING POINT?" Soledad Productions 04517 (2023)
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7年ぶりのフラニ・ロック バーバ・マール [西アフリカ]

Baaba Maal  BEING.jpg

バーバ・マール、7年ぶりの新作。
硬質な声としなやかさに欠ける歌いぶりが、
どちらかというと苦手なタイプなんですが、
ロック寄りのプロダクションに乗ると、その個性ががぜん光る人なんですよね。
で、新作はそのバーバの持ち味が生かされた作品に仕上がっています。

前作 “THE TRAVELLER” 同様、ヨハン・ヒューゴのプロデュース。
今回も曲はすべてバーバとヨハンとの共作です。
スウェーデン人DJのヨハン・ヒューゴは、フランス人DJエティエンヌ・トロンと
ロンドンでレディオクリットというDJデュオで活動するほか、
マラウィ人シンガーのエサウ・ムワンワヤを加えた
アフロ・エレクトロ・ユニットのザ・ヴェリー・ベストでの活動で知られる人。

バーバとはリミックス・ワークをきっかけに出会い、
意気投合してコラボするようになったとのこと。
前作は、詩人レム・シサイのポエトリーをフィーチャーした終盤の2曲が
違和感ありすぎで好きになれなかったけれど、今回はOK。

ホドゥ(*)やギターなどの弦楽器やパーカッションなどの生音と
プログラムされたエレクトロな音とのバランスもよく、
割り切りのいいタテノリのトラップ・ビートにも、
しっかりとアフリカらしいグルーヴが息づいています。
直情的なバーバのヴォーカルの声の強さも、
69歳という年を考えると、驚異的ですね。
*ホドゥとはンゴニと同じ弦楽器で、フラニ語の名称。
ウォロフ語ではハラムと呼ぶ。バーバ・マールはフラニ系のトゥクロール人。

フィーチャリングされるゲストは、ザ・ヴェリー・ベストのエサウ・ムワンワヤに、
モーリタニアのプール人ラッパーのパコ・レノール、そしてバーバの姪っ子というルジ。
このルジの歌声が素晴らしいんです。プロの歌手じゃないそうですが。

ラストの9分近い ‘Cassamance Nights’ は、
瞑想的でメランコリックな美しさに溢れた曲で、
なんとも良い余韻を残します。
これは、バーバ・マールひさびさの快作じゃないでしょうか。

Baaba Maal "BEING" Marathon Artists MA0381CD (2023)
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ゾロゴ・フロム・アッパー・イースト・オヴ・ガーナ [西アフリカ]

THIS IS ZOLOGO BEAT.jpg

ガーナ北部のフラフラ人の音楽コロゴを世界に広めた
オランダ、アムステルダムのレーベル、マカムが、新たなるコンピレーションをリリース。
ガーナ、アッパー・イースト州のボルガタンガやボンゴなどの都市で、
新しいダンスとして絶賛流行中というゾロゴなる音楽だそうです。
ゾロゴとは、フラフラ語(CD解説のファラ・ファラ語は同義語)で「クレイジー」の意。
本コンピレには、10人のアーティストによる10曲が収録されています。

プログラミングを手がけるのは、ジャケットに写る眼鏡の若者で、
本作のプロデューサーでもあるフランシス・アヤムガ。
まだ20代前半ぐらいにしかみえませんが、
キング・アイソバとの仕事で注目を集め、19年にマカムが出したコンピレ
“THIS IS FRAFRA POWER” のキュレーションも手がけました。
本作は、アヤムガがボンガの丘に建てた
トップ・リンク・スタジオで録音、ミックスしていて、
CDトレイの裏に写っている、トタン屋根にレンガ作りの小屋がそのスタジオなのでしょう。

トーキング・ドラムなどの生の打楽器に、
プログラミングのエレクトロ・ビートを絡ませたサウンドはコロゴとよく似た趣向で、
弦楽器のコロゴを使用していないことをのぞけば、
部外者にはコロゴとの違いはよくわかりません。
じっさいこの10人の中には、コロゴのミュージシャンも交じっていて、
プリンス・ブジュはコロゴを弾いているし、
ドンダダはシニャカ(シェイカー)を振っています。

「クレイジー」と呼ばれるほどには、
トランシーな激しさのようなビートではなく、のんびりとしたものです。
ドープなのが苦手な向きには、
ちょうどよい塩梅のローカル・ダンス・ミュージックでしょうか。
マリのバラニ・ショウにも通じる、いい湯加減であります。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2020-01-30

10人の歌い手のなかでは、ンマサーナという女性の吹っ切れた歌いっぷりが聴きもの。
コロゴのファンには聴き逃せないアルバムです。

Sammy, Fadester, Nmasaana, Prince Buju, Awudu, Ramond, Designer, Joseph, FCL. Dondada
"THIS IS ZƆLOGƆ BEAT" Makkum/Redwig MR35/RW60 (2023)
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ミナスの変拍子ジャズ ダヴィ・フォンセカ [ブラジル]

Davi Fonseca  PIRAMBA.jpg   Davi Fonseca  PIRAMBA package.jpg

すごい、すごい、という噂は耳にしていたけれど、
フィジカルが手に入らず、いつもの悪いクセでずっと聴かずにいた、
ミナスのピアニスト、ダヴィ・フォンセカのデビュー作。
ダヴィ・フォンセカ本人所有のストック分を放出してもらったという、
レアな逸品を入手することができました。

いかにも自主制作らしい凝ったパッケージで、
クリーム地にデザインされた封筒の下にある切り取り線をピリピリと破ると、
グレーのスリーブ・ケースが出てきて、
なかに透明オレンジのCDスリム・ケースが封入されています。

ピアノとヴォーカルのダヴィ・フォンセカのほか、アレシャンドリ・アンドレスのフルート、
アレシャンドリ・シルヴァのクラリネットに、
ヴィブラフォン兼ビリンバウ、ベース、ドラムスという6人編成。
ゲストにアコーディオンのラファエル・マルチーニ、
ギターのフェリーピ・ヴィラス・ボアス、
ヴォーカルのモニカ・サウマーゾという面々で、
今のブラジルのジャズ・シーンに注目する人なら、最高のメンバーでしょうが、
個人的には相性のあまりよろしくない人も多く、やや心配。

ですが、のっけのビリンバウとパンデイロのイントロから始まる変拍子曲で、
はや白旗降参しちゃいました。
何拍子だ、これ?と思わず指折り数えちゃいましたよ。17拍子かな?
7拍子のパートもあって、行ったり来たりするんですよ。うわぁ、難度高っ!
ミナスらしい美しいハーモニーのなかに、異物感のある不協和音を混ぜたり、
主旋律と対旋律を楽器を変えながら動かすポリフォニーの使い方など、
アンサンブルを自在に動かすめちゃ高度なコンポジションが圧巻。

一方、ヴォーカルのメロディは素朴なペンタトニックだったり、
シンプルに聞かせるところがミナスらしくて、ワザありコンポーズですねえ。
変拍子ばかりでなく、ポリリズムも多用されていて、
端正にさらっと演奏しているんだけど、複雑な仕掛けがあちこちに施されているという、
なんだか知的ゲームのような音楽です。
全曲変拍子というヘンタイぶりと、スリリングなリズム・ストラクチャーなど、
エルメート・ミュージックと比肩するプログレッシヴなブラジリアン・ジャズですね。

Davi Fonseca "PIRAMBA" Savassi Festival no number (2019)
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フジ+アフロビーツ+ゴスペル アデワレ・アユバ [西アフリカ]

Adewale Ayuba  Fujify Your Soul.jpg

ひさしぶりにヴェテラン・フジ・シンガー、
アデワレ・アユバの新作を聴くことができました。
18年の二部作 “BONSUE RELOADED” 以来ですね。
アユバは、パスマやスレイモン・アラオ・アデクンレ・マライカのような
ドスの利いたがらがら声ではなくて、シワがれ声の歌いぶりに味のある人。
ヘヴィー級にはないライト級シンガーならではの軽みと、
ポップなセンスがあるのが、他のフジ・シンガーにないアユバの個性です。

パスマの新作にアフロビーツを取り入れたトラックがあって、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2023-06-01
フジのマンネリ・サウンドにも、ようやくブレイクスルーが来たかと
喜んだんですが、アユバの新作にもアフロビーツ、あるんですよ。

それが ‘Koloba Koloba’ で、長尺の2曲の間に挟まれて収録されています。
21年にシングルで発表され、TikTokなどで8000以上のカヴァーが作られるほどの
ヒットを呼んだ曲だそうで、それゆえ新作に収められたんでしょう。
ハネのあるリズムと軽いタッチのグルーヴが心地良いトラックで、
ギター、オルガン、サックスなどの生演奏を絡め、
トーキング・ドラムのフィルがかくし味となっています。

近年ナイジェリアで盛り上がりを見せている
アフロゴスペル(アフロビーツ+ゴスペル)のプロデューサーとして活躍する
LC・ビーツがプロデュースした曲で、LC・ビーツは、
クリスチャン・ヒップ・ホップのラッパーだった人です。

人生の成功は神と幸福な結婚のおかげと歌ったこの曲も、
クリスチャン・ミュージックのアフロゴスペルのようです。
実は、アユバは2015年にキリスト教に改宗したんですね。
改宗後もイスラム系音楽のフジを歌っているのが謎で、
クリスチャンのフジってありなのか?と訝しむんですけど、多分ありなんでしょう。
LC・ビーツとのコラボは、クリスチャンとしてのアユバのマニフェストなのかも。

ちなみに、サブスクには4曲多く収録されていて、
そちらはアフロビーツではなく、ジュジュ/フジのトラック。
従来のマンネリを打破した新感覚のサウンドを聞かせているのに注目ですね。
アフロビーツがグローバライズするまでになった時代に、
ようやくフジも新たな展開を見せ始めてきて、面白くなってきましたよ。

Adewale Ayuba "FUJIFY YOUR SOUL" BA no number (2023)
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セネガルからインターナショナルへ シェイク・イブラ・ファム [西アフリカ]

Cheikh Ibra Fam  PEACE IN AFRICA.jpg

えっ! シェイク・イブラヒマ・ファル?
ジャケットのアーティスト・ネームに、一瞬セネガルのスーフィー教団、
バイファルの活動家(1855–1930)を思い浮かべたんですが、
んなわけない。早とちりでした。

オーケストラ・バオバブでシンガーを務めたこともあるという
シェイク・イブラ・ファムのインターナショナル・デビュー作。
バオバブのアルバムをチェックしてみましたが、その名前は見つからなかったので、
録音は残さなかったようです。コンサート・ツアー・メンバーにその名があるので、
バオバブと世界を回ったのは確かなのでしょう。

アルバム・タイトルの1曲目にビックリ。アフロビーツじゃん。
う~ん、アフロビーツはセネガルにも飛び火してるわけね。
というより、インターナショナル・マーケット狙いなら、
いまや必須のプロダクションなんだろうな。

モータウンに所属したザ・ボーイズの元メンバーで、
シャニースやボビー・ブラウンのリミックスを手がけたハキム・アブドゥルサマドが
アレンジとミキシングを担当しているから、抜かりありません。
ハキム・アブドゥルサマドは、エイコンの06年作 “KONVICTED” のプロデュースや、
ユッスーの19年作 “HISTORY” のエンジニアリングも担当していましたからね。

しかもプロデュースには、シェイク・イブラ・ファム自身に加えて、
ワールド・ミュージックの敏腕マネージャー、ジュリー・リオス・リトルの名もあります。
現在彼女は、シェイク・イブラ・ファムのマネージャーをしているのだそう。
世界進出するに万全な布陣を敷いた本作、
セネガリーズ・ポップを飛び越えた意欲的な作品となっています。

中央アフリカ出身でブリュッセルのディープ・ハウス・シーンで活躍するヴェテラン、
ボーディ・サットヴァをフィーチャーした冒頭のアフロビーツの ‘Peace In Africa’、
セネガルのフォーキーなメロディとトロンボーン・サウンドを絡ませた ‘Yolele’、
カーボ・ヴェルデ系フランス人レゲエ・シンガーを迎えた ‘Diom Gnakou Fi’、
マリ出身の母親がよく歌っていたというゲレ人のダンス・チューン ‘Ayitaria’ では、
ゲストのシェイク・ローがフレッシュな歌声を聞かせます。

さらに、オーケストラ・バオバブの看板歌手バラ・シディベと、
サックスのチェルノ・コイテを招いた ‘The Future’、
ルンバ・コンゴリーズ・スタイルのギターが輝く ‘Coumba’ などなど、
趣向の凝らしたトラックは聴きもので、
イブラ・ファムの伸びのあるヴォーカルが、どの曲でもよく映えています。

Cheikh Ibra Fam "PEACE IN AFRICA" Soulbeats Music SBR159 (2022)
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修道女の人生に寄り添ったピアノ エマホイ・ツェゲ=マリアム・ゲブル [東アフリカ]

Emahoy Tsegé Mariam Guèbru  THE VISIONARY.jpg   Emahoy Tsege-Mariam Gebru  JERUSALEM.jpg

エチオピアの修道女ピアニスト/作曲家、
エマホイ・ツェゲ=マリアム・ゲブルに光が当たることなど想像もしなかっただけに、
ミシシッピ・レコーズのリイシューを契機とした再評価には、ちょっとびっくりしています。
旧来のエチオピア音楽という文脈からではなく、
新しいリスナーを獲得しているのは、この人の評価としてふさわしいですね。

06年にエチオピ-ク・シリーズの第21集で出た時には、
エチオピアにはこういう人もいるのかと驚きましたが、そのネオ・クラシカルなピアノは、
濃厚なエチオ・グルーヴを好むファンがスルーするのも、致し方無いところ。
ぼくは関心を持ってフォローしていたので、
12年にイスラエルで出たピアノ・ソロ・アルバムも聴いていましたが、
今となっては、それもちょっとしたレア盤となっていたようですね。

今回ミシシッピがその12年作から7曲、
72年の3作目から3曲を選曲した編集盤を出したんですが、
それを見てさすがに腹が立ち、書き残さずにはおれなくなりました。
批判記事をテーマにしないのが、当ブログのモットーなのではありますが。

ミシシッピの編集盤は、わずか10曲しかコンパイルしておらず、
収録時間35分11秒というケチくささなんですよ。
12年のピアノ・ソロ・アルバムは、全13曲収録時間60分33秒で、
72年に西ドイツで出た10インチ盤の全7曲を含め、
おそらく全曲をCD1枚に収録できたはずだっていうのに。
どうしてこんな中途半端な編集をする必要があるんですかね。

そもそもミシシッピが出したエマホイの2枚のLPも、
エチオピーク第21集の曲をバラして出しただけのこと。
エチオピークが廃盤になっているわけでもないのに、
こんな尻馬に乗ったLP出して、なんの意味があるんだとフンガイしていたんです。

以前からミシシッピのリイシューのやり口に反感いっぱいだったので、
今回もまたか!と怒りをおぼえた次第。
ついでに言うと、ぼくが『レコード・コレクターズ』にミシシッピのレコードを
けっして取り上げないのは、そういう理由からです。
(だからなのか、『ミュージック・マガジン』に書く人がいるけど)

LP時代からCD時代に移り、収録時間が延びたことで、
曲数多く復刻できるようになったというのに、
プレイリストの時代に移って、ヴァイナルに回帰する酔狂の挙句、
曲数を減らして出すって、どんだけバカなんですかね。
レアCDをリイシューするのはたいへん結構だけど、
短縮化して出すレーベルって、根性曲がりすぎだろ。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2021-08-02

書いてるだけでもムカムカしてくるんで、もうこれくらいにして、
エマホイ・ツェゲ=マリアム・ゲブルの紹介をしましょう。
エチオピアのエリック・サティだとかドビュッシーなどと形容されるとおり、
エチオピア旋法(ティジータ、バティ、アンバセル、アンチホイェ)を
ほぼ感じさせない独自のピアノを弾くエマホイは、
アズマリに端を発するエチオピア音楽とは無縁の音楽家です。

近代エチオピアを代表する知識人として尊敬される文学者で政治家の
ケンティバ・ゲブル・デスタ(1855-1950頃)の娘として生まれた人ですからね。
エチオピアの下層民である音楽家とは、
天と地ほどにも違う上流階層の出身だったのです。
6歳で父が若き日に神学を修めたスイスへと渡り、女子寄宿学校でピアノを習い、
ヴァイオリンも学びます。63年にファースト・アルバムを録音したのも、
ハイレ・セラシエ1世のはからいがあったからなのでした。

しかしそうした身分に生まれたからこそ、エマホイの人生は、
挫折した運命と苦しみの代償の物語だったと、
フランシス・ファルセトは、エチオピーク第21集で語っています。
第二次イタリア・エチオピア戦争でアディス・アベバがイタリアに占領され、
1937年にエマホイとその家族は、イタリアのアシナラ島の収容所に送られ、
のちにナポリ近郊のメルコリアーノに強制送還されます。
戦後にようやく解放されると、エマホイはエジプトへ渡り、
カイロで再び音楽の勉強を始め、44年になってエチオピアへ帰還します。

しかし彼女は、エチオピアの上流社会の権力と陰謀に絶望してしまい、
信仰の生活を選び修道女となりますが、修道院での過酷な生活にも耐えられず、
アディス・アベバの孤児院で教える道を選び、再び音楽を始めるようになります。
そして67年に母親とともにエルサレムへ渡り、エチオピア正教会の事務所で働きます。
72年に健康状態が悪化した母を看病するためにいったんエチオピアへ戻り、
エチオピア正教会の総主教の秘書を2年間務めますが、
メンギスツの独裁下で宗教迫害に耐え兼ね、
84年にエルサレムのエチオピア修道院へと戻って、
今年の3月26日、99歳で亡くなるその日まで過ごしました。

苦難と孤立の道を歩み、運命に翻弄された彼女のピアノには、
その音楽がどのようにして生まれたのか知らぬ者をも胸打つ響きがあります。
それが、エチオピア音楽という枠外で人を魅了するようになったゆえんでしょう。

Emahoy Tsegé Mariam Guèbru "THE VISIONARY" no label no number (2012)
Emahoy Tsege-Mariam Gebru "JERUSALEM" Mississippi MRI200
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エクスペリメンタルR&Bの逸材 リヴ [北アメリカ]

Liv.e  GIRL IN THE HALF PEARL.jpg

過激なエレクトロで彩られた1・2分台の曲が次から次へと飛び出し、
頭クラクラ、混沌としたサウンドに翻弄されていると、
あっという間にラスト・トラックへと行きつき、トートツに終わってしまい、ボーゼン。
「なんじゃこりゃあ!」と、松田優作みたく思わず叫んじゃいましたよ。
すぐさまアタマからリピートしてしまい、
すっかりこのアルバムの中毒性にヤラれてしまいました。

ダラス出身、ロス・アンジェルスを拠点に活動する、
R&B系新進シンガー・ソングライターの初フル・アルバム。
ドラムンベース? アンビエント・テクノ? アブストラクトR&B?
ヴェイパーウェイヴ? なんと表現すればいいのかわからないトラックが並びます。
プロダクションはえらくエクスペリメンタルなんだけど、
強烈に惹き付けられたのは、甘美な音色とメロディの美麗さゆえ。

最近のR&Bって、めちゃくちゃ音色の選択が良くなったと思うんだけど、
特にこのアルバムなんて、デリカシーの塊みたいな音響。
音の輪郭がくっきりとしていて、不快な響きがいっさい出てこない。
最近、電子音楽やアンビエントにも抵抗なく楽しめる作品が多くなったのって、
間違いなく音選びのチョイスとセンスの向上のせいだな。

リヴが絶叫する場面ですら、ぜんぜん耳に痛くならないのは、
声が浮遊するサウンドスケープに織り交ざって、
ナマナマしい感情表現がメロウなサウンドにくるまれているから。
こんな激情の伝えかたもあるんだねえ。斬新だなあ。
音楽一家に生まれ、エリカ・バドゥやロイ・ハーグローヴらが通った
ブッカーT・ワシントン高校からシカゴ美術館附属美術大学に進んで
アート、音楽を学んだという人だから、その才覚は確かですよ。

すっかりこのアルバムにマイっていたら、
なんとタイミングよく来日するというので、楽しみにしていましたよお。
ビルボードライブ東京、6月18日セカンド・ステージ。
開演前のステージに、どーんとドラムスが鎮座していたのは、意外や意外。
そういやリヴの実兄は、スナーキー・パピーやRC&ザ・グリッツで叩いていた
タロン・ロケット。なので、お兄さんを連れてきたのかと思ったら、違いました。
リヴをサポートするのは、白人男性のドラマーと、
シンセ・ベースを操る黒人男性の二人。リヴもサンプラーをかなり操作します。

いやぁ、強力なステージでした。
リヴのヴォーカルがとにかくストロング。シアトリカルな表現力がダイナミックで、
エリカ・バドゥを苦手とするぼくも、ねじ伏せられちゃいました。
エリカより断然いいじゃん、まじで。
ドラマーがサンプリング・パッドをスティックで叩いてプリセットのビートを鳴らし、
ドラムスの生演奏は、フィル・インを入れたり、ソロで大暴れするというスタイル。
螺旋状のエフェクト・シンバルもセッティングしてありましたよ。

リヴもサンプラーを使ってヴォーカルを加工したり、
モニターにマイクを向けてハウリングさせたりしながら、
アルバムでは1・2分の曲を、ぐんと引き延ばして聞かせます。
サンプリング・ループと生演奏がバトルになる場面では、
トランシーな磁場を生み出すほどでしたよ。

最後に余談ですが、
リヴにサインを入れてもらったCD、日本では手に入りません。
アマゾンにも流通していないので、ぼくはバンドキャンプから購入しました。
さすがにライヴ会場には持ち込んで販売するだろうと思いきや、それもなし。
もうアメリカでは、フィジカルで商売する気がまったくないんだね。

Liv.e "GIRL IN THE HALF PEARL" In Real Life Music inreallife066CD (2023)
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ポップ・ミュージックを無効化したグローカル ファイザル・モストリックス [東アフリカ]

Faizal Montrixx  MUTATIONS.jpg

ウガンダの電子音楽といえば、ニェゲ・ニェゲ・テープスの独壇場といった感じですけれど、
このファイザル・モストリックスは、グリッタービートから登場。
カンパラのエレクトロニック・ミュージック・シーンで
中心的存在のパフォーマーだといいます。
プロデューサー、DJ、コンポーザー、ダンサーという、
さまざまな顔を持つエンタテイナーで、いわば現代的な大衆演芸家なんでしょう。

本作を聴いて、すぐに音楽家じゃなくて大衆演芸家というイメージが湧いたのは、
既存の音楽というか、楽器演奏していた人じゃなさそうと感じたからです。
DAWで音楽制作をする人って、既成の音楽の作法にとらわれずに
音楽を作れる自由さがありますよね。
ポピュラー音楽が発展してきた経路をすっとばして、
ローカルな民俗音楽と電子音楽を接続させた面白さを感じるんです。

アフロフューチャリズムの可能性って、
ポップ・ミュージックを無効化したグローカルにあるのかも。
モストリックスは、トラック・ドライヴァーの父親がケニヤやコンゴから持ち帰った
カセットやCDを通じて、ポップ・ミュージックも聴いていたそうですけれど、
そうした音楽を通過した形跡はまったく聞こえてきません。

地元の割礼儀礼カドディで演奏されるトランシーなリズムを、
ヒップ・ホップ、テクノ、ディープ・ハウス、アマピアノなどを参照して
クリエイトしたのが、ファイザルの音楽といえるようです。

本作には、フィールド・レコーディングされたフォークロアな歌や、
コール・アンド・レスポンスの歌、太鼓、笛、親指ピアノの演奏が
ふんだんにカットアップされています。
そうしたローカルなサウンドスケープとビートが、彩としてではなく、
音楽のベースとしてしっかりと根を張っているからこそ、
電子音楽になじみのない当方でも、強烈に惹かれるみたいです。

Faizal Montrixx "MUTATIONS" Glitterbeat GBCD141 (2023)
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世界的な交響楽団と再構築したマレイ伝統歌謡 ダヤン・ヌールファイザ [東南アジア]

Dayang Nurfaizah  BELAGU II.jpg   Dayang Nurfaizah  BELAGU II  back.jpg

マレイシアから伝統歌謡が聞こえなくなって、はや10年。
ポップとR&Bばかりになってしまって、
自分の視界からすっかり消えてしまっていたマレイシアですけれど、
目を見開かされるゴージャスな伝統歌謡作が登場しました。

それがなんとマレイシアのR&Bシンガー、
ダヤン・ヌールファイザの新作なのだから、オドロキです。
81年サラワク州都クチン生まれのダヤン・ヌールファイザは、
99年のデビュー以来、マレイシアのポップ/R&Bシーンで最高の人気を誇り、
02年はマレイシアのレコード大賞AIMで最優秀楽曲賞を受賞し、
00年代のトップ・セールスの記録を樹立した大スター。

とはいえ、当方その時代のCDを1枚も買っておらず、
名前を知るだけの人だったんですが、
21年に初のマレイ伝統歌謡アルバムを制作したことで注目するようになりました。
1500部限定のCDを買いそびれている間に、その続編が出てしまったんですが、
この続編がとてつもなく絢爛豪華なレコーディング。

マレイシアのミュージシャンとともにハンガリーのブダペストへ赴き、
ブダペスト・スコアリング交響楽団と共演したんですね。
たった2日間のレコーディングで
全9曲を仕上げたというのだから、これぞプロフェッショナル。
プロデュースとアレンジは、前作同様ピアニストのオーブリー・スウィトが務めていて、
制作チームによる事前準備やリハーサルを抜かりなくやったのでしょうね。

ブダペスト・スコアリング交響楽団のマエストロ、ペテル・イレーニが
マレイ伝統歌謡の解釈に心を砕いたという発言からも、
相互理解がコラボレーションの成功を生み出したことがよく伝わってきます。
レパートリーは、P・ラムリー作の3曲に、アフマド・シャリフ、アフマド・ジャイスほか、
オーブリー・スウィト作の新曲も1曲用意されています。

ダヤン・ヌールファイザの丁寧な歌唱ぶりが、見事です。
アスリ、ジョゲット、ザッピンといった伝統歌謡に求められる表現力は十分で、
情感の込め方や繊細なコブシ使いの技量も確かですねえ。
‘Ketipang Payung’ のチャーミングさなんて、
往年のサローマをホウフツさせるようじゃないですか。

フォトブック形式でリヴァーシブル装丁の特殊仕様ジャケットには、
サラワクの伝統的な刺繍で頭から肩を覆うベールの
ケリンガム keringkam をまとったヌールのポートレートのほか、
ブダペストの観光スポットで撮られたフォト・セッションに、
ブダペスト・スコアリング交響楽団との録音風景など、
多数の写真が収められています。

最初このアルバムを聴いたとき、まっさきにウクライナ国立管弦楽団の伴奏で歌った
ヒバ・タワジの14年作 “YA HABIBI” を思い浮かべましたけれど、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2014-11-29
この衝撃は、あのアルバム以上かな。
心がほっこりするラストの余韻まで、今年最高のアルバムです。

Dayang Nurfaizah "BELAGU II" DN & AD Entertaintment no number (2023)
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奄美シマ唄で実現した日本初のSP録音復元 中山音女 [日本]

奄美シマ唄音源研究所会報.jpg中山音女 奄美 湯湾シマ唄.jpg

まさか本当に実現するなんて!

12年前に奄美の中山音女のSP録音が復刻されたとき、
CD音源のピッチがあまりにもおかしく、速回しであることは歴然だったので、
戦前ブルース研究所の技術で音源を修復してもらいたいとボヤいたことがありました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2012-06-26
とはいえじっさいのところ、実現を期待などしていませんでした。
だって、戦前ブルース研究所はその名のとおり、戦前ブルースを対象としていて、
その他の音楽のSP録音などに興味はないでしょうからね。

ところが、戦前ブルース研究所員の菊池明さんが、
同じく戦前ブルース研究所員のブルース・ミュージシャン仲間とともに、
沖島基太さんが営む「奄美三味線」へ三味線体験で来店したのが事の始まり。
そこで中山音女のCDを聞かされた菊池さんは、
すぐに速回しであることを悟って指摘すると、
沖島さんから修正の相談を受けたというのです。

しかもなんという縁なのか、菊池明さんの母親がなんと奄美大島の出身で、
母方の祖母や伯父伯母などから、幼少期に奄美のシマ唄を聴いた記憶があったそうで、
めぐりめぐる縁の不思議さもあいまって、
沖島さんとともに中山音女のSP録音復元の旅が始まったといいます。

まず菊池さんがCDからピッチ修正をした仮音源をもとに、郷土研究者に聴いてもらい、
一次資料の収集にとりかかります。
宇検村教育委員会が保管していたSPの貸与を許され、
次いで本丸ともいえる、日本伝統文化財団のCD制作のもととなった
SP原盤を所有するシマ唄研究家の豊島澄雄さんからすべてのSPを譲り受け、
本格的な復元調査が始まったのでした。
その復元調査の一部始終が、
奄美シマ唄音源研究所会報第一号「とびら」にまとめられ、
2枚のCDが付属されて500部が制作され、「奄美三味線」で販売されています。

この冊子を読むと、研究調査はつくづく人の出会いだと
感じ入ってしまうエピソードが満載。
そもそも菊池さんに奄美とゆかりがあったところからしてそうですけれど、
さまざまな郷土研究家の協力や支援をもらい、
かのSPレコード・コレクター、岡田則夫さんとも出会って、SPを借り受けています。

冊子には、三味線弾きが直傅次郎であると特定するまでの謎解きや、
録音場所を特定するために、
昭和初期の奄美本島の電力供給事情まで調べ上げています。
それは供給電力の周波数がSP録音機器の回転数に影響するためで、
戦前ブルースのSP復元調査研究の知見によるものでした。
そうした調査の行方を読み進めていくと、まるで一緒に調査をしているかのような
冒険気分に陥って、ハラハラ・ドキドキがとまりません。

半世紀前の三味線ケースに入っていた調子笛の音程を調べ、
調律音程から正しい再生音を探る仮説を立てて検証を進めていったり、
音女と傅次郎の古い写真をみて、取りつかれたように道なき道の山中を冒険するなど、
これはもう、ロマンとしかいいようがないでしょう。
こういう情熱が物事を動かし、人の心を揺さぶるんです。

そしてついに完成した日本初のSP録音復元、それが奄美シマ唄で実現したのでした。
一聴して、あまりの違いにノック・アウトを食らいましたよ。
CD音源とはなんと200セント(=全音)をはるかに超える違いがあったというのだから、
ヒドイものです。ようやく落ち着きのある声でよみがえった音女の歌声。
そしてなにより傅次郎の三味線に、生々しさが戻りました。

SPの速回しに気付くのは、ヴォーカルよりも器楽音ですね。
人間の声だと違和感を気付きにくいですけれど、器楽音はすぐにヘンだとわかります。
CD2枚目のラストに収録されたアゲアゲのダンス・トラック、
六調の「天草踊り」「薩摩踊り」を聴けば、日本伝統文化財団CDとの音の違いは
誰でもわかるでしょう。これこそが三味線の音ですよね。

冊子には、復元したSPの写真が
レーベルの拡大写真とともにずらっと並べられていて、壮観の限り。
歌詞カードや当時の月刊誌に載ったレコード広告も転載されています。
ここ数年、こんなに興奮したことって、なかったなあ。
情熱と執念の賜物の復元CDです。

[Book] 奄美シマ唄音源研究所会報第一号 「とびら」 奄美シマ唄音源研究所 (2023)
中山音女 「奄美 湯湾シマ唄-1-2」 Pan PAN2301, 2302
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サンバ・パウリスタ古豪の集い エンコントロ・ダス・ヴェーリャス・グァルダス [ブラジル]

Encontro Das Vellhas Guardas.jpg

あぁ、こういうサンバが心底好き。
伝統サンバの新作を聴いたのって、何年ぶりだろう?
聴き終えて、満ち足りた思いでデータベースを打ち込んでみたら、3年ぶりでしたよ。
そうか、2021年も2022年も、伝統サンバの新作CDを1枚も買ってなかったのか。
伝統サンバ、冬の時代であります。

というわけで、長い渇きを癒すことができた1枚は、
イデヴァル・アンセルモ、ゼー・マリア、マルコ・アントニオ、
3人のサン・パウロのヴェテラン・サンビスタを集め、
エンコントロ・ダス・ヴェーリャス・グァルダスの名義で、
サンバ・エンレードを数多く作曲したサンバ・パウリスタの名作曲家
タリズマンことオクターヴィオ・ダ・シルヴァにオマージュを捧げた企画アルバムです。

Ideval Anselmo.jpg   Velha Guarda Do G.R.C.E.S. Unidos Do Peruche.jpg
Velha Guarda Nenê De Vila Matilde.jpg

イデヴァル・アンセルモは、
2012年のベスト・アルバムにも選んだ、ぼくの大好きなサンビスタ。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2012-10-24
ゼー・マリアはウニードス・ド・ペルーシェのアルバムで、
マルコ・アントニオは、ネネー・ジ・ヴィラ・マチルジのアルバムで聴いていましたよ。

ただ今回のテーマである作曲者のタリズマンというサンビスタは、
寡聞にしてぼくは知らず。解説によると、
もともとはリオ北地区のウニードス・デ・ロシャ・ミランダのサンビスタだったとのこと。
サン・パウロのエスコーラ、カミーザ・エルジ・イ・ブランコを創設した
イノセンシオ・トビアスに誘われてサン・パウロへ移住し、
カミーザ・エルジ・イ・ブランコのサンバ・エンレードや数々のサンバを作曲して、
サン・パウロの重要作曲家になった人だそうです。
というわりに、生年月日も没年月日も不明というあたり、
自身のレコードをほとんど残さなかったからなのでしょうか。

本作はSESCの制作なので、さすがにプロデュースはしっかりしていますねえ。
ルーカス・ファリアという人が音楽監督を務めていて、
サンバ/ショーロのレジオナル編成に、
曲によって管楽器を起用して、サウンドはパーフェクト。
チューバ、バリトン・サックス、アルト・サックスを加えた
‘Há Um Nome Gravado Na História’ なんて、最高です。

知らない曲ばかりと思っていたら、
ベッチ・カルヴァーリョが79年の最高傑作 “NO PAGODE” で歌っていた
‘Meu Sexto Sentido’ が出てきて、おぉ! この人の曲だったんですねえ。

Embaixada Do Samba Paulistano.jpg

ラスト・トラックの ‘Biografia Do Samba’ がタリズマンの代表曲で、
69年のサンバ・エンレードとのこと。
イデヴァル・アンセルモが参加していたエンバイシャダ・ド・サンバ・パウリスターノの
アルバムのオープニングでも、この曲がメドレーで歌われていましたね。

コクの深い芳醇なサンバを最高の伴奏で聞かせたアルバム、
これ以上の至福がありましょうか。

Encontro Das Vellhas Guardas "TALISMÃ: NEGRO MARAVILHOSO!" SESC CDSS0174/23 (2023)
Ideval Anselmo "MEMÓRIA DO SAMBA PAULISTA" Sambatá/Tratore SAM017-02 (2012)
Velha Guarda Do G.R.C.E.S. Unidos Do Peruche "MEMÓRIA DO SAMBA PAULISTA" Sambatá/Tratore SAM012-2 (2008)
Velha Guarda Nenê De Vila Matilde "MEMÓRIA DO SAMBA PAULISTA" Sambatá/Tratore SAM16-02 (2012)
Embaixada Do Samba Paulistano "MEMÓRIA DO SAMBA PAULISTA" Sambatá/Tratore SAM009-2 (2008)
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コンゴ・ブラザヴィルのレジェンド フランクリン・ブカカ [中部アフリカ]

Franklin Boukaka.jpg

72年2月に発生したクーデター未遂事件への関与から31歳で殺害された、
コンゴ共和国(ブラザヴィル)音楽のパイオニア、フランクリン・ブカカ。
年月を経てもフランクリン・ブカカが後進にリスペクトされ続けていることを
実感したのは、99年に結成されたヒップ・ホップ・グループ、ビソ・ナ・ビソが
デビュー作 “RACINES...” のオープニングに、フランクリン・ブカカの
‘Ata Ozali’ をアルバムのイントロとして取り上げた時でした。

Bisso Na Bisso  RACINES....jpg

若きラッパーたちが、先人たちへのリスペクトを掲げたアルバムの冒頭に、
ブカカの歌をフィーチャリングしたのには、グッときましたねえ。
それでさえ、もう四半世紀近くも前のことで、今は昔なんですけれども。
そのフランクリン・ブカカのアンソロジーを、フランスのフレモオ・エ・アソシエが
3枚のディスクにまとめて出してくれました。

40年10月10日、フランス領コンゴの首都ブラザヴィルで音楽家の両親のもとに生まれた
フランクリン・ブカカは、コンゴ川を挟んだベルギー領コンゴの首都、
レオポルドヴィルと行き来しながら、ネグロ・バンド、アフリカン・ジャズ、
ヴォックス・アフリカといった数多くの名バンドで活動してきた歌手です。
特に、ジョセフ・カバセレ(グラン・カレ)のアフリカン・ジャズの主要メンバーが
ベルギー領コンゴ独立に関する円卓会議の文化使節としてブリュッセルに旅立ったとき、
残留組としてレオポルドヴィルに残されたブカカやロシュローなどの
若手メンバーたちがジャズ・アフリカンを結成し、
のちにヴォックス・アフリカへと発展したことは、よく知られた話。

ところが、ブカカはヴォックス・アフリカが旗揚げして
まもなくブラザヴィルへ帰郷してしまい、
昔の仲間が所属していたサークル・ジャズに参加します。今回のアンソロジーでは、
そのサークル・ジャズ時代の60年代録音が、まとめて29曲も聴けます。
サークル・ジャズの録音は、これまでパテが復刻したLPが1枚あったくらいで、
ぼくも聴くのは今回が初めて。植民地時代が終わり、二つのコンゴは統合されるべきだと
歌ったブカカの代表曲 ‘Pont Sur Le Congo’ も、ようやく聞くことができました。

ギネアの名門楽団ケレティギ・エ・セ・タンブリニとの5曲が収録されたのも画期的。
ギネアのシリフォンから、ブカカがケレティギ・エ・セ・タンブリニと共演した
シングルを出していたことは知っていましたけれど、
これまたじっさいの音を聴くのは初めてです。
ブカカがタンブリニと共演することになったのは、70年にギネア・ツアーを行ったからで、
そのときにケレティギ・エ・セ・タンブリニがバックを務めたんですね。

Franklin Boukaka A PARIS.jpg

冒頭のビソ・ナ・ビソがエディットした ‘Ata Ozali’ を収録した
71年のアルバム “A PARIS” は、ディスク1冒頭に全曲入っています。
このアルバムをアレンジしたマヌ・ディバンゴが、
人生における素晴らしい思い出のひとつとして挙げている名作です。
同じく71年にコンゴにやって来たキューバのオルケスタ・アラゴンがブカカと親交を結び、
のちに本作収録の ‘Mwanga’ をカヴァーしています。

Franklin Boukaka  SES SANZAS ET SON ORCHESTRE CONGOLAIS.jpg

そしてぼくがブカカのキャリアでもっとも重要とみなしている、
ジル・サラ・プロデュースの67年録音は、ディスク2の冒頭にこれまた全曲収録。
『ポップ・アフリカ800』に載せたブカカの最高傑作です。
2台のサンザ、ギター、ベース、サックス、マラカス、コンガのグループを率いて、
ビギン、チャチャチャ、パチャンガ、ルンバ・コンゴレーズを歌っていて、
アフリカとラテンとカリブが混淆した最高の演唱がここにあります。

ブカカの植民地主義者へ抵抗した政治姿勢は、
コンゴではボブ・マーリーやフェラ・クティと匹敵するものとして捉えられていることを、
今回の解説で強く認識させられました。暗殺のいきさつが不明なままであることも、
殉教者として神格化されたことにつながったのですね。

Franklin Boukaka "L’IMMORTEL" Frémeaux & Associés FA5838
Bisso Na Bisso "RACINES..." V2 VVR1005632 (1999)
Franklin Boukaka "A PARIS" Sonafric CD50048 (1971)
Franklin Boukaka "SES SANZAS ET SON ORCHESTRE CONGOLAIS" Bolibana BIP333 (1967)
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トゥアレグのディープなトランス・ミュージック アル・ビラリ・スーダン [西アフリカ]

Al Bilali Soudan  BABI.jpg

ティナリウェンの新作に心底落胆。
歌うべき内実を失ったサウンドに、耳を覆いたくなりました。
そんなところにトゥアレグのグリオ・グループ、アル・ビラリ・スーダンの新作が届いて、
これでティナリウェンに別れを告げても、未練はないと考えるまでになりました。

前作はテハルダント3人とカラバシ2人でしたが、
カラバシが一人離脱して4人編成となったようです。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2020-06-02
といっても、家族と親類縁者によるグリオたちだから、
出入り自在のゆるやかなグループなんでしょうが。

アンプリファイド・テハルダントの強烈なサウンドが空気を切り裂き、
尋常じゃない緊張感に満ち溢れていた前作からは一転、
アンプラグドのアクースティックなサウンドとなって、
デビュー当時のサウンドに戻っています。

10・11年にバマコで録音されたデビュー作は音質がプアでしたが、
今回は整った環境でレコーディングしたとみえ、
デビュー作とは見違える音響で、トランシーなタシガルト(タカンバ)が
ダイナミックに迫ってきます。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2014-01-09

しつこいまでに反復を繰り返しながら、
トランスを生み出すグルーヴが、このグループの真骨頂。
このディープさこそ、いまのティナリウェンが失ってしまった
トゥアレグ音楽が持つナマナマしさですね。
今、日本に呼んでほしいのは、ティナリウェンじゃなくて、アル・ビラリ・スーダンだよ。

Al Bilali Soudan "BABI" Clermont Music CLE073 (2023)
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新世代南ア・ジャズの旗手 ボカニ・ダイアー [南部アフリカ]

Bokani Dyer  RADIO SECHABA.jpg

ボカニ・ダイアーの新作は、彼がこれまでに吸収してきたさまざまな音楽を、
洗いざらい披露してみせたといった感じかな。
いや、それだけじゃないな。
ボカニ自身のヴォーカルを全面的にフィーチャーするという新たな冒険も加えて、
ものすごく多面的なアルバムに仕上がりましたね。

ボカニ・ダイアーのバイオは、11年の2作目を取り上げた時に書いたので、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2016-11-22
ここでは省きますが、本作は、その後ボカニが参加したマブタで示した
グローバルな新世代ジャズをさらに前進させたものとなっています。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2018-05-06

ボカニが20年にパンデミックのロックダウン下で発表した “KELENOSI” では、
エレクトロニックな表現を大胆に取り入れ、ロバート・グラスパーの影響色濃い
アコースティックとエレクトロニクスのテクスチャーを聞かせていましたけれど、
今回はボカニ自身のヴォーカルを乗せたことで、より雄弁になりました。

南ア国民を裏切ってきた指導者への怒りをツワナ語で歌った ‘Mogaetsho’、
‘Move on’ ‘State Of Nation’ の2~4曲目は、
R&B/ヒップ・ホップ色濃いトラック。
前半はグローバル・ジャズの影響の色濃いトラックが並びますが、
中盤から、南ア独特のヴォーカル・ハーモニーを聞かせる曲が登場します。
ボカニの妹シブシシウェ・ダイアーとともにツワナ語で歌う ‘Tiya Mowa’ や、
‘Ke Nako’ ‘Spirit People’ ‘Amogelang’ といったトラックですね。

‘Ke Nako’ は、20年に出された南ア・ジャズのコンピレーション “INDABA IS” の
オープニング曲の再演で、コンピレでは6分50秒あった演奏がこちらは4分39秒と、
トランペット・ソロが始まったところでフェイド・アウトしてしまうのが、なんとも残念。
本作はコンパクトにまとめたトラックが多いんですが、
ステンビソ・ベングのトランペット、リンダ・シカカネのサックスなど、
耳を引き付けるソロも随所で聴くことができます。

アルバム・ラストの ‘Medu’ は、ボカニは作曲のみで、演奏には参加していないインスト曲。
南アらしいレクイエムを思わせるホーン・アンサンブルのメロディに、グッときます。

Bokani Dyer "RADIO SECHABA" Brownswood Recordings BWOOD0304CD (2023)
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アロマテラピーのヴォイス ジャネット・エヴラ [北アメリカ]

Janet Evra  HELLO INDIE BOSSA.jpg

ふんわりとした声質にトリコとなったジャズ・ヴォーカリスト、ジャネット・エヴラ。
18年のデビュー作はいまでもよく聴き返していますけれど、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2019-11-23
一年前に新作が出ていたのを、ずっと気付かないままでいました。

21年にはピアニストとの共同名義でスタンダード集も出ていたようなんですけれど
(これまた未聴)、3作目の本作はジャネットのオリジナル曲が中心。
今回も自主制作なんですね。
う~ん、ぼくが夢中になる人って、どうして売れないんだろうなあ。
インディに甘んじるかのようなタイトルを見て、思わず考えこんじゃいましたよ。

でもまあインディだからこそ、のびのびと自分がやりたい音楽ができるわけで、
デビュー作のジャケットにも、そんな飾らない気さくさが表れていましたよね。
ジャネット写真のジャネットの腕に、虫に刺された紅い跡がくっきりとあって、
これ、メジャー・レーベルだったら、ぜったいレタッチして消すよなあと、思ったもんね。

そんなことはさておき、本作はデビュー作と同じメンバーに、
ヴィブラフォンが加わっただけなんですが、
エレクトリック・ギターやローズを効果的に配置するなどの
アレンジが功を奏していて、少しサウンドが華やかとなりましたね。

でも、心を落ち着かせるアロマのようなジャネットの声は、
デビュー作とまったく変わっていません。
ボサ・テイストのオリジナル曲を、フローラルな香りで包み込むような
やわらかなヴォイスで歌いつづっていきます。

その声を聴いているだけで、心がおだやかに身体もリラックスして、
まさにアロマテラピーのような音楽といったら、これ以上のものはありません。

Janet Evra "HELLO INDIE BOSSA" Janet Evra no number (2022)
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60年代コンパ黄金期の名作 ラウル・ギヨーム [カリブ海]

Raoul Guillaume  Haiti Chante Et Dance.jpg

50~60年代ハイチ音楽のリイシューCDならば、あらかた買ったつもりでいましたけれど、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2021-10-25
ラウル・ギヨームの見たことのないCDを、エル・スールのデッド・ストックの中で発見。
えっ?と思って、
すぐさまスマホでエマニュエル・ミルティルさんのハイチ音楽ディスコグラフィを
チェックしてみたら、なんと64年作のリイシューだということが判明。
(Volume 3 と記載のレコードを参照されたし)
http://musique.haiti.free.fr/discographie/fiches/raoulguillaume.htm

おぉ~、こんなCDが出ていたんか!とオドロいて、早速買ってきました。
原田さんもぜんぜん記憶にない様子で、サッカー・ボールの写真に変えられた
ダメ・ジャケットのせいで、ノー・チェックだったそう。
そうだよなあ、こんなジャケットじゃあねえ。

ラウル・ギヨームという50~60年代ハイチ音楽の重要人物を知る人なら、
見逃すわけにはいかないアルバムですけれど、
こういうしょうもないジャケットに変えられてしまうと、気付けないよねえ。
フランスのADはこういうダメな改悪ジャケが多いんですが、
アメリカのミニは逆に、オリジナルの観光客相手にしたパッとしないジャケットを、
風格のあるデザインに変えた名リイシュー作があります。

Raoul Guillaume  Mini.jpg

それが62年作のリイシューで、かつて「ハイチ音楽名盤40選」で載せたことがあります。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2010-02-23
さきほどのエマニュエル・ミルティルさんのハイチ音楽ディスコグラフィでは、
Volume 8 と書いて、出所不明扱いにしていますけれど、
Disque 2 として記載されているレコードと同内容のアルバムです。

この時代とほぼ同時期のアルバムなので、
充実した黄金時代のコンパが味わえることは、言うまでもありません。
ヌムール・ジャン・バティストやウェベール・シコーに比べると、
日本では知名度が低いラウル・ギヨームですけれど、その実力は両者に引けを取りません。

ちなみに今回見つけた64年作も、ミニがCD化した62年作も、
LPは持っていませんけれど、それよりも前のレコードを何枚か持っていますので、
最後にご紹介しておきますね。

Raoul Guillaumme Et Son Group  10.jpg   Michel Desgrottes & Raoul Guillaume  10j.jpg
Raoul Guillaumme, Webert Sicot.jpg

Raoul Guillaume Et Son Group "HAÏTI CHANTE ET DANCE" AD Music AD018 (1964)
Raoul Guillaume Et Son Group "RAOUL GUILLAUME ET SON GROUP" Mini MRSD2030 (1962)
[10インチ] Raoul Guillaumme Et Son Groupe "AUTHENTIC HAITIAN MERINGUES'" Ritmo 827 (1959)
[10インチ] Michel Desgrottes Et L’Ensemble Du Riviera Hotel & Raoul Guillaume Et Son Groupe
"AUTHENTIC HAITIAN MERINGUES'" Ritmo 828 (1959)
[LP] Raoul Guillaume & Son Group, Michel Desgrottes Et L’Ensemble Du Riviera Hotel, Weber Sicot Et Son Ensemble "HOLIDAY IN HAITI WITH HAITIAN MERINGUES" Monogram 840
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コブシこそフジのアイデンティティ ワシウ・アラビ・パスマ [西アフリカ]

Wasiu Alabi Pasuma  LEGENDARY.jpg

アフロビーツはCDでまったく出なくなっちゃったけど、フジはまだCD健在。
コロナ禍が明け、現地買い付けのナイジェリア盤CDと久しぶりにご対面できました。
だけど、まぁ、ずいぶんとジャケットがぺらっぺらになっちゃったねえ。
ペーパー・スリーヴがボール紙じゃなくて、薄いコート紙みたいなのになっちゃった。

なんだかこれを見て、80年代のキューバ盤LPを思い出しちゃいましたよ。
オマーラ・ポルトゥオンドの “CANTA EL SON” とか、
グルーポ・シエラ・マエストラの “¡Y SON ASÍ!” とか。
もはやジャケットとは呼べない、内袋みたいな薄さのジャケットでしたね。
どちらも83年のレコードだったけど、キューバ経済がドン底の時代のもので、
物資不足だったんでしょうねえ。

さて、そのペラペラの新作フジCDで良かったのは、
実力最高で定番の、スレイモン・アラオ・アデクンレ・マライカとワシウ・アラビ・パスマ。
偶然にも、二人ともロール・モデル・エンターテインメントという、
初めて聞くレーベルからの新作です。新興のレコード会社に移籍したんでしょうか。

若手のスレイモン・アラオ・アデクンレ・マライカが絶好調で、
ここでも、これまでに2度ほど取り上げてきました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2019-07-04
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2020-03-12
今回の22年の新作 “PASSWORD” も長尺の2曲という構成で、
気合の入った充実作でしたけれど、
今回はワシウ・アラビ・パスマの方を取り上げましょう。

パスマの新作を聴くのは、“2020” 以来です。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2022-04-19
昨年10月に出た本作は、3・4分台の曲が3曲続いたあと、
後半が6分台、12分台、そしてラストが32分台の長尺曲という
構成になっています。

第一声のガラガラ声に、はや頬がゆるんじゃうんですけど、
パスマの力量のあるフジ声はあいかわらず絶好調。
肉感たっぷりのファットな歌声にホレボレします。
今回新味を感じたのが、3曲目の ‘God Bless Nigeria’。
トラップ・ドラムやトーキング・ドラムのアンサンブル不在で、
バック・トラックがウチコミとシンセのみで作っているんですね。

ウチコミは明らかにアフロビーツのセンスのビートメイキングで、
そこにジュジュ/フジ特有のシンセを絡ませ、
アフロビーツ時代に対応したフジを生み出しています。
ひと昔前なら、トーキング・ドラム・アンサンブルが不在で、
ウチコミのフジなんて、サイテーのひとことで終わった気がしますけれど、
ジュジュのサウンドに接近してきたフジが、フジのアイデンティティを保ちながら、
アフロビーツ時代にも対応できるサウンドを獲得したと実感できる曲です。

この曲を聴いて、フジのアイデンティティは、
パーカッション・アンサンブルばかりじゃなくて、
強力なコブシにあるんだってことを、あらためて再認識させられましたよ。
今回こうしたプロダクションはこの1曲だけでしたが、
アフロビーツ時代に更新していくフジのサウンドとして、この方向性はありですね。
もちろんそのためには、鍛えられたフジ声によるコブシ回しあってこそですけれど。

Alhaji Wasiu Alabi Pasuma "LEGENDARY" Roll Model Entertainment no number (2022)
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キューバ伝説の姉妹の復活劇 ラス・エルマナス・マルケス [カリブ海]

Las Hermanas Márquez  PAQUITO D'RIVERA PRESENTS.jpg

デッド・ストック放出品から見つけた1枚。
キューバの女性コーラス・グループらしいんだけど、ぜんぜん知らない名前。
04年にスペインのレーベルから出たCDで、
「パキート・デリベラ・プレゼンツ」とあるのが気になって、拾ってみました。

手に入れてみると、48ページに及ぶブックレットが入っていて、
グループの歴史の略歴に、往年の写真がたくさん載っています。
歴史的な名グループだったんですねえ。

ラス・エルマナス・マルケスは、
キューバの音楽一家のもとに生まれた3姉妹のコーラス・トリオ。
3姉妹が暮らすプエルト・パードレで31年から活動を始め、
33年にはサンティアゴ・デ・クーバに呼ばれてラジオ出演し、
37年にはハバナへ進出してさまざまなラジオ局へ出演するほか、
劇場でリサイタルを行い、絶大な人気を誇ったといいます。

41年にはRCAビクターへ初録音。
女性トリオがレコーディングしたのは、ラテン・アメリカで初だったとのこと。
第二次世界大戦中から戦後にかけ、キューバ国内ばかりでなく
カリブ海諸国、ベネズエラ、メキシコをツアーしてさらに名声を高め、
51年にニュー・ヨークで1か月公演を行い、
その後そのままアメリカに移住したそうです。

60年代まで東海岸を中心に演奏活動を続けていましたが、
両親の介護のために芸能活動を中止し、長い沈黙によって伝説となり、
忘れられた存在になってしまったんですね。
両親が亡くなり、90年からトリサとネルサの二人で活動を再開したことで、
パキート・デリベラが彼女たちを説得し、このレコーディングが実現したそうです。

ギター、ベース、パーカッションというシンプルな伴奏で歌うマルケス姉妹は、
キレのある歌いぶりを聞かせてくれます。息の合ったハーモニーや掛け合いは、
長年一緒に歌ってきたコンビの賜物ですね。
お二人ともかなりの高齢とは思いますけれど、
軽やかに歌うグァラーチャのノリなんて、バツグンじゃないですか。

曲によって加わるパキート・デリベラのサックス、クラリネットも好演。
エルネスト・レクオーナの名曲 ‘La Comparsa’ のクラリネットには
泣けました。この曲のみインスト演奏なんですよ。胸に沁みますねえ。
ダニエル・サントスが41年に残した ‘Yo No Se Nada’ を歌っているのも嬉しい。
ラテン・ファンには、ボレーロの歴史的名唱 ‘Olga’ と
同日録音の曲としても知られていますね。

ラストにシークレット・トラックでライヴ録音が1曲入っていて、
ユーモラスな歌唱で客を沸かせます。心がほっこりする、
とっても愛らしいステキなアルバムです。

Las Hermanas Márquez "PAQUITO D'RIVERA PRESENTS LAS HERMANAS MÁRQUEZ" Pimienta 8 245 360 599-2 5 (2004)
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トリニダーディアン・ディアスポラがつなぐ過去と現代 コボ・タウン [カリブ海]

Kobo Town  CARNIVAL OF THE GHOSTS.jpg

コボ・タウンは、トリニダード島生まれカナダ育ちのドリュー・ゴンサルヴェスのグループ。
4作目となる新作には、熱心なカリプソ・ファンにはおなじみの絵が飾られています。
その絵は、ビクトリア朝時代のロンドンで活躍した
新聞画家で戦争通信員のメルトン・プライア(1845-1910)が描いた、
1888年のポート・オヴ・スペイン、フレデリック・ストリートのカーニヴァル。

HISTORY OF CARNIVAL  CHRISTMAS, CARNIVAL, CALENDA AND CALYPSO.jpg

イギリスのコレクター・レーベル、マッチボックスから93年に出た
“HISTORY OF CARNIVAL”のジャケットに飾られていた絵ですね。
そのマッチボックス盤は、カリプソのルーツであるスティック・ファイティングの伴奏音楽
カリンダにスポットをあてて、トリニダードのカーニヴァルの歴史をたどった編集盤でした。
コボ・タウンも、まさにカイソやカリンダといったトリニダード音楽の古層に目を向けて、
ディアスポラの立ち位置で伝統の再構築を試みているグループなので、
このジャケットにはピンときましたよ。

カリプソがダンス音楽ではなく、歌詞を聞かせる音楽であったことは、
現在のトリニダーディアンはすっかり忘れてしまっているかのようにみえます。
ドリュー・ゴンサルヴェスは、ユーモラスな物語の中に風刺の利いたメッセージを
埋め込むという、かつてのカリプソニアンたちと同じ批評精神で作曲したオリジナル曲で、
トリニダード大衆文化が持っていた逞しさをよみがえらせています。
それはどこか、V・S・ナイポールの傑作短編集
『ミゲル・ストリート』と共振するものを感じさせます。

トリニダード島で13歳まで暮らしたドリューは、両親の離婚後、
母親の故国カナダへ引っ越して、ディアスポラとなったわけですが、
トリニダード時代は近所にキチナーが住んでいたり、
カリプソはごく身近な存在だったといいます。
しかし、カリプソは少年の興味をそそる音楽ではなく、
当時はアイアン・メイデンなどのヘヴィ・メタルに夢中だったそうで(笑)、
ドリューがカリプソを再発見するのは、
カナダに移ってトリニダード島を懐かしむようになってからのこと。

カリプソを再発見して、カイソやカリンダの時代までさかのぼることによって、
内なるトリニダード文化を自覚するようになったドリューはルーツを学び直して、
コボ・タウンで実験を繰り返してきたのですね。
今作では、従来作以上にふんだんなアイディアが盛り込まれていて、
より充実した音楽性を聞かせています。

以前はレゲエをやっていましたけれど、今作はレゲエをやめて、スカを取り入れています。
レゲエよりもスカの方が、カリプソと並走するカリブ海音楽としての性格を
はっきりと打ち出せるし、オールド・カリプソとの親和性も高いですね。

さらに、ドリューの歌い口がグンとよくなりました。
ウイットに富んで、古いカリプソニンをホウフツさせていますよ。
ギターやクアトロに加えて、バンジョリンを弾いているのも絶妙。
そうした過去への回帰という要素と、ラガマフィンやエフェクトの多用や
生演奏とサンプリングを組み合わせることで、過去と現代をつないでいます。

間違いなくこれまでのコボ・タウンのアルバムでは最高作。
この力作が日本盤として配給されないとは、もったいないなあ。

Kobo Town "CARNIVAL OF THE GHOSTS" Stonetree ST104 (2022)
v.a. "HISTORY OF CARNIVAL: CHRISTMAS, CARNIVAL, CALENDA AND CALYPSO 1929-1939" Matchbox MBCD301-2
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アフロ・グルーヴを勝ち取ったフランス白人二人組 イレケ [西・中央ヨーロッパ]

Ireke  TROPIKADELIC.jpg

アンダードッグ・レコーズの新作は、
アルト・サックス他のマルチ奏者兼ビートメイカーのジュリアン・ジェルヴェと、
ギター他のマルチ奏者兼ビートメイカーのダミアン・テッソンの二人組、
イレケのデビュー作。二人ともフランス白人で、
イレケ(サトウキビ)というヨルバ語のユニット名に、志向する音楽性が示されています。

アフロビートばかりではなく、
さまざまなアフロ系リズムをしっかりと血肉化しているのには、感心しました。
ヨーロッパ白人によるポリリズムの咀嚼も、こういうレヴェルにまで達したのかと、
思わず感慨にふけっちゃいますねぇ。
聴く前は、「トロピカデリック」なんて尻軽なタイトルなので、
もっと安直なトロピカル・ダンスものを想像してたんですが、とんでもなかったなあ。
数々のバンドやセッションで腕を磨いてきたようですよ。

なんでも、ジュリアン・ジェルヴェはコンゴ人ギタリスト、
キアラ・ンザヴォトゥンガのバンドで鍛えられたんですね。
キアラは、ネグロ・シュクセから
グラン・カレのアフリカン・ジャズと名門楽団を渡り歩き、ナイジェリアへ渡って、
フェラ・クテイのエジプト80の一員になったヴェテラン・ギタリスト。
ルンバ・コンゴレーズとアフロビート双方のマスターであるキアラから、
しっかりとアフリカン・リズムの真髄を学び取ったのでしょう。

一方、ダミアンは、ダブ・マスターとしてのトレーニングを受け、
国際的に活躍するダブ・アーティストたちとともに活動して、
レゲエとジャズ・ファンクのシーンを横断しながら、演奏活動をしてきたといいます。
フェラ・クティやキング・タビーをヒーローとする二人が、
パット・トーマス(ガーナ)、T・P・オルケストル・ポリ=リトゥモ(ベニン)、
エルネスト・ジェジェ(コート・ジヴォワール)、
レ・ヴィキング(グアドループ)を参照しながら、
アフリカ~カリブのさまざまなリズムを研究してきたんだそう。

本作では二人が作曲したマテリアルに声を与えるため、
二人の活動拠点のヴァンデやナントのシンガーのほか、
二人がよく知るカメルーン、ブルキナ・ファソ、ラオス(!)のシンガーに
歌詞を依頼して、歌ってもらっています。
有名ゲストとかじゃなくて、こういう自分たちの活動範囲の仲間たちを集めて
フィーチャリングするところも、好感が持てますね。

生のパーカッションとプログラミングのビートが絡んで、
シンセ・ベースと手弾きのギターがグルーヴをかたどっていく
オープニングから、ゴッキゲン。
アルトとゲストのバリトンのサックス2管が、サウンドに厚みを加えていきます。
どの曲もビートメイキングがしっかり作られているから、キモチよく聞ける。
ポップなセンスとダンス・オリエンテッドなサウンド・プロデュースが
見事にドッキングした、爽やかなアフロ・グルーヴ・アルバムです。

Ireke "TROPIKADELIC" Underdog UR840872 (2023)
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移民文化しか生み出せないポップス コリンガ [西・中央ヨーロッパ]

Kolinga  LEGACY.jpg

フランスのアンダードッグというレーベル、面白いですね。
誕生からすでに15年も経っているレーベルだそうですけれど、
ぼくは去年、リヨンの4人組ドウデリンのアルバムで知りました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2022-11-07
フランス移民社会の現実を投影したアーティストたちが
多数所属していて、関心を持ったんです。

アーティストたちの複雑な出自を武器に、ハイブリッドなポップを創作していて、
同化政策のおためごかしや、多文化共生のキレイゴトからは生まれない
強靭さを感じさせるところが、好感をもてます。
ノー・フォーマットとは明らかにレーベルの性格が違いますね。

そんな思いを強くしたのが、コリンガというグループの2作目。
コリンガは、ヴォーカル/ソングライティングのレベッカ・ムブングと
ギターのアルノー・エストールを中心とする6人グループ。
レベッカ・ムブングは、コンゴ・ブラザヴィル出身の歌手の父親と、
コンゴの国立バレエ団に入団した初のフランス白人女性の母親のもとに生まれ、
南フランスで育ったという人。

シングル・マザーとなった母への愛と、
父からは教わることのなかったコンゴの言語や文化を独力で学んでてきたことが、
『遺産』とタイトルの付けられた本作のテーマとなっているようです。
がらっと場面展開する曲が多く、フォーキー、ファンク、R&B、ヒップ・ホップ、ジャズ、
コンゴリーズ・ルンバ、マロヤが、1曲の中でパッチワークになっています。
楽曲が持つ訴求力がすごくて、歌われている内容はわからずとも、
レベッカの自叙伝的な物語がそこに込められているのだろうと想像つきます。

Samba Mapangala  IT'S DISCO TIME.jpg   Samba Mapangala & Orchestre Virunga  VIRUNGA VOLCANO.jpg

意外なカヴァー曲が1曲あって、
サンバ・マパンガラの ‘Malako Disco’ を ‘Mateya Disco’ と改題して歌っています。
この曲は、サンバの母が幼い弟たちの面倒を見るようにと自分に託して死んだことを
歌にしたもので、両親を失ったサンバが学校にも行けず、食っていくことに必死だった
生活を歌った歌詞が、なにかレベッカに刺さるものだったのでしょう。
ナイロビ時代のサンバ・マパンガラがソロ・シンガーとして独立して出した
82年作に収録されていた曲で、90年にイギリス、アースワークスがCD化したので、
原曲を聴くのも容易かと思います。

アルバムのなかで、この1曲だけは
ストレートなコンゴリーズ・ルンバで演奏されていますが、
ほかの曲はかなりヒネリのあるアレンジが施されていて、
ドラムス、鍵盤、ギター、パーカッションのマルチ奏者
ジェローム・マルティノー=リコッティのアレンジがサウンドの要となっています。

Kolinga "LEGACY" Underdog UR838042 (2021)
[LP] Samba Mapangala & Orchestre Virunga "IT'S DISCO TIME" ASL ASLP927 (1982)
Samba Mapangala & Orchestre Virunga "VIRUNGA VOLCANO" Earthworks CDEWV16

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